●
≪ベイチモ号≫内部。その奥にあるオルコットの居室へと≪冬将軍≫は訪れていた。
部屋のほとんどを埋める書物の中、書き物机に向かっていたオルコットへと彼は一言、たった今入って来た情報について端的に口にする。
「タカベの手で開戦事由が布告されたそうだな」
「ああ、≪組織≫を通して布告してきた」
≪冬将軍≫にそう答え、オルコットはしたためていた書類を放り捨てた。
「流石というべきか、徹心は手が早い。こちらよりも早く開戦事由を捏造してきたよ」
そう言ってオルコットは通信機を操作する。天井から部屋内にスクリーンが下りて来て、文章が出力されてくる。
出力されるのは≪ベイチモ号≫の無線に暗号化して入って来た布告だ。都市伝説系組織全体に対して発言されたもので、内容は『高部徹心とその手勢。そして≪神智学協会≫の長、オルコットとその手勢は、かつての大国≪太平天国≫の天帝の座の継承資格の正統性を巡り、高部徹心とその盟友が管理する異界にて戦闘行為を開始する事を宣言するもの也』といったものであった。
「向こうが出してきた布告に乗るのかね?」
「ああ、こちらにとっても都合が良いからな。布告の内容的には外部からは私達の戦いは大した価値の無いものとして扱われる類の内容――≪太平天国≫天帝の座を巡っての争い、ということにしておくのだそうだ」
「≪太平天国≫……≪杞憂≫が元々存在していた国にあった組織の名であったか」
「そうだ。そして私や徹心、エルマーが出会った場でもある。徹心も私もそこの上位構成員だった。たしかにこの大義名分でならば外部が干渉してまで止めたいものとは思うまいよ」
「ふむ……オルコットも似たようなものを作成していたようだが」
「ああ、それだな」
徹心は先程放り捨てた書類を示した。
「結局無駄になってしまった。向こうに先手を打たれた形になってしまったな。ユーグや弘蔵、エレナにも報せておかねば」
そう呟いて計器を操作し、船内の者に連絡を入れ始めたオルコットへと≪冬将軍≫が問いかける。
「この先手を打たれた状態をどう見るかね?」
「そういう見方はお前の方が詳しいだろう、将軍?」
国土を荒らそうとする外部勢力を排除した逸話の具現として将の号を与えられ、長い存在期間を経てその呼び名にふさわしい智恵を持つに至った≪冬将軍≫は、オルコットの反問に数瞬黙り、うむ。と頷く。
「正確な開戦日時の指定はしてこなかったのだろう? その一方で開戦場所は高部徹心とその仲間が管理する異界にて行うという指定が来ていた。――おそらく、こちら側には我等を迎え撃つ準備はあると、そういうことだろう。そして我等の先手を打つことで優位に立とうという事なのかもしれないな。
それに、この戦で負けた場合に世界の理が書き換えられるという被害を考慮に入れた上で、この戦の真の目的を晒す事無くモニカの存在を守ろうとする態度は面白いものとワタシは思う。全てを公表した場合はそれこそ≪聖槍≫や≪杞憂≫、モニカを巡って乱戦になるだろう事を考えると公表する事も良い手とは言えないのだがね……総評するなら――うむ、面白い判断であるとワタシはタカベを評しよう」
「自信溢れることではないか。先の戦闘で千勢もTさんもある程度の傷を負っているという事であったが……虚勢と侮るには徹心は危険な存在ではある、か」
「戦場はタカベの異界という事であったが、まさか入り口を万人に向けて解放するという事もあるまい。異界へと踏み入る為の結界破りは万全かね?」
「万事問題無い」
オルコットは計器を操作する。操作に応えて≪ベイチモ号≫が僅かに鳴動した。
≪ベイチモ号≫の鳴動が終わると、現代風に手が加えられた元鋼鉄製蒸気貨物船は、その船首水線下に刃のような発光体を現わしていた。
幽霊船≪ベイチモ号≫が保持する異界の海を航行する能力の全てを集中させた、異界を突き進む衝角だ。その出現をスクリーン上で確認して、オルコットは満足げに笑む。
「この通りだ。入口さえ≪ピリ・レイスの地図≫で見つける事ができれば、拓かれていない航路であろうと、研究班が手を加えたこの船ならば進む事が出来よう」
「永取市内に彼等が潜んでいることは分かっている。全てを決する時は近いな、オルコットよ」
「その通りだ将軍。そして、その時には私自らが出向こう」
そう言ってオルコットは壁際に立てかけられていた剣へと目を遣った。彼とその剣を眺めた≪冬将軍≫が訊ねる。
「……目的は、理想は果たせそうかね?」
「全てをかけてやり遂げる。それだけだ」
必要以上に語ろうとしないオルコットに苦笑して≪冬将軍≫は呟く。
「君は変わらないな。ワタシを説き伏せた時もそうだった」
部屋のほとんどを埋める書物の中、書き物机に向かっていたオルコットへと彼は一言、たった今入って来た情報について端的に口にする。
「タカベの手で開戦事由が布告されたそうだな」
「ああ、≪組織≫を通して布告してきた」
≪冬将軍≫にそう答え、オルコットはしたためていた書類を放り捨てた。
「流石というべきか、徹心は手が早い。こちらよりも早く開戦事由を捏造してきたよ」
そう言ってオルコットは通信機を操作する。天井から部屋内にスクリーンが下りて来て、文章が出力されてくる。
出力されるのは≪ベイチモ号≫の無線に暗号化して入って来た布告だ。都市伝説系組織全体に対して発言されたもので、内容は『高部徹心とその手勢。そして≪神智学協会≫の長、オルコットとその手勢は、かつての大国≪太平天国≫の天帝の座の継承資格の正統性を巡り、高部徹心とその盟友が管理する異界にて戦闘行為を開始する事を宣言するもの也』といったものであった。
「向こうが出してきた布告に乗るのかね?」
「ああ、こちらにとっても都合が良いからな。布告の内容的には外部からは私達の戦いは大した価値の無いものとして扱われる類の内容――≪太平天国≫天帝の座を巡っての争い、ということにしておくのだそうだ」
「≪太平天国≫……≪杞憂≫が元々存在していた国にあった組織の名であったか」
「そうだ。そして私や徹心、エルマーが出会った場でもある。徹心も私もそこの上位構成員だった。たしかにこの大義名分でならば外部が干渉してまで止めたいものとは思うまいよ」
「ふむ……オルコットも似たようなものを作成していたようだが」
「ああ、それだな」
徹心は先程放り捨てた書類を示した。
「結局無駄になってしまった。向こうに先手を打たれた形になってしまったな。ユーグや弘蔵、エレナにも報せておかねば」
そう呟いて計器を操作し、船内の者に連絡を入れ始めたオルコットへと≪冬将軍≫が問いかける。
「この先手を打たれた状態をどう見るかね?」
「そういう見方はお前の方が詳しいだろう、将軍?」
国土を荒らそうとする外部勢力を排除した逸話の具現として将の号を与えられ、長い存在期間を経てその呼び名にふさわしい智恵を持つに至った≪冬将軍≫は、オルコットの反問に数瞬黙り、うむ。と頷く。
「正確な開戦日時の指定はしてこなかったのだろう? その一方で開戦場所は高部徹心とその仲間が管理する異界にて行うという指定が来ていた。――おそらく、こちら側には我等を迎え撃つ準備はあると、そういうことだろう。そして我等の先手を打つことで優位に立とうという事なのかもしれないな。
それに、この戦で負けた場合に世界の理が書き換えられるという被害を考慮に入れた上で、この戦の真の目的を晒す事無くモニカの存在を守ろうとする態度は面白いものとワタシは思う。全てを公表した場合はそれこそ≪聖槍≫や≪杞憂≫、モニカを巡って乱戦になるだろう事を考えると公表する事も良い手とは言えないのだがね……総評するなら――うむ、面白い判断であるとワタシはタカベを評しよう」
「自信溢れることではないか。先の戦闘で千勢もTさんもある程度の傷を負っているという事であったが……虚勢と侮るには徹心は危険な存在ではある、か」
「戦場はタカベの異界という事であったが、まさか入り口を万人に向けて解放するという事もあるまい。異界へと踏み入る為の結界破りは万全かね?」
「万事問題無い」
オルコットは計器を操作する。操作に応えて≪ベイチモ号≫が僅かに鳴動した。
≪ベイチモ号≫の鳴動が終わると、現代風に手が加えられた元鋼鉄製蒸気貨物船は、その船首水線下に刃のような発光体を現わしていた。
幽霊船≪ベイチモ号≫が保持する異界の海を航行する能力の全てを集中させた、異界を突き進む衝角だ。その出現をスクリーン上で確認して、オルコットは満足げに笑む。
「この通りだ。入口さえ≪ピリ・レイスの地図≫で見つける事ができれば、拓かれていない航路であろうと、研究班が手を加えたこの船ならば進む事が出来よう」
「永取市内に彼等が潜んでいることは分かっている。全てを決する時は近いな、オルコットよ」
「その通りだ将軍。そして、その時には私自らが出向こう」
そう言ってオルコットは壁際に立てかけられていた剣へと目を遣った。彼とその剣を眺めた≪冬将軍≫が訊ねる。
「……目的は、理想は果たせそうかね?」
「全てをかけてやり遂げる。それだけだ」
必要以上に語ろうとしないオルコットに苦笑して≪冬将軍≫は呟く。
「君は変わらないな。ワタシを説き伏せた時もそうだった」
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厳しく無慈悲な冬の具現として存在を得た≪冬将軍≫は、己の存在する起源そのままにあらゆる生を凍て付かせ、冬の底へと沈めてきた。
人々を凍て付かせ、文化をその凍土の中へと埋もれさせ、後に残った冷たい虚無の中で、≪冬将軍≫は一人存在していた。
彼自身を生みだした伝承や噂――起源という名の本能の赴くままに在った彼の前にオルコットが現れたのは、人間が世界規模で戦火を広げようとしていた時代の事であった。
初めて冬たる自分を畏れる事無く一振りの剣を向け、更に「話がある」とまで言ってきたオルコットに対して≪冬将軍≫は興味を抱いた。
興味の満たし方は簡単だ。コミュニケーションを取ればいい。
そして≪冬将軍≫にとって一番慣れたコミュニケーション行為とは、戦闘に他ならなかった。
かくして彼は存在を得て以降、初めてその能力を意識して戦闘の為に使用した。
≪冬将軍≫の冬をこらえ、彼が使役するモノたち斬り伏せていきながら、オルコットは≪冬将軍≫へと誘いを持ちかけた。
「我が全霊を賭した理想の成就を手伝ってはみないか?」
人々を凍て付かせ、文化をその凍土の中へと埋もれさせ、後に残った冷たい虚無の中で、≪冬将軍≫は一人存在していた。
彼自身を生みだした伝承や噂――起源という名の本能の赴くままに在った彼の前にオルコットが現れたのは、人間が世界規模で戦火を広げようとしていた時代の事であった。
初めて冬たる自分を畏れる事無く一振りの剣を向け、更に「話がある」とまで言ってきたオルコットに対して≪冬将軍≫は興味を抱いた。
興味の満たし方は簡単だ。コミュニケーションを取ればいい。
そして≪冬将軍≫にとって一番慣れたコミュニケーション行為とは、戦闘に他ならなかった。
かくして彼は存在を得て以降、初めてその能力を意識して戦闘の為に使用した。
≪冬将軍≫の冬をこらえ、彼が使役するモノたち斬り伏せていきながら、オルコットは≪冬将軍≫へと誘いを持ちかけた。
「我が全霊を賭した理想の成就を手伝ってはみないか?」
●
過去の自分は今以上にとても不器用だった。
そう過去の自分に思いを馳せながら、≪冬将軍≫は記憶の中から言葉を引き上げる。
「オルコット。君はワタシにこう言ったね。ただ無為にあるだけでなく、一つの目的を、信念を持って生きることこそが、ワタシが抱いているこの虚無を解消する事にもなるだろうと」
「懐かしい話を持ち出してきたものだ。どうだ? その言葉を信じて私に付いて来て、少しは得るものがあっただろうか?」
「正直な所、今のワタシでは君が言う信念というものはよく分からないな。そこがあのウィリアムを一方で認めていた君とワタシの意見の違いの原因にもなるのだろうか」
「そうだな。ウィリアムは確かに自分の信じるものに――己が抱く好奇心と探求欲に対してどこまでも忠実だった。その一点において私は彼を信じ、結果としてモニカの封印は解かれることになった」
「そのように人を利用する思考はワタシにも理解できる。しかし何がそこまで人を強く衝き動かすのかがワタシにはいまいち理解できない。彼はモニカを材料にいくらでもその身を売る場所があったはずだ。安全な環境下で実験を続けることもできただろう」
「モニカを交渉材料に据えればその利用を目論まれ、ウィリアムの望む自由な実験が妨げられる事になる。彼にとっては自身が行う実験こそが最重要要件。そのためならば自身の命すら厭いはしない。――まあ、あそこまでやる人間は狂っていると称する事も出来るだろうからな。将軍には尚更理解し難いだろう」
「ふむ――人は面白いものだな。ワタシのような存在を作り上げ、信じるモノの為に全てをかける事が出来る」
そう言って≪冬将軍≫は口髭を緩やかにしごいた。威圧感を感じさせるその面に穏やかな笑みを浮かべ、
「ありがとうオルコット。君と共に世界を見聞してきたこの百年程、実に退屈しない生を送る事ができているよ」
「礼には及ばん。その分はしっかりと実働してもらっている」
こちらも笑みを浮かべたオルコットは≪冬将軍≫へと告げる。
「私の宿願も終わりへと近付いている。最後に立ちはだかるのは大きな壁だ。今一度問う。――我が全霊を賭した理想の成就を手伝ってはみないか?」
≪冬将軍≫は軍用コートから軍刀を引き出した。
床へと打ちつける。
極低温の冬が≪ベイチモ号≫内を刹那の間駆け抜けた。
≪冬将軍≫は動じた様子の無いオルコットへと厳かに誓約する。
「冬を、そしてその概念が包括する死を御した男が目指す理想の果てだ。――喜んでこの虚無の腕を貸そう」
いつかの冬の出来事の再現の下、冬そのものをかしずかせたオルコットは誓約を受け取った。
「冬よ。我が祖国に語られる宿将よ。我が理想が果てに至るか、その虚無を埋めるものが見つかるまで、その腕、私が預かろう」
そう過去の自分に思いを馳せながら、≪冬将軍≫は記憶の中から言葉を引き上げる。
「オルコット。君はワタシにこう言ったね。ただ無為にあるだけでなく、一つの目的を、信念を持って生きることこそが、ワタシが抱いているこの虚無を解消する事にもなるだろうと」
「懐かしい話を持ち出してきたものだ。どうだ? その言葉を信じて私に付いて来て、少しは得るものがあっただろうか?」
「正直な所、今のワタシでは君が言う信念というものはよく分からないな。そこがあのウィリアムを一方で認めていた君とワタシの意見の違いの原因にもなるのだろうか」
「そうだな。ウィリアムは確かに自分の信じるものに――己が抱く好奇心と探求欲に対してどこまでも忠実だった。その一点において私は彼を信じ、結果としてモニカの封印は解かれることになった」
「そのように人を利用する思考はワタシにも理解できる。しかし何がそこまで人を強く衝き動かすのかがワタシにはいまいち理解できない。彼はモニカを材料にいくらでもその身を売る場所があったはずだ。安全な環境下で実験を続けることもできただろう」
「モニカを交渉材料に据えればその利用を目論まれ、ウィリアムの望む自由な実験が妨げられる事になる。彼にとっては自身が行う実験こそが最重要要件。そのためならば自身の命すら厭いはしない。――まあ、あそこまでやる人間は狂っていると称する事も出来るだろうからな。将軍には尚更理解し難いだろう」
「ふむ――人は面白いものだな。ワタシのような存在を作り上げ、信じるモノの為に全てをかける事が出来る」
そう言って≪冬将軍≫は口髭を緩やかにしごいた。威圧感を感じさせるその面に穏やかな笑みを浮かべ、
「ありがとうオルコット。君と共に世界を見聞してきたこの百年程、実に退屈しない生を送る事ができているよ」
「礼には及ばん。その分はしっかりと実働してもらっている」
こちらも笑みを浮かべたオルコットは≪冬将軍≫へと告げる。
「私の宿願も終わりへと近付いている。最後に立ちはだかるのは大きな壁だ。今一度問う。――我が全霊を賭した理想の成就を手伝ってはみないか?」
≪冬将軍≫は軍用コートから軍刀を引き出した。
床へと打ちつける。
極低温の冬が≪ベイチモ号≫内を刹那の間駆け抜けた。
≪冬将軍≫は動じた様子の無いオルコットへと厳かに誓約する。
「冬を、そしてその概念が包括する死を御した男が目指す理想の果てだ。――喜んでこの虚無の腕を貸そう」
いつかの冬の出来事の再現の下、冬そのものをかしずかせたオルコットは誓約を受け取った。
「冬よ。我が祖国に語られる宿将よ。我が理想が果てに至るか、その虚無を埋めるものが見つかるまで、その腕、私が預かろう」