第八章 自然の権利派
1 自然の権利
「人間の為の資源保護」→「人間の為の自然保全」→「人間の為の自然保護」→「自然を人間と同等にみなすような思想」
―自然に権利を認めることは人間にとっても最善の利益になる。なぜなら人間の福祉と地球の福利は密接に関係しているから、環境が危うい状態にあることは、われわれの健康だけでなく、まさにわれわれの生存を脅かしているからだ
『自然の権利』(1990)の中で環境思想の変遷を権利概念の展開として論じる←J.S.ミル
「岩は権利を持つか」←土地倫理(A.レオポルド)の系譜
―「道徳には人間と自然の関係が含められるべきであるという思想の歴史」があり、「自然が権利をもつのが必然的なもの」である
―現在は倫理の進化が人類からさらに自然にまで拡大しようとしている段階
○パスモア
―「自然」は権利や義務の意識を持たず、相互に対等な共同体に入れない以上、人間以外に権利概念を当てはめるのは不可能
※何が「自然」なのかについては大きく意見が分かれる
2 動物解放とアニマル・ライト
道徳の問題→功利主義「苦痛は悪、快楽は善」
―感覚を持つ存在を超えて倫理を積極的に拡張することは困難
→菜食主義、動物実験・家畜の禁止
絶滅危惧種の保護、植物や湖の存在する権利の尊重←「真正の動物解放理論とは言えない」
×功利主義→○権利論
権利付与の条件=信念と欲望を持つこと
→アニマル・ライトとして動物解放と区別する見方も
3生態系保存論
3生態系保存論
→生態系をそのまま保存
×ロマン主義(エマソン、ソローなど)→○「科学的な視点」
共同体の拡大&自然と人間の一体化→人間は自然に従属
生態系と人間社会を対比→人間は社会の本質的な構造を損なうようなことはすべきでない
―(エコロジーの観点では人間は)自分自身と環境の間に厳密な境界線をひくことができない
⇒非利己主義的な倫理が展開可能
⇒非利己主義的な倫理が展開可能
全体としての共同体を保全→希少種・絶滅危惧種を優先、天然痘ウィルスにも存在価値を認める
―地球の人口は雑食動物として人間の約二倍の体重のある熊の二倍程度が妥当
ホーリズムと本質的価値概念
―動物は自分の生息領域を超えて野生を評価できないが、人間は自然の価値づけができる
4 「自然の権利」内での論争
動物解放vs生態系保存
優先すべき種
→感覚重視:進化上の上位種vs全体重視:絶滅危惧・希少種
→感覚重視:進化上の上位種vs全体重視:絶滅危惧・希少種
動物解放に対する批判(キャリコット)
還元主義、植物の権利(対象選定の恣意性)
還元主義、植物の権利(対象選定の恣意性)
生態系保存に対する批判(T.レーガン)
環境ファシズム(⇔個々の保存があって初めて全体の保存に繋がってくる)
環境ファシズム(⇔個々の保存があって初めて全体の保存に繋がってくる)
無意識的な無生物、生態系の重要性、山・川の生息地としての重要性は共通
5 道徳多元主義と個別生命中心論
「第三の道」
人間は地球の生命共同体の一員、相互依存システムの中の不可欠な要素
各生物の生存は環境の物理的条件だけでなく他生物との関係によっても決定される
個々の生命はそれぞれの方法でそれぞれの幸福を追求(全て生物は生命の目的論的中心をなす)
自然の権利の法的理論づけ
すべて自然が人間と同等の権利をもつということではない→しかし法的権利はある
法的権利:
公的機関が権利を脅かされているものの行為や手続きについて審査し得ること、そしてそれ自身の要請に依って訴訟を開始し、法的救済を承認する際に裁判所がそのものに対する侵害を考慮し、その救済がそのもののためになされること
公的機関が権利を脅かされているものの行為や手続きについて審査し得ること、そしてそれ自身の要請に依って訴訟を開始し、法的救済を承認する際に裁判所がそのものに対する侵害を考慮し、その救済がそのもののためになされること
―法も社会に対応して変化する
#参考文献
尾関修二、亀山純生、武田一博『環境思想キーワード』青木書店2005