新宿ジュンク堂。ひさしぶりに「環境」棚(6F23)に行ったら、「発電・エネルギー」本が大規模攻勢をかけていた。なんかよくわからない本(ex.『萌える!エネルギーのすべて』)や、80年代のライフスタイル論の便乗復刊まで。これで嫌気がさして「もういいや」になりそうな人が出そうで心配。
「発電・エネルギー」棚を見て、“悪貨は良貨を駆逐する”がちょっと心配になったので、活用する人はほとんどいないことを承知で、環境思想関連の良書をピックアップしようと思います。私家版ブックフェア。新刊メインで。
「発電・エネルギー」棚を見て、“悪貨は良貨を駆逐する”がちょっと心配になったので、活用する人はほとんどいないことを承知で、環境思想関連の良書をピックアップしようと思います。私家版ブックフェア。新刊メインで。
1.ジョン・オニール『エコロジーの政策と政治』(93/11)。待望の邦訳。環境思想の超・重要概念であるはずの「(自然の)内在的価値intrinsic value」が、じつは論者によって3つのそれぞれ異なる機能を仮託されていることを指摘したりなど、“概念の交通整理”がありがたい。
2.佐藤仁『「持たざる国」の資源論』(2011)。新刊。「天然資源がないのがデフォルトの国」として戦前から日本を考えるという視角がクリティカル。「日本」といえば、日本的自然観の(「日本」が何を指すのかすら吟味されていない)称揚や、70年代以降の高度経済成長批判に終始しがちだから。
3.畠山武道『アメリカの環境保護法』(1992)。労作。モノ湖事件(1983年)や、テリコ・ダム事件(1978年)など、アメリカの環境保護運動のターニング・ポイントになった事件の、詳細な経緯が紹介。いま基地問題で話題の「環境評価」が、アメリカで生まれた背景もわかる。
4.諏訪雄三『アメリカは環境に優しいのか』(1996)。前書の訴訟を起こしたのは、どれもNGO。環境NGO大国であるアメリカは、じゃあ環境保護が進んでいるのかというとそうでもない。なぜ? という疑問に答えてくれるのが同書。要は各NGOの足並みがいまいち揃わないのです。
5.高橋広次『環境倫理学入門』(2011)。“環境NGOの足並みが揃わない”問題を“環境破壊”と同じくらい重視したのが、環境プラグマティストと呼ばれる一群。日本では余り起きないタイプの問題なので、看過されることが多いけれど、そこを掬いあげたのが本書。新刊。
6.亀山純生『環境倫理と風土』(2005)。とはいえ、日本でも環境NGOや住民団体の足並みがいまいち揃わなかったらどうするの? という問いには、本書。「風土」と呼ばれる現象の3つの契機や、自己満足に終わりがちな「日本的自然観」の扱い方についての、緻密な分析と提案。やや難解。
7.C・グドーフ、J・ハッチンソン『自然への介入はどこまで許されるか』(03/08)。ダム建設、サンゴ礁保護、放射性廃棄物…など典型的な環境問題の12の事例をふまえて環境倫理を考えるワークブック的な本。今までの6冊と往復しながら読むと深まる。
以上でした。
然り。というか、いわゆる環境思想本の5割強は理論や提案がシンプルすぎるんだよ。それも吟味を重ねたうえにたどり着いたシンプルではなく、ただの粗雑。 QT @ms06w じっくり取り組めば、なんとかなるさー QT 『環境倫理と風土』
例えば「日本的自然観」の分析にしても、西欧文化と日本文化とを比較して後者の環境思想としての優越性を謳う、みたいなコンセプトは30年以上前に賞味期限切れだし、ある思想は、「理解されない」よりも「間違って理解されて広まる方が質が悪い」のに、危機感なさすぎ。
以上、自戒を込めての定期的憤慨。