ケモノツキ_08_道を急ぐ者よ
学校町と隣町を結ぶ、山沿いの林道。
道幅が狭いわけではなく、適度に見通しがよく、周囲に民家は無い。
いかにも走り屋たちが好みそうな道だ。
その道の入り口に、一目で高級外車とわかる黒塗りの車が停まっている。
道幅が狭いわけではなく、適度に見通しがよく、周囲に民家は無い。
いかにも走り屋たちが好みそうな道だ。
その道の入り口に、一目で高級外車とわかる黒塗りの車が停まっている。
「今回の任務内容は覚えていますか?」
その車の左側、運転席には黒服A-No.218が、右側の助手席には橘野悠司が座っている。
悠司は事前に言い渡された任務内容を、頭の中で反芻する。
悠司は事前に言い渡された任務内容を、頭の中で反芻する。
――――今回の任務は、ターボ婆の討伐。
――――この道で十数回にわたって、ターボ婆による被害が出続けている。
――――現在のところ死者は出ていないが、このままではいずれ死者が出る可能性がある。
――――その前に危険要素を排除し、安全を確保する。
――――この道で十数回にわたって、ターボ婆による被害が出続けている。
――――現在のところ死者は出ていないが、このままではいずれ死者が出る可能性がある。
――――その前に危険要素を排除し、安全を確保する。
――――なお、このターボ婆は高速走行する車両の前にしか姿を現していない。
――――そのため、同じ条件のもと、対象を誘い出す必要がある。
――――そのため、同じ条件のもと、対象を誘い出す必要がある。
「…この車でターボ婆を誘い出して、タマモの幻覚で動きを止める、ですね。」
「その通りです。エイダ、準備はよろしいですか?」
『被害報告があった箇所を含む、全43kmの走査終了。現在、車両等の反応はありません。』
「その通りです。エイダ、準備はよろしいですか?」
『被害報告があった箇所を含む、全43kmの走査終了。現在、車両等の反応はありません。』
黒服の問いかけに、カーナビから声が返ってくる。
エイダと呼ばれたそれは、都市伝説『死を招くカーナビ』。
契約によってカーナビの能力が強化され、道路情報の把握という面で無類の強さを誇る。
エイダと呼ばれたそれは、都市伝説『死を招くカーナビ』。
契約によってカーナビの能力が強化され、道路情報の把握という面で無類の強さを誇る。
黒服はカーナビに併設された通信機の状態を確認し、車のエンジンをかける。
「任務開始。予定通りプランAを進行します。」
『了解。探索範囲を半径4kmに設定します。』
『了解。探索範囲を半径4kmに設定します。』
この車を中心とした地図がカーナビに表示され、それと同時に車が林道へと走り出した。
*
車が走り出して数分後、悠司が恐る恐る口を開く。
「あ…あの、黒服さん…。」
「どうしました?」
「どうしました?」
クラッチを踏む。シフトダウン。エンジンがうなる。アクセルを踏み込む。
「もう少しゆっくり走ってくれたらありがたいな…ってええええええ!!?」
一瞬ブレーキを蹴り、ハンドルを切る。それと同時に、後輪がすべる。
いまだかつて感じたことの無い横Gに、悠司は悲鳴をあげる。
いまだかつて感じたことの無い横Gに、悠司は悲鳴をあげる。
「この車で高速走行を行い、対象を誘い出す。そう伝えたはずですが。」
シフトアップ。アクセルを踏み込む。体がシートに押し付けられる。
悠司は顔を青くさせながら、必死でシートにしがみついている。
悠司は顔を青くさせながら、必死でシートにしがみついている。
『凄い凄い!黒服の意外な一面発見!』
『なかなか面白れぇことしてくれるじゃねーか!』
『黒服にこんな特技があるとは思いませんでしたね。』
「みんななんだか楽しんでない!!?」
『なかなか面白れぇことしてくれるじゃねーか!』
『黒服にこんな特技があるとは思いませんでしたね。』
「みんななんだか楽しんでない!!?」
悲鳴をあげる悠司とは対照的に、彼らは悠司の中で楽しげな声をあげる。
周りの景色が高速で後ろへ流れていき、カーブのたびに体が横に投げ出されそうになる。
それは悠司にとって、恐怖以外の何物でもない。
周りの景色が高速で後ろへ流れていき、カーブのたびに体が横に投げ出されそうになる。
それは悠司にとって、恐怖以外の何物でもない。
『20km地点を通過。残り約22.6kmです。』
エイダの冷静な声が、まだ半分すら過ぎていないことを告げる。
悠司は高速で迫り来る恐怖と戦いながら、目前30cmに迫るガードレールを見つめるのだった。
悠司は高速で迫り来る恐怖と戦いながら、目前30cmに迫るガードレールを見つめるのだった。
*
『4km先、道路脇に未確認物体を発見。注意してください。』
「……未確認物体?」
「……未確認物体?」
この運転にもさすがに慣れた…というより、放心した様子で悠司が呟く。
カーナビを見ると、この先の道路上に何かの存在を示す点が表示されていた。
その点には、[Unknown]――詳細不明を示す注釈が加えてある。
カーナビを見ると、この先の道路上に何かの存在を示す点が表示されていた。
その点には、[Unknown]――詳細不明を示す注釈が加えてある。
「詳細を。」
『了解。探索範囲を局所化します。』
『了解。探索範囲を局所化します。』
画面上の点の位置が拡大される。
ぼやけた点が徐々に鮮明になっていき、一つだと思っていた点は三つに分かれた。
ぼやけた点が徐々に鮮明になっていき、一つだと思っていた点は三つに分かれた。
『物体は三つ。大きさはいずれも普通自動車未満。』
「もっと詳しいことはわからないの?」
『対象の大きさと状況から判断して、自動二輪、人間、都市伝説の可能性が上げられますが、不確定です。』
「都市伝説…ターボ婆!?」
『その可能性も考えられます。15秒後に対象地点へ到達。』
「もっと詳しいことはわからないの?」
『対象の大きさと状況から判断して、自動二輪、人間、都市伝説の可能性が上げられますが、不確定です。』
「都市伝説…ターボ婆!?」
『その可能性も考えられます。15秒後に対象地点へ到達。』
カーナビの画面が広域表示され、自分たちがそこへ近づいていることがわかる。
目の前のカーブを曲がったとき、正面の道路脇に何かが見えた。
悠司はその正体を見極めようと、じっと目を凝らす。
目の前のカーブを曲がったとき、正面の道路脇に何かが見えた。
悠司はその正体を見極めようと、じっと目を凝らす。
すれ違いざま、まず腰の曲がった老婆を見た。
続いて、その足元に倒れるバイクと、寄り添うように横たわる人影を見た。
それは一瞬の出来事で、すぐさま後ろに流れて見えなくなった。
続いて、その足元に倒れるバイクと、寄り添うように横たわる人影を見た。
それは一瞬の出来事で、すぐさま後ろに流れて見えなくなった。
「今、人が…っ!?」
「目標を発見。このままプランAを続行します。」
「なっ…黒服さん!あの人を助けに戻らないんですか!?」
「現在の最優先事項は対象の討伐。そして、これ以上の被害者を出さないことです。」
「目標を発見。このままプランAを続行します。」
「なっ…黒服さん!あの人を助けに戻らないんですか!?」
「現在の最優先事項は対象の討伐。そして、これ以上の被害者を出さないことです。」
黒服の言っていることは至極正しい。
それはわかっている。理解はしている。
だが、だからといって納得できるわけではない。
それはわかっている。理解はしている。
だが、だからといって納得できるわけではない。
「だからって見捨てていいわけじゃ…」
『目標、後方より接近中。距離、およそ2.6km。』
「橘野悠司、用意を。」
「……っ!」
『目標、後方より接近中。距離、およそ2.6km。』
「橘野悠司、用意を。」
「……っ!」
ここで言い争っても意味は無い。
ならばせめて一刻も早くターボ婆を倒し、あの人を助けに行く。
ならばせめて一刻も早くターボ婆を倒し、あの人を助けに行く。
『…タマモ、頼んだよ。』
「お任せください、主。」
「お任せください、主。」
悠司と入れ替わりに、タマモが表に出る。
タマモは一つ深呼吸をし、心を落ち着かせる。
タマモの幻覚の発動条件は『目を合わせる』こと。
先ほどのようにすれ違うだけや、対象の姿を見るだけでは能力を発動できない。
タマモは一つ深呼吸をし、心を落ち着かせる。
タマモの幻覚の発動条件は『目を合わせる』こと。
先ほどのようにすれ違うだけや、対象の姿を見るだけでは能力を発動できない。
そこで、ターボ婆の都市伝説としての性質を利用する。
『車と併走するターボ婆と目が合った』、『車を追い越すと、振り返って笑った』などと語られるターボ婆。
必然的に、至近距離で目を合わせる機会が生まれる。
その瞬間が勝負どころであり、決着の時である。
『車と併走するターボ婆と目が合った』、『車を追い越すと、振り返って笑った』などと語られるターボ婆。
必然的に、至近距離で目を合わせる機会が生まれる。
その瞬間が勝負どころであり、決着の時である。
『目標接近。距離500m。』
先ほどから車は大分左寄りに走っており、車の左側に隙間はほとんど無い。
ターボ婆が車の右側に来るように仕向け、タマモと目が合いやすいようにしているためだ。
眉一つ動かさずこんな芸当をやってのける黒服に、タマモは少々の脅威と畏怖を込めた視線を送る。
ターボ婆が車の右側に来るように仕向け、タマモと目が合いやすいようにしているためだ。
眉一つ動かさずこんな芸当をやってのける黒服に、タマモは少々の脅威と畏怖を込めた視線を送る。
『距離100m。』
いや、今はそんなことを考えているときではない。
タマモは再び深呼吸をして、視線を外へと向けた。
タマモは再び深呼吸をして、視線を外へと向けた。
『距離、右後方20m。警戒してください。』
体を捻って後ろを見やり、ターボ婆の姿を確認する…が、まだ遠い。
距離が遠いと幻覚の”かかり”が悪い。
そのため、十分にひきつけてから、一気に片をつける。
距離が遠いと幻覚の”かかり”が悪い。
そのため、十分にひきつけてから、一気に片をつける。
徐々にターボ婆はこちらへ近づいてきている。
だが、その顔は真っ直ぐ前を向いており、目を合わせることが出来ない。
ターボ婆はそのまま車に近づき、ついには車から1mの間隔をとって併走を始めた。
タマモはターボ婆の横顔をじっと見据え、その時を待つ。
そして、その顔がゆっくりとこちらを向き、それと同時にタマモは息を呑んだ。
だが、その顔は真っ直ぐ前を向いており、目を合わせることが出来ない。
ターボ婆はそのまま車に近づき、ついには車から1mの間隔をとって併走を始めた。
タマモはターボ婆の横顔をじっと見据え、その時を待つ。
そして、その顔がゆっくりとこちらを向き、それと同時にタマモは息を呑んだ。
とても優しく、とても悲しげな目。
その目が、タマモをまっすぐに見つめていた。
そして、ターボ婆がゆっくりと口を開く。
その目が、タマモをまっすぐに見つめていた。
そして、ターボ婆がゆっくりと口を開く。
――――ア・ブ・ナ・イ・ヨ
エンジン音にかき消されて声は聞こえなかったが、その口は確かにそう動いたように見えた。
『タマモっ!?』
悠司の声にハッとし、タマモはターボ婆の目を射抜くように見据える。
ターボ婆の体がぐらりと傾いたかと思うと、次の瞬間、その体は後方へと転がっていった。
ターボ婆の体がぐらりと傾いたかと思うと、次の瞬間、その体は後方へと転がっていった。
*
黒服はバックミラーをチラリと確認すると、スピードを緩める。
「こちらNo.218。対象の無力化に成功。」
『回収班、了解しました。そちらへ向けて移動中です。』
『回収班、了解しました。そちらへ向けて移動中です。』
ふっ、とタマモが目を閉じ、悠司が表に戻ってくる。
目を開いたその顔には、苦痛と焦りが浮かんでいる。
目を開いたその顔には、苦痛と焦りが浮かんでいる。
「ぐっ…黒服さん…!早く戻ってさっきの人をッ…!」
割れるような頭痛に耐えながら、悠司は声を搾り出し、黒服に訴えかける。
「その必要はありません。」
「っ…どうしてッ!?」
『対象を発見した3分35秒後、回収班があの場に到着。対象の回収に成功したとの通信が入っています。』
「…えっ?」
「既に回収は終了しています。この後「組織」へ移送し、適切な処置を行う予定です。」
「っ…どうしてッ!?」
『対象を発見した3分35秒後、回収班があの場に到着。対象の回収に成功したとの通信が入っています。』
「…えっ?」
「既に回収は終了しています。この後「組織」へ移送し、適切な処置を行う予定です。」
おそらく焦りや緊張で通信が聞こえていなかったのだろう。
安堵と共に、一人わめいていたことへの気恥ずかしさを感じ、黒服から視線をそらす。
安堵と共に、一人わめいていたことへの気恥ずかしさを感じ、黒服から視線をそらす。
『任務終了。橘野悠司宅へのナビゲートを開始します。』
「橘野悠司、しばらく寝ていただいて結構ですよ。」
「あ、はい。じゃあ少し…休ませてもらいます。」
「橘野悠司、しばらく寝ていただいて結構ですよ。」
「あ、はい。じゃあ少し…休ませてもらいます。」
悠司はゆっくりと息を吐くと、深くシートに腰掛けて目を瞑る。
その車は先ほどとは打って変わって、悠司をいたわるように静かに滑り出した。
その車は先ほどとは打って変わって、悠司をいたわるように静かに滑り出した。
*
真っ白な世界。
タマモたちがいつも居る、悠司の心の中だ。
悠司は既に体を休めるため深い眠りについており、その姿はここには無い。
タマモたちがいつも居る、悠司の心の中だ。
悠司は既に体を休めるため深い眠りについており、その姿はここには無い。
そんな中、タマモはソファーに腰掛け、一人考える。
――あの目は、一体なんだったのだろうか。
――あの目からは、私たちを心配するような気持ちが伝わってきた。
――あんな目をしたものが、果たして嬉々として人を襲うのだろうか。
――本当にあのターボ婆が、全ての被害の元凶なのだろうか。
――あの目からは、私たちを心配するような気持ちが伝わってきた。
――あんな目をしたものが、果たして嬉々として人を襲うのだろうか。
――本当にあのターボ婆が、全ての被害の元凶なのだろうか。
「タマモー、お疲れさまぁー。どうしたの難しい顔して。」
後ろからミズキがしだれかかってくる。
どうやら、考え事が顔に出てしまったようだ。
一つ深呼吸をして、ミズキの方を向く。
どうやら、考え事が顔に出てしまったようだ。
一つ深呼吸をして、ミズキの方を向く。
「…いえ、何でもありませんよミズキ。少々疲れてしまって。」
「へぇ、しっかり者のタマモおねーさんも、弱音を吐くことがあるんだねぇ。」
「へぇ、しっかり者のタマモおねーさんも、弱音を吐くことがあるんだねぇ。」
意外そうな声を上げ、タマモの目を見つめるミズキ。
その心配するような瞳に、ターボ婆の目がオーバーラップする。
その心配するような瞳に、ターボ婆の目がオーバーラップする。
「無理しちゃダメだよ?私たちを頼ってくれてもいいんだからね?」
「ふふっ、ありがとうございます。いざというときはよろしくお願いしますね。」
「ふふっ、ありがとうございます。いざというときはよろしくお願いしますね。」
この不安が杞憂であることを願いながら、タマモはミズキの頭を優しくなでてやった。
【ケモノツキ_08_道を急ぐ者よ】 終