●
永取市北部の山中、冬枯れの木々の間に堅い新芽が散見される。
そんな新たな季節の訪れを感じさせる木々の群れの中を掻きわけるようにして進むウィリアムは、無線機を手に連絡をとっていた。
――相手はユーグ達ではない。
「敵を欺くにはまず味方からというところだろうかね」
ウィリアムはそう言うとつい先程、ユーグから連絡を受けたのを最後に破壊した別の無線機を眺めて笑んだ。
「鬼神とその仲間は評判通りの戦力と言ったところか。あの三人相手でも十分に足止めになっているようだ」
とは言っても、今頃ユーグ達は探知用都市伝説を複製品と入れ替えられた事を悟っている事だろう。
……そもそも向こうにはモニカが居ないのだから、悟られるのも時間の問題……おそらくオルコットは半ばワタシがこういう行動をどこかで起こす事に気付いていただろうね。
ウィリアムは≪神智学協会≫の中において自身が全く人望を得ていない事を了解している。
自身の好きなように実験を繰り返しては人も都市伝説も弄んだのだ、その評価も当然だろう。
それでもウィリアムが生かされ、自由に振舞えるのはモニカに施されている封印を安全に解く事が出来るのはウィリアムだけだからだ。研究班としてのノウハウと、モニカの身体に関する知識、そして彼自身の技量、それらが今の≪神智学協会≫での彼の生命を保障していた。
強力な封印をモニカにかけてくれたレ二ーとトリシアには感謝しなければならないね……。
喉を震わせる籠った笑い声を上げて、ウィリアムは手にしていた紙片――探知用の都市伝説を手放した。
「……認識阻害の結界付きの隠れ家とは……驚いたけどワタシから逃れるには少々不足だったね」
彼の進む先には木立に隠れるようにして存在する小屋が一つあった。
そんな新たな季節の訪れを感じさせる木々の群れの中を掻きわけるようにして進むウィリアムは、無線機を手に連絡をとっていた。
――相手はユーグ達ではない。
「敵を欺くにはまず味方からというところだろうかね」
ウィリアムはそう言うとつい先程、ユーグから連絡を受けたのを最後に破壊した別の無線機を眺めて笑んだ。
「鬼神とその仲間は評判通りの戦力と言ったところか。あの三人相手でも十分に足止めになっているようだ」
とは言っても、今頃ユーグ達は探知用都市伝説を複製品と入れ替えられた事を悟っている事だろう。
……そもそも向こうにはモニカが居ないのだから、悟られるのも時間の問題……おそらくオルコットは半ばワタシがこういう行動をどこかで起こす事に気付いていただろうね。
ウィリアムは≪神智学協会≫の中において自身が全く人望を得ていない事を了解している。
自身の好きなように実験を繰り返しては人も都市伝説も弄んだのだ、その評価も当然だろう。
それでもウィリアムが生かされ、自由に振舞えるのはモニカに施されている封印を安全に解く事が出来るのはウィリアムだけだからだ。研究班としてのノウハウと、モニカの身体に関する知識、そして彼自身の技量、それらが今の≪神智学協会≫での彼の生命を保障していた。
強力な封印をモニカにかけてくれたレ二ーとトリシアには感謝しなければならないね……。
喉を震わせる籠った笑い声を上げて、ウィリアムは手にしていた紙片――探知用の都市伝説を手放した。
「……認識阻害の結界付きの隠れ家とは……驚いたけどワタシから逃れるには少々不足だったね」
彼の進む先には木立に隠れるようにして存在する小屋が一つあった。
●
山中、進路を邪魔する木々の枝に辟易しながら、由実は小屋への帰途についていた。
その手には向こう数日分の食糧と雑貨が詰め込まれているスーパーの袋がある。二日の間に小屋の備蓄が尽きたために買い足してきたものだ。
モニカは大人しくしているかしら……。
そう考えて、心配の必要など無い事だったと由実は微笑した。
今までもずっと≪首塚≫でもいい子だったんですものね……。
きっと今も本でも読んで自分の帰りを待っている事だろう。出がけに早く帰って来るようにと言われた事を思い出して、由実は斜面を登って行く足を心持ち速めた。
早く≪首塚≫に戻れるのが一番なのよね……。
思うが、≪首塚≫に無用な戦いを持ち込んでしまうのは避けたい。
だけど……、
≪神智学協会≫の目を向けさせない為に徹心や千勢、Tさん達を利用するというのも気が引ける。
由実にとっての優先順位の最上はあくまでモニカだ。
しかし、
そうして彼等を利用して負い目を感じない程、私は冷徹にはなれないわね……。
≪組織≫という、≪首塚≫と良好な関係に無い集団に所属するT№には多少の隔意もある。モニカを、機械越しにずっと監視していたという徹心やそれを是としていた千勢にわだかまりを抱いてしまうのだ。
でもそれはモニカと親しいから出てくる私情でしかないのよね……。
≪神智学協会≫という組織からモニカを護る為には必要な装置だったのだろう。その事は理解している。大きな組織から何も知らない子供を守るにはそれくらいしなければならないということもだ。
でも彼等にはどうしても隔意を抱いてしまうわ……そのくせ、
コートのポケットに手を入れて中に入っている機械を手にとる。Tさんに渡されたモニカの中の機械が送って来る情報を受信する装置だ。
「未だにこれを壊す事が出来ないでいる……」
自身に呆れて笑いが漏れる。この機械の有用性を認識している為に壊すことが出来ないのだ。≪首塚≫に無事に戻れたらさっさと壊してしまおうと考えながら、由実はこの機械の処置について取り計らってくれた青年の事を考える。
……Tさんや舞ちゃん達に至ってはこの件に偶然巻き込まれただけなのよね。
そこまで考えて由実は重く息を吐いた。
「参ったわねぇ……」
昔、≪首塚≫に所属する前は、気ままに≪フィラデルフィア計画≫を使って盗みを働いていればいいだけで、こんな他人の命について考えるような事もなかった。
モニカが……妹分ができて責任とか一人前に感じるようになったのかしらね……。
この煩悶が良い事なのか悪い事なのかの判断も微妙だと由実は思う。
平時では他人の命を危険にさらしてまで利用しようと考えるような思考は忌まれるものだろうし、一方で戦時ではそのような判断の甘さが死を招くのかもしれない。
私にもっと抗う力があれば……。
由実の≪フィラデルフィア計画≫は基本的に戦闘向けでは無い、本来の使用方法である転移能力も今は諸事情によって使う事が出来ない。
試しに≪フィラデルフィア計画≫を発動させて虚空に鉄箱を呼び出す。
……修復自体に溶接技術が必要無いのはありがたいけれど……。
箱は割り砕かれた部分もへこんでいた部分もこの二日で随分とましにはなっていたが、まだ細部はひび割れが残っていて、とても移動用には使えない。
回復にはもう数日かかるわね……。
とは言ってもすぐの事だ。焦る事もないだろう。そう結論して由実は今小屋で留守番をしているモニカの事を考える。
≪神智学協会≫は都市伝説による世界の在り方の改変と、その後の維持を望んでいると徹心は言っていた。それに必要な鍵がモニカなのだろうとも。
モニカ自身が思いもよらない所で様々な思惑が蠢いているのだろう。その結果としてのモニカに埋め込まれているという機械だし、とりついた死霊だし、モニカの両親の死等も含めた今回の争いなのだ。
モニカの価値……ね。
モニカはかわいい由実の妹分だ。それ以上になにがあるというのだろうか。
……モニカを目的達成のために必要な物として扱おうって言うんなら、私は絶対にそんな奴等のもとにモニカを渡したりしない。
知らず、力を込めて握りしめていた手を意識して気負いに苦笑した時、由実は周囲の異常に気付いた。
何……この臭い……?
いつの間にか鼻が曲がりそうな悪臭が立ち込めていたのだ。
街に下りる時には感じなかった臭いだ。そも、このような悪臭が山中で、何の原因も無く発生するわけが無い。
明らかに不審な臭い。
由実の胸中に漠然とした不安がこみ上げてくる。もしかしたらモニカを置いて来たのは大きな誤りだったのではないのか? そういう思いが脳裏をよぎった。
一度そう思ってしまうと不安は増大した。
急いで小屋へと戻ろうと、道とも言えぬ山中の道を走りぬけようとして――腹に衝撃が襲いかかって来た。
「――――ッ!?」
肺の中の空気を無理矢理に絞り出されて視界が一瞬黒く染まる。
気が付けば、由実は地面に倒れていた。
……な……んなの?
痛みをこらえ、咳き込みながら手を突いて体を起こす。斜面の上の方、由実の進行方向には一つの異形の影があった。
二足で歩く類人猿の亜種のような生物。
「≪ヨーウィー≫……ですって?」
それが悪臭を放つモノの正体だった。
全身を覆い尽くす筋肉と剛毛の鎧。長く伸びた腕、胴から直接生えているかのような頭と、そこにある暴力的な光が宿った両の目。
≪ヨーウィー≫は脅しをかけるかのように長い両腕を広げて、身体中から発せられる悪臭を撒き散らして由実へとにじり寄る。
先程腹に走った衝撃は、≪ヨーウィー≫の長く伸びた腕の一撃だったようだ。
それらを認識して由実は内心に疑問を抱いた。
……≪ヨーウィー≫、オーストラリア発祥ののUMAがどうして!?
≪ヨーウィー≫は獲物を補足した獣の唸りを上げながら由実へと向かって、筋肉と剛毛に鎧われた異様に長い腕を振り上げた。
……何者かの契約都市伝説!? だとしたら≪神智学協会≫が? じゃあこの≪ヨーウィー≫は――刺客っ!
咄嗟にそう判断し、由実はモニカにも危険が及んでいると理解した。
≪ヨーウィー≫は由実を、その長い腕の射程範囲に既に捉えている。
モニカ……っ!
腕が振り下ろされた。
その手には向こう数日分の食糧と雑貨が詰め込まれているスーパーの袋がある。二日の間に小屋の備蓄が尽きたために買い足してきたものだ。
モニカは大人しくしているかしら……。
そう考えて、心配の必要など無い事だったと由実は微笑した。
今までもずっと≪首塚≫でもいい子だったんですものね……。
きっと今も本でも読んで自分の帰りを待っている事だろう。出がけに早く帰って来るようにと言われた事を思い出して、由実は斜面を登って行く足を心持ち速めた。
早く≪首塚≫に戻れるのが一番なのよね……。
思うが、≪首塚≫に無用な戦いを持ち込んでしまうのは避けたい。
だけど……、
≪神智学協会≫の目を向けさせない為に徹心や千勢、Tさん達を利用するというのも気が引ける。
由実にとっての優先順位の最上はあくまでモニカだ。
しかし、
そうして彼等を利用して負い目を感じない程、私は冷徹にはなれないわね……。
≪組織≫という、≪首塚≫と良好な関係に無い集団に所属するT№には多少の隔意もある。モニカを、機械越しにずっと監視していたという徹心やそれを是としていた千勢にわだかまりを抱いてしまうのだ。
でもそれはモニカと親しいから出てくる私情でしかないのよね……。
≪神智学協会≫という組織からモニカを護る為には必要な装置だったのだろう。その事は理解している。大きな組織から何も知らない子供を守るにはそれくらいしなければならないということもだ。
でも彼等にはどうしても隔意を抱いてしまうわ……そのくせ、
コートのポケットに手を入れて中に入っている機械を手にとる。Tさんに渡されたモニカの中の機械が送って来る情報を受信する装置だ。
「未だにこれを壊す事が出来ないでいる……」
自身に呆れて笑いが漏れる。この機械の有用性を認識している為に壊すことが出来ないのだ。≪首塚≫に無事に戻れたらさっさと壊してしまおうと考えながら、由実はこの機械の処置について取り計らってくれた青年の事を考える。
……Tさんや舞ちゃん達に至ってはこの件に偶然巻き込まれただけなのよね。
そこまで考えて由実は重く息を吐いた。
「参ったわねぇ……」
昔、≪首塚≫に所属する前は、気ままに≪フィラデルフィア計画≫を使って盗みを働いていればいいだけで、こんな他人の命について考えるような事もなかった。
モニカが……妹分ができて責任とか一人前に感じるようになったのかしらね……。
この煩悶が良い事なのか悪い事なのかの判断も微妙だと由実は思う。
平時では他人の命を危険にさらしてまで利用しようと考えるような思考は忌まれるものだろうし、一方で戦時ではそのような判断の甘さが死を招くのかもしれない。
私にもっと抗う力があれば……。
由実の≪フィラデルフィア計画≫は基本的に戦闘向けでは無い、本来の使用方法である転移能力も今は諸事情によって使う事が出来ない。
試しに≪フィラデルフィア計画≫を発動させて虚空に鉄箱を呼び出す。
……修復自体に溶接技術が必要無いのはありがたいけれど……。
箱は割り砕かれた部分もへこんでいた部分もこの二日で随分とましにはなっていたが、まだ細部はひび割れが残っていて、とても移動用には使えない。
回復にはもう数日かかるわね……。
とは言ってもすぐの事だ。焦る事もないだろう。そう結論して由実は今小屋で留守番をしているモニカの事を考える。
≪神智学協会≫は都市伝説による世界の在り方の改変と、その後の維持を望んでいると徹心は言っていた。それに必要な鍵がモニカなのだろうとも。
モニカ自身が思いもよらない所で様々な思惑が蠢いているのだろう。その結果としてのモニカに埋め込まれているという機械だし、とりついた死霊だし、モニカの両親の死等も含めた今回の争いなのだ。
モニカの価値……ね。
モニカはかわいい由実の妹分だ。それ以上になにがあるというのだろうか。
……モニカを目的達成のために必要な物として扱おうって言うんなら、私は絶対にそんな奴等のもとにモニカを渡したりしない。
知らず、力を込めて握りしめていた手を意識して気負いに苦笑した時、由実は周囲の異常に気付いた。
何……この臭い……?
いつの間にか鼻が曲がりそうな悪臭が立ち込めていたのだ。
街に下りる時には感じなかった臭いだ。そも、このような悪臭が山中で、何の原因も無く発生するわけが無い。
明らかに不審な臭い。
由実の胸中に漠然とした不安がこみ上げてくる。もしかしたらモニカを置いて来たのは大きな誤りだったのではないのか? そういう思いが脳裏をよぎった。
一度そう思ってしまうと不安は増大した。
急いで小屋へと戻ろうと、道とも言えぬ山中の道を走りぬけようとして――腹に衝撃が襲いかかって来た。
「――――ッ!?」
肺の中の空気を無理矢理に絞り出されて視界が一瞬黒く染まる。
気が付けば、由実は地面に倒れていた。
……な……んなの?
痛みをこらえ、咳き込みながら手を突いて体を起こす。斜面の上の方、由実の進行方向には一つの異形の影があった。
二足で歩く類人猿の亜種のような生物。
「≪ヨーウィー≫……ですって?」
それが悪臭を放つモノの正体だった。
全身を覆い尽くす筋肉と剛毛の鎧。長く伸びた腕、胴から直接生えているかのような頭と、そこにある暴力的な光が宿った両の目。
≪ヨーウィー≫は脅しをかけるかのように長い両腕を広げて、身体中から発せられる悪臭を撒き散らして由実へとにじり寄る。
先程腹に走った衝撃は、≪ヨーウィー≫の長く伸びた腕の一撃だったようだ。
それらを認識して由実は内心に疑問を抱いた。
……≪ヨーウィー≫、オーストラリア発祥ののUMAがどうして!?
≪ヨーウィー≫は獲物を補足した獣の唸りを上げながら由実へと向かって、筋肉と剛毛に鎧われた異様に長い腕を振り上げた。
……何者かの契約都市伝説!? だとしたら≪神智学協会≫が? じゃあこの≪ヨーウィー≫は――刺客っ!
咄嗟にそう判断し、由実はモニカにも危険が及んでいると理解した。
≪ヨーウィー≫は由実を、その長い腕の射程範囲に既に捉えている。
モニカ……っ!
腕が振り下ろされた。