エピローグ
――ある日ある時ある所。
古びた平屋の縁側に、頭に人形を乗せた少女と青年がいた。
少女の頭にひしとしがみついている人形が言葉を紡ぐ。
「わたしは、けいやくを、はき、するの」
それはそのまま契約を破棄することを意味する言葉であり、人形はそれを恐る恐る途切れがちに言い終わると少女の頭から降り、青年と少女の間に立った。そして、
「ばいばい」
その小さな手を二人に向けてゆっくりと振りながら言い、手を上に掲げた。
数秒後――
「もしもし、わたしリカちゃん。今、お姉ちゃんとお兄ちゃんにばいばいしたの」
という言葉と共にいずこかへと消えた。
その光景を最後まで見届けて、少女――舞は深いため息をつくと、
「やっと納得してくれたなぁ」
強情でまいった。と苦笑しながら青年――Tさんに向かって言った。
「おそらく契約破棄であの子の一回の転移距離と腕力が減少しただろうが、まあ問題はないだろう。後のことは夢子ちゃんが面倒を見てくれる」
Tさんの言葉に舞は「そっか」と答えると、よろりとふらつきながら庭に立った。
んー、と伸びをして、呟く。
「何百年も、よく保ったもんだ」
おかげで体中にガタがくるガタがくると言って笑い、縁側で座っているTさんに振り向いた。
「さて、次はTさんの番だ」
発された言葉は、
「断る」
にべもなく却下された。
そう言われることが分かっていたのか、ため息をつきつつ舞はだけどな? と前置きし、
「このままだと俺と長く居て繋がりが深くなり過ぎたせいで俺の死に巻き込まれるぜ?」
説得するように話す。
「俺も元は人間なんだ。それにしては十分生きたし、今回はちょうどいい機会だ。
リカちゃんはまだ幼いし、夢子ちゃんは消えるその日まで夢を与えて回るという使命があるから消えてもらうわけにはいかないがな」
Tさんの言葉に舞はこれ見よがしにまたため息を一つつくと、Tさんの横に座って話しかける。
「夢子ちゃんと言えば、この前身辺整理中に頼んで俺の趣味の写真コレクションを飾る場所を≪夢の国≫に作ってもらった時にさ、ついでに俺の葬式は盛大によろしく! って言ったら夢子ちゃんに泣かれてよ、危うく住人にされるところだったぜ。――かわいいよな」
「まぁ、寂しいだろうからな。
特に、親しい者が居なくなるのは」
そう呟くTさんに、
「そう思うならTさんこっちに残ってくれよ」
舞は言いつのるが、
「契約者も一人で逝くのは寂しいだろう?」
Tさんも譲るつもりはないようだった。
舞は、んなこたぁねえ、とすぐに返し、
「向こうに知り合いもけっこういるしな」
「そう強がるな」
「けっ、誰が……」
そこで議論は止まる。舞は両の手を組み、頭上に伸ばす。
あーあ、と嘆息してから、
「契約の影響も、もう限界か~」
しみじみと言う。
「十分人外だがな」
Tさんの言葉に舞は苦笑する。最初は気がつかなかったのだ。しかし五年、六年と経ち、十年が経過する頃には嫌でも気付かされる羽目になった。
「まさか俺がロリババアになるとはな。
……ってまあ、いつかの≪赤い靴≫に言わせりゃただのババアか」
そう言って笑う舞の身体は、Tさんとの契約以後いつしか成長することもなくなり、人の過ごす時間の流れから大きく外れていた。
「でもこれさ、人外になるとは言っても世間からちと外れちまうってだけでけっこう俺に優しげな契約の影響だよな。ここ最近気付いた自分の死期を悟れるってのも身辺整理にはちょうど良かったし」
それに、
「ほら、俺ずっと若いし!」
あっけらかんと言う舞にTさんはあきれ顔で、
「同じところに数年と住まえないのは十分に大きな影響だと思うが」
「そうかねぇ? 言ってることは分からないでもないけどそんなに不便じゃねえや」
そう答えて舞は笑う。
彼らには今でも会う古い知り合いが多い。皆なにかしら人外だが。一か所に留まれないから大変と言うのも、舞が契約者じゃなかった時の知り合いたちが皆死んでしまうまではいろいろと思うところもあったのだが、契約の影響で成長が止まり、人生が延長されていることを知る知り合いの割合の方が多い今となってはそんなに大変とも感じはしない。
舞は思考に釣られて多くの顔を思い出す。それに連なるように彼等と共に関わることになった様々な事件も思い出し、
「いろいろあったよなぁ」
「無事に天寿(?)で逝こうとしている今この瞬間が信じられんくらいにな」
「ちげぇねぇや」
二人は声をあげて笑う。ひとしきり笑うとわずかな間が生まれた。
舞はTさんに諦めきれないように声をかける。
「なぁTさん、やっぱり夢子ちゃんとリカちゃんについて行った方がいいんじゃないか?」
「俺は契約者と共に在る」
即答。舞はう、と言葉に詰まり、
「……妙に義理立てすることないんだぜ?」
「やりたくてやっているんだ」
やはり返ってくるのは即答だ。それに、とTさんは続け、
「どうせこれまで関わる羽目になった事件でも思い出して不安になったんだろうが、あの子たちを倒すなんて誰にもできん」
だから安心しろ。
そう言ってTさんは先程まで人形が乗っていた舞の頭へと、まるでそこにまだリカちゃんがいるかのように視線を向ける。
「倒すことができないって、……俺たち以外には?」
窺うように訊く舞にTさんはやや考え、
「……そうだな」
「自信満々だー」
からかうような舞の声。
「……だから俺たちは安心して先に逝ける。
必要ならあの子らが来やすいように向こうの理でも書き換えておく必要があるしな」
薄く笑うTさん。舞もはは、と笑う。
「もしそうなったら、うん、大変だな」
「まったくだ」
うなずくTさん。舞はでも、と空を見上げながら、
「きっと楽しいぜ」
言う。
無言でうなずくTさん。舞はそれに満足気にうなずいた。
「Tさん、俺、少し疲れたかもしんね」
ややあって、舞は眠そうにTさんに声をかけ、身を預ける。
Tさんはそれを抱きとめ、
「なら少し休めばいい。どうせすぐに向こうでドンチャン騒ぎなんだ」
「りょーかい」
そう言ってTさんに身体を預けたまま、舞は目を閉じる。そして思い出したかのように、
「あぁ、俺の葬式だけど」
「もう手は打ってある。この借家の処分も依頼したし、葬式の件も夢子ちゃんに頼んだら≪夢の国≫が全面協力してくれるらしい。……無駄に派手なものになりそうだ。
話を聞く限りだと≪夢の国≫は噂を一つ増やす勢いでやりそうでな、隠蔽手段を講じておいたがあの子も壮大にやろうと躍起だ」
まったく、と苦笑気味に、
「誰かさんの悪い影響だな」
頭が痛いとぼやくTさんの耳元で舞の楽しげな声が言う。
「たまには、はしゃげばいいと思うぜ?」
っにしても、
「流石、手回し早ぇ……」
楽しげな声は、最期に事あるごとにTさんへと投げかけられた賞賛の言葉を紡ぐ、
「寺生まれってやっぱりスゲェや」
そう言って、舞は微笑んだまま、深い、深い眠りについた。
古びた平屋の縁側に、頭に人形を乗せた少女と青年がいた。
少女の頭にひしとしがみついている人形が言葉を紡ぐ。
「わたしは、けいやくを、はき、するの」
それはそのまま契約を破棄することを意味する言葉であり、人形はそれを恐る恐る途切れがちに言い終わると少女の頭から降り、青年と少女の間に立った。そして、
「ばいばい」
その小さな手を二人に向けてゆっくりと振りながら言い、手を上に掲げた。
数秒後――
「もしもし、わたしリカちゃん。今、お姉ちゃんとお兄ちゃんにばいばいしたの」
という言葉と共にいずこかへと消えた。
その光景を最後まで見届けて、少女――舞は深いため息をつくと、
「やっと納得してくれたなぁ」
強情でまいった。と苦笑しながら青年――Tさんに向かって言った。
「おそらく契約破棄であの子の一回の転移距離と腕力が減少しただろうが、まあ問題はないだろう。後のことは夢子ちゃんが面倒を見てくれる」
Tさんの言葉に舞は「そっか」と答えると、よろりとふらつきながら庭に立った。
んー、と伸びをして、呟く。
「何百年も、よく保ったもんだ」
おかげで体中にガタがくるガタがくると言って笑い、縁側で座っているTさんに振り向いた。
「さて、次はTさんの番だ」
発された言葉は、
「断る」
にべもなく却下された。
そう言われることが分かっていたのか、ため息をつきつつ舞はだけどな? と前置きし、
「このままだと俺と長く居て繋がりが深くなり過ぎたせいで俺の死に巻き込まれるぜ?」
説得するように話す。
「俺も元は人間なんだ。それにしては十分生きたし、今回はちょうどいい機会だ。
リカちゃんはまだ幼いし、夢子ちゃんは消えるその日まで夢を与えて回るという使命があるから消えてもらうわけにはいかないがな」
Tさんの言葉に舞はこれ見よがしにまたため息を一つつくと、Tさんの横に座って話しかける。
「夢子ちゃんと言えば、この前身辺整理中に頼んで俺の趣味の写真コレクションを飾る場所を≪夢の国≫に作ってもらった時にさ、ついでに俺の葬式は盛大によろしく! って言ったら夢子ちゃんに泣かれてよ、危うく住人にされるところだったぜ。――かわいいよな」
「まぁ、寂しいだろうからな。
特に、親しい者が居なくなるのは」
そう呟くTさんに、
「そう思うならTさんこっちに残ってくれよ」
舞は言いつのるが、
「契約者も一人で逝くのは寂しいだろう?」
Tさんも譲るつもりはないようだった。
舞は、んなこたぁねえ、とすぐに返し、
「向こうに知り合いもけっこういるしな」
「そう強がるな」
「けっ、誰が……」
そこで議論は止まる。舞は両の手を組み、頭上に伸ばす。
あーあ、と嘆息してから、
「契約の影響も、もう限界か~」
しみじみと言う。
「十分人外だがな」
Tさんの言葉に舞は苦笑する。最初は気がつかなかったのだ。しかし五年、六年と経ち、十年が経過する頃には嫌でも気付かされる羽目になった。
「まさか俺がロリババアになるとはな。
……ってまあ、いつかの≪赤い靴≫に言わせりゃただのババアか」
そう言って笑う舞の身体は、Tさんとの契約以後いつしか成長することもなくなり、人の過ごす時間の流れから大きく外れていた。
「でもこれさ、人外になるとは言っても世間からちと外れちまうってだけでけっこう俺に優しげな契約の影響だよな。ここ最近気付いた自分の死期を悟れるってのも身辺整理にはちょうど良かったし」
それに、
「ほら、俺ずっと若いし!」
あっけらかんと言う舞にTさんはあきれ顔で、
「同じところに数年と住まえないのは十分に大きな影響だと思うが」
「そうかねぇ? 言ってることは分からないでもないけどそんなに不便じゃねえや」
そう答えて舞は笑う。
彼らには今でも会う古い知り合いが多い。皆なにかしら人外だが。一か所に留まれないから大変と言うのも、舞が契約者じゃなかった時の知り合いたちが皆死んでしまうまではいろいろと思うところもあったのだが、契約の影響で成長が止まり、人生が延長されていることを知る知り合いの割合の方が多い今となってはそんなに大変とも感じはしない。
舞は思考に釣られて多くの顔を思い出す。それに連なるように彼等と共に関わることになった様々な事件も思い出し、
「いろいろあったよなぁ」
「無事に天寿(?)で逝こうとしている今この瞬間が信じられんくらいにな」
「ちげぇねぇや」
二人は声をあげて笑う。ひとしきり笑うとわずかな間が生まれた。
舞はTさんに諦めきれないように声をかける。
「なぁTさん、やっぱり夢子ちゃんとリカちゃんについて行った方がいいんじゃないか?」
「俺は契約者と共に在る」
即答。舞はう、と言葉に詰まり、
「……妙に義理立てすることないんだぜ?」
「やりたくてやっているんだ」
やはり返ってくるのは即答だ。それに、とTさんは続け、
「どうせこれまで関わる羽目になった事件でも思い出して不安になったんだろうが、あの子たちを倒すなんて誰にもできん」
だから安心しろ。
そう言ってTさんは先程まで人形が乗っていた舞の頭へと、まるでそこにまだリカちゃんがいるかのように視線を向ける。
「倒すことができないって、……俺たち以外には?」
窺うように訊く舞にTさんはやや考え、
「……そうだな」
「自信満々だー」
からかうような舞の声。
「……だから俺たちは安心して先に逝ける。
必要ならあの子らが来やすいように向こうの理でも書き換えておく必要があるしな」
薄く笑うTさん。舞もはは、と笑う。
「もしそうなったら、うん、大変だな」
「まったくだ」
うなずくTさん。舞はでも、と空を見上げながら、
「きっと楽しいぜ」
言う。
無言でうなずくTさん。舞はそれに満足気にうなずいた。
「Tさん、俺、少し疲れたかもしんね」
ややあって、舞は眠そうにTさんに声をかけ、身を預ける。
Tさんはそれを抱きとめ、
「なら少し休めばいい。どうせすぐに向こうでドンチャン騒ぎなんだ」
「りょーかい」
そう言ってTさんに身体を預けたまま、舞は目を閉じる。そして思い出したかのように、
「あぁ、俺の葬式だけど」
「もう手は打ってある。この借家の処分も依頼したし、葬式の件も夢子ちゃんに頼んだら≪夢の国≫が全面協力してくれるらしい。……無駄に派手なものになりそうだ。
話を聞く限りだと≪夢の国≫は噂を一つ増やす勢いでやりそうでな、隠蔽手段を講じておいたがあの子も壮大にやろうと躍起だ」
まったく、と苦笑気味に、
「誰かさんの悪い影響だな」
頭が痛いとぼやくTさんの耳元で舞の楽しげな声が言う。
「たまには、はしゃげばいいと思うぜ?」
っにしても、
「流石、手回し早ぇ……」
楽しげな声は、最期に事あるごとにTさんへと投げかけられた賞賛の言葉を紡ぐ、
「寺生まれってやっぱりスゲェや」
そう言って、舞は微笑んだまま、深い、深い眠りについた。
●
「お休み」
Tさんがそう声をかける舞の身体は光り、少しずつ天へとその存在を昇らせていっていた。
そして、
「俺もか」
Tさんの身体も同じように光り、少しずつ、こちらでの存在が薄くなっていた。
契約を破棄していれば、いや、この瞬間にでも破棄すれば消えていくこともないのだが、
「まぁ、十二分に生きたしな」
そう思い、Tさんは笑う。
本来ならば何百年も前に死んでいた身だ。この段に至っても結局意思がある存在なのかどうかすら正体がつかめなかった己の内に融けた≪ケサランパサラン≫に感謝しつつ、
「さて」
手を掲げる。
「俺たちも、契約者たちも、皆同じところに行ければ、ひどく幸せだよな」
光がTさんの手から一瞬強く瞬いた。
Tさんはそれに満足気に一つうなずき、
これからもよろしくな。
口の動きだけで言い、
「向こうでもきっと大変だ」
笑った。
Tさんがそう声をかける舞の身体は光り、少しずつ天へとその存在を昇らせていっていた。
そして、
「俺もか」
Tさんの身体も同じように光り、少しずつ、こちらでの存在が薄くなっていた。
契約を破棄していれば、いや、この瞬間にでも破棄すれば消えていくこともないのだが、
「まぁ、十二分に生きたしな」
そう思い、Tさんは笑う。
本来ならば何百年も前に死んでいた身だ。この段に至っても結局意思がある存在なのかどうかすら正体がつかめなかった己の内に融けた≪ケサランパサラン≫に感謝しつつ、
「さて」
手を掲げる。
「俺たちも、契約者たちも、皆同じところに行ければ、ひどく幸せだよな」
光がTさんの手から一瞬強く瞬いた。
Tさんはそれに満足気に一つうなずき、
これからもよろしくな。
口の動きだけで言い、
「向こうでもきっと大変だ」
笑った。
――そこには始めから誰もいなかったかのような静寂が、ただ存在していた。
日差しが暖かく、風が気持ちいい、ある日の話――
<FIN>