草木も眠る丑三つ時を一刻くらい過ぎて、夜が最も深い時間帯になった。
俺とTさん、リカちゃん、フィラちゃんに千勢姉ちゃん、そしてケウの四人と一体と一匹は、ウィリアムが隠れてるって予想されてる廃工場の敷地のすぐ傍で、こっそり敷地内の様子を観察していた。
ケウの人避けの能力とリカちゃんのかくれんぼで念入りに人目に付かないようにしながら、月明かりを頼りにして遠目から廃工場を窺う。
錆びて汚れた看板とかを見た感じだと、この廃工場は元々製薬会社として立てられていたらしい。製薬会社は郊外にある為か、かなり広い面積を誇っていた。俺が通っていた高校なら三つは軽く入っちまうんじゃねえかと思う。
製薬会社は南以外の三方を高い壁に完全に囲まれていて、出入口となるのは南側の壁の中央に設置されたスライド式の鉄柵だけだ。
敷地内には様々な建物があるけど、主となる大きな建物は三つ。それぞれ入り口正面とその左右に存在して、各建物は中央を向いて、敷地内部をとり囲むように配置されていた。
正面、入り口から真っ直ぐに行ってつきあたる建物が本棟。各種研究のデータを集積して新たな研究事項を決定する建物で、地下にスペースが隠されてるって徹心のおっちゃんが言っていた。これが今回襲撃する予定の建物だった――
「……はずで、いいんだよな?」
「ああ、よく覚えていたな舞。地下スペースの捜索は、以前は隠蔽術を貫く程の派手な破壊を行うと公的機関に目を付けられるかもしれないという事で避けていたが、今回はそれを気にしなくていい。いざとなれば地面を吹き飛ばしてでも地下に降りる方針で行こう」
Tさんが頷く。徹心のおっちゃんの所でやった簡単な作戦会議で決められた内容を思い出し思い出ししながら言った内容は正解だったらしい。
「受験が終わったおかげで脳の容量に空きが出来たんだよ。元々一夜漬けは得意だしな!」
「お姉ちゃんすごいの!」
「ふはははもっと褒めるがいい!」
胸を張って鼻高々でいる俺をスルーしてTさんは製薬会社を指さした。
「建物の図面を見た限りでは、本棟左右にある建物は工場と寮だ。一番研究用の機材が建物内に残り、バイオハザード用の防護設備や対侵入者用の設備が整っているのは……やはり本棟だろう」
Tさんは一度言葉を切って、小さく呟く。
「……あの施設を視通す事が出来れば幸せだ」
言葉と共にTさんの目に淡い光が宿る。
「どうだ? 馬鹿弟子」
製薬会社を淡く光る目で眺めていたTさんに千勢姉ちゃんが訊ねる。
「……歩哨がいるな。それ以外にも、敷地内に罠を仕掛けているように見受けられる。――師匠はどう思う?」
「同感だ。歩哨の配置がどうも作為的に一部を緩められているように思うな」
二人は当然のように会話を交わしているけど……うーん、俺にはさっぱり見えねえ……。
「リカちゃん、見える?」
「うん、あの人たち、かくれるのへたくそさんなの」
「……私には分からないわね」
「場数を踏めば掴めるようになるさ」
本当かどうか怪しい事をフィラちゃんに言って、千勢姉ちゃんはケウに目を向けた。目を見つめて数秒、そうか、と何やら頷いて、
「火薬――地雷の臭いがするそうだ。おそらく正面の入口から私達が今回目的地にしている建物までの間は地雷原になっているな」
ごく自然にケウの意思を受けたっぽい発言をしてくれた。……うん、まあ、これはいくら慣れても無理ってもんだろう。Tさんの師匠だしこれくらいやられてももう驚くもんかとも思うけどさ……。
「地雷原って、あの地雷原? 踏むとボカンッ! みたいな?」
「その地雷原だな」
まじか……。
「そんなとこに突入かけるのって無茶っぽくね?」
「そうでもないさ。――さて、これほどまで物々しい防備を固めていると言う事は徹心の読みは当たっていたと言う事でいいのかな?」
そう言いながら千勢姉ちゃんは無線機を取り出した。
「徹心、こちらは歩哨と罠の存在を確認した。そっちはどうだ?」
『僕の方は特に何かしらの準備があるようには見えないね。一応兵に倉庫を囲ませては居るけど、こちらはやはりはずれだろう』
「そうか。これからこちらは襲撃をかける。以降の連絡はまず通じないものと思っておけ」
そう言って千勢姉ちゃんは徹心のおっちゃんへの通信を切った。
「倉庫の方は徹心が付いているから向こうで何かが起こっても対処は出来るだろう。私達は私達の目的を果たしに行こう」
そう言って千勢姉ちゃんはケウの毛の中から≪壇ノ浦に没した宝剣≫を抜きとった。
「ひとまずは当初の作戦通りに行こうと思ってはいるが……」
千勢姉ちゃんは俺とフィラちゃんに目をやって確認するように聞いて来た。
「徹心の異界の中で待っていても構わないんだぞ? 特に舞、君は人死にを見慣れてはいないだろう? 今回は多く出る事になる」
「それでも行くぜ。俺はモニカを助けたい」
「わたしもなの!」
「私は答えるまでも無いわね?」
そうか、と頷いて千勢姉ちゃんは一つ息を吐いた。
「お前はほんとうにいい娘を見つけてきたな」
そう言って姉ちゃんはTさんの背中をポンポン叩く。Tさんは鼻であしらうだけだ。
Tさんからは俺に何も言ってこない。多分俺がどうあっても付いて行く気でいる事はもう分かってるんだろうなあ。
千勢姉ちゃんはでは改めて、と前置きして俺達に言う。
「こちらは人数が少ない。悪いが舞にリカちゃんにフィラちゃん。お前達の手も借りる……頼むぞ」
「任せろ、嬢ちゃんはしっかり助けてくるぜ」
「元々は私の不手際なのだからそんな頼まれ方をされる方が恐縮だわ」
「……そうか」
俺達の答えに、千勢姉ちゃんは困ったような笑みを浮かべた。
「それでさ……どうやって中に入るんだ?」
作戦会議では大雑把にとりあえず目的地を確認してウィリアム達がどう迎撃してくるかの予想を話しただけだった。細かい所は現場で詰めるって言ってたけど、そもそも地雷原相手じゃあ侵入するのは無理っぽい気がする。
「そうだな……超能力部隊とやらの実力が今一つ分からない。もしかしたらケウの人避けを見抜けるのかもしれない事も考えると、ここは私が一つ陽動をやって敵の目を引きつけておいた方が良いかもしれないな」
Tさんが千勢姉ちゃんの言葉を受ける。
「そうだな。その間に俺達がケウの能力も借りて本棟内に侵入、モニカを捜索してきた方が足止めを喰らうより良いだろう。事は早さが物を言う。ケウとリカちゃんのかくれんぼの力で早々に隠しものを見つけてしまおう」
「侵入に関してはケウの脚力でならばフィラちゃんと舞を連れた上で地雷の無い所を抜ける事も可能だ。舞とフィラちゃんはケウの背に乗って本棟に向かえばいい」
師弟によって素早くまとめられた方針に俺達は頷く。
「わかった。けどさ……」
「千勢お姉ちゃんはだいじょうぶなの?」
陽動って事は敵に姿を晒すような真似をするって事だと思う。結構無茶なんじゃないかと思うけど……。
「心配してくれるのか、ありがたいな」
うんうん、と感慨深げに言って千勢姉ちゃんは微笑った。
「まあそう心配しなくても良い。何も難しい事をしようと言うわけではない。堂々と正面から押し通るというだけだ」
「ちょっと、それって本当に大丈夫なの!?」
フィラちゃんが愕然と言う。千勢姉ちゃんは任せろ、と頷いた。
「大丈夫だ。私はほら――きれいだろう?」
「あ、そのネタまだひっぱってたんだ」
「千勢あなた……マスクがまず無いじゃない」
「ここにあるじゃないか、甘いマスクが」
呆れてる俺達に千勢姉ちゃんはそう自分の口の辺りを示しながら言う。
ああ、緊張が抜けてく……。
そのタイミングをわざわざ狙ったかのように、Tさんが悠然と告げた。
「さて、行こうか。あまり気負わずに、な」
俺とTさん、リカちゃん、フィラちゃんに千勢姉ちゃん、そしてケウの四人と一体と一匹は、ウィリアムが隠れてるって予想されてる廃工場の敷地のすぐ傍で、こっそり敷地内の様子を観察していた。
ケウの人避けの能力とリカちゃんのかくれんぼで念入りに人目に付かないようにしながら、月明かりを頼りにして遠目から廃工場を窺う。
錆びて汚れた看板とかを見た感じだと、この廃工場は元々製薬会社として立てられていたらしい。製薬会社は郊外にある為か、かなり広い面積を誇っていた。俺が通っていた高校なら三つは軽く入っちまうんじゃねえかと思う。
製薬会社は南以外の三方を高い壁に完全に囲まれていて、出入口となるのは南側の壁の中央に設置されたスライド式の鉄柵だけだ。
敷地内には様々な建物があるけど、主となる大きな建物は三つ。それぞれ入り口正面とその左右に存在して、各建物は中央を向いて、敷地内部をとり囲むように配置されていた。
正面、入り口から真っ直ぐに行ってつきあたる建物が本棟。各種研究のデータを集積して新たな研究事項を決定する建物で、地下にスペースが隠されてるって徹心のおっちゃんが言っていた。これが今回襲撃する予定の建物だった――
「……はずで、いいんだよな?」
「ああ、よく覚えていたな舞。地下スペースの捜索は、以前は隠蔽術を貫く程の派手な破壊を行うと公的機関に目を付けられるかもしれないという事で避けていたが、今回はそれを気にしなくていい。いざとなれば地面を吹き飛ばしてでも地下に降りる方針で行こう」
Tさんが頷く。徹心のおっちゃんの所でやった簡単な作戦会議で決められた内容を思い出し思い出ししながら言った内容は正解だったらしい。
「受験が終わったおかげで脳の容量に空きが出来たんだよ。元々一夜漬けは得意だしな!」
「お姉ちゃんすごいの!」
「ふはははもっと褒めるがいい!」
胸を張って鼻高々でいる俺をスルーしてTさんは製薬会社を指さした。
「建物の図面を見た限りでは、本棟左右にある建物は工場と寮だ。一番研究用の機材が建物内に残り、バイオハザード用の防護設備や対侵入者用の設備が整っているのは……やはり本棟だろう」
Tさんは一度言葉を切って、小さく呟く。
「……あの施設を視通す事が出来れば幸せだ」
言葉と共にTさんの目に淡い光が宿る。
「どうだ? 馬鹿弟子」
製薬会社を淡く光る目で眺めていたTさんに千勢姉ちゃんが訊ねる。
「……歩哨がいるな。それ以外にも、敷地内に罠を仕掛けているように見受けられる。――師匠はどう思う?」
「同感だ。歩哨の配置がどうも作為的に一部を緩められているように思うな」
二人は当然のように会話を交わしているけど……うーん、俺にはさっぱり見えねえ……。
「リカちゃん、見える?」
「うん、あの人たち、かくれるのへたくそさんなの」
「……私には分からないわね」
「場数を踏めば掴めるようになるさ」
本当かどうか怪しい事をフィラちゃんに言って、千勢姉ちゃんはケウに目を向けた。目を見つめて数秒、そうか、と何やら頷いて、
「火薬――地雷の臭いがするそうだ。おそらく正面の入口から私達が今回目的地にしている建物までの間は地雷原になっているな」
ごく自然にケウの意思を受けたっぽい発言をしてくれた。……うん、まあ、これはいくら慣れても無理ってもんだろう。Tさんの師匠だしこれくらいやられてももう驚くもんかとも思うけどさ……。
「地雷原って、あの地雷原? 踏むとボカンッ! みたいな?」
「その地雷原だな」
まじか……。
「そんなとこに突入かけるのって無茶っぽくね?」
「そうでもないさ。――さて、これほどまで物々しい防備を固めていると言う事は徹心の読みは当たっていたと言う事でいいのかな?」
そう言いながら千勢姉ちゃんは無線機を取り出した。
「徹心、こちらは歩哨と罠の存在を確認した。そっちはどうだ?」
『僕の方は特に何かしらの準備があるようには見えないね。一応兵に倉庫を囲ませては居るけど、こちらはやはりはずれだろう』
「そうか。これからこちらは襲撃をかける。以降の連絡はまず通じないものと思っておけ」
そう言って千勢姉ちゃんは徹心のおっちゃんへの通信を切った。
「倉庫の方は徹心が付いているから向こうで何かが起こっても対処は出来るだろう。私達は私達の目的を果たしに行こう」
そう言って千勢姉ちゃんはケウの毛の中から≪壇ノ浦に没した宝剣≫を抜きとった。
「ひとまずは当初の作戦通りに行こうと思ってはいるが……」
千勢姉ちゃんは俺とフィラちゃんに目をやって確認するように聞いて来た。
「徹心の異界の中で待っていても構わないんだぞ? 特に舞、君は人死にを見慣れてはいないだろう? 今回は多く出る事になる」
「それでも行くぜ。俺はモニカを助けたい」
「わたしもなの!」
「私は答えるまでも無いわね?」
そうか、と頷いて千勢姉ちゃんは一つ息を吐いた。
「お前はほんとうにいい娘を見つけてきたな」
そう言って姉ちゃんはTさんの背中をポンポン叩く。Tさんは鼻であしらうだけだ。
Tさんからは俺に何も言ってこない。多分俺がどうあっても付いて行く気でいる事はもう分かってるんだろうなあ。
千勢姉ちゃんはでは改めて、と前置きして俺達に言う。
「こちらは人数が少ない。悪いが舞にリカちゃんにフィラちゃん。お前達の手も借りる……頼むぞ」
「任せろ、嬢ちゃんはしっかり助けてくるぜ」
「元々は私の不手際なのだからそんな頼まれ方をされる方が恐縮だわ」
「……そうか」
俺達の答えに、千勢姉ちゃんは困ったような笑みを浮かべた。
「それでさ……どうやって中に入るんだ?」
作戦会議では大雑把にとりあえず目的地を確認してウィリアム達がどう迎撃してくるかの予想を話しただけだった。細かい所は現場で詰めるって言ってたけど、そもそも地雷原相手じゃあ侵入するのは無理っぽい気がする。
「そうだな……超能力部隊とやらの実力が今一つ分からない。もしかしたらケウの人避けを見抜けるのかもしれない事も考えると、ここは私が一つ陽動をやって敵の目を引きつけておいた方が良いかもしれないな」
Tさんが千勢姉ちゃんの言葉を受ける。
「そうだな。その間に俺達がケウの能力も借りて本棟内に侵入、モニカを捜索してきた方が足止めを喰らうより良いだろう。事は早さが物を言う。ケウとリカちゃんのかくれんぼの力で早々に隠しものを見つけてしまおう」
「侵入に関してはケウの脚力でならばフィラちゃんと舞を連れた上で地雷の無い所を抜ける事も可能だ。舞とフィラちゃんはケウの背に乗って本棟に向かえばいい」
師弟によって素早くまとめられた方針に俺達は頷く。
「わかった。けどさ……」
「千勢お姉ちゃんはだいじょうぶなの?」
陽動って事は敵に姿を晒すような真似をするって事だと思う。結構無茶なんじゃないかと思うけど……。
「心配してくれるのか、ありがたいな」
うんうん、と感慨深げに言って千勢姉ちゃんは微笑った。
「まあそう心配しなくても良い。何も難しい事をしようと言うわけではない。堂々と正面から押し通るというだけだ」
「ちょっと、それって本当に大丈夫なの!?」
フィラちゃんが愕然と言う。千勢姉ちゃんは任せろ、と頷いた。
「大丈夫だ。私はほら――きれいだろう?」
「あ、そのネタまだひっぱってたんだ」
「千勢あなた……マスクがまず無いじゃない」
「ここにあるじゃないか、甘いマスクが」
呆れてる俺達に千勢姉ちゃんはそう自分の口の辺りを示しながら言う。
ああ、緊張が抜けてく……。
そのタイミングをわざわざ狙ったかのように、Tさんが悠然と告げた。
「さて、行こうか。あまり気負わずに、な」
●
Tさん達が製薬会社の高い壁を飛び越えて中へと侵入したのを確認した後、千勢は製薬会社南側にある正面入り口を閉ざしていたスライド式の鉄柵へと歩いて行き、蹴り倒した。
しんと静まりかえっていた夜に鉄柵がコンクリートと激突する耳障りな音が響き、にわかに人の気配が動きだす。
サーチライトの灯がすぐさま千勢の位置を捉え、月明かりとは比べ物にならない光量で千勢の姿を浮かび上がらせる。前方左右にある寮と工場から武装した兵が訓練された動作で姿を現すのを眺め、更にそれぞれの建物の屋上から銃口が向けられる事まで確認して、千勢は笑みをその面に刻んだ。
「やはり防備は堅くしてあるようだ……」
自身の存在を誇示するかのように≪壇ノ浦に没した宝剣≫を振り上げる。応じるように月明かりが翳りをみせた。
「T№――高部徹心の友人、高坂千勢だ。モニカを取り返しに来た」
朧に滲んだ月明かりを受け、朗々と響く声で名乗りを上げて目的を告げるのと同時、地雷原の向こうから構えられた銃が千勢に狙いを定めた。
「まずはその地雷から片付けよう。――叢雲!」
宝剣を振り下ろす。
それを合図に、月明かりを翳らせた雲が地面へと落下した。
しんと静まりかえっていた夜に鉄柵がコンクリートと激突する耳障りな音が響き、にわかに人の気配が動きだす。
サーチライトの灯がすぐさま千勢の位置を捉え、月明かりとは比べ物にならない光量で千勢の姿を浮かび上がらせる。前方左右にある寮と工場から武装した兵が訓練された動作で姿を現すのを眺め、更にそれぞれの建物の屋上から銃口が向けられる事まで確認して、千勢は笑みをその面に刻んだ。
「やはり防備は堅くしてあるようだ……」
自身の存在を誇示するかのように≪壇ノ浦に没した宝剣≫を振り上げる。応じるように月明かりが翳りをみせた。
「T№――高部徹心の友人、高坂千勢だ。モニカを取り返しに来た」
朧に滲んだ月明かりを受け、朗々と響く声で名乗りを上げて目的を告げるのと同時、地雷原の向こうから構えられた銃が千勢に狙いを定めた。
「まずはその地雷から片付けよう。――叢雲!」
宝剣を振り下ろす。
それを合図に、月明かりを翳らせた雲が地面へと落下した。
●
雲はその身を、宝剣の銘の意味と担い手の意志を受けて雲竜――八岐の大蛇と成した。
突如起こった現象に対して兵が何らかの準備を整える時間を与えず、雲竜はその身の大質量をもって地雷原へと一槌を叩き込んだ。
質量に反応して、あるいは地を打つ衝撃によって天高く巻きあげられた地雷が衝撃のあおりを受けて爆発し、更に雲竜自身の落下で発生した颶風が周囲一帯に吹き荒れる。
千勢に狙いを定めていた兵士が悲鳴を上げて地面に叩きつけられた。
千勢は長い黒髪を風に踊らせながら、それらを意に介さず≪壇ノ浦に没した宝剣≫を横薙ぎに振り抜いた。
草薙の名を冠する斬撃が奔る。
草薙の斬撃は、荒れ狂う大気と巻きあげられた土砂を巻き込んで、横一線の衝撃となって戦場を駆け抜けた。
寮と工場が草薙の斬撃波の直撃を受けて倒壊し、更に後方にあった本棟の一階の天井から上が悉く吹き飛んだ。
これくらい派手な方が陽動の華があると言うものだな――!
凄艶さを感じさせる口許だけの笑みを深く刻み、千勢は悠々と足を踏み出す。
「これで本棟への侵入も容易くなるだろう……。どれ、地階への入り口、私も探しに行こうか」
悠々と地雷の爆発で穴だらけになった製薬会社の敷地内を歩いていく。すると、銃弾が千勢を狙って飛来してきた。
不意のそれを千勢は宝剣で弾き、銃弾がとんできた方へと視線を向ける。そこには銃を構えた兵が居た。それも、叢雲が誘発した地雷の爆発で巻きあげられた土砂の下敷きになっている筈の位置に居る兵だ。実際、彼の周囲には彼を避けるようにして土砂が積もっている。
……ほう?
何らかの力で自身に襲いかかる土砂を跳ねのけたのだろう。そう千勢が思っていると、他にも人が動く物音が聞こえ出した。
草薙を受けて倒壊した建物からも瓦礫を押しのけていくらか人影が出てきている。
彼等の周囲には瓦礫が浮かんでいたり、異常発達した筋肉が瓦礫の破片を掴んでいたりと、尋常ではない様子が見てとれる。
「超能力部隊と言ったか……ウィリアムとやらは好き者らしい」
千勢の呟きに兵の内の一人が返す。
「俺達もお前達のような力を手に入れたんだ、そう簡単に……!」
そんな言葉と共に放たれてきた雷撃を裁断し、千勢は思考する。
……たしかフィラちゃんの話では、こいつらはウィリアムに都市伝説を基にした改造を受けた人間ということだったか……。
「契約者達との戦いにも慣れてるんだ、一人で乗りこんできた事を後悔させてやる!」
……一人……馬鹿弟子達の侵入は今の所ばれてはいないという事だな。
相手の言葉からそう判断し、更に千勢は彼等の来歴を推定する。
恐らくこの場の兵はその大部分が≪神智学協会≫の内紛に参戦していた事のある者達なのだろう。先の発言や、千勢の叢雲や草薙を見ても動揺が少ない所を見る限り、少なくとも都市伝説と、それを用いた大規模戦闘を知らないという事は無い。
……契約者との戦いに慣れているとも言っていた、契約者や都市伝説を殺した事があるという事か……。
たしかに、と千勢は思う。
……都市伝説と契約し、多少只人を超える力を得て奢った馬鹿共たちは契約者以外を弱き者と蔑んで、対する者達は契約などしなくてもその力と策をもって抗い、結果としてあの内紛で契約者や都市伝説相手に勝利を得てきた。
あの地雷も作戦の一環だったのだろうと考えながら千勢は手近の相手へと接近した。銃を構えていた兵は愕然とした表情でコマ落としのように目の前に現れた千勢を見ている。
「――そして、小手先の罠と技術が通じる程私を愚昧だと侮ったお前達は今、潰える」
「……ッ! うあ――」
男が恐慌し、笑みを表情から消した千勢へと銃口を向ける前に、宝剣の刃が彼を貫いた。
血華が咲いて、それが散るまでの間に更に数人が剣閃の餌食になる。
「相手は一人だ、何の事は無い、一気に畳みかければ――」
味方を鼓舞する声を上げようとした兵が宙へと浮いた。千勢の背後で鎌首をもたげた叢雲の首の内の一本がその顎に彼を捕らえたのだ。
悲鳴が上がる前に首が食いちぎられ、先の攻撃を生き延びたサーチライトに照らされた叢雲の白い姿に一瞬の朱が刺す。
そして次の瞬間に朱は叢雲が保持する膨大な水量によって希釈されて溶けて消えた。
「そうだ、相手は私一人だ。臆せずにかかってこい。ただし――」
叢雲に次の獲物を剣先で示しながら、千勢は気を呑まれて動きを硬直させている兵達へと告げる。
「覚悟は決めてもらおうか?」
鬼神と敵に呼ばわれた女はこうして戦場に君臨した。
突如起こった現象に対して兵が何らかの準備を整える時間を与えず、雲竜はその身の大質量をもって地雷原へと一槌を叩き込んだ。
質量に反応して、あるいは地を打つ衝撃によって天高く巻きあげられた地雷が衝撃のあおりを受けて爆発し、更に雲竜自身の落下で発生した颶風が周囲一帯に吹き荒れる。
千勢に狙いを定めていた兵士が悲鳴を上げて地面に叩きつけられた。
千勢は長い黒髪を風に踊らせながら、それらを意に介さず≪壇ノ浦に没した宝剣≫を横薙ぎに振り抜いた。
草薙の名を冠する斬撃が奔る。
草薙の斬撃は、荒れ狂う大気と巻きあげられた土砂を巻き込んで、横一線の衝撃となって戦場を駆け抜けた。
寮と工場が草薙の斬撃波の直撃を受けて倒壊し、更に後方にあった本棟の一階の天井から上が悉く吹き飛んだ。
これくらい派手な方が陽動の華があると言うものだな――!
凄艶さを感じさせる口許だけの笑みを深く刻み、千勢は悠々と足を踏み出す。
「これで本棟への侵入も容易くなるだろう……。どれ、地階への入り口、私も探しに行こうか」
悠々と地雷の爆発で穴だらけになった製薬会社の敷地内を歩いていく。すると、銃弾が千勢を狙って飛来してきた。
不意のそれを千勢は宝剣で弾き、銃弾がとんできた方へと視線を向ける。そこには銃を構えた兵が居た。それも、叢雲が誘発した地雷の爆発で巻きあげられた土砂の下敷きになっている筈の位置に居る兵だ。実際、彼の周囲には彼を避けるようにして土砂が積もっている。
……ほう?
何らかの力で自身に襲いかかる土砂を跳ねのけたのだろう。そう千勢が思っていると、他にも人が動く物音が聞こえ出した。
草薙を受けて倒壊した建物からも瓦礫を押しのけていくらか人影が出てきている。
彼等の周囲には瓦礫が浮かんでいたり、異常発達した筋肉が瓦礫の破片を掴んでいたりと、尋常ではない様子が見てとれる。
「超能力部隊と言ったか……ウィリアムとやらは好き者らしい」
千勢の呟きに兵の内の一人が返す。
「俺達もお前達のような力を手に入れたんだ、そう簡単に……!」
そんな言葉と共に放たれてきた雷撃を裁断し、千勢は思考する。
……たしかフィラちゃんの話では、こいつらはウィリアムに都市伝説を基にした改造を受けた人間ということだったか……。
「契約者達との戦いにも慣れてるんだ、一人で乗りこんできた事を後悔させてやる!」
……一人……馬鹿弟子達の侵入は今の所ばれてはいないという事だな。
相手の言葉からそう判断し、更に千勢は彼等の来歴を推定する。
恐らくこの場の兵はその大部分が≪神智学協会≫の内紛に参戦していた事のある者達なのだろう。先の発言や、千勢の叢雲や草薙を見ても動揺が少ない所を見る限り、少なくとも都市伝説と、それを用いた大規模戦闘を知らないという事は無い。
……契約者との戦いに慣れているとも言っていた、契約者や都市伝説を殺した事があるという事か……。
たしかに、と千勢は思う。
……都市伝説と契約し、多少只人を超える力を得て奢った馬鹿共たちは契約者以外を弱き者と蔑んで、対する者達は契約などしなくてもその力と策をもって抗い、結果としてあの内紛で契約者や都市伝説相手に勝利を得てきた。
あの地雷も作戦の一環だったのだろうと考えながら千勢は手近の相手へと接近した。銃を構えていた兵は愕然とした表情でコマ落としのように目の前に現れた千勢を見ている。
「――そして、小手先の罠と技術が通じる程私を愚昧だと侮ったお前達は今、潰える」
「……ッ! うあ――」
男が恐慌し、笑みを表情から消した千勢へと銃口を向ける前に、宝剣の刃が彼を貫いた。
血華が咲いて、それが散るまでの間に更に数人が剣閃の餌食になる。
「相手は一人だ、何の事は無い、一気に畳みかければ――」
味方を鼓舞する声を上げようとした兵が宙へと浮いた。千勢の背後で鎌首をもたげた叢雲の首の内の一本がその顎に彼を捕らえたのだ。
悲鳴が上がる前に首が食いちぎられ、先の攻撃を生き延びたサーチライトに照らされた叢雲の白い姿に一瞬の朱が刺す。
そして次の瞬間に朱は叢雲が保持する膨大な水量によって希釈されて溶けて消えた。
「そうだ、相手は私一人だ。臆せずにかかってこい。ただし――」
叢雲に次の獲物を剣先で示しながら、千勢は気を呑まれて動きを硬直させている兵達へと告げる。
「覚悟は決めてもらおうか?」
鬼神と敵に呼ばわれた女はこうして戦場に君臨した。