―――声にならない、苦難を覚えている
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
薄暗い場所に、"少女"は居た。
曰く、此岸と彼岸の狭間、向こう岸のような場所であり。
曰く、永劫に続く境界線が垣間見える水面の上であり。
曰く、全てが電子に溶け合ったディラックの海のような世界であり。
曰く、此岸と彼岸の狭間、向こう岸のような場所であり。
曰く、永劫に続く境界線が垣間見える水面の上であり。
曰く、全てが電子に溶け合ったディラックの海のような世界であり。
篝火程の、その程度の薄明るい月がただ唯一世界を照らす。
その中央、恐竜の化石、その大きな体躯や骨格から凡そティラノ――Tレックスとカテゴライズされる肉食獣の化石が番人のごとく"少女"を見下ろし佇んでいる。
その中央、恐竜の化石、その大きな体躯や骨格から凡そティラノ――Tレックスとカテゴライズされる肉食獣の化石が番人のごとく"少女"を見下ろし佇んでいる。
ここに時間の流れはなく、全てが停止した世界だ。最も、その停止したという表現は比喩ではあるが、正しく少女の時間が止まっているという例えでもある。
現実ではない、夢幻の如き世界、"少女"はそんな場所にいた。
そう、"少女"以外、誰もいない、静寂と停止に満ちた蒼と黒の世界の中で。
現実ではない、夢幻の如き世界、"少女"はそんな場所にいた。
そう、"少女"以外、誰もいない、静寂と停止に満ちた蒼と黒の世界の中で。
「初めまして、ですね。」
低いボイスの方へ振り返れば、見えたのは燃ゆる蝶々のような女性。
黒い仮面に隠れた表情は深く、そして儚く揺らめいて。
ポニーテールに纏めた赤い髪はそれこそ正しく輝く篝火のようで。
黒い仮面に隠れた表情は深く、そして儚く揺らめいて。
ポニーテールに纏めた赤い髪はそれこそ正しく輝く篝火のようで。
「……あな、たは?」
「私はあなたと同じく、この静寂に堕ちてきた。いいえ、私はここに棄てられたようです。」
「じゃあ、ここはどこ?」
「ここは魂が揺蕩う境界の大海原。……私にとっては知らない単語で説明するなら、壊れた情報が流れ着く先、でしょうか?」
「……壊れた、情報。じゃあ、ここは走馬灯ですか?」
「……そうとも、言えるでしょう。ここは終端です。」
「私はあなたと同じく、この静寂に堕ちてきた。いいえ、私はここに棄てられたようです。」
「じゃあ、ここはどこ?」
「ここは魂が揺蕩う境界の大海原。……私にとっては知らない単語で説明するなら、壊れた情報が流れ着く先、でしょうか?」
「……壊れた、情報。じゃあ、ここは走馬灯ですか?」
「……そうとも、言えるでしょう。ここは終端です。」
告げられたのは、残酷な真実。
夢であり、終わりに沈む者が流れ着く終着駅、生と死の境界線。
夢であり、終わりに沈む者が流れ着く終着駅、生と死の境界線。
「陛下~? へ~い~か~?」
そして、微睡む電子の廃棄孔に、甲高い声を響かせ降り立った新たな来訪者。
赤いドレスに、長いブロンドヘアーを赤いリボンでツインテールに結ばせた少女。
"少女"に、来訪者の姿の覚えはない、その名前すら知らない。
だが、もう一人の、彼女にとっては別である。
赤いドレスに、長いブロンドヘアーを赤いリボンでツインテールに結ばせた少女。
"少女"に、来訪者の姿の覚えはない、その名前すら知らない。
だが、もう一人の、彼女にとっては別である。
「……どうして? ……いえ、どうやらあなたも流れ着いたようですね。」
「いや、流れ着いたってどういうこと!? ……ねぇ、まさかだと思うけれど。」
「?」
「この世界の"私"、死んでる?」
「……ええ。」
「うっそでしょぉぉぉぉぉ~~~~~~~!?」
「いや、流れ着いたってどういうこと!? ……ねぇ、まさかだと思うけれど。」
「?」
「この世界の"私"、死んでる?」
「……ええ。」
「うっそでしょぉぉぉぉぉ~~~~~~~!?」
来訪者が頭を抱えて叫ぶ。
察するに、何かしらのアクシデントの結果、ここに巻き込まれた事。
現状、傍観者の立ち位置である"少女"には、それぐらいしか分からない。
察するに、何かしらのアクシデントの結果、ここに巻き込まれた事。
現状、傍観者の立ち位置である"少女"には、それぐらいしか分からない。
「だったらさっさとここから出ないと! こんな所で時間潰してる暇はないんだから!」
「……その心配はありません。ここは時間が止まった世界、この世界に居る限り、ここ以外の世界の時間は静止したものとなります。あなたの目的にも何ら問題はないでしょう。どうやって此処に来たかは知りませんが、魂となって流れ着いたあなたには。」
「それで、ここから出る方法は?」
「時が経てば、じきに『外』から来たあなたの魂は排出されるでしょう。」
「……その心配はありません。ここは時間が止まった世界、この世界に居る限り、ここ以外の世界の時間は静止したものとなります。あなたの目的にも何ら問題はないでしょう。どうやって此処に来たかは知りませんが、魂となって流れ着いたあなたには。」
「それで、ここから出る方法は?」
「時が経てば、じきに『外』から来たあなたの魂は排出されるでしょう。」
淡々と答える仮面の女性の言葉に、来訪者は多少気に入らないながらも納得するように小さく頷いた。
だが、これで"少女"は理解した、理解してしまったのだ。
ここは電子の内の黄泉比良坂、もしくは蒼のニライカナイ。そこに居るということは、つまり。
だが、これで"少女"は理解した、理解してしまったのだ。
ここは電子の内の黄泉比良坂、もしくは蒼のニライカナイ。そこに居るということは、つまり。
「……死んじゃったんですね、私は。」
「ええ。そのようです。」
「ええ。そのようです。」
既にこの物語の結末は決まっている。
死者は"3名"、その結末は覆されることはない。
これは、少女が"終わり"を迎えるまでの物語。
死者は"3名"、その結末は覆されることはない。
これは、少女が"終わり"を迎えるまでの物語。
□□□□□□□□
殺し合いの舞台、電子で構築された籠の中。
再現された現実であろうと、太陽は正しく輝きを以て地上を照らしている。
だが、だというので、そうだというのに、ただ一点。真夜中よりも深き闇の具現が在る。
それは、黒き太陽。世界の調和を乱す災禍そのものであり。
謂わば悪魔。秩序の反逆者。世界を、人心を弄ぶ悪鬼であり、大いなる業を抱いて変貌した怪物である。
再現された現実であろうと、太陽は正しく輝きを以て地上を照らしている。
だが、だというので、そうだというのに、ただ一点。真夜中よりも深き闇の具現が在る。
それは、黒き太陽。世界の調和を乱す災禍そのものであり。
謂わば悪魔。秩序の反逆者。世界を、人心を弄ぶ悪鬼であり、大いなる業を抱いて変貌した怪物である。
少なくとも、武偵にして人間である間宮あかりにはそう見えた。
人の形を保っているだけのバケモノ。ヒトガタなだけの獣。凡そあれを同じ人間とは思いたくなどなかった。
この世の人間が凡そ頭で想像し思い描く、人智を超えた怪物の、その具現がカタチを為して立っていた。
人の形を保っているだけのバケモノ。ヒトガタなだけの獣。凡そあれを同じ人間とは思いたくなどなかった。
この世の人間が凡そ頭で想像し思い描く、人智を超えた怪物の、その具現がカタチを為して立っていた。
だが、1つ目一つ足、知恵の神たる岩永琴子が見る景色は、間宮あかりが目の当たりとした姿とは全く違う。
曰く、古来より巫女となる者は片目を潰して、現世と常世の双方を観えるように、としたという。
つまりだ、岩永琴子の何も映さぬはずの義眼には、決して違う何かが映っている。
曰く、古来より巫女となる者は片目を潰して、現世と常世の双方を観えるように、としたという。
つまりだ、岩永琴子の何も映さぬはずの義眼には、決して違う何かが映っている。
それは正しく瘴気だった。電子と粒子と霊子、そして悪性因子で構築された"殻"であった。
毛細血管程の細さの赤と黒の禍糸が織模様を紬いで、それが人の形として構築された何かだ。
膜の中、心臓に位置する部分にて赤黒い点滅を放つ何かは、それこそ彼女が既に人のカタチを捨てたと結論付けられる、異形の根本でもあった。
ただし、今まで多種多様の妖怪と関わり、怪異の調停を積み重ねてきた岩永琴子は、魔王が誰であるかを瞬時に理解し、こう告げる。
毛細血管程の細さの赤と黒の禍糸が織模様を紬いで、それが人の形として構築された何かだ。
膜の中、心臓に位置する部分にて赤黒い点滅を放つ何かは、それこそ彼女が既に人のカタチを捨てたと結論付けられる、異形の根本でもあった。
ただし、今まで多種多様の妖怪と関わり、怪異の調停を積み重ねてきた岩永琴子は、魔王が誰であるかを瞬時に理解し、こう告げる。
「一体どういう理由(わけ)なのでしょうか、ベルベット・クラウ。」
ベルベット・クラウ。あの時夾竹桃の同行者である二人のうちの一人。得た情報曰く、復讐鬼。
初対面時では冨岡義勇と戦っている姿が印象に浮かぶが、今の彼女はその時とはあまりにも隔絶している。
義眼で垣間見た、殻のような何か。それが彼女の変質を表す要因なのだろうかと。
初対面時では冨岡義勇と戦っている姿が印象に浮かぶが、今の彼女はその時とはあまりにも隔絶している。
義眼で垣間見た、殻のような何か。それが彼女の変質を表す要因なのだろうかと。
「……それはもう"私"じゃない。」
だが、魔王はその"名"を否定する。その含みの籠もった発言に、僅かな嫌悪と、それに似合わぬ憎悪が込めて。その名で呼ばれるのが、不愉快だと言わんばかりに、紅の眼光が知恵の神を睥睨する。
「……コホン。失礼しました、ベルセリアさん。では改めて、私を連れて行く理由を教えてほしいのですが。」
咳払いの後、訂正。ともかく、未だ分からぬ魔王の思惑。背後に係わる夾竹桃の意図を見定めようと、岩永琴子が問い掛ける。
「事態はあんたが思っているよりも深刻ってことよ。――虚構と現実がひっくり返る。」
「虚構と現実が、ひっくり返る……。」
「虚構と現実が、ひっくり返る……。」
その言葉だけで、岩永琴子は内訳は分からずとも理解した。
この世界が偽りだというのは岩永琴子自信も考察したことだ、当たり外れはともかく、彼女たちも同じ考察を共通している、それをもとに結論付けたのだろうと
この世界が偽りだというのは岩永琴子自信も考察したことだ、当たり外れはともかく、彼女たちも同じ考察を共通している、それをもとに結論付けたのだろうと
「異なる世界法則の交わりを得て、全く未知の『異能』に目覚める現象がある。今のあたしもそういう類になってるけれど。おそらく、私以外も。」
「……目覚めている。目覚めさせる、というのが主催の目的だと。」
「少なくとも此方側はそう思ってるわね。」
「……両面宿儺の真似事とは、笑えないですね。どこを呪いたいのやら。」
「……目覚めている。目覚めさせる、というのが主催の目的だと。」
「少なくとも此方側はそう思ってるわね。」
「……両面宿儺の真似事とは、笑えないですね。どこを呪いたいのやら。」
その言葉と発想から、知恵の神が至ったのは両面宿儺の器だ。
或るカルト教祖が、見世物小屋で奇形の人間を数名購入、地下の密室に押し込めて、蠱毒を行い最後に生き残った人間を餓死させミイラとし、それを仏として祀ったという。それが元来言い伝え得られる両面宿儺の逸話。
ただし、両面宿儺の逸話というのは地方によって異なるらしく、飛騨地方においては英雄的に扱われる一面を持っている。
或るカルト教祖が、見世物小屋で奇形の人間を数名購入、地下の密室に押し込めて、蠱毒を行い最後に生き残った人間を餓死させミイラとし、それを仏として祀ったという。それが元来言い伝え得られる両面宿儺の逸話。
ただし、両面宿儺の逸話というのは地方によって異なるらしく、飛騨地方においては英雄的に扱われる一面を持っている。
「……呪い、ねぇ。確かに現実世界からしたら呪い以上の厄ネタね。でも、あいつらがやろうとしてるかもしれないことは、そういう事よ。現実と虚構をひっくり返して、楽園という天獄で現実を侵食する。」
現実と虚構の逆転。理想郷の侵食。秩序の番人たる立場である岩永琴子にとっては、余りにも見過ごせない考察でもある。
虚構の反転、異能者の養殖。それこそ両面宿儺の二番煎じではないかと。現実を呪い侵し覆す。その結果引き起こされる厄災は、自然災害や妖怪変化が引き起こすそれとは間違いなく規模も被害も違いすぎる。
虚構の反転、異能者の養殖。それこそ両面宿儺の二番煎じではないかと。現実を呪い侵し覆す。その結果引き起こされる厄災は、自然災害や妖怪変化が引き起こすそれとは間違いなく規模も被害も違いすぎる。
「……現実という地獄を、虚構の理想郷が破壊するのよ。文字通り。」
「私を連れ去りたい理由は、それですか。……私が『覚醒者』になる前に。」
「そう。だからあんたの身柄をさっさと捕まえたいわけ、岩永琴子。」
「私を連れ去りたい理由は、それですか。……私が『覚醒者』になる前に。」
「そう。だからあんたの身柄をさっさと捕まえたいわけ、岩永琴子。」
異界法則の交わりによるこの世界独自で生まれた異能の誕生。それが主催の目的にかかわるというのなら。
それを生まれる根を抜き取るか、異能者そのものを刈り取るか。
だが、岩永琴子の頭脳は夾竹桃側からしても優秀ゆえ、できれば無傷で確保したいのが本音ではある。故の、この強行とも言うべき手段を取った。
最も、夾竹桃の意図とは裏腹に、この魔王は返答次第で『喰う』ことも検討しているのであるが。
それを生まれる根を抜き取るか、異能者そのものを刈り取るか。
だが、岩永琴子の頭脳は夾竹桃側からしても優秀ゆえ、できれば無傷で確保したいのが本音ではある。故の、この強行とも言うべき手段を取った。
最も、夾竹桃の意図とは裏腹に、この魔王は返答次第で『喰う』ことも検討しているのであるが。
「断ればどうなるか、その賢い頭で考えれば自ずと分かることよね?」
「………ッ。」
「………ッ。」
故に、選択肢は2つ。大人しく付いていくか、殺されるか。
そう、知恵の神はここで確保する。手に入らないのなら殺す■■■■■■■■■。
恐らくこの選択は今後に関わるであろう、岩永琴子だけでなく、恋人である桜川九郎にとっても。
両陣営とも無自覚とも、魔王ベルセリアの憎悪対象たるブチャラティのグループ、そこの一員に桜川九郎がいる。
岩永琴子はこの事実を知らない。知らずとしても、彼女にとっては首根っこを掴まれたような感覚である。
本来ならば、大人しく連行される方が正しいのかもしれない。しかし、それは夾竹桃陣営相手での場合。
この魔王は違う、明らかに何かがおかしい彼女の言に従うのは危険だと、警鐘を鳴らしている。
断れば、始まるのは問答無用の虐殺だ。
そう、知恵の神はここで確保する。手に入らないのなら殺す■■■■■■■■■。
恐らくこの選択は今後に関わるであろう、岩永琴子だけでなく、恋人である桜川九郎にとっても。
両陣営とも無自覚とも、魔王ベルセリアの憎悪対象たるブチャラティのグループ、そこの一員に桜川九郎がいる。
岩永琴子はこの事実を知らない。知らずとしても、彼女にとっては首根っこを掴まれたような感覚である。
本来ならば、大人しく連行される方が正しいのかもしれない。しかし、それは夾竹桃陣営相手での場合。
この魔王は違う、明らかに何かがおかしい彼女の言に従うのは危険だと、警鐘を鳴らしている。
断れば、始まるのは問答無用の虐殺だ。
「……逃げさえしなければ、答えは何時までも待ってあげる。……それに。」
迷う岩永琴子から一旦目線を逸し、次にその紅眼が据えるのは間宮あかり。
蛇に睨まれた蛙、という慣用句が存在するが、今の間宮あかりはまさにそうだ。
動けなかった。正しくは、動きたくても、体が動かなかった。
もし動こうものなら、即座に殺されていただろうから。
蛇に睨まれた蛙、という慣用句が存在するが、今の間宮あかりはまさにそうだ。
動けなかった。正しくは、動きたくても、体が動かなかった。
もし動こうものなら、即座に殺されていただろうから。
「……あんたが、間宮あかりで良いのよね?」
「……。」
「……。」
黙って、頷いた。その選択しか、許されないような錯覚に襲われていた。
「……あんたにはまどろっこしいのは無し。夾竹桃からの要望であんたも来てもらうわ。鷹捲の在処を教えてもらう」
「………!」
「………!」
間宮あかりにとって、最悪の一言だった。里を壊滅に追い込んだイ・ウーの一人、妹に毒を仕込んだ元凶たる彼女が、よりにもよってこの魔王と手を組んでいた、だなんて。
魔王本人にとっては小手暇の頼み事をあしらう感覚ではあった。それだけでもあかりにとって絶望の二文字を叩きつけるに等しいことで。
魔王本人にとっては小手暇の頼み事をあしらう感覚ではあった。それだけでもあかりにとって絶望の二文字を叩きつけるに等しいことで。
「……あいつが言うには貴重な毒、らしいわね。あたしにはどうでもいい……と言いたいところだけれど。」
が、魔王にとって、窮極たる異能の捕食者にとって、未知の毒物というのは多少興味を引くのに十分であり。だからこそ、念のために魔王は訪ねることにする。
『……鷹捲の在り処を話せ。』
「……ッッッ!?」
「……ッッッ!?」
ただ一言、たったそれだけで、再び間宮あかりの前進を凄まじき重圧がのしかかった。
返答以外の、すべての行動を制限される。文字通りの言葉の重み。重力が何倍にも増えた感覚。手も足も動かせない、気を抜けばすぐにでも地面とキスしてしまいそうになる。
返答以外の、すべての行動を制限される。文字通りの言葉の重み。重力が何倍にも増えた感覚。手も足も動かせない、気を抜けばすぐにでも地面とキスしてしまいそうになる。
『……そもそも、鷹捲は、毒なの?』
交じる魔王の疑問。どう答えれば良い? どう返せば良い?
あかりの思考が文字通り重圧に押しつぶされていく。このまま素直に従えば皆は助かるのか、自分だけ犠牲になれば助かるのか?
ネガティブな考えた脳内を埋め尽くしていく。絶望という黒い蔦に絡まり深く深く落ちていく。
諦めてしまえばいいのか、それでみんなが助かるのならそれが最良の選択肢なのか。
あかりの思考が文字通り重圧に押しつぶされていく。このまま素直に従えば皆は助かるのか、自分だけ犠牲になれば助かるのか?
ネガティブな考えた脳内を埋め尽くしていく。絶望という黒い蔦に絡まり深く深く落ちていく。
諦めてしまえばいいのか、それでみんなが助かるのならそれが最良の選択肢なのか。
―――違う、そんな訳がない。そんなはずがない。
「鷹捲は、毒なんかじゃない。」
「……へぇ。」
「……へぇ。」
意を決して、間宮あかりが己を見下ろす魔王に断言する。
魔王の瞳が変化する。見下すのではなく、自分に言い返した誰かとして認識する。
魔王の瞳が変化する。見下すのではなく、自分に言い返した誰かとして認識する。
「私は、あなたの言う事に乗らないし、夾竹桃の思惑に乗るつもりもない。」
「……少なくともあなたの身柄の無事は約束できるけれど、それでも?」
「それでも、です。」
「……少なくともあなたの身柄の無事は約束できるけれど、それでも?」
「それでも、です。」
今の間宮あかりの瞳に、恐怖は無い。
魔王という暴威にして脅威を前にして、心は震えど意思は揺るがず。
魔王という暴威にして脅威を前にして、心は震えど意思は揺るがず。
「それがもし、一番代償が少なくて、皆が生きて帰れる唯一の手段に繋がることだとしても。」
間宮の技は戦国より言い伝えられてきた必殺の技。故に、暴力が非日常へと変遷した現代において、その技はただ受け継がれるだけと成り果てた。
だからこそ、間宮あかりの母親は、いつか起こる戦乱の兆しに備え、この技を「誰かを守る」為に娘たちに教えたのだ。
間宮あかりの、その実力を参加者内で評してしまえば中の下程度だ。勿論、間宮の殺人技術を駆使すれば話は別だろうが、武偵である以上その技は事実上封じられている。
無能の長物だと嗤うものもいるだろう。だが、それでも、そんな不器用な彼女でも。
託された思いと、変わらぬ憧れと、誰かを惹き寄せるその優しさが、間宮あかりという少女の強さだ。
だからこそ、間宮あかりの母親は、いつか起こる戦乱の兆しに備え、この技を「誰かを守る」為に娘たちに教えたのだ。
間宮あかりの、その実力を参加者内で評してしまえば中の下程度だ。勿論、間宮の殺人技術を駆使すれば話は別だろうが、武偵である以上その技は事実上封じられている。
無能の長物だと嗤うものもいるだろう。だが、それでも、そんな不器用な彼女でも。
託された思いと、変わらぬ憧れと、誰かを惹き寄せるその優しさが、間宮あかりという少女の強さだ。
「そんな理由(よわみ)で、みんなの思いを無下にすることなんて、したくない。託されたから、応えないといけないから。」
かの武人の言葉が、今でも反芻できる。託されたのだから、応えなければならない。
炎のごとく、雷(せんこう)の如く、眩いた輝きの意思を、彼女は憶えている。
積み重なった思いの上に、間宮あかりはいるのだ。
炎のごとく、雷(せんこう)の如く、眩いた輝きの意思を、彼女は憶えている。
積み重なった思いの上に、間宮あかりはいるのだ。
「……託されたもの。……シア、リーズ。」
"私の心にもあるのです。あなたと同じ、消したくても消えない炎が"
ベルセリアの脳裏、今や枯れた樹木の中身が如く残骸と化した過去の記憶。それでも今だ消えぬ炎の記憶。
■■■■■の言葉が、記憶が、ただ、一瞬だけ。
■■■■■の言葉が、記憶が、ただ、一瞬だけ。
『……煩わしい。何故、消えない。』
「……え?」
「……え?」
魔王が、苛立ち呟く。それは、誰に向けて、何に向けての言葉であるのか、間宮あかりは未だ理解は出来ないだろう。
それでも、魔王の表情が歪んだことに、間宮あかりが気付かぬ道理はない。
それでも、魔王の表情が歪んだことに、間宮あかりが気付かぬ道理はない。
「――生憎、こちらもあなた達からの誘いは断らせてもらいます。」
そして、岩永琴子の方も同じくして拒否と言う意見の表明。
「……賢い選択をしてくれると思ったのだけれど。」
「それも一つの選択肢だったでしょう。少なくとも、そちら側の得た真実を共有できれば、この殺し合いの打開に繋がる手掛かりと為り得るでしょう。それは否定しません。」
「それも一つの選択肢だったでしょう。少なくとも、そちら側の得た真実を共有できれば、この殺し合いの打開に繋がる手掛かりと為り得るでしょう。それは否定しません。」
本来なら、夾竹桃陣営とは不戦協定を結んでいるという前提、悪い扱いはしないというのはわかっている。魔王もまた、彼女たちが大人しく従うのであれば手を出さないつもりではいたのだから。
「ですが、あなた自身は、どうなのでしょうか?」
「………。」
「………。」
岩永琴子の追求に、魔王は沈黙という形で返答を返す。
眉を顰め、表情の読めぬ顔で岩永琴子の顔を見つめ返す。
眉を顰め、表情の読めぬ顔で岩永琴子の顔を見つめ返す。
「……そもそも、あなたは本来ベルベット・クラウという人物。なのに今のあなたは魔王を名乗っています。まるで最初からそうであったかのように。」
魔王ベルセリア。いや、元々ベルベット・クラウという存在であったのに。まるで自分が最初から魔王であったように振る舞い、言葉を紡ぎ、交渉の場に立ち、威圧している。
「私の眼からみて、あなたは歪そのものです。あなたを構成するそれは、現実の其れではありません。まるで妄想です。……私は似たような怪異を知っています。」
物怖じなどせず、何時も通りなれた説明口調で続ける。
「鋼人七瀬。ネットの海のいち噂を発端とし、不特定多数の群衆の妄想・考察から生まれた、想像力の怪物。」
七瀬かりんというアイドルの死を発端として生まれた怪異の噂。
桜川六花が作り上げた、世界の理を歪ませる現象の実験体。
想像力の怪物、合理的虚構。
桜川六花が作り上げた、世界の理を歪ませる現象の実験体。
想像力の怪物、合理的虚構。
ベルベット・クラウ。魔王ベルセリアの場合はそれと似通ったものだ。ただし、それは数多の民たちの想像力でなく、ベルベット・クラウという個人のみで構築された、妄執による虚構。
……個による妄執、否定の概念の顕現。それを為したベルベットの到達点が魔王ベルセリアという存在である。
……個による妄執、否定の概念の顕現。それを為したベルベットの到達点が魔王ベルセリアという存在である。
「……ですがあなたは、大多数のそれによって為される現象を。たった一人で行使してしまった。鋼人七瀬の時点ですでに秩序を歪ませる行為でしたが、今のあなたの存在そのものが秩序を破壊しかねません。」
そう、魔王ベルセリアという存在は今や歪みそのもの。ただ存在するだけで秩序を崩壊させる怪物と化した。さすれば、知恵の神たる岩永琴子が、魔王の誘いに乗る道理は全くもって存在しない。
秩序を歪ませようとするならば、知恵の神は容赦はしない。
秩序を歪ませようとするならば、知恵の神は容赦はしない。
「ですので―――」
『もう、いい。』
『もう、いい。』
岩永琴子が言い終わるのを待たずに、ベルベットの沈黙が破られた。
その一言だけで、岩永琴子を黙らせるには十分であった。
波濤が、世界を震わせる。焼け焦げた残骸は吹き飛び、黒いオーラが魔王の周りに収束する。
左腕は既に異形の業魔腕、魔王の腕へと変化している。
その一言だけで、岩永琴子を黙らせるには十分であった。
波濤が、世界を震わせる。焼け焦げた残骸は吹き飛び、黒いオーラが魔王の周りに収束する。
左腕は既に異形の業魔腕、魔王の腕へと変化している。
殺意を感じ取った間宮あかりは岩永琴子を庇うような形で、既に交戦の準備をいつでも取れるようには身構えている。一触即発、いや。既に戦端は切られている。魔王の要求に否を叩き付けた時点で。
『死ね。』
「―――!」
「―――!」
刹那だった。魔王が間宮あかりに肉薄し、その凶爪を振り下ろそうとしたのを、一本の刀がとめたのは。
ガキィン!と刃物同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、魔王は己の攻撃を止めた元凶に振り向いた。
ガキィン!と刃物同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、魔王は己の攻撃を止めた元凶に振り向いた。
「……間に合ったようだな。」
「ええと、確か……。」
「ちょうどいいタイミングでのお目覚めですね、冨岡さん。」
「ええと、確か……。」
「ちょうどいいタイミングでのお目覚めですね、冨岡さん。」
鬼殺隊水柱、冨岡義勇。今まで眠り続けてきた鬼滅の剣士が、ようやく目を覚ましたのだ。
魔王の放つ殺意の凶兆が、目覚まし代わりとしてかの剣士の意識を覚まし、既の所で防いだ。
魔王の放つ殺意の凶兆が、目覚まし代わりとしてかの剣士の意識を覚まし、既の所で防いだ。
「……あんたは、確か。」
勿論、魔王もまた冨岡義勇の事は一応は憶えている。ベルベットだった頃に一度交戦した。確か自分が殺した錆兎の関係者だとか。
「……お前に何が起きたか存じないが、ますます鬼染みた格好になったな。」
『お世辞として受け取っておくわ。』
『お世辞として受け取っておくわ。』
冨岡義勇から見た今の『ベルベット』は、正しく鬼にも似た人外の類。その脅威は恐らく、かの鬼舞辻無惨に匹敵するか、もしくはそれ以上か。
『……それに。』
「どうやら祭りにゃ間に合ったようだなぁ!」
「あかりちゃん! 大丈夫!?」
「カタリナさん! それに琵琶坂さんに……知らない人いるけれど大丈夫です!」
「どうやら祭りにゃ間に合ったようだなぁ!」
「あかりちゃん! 大丈夫!?」
「カタリナさん! それに琵琶坂さんに……知らない人いるけれど大丈夫です!」
冨岡の乱入に続くように、シグレ達もまた魔王の元へ到着。
『………邪魔なのが、また増えるか。まあ、構わないわ。』
呆れるかの如き魔王の呟き。役者はすべて揃い、これから始まる大戦の始まりの刻を、ただ魔王は待つのみであった。
■ ■ ■ ■ ■
カランッ、と骰子が投げる音。
軽快に音を鳴らし、廻り廻って骰子が静止する。
賽の目が指した数値は1だった。
■ ■ ■ ■ ■
前話 | 次話 | |
過去が今、私の人生を収穫に来た | 投下順 | 明日之方舟(ArkNights)-苦難揺籃- |