ケモノツキ_03_週末のエール
穏やかな陽気の日曜日。高校のボクシング場のリングで、橘野悠司がミット打ちを行っている。
相手はボクシング部部長、黒鉄 武。彼の構えたミットに悠司のグローブが吸い込まれ、小気味のいい音を響かせる。
ワンツー、ボディブロー、ジャブ2連からの右フック。ミットに指示されるまま、悠司はひたすら拳を振るう。
相手はボクシング部部長、黒鉄 武。彼の構えたミットに悠司のグローブが吸い込まれ、小気味のいい音を響かせる。
ワンツー、ボディブロー、ジャブ2連からの右フック。ミットに指示されるまま、悠司はひたすら拳を振るう。
「…ラストだ、きっちり締めろ。」
部長はそう言うと、わき腹と顔の前にミットを構えた。
一拍おいて、悠司は左足を踏み込み、抉りこむようにして左のボディブローを打つ。
続けざま右ストレートを放ち、顔に構えられたミットを打ち抜いた。
パァン、と一際高い音が響く。部長がミットを下ろしたのを確認し、悠司は緊張を解いて息を吐く。
一拍おいて、悠司は左足を踏み込み、抉りこむようにして左のボディブローを打つ。
続けざま右ストレートを放ち、顔に構えられたミットを打ち抜いた。
パァン、と一際高い音が響く。部長がミットを下ろしたのを確認し、悠司は緊張を解いて息を吐く。
「良し、少し休憩だ。」
「ふぅ…ありがとうございました。」
「ふぅ…ありがとうございました。」
リングを降りると、先ほどから彼らを見ていた少女が歩み寄ってきて、グローブを外してくれた。
彼女はボクシング部マネージャー、黒鉄 遥。ボクシング部部長、黒鉄 武の妹である。
現在、このボクシング場に居るのは、部長、マネージャー、橘野悠司の三人のみ。
他にも多数の部員が居るが、土日は自主練習となっており、特に日曜日はほとんどの部員が休むため、実質彼らの貸しきり状態となっている。
彼女はボクシング部マネージャー、黒鉄 遥。ボクシング部部長、黒鉄 武の妹である。
現在、このボクシング場に居るのは、部長、マネージャー、橘野悠司の三人のみ。
他にも多数の部員が居るが、土日は自主練習となっており、特に日曜日はほとんどの部員が休むため、実質彼らの貸しきり状態となっている。
「はい、お疲れ様。」
「ありがとう、マネージャーさん。」
「ありがとう、マネージャーさん。」
グローブを外し終え、差し出されたタオルを受け取って汗を拭う。
視線を横に向けると、リングの反対側から部長がこちらへ歩いてくるのが見えた。
視線を横に向けると、リングの反対側から部長がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「遥、俺にはそういう気遣いは無いのか?」
「兄さんは一人で出来るでしょう?妹に甘えてんじゃないわよ。」
「兄さんは一人で出来るでしょう?妹に甘えてんじゃないわよ。」
そう言いながらも、持っていたもう一つのタオルを兄に差し出す。
タオルを受け取り、ごしごしと乱暴に顔の汗を拭く部長。
たったそれだけの動作だが、二人の仲の良さが感じられた。
タオルを受け取り、ごしごしと乱暴に顔の汗を拭く部長。
たったそれだけの動作だが、二人の仲の良さが感じられた。
「橘野、なかなかいいパンチを打つようになったな。」
リング横のベンチに座りながら、部長は悠司に話しかける。
部長と少し距離を開けて、悠司も同じベンチに腰掛ける。
部長と少し距離を開けて、悠司も同じベンチに腰掛ける。
「だが、まだ全体的に拳が軽いし、段々と威力が落ちてきている。体力と筋力…特に足腰を鍛えた方がいい。」
「ありがとうございます。この前、タイガにも同じようなことを言われました。」
「ほぅ…さすが、体を共有しているだけのことはある。ならばなおさら、鍛錬に励むことだ。」
「これでも頑張ってるんですけど…なかなか結果が付いてこなくて。」
「なに、焦ることはない。これから背も伸びて、体も強くなっていくだろう。」
「ありがとうございます。この前、タイガにも同じようなことを言われました。」
「ほぅ…さすが、体を共有しているだけのことはある。ならばなおさら、鍛錬に励むことだ。」
「これでも頑張ってるんですけど…なかなか結果が付いてこなくて。」
「なに、焦ることはない。これから背も伸びて、体も強くなっていくだろう。」
部長は、橘野悠司が契約者であることを知っている。
正確にはマネージャーも知っており、さらに言えば兄妹共々、都市伝説の契約者である。
そのおかげで気兼ねなく、このような話をすることが出来る。
正確にはマネージャーも知っており、さらに言えば兄妹共々、都市伝説の契約者である。
そのおかげで気兼ねなく、このような話をすることが出来る。
「さて、最後にスパーして終わりだ。準備しろ。」
そう言って部長はベンチから立ち上がり、道具を用意する。
悠司もマネージャーに手伝ってもらい、グローブなどを装着してリングに上がった。
悠司もマネージャーに手伝ってもらい、グローブなどを装着してリングに上がった。
*
リングの上でコーナーを背にして対峙する二人。
両者ともグローブとヘッドギアを装着し、手にはマウスピースを持っている。
両者ともグローブとヘッドギアを装着し、手にはマウスピースを持っている。
「準備はいいか、”タイガ”。」
「…今度こそぶっ潰してやるよ。」
「…今度こそぶっ潰してやるよ。」
両者がマウスピースを付けたのを確認し、マネージャーはゴングを鳴らした。
先に仕掛けたのはタイガ。懐にステップインし、左のボディブローを打つ。
部長は落ち着いて半歩下がり、右手でそれを払う。
間髪入れずに放たれる、顔面への右ストレート。ミット打ちで行ったコンビネーションブローだ。
しかし、部長はヘッドスリップでこれもかわし、カウンターぎみに右のボディブローを打ち込んだ。
部長は落ち着いて半歩下がり、右手でそれを払う。
間髪入れずに放たれる、顔面への右ストレート。ミット打ちで行ったコンビネーションブローだ。
しかし、部長はヘッドスリップでこれもかわし、カウンターぎみに右のボディブローを打ち込んだ。
タイガの体が一瞬宙に浮くほどの強力な一撃。なんとか左腕で防いではいるが、よろけて隙が出来る。
その隙を逃さず、今度は左のボディブローが放たれる。すぐさま反応し、右腕でしっかりと防御する。
だが直後、タイガの顔面に右ストレートが迫る。先ほどタイガが放ったコンビネーションブローそのものである。
とっさに左のガードに右腕を交差させ、いわゆるクロスアームブロックの形でそれを防ぐ。
その隙を逃さず、今度は左のボディブローが放たれる。すぐさま反応し、右腕でしっかりと防御する。
だが直後、タイガの顔面に右ストレートが迫る。先ほどタイガが放ったコンビネーションブローそのものである。
とっさに左のガードに右腕を交差させ、いわゆるクロスアームブロックの形でそれを防ぐ。
衝撃がガードを貫いて、体の芯まで響くような感覚。
足が下がりそうになるのをこらえ、タイガは前へと踏み込む。
部長もそれに応じるように踏み出し、リング中央で再び激しい打ち合いが始まった。
足が下がりそうになるのをこらえ、タイガは前へと踏み込む。
部長もそれに応じるように踏み出し、リング中央で再び激しい打ち合いが始まった。
・
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互いに引くことなく打ち合う二人。
先ほどから絶え間ない打ち合いを続けているが、両者とも攻撃の手を緩めない。
むしろ、徐々に激しさを増しているように見える。
先ほどから絶え間ない打ち合いを続けているが、両者とも攻撃の手を緩めない。
むしろ、徐々に激しさを増しているように見える。
タイガの右ストレートが部長の顔面に入る。しかし部長は、上体をわずかに反らし、鍛えられた背筋で衝撃を吸収する。
そして、その攻撃によって隙が出来たタイガの右わき腹に、部長の左フックが迫る。
あわてて右腕を下げてガードの体勢を取るタイガ。しかし、部長の拳の軌道が急激に変化する。
それはフックではなく、スマッシュと呼ばれる技術。
ガードを下げたことによって、がら空きになったタイガの頭部に、斜め下からアッパーぎみの一撃が打ち込まれる。
そして、その攻撃によって隙が出来たタイガの右わき腹に、部長の左フックが迫る。
あわてて右腕を下げてガードの体勢を取るタイガ。しかし、部長の拳の軌道が急激に変化する。
それはフックではなく、スマッシュと呼ばれる技術。
ガードを下げたことによって、がら空きになったタイガの頭部に、斜め下からアッパーぎみの一撃が打ち込まれる。
タイガは、一歩、二歩とよろけ、ついには尻餅ををついた。
「ワンダウン…俺の勝ちだ。」
ヘッドギアとマウスピースを外しながら、部長が告げる。
タイガは、ふぅ、と息を吐くと、マウスピースを吐き捨て、リング上に大の字に寝転がる。
タイガは、ふぅ、と息を吐くと、マウスピースを吐き捨て、リング上に大の字に寝転がる。
「あああああ!糞ッ!!また負けた畜生ッ!!!」
「身体能力だけならともかく、ボクシングではそう簡単に勝たせんよ。」
「大体なぁ、この体が弱すぎんだよ!体格も筋力もまるで足りねぇ!!もっと鍛えやがれ!!」
『…頑張ってはいるんだけど、やっぱりまだ足りないか…。』
「まぁそう言ってやるな、タイガ。橘野自身の力は、その体格にしては強い方だと思うぞ。」
「身体能力だけならともかく、ボクシングではそう簡単に勝たせんよ。」
「大体なぁ、この体が弱すぎんだよ!体格も筋力もまるで足りねぇ!!もっと鍛えやがれ!!」
『…頑張ってはいるんだけど、やっぱりまだ足りないか…。』
「まぁそう言ってやるな、タイガ。橘野自身の力は、その体格にしては強い方だと思うぞ。」
今まで何度か、タイガと部長はスパーを行っている。
ルールは、ダウンを一度奪うか、マネージャーのストップがかかるまで。
しかし過去のスパーは全て、部長がダウンを取って勝利している。
ルールは、ダウンを一度奪うか、マネージャーのストップがかかるまで。
しかし過去のスパーは全て、部長がダウンを取って勝利している。
橘野悠司の力は、タイガの能力によって強化されている。それと互角以上に渡り合う部長の力も、都市伝説によって強化されたもの。
ボクシング部部長、黒鉄 武の契約都市伝説は『リミッター』。
人の体にかけられているリミッターを解除し、限界を超えた力を発揮する能力である。
ボクシング部部長、黒鉄 武の契約都市伝説は『リミッター』。
人の体にかけられているリミッターを解除し、限界を超えた力を発揮する能力である。
リングを降りた部長を、マネージャーが迎える。
「お疲れ様。じゃ、そこに横になって。」
「ああ。頼んだ、遥。」
「ああ。頼んだ、遥。」
部長はグローブを外し、タオルが敷かれたベンチに横たわる。
そして目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。
直後、部長の体が、ビクン、と跳ね上がる。
その顔が一瞬で青ざめ、苦痛に歪んだ。
息は上がり、全身から汗が噴出し、拳は苦痛に耐えるかのように固く握り締められている。
そして目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。
直後、部長の体が、ビクン、と跳ね上がる。
その顔が一瞬で青ざめ、苦痛に歪んだ。
息は上がり、全身から汗が噴出し、拳は苦痛に耐えるかのように固く握り締められている。
身体を強化している悠司とは違い、部長は体の能力を限界まで引き出すことで、力を得ている。
体が壊れないためのリミッターを外したがため、その体は壊れる寸前まで追い詰められていた。
体が壊れないためのリミッターを外したがため、その体は壊れる寸前まで追い詰められていた。
マネージャーは、そんな部長の額に手を当て、固く握られた拳に手を添える。
そして、祈るかのように目を閉じ、拳に添えた手をぎゅっと握る。
すると部長の荒い息が、だんだんと深く、ゆっくりとしたものになってゆく。
顔色はみるみるうちに良くなり、苦痛の色が和らいでくる。
そして、祈るかのように目を閉じ、拳に添えた手をぎゅっと握る。
すると部長の荒い息が、だんだんと深く、ゆっくりとしたものになってゆく。
顔色はみるみるうちに良くなり、苦痛の色が和らいでくる。
マネージャー、黒鉄 遥の契約都市伝説は『手当て』。
文字通り手を当てることで、対象の治療を行うことが出来る能力。
この能力があるからこそ、部長は全力でタイガとの勝負に臨むことが出来ている。
文字通り手を当てることで、対象の治療を行うことが出来る能力。
この能力があるからこそ、部長は全力でタイガとの勝負に臨むことが出来ている。
「ふう…もういいぞ、遥。」
「だーめ、まだ腕が痛いでしょ?ほら、こっちに腕出しなさい。」
「だーめ、まだ腕が痛いでしょ?ほら、こっちに腕出しなさい。」
部長が起き上りながら告げるが、マネージャーは部長の腕のマッサージを始める。
実際、まだ腕には痛みが残っていたが、『手当て』の能力とマッサージによって、その痛みも消えた。
部長は立ち上がって軽く拳を振るが、体が痛むような様子は見受けられない。
実際、まだ腕には痛みが残っていたが、『手当て』の能力とマッサージによって、その痛みも消えた。
部長は立ち上がって軽く拳を振るが、体が痛むような様子は見受けられない。
「さてタイガ…いや、橘野。そっちは大丈夫か?」
「大丈夫…です。ちゃんと、動けます。」
「大丈夫…です。ちゃんと、動けます。」
ぎりぎりと音を立てそうな、ぎこちない動きで、ストレッチを行っている悠司。
その体は、タイガの能力による代償、全身の筋肉痛に襲われていた。
その体は、タイガの能力による代償、全身の筋肉痛に襲われていた。
「毎度のことながら、辛そうだな。しっかり柔軟して、痛みを残さないようにしておけ。」
「まあ…部長に比べたら、大したことないですよ。」
「いや、俺には遥が居るからな。橘野の方が大変だろう。」
「橘野君も無理しないで、私を頼ってくれてもいいのよ?」
「まあ…部長に比べたら、大したことないですよ。」
「いや、俺には遥が居るからな。橘野の方が大変だろう。」
「橘野君も無理しないで、私を頼ってくれてもいいのよ?」
悠司の体を襲うこの痛みも、マネージャーの能力なら1分もせずに完治できるだろう。
だが、悠司はそれをしない。それは、能力を使うことによる、マネージャーの負担への気遣い。
そして、橘野悠司が抱く、強い信念のあらわれ。
だが、悠司はそれをしない。それは、能力を使うことによる、マネージャーの負担への気遣い。
そして、橘野悠司が抱く、強い信念のあらわれ。
「組織」に属する以上、否応なしに都市伝説に巻き込まれるだろう。戦いが避けられないときもある。
橘野悠司の力は、その体に負担をかける。だが、それを言い訳にして逃げる気はない。
橘野悠司の力は、その体に負担をかける。だが、それを言い訳にして逃げる気はない。
自らの力の代償は、自らの力で乗り越える。
それが、橘野悠司の信念。
それが、橘野悠司の信念。
160cmという小柄な体でボクシングを選んだのは、自らを鍛えるため。
タイガと部長の対決は、橘野悠司自身の申し出によるもの。
それによって、自分自身の力と都市伝説の力を鍛えようとしている。
タイガと部長の対決は、橘野悠司自身の申し出によるもの。
それによって、自分自身の力と都市伝説の力を鍛えようとしている。
苦難の道に身を置くことで、自らを成長させたいという、強い意思によるものである。
*
「橘野、手伝おう。柔軟が終わったら、ダウン2kmだ。」
部長は悠司のストレッチに手を貸し、悠司の筋肉をほぐしていく。
これはあくまで部活動の一環であり、悠司の信念に反することではない。
柔軟を終え、ゆっくりと立ち上がる悠司。体の具合を確かめるように、軽く屈伸をする。
これはあくまで部活動の一環であり、悠司の信念に反することではない。
柔軟を終え、ゆっくりと立ち上がる悠司。体の具合を確かめるように、軽く屈伸をする。
「ふぅ…大分良くなりました。ありがとうございます。」
「よし、じゃあ行くぞ。遥、ここの片づけを頼む。」
「二人が戻るまでには終わらせとくわ。いってらっしゃい。」
「よし、じゃあ行くぞ。遥、ここの片づけを頼む。」
「二人が戻るまでには終わらせとくわ。いってらっしゃい。」
二人はシューズを履いて外へ走り出し、その後ろ姿をマネージャーが見送る。
「…オトコノコ、だもんね。頑張れ、橘野君。」
その呟きは風に紛れ、誰にも届くことなく消えていった。
【ケモノツキ_03_週末のエール】 終