ドクター61
手元がぶれて見えるほどの速さでキーを叩く少女の姿
小さな携帯端末から伸びたケーブルは、磁気カードの入った小さな機械に繋がれており
「完成であります。ドアロック程度のものなら一分掛からないでありますよ。直接繋げられればもっと速いのでありますが」
小さな電子音と共にしゅるりと飛び出した磁気カードを、事も無げに差し出すエニグマ姉ことコンスタンツェ
続けてキーピックを取り出すと、鍵穴にそれを優しく挿入し、ものの数秒でかちんと音を立てる
「カバー程度の破損でも大家に悪いからな。第三者に掛ける迷惑は最小限にしておきたい」
磁気カードを受け取ったドクターは、それをドアの横に付いた読み取り機に差し込み、無造作に扉を開けて室内に踏み込んでいった
小さな携帯端末から伸びたケーブルは、磁気カードの入った小さな機械に繋がれており
「完成であります。ドアロック程度のものなら一分掛からないでありますよ。直接繋げられればもっと速いのでありますが」
小さな電子音と共にしゅるりと飛び出した磁気カードを、事も無げに差し出すエニグマ姉ことコンスタンツェ
続けてキーピックを取り出すと、鍵穴にそれを優しく挿入し、ものの数秒でかちんと音を立てる
「カバー程度の破損でも大家に悪いからな。第三者に掛ける迷惑は最小限にしておきたい」
磁気カードを受け取ったドクターは、それをドアの横に付いた読み取り機に差し込み、無造作に扉を開けて室内に踏み込んでいった
―――
とある高級マンションの一室で、H-No.9は一人物思いに耽っていた
『都市伝説の契約書』の横流しは想像以上に上手くいった
『組織』の情報を引き出しそれを伝える事も
残る戦力を把握し想定される動向を弾き出し情報を撹乱して戦力を分散させ各個撃破の流れを作り、いなくなった自分への調査を手薄にさせ
『悪魔の囁き』の駆除や感染対策、そして何より朝比奈秀雄という男に対する調査に手勢を割く事を余儀なくさせる
『組織』にはまだ一撃必殺の致死攻撃や封印能力を持った黒服が残っているが、そんな能力は得てして発動までの条件が厳しく、相応の人員がいなければ発動前に叩き潰されるのが目に見えている
事実、懸念材料の一つであった『とおりゃんせ』の女黒服は、笑えるほどに呆気なく文字通りの意味で潰された
研究が止められ、強硬派の中でも特に武闘派の彼女らに組織内の地位を奪われていた身としては、笑いが止まらないほどに滑稽な死に様だった
そんな風に上手く片付けてしまえば、残るただ強いだけの能力など朝比奈にとっては物の数ではない
彼女、H-No.9にとっては、『組織』に与する理由はほとんど残っていない
強硬派はほとんど力を殺がれ、自らが深く関わった実験の関係者は次々と暗殺されている
迂闊に裏切れば暗殺が粛清に変わるだけという追い詰められた状況で、この流れは渡りに船と言わんばかりの状況だった
彼女にとっては、人体実験さえ出来れば上にいるのが何者でも構わない
ただ、自分が頂点に立つ事だけは決して望んでいない
そんな立場にいれば、自由に実験ができなくなる
直に検体を弄繰り回し、命を、意識を、存在そのものを、その手で弄べなくなる
自分を、自分の望む形で使いこなしてくれる、そんな都合の良い支配者を彼女は待ち望んでおり、朝比奈という男はその理想にかなり近い存在であると思っていた
ほう、と艶かしい溜息を吐いて、ベッドに横たわるH-No.9
「ああ、早くもっと自由に人体実験がしたい……」
「なるほど、話に違わぬ性格のようだ。外見はともかく中身にはこれっぽっちも食指をそそられない」
「――っ!?」
入り口から堂々と入ってきた白衣の女と軍服の少女、ドクターとコンスタンツェの存在に、H-No.9はベッドから跳ね起きて懐から光線銃を抜く
「貴様、一体何処から!」
「何処からも何も、玄関から鍵を開けて入って来たが?」
空間転移や物質透過による侵入や、破壊工作による襲撃に関しては充分な警戒をしていた彼女ではあるが、都市伝説や契約者の能力を警戒する余りに通常の犯罪行為への警戒を失念していた
「大人しく同行してくれるのであれば、その身の安全は保障しよう。その上で君が行ってきた数々の行為について謝罪と賠償をし、今後その贖罪のために全霊を注ぐというのであれば、ボクは君を助けるために尽力しようと思うが」
「謝罪? 何を言うのかと思えば……私は謝罪が必要な事など何一つした覚えは無いわ。全ては世界の為であり全ては組織の為であり、何より全ては私の為にやった事の何処に謝罪が必要な要素があるというの?」
その言葉にドクターは、安堵の笑顔を浮かべる
「万が一、活動を強要されていたり洗脳されていたりといった事態も考えていなくはなかった。だがその言葉が君の偽らざる本心だと確信し、ボクは心から神に感謝したい」
ドクターの言葉の意味が理解できず、光線銃を構えたまま硬直しているH-No.9
「ボクは生まれて初めて、女性に対してなんの遠慮も配慮も思慮もせずに思う存分好き放題する機会を得られたんだ」
じり、とドクターが間合いを詰める
その気配は餌を目の前にした大型の肉食昆虫のようで
「動くな! これの威力は通常のものとは違う! 益体も無い都市伝説と契約した程度の身体なら簡単に!」
「当たればだろう?」
例え突きつけられて引き金を引かれても当たらない
そんな自負を持っているかのような、自信満々の態度
「君は引き金を引けない。引けても当たらない。その手元を見て理解できないはずもない」
はったりだ
そう思いつつも、僅かに視線を光線銃を握る手元に向け
その手元に、自分のものではない指が絡みついているのが見えた
「なっ!?」
視線を外した直後に一気に間合いを詰めてきたドクターが光線銃を握る手を絡め取り、バナナの皮でも剥くかのような手付きでその指を引き剥がし光線銃を取り上げてしまった
「今、何をした!?」
「何をされたと思う?」
放り投げられた光線銃が、毛足の長い絨毯の上にぼすりと落ちる
「君とボクは同じ研究者だが、見ている部分が違うという事だ。人間の形をした生物の身体構造をきちんと理解していれば」
片手で掴んでいたH-No.9の指をくいと捻り上げ
「いっ、があっ!?」
「大した力を込めなくてもこのぐらいの芸当はできるわけだ。もっとも本気で修練を積んだ者には到底敵わないがね」
痛みに怯んだところへ、あっさりと腕を極められベッドへうつ伏せに倒される
「さて、大人しくしていれば痛くも恥ずかしくもない縛り方をしてやろう。抵抗した場合は、人に見られたら二度と表を歩けないような縛り方か、真っ当な人生を送れない性癖に目覚めるような縛り方をされると思いたまえ」
ドクターが取り出したのは手錠などの拘束具や目立たないワイヤーなどではなく、何故か細めに編み込まれた荒縄だったりした
H-No.9の脳に身の危険を知らせる警報が全力で鳴り響き
「……は、ぅ?」
拳銃を手に警戒態勢を取っていたコンスタンツェの身体が、ぐらりと揺れた
効かずとも仕方ないと思いつつも発動させた『病は気から』の能力が、効果を発揮したのだ
とっさの事で、今までばら撒いていたものと同じ重めの風邪程度の症状だったとはいえ、ドクターの気を逸らすには充分だった
僅かに緩んだ手を振り解き、ふらつくコンスタンツェを突き飛ばして部屋の外へと飛び出していく
「ど、ドクター……小官に構わず、早く追うであります!」
「落ち着きたまえ、ボクが何もせずに獲物を逃がすと思っているのかね?」
『都市伝説の契約書』の横流しは想像以上に上手くいった
『組織』の情報を引き出しそれを伝える事も
残る戦力を把握し想定される動向を弾き出し情報を撹乱して戦力を分散させ各個撃破の流れを作り、いなくなった自分への調査を手薄にさせ
『悪魔の囁き』の駆除や感染対策、そして何より朝比奈秀雄という男に対する調査に手勢を割く事を余儀なくさせる
『組織』にはまだ一撃必殺の致死攻撃や封印能力を持った黒服が残っているが、そんな能力は得てして発動までの条件が厳しく、相応の人員がいなければ発動前に叩き潰されるのが目に見えている
事実、懸念材料の一つであった『とおりゃんせ』の女黒服は、笑えるほどに呆気なく文字通りの意味で潰された
研究が止められ、強硬派の中でも特に武闘派の彼女らに組織内の地位を奪われていた身としては、笑いが止まらないほどに滑稽な死に様だった
そんな風に上手く片付けてしまえば、残るただ強いだけの能力など朝比奈にとっては物の数ではない
彼女、H-No.9にとっては、『組織』に与する理由はほとんど残っていない
強硬派はほとんど力を殺がれ、自らが深く関わった実験の関係者は次々と暗殺されている
迂闊に裏切れば暗殺が粛清に変わるだけという追い詰められた状況で、この流れは渡りに船と言わんばかりの状況だった
彼女にとっては、人体実験さえ出来れば上にいるのが何者でも構わない
ただ、自分が頂点に立つ事だけは決して望んでいない
そんな立場にいれば、自由に実験ができなくなる
直に検体を弄繰り回し、命を、意識を、存在そのものを、その手で弄べなくなる
自分を、自分の望む形で使いこなしてくれる、そんな都合の良い支配者を彼女は待ち望んでおり、朝比奈という男はその理想にかなり近い存在であると思っていた
ほう、と艶かしい溜息を吐いて、ベッドに横たわるH-No.9
「ああ、早くもっと自由に人体実験がしたい……」
「なるほど、話に違わぬ性格のようだ。外見はともかく中身にはこれっぽっちも食指をそそられない」
「――っ!?」
入り口から堂々と入ってきた白衣の女と軍服の少女、ドクターとコンスタンツェの存在に、H-No.9はベッドから跳ね起きて懐から光線銃を抜く
「貴様、一体何処から!」
「何処からも何も、玄関から鍵を開けて入って来たが?」
空間転移や物質透過による侵入や、破壊工作による襲撃に関しては充分な警戒をしていた彼女ではあるが、都市伝説や契約者の能力を警戒する余りに通常の犯罪行為への警戒を失念していた
「大人しく同行してくれるのであれば、その身の安全は保障しよう。その上で君が行ってきた数々の行為について謝罪と賠償をし、今後その贖罪のために全霊を注ぐというのであれば、ボクは君を助けるために尽力しようと思うが」
「謝罪? 何を言うのかと思えば……私は謝罪が必要な事など何一つした覚えは無いわ。全ては世界の為であり全ては組織の為であり、何より全ては私の為にやった事の何処に謝罪が必要な要素があるというの?」
その言葉にドクターは、安堵の笑顔を浮かべる
「万が一、活動を強要されていたり洗脳されていたりといった事態も考えていなくはなかった。だがその言葉が君の偽らざる本心だと確信し、ボクは心から神に感謝したい」
ドクターの言葉の意味が理解できず、光線銃を構えたまま硬直しているH-No.9
「ボクは生まれて初めて、女性に対してなんの遠慮も配慮も思慮もせずに思う存分好き放題する機会を得られたんだ」
じり、とドクターが間合いを詰める
その気配は餌を目の前にした大型の肉食昆虫のようで
「動くな! これの威力は通常のものとは違う! 益体も無い都市伝説と契約した程度の身体なら簡単に!」
「当たればだろう?」
例え突きつけられて引き金を引かれても当たらない
そんな自負を持っているかのような、自信満々の態度
「君は引き金を引けない。引けても当たらない。その手元を見て理解できないはずもない」
はったりだ
そう思いつつも、僅かに視線を光線銃を握る手元に向け
その手元に、自分のものではない指が絡みついているのが見えた
「なっ!?」
視線を外した直後に一気に間合いを詰めてきたドクターが光線銃を握る手を絡め取り、バナナの皮でも剥くかのような手付きでその指を引き剥がし光線銃を取り上げてしまった
「今、何をした!?」
「何をされたと思う?」
放り投げられた光線銃が、毛足の長い絨毯の上にぼすりと落ちる
「君とボクは同じ研究者だが、見ている部分が違うという事だ。人間の形をした生物の身体構造をきちんと理解していれば」
片手で掴んでいたH-No.9の指をくいと捻り上げ
「いっ、があっ!?」
「大した力を込めなくてもこのぐらいの芸当はできるわけだ。もっとも本気で修練を積んだ者には到底敵わないがね」
痛みに怯んだところへ、あっさりと腕を極められベッドへうつ伏せに倒される
「さて、大人しくしていれば痛くも恥ずかしくもない縛り方をしてやろう。抵抗した場合は、人に見られたら二度と表を歩けないような縛り方か、真っ当な人生を送れない性癖に目覚めるような縛り方をされると思いたまえ」
ドクターが取り出したのは手錠などの拘束具や目立たないワイヤーなどではなく、何故か細めに編み込まれた荒縄だったりした
H-No.9の脳に身の危険を知らせる警報が全力で鳴り響き
「……は、ぅ?」
拳銃を手に警戒態勢を取っていたコンスタンツェの身体が、ぐらりと揺れた
効かずとも仕方ないと思いつつも発動させた『病は気から』の能力が、効果を発揮したのだ
とっさの事で、今までばら撒いていたものと同じ重めの風邪程度の症状だったとはいえ、ドクターの気を逸らすには充分だった
僅かに緩んだ手を振り解き、ふらつくコンスタンツェを突き飛ばして部屋の外へと飛び出していく
「ど、ドクター……小官に構わず、早く追うであります!」
「落ち着きたまえ、ボクが何もせずに獲物を逃がすと思っているのかね?」
―――
廊下での待ち伏せも無く、二人が乗ってきたであろうエレベーターはそのまま留まっていた
背後を確認しながらボタンを押し、1Fのボタンを押して閉ボタンをガチャガチャと乱暴に連打する
追っ手の気配も無くドアが閉じ、H-No.9は安堵の溜息を吐いた
エレベーターが下降していく中で、今後の行動について思案する
本格的に潜伏するか、この町から逃げるか、それとも戦力となる人員の傍にいるか
とりあえずは朝比奈と連絡を取るべきかと考えながら、1Fで停止したエレベーターを降りてエントランスを抜け、マンションの外へと駆け出した瞬間
H-No.9は車に撥ねられた
それはもう見事な放物線を描き、二度三度とアスファルトの上を跳ねごろごろと無様に転がったところでやっと動かなくなった
「……じ、こ……だと……この私が……交通事故……!?」
人外としての生命力で辛うじて立ち上がるH-No.9
その耳に届く、獣の咆哮じみたエンジン音とアスファルトを擦るタイヤ音
そして眼前まで迫るロールス・ロイスの車体
彼女は再び宙を舞い、どちゃりと地面に激突した
「こっ……殺され……」
這うように逃げ出そうとしたH-No.9の後頭部が、ぐりと力を込めて踏み付けられる
「何を言っている、ボクは医者だぞ? 君のように検体を使い捨てるような真似などはせん、きちんと治療してやるとも」
コンスタンツェを背負い、エレベーターで降りてきたドクターが見下すように嘲笑う
「その腐った性根と曲がった根性の治療は、ボクでも難しそうだが……なに、『病は気から』と言うだろう? 治るまで一緒に頑張ろうじゃないか」
ロールス・ロイスから降りてきた運転手の手により、手早くだが確実に、まるで梱包でもされるかのように縛り上げられトランクに放り込まれるH-No.9
彼女の身柄はこうして『第三帝国』により確保され、診療所の研究室に監禁拘束される事となった
背後を確認しながらボタンを押し、1Fのボタンを押して閉ボタンをガチャガチャと乱暴に連打する
追っ手の気配も無くドアが閉じ、H-No.9は安堵の溜息を吐いた
エレベーターが下降していく中で、今後の行動について思案する
本格的に潜伏するか、この町から逃げるか、それとも戦力となる人員の傍にいるか
とりあえずは朝比奈と連絡を取るべきかと考えながら、1Fで停止したエレベーターを降りてエントランスを抜け、マンションの外へと駆け出した瞬間
H-No.9は車に撥ねられた
それはもう見事な放物線を描き、二度三度とアスファルトの上を跳ねごろごろと無様に転がったところでやっと動かなくなった
「……じ、こ……だと……この私が……交通事故……!?」
人外としての生命力で辛うじて立ち上がるH-No.9
その耳に届く、獣の咆哮じみたエンジン音とアスファルトを擦るタイヤ音
そして眼前まで迫るロールス・ロイスの車体
彼女は再び宙を舞い、どちゃりと地面に激突した
「こっ……殺され……」
這うように逃げ出そうとしたH-No.9の後頭部が、ぐりと力を込めて踏み付けられる
「何を言っている、ボクは医者だぞ? 君のように検体を使い捨てるような真似などはせん、きちんと治療してやるとも」
コンスタンツェを背負い、エレベーターで降りてきたドクターが見下すように嘲笑う
「その腐った性根と曲がった根性の治療は、ボクでも難しそうだが……なに、『病は気から』と言うだろう? 治るまで一緒に頑張ろうじゃないか」
ロールス・ロイスから降りてきた運転手の手により、手早くだが確実に、まるで梱包でもされるかのように縛り上げられトランクに放り込まれるH-No.9
彼女の身柄はこうして『第三帝国』により確保され、診療所の研究室に監禁拘束される事となった