「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - モデルケース-03

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匿名ユーザー

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ベッドとカーテン以外、純和風の部屋に3人の少女が集まっていた。そのうち2人はコタツに足を突っ込み暖をとっている。
やっていることは三者三様であり、髪を7:3で分けたエンジェルショートにメガネの少女は小説を読んでいる。
何の手入れもしていなさそうなベリーショートの少女はコタツの上にカードを広げ、一人で忙しく動かしている。
ミディアムボブの少女は、カードをいじっている少女の髪をいじっている。
コタツに足を入れているのはメガネの少女とカードゲームをやっている少女だ。ミディアムボブの少女はカードゲームの少女の後ろに膝立ちしている。

「伊斗子はさ。そんなカードにお金かけずにもっと、こう、なんていうか、髪とか肌の手入れにお金かけた方がいいと思うんだけど。ほら。また枝毛あったし」
「ナオコさんもやってみたらどうですか遊戯王。アニメも面白いですよ。超展開のオンパレードって感じで」
「あなた見てるとそんな気が無くなるわよ。ってか、それなにしてんの?」
「これはですね。相手を自分のデッキと一番相性が悪いデッキだと仮定して頭の中で対決をしてるんですよ」

ナオコと呼ばれた少女は小さなハサミを取り出すと、伊斗子と呼んだ少女の髪を少しずつ整えていく。
整えていく間も、伊斗子の手は止まることはない。

「よくわかんないことに頭使ってんのね」
「やってみたらわかりますよ!あ、じゃあなんかデッキ作ってあげましょうか?帝デッキとか暗黒界デッキとかなかなか強いですよ。あたし使わないんであげますよ」
「いらないし意味分かんない」

伊斗子の手が止まらないのと同じように、ナオコの手も止まらない。伊斗子が手入れをしない分を取り戻すかのように手入れをしていく。

「あと、髪とかお金かけなくてもナオコさんや藤枝さんがやってくれますし」
「人のことあてにすんな」
「まあいいじゃないナオコ。いくら髪とかにお金かけたって、それで彼氏ができるわけじゃないわよ」

不意に、小説を読んでいたメガネの少女が会話に割り込んでくる。
その顔は小説ではなくナオコに向けられている。

「いやいや、彼氏とか関係なし。女として最低限しなきゃいけないでしょ」
「でもナオコさん、藤枝さんに彼氏できるまではそんなにお金かけてませんでしたよね?」
「う゛っ」
「お金かけても未だに彼氏どころか、男の影すらないわね」
「ぐはっ!」
「やめてあげた方がいいですよ篤子さん。もうナオコさんのライフポイントはゼロですよ。」

先程まで会話の「か」の字もなかったはずだが、少し話し始めただけでどんどんと話が盛り上がっていく。
女三人寄れば姦しいとはまさにこのことだ。
そんな姦しく騒ぐ彼女たちの所へ向かう足音が廊下に響く。その音に部屋にいる3人は気付いている様子はない。

「ええ~い!ひかえおろ~!」
「「「は?」」」

突然扉を開け放ち、声を響かした人物に対し、3人は怪訝な顔し、声をハモらせる。

「なんなのさ藤枝。勝手に入ってきたと思ったらそんな大声をあげて」
「非常識ですよ藤枝さん。ちゃんと一声かけましょうよ」
「だいじょーぶ!ユキコさんにちゃんと挨拶したしー」
「来る前に携帯で連絡するのは普通でしょう」

藤枝と呼ばれた少女は相次ぐ非難をはじき返し、いそいそとコタツに潜り込む。

「狭いわ。入りすぎよ」
「狭いですよ藤枝さん」
「ふふ~ん。そんなこと言えるのも今のうちー」
「なに、えらくはしゃいじゃって」

藤枝は来ていたジャンパーを脱ぎ去り、鞄から財布を取り出すと、1枚の紙を取り出す。
それは形からしてチケットのようだ。

「このチケットが目に入らぬか~!」
「何よこれ?」

藤枝の真正面に座っていた篤子は、藤枝が見せつけるチケットを奪い取りチケットに書かれた文面に目を走らせる。

「なになに。佐々木商店福引き1等券」
「「おお~」」

篤子が読み上げる文面に、ナオコと伊斗子はどよめきの声を上げる。
佐々木商店といえば、町ではそれなりに有名なお店だ。大きなお店ではないのだが、福引きの景品が豪華なのだ。
ほとんどの客は福引きを引くために通っているといってもいい。
そこの1等なのだ。どよめかずにはいられない。

「2泊3日北海道旅行券!カニ満喫ツアー!4名様ご招待!」
「「うっそぉ!」」

ナオコも伊斗子も身を乗り出し篤子が持つチケットを覗き込む。
チケットに書かれた文面には、確かに篤子が言った言葉が書かれている。

「これどうしたんですか藤枝さん!」
「ショウちゃんからもらったんだー。福引き当てたからって、友達と行ってくればって。だから控えるのじゃー」
「「「はは~」」」
「うむ。苦しゅうないぞー」

先程よりさらに姦しく騒ぎながら、旅行について盛り上がる。どんなものを持っていくのか。いつ行くのか。
行ったらどんなものを買うのか。どれだけカニを食べるのか。

ほんの一か月前の出来事だった。



モデルケース『口裂け女』③



声が出ない。それどころか、まともに立っていることさえできない。足が震えに震え、今にも崩れ落ちてしまいそうになる。
なんとか後ろに下がろうとするが、足が動かない。たぶん動いたところでバランスを崩して倒れこんでしまうだけだろう。
頭の冷静な部分が、どうしてこんなことになっているのかを体に訴える。そんなもの、わかりきったことだ。
目の前に、わたしの眼前に、あの『口裂け女』がいるからだ。
窓越しに見えるその姿はまさに恐怖そのもの。息すら止まりそうになる。
血を連想させる真っ赤なコート。顔の半分を隠す際立って白いマスク。目も見えないほどの密度をもつぼさぼさの短髪。

コンコンコン
「ヒ、ッ!」

そんな口裂け女が窓枠を叩く。
思わず後ろに下がろうとして炬燵机にぶつかり、そのまま頭からひっくり返る。
その拍子に机の角に腰を打ちつけ、あまりの痛みに悶絶する。全体重を乗せてぶつけたのだ。痛くて当然。
その痛みに体を動かすという意思が完全に途絶えてしまう。恐怖で声も出ず、痛みで体も動かない。このままでは襲われるのは時間の問題だ。
死ぬのだろうか。わたしはこのまま死んでしまうのだろうか。
いやだ!そんなのいやだ!人生に未練がありすぎる!絶対に死にたくない!怖い!助けて!誰か!いやだ!
死にたくない!

「や、、、、あ、、、、」

心の中の絶叫とは反比例して、喉から出るのは出ているのか出ていないのかわからないようなかすれた声。
体はもぞもぞ動くだけ。
呼吸が荒くなり、涙が出てくるのがわかる。もしこれが夢なら、夢であるのなら!はやく覚めて!
わたしはまだ夢の中で、目が覚めたら学校へ行くんだ!いつもみたいに通学路で篤子や藤枝にあって、学校の休み時間に伊斗子と会うんだ!
放課後に体育館の隅でみんなで筋トレして、ダブルやって、馬鹿話しながら帰るんだ!目が覚めたらそんないつもの日常が待ってるはずなんだ!

コトン

不意に、耳に軽い何かが落ちるような音がする。軽い積木が床に落ちるような音だ。そんな音が窓から聞こえたのだ。
窓のすぐ下を見ると、薄茶色の何かが落ちている。よく見ると、それは窓鍵がついた木枠だった。
今度はゆっくりと、視線を窓の方へ向ける。わたしと口裂け女を隔てているはずの窓には、不自然な形で穴が開いていた。
空いている部分はちょうど窓鍵がついていた部分だ。窓越しの口裂け女に焦点を合わせる。
窓枠をたたいていた口裂け女の手には、いつの間にか鋭利に輝く鎌が握られていた。どうやってかはわからないけど、きっとあの鎌で切ったのだろう。
涙が、先程までの都合のよい妄想と一緒に流れ落ちる。全身に感じる恐怖に、これが現実だと否応にもなく突きつけられる。
口裂け女は、懐に鎌をしまうと、鍵が無くなって抵抗が無くなった窓をガラガラと引き開ける。
声を、声を出さなくちゃ!大声を出せばお母さんが来てくれるはずだ!
泣いたりお風呂に入っていたりで気がつかなかったが、もしかしたらお父さんも帰ってきているかもしれない。3人、3人もいれば口裂け女はどこかに行くはずだ。
だって、人が複数人いれば襲われないってテレビで言ってたもの!だから、だから声を出せば、声を出せば、声をだせば、こえをだせば、こえをだせば!
わたしは助かる!
なのに、なのに、なのになのになのになのに!どうして声が出ない!?
もはや、擦れた声一つ出ない。今できることといえば、呼吸を荒くして涙を流すことくらい。
どうして!ホラー映画とかじゃピンチのときにこそ声が出てるないじゃない!ドラマとかゲームとかでも出してるじゃない!
どうして現実じゃ出せないの!
窓を限界まで開けた口裂け女は音もなく身を乗り出し部屋に入ってこようとしている。
声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ声を出さなくちゃ
口裂け女はすでにその体のほとんどをわたしの部屋の中に入れていた。しかし、その足はまだ部屋の畳に触れてはいない。
というか、窓枠に腰をかけている。一体どうして?なぜ?どうして入ってこないの?
そんなことを疑問に思っていると、口裂け女が別の行動に移った。
何と、足を持ち上げて靴を脱ぎ始めたのだ。履いている靴はスニーカーで、表面は土汚れが多少付いている。
めくれ上がったコートの下には少し履き古した青いジーンズ。
……あれ?いくらなんでも口裂け女ってあんなもの履く?スニーカーにジーンズ?ってか無理やり入ってきたくせに靴脱ぐって。
わたしの混乱をよそに、口裂け女は靴を脱ぎ終えると律儀にその靴を外に置くために、上半身を外に出し地面に置いている。
置き終わったのか口裂け女は体の状態を元に戻すと、窓枠から腰を上げ畳にその足で畳を踏みしめる。ちゃんと靴下を履いていて、靴と比べて純白のきれいな靴下だ。
混乱と恐怖でグルグルする頭は意味もなく白い靴下を脳内に印象付ける。
真っ白な靴下を履いた真っ赤なコートの口裂け女がわたしの目の前に立っている。
――――わたしここで死ぬんだ。
靴下と一緒にそんなことを思い浮かべる。靴下を思い浮かべながら死ぬなんて想像もしていなかったよ。
そんなことを思いながら来るべき最後に備え、最後の力を振り絞り目を固く閉じる。
しかし、その最後はやってこなかった。その代わりに、

「え~と。そんなに怖がらせてなんかごめんね」

その代わりに来たのはやけに明るく取り繕われた『男性』の声。なんで男の人の声なんかが!?
わたしの目の前にいるのは口裂け『女』のはずなのに!?いや、もしかしたら男性みたいな声なのかもしれない。たまにいるじゃないか!男みたいな声の女なんか。
でも、どう考えてもそうじゃない。それに怖がらせてゴメンって言ってなかった?

「あ~、あんま音立てたくなかったから窓壊しちゃったけど、弁償するから許してよ。今払うから。2万円あれば十分でしょ」

……絶対男だ。間違いなく男だ。ゆるぎない確信を持って男だと断定だ。
声からしてそんなに歳は行ってないない感じ。高校から大学生ぐらいの年だと思う。
そもそも、あのスニーカーやジーンズ。完全にメンズものだ。レディースものじゃない。その時点ですでにおかしかったんだ。
こいつは口裂け女じゃない!
断固たる決意を胸に抱き、決死の覚悟で目を見開く。
そこにはコートの前を開き、財布から2万円を取り出している口裂け女の姿があった。いや、よく見ると女じゃない。
手に結構毛が生えてるし、肩幅が女にしては広すぎるし、胸も全くない。
コートの下は黒の生地の服。ピンクの文字で『I☆NY』。

「はい」

口裂け『男』は財布から抜き出した2万円をわたしに突き出してくる。

「あと、騒がないでくれよ。でなきゃ静かに入った意味が無くなるから」

なんだこいつ。なんだこいつ!
意味分かんない!口裂け女じゃないことは確かだけどただものじゃないことも確かだ。
見た目からして、わたしをストーカーしていたはずの口裂け女は確かにこいつのはずだ。
それが実は男で、気軽に話しかけてきて、窓の弁償代金払って、でも、20メートルジャンプして、50メートルを一瞬でバックして!
あと、口裂け女じゃないってわかったはずなのに、相手は一応友好的に接してきているはずなのに、どうして恐怖が和らがないの!
さっきより張り詰めた感じはなくなったけど、恐怖心が一向になくならない。

「あ~~~~、そっか完全な一般人だもんな。こんだけ近くにいればそりゃ動けないか」

口裂け男はそう言うと2万円を炬燵机の上に置き、財布をジーパンのポケットにしまうと、コート脱いだ。そしてマスクをはずす。
上はやはり黒の長袖で胸にでかでかと『I☆NY』。ズボンは少し色あせた青いジーンズ。別に口は裂けていない。特に変哲もない口元だ。少し無精ひげが生えている。
男はさらに脱いだコートのポケットに手を突っ込み何かを取り出す。黄色いカチューシャだ。そして前髪を掻きあげカチューシャを付ける。
髪があげられ、先程まで見えなかった顔の上半分が見えるようになる。少し目尻が釣り上った目、どちらかといえばキツネ目だろう。そして太くて長い眉。
特に怪しいところもないセンスの悪そうな男だ。なに『I☆NY』って。普通星じゃなくてハートでしょ。

「ほら。これでマシになっただろ」

マシ?何のことだろうか?

「なんかそんなに怖いと思わなくなったんじゃないか?」

え?
あ、そう言われれば確かに恐怖心が和らいでいる。完全になくなったわけじゃないけど、確かに和らいでいる。
ためしに体を動かしてみる。

「あ」

よかった。ちゃんと動く。それに声も出るようになってる。

「いやさ。あの格好だと慣れてない人は怖くて動けなくなるんだよね。今みたいに普通の格好だと、一般人でも鳥肌が立つぐらいで済むけど」

よし!動ける!声も出せる!なら!

「きゃ「叫ぶなって」ウーンーンーーーーー!」

声が大きくなる瞬間に男に口を押さえられる。これじゃあお母さんやお父さんには聞こえなかっただろう。
口を押さえられたくぐもった声じゃ大きな声でも聞こえやしない。

「ンーーーーーーー!」
「静かに静かに。ほら君さ、お友達助けたくないの?」
「ン!?」
「確か、えっと、フジエダ…って人」

なんでそんなこと知ってるんだ!

「どうして知ってんだ?って顔してるね。君とフジエダって人の会話聞いてたから」
「ンーンッン!?」
「ああ、盗聴器とかじゃないよ。俺耳いいからさ。耳澄まして集中すれば5メートルぐらい離れてても電話してる声聞こえるから。それで君らの電話内容聞いてたの」

普通聞こえるかバカヤロ―!そんな大きい声でしゃべってないぞバカヤロ―!お前何もんだバカヤロ―!助けたいってどういうことだバカヤロ―!
理不尽に対する怒りのボルテージが増していくごとに恐怖心はどんどん無くなっていく。
今や目の前の男に対する恐怖心などほとんどない。口を押さえている手を退かすため、男の手をつかみ必死に力を込める。
さらに体を出来る限り動かし、物音を立てるようにする。

「おい、暴れんなよ。いいのか?このままじゃ君の友達間違いなく死ぬぜ」
「!」

そうだ!色々あってすっかり忘れてた!藤枝が死にそうなんだ!
そのことを思い出し、自然と体を動かすのをやめる。
あれ?でも世間を騒がせていた口裂け女であろう男は、今私の目の前にいる。つまり藤枝よりわたしのほうが危険じゃない!?

「たぶん誤解してるだろうから言っとくけど、この町の事件の犯人は俺じゃない。やってるのは正真正銘の口裂け女だ。都市伝説のな」

え?

「この事件の被害者には皆共通点がある。君の友達のメガネと少し頭緩そう娘、確か緩そうな方がフジエダだっけ?まあ、どっちでもいい。
 君ら3人ともその共通点を持ってる。だからフジエダって娘は一人でいると確実に殺される。断言できるね。現に君らの友達だった髪が短かった娘は殺された」

……ほんとにこの人何なんだ!

「友達を助けたいと思うなら俺に協力してほしい。君の協力があれば絶対に口裂け女を倒すことができる。もし、協力してくれるというのなら頷いてくれ」

突然押し入ってきてとんでもなく無茶をいう人もいるもんだ。
ストーカーしてた男が突然の押し入ってきて、叫べないように口をふさいで、友達死なせたくなきゃ協力しろ?普通受け入れられない。
でも、この男は全然普通じゃない。下校時に見た身体能力や目の前にいるだけで感じる恐怖の圧力。
この男の言うとおり、犯人は別にいてそれが都市伝説の、本物の口裂け女だとしたら普通じゃ勝てない。藤枝は出会ったら必ず死んでしまう。
ポーマドって3回言うとか、ベッコウ飴を渡すとか、ポマードそのものを持っておくとか、あいつ馬鹿だからそんなことしないだろうし。
普通じゃないのが相手なら、そんな奴から藤枝を守らなくちゃいけないっていうのなら!協力してやろうじゃないか!
覚悟を決め、勢いよく首を縦に振る。

「よし。交渉成立!」
「プハッ!」

男の言葉とともに口を塞がれていた手が離される。

「立てるかい?えっと、イシダさん……だっけ」

男は離した手をそのままわたしに差し出してくる。
覚悟を決めたんだ。最後までやってやろうじゃないか!
差し出された手をつかむ。

「石田ナオコです!石の石!田んぼの田!カタカナでナオコ!」
「……こりゃご丁寧に」

わたしの勢いに少し気圧されたのだろうか?数瞬対応を遅らせて反応が返ってきた。
よし!多少だけど相手を驚かせてやったぞ!
そんなことを考えながら体を引き起こしてもらう。そしてその勢いで立ちあがる。
立ちあがると気付くの腰の痛みだ。ものすごくズキズキする。そういえばさっき思いっきり打ちつけたからな~。
立ちあがったことでそれていた意識がまた打ちつけた場所に集中する。あまりの痛みに手を打ちつけた場所に持っていき擦る。

「そういや思いっきり打ってたよな。うん、大丈夫?」

あんたのでしょうが!
もちろんそんなことは言わない。恐怖心がほとんどなくなっているからといって、無くなったわけじゃない。
端的にいえばビビってるから。

「それより、お名前をお伺いしたいんですけど」

とりあえず、こういったときに大切なのはお互いが誰かをはっきりさせること。
それが安心につながる。学校で友達作るときだって名前が分かんないから声がかけづらいんだ。わかっていたらかけやすい。
そんな感じの安心感。これは意外に重要だとわたしの経験上語っている。

「そうだな。うん。名前って重要だよな。うん。間違いないね。俺の周りってさ。今偽名使ってる奴しかないないからそのことすっかり忘れてたよ」
「偽名って」
「なんか名字だけは本名だったり、完全に名前隠してたりって種類はあるけど。本名まじめに名乗るの俺だけだぜ」

そんな知り合いがいる時点でやっぱ普通じゃないよな~。

「俺の名前だったな。サカモトミツテルだ。坂の上の坂。本の本。光り輝くで光輝。よろしく」

彼はしゃべり終えると、握っていた手を上下に揺らし、そのまま握手に移行する。
坂本光輝、か。なんというか、実に平凡な名前だ。
アニメとかゲームとじゃなんか変梃りんな名前だったりするのが相場なんだけど。まあ、そこら辺はさすが現実といったところだろうか。

「さて、早速だけどなんか聞きたいことある?協力してもらうんだ。一応疑念払拭のために答えてあげるけど」

それはとてもありがたい申し出だ。わたしとしても聞きたいことはたくさんある。
でも、まず何よりしなくちゃいけないことがある。

「聞きたいことは後で聞きます!それより、わたしは何をすればいいんですか!」

今優先するべきことは、わたしの疑問の解決などではなく、藤枝を助けること!聞くのは藤枝を助けてからでいい!

「友達思いだね石田さんは。俺も君みたいな友達がいりゃぁ道を踏み外さなかったかもね」
「今はあなたの昔には興味ないです!」
「ばっさり切り捨ててくれるね。まあいいけど。とりあえず、右隣の家に行ってきてくれる?」
「右隣の家?」

右隣の家といえば、確か土海さんの家だ。でもなんで?

「あの家にはポマードがある。口裂け女の弱点って言ったらポマードだ。それぐらい聞いたことあるだろ。だから何としてももらってきてくれ」

よし。ポマードか。確かに有効かもしれない。
さっそく行ってもらってこよう。土海のおばさんとはお隣さんだからご近所付き合いでよく喋るから結構親しい。
必死になって頼めばきっと貰えるだろう。なんで彼が家にあるって知ってるかはこの際どうでもいい。
早速部屋から出て行こうとすると、

「ちょっと待った」

彼に引きとめられる。一体なんだろうか?

「借りてきてもそのまま持ってこないでくれよ。そうだな、ビニール袋5枚ぐらい重ねてその中に入れて持ってきてくれ。なるべくにおいが漏れないように気をつけてくれよ」
「注文が多いですね」
「いや、ポマードはさ。俺にとっても弱点だから。匂い嗅ぐと集中できないし、近くで嗅いじまうとまともに戦えなくなるから」
「え?」

彼は男だ。口裂け女ではない。
わたしが聞いた事がないだけで、口裂け女の男ヴァージョンがあるのかもしれないが、彼は口なんか裂けてない。
しかし、口裂け女の格好をしていたのは確かだ。

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~!もう!」
「え?なに?」
「なんでもないです!貰ってきますからここでジッとしてて下さいよ!」

とにかく!考えても仕方ない!時間がない!湧き上がる疑問なんて押し殺せ!坂本光輝が何者かなんて今はどうでもいい!藤枝の安全が最優先なんだ!
それ以外何も思うなわたし!
決意を新たに部屋から出てまずは台所に向かう。ビニール袋はいつも台所の流しの下の棚に貯めてある。
台所を覗く。そこにはお母さんはいなかった。台所にお母さんがいないってことはお風呂か2階か。ちょうどいい。
急いでビニール袋を5枚取り出しポケットにしまうと、玄関へ向かう。玄関にはものの数秒で辿りつく。玄関に備え付けられている振り子時計を見る。
今が……18時20分!?
藤枝から電話が掛かってきたのが18時だから、あれからもう20分も経ってる!いつにまに!?
やばい!藤枝がわたしの所に電話し終えてから家を出たとして、藤枝は約20分も前に外に出たことになる!い、急がないと!
慌てて靴を履き、勢いよく音立てて玄関を開けると、閉める手間すら惜しんで隣の家に走る。
10秒もしないうちに隣の家の玄関に着く。そしてすぐさまチャイムを五連打し、戸を叩く。

ダンダンダン!
「すみません!土海さんいませんか!」

失礼なのは先刻承知の上だ!でも、迷惑をかけてでもわたしは行動しなきゃいけない!藤枝を助けたら後日菓子折りでも持ってきて謝ればいい!
だからお願い!早く、速く、はやく出てきて土海さん!

チャイムを押して大体15秒ほど経った頃、ドア越しに履き物を履く音と鍵を開ける音が聞こえた。
そしてドアが開けられる。

「はい。どちらさまでしょうか?」

ドアにはチェーンロックがが掛かっていて、ドアは少ししか開いていない。その隙間から土海のおばさんが顔をのぞかせる。
よし!

「おばさん!わたしです!ナオコ!」
「あら?ナオコちゃん?ちょっと待ってね」

おばさんは一度顔を引っ込めドアを閉める。一瞬後、チェーンロックをはずす音が聞こえドアが完全に開かれる。

「それでどうしたのナオコちゃん?なんだかずいぶんと慌ててたみたいだけど」
「お願いします!ポマードを下さい!」

とにかく問答無用で頭を深々と下げる。相手の目は見ない。直視すると色々喋りづらくなる。
今はこっちの都合を強引に押し付ける!

「ちょ、ちょっとちょっと!なに?どうしたの?」
「今すぐポマードがいるんです!お願いします!」
「えっと、口裂け女のことで不安になってるの?大丈夫よ。犯人はお化けなんかじゃ「お願いします!」……ハァ」

おばさんはため息をつくと、履き物を脱ぎ家に上がる。

「ちょっと待ってなさい」

大体1分後ぐらいだろうか、おばさんが手に何か丸い物を持って再び姿を現す。

「はいポマード」

おばさんが差し出してきたのは大体直径7センチほどの丸い容器だった。蓋には商品名のほかに、製品名として確かにポマードと書かれている。

「ナオコちゃん昔から怖がりだったもんね。まあ、今は不安になるだろうから」
「あ、ありがとうございます!」

ポマードを両手で受け取り、感謝をこめて深々とお辞儀する。お辞儀を終えると丁寧に玄関を閉める。そして急いで回れ右をする。
そのままの勢いでダッシュし、すぐさま自分の家の玄関までたどり着く。
とりあえず家に入る前に、言い付け通りビニール袋の中にポマードを放り込み固く口を閉じる。それをさらに4回繰り返し、ポマードは5枚のビニール袋に厳重に包まれる。
匂いが漏れていないかを確認するため、匂いを嗅ぐ。

スンスンスンスン

……大丈夫!少なくとわたしには全く匂いは感じられない。
それを確認すると、すぐさま家に入り自分の部屋にかけていく。台所を通る際に視界の片隅に異様な姿を捉え足を止める。
台所へ振り向くとそこには彼が、坂本光輝が背を向けて立っていた。何らかの作業をしている。

「なな、何やってんですか!?」
「いやね。ベッコウ飴作ってるんだよ。聞いたことないか?口裂け女はベッコウ飴が大好きだって。好きすぎて渡すとその場で食べちまうんだ」
「それは聞いたことありまけど……、お母さんに見つかったらどうするんですか!」
「君の彼氏ってことにしとくつもりだった」
「ざけんな!」
「そう急かさないでくれよ。もうできたから。以外に作るの簡単なんだよ。すぐ固まる様に1つの量も少なくしたし」
「とにかく!早く部屋に戻ってください!」

彼の服の袖を掴むと、急いで自分の部屋に引っ張り込む。

「ポマードは借りてきました!次は何をすればいいんですか!」
「え~と、次はね。ま、外に出てからでいいや」
「はぁ?」

彼はそういうと、カチューシャをはずし、マスクを付ける。そして真っ赤なコートを着込む
たったそれだけで、治まっていたはずの鳥肌が再び現れ、全身が冷気さらされているかのように冷たくなるの感じた。
恐怖が体を覆い包む。

「あ、、、、ああ、、、」
「さすがにこっちにはまだ慣れないか」

彼はそう言うと、外していたカチューシャを再びつけ、コートの前を開ける。
それだけで多少恐怖心が取り除かれ楽になる。
ほんとになんだろうこの感覚は。彼が口裂け女の格好をすると、異常なまでに恐怖心が襲ってくる。まともに喋ることすらできなくなる。

「俺は窓から外に出るから、石田さんはちゃんと玄関から出なさいよ」

彼はそういうと、窓を開けヒラリと出て行った。
…………はッ!
ボケっとしてないでさっさと外に行かなくちゃ!

「そうそう」
「ひゃい!?」

部屋から出ようとした瞬間いきなり背後から声をかけられドキッとする。

「サッとポマードを取り出すためにハサミとかカッター持っといた方がいい。ビニール袋いちいち開けてたら時間かかるでしょ」
「わ、わかりました!」

慌てて、ベッドの上の小物入れに入れているカッターナイフをポケットに入れ、ポマードを持っていることを確認すると今度こそ外へ向かう。
玄関から出ると、彼はすでに玄関の前に待機していた。

「じゃあ、行きますか」
「一体どこに行くっていうんですか」
「これから決めるさ」

彼は一瞬の内ににわたしの目の前に移動してくる。

「え?え?なに?」
「よっ」

わたしが動揺しているのをよそに、わたしを米俵か何かのように肩に担ぎあげる。

「ちょっと!?え!?ハッ!?」
「行ってみよう空の旅」

急速に地面と自分との距離が広がっていく。背中に受ける圧力。これは、そうだ。自転車で坂道を下ってるときに感じるような風圧!
わたしは今、空を飛んでる!うわ!すごい!自分の家があんなに下に!……あれ?
いきなり背中に風圧を感じなくなる。なんで?

「落下しま~す」
「へ?」





「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

日も暮れたころ、住宅街にわたしの悲鳴が響き渡った。




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