●
Tさんとユーグ、そして彼等が指揮する者達の戦闘は一つの流れを見せ始めていた。ユーグが指揮する≪テンプル騎士団≫と凍死兵の混合軍が≪夢の国≫の住人たちを押し始めたのだ。
凍死兵はともかく、≪テンプル騎士団≫は元々の兵としての地力が≪夢の国≫の住人とは違う。奇襲を行った時点では優位に立つ事が出来ていても、こうして正面から戦闘を行う事になれば形成を逆転される事は自明の理だった。
……まずいな。
Tさんは味方同士で連携を取って≪夢の国≫の住人達を相手にする事に成功し始めているユーグ麾下の軍の様子と、徐々に数を削られていく自軍の様子に、眉を寄せた。
……元々最初の奇襲のみでどうにかなる相手ではないと思ってはいたが、それでも対処されるのが早すぎた。
周囲一帯の建物を打ち砕かれてしまった以上、Tさんの側には敵の騎馬を押さえる方法が無い。伏兵を仕込む隙間も無いため、何度も突撃を仕掛けて来る騎士の集団相手に徐々に対抗する術は無くなっていった。
……騎馬への対策が無いわけではないが……用意にはまだ時間がかかるか。この場から後方への退却は、させてくれないだろうな……。
いつの間にか凍死兵と≪テンプル騎士団≫の何名かが戦場を囲いこむように展開されている。Tさん達が移動し、先程のように自分達に有利な地形に誘い込まれないようにするためだろう。抜け目が無い。そう思いながら、一方で自分が動けばあの外周を突き破って移動する事も可能だろうと考え、
……いや、そもそも自由行動など取らせてもらえまい。
否定を心に生んだ瞬間、思考の隙を突いて剣による一閃が眼前を薙いだ。
「――っ!」
「どうしたTさん、味方が気になるか!」
Tさんが外周へ向けて自軍を救う為に動く事が叶わない理由である人間の女性の体にカラスの翼と山羊の頭と下半身を持つ悪魔、バフォメットの加護を纏ったユーグが言葉と共に更に斬撃を叩き込んできた。それを半歩横に避けたTさんを追う形で鎧に包まれた足による蹴足が飛んでくる。鎧の重量と加護によって重さを増した強烈な一撃にTさんは息を詰まらせて蹴り飛ばされた。
転倒をなんとか避け、手を突いて着地する。猛然とこちらを追うユーグの気配を感じながらTさんは視線と共に手を振り上げた。
「破ぁ!」
光弾が放たれる。
ユーグは至近距離で放たれた光弾をバフォメットの形をした加護から巨大な翼を広げて防いだ。光弾の浄化の光によって加護が翼の形状を崩し、ただの黒い靄として霧散する。しかしその程度、すぐに再生するようなものでしかない。
……あの翼、器用な……っ。
光弾を防ぐ事によって僅かに速度が落ちたユーグから距離を取ろうとTさんは身体を後方へと跳び退かせて、着地と同時に手を翻した。
――剣を取り寄せられたら幸せだ!
願掛けに応じて手に現れた光が、戦場で放り出されていた誰のものともしれない反りの強い剣へと向かって放たれた。
光弾は剣の柄に命中して小さく破裂する。その衝撃は剣を空中へと跳ね上げた。空中へと跳ね上げられた剣は建物の瓦礫上を奇跡的な跳ね返り方で跳ね、Tさんの方へと跳んで行く。Tさんはそれを手にしようと手を伸ばし、しかし剣は≪夢の国≫の住人と戦闘を続ける騎兵の一人が手にした槍の一撃を受け、大きく弾かれてしまった。
「ッ!」
「残念だったなTさん!」
悟られていた。とTさんが自身の手落ちを認識する間にユーグの上段からの容赦のない一撃が降って来た。
頭部からTさんを両断しようとする一撃に対し、Tさんは左足を支点にしてユーグの左側面へと身を回す。
剣圧が身体の前面を荒っぽく撫でて行くのに冷たい汗を流しながら身を半回転させ終えたTさんは、ユーグに背を向けた状態で祈祷強化を施す。
「まだ負けてはやれんよ、ユーグ!」
肘が打ち出されて、直撃を受けたユーグが吹き飛んだ。
吹き飛ばされたユーグは危なげなく地面に足を着く。その表情からは今の一撃が彼に対して大きなダメージを与えた様子は見受けられない。
……流石に堅いか。
肘に感じたのは鎧の感触、決定打にはならないだろうとは思っていたが、まったく効いてないようにも見えるユーグにTさんは僅かに落胆せざるを得ない。
……衝撃でいくらかダメージを受けてくれるものと思っていたが、≪テンプル騎士団≫総長はやはり甘くは無い。
これまでの交戦で受けた傷は、やはりバフォメットのせいで≪ケサランパサラン≫の能力をもってしても思ったようには治癒しない。
……長丁場は危険だ。
そう思いながら手に光弾を現わして構えていると、ユーグが黒い靄を纏わせた剣を構え直しながら声を放ってきた。
「味方を必要以上に気にするその甘さ、舞のような戦の心得のない者を傍に置いた弊害か」
「さて、どうだろうな。確かに舞には多少影響を受けている自覚はあるが、この甘さを俺は存外好いているよ」
「……そうか、それがお前の弱点であってもか?」
「秋月弘蔵もそうだが、お前達のその認識は間違っている。ユーグ、知らないのか?」
そう言ってTさんは光弾を現わした掌をユーグに向けて、
「――愛は人を強くする!」
光弾がユーグを捉えようと駆け、ユーグはそれを両断した。Tさんは自身も接近しながら手を上に振り上げる。その手に吸い込まれるようにして収まるものがあった。
先程騎兵が弾き飛ばした筈の幸運の加護が付与された剣だ。
「そして≪夢の国≫の住人はしぶといぞ?」
弾かれた剣を拾い、Tさんに差し入れたのは≪夢の国≫の住人だった。その住人を騎兵が手にした槍で貫こうと迫る。しかしその槍は彼に届く事はなかった。割って入った存在があるのだ。
それは、一個の建造物のような異様な存在感で戦場に乗り入れてきた。
「攻城塔だと!?」
「王に叱られるぞ。……≪夢の国≫のパレード、その櫓――フロートだ」
元々はもっと先にある広場に用意された櫓だった。それがここまでやって来てくれる事はTさんの予想外の出来事だ。思ったより敵を引きこむ事が出来ずにお蔵入りする事になるかと思っていた装置だが、
「騎士達が建物を破壊してくれたおかげで呼び寄せる事ができたよ。騎兵の突撃はこれまでのような戦果を上げる事はできんぞ」
二機三機と集まる櫓を中心に陣を築き直す≪夢の国≫の住人を鼓舞するようにTさんは剣を振り上げる。
「櫓の破損は後で皆で直せばいい、今はこの者達を退ける事に注力しよう!」
凍死兵はともかく、≪テンプル騎士団≫は元々の兵としての地力が≪夢の国≫の住人とは違う。奇襲を行った時点では優位に立つ事が出来ていても、こうして正面から戦闘を行う事になれば形成を逆転される事は自明の理だった。
……まずいな。
Tさんは味方同士で連携を取って≪夢の国≫の住人達を相手にする事に成功し始めているユーグ麾下の軍の様子と、徐々に数を削られていく自軍の様子に、眉を寄せた。
……元々最初の奇襲のみでどうにかなる相手ではないと思ってはいたが、それでも対処されるのが早すぎた。
周囲一帯の建物を打ち砕かれてしまった以上、Tさんの側には敵の騎馬を押さえる方法が無い。伏兵を仕込む隙間も無いため、何度も突撃を仕掛けて来る騎士の集団相手に徐々に対抗する術は無くなっていった。
……騎馬への対策が無いわけではないが……用意にはまだ時間がかかるか。この場から後方への退却は、させてくれないだろうな……。
いつの間にか凍死兵と≪テンプル騎士団≫の何名かが戦場を囲いこむように展開されている。Tさん達が移動し、先程のように自分達に有利な地形に誘い込まれないようにするためだろう。抜け目が無い。そう思いながら、一方で自分が動けばあの外周を突き破って移動する事も可能だろうと考え、
……いや、そもそも自由行動など取らせてもらえまい。
否定を心に生んだ瞬間、思考の隙を突いて剣による一閃が眼前を薙いだ。
「――っ!」
「どうしたTさん、味方が気になるか!」
Tさんが外周へ向けて自軍を救う為に動く事が叶わない理由である人間の女性の体にカラスの翼と山羊の頭と下半身を持つ悪魔、バフォメットの加護を纏ったユーグが言葉と共に更に斬撃を叩き込んできた。それを半歩横に避けたTさんを追う形で鎧に包まれた足による蹴足が飛んでくる。鎧の重量と加護によって重さを増した強烈な一撃にTさんは息を詰まらせて蹴り飛ばされた。
転倒をなんとか避け、手を突いて着地する。猛然とこちらを追うユーグの気配を感じながらTさんは視線と共に手を振り上げた。
「破ぁ!」
光弾が放たれる。
ユーグは至近距離で放たれた光弾をバフォメットの形をした加護から巨大な翼を広げて防いだ。光弾の浄化の光によって加護が翼の形状を崩し、ただの黒い靄として霧散する。しかしその程度、すぐに再生するようなものでしかない。
……あの翼、器用な……っ。
光弾を防ぐ事によって僅かに速度が落ちたユーグから距離を取ろうとTさんは身体を後方へと跳び退かせて、着地と同時に手を翻した。
――剣を取り寄せられたら幸せだ!
願掛けに応じて手に現れた光が、戦場で放り出されていた誰のものともしれない反りの強い剣へと向かって放たれた。
光弾は剣の柄に命中して小さく破裂する。その衝撃は剣を空中へと跳ね上げた。空中へと跳ね上げられた剣は建物の瓦礫上を奇跡的な跳ね返り方で跳ね、Tさんの方へと跳んで行く。Tさんはそれを手にしようと手を伸ばし、しかし剣は≪夢の国≫の住人と戦闘を続ける騎兵の一人が手にした槍の一撃を受け、大きく弾かれてしまった。
「ッ!」
「残念だったなTさん!」
悟られていた。とTさんが自身の手落ちを認識する間にユーグの上段からの容赦のない一撃が降って来た。
頭部からTさんを両断しようとする一撃に対し、Tさんは左足を支点にしてユーグの左側面へと身を回す。
剣圧が身体の前面を荒っぽく撫でて行くのに冷たい汗を流しながら身を半回転させ終えたTさんは、ユーグに背を向けた状態で祈祷強化を施す。
「まだ負けてはやれんよ、ユーグ!」
肘が打ち出されて、直撃を受けたユーグが吹き飛んだ。
吹き飛ばされたユーグは危なげなく地面に足を着く。その表情からは今の一撃が彼に対して大きなダメージを与えた様子は見受けられない。
……流石に堅いか。
肘に感じたのは鎧の感触、決定打にはならないだろうとは思っていたが、まったく効いてないようにも見えるユーグにTさんは僅かに落胆せざるを得ない。
……衝撃でいくらかダメージを受けてくれるものと思っていたが、≪テンプル騎士団≫総長はやはり甘くは無い。
これまでの交戦で受けた傷は、やはりバフォメットのせいで≪ケサランパサラン≫の能力をもってしても思ったようには治癒しない。
……長丁場は危険だ。
そう思いながら手に光弾を現わして構えていると、ユーグが黒い靄を纏わせた剣を構え直しながら声を放ってきた。
「味方を必要以上に気にするその甘さ、舞のような戦の心得のない者を傍に置いた弊害か」
「さて、どうだろうな。確かに舞には多少影響を受けている自覚はあるが、この甘さを俺は存外好いているよ」
「……そうか、それがお前の弱点であってもか?」
「秋月弘蔵もそうだが、お前達のその認識は間違っている。ユーグ、知らないのか?」
そう言ってTさんは光弾を現わした掌をユーグに向けて、
「――愛は人を強くする!」
光弾がユーグを捉えようと駆け、ユーグはそれを両断した。Tさんは自身も接近しながら手を上に振り上げる。その手に吸い込まれるようにして収まるものがあった。
先程騎兵が弾き飛ばした筈の幸運の加護が付与された剣だ。
「そして≪夢の国≫の住人はしぶといぞ?」
弾かれた剣を拾い、Tさんに差し入れたのは≪夢の国≫の住人だった。その住人を騎兵が手にした槍で貫こうと迫る。しかしその槍は彼に届く事はなかった。割って入った存在があるのだ。
それは、一個の建造物のような異様な存在感で戦場に乗り入れてきた。
「攻城塔だと!?」
「王に叱られるぞ。……≪夢の国≫のパレード、その櫓――フロートだ」
元々はもっと先にある広場に用意された櫓だった。それがここまでやって来てくれる事はTさんの予想外の出来事だ。思ったより敵を引きこむ事が出来ずにお蔵入りする事になるかと思っていた装置だが、
「騎士達が建物を破壊してくれたおかげで呼び寄せる事ができたよ。騎兵の突撃はこれまでのような戦果を上げる事はできんぞ」
二機三機と集まる櫓を中心に陣を築き直す≪夢の国≫の住人を鼓舞するようにTさんは剣を振り上げる。
「櫓の破損は後で皆で直せばいい、今はこの者達を退ける事に注力しよう!」
●
櫓の戦線投入をもって、戦況は両者一歩も引かない状態に戻りつつあった。
建物の二階分に相当する高さの櫓の上から行われる尽きる事のない射撃は確かな成果を挙げ始めていたのだ。相手の攻撃に対しても、ゆっくりとだが、移動を行う事ができる櫓は櫓同士相互に連携をとって防衛を行う事ができ、また、櫓の周囲を固める白兵戦闘要員の働きも櫓の防衛能力に一役買っていた。
その一方で、≪テンプル騎士団≫と凍死兵からなるユーグ麾下の部隊も負けてはいなかった。
騎士はあらゆる武器を駆使して多様な≪夢の国≫の住人の兵種に対応し、櫓も数機が既に行動不能な状態に落とされている状態だった。
櫓を中心にして構え、多様な戦法で戦うTさんの指揮する部隊、櫓の破壊をもって自分達の有利を取り戻そうとするユーグが指揮する部隊。一進一退の攻防はしばらく続きそうだった。
それらの戦いの場の中央付近で両軍に援護の隙を与えない程の速度と激しさで戦闘を続けるTさんとユーグも互いに一歩も引かない状態となっていた。
突き出されて来た剣の腹を手の甲で流したTさんから突きの突進力を利用して距離をとり、ユーグはTさんへと向き直りながら言葉を吐き出した。
「愛が人を強くするだと? たしかにそういう部分もあるのだろう、しかし、世界にはその愛が届かない人間が大勢いる。愛などという甘い幻想では不幸の根は絶えはしない!」
「ではこれまでの犠牲の上にならば絶えるというのか!」
≪テンプル騎士団≫として存在を得て、契約者エルマーと共に見た世界は弱者が虐げられる、かつて自分達が貧しき騎士として生きていた頃と何ら変わる事のない世界だった。世界は改められなければならない。しかし人の手でそれを行おうとすると時間がかかり過ぎる。いや、もう人自身の手ではこの世界のシステムは変化しないのかもしれない。そうユーグは、そしてエルマーは思い、そんな時に出会ったのが≪太平天国≫を討伐しようと策動する者達、そしてオルコットだった。
彼は都市伝説の力で世界の理を改めようとしていた。その実現には多くの犠牲が伴うであろうことは明らかで、かつての盟友であった徹心は世界の在り様を変化させるのに都市伝説を使う事に反対して去って行き、道の途上で多くの仲間を失っていった。それでもオルコットが≪神智学協会≫を作り上げ、本格的に動き出し、モニカという可能性に至った後もユーグとエルマーとは≪神智学協会≫に籍を置き続けた。なぜなら、
「犠牲の果てに贖えるものがあると、私はそう確信している!」
剣が振るわれ、Tさんが捌き切れずに加護を重点的に集めた腕を盾にして弾き飛ばされる。ユーグの剣に纏われている呪詛に食われた加護を付与し直し、更に光弾を手に生み出しながら彼は叫び返した。
「そしてモニカをも犠牲として供するのか! かつての契約者の孫を!」
「お嬢様の為でもある!」
飛来してきた光弾を避け、ユーグは続ける。
「お嬢様は夢の中で永遠の安らぎを得る! 家族は皆死にたった独りになり、近付く者はすべからくお嬢様を利用しようとするようなこの醜い世界からお嬢様は解放されるのだ!」
モニカに≪杞憂≫と≪聖槍≫を契約させる事によって世界もモニカもより良い方向へと動く。その為のこれまでの犠牲も、そして目覚める事も二度となくなるだろうモニカの意志も、
「そのために必要な代償、通過儀礼だ!」
「モニカは独りではない!」
ユーグが振るった剣にTさんは先程≪夢の国≫の住人から受け取った剣を打ち合わせる。捌き、斬り返してくる剣の太刀筋に千勢の動きを感じ、半ば勘でユーグは一歩身を引いた。
直後、草薙と似た動作で光刃が放たれる。それを身を捻って躱したユーグにTさんの言葉が追い打ちをかけてきた。
「モニカには今、家族と、そう呼べる存在が居る。友もできた。以前の彼女とは違うんだ。それでもお前は今の彼女を不幸と言うか!?」
「ああ言うとも! 本当の家族が殺し合いの果てに絶え、ただ一人で逃げのびた先でも争いに巻き込まれる。そんなお嬢様を救う。お嬢様が己の不幸を自覚しておられないのならば、それでもだ!」
「その理想の押しつけが十字軍(お前達)の罪科だと知って尚行うか!」
「これこそが私の生き方、そして私の信念だ!」
言葉と共に剣がぶつかり合い、Tさんの顔が歪んだ。
今Tさんが使用している剣は元々≪夢の国≫の住人が使用していた何の変哲もないただの刀剣だ。加護の付与があるとはいえ、ユーグが扱う剣に付与される呪詛との兼ね合いもある。十数合の打ち合いを経てTさんが扱う剣には傷みが現れ始めていた。
ユーグはそれを剣に現れた微細なひびと刃こぼれによって感知し、速度を上げて剣を破壊しにかかる。
Tさんは光弾を光弾を放って距離を取る。周囲には扱えそうな武器は転がっていない。
……先程のように引き寄せさせもせん。
そう警戒しながらユーグはTさんを追う。Tさんはやはり距離を保とうと騎士達が破壊した瓦礫の山の方へと跳んだ。そのまま瓦礫の山の上を平地を走るかのように危なげなく高速で駆けて行く。Tさん本人の装備が軽いため瓦礫が体重で崩れる心配が少ないというのもあるのだろうが、何よりもあの動きを実現させている要因は彼が纏う幸運の加護だろう。足場にした瓦礫が崩れる、という不運を未然に防いでいるのがユーグの目には視えている。
……運気の支配、よくそれだけの力を振るって暴走しないものだ。
精密な力の扱いに長けているのだろうと思いながらユーグはTさんを追うのをひとまず諦め、弓を影から取り出して矢をつがえた。
間をおかずに連続で放つ。
Tさんは光弾を撃ち返して応戦しようとして、
「――ッ!?」
旧に崩れた足元の瓦礫に足を取られてバランスを崩した。
彼は足元が崩れた原因を見定めて吐き捨てる。
「バフォメットの加護の矢か、多芸な……!」
呪詛が幸運の加護を喰らったために起きた崩壊だ。バランスを崩しざまにTさんが投擲した剣を避け、ユーグはTさん自身に向けて矢を放つ。
――行けるか?
放たれた矢はTさんに向かって突き進み、しかし二射目から矢は彼に届く事無く払われた。
払ったのはTさん本人だ。その手には先程までとは別種の、一振りの剣が握られていた。真っ直ぐな刀身のそれは全体に十字を模した形になっている。≪テンプル騎士団≫が持つ剣だ。トランプの兵隊に貫かれた騎士が落としたものだろう。
「借りるぞ。騎士の佩剣、これならば先程の剣よりは保つだろう」
そのために瓦礫の上を移動したのかと思うユーグの眼前、加護を付与した剣を改めて片手で構えるTさんの左腕には矢が刺さっている。バランスを崩された折りに射かけられた一矢だ。
剣を持っていない右手でTさんは矢を引き抜いて捨てる。彼の多少荒れた呼吸を確認しながらユーグもまた十字の剣を構えた。
「――ッ!」
一息にTさんへと接近して猛然と斬りかかる。
姿勢を低くし、Tさんの足元を狙って剣を繰り出す。跳んで避けるTさんを追ってユーグは剣を上空へと突き出した。
建物の二階分に相当する高さの櫓の上から行われる尽きる事のない射撃は確かな成果を挙げ始めていたのだ。相手の攻撃に対しても、ゆっくりとだが、移動を行う事ができる櫓は櫓同士相互に連携をとって防衛を行う事ができ、また、櫓の周囲を固める白兵戦闘要員の働きも櫓の防衛能力に一役買っていた。
その一方で、≪テンプル騎士団≫と凍死兵からなるユーグ麾下の部隊も負けてはいなかった。
騎士はあらゆる武器を駆使して多様な≪夢の国≫の住人の兵種に対応し、櫓も数機が既に行動不能な状態に落とされている状態だった。
櫓を中心にして構え、多様な戦法で戦うTさんの指揮する部隊、櫓の破壊をもって自分達の有利を取り戻そうとするユーグが指揮する部隊。一進一退の攻防はしばらく続きそうだった。
それらの戦いの場の中央付近で両軍に援護の隙を与えない程の速度と激しさで戦闘を続けるTさんとユーグも互いに一歩も引かない状態となっていた。
突き出されて来た剣の腹を手の甲で流したTさんから突きの突進力を利用して距離をとり、ユーグはTさんへと向き直りながら言葉を吐き出した。
「愛が人を強くするだと? たしかにそういう部分もあるのだろう、しかし、世界にはその愛が届かない人間が大勢いる。愛などという甘い幻想では不幸の根は絶えはしない!」
「ではこれまでの犠牲の上にならば絶えるというのか!」
≪テンプル騎士団≫として存在を得て、契約者エルマーと共に見た世界は弱者が虐げられる、かつて自分達が貧しき騎士として生きていた頃と何ら変わる事のない世界だった。世界は改められなければならない。しかし人の手でそれを行おうとすると時間がかかり過ぎる。いや、もう人自身の手ではこの世界のシステムは変化しないのかもしれない。そうユーグは、そしてエルマーは思い、そんな時に出会ったのが≪太平天国≫を討伐しようと策動する者達、そしてオルコットだった。
彼は都市伝説の力で世界の理を改めようとしていた。その実現には多くの犠牲が伴うであろうことは明らかで、かつての盟友であった徹心は世界の在り様を変化させるのに都市伝説を使う事に反対して去って行き、道の途上で多くの仲間を失っていった。それでもオルコットが≪神智学協会≫を作り上げ、本格的に動き出し、モニカという可能性に至った後もユーグとエルマーとは≪神智学協会≫に籍を置き続けた。なぜなら、
「犠牲の果てに贖えるものがあると、私はそう確信している!」
剣が振るわれ、Tさんが捌き切れずに加護を重点的に集めた腕を盾にして弾き飛ばされる。ユーグの剣に纏われている呪詛に食われた加護を付与し直し、更に光弾を手に生み出しながら彼は叫び返した。
「そしてモニカをも犠牲として供するのか! かつての契約者の孫を!」
「お嬢様の為でもある!」
飛来してきた光弾を避け、ユーグは続ける。
「お嬢様は夢の中で永遠の安らぎを得る! 家族は皆死にたった独りになり、近付く者はすべからくお嬢様を利用しようとするようなこの醜い世界からお嬢様は解放されるのだ!」
モニカに≪杞憂≫と≪聖槍≫を契約させる事によって世界もモニカもより良い方向へと動く。その為のこれまでの犠牲も、そして目覚める事も二度となくなるだろうモニカの意志も、
「そのために必要な代償、通過儀礼だ!」
「モニカは独りではない!」
ユーグが振るった剣にTさんは先程≪夢の国≫の住人から受け取った剣を打ち合わせる。捌き、斬り返してくる剣の太刀筋に千勢の動きを感じ、半ば勘でユーグは一歩身を引いた。
直後、草薙と似た動作で光刃が放たれる。それを身を捻って躱したユーグにTさんの言葉が追い打ちをかけてきた。
「モニカには今、家族と、そう呼べる存在が居る。友もできた。以前の彼女とは違うんだ。それでもお前は今の彼女を不幸と言うか!?」
「ああ言うとも! 本当の家族が殺し合いの果てに絶え、ただ一人で逃げのびた先でも争いに巻き込まれる。そんなお嬢様を救う。お嬢様が己の不幸を自覚しておられないのならば、それでもだ!」
「その理想の押しつけが十字軍(お前達)の罪科だと知って尚行うか!」
「これこそが私の生き方、そして私の信念だ!」
言葉と共に剣がぶつかり合い、Tさんの顔が歪んだ。
今Tさんが使用している剣は元々≪夢の国≫の住人が使用していた何の変哲もないただの刀剣だ。加護の付与があるとはいえ、ユーグが扱う剣に付与される呪詛との兼ね合いもある。十数合の打ち合いを経てTさんが扱う剣には傷みが現れ始めていた。
ユーグはそれを剣に現れた微細なひびと刃こぼれによって感知し、速度を上げて剣を破壊しにかかる。
Tさんは光弾を光弾を放って距離を取る。周囲には扱えそうな武器は転がっていない。
……先程のように引き寄せさせもせん。
そう警戒しながらユーグはTさんを追う。Tさんはやはり距離を保とうと騎士達が破壊した瓦礫の山の方へと跳んだ。そのまま瓦礫の山の上を平地を走るかのように危なげなく高速で駆けて行く。Tさん本人の装備が軽いため瓦礫が体重で崩れる心配が少ないというのもあるのだろうが、何よりもあの動きを実現させている要因は彼が纏う幸運の加護だろう。足場にした瓦礫が崩れる、という不運を未然に防いでいるのがユーグの目には視えている。
……運気の支配、よくそれだけの力を振るって暴走しないものだ。
精密な力の扱いに長けているのだろうと思いながらユーグはTさんを追うのをひとまず諦め、弓を影から取り出して矢をつがえた。
間をおかずに連続で放つ。
Tさんは光弾を撃ち返して応戦しようとして、
「――ッ!?」
旧に崩れた足元の瓦礫に足を取られてバランスを崩した。
彼は足元が崩れた原因を見定めて吐き捨てる。
「バフォメットの加護の矢か、多芸な……!」
呪詛が幸運の加護を喰らったために起きた崩壊だ。バランスを崩しざまにTさんが投擲した剣を避け、ユーグはTさん自身に向けて矢を放つ。
――行けるか?
放たれた矢はTさんに向かって突き進み、しかし二射目から矢は彼に届く事無く払われた。
払ったのはTさん本人だ。その手には先程までとは別種の、一振りの剣が握られていた。真っ直ぐな刀身のそれは全体に十字を模した形になっている。≪テンプル騎士団≫が持つ剣だ。トランプの兵隊に貫かれた騎士が落としたものだろう。
「借りるぞ。騎士の佩剣、これならば先程の剣よりは保つだろう」
そのために瓦礫の上を移動したのかと思うユーグの眼前、加護を付与した剣を改めて片手で構えるTさんの左腕には矢が刺さっている。バランスを崩された折りに射かけられた一矢だ。
剣を持っていない右手でTさんは矢を引き抜いて捨てる。彼の多少荒れた呼吸を確認しながらユーグもまた十字の剣を構えた。
「――ッ!」
一息にTさんへと接近して猛然と斬りかかる。
姿勢を低くし、Tさんの足元を狙って剣を繰り出す。跳んで避けるTさんを追ってユーグは剣を上空へと突き出した。
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Tさんは突き出されてきた剣に対して、こちらも剣をぶつけて切っ先を逸らした。
互いの加護がせめぎ合い、ひどく美しい色合いの火花が散る。
着地したTさんは斬りかかって来るユーグの剣に剣をぶつけ、火花を散らせながら距離を強引に詰めて右の拳を繰り出す。ユーグはそれを掌で受け止め、こちらでも両者の纏う加護が飛沫く。Tさんの拳に白色の光が強く集まるのを察したユーグは咄嗟に後方へと跳んだ。一瞬遅れてTさんの拳から光弾が放たれる。
「破ぁ!」
「――くっ」
光の弾の爆発に耐え、身を捻って無事に着地したユーグを追って斬りかかりながらTさんは言葉を投じる。
「騎士よ! 本当の家族が殺し合い絶えたと言ったな! しかしあの子はお前を家族だと、そう信じている。あの子は両親や祖父を失った後も決して独りなどではなかった。お前がいたからだ!」
ユーグは目を見開いた。次いで困惑気味に呟く。
「家族だと……?」
「そうだ!」
剣と剣、加護と加護、呪詛と呪詛が打ち合わされて凄烈な音を響かせる。相手に刃を届かせようとする力の押し合いをしながら、言葉での応酬もまた続いた。
「ふふ、やはりお嬢様はまだ子供だ。両親を殺した私を今だ家族だなどとはな。すがるべき知己の存在が私しかいないために私を無理にでも信じようとしているのだろう。そしてやがては全てを知って受け容れようとして、絶望するのだ! この世界の醜さにな!」
「あの子を嘗めるなユーグ! あの子はあの子なりに世の中を見てきた。自身に降りかかる理不尽極まりない不幸を受けいれ、その上で自分の足で立ってきた! モニカが無知などとうそぶくな!」
Tさんは憤りと共に剣を両手で握りこんで押しこむ。
「そして理解しろ! 少女一人とその周囲を不幸にして得られる、人の手が介入する余地のない強制的に清められ漂白された世界などに人々の幸せはありはしない……ッ!」
Tさんの力が急激に抜けた。先程矢を受けた左腕からの出血が激しい。痛みにTさんの力が乱れたのだ。
ユーグは大きくTさんの剣を弾きながら言葉を返す。
「それでも大恩あるリデルの家には、そして最後の子たるお嬢様には私が施す事ができる最大の幸せを、無垢の眠りを捧げたいのだ!」
Tさんの剣を弾いたユーグは、返す動作で刃をTさんへと振り下ろす。Tさんは光の壁を立ちあげた。それはユーグの剣閃に砕かれるが、それでも微かに遅れた剣速のために斬撃からは辛くも逃れる。
「過保護だなユーグ、しかし!」
出血が止まらない腕に加護を集中させて再び剣を握りしめてTさんは地を蹴った。彼はユーグと剣を打ち合わせながら告げる。
「聞け! 世界は子供が無邪気に信じている程に清らかでも仁徳に満ちてなどもいない!」
両親を欲望の為に殺された過去を思いながらTさんはしかし、と続ける。
「大人が悲観して諦めてしまう程に醜くもないんだ!」
その後の絶望から連れ出してくれた千勢と、後に出会った大切な人を思う。
「モニカと話しあってもらおう、そのための席を用意する事があの子が望む幸せの一歩だ!」
この騎士に必要なのはモニカがその生を苦行と思っていないという事実だろう。そう思いながら、
「破ぁあああああ――っ!」
Tさんの加護を受けた剣がユーグの持つ剣を砕いた。
ユーグの剣を覆っていた加護が拠り所とする媒体を失って黒い衝撃となって溢れだす。それらに身を晒しながらTさんは傷んだ左腕をユーグへと向けた。
「――ッ!」
ユーグが自身の加護の中から何らかの武器を取り出そうとする。しかしそれよりも早くTさんの咆哮がこだました。
光が瞬く。
戦場に居た全ての者が一瞬目を奪われる程の光量。
黒い靄を浄化した光は相対していた騎士の身体を呑みこんだ。
互いの加護がせめぎ合い、ひどく美しい色合いの火花が散る。
着地したTさんは斬りかかって来るユーグの剣に剣をぶつけ、火花を散らせながら距離を強引に詰めて右の拳を繰り出す。ユーグはそれを掌で受け止め、こちらでも両者の纏う加護が飛沫く。Tさんの拳に白色の光が強く集まるのを察したユーグは咄嗟に後方へと跳んだ。一瞬遅れてTさんの拳から光弾が放たれる。
「破ぁ!」
「――くっ」
光の弾の爆発に耐え、身を捻って無事に着地したユーグを追って斬りかかりながらTさんは言葉を投じる。
「騎士よ! 本当の家族が殺し合い絶えたと言ったな! しかしあの子はお前を家族だと、そう信じている。あの子は両親や祖父を失った後も決して独りなどではなかった。お前がいたからだ!」
ユーグは目を見開いた。次いで困惑気味に呟く。
「家族だと……?」
「そうだ!」
剣と剣、加護と加護、呪詛と呪詛が打ち合わされて凄烈な音を響かせる。相手に刃を届かせようとする力の押し合いをしながら、言葉での応酬もまた続いた。
「ふふ、やはりお嬢様はまだ子供だ。両親を殺した私を今だ家族だなどとはな。すがるべき知己の存在が私しかいないために私を無理にでも信じようとしているのだろう。そしてやがては全てを知って受け容れようとして、絶望するのだ! この世界の醜さにな!」
「あの子を嘗めるなユーグ! あの子はあの子なりに世の中を見てきた。自身に降りかかる理不尽極まりない不幸を受けいれ、その上で自分の足で立ってきた! モニカが無知などとうそぶくな!」
Tさんは憤りと共に剣を両手で握りこんで押しこむ。
「そして理解しろ! 少女一人とその周囲を不幸にして得られる、人の手が介入する余地のない強制的に清められ漂白された世界などに人々の幸せはありはしない……ッ!」
Tさんの力が急激に抜けた。先程矢を受けた左腕からの出血が激しい。痛みにTさんの力が乱れたのだ。
ユーグは大きくTさんの剣を弾きながら言葉を返す。
「それでも大恩あるリデルの家には、そして最後の子たるお嬢様には私が施す事ができる最大の幸せを、無垢の眠りを捧げたいのだ!」
Tさんの剣を弾いたユーグは、返す動作で刃をTさんへと振り下ろす。Tさんは光の壁を立ちあげた。それはユーグの剣閃に砕かれるが、それでも微かに遅れた剣速のために斬撃からは辛くも逃れる。
「過保護だなユーグ、しかし!」
出血が止まらない腕に加護を集中させて再び剣を握りしめてTさんは地を蹴った。彼はユーグと剣を打ち合わせながら告げる。
「聞け! 世界は子供が無邪気に信じている程に清らかでも仁徳に満ちてなどもいない!」
両親を欲望の為に殺された過去を思いながらTさんはしかし、と続ける。
「大人が悲観して諦めてしまう程に醜くもないんだ!」
その後の絶望から連れ出してくれた千勢と、後に出会った大切な人を思う。
「モニカと話しあってもらおう、そのための席を用意する事があの子が望む幸せの一歩だ!」
この騎士に必要なのはモニカがその生を苦行と思っていないという事実だろう。そう思いながら、
「破ぁあああああ――っ!」
Tさんの加護を受けた剣がユーグの持つ剣を砕いた。
ユーグの剣を覆っていた加護が拠り所とする媒体を失って黒い衝撃となって溢れだす。それらに身を晒しながらTさんは傷んだ左腕をユーグへと向けた。
「――ッ!」
ユーグが自身の加護の中から何らかの武器を取り出そうとする。しかしそれよりも早くTさんの咆哮がこだました。
光が瞬く。
戦場に居た全ての者が一瞬目を奪われる程の光量。
黒い靄を浄化した光は相対していた騎士の身体を呑みこんだ。