かがみは自室の窓から身を乗り出して、ぼおっと月を眺めていた。
冬の身を切るような寒さはすでに去り、神社の林を通ってきた風は土の匂いをはらんでいる。
そんな気持ちの良い夜にも関わらず、かがみは寝付けずにいた。
明日は三年の、高校生活の最後になる年の始業式だった。
そしてその後発表にされることになるクラス分けが、かがみをナーバスにさせていた。
去年の始業式の日のことは今でもありありと思い出せる。
上から泉、高良に続いて柊の文字を発見した瞬間の興奮と、それに続けて訪れた絶望。
全員がばらばらならまだ諦めもついたが、一人だけ除け者というのはつらかった。
だから今年はみんなと同じクラスになりたいと、そう思うのは自然なことだ。
けれど今かがみが気にしているのは、こなたと同じクラスになれるかどうかというその一点だった。
つかさは家に帰れば会える。
みゆきは親友だけれども、だからこそしょっちゅう会わなくても安心していられる。
けれどこなただけは何かが違う。四六時中一緒に居て夜には電話もしているのに、それでも不思議と飽きない。
昔からの知り合いでもなければ、クラスも委員会も違う。
直接の接点なんか何一つないのに、一緒にいるのが当たり前になっているこなた。
それがもし同じクラスになれたら、きっとものすごく楽しいだろう。ことこれに関してはかがみの空想癖は激しかった。
体育祭でのクラス対抗リレー、居残りの生徒達で賑わう文化祭前夜の校舎。
去年まではさして感慨もなかったそれらも、かがみの空想の舞台となった。
宿題とかノートとか、今以上にうざったいだろうなと思ったりもするけれど、そんな時も決まって頬はゆるんでいる。
けれどその空想はいつも現実的な思考によって中断された。なにせ陵桜の三年には十三ものクラスがあるのだ。そしてチャンスは一度きり。
もしもこれがギャンブルだったら誰もお金を賭けようとは思うまい。
それこそ正月にしたように、神様にでも頼るより仕方がない。
「……いい加減寝るか」
そうやって冷静になってみると途端に自分のしていることが馬鹿らしくなって、窓を閉めベッドに倒れ込んだ。
目を閉じたかがみの脳裏に、十三分の一という数字が浮かんでは消える。
まるで奇跡のようにも思えてくるけれど、期待を捨てきるには大きすぎる。なんて中途半端な確率だろう。
冬の身を切るような寒さはすでに去り、神社の林を通ってきた風は土の匂いをはらんでいる。
そんな気持ちの良い夜にも関わらず、かがみは寝付けずにいた。
明日は三年の、高校生活の最後になる年の始業式だった。
そしてその後発表にされることになるクラス分けが、かがみをナーバスにさせていた。
去年の始業式の日のことは今でもありありと思い出せる。
上から泉、高良に続いて柊の文字を発見した瞬間の興奮と、それに続けて訪れた絶望。
全員がばらばらならまだ諦めもついたが、一人だけ除け者というのはつらかった。
だから今年はみんなと同じクラスになりたいと、そう思うのは自然なことだ。
けれど今かがみが気にしているのは、こなたと同じクラスになれるかどうかというその一点だった。
つかさは家に帰れば会える。
みゆきは親友だけれども、だからこそしょっちゅう会わなくても安心していられる。
けれどこなただけは何かが違う。四六時中一緒に居て夜には電話もしているのに、それでも不思議と飽きない。
昔からの知り合いでもなければ、クラスも委員会も違う。
直接の接点なんか何一つないのに、一緒にいるのが当たり前になっているこなた。
それがもし同じクラスになれたら、きっとものすごく楽しいだろう。ことこれに関してはかがみの空想癖は激しかった。
体育祭でのクラス対抗リレー、居残りの生徒達で賑わう文化祭前夜の校舎。
去年まではさして感慨もなかったそれらも、かがみの空想の舞台となった。
宿題とかノートとか、今以上にうざったいだろうなと思ったりもするけれど、そんな時も決まって頬はゆるんでいる。
けれどその空想はいつも現実的な思考によって中断された。なにせ陵桜の三年には十三ものクラスがあるのだ。そしてチャンスは一度きり。
もしもこれがギャンブルだったら誰もお金を賭けようとは思うまい。
それこそ正月にしたように、神様にでも頼るより仕方がない。
「……いい加減寝るか」
そうやって冷静になってみると途端に自分のしていることが馬鹿らしくなって、窓を閉めベッドに倒れ込んだ。
目を閉じたかがみの脳裏に、十三分の一という数字が浮かんでは消える。
まるで奇跡のようにも思えてくるけれど、期待を捨てきるには大きすぎる。なんて中途半端な確率だろう。
閉めきられた部屋に、エアコンとパソコンの機械音だけが小さく響いていた。
こなたは春休み最後の夜も、休みの間ずっとそうであったように、ネットゲームをプレイしていた。
画面の中にはアラビア風のマーケットと、そこに露店を開いて座っているこなたのキャラクターが写っている。
パンダのスウェットを着たこなたと、重厚な鎧に身を包んだキャラクターとは似ても似つかなったが、いかにも退屈そうにしている所だけは一致していた。
一時間ほど前まで一緒に狩りをしていた人が落ちてから、こなたは別の仲間がログインするのを手持ちぶさたに待っていた。
普段なら必ず誰かしらいる時間帯に、一人ぼっちなのは少し落ち着かない。
まあこんな日もあるよね、そう自分を納得させてこなたが落ちようとした時、ななこがログインしてきた。
こなたはやる気を取り戻して素早くキーボードを叩いた。
『今日人いなくて退屈でしたよ。これからどこ行きます?』
『明日は始業式だってのにまだ起きてんのか』
『リアルを持ち込むのはやめましょうよ。それに先生だって同じじゃないですか』
『ウチはもし泉がいたら注意してやろ思ってきただけや』
いきなりのお節介に拍子抜けはしたが、それでも話し相手が来たことは嬉しかった。
『そういう気遣いは男に回しておけばいいのに』
『うっさい。それにウチは泉の担任やからな。監督義務っちゅうものがあるんや』
『……いや、もう担任じゃないし』
そしてしばらく間が開いた。長文でも書いているのかと訝しんでいると、ななこから意外なメッセージが届いた
『本当は教えちゃいけないんやけどな、泉はまたウチのクラスやで』
「ちょっ!まじですか」
反射的に口から飛び出した言葉をそのまま打ち込む。
『ええやないか、ウチ程理解のある教師はおらへんで』
『そりゃそうですけど……ところで新しいクラスのメンバーってどんなもんですか?』
『まあ普通やな、泉以外には手のかかりそうな奴がおらんで安心したわ』
『ああいやそういうことじゃなくて、かがみがいないかなって』
気恥ずかしくてわざわざ濁して聞いたのに、結局正直に言ってしまった。
つかさとみゆきとは二年連続で同じクラスだった以上、まず一緒になることはあり得ない。
それは覚悟もできているが、かがみだけはずっと違うクラスだったからつい期待を持ってしまう。
『悪いけどそこまでは言えん。まあお前ら仲ええもんな、一緒だったらええな』
その後ひとしきりおしゃべりしてななこが寝落ちした頃には、時計は三時を回っていた。
明日の朝、ボサボサの髪を振り乱して走るななこの姿が目に浮かぶ。
逆にこなたの目はかえって冴えてしまったが、やることがないのは相変わらずだった。
一度大きく伸びをすると、背もたれに寄りかかって目を閉じる。
さっきのおしゃべりが後を引いているのか、ついかがみのことを考えてしまう。
同じクラスになりたいがために文系クラスを選んだかがみ。同じクラスになれるように神様にお祈りするかがみ。
「いやいや、かがみは別のクラスになってもらわないと」
こなたは初詣の時に言ってしまったことを今更ながらに後悔していた。
あの時のかがみは微妙に、しかし確かに傷ついた顔をしていた。
ちくりと心が痛んだがいつもの冗談のつもりだったから弁解はしなかった。
けれどもし結局かがみと同じクラスになれなかったら、冗談が冗談でなくなってしまう。
「別にいいわよ、ずっと一緒にいたら疲れちゃうわ。どーせあんたは宿題だのノート見せてってくるんだし」
強がりなかがみはきっとこんなことを言うだろう。そして勇気のない自分は意地悪な笑顔を貼り付けてそれに同意するのだ。
こなたは春休み最後の夜も、休みの間ずっとそうであったように、ネットゲームをプレイしていた。
画面の中にはアラビア風のマーケットと、そこに露店を開いて座っているこなたのキャラクターが写っている。
パンダのスウェットを着たこなたと、重厚な鎧に身を包んだキャラクターとは似ても似つかなったが、いかにも退屈そうにしている所だけは一致していた。
一時間ほど前まで一緒に狩りをしていた人が落ちてから、こなたは別の仲間がログインするのを手持ちぶさたに待っていた。
普段なら必ず誰かしらいる時間帯に、一人ぼっちなのは少し落ち着かない。
まあこんな日もあるよね、そう自分を納得させてこなたが落ちようとした時、ななこがログインしてきた。
こなたはやる気を取り戻して素早くキーボードを叩いた。
『今日人いなくて退屈でしたよ。これからどこ行きます?』
『明日は始業式だってのにまだ起きてんのか』
『リアルを持ち込むのはやめましょうよ。それに先生だって同じじゃないですか』
『ウチはもし泉がいたら注意してやろ思ってきただけや』
いきなりのお節介に拍子抜けはしたが、それでも話し相手が来たことは嬉しかった。
『そういう気遣いは男に回しておけばいいのに』
『うっさい。それにウチは泉の担任やからな。監督義務っちゅうものがあるんや』
『……いや、もう担任じゃないし』
そしてしばらく間が開いた。長文でも書いているのかと訝しんでいると、ななこから意外なメッセージが届いた
『本当は教えちゃいけないんやけどな、泉はまたウチのクラスやで』
「ちょっ!まじですか」
反射的に口から飛び出した言葉をそのまま打ち込む。
『ええやないか、ウチ程理解のある教師はおらへんで』
『そりゃそうですけど……ところで新しいクラスのメンバーってどんなもんですか?』
『まあ普通やな、泉以外には手のかかりそうな奴がおらんで安心したわ』
『ああいやそういうことじゃなくて、かがみがいないかなって』
気恥ずかしくてわざわざ濁して聞いたのに、結局正直に言ってしまった。
つかさとみゆきとは二年連続で同じクラスだった以上、まず一緒になることはあり得ない。
それは覚悟もできているが、かがみだけはずっと違うクラスだったからつい期待を持ってしまう。
『悪いけどそこまでは言えん。まあお前ら仲ええもんな、一緒だったらええな』
その後ひとしきりおしゃべりしてななこが寝落ちした頃には、時計は三時を回っていた。
明日の朝、ボサボサの髪を振り乱して走るななこの姿が目に浮かぶ。
逆にこなたの目はかえって冴えてしまったが、やることがないのは相変わらずだった。
一度大きく伸びをすると、背もたれに寄りかかって目を閉じる。
さっきのおしゃべりが後を引いているのか、ついかがみのことを考えてしまう。
同じクラスになりたいがために文系クラスを選んだかがみ。同じクラスになれるように神様にお祈りするかがみ。
「いやいや、かがみは別のクラスになってもらわないと」
こなたは初詣の時に言ってしまったことを今更ながらに後悔していた。
あの時のかがみは微妙に、しかし確かに傷ついた顔をしていた。
ちくりと心が痛んだがいつもの冗談のつもりだったから弁解はしなかった。
けれどもし結局かがみと同じクラスになれなかったら、冗談が冗談でなくなってしまう。
「別にいいわよ、ずっと一緒にいたら疲れちゃうわ。どーせあんたは宿題だのノート見せてってくるんだし」
強がりなかがみはきっとこんなことを言うだろう。そして勇気のない自分は意地悪な笑顔を貼り付けてそれに同意するのだ。
「かがみ……」
一人きりの部屋の中こなたはそっと名前を口ずさんだ。
同じクラスになりたいのは何も罪悪感からばかりではない。
こなたは最近自分のかがみに対する好意に、何か情熱的なものが混じっているのに気付いていた。
きっかけは平野綾のライブだったように思う。
前の人に遮られてステージが見えなくなってしまった時、かがみはごく自然に席を替わってくれた。
すれ違いざまに優しい微笑みを見上げた時、こなたは借り物ではないこなた自身のときめきを知った。
「あるぇー……もしかして私、リアルで百合の人だった?」
唐突に訪れた動悸にこなたも最初は吊り橋効果というやつを疑ってみたりした。
けれど答えが出たとして、地に足をつけてからも止むことのないこの揺れを前にして、何の意味があるだろう。
サイは投げられ、盆の中の水はこぼれてしまった。
この気持ちが一時のはしかのようなものなのか、それとも本当の恋なのかまだ確信はもてない。
何にせよこなたが何か新しい扉を開いてしまったことは確かだった。
そして今また、こなたはかがみと同じクラスになりたいと願っている。
確率は十三分の一。これがアイテムをドロップする確率だったらただ十三回倒せばいい。
しかし貼り出されるのを待つばかりの、あの大きな名簿に手を加えることはもう誰にもできない。
鷺宮の神様はかがみのお祈りをちゃんと聞いていてくれただろうか?
一人きりの部屋の中こなたはそっと名前を口ずさんだ。
同じクラスになりたいのは何も罪悪感からばかりではない。
こなたは最近自分のかがみに対する好意に、何か情熱的なものが混じっているのに気付いていた。
きっかけは平野綾のライブだったように思う。
前の人に遮られてステージが見えなくなってしまった時、かがみはごく自然に席を替わってくれた。
すれ違いざまに優しい微笑みを見上げた時、こなたは借り物ではないこなた自身のときめきを知った。
「あるぇー……もしかして私、リアルで百合の人だった?」
唐突に訪れた動悸にこなたも最初は吊り橋効果というやつを疑ってみたりした。
けれど答えが出たとして、地に足をつけてからも止むことのないこの揺れを前にして、何の意味があるだろう。
サイは投げられ、盆の中の水はこぼれてしまった。
この気持ちが一時のはしかのようなものなのか、それとも本当の恋なのかまだ確信はもてない。
何にせよこなたが何か新しい扉を開いてしまったことは確かだった。
そして今また、こなたはかがみと同じクラスになりたいと願っている。
確率は十三分の一。これがアイテムをドロップする確率だったらただ十三回倒せばいい。
しかし貼り出されるのを待つばかりの、あの大きな名簿に手を加えることはもう誰にもできない。
鷺宮の神様はかがみのお祈りをちゃんと聞いていてくれただろうか?
始業式の朝、各教室では2年次のクラスでは最後となるHRが行われていた。
HRといっても担任の軽いお話があるばかりの形式的なもので、クラス変えという大イベントの前座に過ぎない。
その間に教室の外の掲示板に、これから一年の命運を決める紙を張り出すのだ。
生徒達は廊下から聞こえてくる、堅く大きな紙が広げられる音に反応してざわついている。
担任のひかるも半ばそれを面白がっていて、時間をたっぷり使ってさんざんに煽るのだ。
とっととプリントして渡せばいいのに、進学校のくせに何無駄なことしてるんだろう。
かがみは甲高い声を上げる女子のグループを横目に、密かに毒づいた。
早くクラス変えの結果が知りたかった。ダメでもともとだが、こうして生殺しにされるのは耐え難かった。
ふと机が揺れていることに気が付いて下を見ると膝が震えている。
かがみは三日も徹夜でゲームをしていたというこなたの相変わらずのマイペースと、自分のナイーブさを引き比べて苦笑した。
きっとこなたから見たら今の自分はひどく滑稽に写るに違いない。
いよいよ廊下側から物音がしなくなると、生徒達の間には一種異様な緊張感が漂い始めた。
騒ぎたてる声も小さくなり、ひかるの一挙手一投足に全員の注意が向けられている。
ひかるは腕時計を覗き込んでは顔を上げる動作を、思わせぶりに繰り返した。
そのたびに生徒達の間から笑いが漏れるがその声は一様に上ずっている。
そんな時間が続き、生徒達の間に緊張するだけの気力も無くなってきた頃、ひかるは唐突に言った。
「一年間どうもありがとう。んじゃ来年も達者でな」
いつも無愛想なひかるの口から漏れた感謝の言葉に、全員が虚を突かれたその途端、両隣の教室から歓声と椅子や机の脚が床をこする耳障りな音が響き渡った。
それにつられてかがみの教室でも一気に生徒達が立ち上がり出口に殺到する。
かがみは体格のいい男子生徒の間をこじ開けるようにして抜けると、素早く壁際にすり寄った。
まずA組の名簿を泉と柊の二文字だけに絞ってチェックした。顔の前に人差し指を添え上から下まで丁寧に往復させたが見あたらない。
「まだ12クラスもあるんだから……」
吐き気を催す程に激しく脈打つ心臓に手をあてて、かがみは自分に言い聞かせた。
とりあえず両方の名前が無かったことに少し安堵する。
だから次のB組でいきなり泉の文字が見つかったのは、かがみにとって不意打ちもいい所だった。
反射的に瞑ってしまった目をおそるおそる開けると、その泉はやはりこなただった。
かがみはしばらく棒立ちになってそれを見つめていたが、動かしようのない事実を目の前にして、やがて覚悟を決めた。
そして一度深呼吸してゆっくりと下げていった視線の先には。
柊 かがみの名前があった。
緊張で冷たくなっていた身体の隅々にまで血が行き渡っていく。
かがみは胸一杯にこみ上げてくる何かを、背筋を伸ばし胸を一杯に広げて受け止めると、弾かれたように走り出した。
とにかくこなたに会いたかった。早く口に出して発散しないと、嬉しさで顔がぐちゃぐちゃになってしまう。
そんな所見られたら、きっとまたあいつにからかわれる。
そうだ、もう忘れ物しても貸してあげられないからねってまずはそう言っておこう。
HRといっても担任の軽いお話があるばかりの形式的なもので、クラス変えという大イベントの前座に過ぎない。
その間に教室の外の掲示板に、これから一年の命運を決める紙を張り出すのだ。
生徒達は廊下から聞こえてくる、堅く大きな紙が広げられる音に反応してざわついている。
担任のひかるも半ばそれを面白がっていて、時間をたっぷり使ってさんざんに煽るのだ。
とっととプリントして渡せばいいのに、進学校のくせに何無駄なことしてるんだろう。
かがみは甲高い声を上げる女子のグループを横目に、密かに毒づいた。
早くクラス変えの結果が知りたかった。ダメでもともとだが、こうして生殺しにされるのは耐え難かった。
ふと机が揺れていることに気が付いて下を見ると膝が震えている。
かがみは三日も徹夜でゲームをしていたというこなたの相変わらずのマイペースと、自分のナイーブさを引き比べて苦笑した。
きっとこなたから見たら今の自分はひどく滑稽に写るに違いない。
いよいよ廊下側から物音がしなくなると、生徒達の間には一種異様な緊張感が漂い始めた。
騒ぎたてる声も小さくなり、ひかるの一挙手一投足に全員の注意が向けられている。
ひかるは腕時計を覗き込んでは顔を上げる動作を、思わせぶりに繰り返した。
そのたびに生徒達の間から笑いが漏れるがその声は一様に上ずっている。
そんな時間が続き、生徒達の間に緊張するだけの気力も無くなってきた頃、ひかるは唐突に言った。
「一年間どうもありがとう。んじゃ来年も達者でな」
いつも無愛想なひかるの口から漏れた感謝の言葉に、全員が虚を突かれたその途端、両隣の教室から歓声と椅子や机の脚が床をこする耳障りな音が響き渡った。
それにつられてかがみの教室でも一気に生徒達が立ち上がり出口に殺到する。
かがみは体格のいい男子生徒の間をこじ開けるようにして抜けると、素早く壁際にすり寄った。
まずA組の名簿を泉と柊の二文字だけに絞ってチェックした。顔の前に人差し指を添え上から下まで丁寧に往復させたが見あたらない。
「まだ12クラスもあるんだから……」
吐き気を催す程に激しく脈打つ心臓に手をあてて、かがみは自分に言い聞かせた。
とりあえず両方の名前が無かったことに少し安堵する。
だから次のB組でいきなり泉の文字が見つかったのは、かがみにとって不意打ちもいい所だった。
反射的に瞑ってしまった目をおそるおそる開けると、その泉はやはりこなただった。
かがみはしばらく棒立ちになってそれを見つめていたが、動かしようのない事実を目の前にして、やがて覚悟を決めた。
そして一度深呼吸してゆっくりと下げていった視線の先には。
柊 かがみの名前があった。
緊張で冷たくなっていた身体の隅々にまで血が行き渡っていく。
かがみは胸一杯にこみ上げてくる何かを、背筋を伸ばし胸を一杯に広げて受け止めると、弾かれたように走り出した。
とにかくこなたに会いたかった。早く口に出して発散しないと、嬉しさで顔がぐちゃぐちゃになってしまう。
そんな所見られたら、きっとまたあいつにからかわれる。
そうだ、もう忘れ物しても貸してあげられないからねってまずはそう言っておこう。
「かがみっ!」
そんな考えごとしているかがみの背中に、こなたから声が掛けられた。
かがみが驚いて振り向くと同時に小さな身体が勢いよく飛び込んできた。
「何よ、いきなりびっくりするじゃない!」
「まあまあそんなことどうでもいいじゃん、それよりかがみももう見たんでしょ」
こいつはそのために私の所まで駆けてきたんだろうか。
宿題やノートのために別クラスでいて欲しい。流石にそれは冗談だとしても、こなたがこうもあからさまに喜んでくれるのが少し意外で嬉しかった。
「見たわよ、まったく疲れる一年になりそうだわ」
「そんな目をうるうるさせて言っても説得力ないよ♪かがみん」
あんただって同じじゃない。こなたの眉毛にほんの小さな水滴が付いていることに気付きながらも、かがみはそれを指摘するのをためらった。
そこまでいくと、まるでお互いに好きと言い合ってるようで気恥ずかしい。
かがみがしつこくまとわりつくこなたを引き離そうとしていると、つかさとみゆきがやってきた。
みゆきはいつも通り落ち着き払っていたが、つかさの顔は暗く聞かずともクラス変えの結果が良くなかったことが知れた。
「こなちゃんとお姉ちゃん、一緒のクラスになれてうらやましいなぁ……私Mだったんだけど知ってる人誰もいないよ」
部活にも委員会にも所属していないつかさはクラス外の友人がいない。
なまじ二年次につかさとこなたと一緒になれてしまったため、今回一人で放り出されることが不安でしょうがないらしい。
「私はDでした。委員会等で顔見知りの方はいるんですけど、私も特に親しい方はいませんでしたね。
そういえば峰岸さんって方が一緒だったんですけど、確かかがみさんのお友達でしたよね?」
「峰岸あやのだったらそうね。多分みゆきとは結構気が合うんじゃないかな」
素直にそう思えたが、二人の共通の話題となると見当もつかなかった。
二人が並んで立ってたら、学生というよりいいとこの若奥様に見えるかもしれない。
「……あぁ、私もB組だったら良かったのになぁ。お姉ちゃんとはまだ同じクラスになったことないのに」
「アニメやマンガじゃよくあるけど、双子は同じクラスになれないんだよ。まあいいじゃん、これからもさ、たまには食堂行って四人で食べようよ」
こなたはそう言ってつかさを慰めた。
それから四人は急き立てられるようにして話し続けたが、残された時間はあまりに少なかった。
次のチャイムが鳴るまでに、生徒達は新しい教室に移動しなければならない。
「泉さん、つかささん。そろそろ一度戻りませんと……」
みゆきはなおも名残惜しそうなつかさの肩に手を置いて急かした。
「じゃあね、お姉ちゃん」
「それじゃあ、かがみ。また後でね」
かがみは三人を見送ると、荷物を取りに元の教室に向かった。
ほとんどの人が既に移動してしまったらしく教室は静かだったが、あやのとみさおはまだ残っていた。
「遅いぜ、ひぃらぎー!折角この喜びを分かち合おうと待ってたのにさー。どーせあの泉ってやつと同じクラスなれたのが嬉しくて、早速会いに行ってたんだろ?」
遮るものの少なくなった教室に、いつもにも増して脳天気な声が響き渡った。
「別に嬉しくなんかないわよ。それにこなたからこっちに来たんだから。全くクラスでもずっと一緒なんて参っちゃうわよ」
あやのが怪訝そうにかがみの顔を見つめた。そして慌ててかがみに目配せしたが、かがみにはあやのの意図がさっぱり分からかった。
「だなー。これから一年お熱い所を見せつけられなんて、本当参っちゃうぜ」
「しかしすごいよね。柊ちゃんとみさちゃん、五年も連続で同じクラスになるなんて」
「え?……あ!」
素っ頓狂な声を出したかがみに、あやのがため息をついて顔を伏せた。
かがみはようやくあやのの必死の訴えの意味を理解したが、すでに遅すぎた。
「……もしかして柊さぁ。私がB組になったの知らなかった?いるよなー。第一目標以外目に入らない薄情君って。柊にとって私は背景みたいなもんか?」
何万分の一の、本当の奇跡を乗り越えてきたその足は小さく震えていた。
そんな考えごとしているかがみの背中に、こなたから声が掛けられた。
かがみが驚いて振り向くと同時に小さな身体が勢いよく飛び込んできた。
「何よ、いきなりびっくりするじゃない!」
「まあまあそんなことどうでもいいじゃん、それよりかがみももう見たんでしょ」
こいつはそのために私の所まで駆けてきたんだろうか。
宿題やノートのために別クラスでいて欲しい。流石にそれは冗談だとしても、こなたがこうもあからさまに喜んでくれるのが少し意外で嬉しかった。
「見たわよ、まったく疲れる一年になりそうだわ」
「そんな目をうるうるさせて言っても説得力ないよ♪かがみん」
あんただって同じじゃない。こなたの眉毛にほんの小さな水滴が付いていることに気付きながらも、かがみはそれを指摘するのをためらった。
そこまでいくと、まるでお互いに好きと言い合ってるようで気恥ずかしい。
かがみがしつこくまとわりつくこなたを引き離そうとしていると、つかさとみゆきがやってきた。
みゆきはいつも通り落ち着き払っていたが、つかさの顔は暗く聞かずともクラス変えの結果が良くなかったことが知れた。
「こなちゃんとお姉ちゃん、一緒のクラスになれてうらやましいなぁ……私Mだったんだけど知ってる人誰もいないよ」
部活にも委員会にも所属していないつかさはクラス外の友人がいない。
なまじ二年次につかさとこなたと一緒になれてしまったため、今回一人で放り出されることが不安でしょうがないらしい。
「私はDでした。委員会等で顔見知りの方はいるんですけど、私も特に親しい方はいませんでしたね。
そういえば峰岸さんって方が一緒だったんですけど、確かかがみさんのお友達でしたよね?」
「峰岸あやのだったらそうね。多分みゆきとは結構気が合うんじゃないかな」
素直にそう思えたが、二人の共通の話題となると見当もつかなかった。
二人が並んで立ってたら、学生というよりいいとこの若奥様に見えるかもしれない。
「……あぁ、私もB組だったら良かったのになぁ。お姉ちゃんとはまだ同じクラスになったことないのに」
「アニメやマンガじゃよくあるけど、双子は同じクラスになれないんだよ。まあいいじゃん、これからもさ、たまには食堂行って四人で食べようよ」
こなたはそう言ってつかさを慰めた。
それから四人は急き立てられるようにして話し続けたが、残された時間はあまりに少なかった。
次のチャイムが鳴るまでに、生徒達は新しい教室に移動しなければならない。
「泉さん、つかささん。そろそろ一度戻りませんと……」
みゆきはなおも名残惜しそうなつかさの肩に手を置いて急かした。
「じゃあね、お姉ちゃん」
「それじゃあ、かがみ。また後でね」
かがみは三人を見送ると、荷物を取りに元の教室に向かった。
ほとんどの人が既に移動してしまったらしく教室は静かだったが、あやのとみさおはまだ残っていた。
「遅いぜ、ひぃらぎー!折角この喜びを分かち合おうと待ってたのにさー。どーせあの泉ってやつと同じクラスなれたのが嬉しくて、早速会いに行ってたんだろ?」
遮るものの少なくなった教室に、いつもにも増して脳天気な声が響き渡った。
「別に嬉しくなんかないわよ。それにこなたからこっちに来たんだから。全くクラスでもずっと一緒なんて参っちゃうわよ」
あやのが怪訝そうにかがみの顔を見つめた。そして慌ててかがみに目配せしたが、かがみにはあやのの意図がさっぱり分からかった。
「だなー。これから一年お熱い所を見せつけられなんて、本当参っちゃうぜ」
「しかしすごいよね。柊ちゃんとみさちゃん、五年も連続で同じクラスになるなんて」
「え?……あ!」
素っ頓狂な声を出したかがみに、あやのがため息をついて顔を伏せた。
かがみはようやくあやのの必死の訴えの意味を理解したが、すでに遅すぎた。
「……もしかして柊さぁ。私がB組になったの知らなかった?いるよなー。第一目標以外目に入らない薄情君って。柊にとって私は背景みたいなもんか?」
何万分の一の、本当の奇跡を乗り越えてきたその足は小さく震えていた。
コメントフォーム
- よかったな!かがみん -- 名無しさん (2009-03-20 02:35:09)
- みさお・・・まあ、そのなんだ・・・イ㌔ -- 名無しさん (2008-04-22 21:01:59)
- みさおに幸あれ -- 名無しさん (2008-04-16 20:00:42)
- ホント良かったねかがみん -- 名無しさん (2008-02-21 00:24:24)
- 一緒のクラスでよかったねかがみん -- 名無しさん (2008-02-16 12:13:54)