アットウィキロゴ

「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - Tさん、エピローグに至るまで-神智学協会決戦-21

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
            ●


 全身に≪聖痕≫を刻みつけて力を引き出したオルコットに対して、Tさんは≪キョンシー≫達と共に攻撃を仕掛ける。
 四方から襲いかかる≪キョンシー≫と、死角を衝く光弾に対してオルコットは分かりやすい行動に出た。
 強行突破だ。
 ≪ジュワユーズ≫の一振りで左右前方の≪キョンシー≫を切断。続く動きでもう片方の手の≪聖槍≫を操り、後方の≪キョンシー≫を突き刺す。
 ≪聖痕≫を刻むのものではなく、純粋な刺突だ。≪聖槍≫の聖性によって崩れるように散っていく≪キョンシー≫に一瞥をくれ、オルコットは≪ジュワユーズ≫の色彩の刃を解き放った。
「――ッ!」
 一刀のもとに結界と、それを構成する桃の木々を鋤き返して、オルコットは凍死兵達を結界の範囲から締め出された≪キョンシー≫達へとぶつける。
「2、3人で囲みこめ、決して埋められない実力差ではないぞ!」
 攻めよせる敵を押し返し、確実に歩みを進めるオルコットにTさんは重圧と共に脅威を感じる。
 ……≪聖痕≫の効能か……≪ジュワユーズ≫の刃の発動に溜めが無い……それに動きも速い……。
 このままでは≪キョンシー≫が徒に失われるだけだと判断してTさんは木剣を握り直す。
 ……さて、対抗できるだろうか……。
 祈祷強化によって身体能力を引き上げ、前に出る。


            ●


 オルコットの力が解放される姿を目の当たりにして、ユーグはバフォメット間で通信を繋ぎ、騎士達を通じて由実に指示を出した。
「≪フィラデルフィア計画≫で距離を取るんだ。騎士達も私と共にお嬢様との契約を結んでいる。彼等はお嬢様を追って追いつくからその場に残して構わない」
 了解を意味する返答に、とにかく急ぐようにと念を押してユーグは己の影、バフォメットの加護の中から十字を模した剣を左腕で引き抜く。
 ……あれほどとは、オルコット様、やはり油断ならない。
 Tさん達との戦いで疲弊している≪テンプル騎士団≫ではオルコットの本気の一撃に耐えられはしないだろう。非戦闘員も斬ると宣言した以上、猶予はない。ともかく急いで距離を取ってくれるようにと祈りながらユーグは前線へと向かった。
 その途中で≪キョンシー≫達の指揮を執る徹心に声をかける。
「エルマーも、私達も、オルコットも、間違っていたと貴方は思われますか? 高部徹心」
「たぶん正解も不正解もないのだと思うよ。ただ、僕らは皆がそれぞれ正しいと思う事を信じて行うしかないんだ」
 徹心は訊ね返してくる。
「ユーグ、エルマーは最期、なんと?」
「私やレニーやトリシア、お嬢様に対してすまない。そして自由に生きろ、と」
「そうか」
「生前、エルマーは貴方の事も気にかけておられた。袂を別ちはしたが貴方もまた戦友なのだと」
「彼らしい」
 軽く表情を緩めて徹心は言う。
「ユーグよ、頼む。力を貸してくれ」
「家族と、そう未だに呼んでくださるお嬢様と私の意思と共に」
 そう応じて歩を進めて戦場を見渡し、ユーグは気付く。
 ……凍兵達が≪桃源郷≫にやってこなくなった……。
 これまで≪夢の国≫の方から次々と現れていた凍死兵達がやってこなくなっていた。
 向こうでの戦いも決着がついたか形成が決まったという事だろう。≪神智学協会≫のメンバーがこちらに来ず、凍死兵達の進軍が途絶えた事から≪夢の国≫での結果を予想しつつ、ユーグは無言で加護を己に付与する。
 ……ふむ。
 自身をしっかりと加護が覆う事に一つ頷き、ユーグはバフォメットの翼を顕現して広げた。
 その翼の中へとTさんが吹き飛ばされて来る。翼で彼を受け止め、ユーグは軽口を叩いた。
「いい様だな、Tさん」
 咳き込みながらTさんは苦笑する。
「……まったくだ。――モニカとは話せたのか?」
「おかげさまでな」
 Tさんは地面に降りたって、結界を切断しながら進んでくるオルコットに目を向けつつ問う。
「モニカの意思を尊重するのか?」
「この選択が正しいのかどうかは今でも疑問だがな。しかし、私の意思だ」
 ユーグは翼を収納する。そうしながらTさんとの戦闘で一時封じられていたバフォメットの力も振るえるとTさんを受け止めた事によって確認した。右腕も一時期よりは動かす事ができる。だから、とユーグは力を溜め、練り上げていき、
「しかし一度は絶望を抱いて壊れかかった子供が尚もこの世界を信じているのだ。――大人が悲観してばかりもいられまい?」
「言うようになったじゃないか」
 頷きを返し、ユーグは小さく付け足す。
「……それに、また死に損なってしまった事だしな」
「そういう物言いをモニカは望まないだろうさ」
 耳聡い。寺生まれはスゴイと思いつつユーグは言い直した。
「ああ……生きる場所を見つけたからな」
 力を発現させ、黒い靄のような加護を総身に纏う。
 自分達はかつて神の名のもとに殺戮を働いた者の末路だ。このような存在でも傍にいて欲しいと思う者が居る。それを幸福な事だと思い、ユーグは剣を振るう。
「参る!」


            ●


 ユーグが剣を手に駆ける姿を見送り、徹心は≪キョンシー≫達に指示を出し、オルコットと凍死兵を封じにかかった。
 ≪キョンシー≫達は凍死兵を抑えていくが、オルコットの前には力及ばずに一太刀も浴びせられないまま弾き飛ばされていく。
 しかし、
 ……彼等は道を付ける役だ。――本命は彼等。
 ユーグの剣がオルコットの≪ジュワユーズ≫とぶつかった。近接戦闘を行う為に≪ジュワユーズ≫の刃は通常の長さに抑えられている。
 ……これで大規模破壊を繰り返される事はないけど……。
 オルコットは近距離戦闘が得意な人物だ。今の疲弊したユーグでは荷が重い。
 衝撃波を伴う数号のぶつかり合いの後、ユーグがオルコットの攻撃を捌き切れなくなった。鋭い風切りの音と共にオルコットの刃がユーグの加護を吹き飛ばす。
 ……まずい!
 思う徹心の視界に白い光が映った。Tさんが放つ光弾だ。
「――!」
 気付いたオルコットが反応して光弾を斬り裂く。
 しかし彼に迫る光弾は一つだけではなかった。
「器用な……ッ」
 上下左右天地、全方位を覆い尽くすかのように光弾が迫りオルコットを襲う。
 対してオルコットは全身を包み込む色彩の鎧を強く発光させた。
「この程度で私を討てると思っているのか!」
 しかし、と徹心はオルコットの言葉を受ける。
「動きは止まり、隙もできる」
 徹心の持つ桃木の剣が淡い光を発する。それを指揮棒として、徹心は命じた。
「桃園の結界に囚えよ!」
 応じて動いたのは≪キョンシー≫達だった。彼等は光弾を凌ぐ為に構えをとるオルコットを囲いこむように移動し、各々が所持する桃木製の武器を地面に突き刺した。
「酒のような加工品でも≪魔除けの桃≫は発動するんだよ。これもまた然りだ」
 桃の結界が発動する。
 淡い桃色に輝く結界は、徹心が害と認識しない光弾を透過し、害と認識されるオルコットの色彩の鎧を削り取っていく。
「――ちぃッ!」
 オルコットは剣を地面に突き刺した。
 光弾が直撃する。
 桃の結界の内部を満たす光弾の破裂による漂白の一瞬を圧して、オルコットの怒号がこだまする。
「爆ぜて消えろ!」
 結界内を光弾の光を上塗りして色彩の爆発が満たす。結界が耐えきれずに桃木ごと破裂した。
「凍兵! 武具を失った≪キョンシー≫を逃がすな!」
 爆風の中から聞こえる声にオルコットの健在を知り、徹心は歯噛みする。
 ……桃木を使っての結界にTさんの光弾、これだけ用意してもまだ君の執念には届かないのか……ッ!
 もうオルコットに対して下せる策も残り少ない。それらも発動する為には往生際悪く攻撃を仕掛け続けて機会を掴むしか無いような扱いの難しいものだ。
 ……それもまた望む所か。
 もともと策に簡単に嵌ってくれるような者だとは徹心も思ってはいない。だから徹心は桃木の剣を握り締め、
「武器を失った者は戻って来るんだ! 策を授ける、その間は――」
 徹心の視界の中、白と黒の光が多重の色彩へと挑みかかっていった。
「彼等がオルコットを相手取ってくれる!」


            ●


 多重の色彩であるオルコットへと向かう白と黒の光――Tさんとユーグは、光弾を隠れ蓑にして突進しながら、左右へと分かれてオルコットへ攻撃を仕掛けようとしていた。
 挟み撃ちにする動きだ。
 数度に渡って戦ったからこそ、互いの力量を把握している二人は、軽いアイコンタクトのみでそれぞれ左右からの攻撃を相手が最も避けづらい角度で打ち込んで行く。
 爆風の中から飛び出したオルコットの体を覆う≪聖痕≫と色彩の鎧は、光弾と結界によって削られたのか目に見えて薄くなっている。
 攻めるのなら今だ。そう思い、ユーグは剣をオルコットの左側面から首を狙って叩き込む。
 応じるようにTさんが腰を断ち切ろうと桃木の剣を振るった。
 オルコットは左手の≪聖槍≫と右手の≪ジュワユーズ≫で二人に対抗しようと動いた。しかしその初動が刻まれる直前、Tさんが苛烈に吼える。
「高部徹心、桃の結界を!」
 返答は即座に戦況へと反映された。
 Tさんの持っていた桃木の剣が黒光と白光を放って砕け散る。
「≪退魔の桃≫による結界、幸運と呪詛の加護による補助付きだ。喰らえ」
 Tさんの言葉通り、形成された結界は≪ケサランパサラン≫とバフォメットの呪詛による加護強化を受けていた。展開された結界は迎撃態勢に移ろうとするオルコットの動きを縛り上げる。
 Tさんは砕けた木剣の代わりに腰から短剣を引き抜いた。ユーグが渡した短剣だ。≪テンプル騎士団≫の武装として聖別された短剣は、Tさんが付与する幸福の加護を受け止めて光を放ち始める。
「――ッ!」
 Tさんとユーグ、二人の攻撃は結界の重圧によって加護を根こそぎ削ぎ取られたオルコットに迫り、
「まだだッ!」
 オルコットはその身に刻んだ≪聖痕≫の光を解放した。身体に直接刻んだ聖なる紋様は彼に常軌を逸した力を与える。
 強引に結界の重圧を引き裂いたオルコットは、左右から迫る攻撃を避けるための宙へと大跳躍で逃れる。
 結界が砕かれる砕音が大きく響き、Tさんとユーグは消失した攻撃目標に目を瞠る。
 ――まずい!
 そう思いながらユーグは己が扱う力を集中させる。
 Tさんとユーグは今オルコットという攻撃目標を失い、更には攻撃体勢に入っている。それを止めて次の行動に移ろうとする時に発生する隙は致命的なものだ。
 その隙を狙って頭上に巨大な重圧が生まれた。色彩の刃が生じた気配だ。
 ユーグはバフォメットの翼を広げる。Tさんは短剣に施した力の加護の分、半テンポ対処が遅れている。彼の防御手段は間に合わない。
 ――間に合えっ!
 思い、全力を防御の為に注ぎ込んだ瞬間、長大に伸びた色彩の刃が頭上から二人を両断しようと襲いかかった。


            ●


 ≪ジュワユーズ≫の色彩の刃はバフォメットの加護を突き破り、代償としてその剣身を爆発させた。
 Tさんは桃の結界の始点に居たために僅かに残っていた結界の守りと、ユーグのバフォメットによる防御のおかげで大した負傷を負わずに爆発をやり過ごした。
 しかし、
「ユーグ!」
 攻撃を正面から防ぐ事になったユーグは手にした剣を砕かれ、その身にも右の肩上から腰に至る斬り傷を負っていた。
 右の腕はTさんとの戦の後で思うように動かないと言った腕だ。庇い切れなかったらしい。
 ……俺を見捨てておけばよかったものを……っ!
 内心で敵の底無しの実力とそれを視通せなかった自身の甘さを悔やみ、即座にTさんは次の一撃への対処を迫られた。
 既に頭上には再び振り下ろされようとしている色彩の刃の気配がある。
 ――速いッ、≪聖痕≫の補助とはこれほどの――――ッ!
「ッく!」
 Tさんは≪ケサランパサラン≫へと幸福を祈祷して結界を編もうとする。しかし振り下ろされてくる刃はそれよりも早く、
 切断力が地を裂かんとする大音が轟いた。


            ●


「――?」
 Tさんは自分が未だに生きて結界を張れている事に軽い戸惑いを覚えた。
 ……間に合った? いや……。
 そんなはずはない。Tさんが結界を張ろうとしていた時には既に刃は振り下ろされ始めていた。オルコットの剣速ならばTさんの結界が成立するよりも早くTさんごと地面を両断できたはずだ。
 ――いったい……?
 見上げる頭上は色彩の刃の破裂のためか、視界が悪い。≪ケサランパサラン≫へと祈祷して視力を補い、再び周囲を見渡す。
 色彩の破裂と舞い散る埃の向こうには、困惑しながらも地面に降り立ったオルコットがいる。
 彼とTさんとの間には一つの物体が立ちはだかっていた。
 両者は驚きと共に、その物体の名を呟く。
「≪杞憂≫の……柱だと?」


            ●


 ≪杞憂≫の柱を出現させたモニカは、慣れない都市伝説の発動に強い頭痛を感じながら、ユーグの指示でモニカ達を守っている騎士の一人に訊ねる。
「これでおじさんは……大丈夫?」
「はい、総長との連絡は未だに不安定ですが、私達が存在しているということはまだ大丈夫です。お疲れ様でした」
 ユーグとバフォメットによる連絡を可能とする騎士は、そう答えて頭を下げた。
 モニカは照れたように笑って、ふらふらと揺れる。
 そんなモニカを抱き止めて、由実は騎士に訊ねた。
「いきなり指示する位置に≪杞憂≫の柱を呼び出せるか? なんて正気の注文じゃないわよ? もしまたモニカの力が暴走したらどうするつもりなの?」
「すみません。しかしこうしなければこちらの敗北は決定してしまうので……」
 由実は言葉に詰まった。
 ≪フィラデルフィア計画≫でバフォメットによる連絡が通じるギリギリの距離まで、随分な距離を開けて転移したつもりだったのだが、ここからでもオルコットが振るっているであろう輝く巨大な刃は見えていた。その後に立ち昇った長大な土砂の壁もだ。
 ……あんな所で戦ってるんだから……もともと正気どうこうなんて問題ではないのかもしれないわね。
 畏れを通り越して呆れすら覚えながら由実は嘆息する。
 バフォメットによる中継で戦況を把握する由実たちは先程からなんとか助けになる事はできないかと思案していた。しかしオルコットの力は天井知らずのようで、手を出す事ができない。そう諦めかけていた時の突然の騎士の指示だった。
 今モニカが出現させた柱がどう作用したのかは戦場の詳細な様子が掴めない由実達には分からない。しかし、これで戦況は少なくとも命拾いはしたらしい。ひとまずはその事に安堵し、
「なあ、フィラちゃん、騎士のおっちゃんたち……」
 舞の、何か思いついたと言わんばかりの表情に由実は嫌な予感と良い予感とを同時に感じた。


            ●


 ≪杞憂≫の柱によってオルコットの刃から守られたと悟ったTさんは、≪杞憂≫を小規模であれど発動させたモニカの思い切りと、精神力の強さに感謝した。
 オルコットが柱に目を取られた一瞬の間に≪キョンシー≫の生き残りに負傷したユーグを託し、Tさんは加護を纏いながら考える。
 ……武器を失ってしまった、モニカの支援は……期待できないか。
 ≪杞憂≫の柱がTさんの目の前でその存在感を薄めていき消失していく。モニカが扱うにはやはり巨大すぎる都市伝説らしい。
「世界を支える柱は折れないか……≪聖槍≫を拒絶しただけでなく≪杞憂≫をも自分の意に沿わせるとは……これは素直に驚くしかない」
 そう口にしながらオルコットは≪ジュワユーズ≫を振り上げる。その剣身には既に次の色彩の刃が形成されている。
「しかし、≪杞憂≫をそう何度も呼び出せる程に習熟はしていないようだ」
 ……さて、どうする?
 Tさんはどうやれば目の前の男に勝てるだろうかと考える。
 ……オルコットには相当な攻撃を叩き込んでいる。決定打は一度も入りはしなかったがそれでも体力を大幅に削る事くらいは出来ているものだと思っていたのだが……。
 タフなどという表現を超越した位置にいるとしか思えないほどにオルコットは攻撃によるダメージを受けていないようだった。
 ……攻撃が通っていないとなると、手の打ちようがない。
 ≪聖槍≫を刻み込んだオルコットはTさん一人で勝つ事が出来る相手では無くなってしまっている。かといってオルコットに対抗できる人材の増援は期待できない。≪夢の国≫から味方が来たとしても疲労しているだろう。
 ……まずいな。
 八方塞がりだ。
 眉を寄せるTさんにオルコットが話しかける。
「まずは一人目、ユーグから斬ってしまおうと思ったが、逃がしてしまったか……モニカが最も心を寄せているであろう彼の死はそれだけで≪聖槍≫にモニカを屈しさせる事が可能かと思ったのだがな」
「だからこそだ。ユーグは殺させはしない」
「まずはお前から斬られるか……Tさん?」
「それも断る」
「しかし一人では私には勝てまい?」
「じゃあ、僕が共に前線に出よう」
 そう声がして、徹心がTさんの横に立った。彼は手にした二本の桃木の剣のうちの一本をTさんへと渡して、
「頼りがいがないだろうけどよろしく頼む」
「ああ」
 木剣を受け取ったTさんは苦笑で答える。
「……徹心、軍師が前に出るか」
「もう凍死兵たちはいない。僕も今の斬撃で≪キョンシー≫達をほとんど行動不能にされてしまったからね。もう後ろで指示を出す必要がないんだ。だから、僕自身が君の相手だ、オルコット」
「負け戦だな」
「どうだろうね」
 薄く笑んだ徹心にTさんは問う。
「高部徹心、戦闘経験は?」
「昔は前線に出て白兵戦も経験したんだけどね。今はどうだろう?」
「わかった、無茶はするな」
「今せずにいつしろと?」
 それもそうだ。と笑ってTさんは木剣に加護を付与する。
 オルコットの色彩の刃に対してTさんと徹心は体を刃の範囲へと突っ込ませた。


            ●


 刃へと体を放り出したTさんは、オルコットへの直線距離を全力で詰めて行った。
 Tさんも徹心も疲労と傷が多い。既に持久戦を挑むには不利な状態にあった。かといって遠距離攻撃を撃ち合えば、攻撃はまず確実に切断されて当てる手段が無くなるし、≪ジュワユーズ≫の色彩の刃で対抗される。
 残された手段は接近しての打撃戦しかなかった。
 しかしそれもはかばかしくはない。
 徹心はオルコットの剣閃をそう何度も防げるとは思えなかったし、Tさんも彼の動きについていくのが精いっぱいだ。
「惜しいな、Tさん」
「――……ッ!」
 一合刃を交わすたびに少しずつ傷を得て、体力を削られていく。
「――くっ!」
 徹心がオルコットの斬撃をまともに受けた。
 桃木の剣が身代わりのように砕けて結界を張るが、それすら立ち割って刃は徹心へと裂傷を与える。
「っく、オルコット……!」
「お前では私には届きはしない、徹心!」
 ≪ジュワユーズ≫が輝き、傷が浅い徹心にさらなる一太刀を加えようと閃く。
 しかしそれを邪魔するように天から柱が突き立った。
「――ッ!?」
 反射的に柱へと目を向けるオルコットめがけてTさんは徹心のフォローに光弾を打ち込みながら柱の主の名を呟く。
 ≪杞憂≫の柱ではない。白いそれは質量を持った雲によって形成されている。そのような雲――雲竜を使役できる存在をTさんは一人しか知らない。
「叢雲――師匠か!」
 彼女は鋤返された地面の上で杖をつきながらも堂々と立っていた。


            ●


 千勢は≪デリーの鉄柱≫で身体を支え、腰に提げた≪壇ノ浦に没した宝剣≫から雲竜を使役していた。
 八岐全てを操るだけの余力は既に彼女には無い。
「しかし役にはたつだろう。それに――」
 千勢はオルコットへと目を遣る。
 ≪ジュワユーズ≫を振り回しているオルコットはTさん達に対抗するためか、全身から多重な色彩と共に聖性も帯びる光を放っていた。見覚えがある光、千勢の身体を支えている≪デリーの鉄柱≫の元の持ち主が全身に刻みこんだ傷が放っていたものと同じだ。
 ……≪聖痕≫を刻んだか……。
 ≪聖痕≫が引き出す力は絶大だ。それを身をもって知っている千勢は同時に≪聖痕≫が持つ特性も把握している。
 ……一見したところオルコットが優勢のようだが――その実対等と言ったところか。
 思い、その事を知らないであろうTさん達へと千勢は声を飛ばす。
 前置きとして、
「叢雲、喰らえ!」
 と言葉を放った上で、だ。


            ●


 千勢の命令を受け、地面に頭から突っ込んでいた雲竜が頭を土の中から引き上げた。
 土砂と共に雲竜がその顎を開いてオルコットを喰らいに行く。
 それらの音に負けない大音声で千勢の言葉が届く。
「馬鹿弟子! ≪聖痕≫は対象者に己の限界を無視させる! おそらくオルコットの身体は既に疲弊しきっている! 見た目のタフさに惑わされるな!」
 雲竜の首が横一線に断ち切られる。
 オルコットは頬を歪めて号する。
「エレナを退けたか、その通りだ千勢! しかし現状の力関係は変わりはしない!」
 千勢へと≪ジュワユーズ≫の先端を向ける。色彩の刃が千勢を穿とうとして、
「いいや、光明が見えたよ」
「ああ、簡単な事だ」
 徹心とTさんの声と共に地面から出現した複数の人間の手が縋りつくようにオルコットの身体を掴み、地面に縫いとめた。
「≪キョンシー≫!? 居ない筈では――」
「ほとんど、と、そう言ったよオルコット」
 同時にオルコットを≪魔除けの桃≫の結界が包み込む。
 地面から突き出た腕の≪キョンシー≫達は、先程徹心が呼び戻した武器を失った者達だ。彼等はそれぞれ手に桃の種を握っている。それが結界の媒介だろう。
 それに気付いたオルコットは眉を立て、
「つまらぬ遊びを――」
 舌打ちするオルコットにTさんの光弾が飛んで行く。同時に徹心は桃木の剣を構えて走った。
 オルコットは左の≪聖槍≫と右の≪ジュワユーズ≫をそれぞれ一閃して自身を捕らえた手の群れを地盤ごと抉り裂く。
 結界が破砕される音が響いて、しかしその間に近付いた徹心が木刀を振るわれ、それよりも早くオルコットの≪ジュワユーズ≫が二閃目の斬撃を放っていた。
 放たれた斬撃は木剣を握る徹心の右腕を切断した。
 続いて≪聖槍≫が徹心の胸を貫こうとして、次の瞬間には今度はオルコットの左腕が徹心の斬撃に切断されていた。
「――何ッ!?」
 武器を腕ごと失った徹心による斬撃に、オルコットは瞠目する。
 視線は徹心の左手に色彩の加護と≪聖痕≫の防衛能力に対抗するために力を出し尽くして破砕した桃木の武器を手渡した存在へと合わせられる。
「まだ伏せていたのか……!」
「策は十重二十重に、軍師らしいだろ?」
 言葉と共に徹心は桃の種を握りしめた拳を繰り出す。
 ≪魔除けの桃≫の力が付与された拳が飛ぶ周囲にはTさんの光弾が重連して迫っている。
「≪聖痕≫と≪ジュワユーズ≫を上回る力でその加護を吹き飛ばす。要は力比べ。それで終わりだ、オルコット!」
「――ッ!」
 オルコットは徹心の攻撃と光弾から逃れるために再び跳んだ。
 上空で≪ジュワユーズ≫を大上段に振り上げる。
「――断ち切る!」


            ●


 片腕を失い、目標を見失った光弾の自壊によって起きた衝撃で地面に倒れた徹心は、手放しそうになる意識の中で「いいや」と呟く。
「君の負けだよ、オルコット……≪聖槍≫を手放した者は滅びるものなんだ……」
 そう言って彼は先程までTさんが居た位置に目をやる。そこには今、ユーグがいる。
 重傷の身をなんとか立たせた彼は、空を見上げて言葉を漏らす。
「これがこの場に集った意志です、オルコット様」


            ●


 ≪ジュワユーズ≫を振り上げ、千勢やTさんごと徹心を断ち切るに足る巨大な刃を生成したオルコットの眼前、そこに僅かな空間の歪みが出現した。
 ――ッ!
 咄嗟にオルコットは刃を眼前の空間を断つのに十分な程度の長さに再構成する。
 同時に空間の歪みから鉄の箱が出現する。≪フィラデルフィア計画≫だ。
 ……まだ策を弄するか――
 思った刹那、≪ジュワユーズ≫が振り下ろされる。
 色彩の刃は鉄の箱をあっさりと切断し、その内部を色彩の爆発によって破壊する。
「無謀な……――?」
 斬殺か爆殺されたであろう中の人物を見定めようとして、オルコットは息を呑んだ。
 ≪フィラデルフィア計画≫、その鉄箱の中は、
「誰も居ないだと?」
 下方からの攻撃の為の陽動か、ただの時間稼ぎか、≪フィラデルフィア計画≫の空間の歪みにオルコットを取り込めると思っていたのか。いくつかの考えが次々と浮かび、最も危険度の高い可能性から対処しようと≪ジュワユーズ≫に色彩の刃を生む。
 しかし、敵の行動はオルコットの予想を越えていた。
 その声は背後から聞こえてきた。
「もしもし、わたしリカちゃん」
「――――ッ!」
 唐突に現れた多数の気配と、聞こえた幼い少女の声に向けてオルコットは≪ジュワユーズ≫を振るう。
 多重の色彩を纏う刃は何者をも切り裂く事なく、加護を纏う木剣に受け止められた。
「今、≪フィラデルフィア計画≫の箱をこわしちゃった人の後ろにいるの」
 幼い声がそう言葉を結ぶ。
 オルコットの背後に現れたのは二度目の転移を行った人形を頭に乗せて携帯を握った少女、少女の肩を掴んでいる≪フィラデルフィア計画≫の契約者、そして人形と携帯の少女に抱きつかれ、彼女等を守るようにバフォメットの翼を広げた、
「Tさん――」
 彼は先のオルコットの一撃を受け止めた木剣を手放した。
 両手をオルコットへと向けて組み、構える。
 同時に木剣に付与されていた≪魔除けの桃≫の退魔の結界が、オルコットを呪うように締めつけた。
 ――これは……!
「≪聖痕≫の特性を知り、ユーグが意識を取り戻してから舞達の意見を聴取して数十秒で組み上げた作戦にしては上出来だろう?」
 Tさんの手には強い光が集っている。それは彼を浮遊させているユーグのバフォメットの加護すらをも取り込んでいき、
「これが皆の力だ。一人じゃ勝てねえよ、おっちゃん」
 Tさんにしがみついている少女、舞がどこか悲しげな声で告げる。
「――――っく!」
 心が抗いの吼声を叫び、桃木の結界を振り払おうとオルコットは隻腕を振る。
 しかし、
「破ぁぁああああああ――――ッ!!」
 自由を取り戻すか取り戻さないかのタイミングで放たれた極太の光条がオルコットを直撃した。
 大地を照らす陽光よりも遥かに眩い閃光がオルコットの視界一面を覆い尽くす。光速で訪れる莫大なエネルギーの奔流は色彩の刃や鎧ごと≪ジュワユーズ≫を砕き、オルコットの意識を漂白していく。
 地面を莫大な力が打撃した。


            ●


 どうやら地面に光ごと叩きつけられたらしい。
 オルコットはそう理解し、自分が敗れたのだと納得した。
 ≪聖痕≫がその機能を果たさなくなっているのか、オルコットの命を伸ばそうとするので精いっぱいなのか、身体が動かない。
 左腕は徹心によって切断されており、無理を押して≪聖痕≫で動かしてきた身体は既にオルコットの意思を受信しようとはしなかった。
 ……左腕が残っていればまた結果も違ったものを……。
 そう思うのは敗北を認めた証だ。
 理想に届かなかった。
 その思いと共に空を見上げていると、近付いてくる影があった。
 千勢だ。
 髪が短くなった彼女は、不安定に揺れる体でオルコットの傍まで来ると、座り込んでこれまで身体を支えてきた≪デリーの鉄柱≫をオルコットの横へと突き刺した。
「エレナ形見だ……一緒に居させてやろうと思ってな」
「そうか……」
 掠れる声で呟き、オルコットは言葉を繋げる。
「あの娘は……死んだか」
「ああ、あの馬鹿娘、私に勝って逝ったよ」
 千勢の言い様を受けて、オルコットは苦笑した。
「情ないな。娘が務めを果たしたというのに私はこのざまか」
「せいぜい叱られてくるといい」
 そうとだけ言って、千勢は倒れ込んだ。意識を失ったらしい。
 傷もひどい状態だ。よくここまで保ったものだとオルコットが思っていると、もう一人、死に際して会っておかなければならない男が現れた。
 失った片腕の跡を強引に縛り上げた徹心だ。
 顔色は悪く、しかし意思だけは強そうな、それでいてこれから死にゆくオルコットを悼むような表情でやって来た徹心にオルコットはまずこう言う。
「見事だ。お前達を叩き潰してモニカを手に入れるには十分な戦力を用意したと思っていたのだがな。その人脈、一体どこで築き上げたのやら」
「≪夢の国≫や将門公の事を言っているのなら、僕の人脈じゃないよ。これはTさんの知人・友人だ。伏見君――彼の恋人の言葉を借りれば、寺生まれはすごいという事だろうね」
 徹心の言葉にオルコットはほう、と感嘆する。そうか、と頷き、
「時は移ろうものということか……警戒すべき相手を見誤ったのかもしれん」
 徹心もまた頷いた。
「うん、僕らの時代は終わったんだよ……あの、理想を無理だと断じて袂を別った時にね」
「そうか……そうだな」
 ふ、と笑いの形で息が零れる。辛うじて復帰した意識が再び、そして今度は永遠に沈みこもうとしているのを自覚して、オルコットは言葉を紡ぐ。
「――くやしいものだ」
「ああ、そうだね」
「だが、悪く無い……」
 時は移ろい、人も流れ、やがて理想が成る時が来るのかもしれない。
 それを思い、オルコットは徹心へと言葉を遺す。最期の言葉を。
「徹心、ユーグとモニカを、あの者達が歩もうとする道を、お前があの後も歩き続けようとした道を、その道行きを、どうか見守っていて欲しい。……焦りに囚われる事がないように」
「いいのかい? 君の理想の果たし方とは違う、永い道だよ? それも、その果てに本当に辿りつく事が出来るのか分からない道だ。犠牲だって――」
 徹心は言葉を止めた。もう返事は返らないと気付いたからだ。
 彼はかつての、そしておそらくは今でも友である男の死に顔に黙祷する。
 やがて小さく約束を口にした。
「分かった。あの子たちが僕や君のように全てを失ってしまう事がないように、僕は僕の手の届く範囲で、時には少し背伸びをしても、確実に守っていくよ」
 荒れ果てた≪桃源郷≫に光が差し込むように少女達の声が聞こえる。
 新たな可能性を秘めた、次代の声だ。
 徹心は眩しそうに目を細め、彼女等に手を振った。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー