人面犬と不良JK 05
既に時刻は深夜の0時を回っていた。
初夏のけだるい蒸し暑さが、夜風に吹かれて揺らめいている。
墨を流したような空は、相変わらず町の明かりに負けて星の影も見えない。
初夏のけだるい蒸し暑さが、夜風に吹かれて揺らめいている。
墨を流したような空は、相変わらず町の明かりに負けて星の影も見えない。
――ここは、その町の中心部から少し離れたところにある駅のホーム。
私は口にチュッパチャプスを銜え、
プレーヤーから流れる音楽をヘッドホンで聴きながら、『その時』を待つ。
私は口にチュッパチャプスを銜え、
プレーヤーから流れる音楽をヘッドホンで聴きながら、『その時』を待つ。
「もうそろそろなんでしょ?」
すぐ足元にいる私のパートナー……
中年オヤジの顔が張り付いた、雑種の犬にそう問いかけた。
中年オヤジの顔が張り付いた、雑種の犬にそう問いかけた。
「ああ、そうだ。『終電の後の幽霊列車』。それがこのホームの都市伝説さ」
犬が――『人面犬』がそう応える。
こいつの応対は、いつも簡潔で単純で示唆的だ。
最初に肝心なことを教えてくれなかったがために、
後で大ピンチに陥ったりすることが何度あったか知れない。
情報面で有利な立場にあるこのスケベ犬に
実質頭が上がらない自分に軽い苛立ちを覚えつつ、
私はゆっくりと話を聞きだすことにする。
こいつの応対は、いつも簡潔で単純で示唆的だ。
最初に肝心なことを教えてくれなかったがために、
後で大ピンチに陥ったりすることが何度あったか知れない。
情報面で有利な立場にあるこのスケベ犬に
実質頭が上がらない自分に軽い苛立ちを覚えつつ、
私はゆっくりと話を聞きだすことにする。
「それで?その『幽霊列車』って、
どんな都市伝説なの?」
どんな都市伝説なの?」
人面犬がくつくつと嗤う。
その表情には、明らかに私を小馬鹿にしたような色が伺えたので、また私はイラッと来る。
その表情には、明らかに私を小馬鹿にしたような色が伺えたので、また私はイラッと来る。
「しょうがねえ、教えてやるか」
*
仕事帰りのサラリーマンが、
残業ですっかり遅れてしまい、終電を逃してしまった。
残業ですっかり遅れてしまい、終電を逃してしまった。
タクシー代いくらかかるかな……
ホームで途方に暮れる彼が耳にしたのは、
確かに列車の車輪が枕木を鳴らす音だったという。
ホームで途方に暮れる彼が耳にしたのは、
確かに列車の車輪が枕木を鳴らす音だったという。
顔を上げると、
ぷしゅうとため息を吐きながら、
少々錆び付いた車体の電車がホームに入ってくるところだった。
ぷしゅうとため息を吐きながら、
少々錆び付いた車体の電車がホームに入ってくるところだった。
なんだ、まだ電車が残っていたじゃないか!
嬉々としてその電車に乗り込んだサラリーマン。
誰も乗っていないその車両のシートに腰掛け、
静かにドアは閉まり、
誰も乗っていないその車両のシートに腰掛け、
静かにドアは閉まり、
――そして、彼の姿を見たものはいない。
*
「――それで?
私はちゃんと帰ってこれるんでしょーね?」
私はちゃんと帰ってこれるんでしょーね?」
一通り人面犬の話を聞き終えた私が、訝しんで訪ねる。
するとまた人面犬は、
するとまた人面犬は、
「ああ、もちろんだ。お前がこれまで通りうまくやればな」
そう言ってまた、私の足元でくつくつ嗤うのだった。
これまで通り、か。
要するに、
これまで通り思いっきり暴れてやれば勝ち、ってことね。
これまで通り、か。
要するに、
これまで通り思いっきり暴れてやれば勝ち、ってことね。
来るべき戦いにぞくぞくしながら、
左手に持った竹刀袋を握り締めた。
左手に持った竹刀袋を握り締めた。
と――
がたんことん。がたんことん。
これだ。
真夜中のホームに訪れる死神。
『終電の後の幽霊列車』が、
まるでヘッドライトを眼みたいに光らせて走ってくるのが見える。
真夜中のホームに訪れる死神。
『終電の後の幽霊列車』が、
まるでヘッドライトを眼みたいに光らせて走ってくるのが見える。
「おい、そろそろいくぜ。
楽しい"列車の旅"と洒落込もうや」
楽しい"列車の旅"と洒落込もうや」
人面犬が私を見上げる。
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
「白か」
「見んな!」
「ごふぅっ!」
私はローファーでスケベ犬のわき腹を蹴り上げてやる。
そして列車がホームに入ってきて、
そして列車がホームに入ってきて、
ぷしゅう。
誘うようにドアが開いた。
袋から取り出した竹刀を右手に持ち直し、
私達は、蛍光灯が不気味に光る車両へと、足を踏み入れる。
袋から取り出した竹刀を右手に持ち直し、
私達は、蛍光灯が不気味に光る車両へと、足を踏み入れる。
ホームの屋根の上の影が、静かにそれを見下ろしていた。
車両の中に、目立って変わったところはなかった。
強いて挙げるとすれば、
現行の列車に比べて内装が少し古ぼけていること、
光源である蛍光灯が数本死にかけて、
不気味に明滅を繰り返しているくらいだった。
強いて挙げるとすれば、
現行の列車に比べて内装が少し古ぼけていること、
光源である蛍光灯が数本死にかけて、
不気味に明滅を繰り返しているくらいだった。
「案外、大したことなさそうじゃん」
物足りなさに私がそうごちると、人面犬が言う。
「莫迦。気を抜いてると、お前も俺もこの人喰い列車の餌食だぜ。
それに――
気付かなかったか?……珍客だぜ」
それに――
気付かなかったか?……珍客だぜ」
人面犬が、ニヤニヤ嗤いながら言う。
え?客?なに?ナニ?
え?客?なに?ナニ?
そして私は度肝を抜かれた。
バギッ!バリバリバリッ!ミシッ!
突然、列車の天井が悲鳴を上げる。
まるで、巨大な何かが落下したような音だ――
そして私のその読みは、概ね正解だった。
まるで、巨大な何かが落下したような音だ――
そして私のその読みは、概ね正解だった。
めしゃっめしゃっ!
轟音と共に、天井を突き破って落ちてきた真っ黒なそれが、
ずんっ、という鈍い音を立てて車両の床に着地する。
その間、私はあまりのことに、竹刀を構えるのさえ忘れていた。
轟音と共に、天井を突き破って落ちてきた真っ黒なそれが、
ずんっ、という鈍い音を立てて車両の床に着地する。
その間、私はあまりのことに、竹刀を構えるのさえ忘れていた。
目の前に、真っ黒な犬がいた。
普通の犬じゃない。
何せその体躯は子牛と見紛う程巨大で、
その両眼は燃えるように赤かったからだ。
そして私は、ほとんど規格外のサイズのその犬に気を取られて、
私とほぼ同い年くらいの男子が
その背中に跨っているのに気付かなかった。
普通の犬じゃない。
何せその体躯は子牛と見紛う程巨大で、
その両眼は燃えるように赤かったからだ。
そして私は、ほとんど規格外のサイズのその犬に気を取られて、
私とほぼ同い年くらいの男子が
その背中に跨っているのに気付かなかった。
「おいおいザクロ……もう少し気をつけてくれ……
危うく、この女の子を踏み潰すところだっただろ!」
危うく、この女の子を踏み潰すところだっただろ!」
その男子が、黒い犬を嗜める。
すると、黒い犬――ザクロ、と呼ばれていた――が、
すると、黒い犬――ザクロ、と呼ばれていた――が、
「ああ!大変申し訳ありませんわ!」
恐縮しきった声で応えた。
*
突然の出来事に思考力をごっそり奪い取られた私に、
彼らは自分達が――私達がどんな存在であるのかを教えてくれた。
そして彼らの語る言葉で、私は初めて真実を知る。
私以外にも、"都市伝説"と契約を果たした人間が存在すること。
そして彼らもまた、自分達の目的のために戦いを続けていることを。
彼らは自分達が――私達がどんな存在であるのかを教えてくれた。
そして彼らの語る言葉で、私は初めて真実を知る。
私以外にも、"都市伝説"と契約を果たした人間が存在すること。
そして彼らもまた、自分達の目的のために戦いを続けていることを。
「まあ……『目的』だなんて大それたもんでもないけどな」
男子が、鼻の頭を掻きながら言う。
その間、ザクロちゃんは、彼の忠心な従者らしく、
毅然とした態度で"お座り"をしていた。
彼女は、主人の話し合いに無粋な横槍や注釈など入れたりしない。
身の程をわきまえているのだ――
うちの駄目犬に、爪の垢を煎じて呑ませてやりたい。
その間、ザクロちゃんは、彼の忠心な従者らしく、
毅然とした態度で"お座り"をしていた。
彼女は、主人の話し合いに無粋な横槍や注釈など入れたりしない。
身の程をわきまえているのだ――
うちの駄目犬に、爪の垢を煎じて呑ませてやりたい。
彼は、もうひとつの"都市伝説"を紹介してくれた。
彼がポケットから出した2枚の鏡。
その鏡面を合わせると、無限に続く鏡の回廊の向こうから、
形容し難い容姿を持った、異形の化物が飛び出してきた。
彼がポケットから出した2枚の鏡。
その鏡面を合わせると、無限に続く鏡の回廊の向こうから、
形容し難い容姿を持った、異形の化物が飛び出してきた。
「やあ、こんにちは、お姉さん!」
凛とした、少年とも少女ともつかない声が、私に挨拶する。
この都市伝説の正体は、私でも知っている――
中学時代、クラスで噂が流行った、
この都市伝説の正体は、私でも知っている――
中学時代、クラスで噂が流行った、
「おいおいなんだぁ?
この餓鬼は『鏡合わせの悪魔』じゃねえか」
この餓鬼は『鏡合わせの悪魔』じゃねえか」
人面犬が、主人の話し合いに無粋な横槍を入れた。もうこいつ本当黙っててほしい。
ぷしゅう。
がたん、ごとん。
がたん、ごとん。
そうこうしているうちに、
列車が地獄の1丁目を踏み出そうとしていた。
間も無く、"日常"と"非日常"の境界が崩れ去る。
列車が地獄の1丁目を踏み出そうとしていた。
間も無く、"日常"と"非日常"の境界が崩れ去る。
「いけない、電車が発車しちゃった!」
アクマがあたふたした様子で言った。
「これはあまりのんびりもしていられませんわね……
列車に魂を喰われる前に、早々に決着を付けたほうがよろしいかと」
列車に魂を喰われる前に、早々に決着を付けたほうがよろしいかと」
ザクロが、アクマとは対照的に、
落ち着き払った声で主人に進言する。
そしてその主人も静かに頷いた。
落ち着き払った声で主人に進言する。
そしてその主人も静かに頷いた。
「ああ、そうだな……
なああんた、ここは人間同士、助け合いの契約といかないか?」
なああんた、ここは人間同士、助け合いの契約といかないか?」
人間同士の、助け合い?
「つまり……私があんたと共闘する、ってこと?」
男子がまた首肯する。
今まで事の成り行きをニヤニヤ嗤いながら眺めていた人面犬が言った。
「この人間の餓鬼が言うことは正解だぜ。
こっから先の車両には、この列車に精気を吸い尽くされた
犠牲者達が、生ける屍となってうようよしてやがる。
さしものお前でも、数で潰されるだろうな」
こっから先の車両には、この列車に精気を吸い尽くされた
犠牲者達が、生ける屍となってうようよしてやがる。
さしものお前でも、数で潰されるだろうな」
私は、本来なら馴れ合いは好かないほうだった。
だけど、初めて会った私以外の契約者に、
強い興味をそそられていたのも事実だった。
だけど、初めて会った私以外の契約者に、
強い興味をそそられていたのも事実だった。
この男子と都市伝説は、一体どれくらい強いのだろうか?
戦いの中に身を置くようになってからというもの、
自分の内で燻ぶり続けていた好奇心と闘争心が、首をもたげた。
自分の内で燻ぶり続けていた好奇心と闘争心が、首をもたげた。
「……いいよ。わかった!面白そう。
一緒に、戦おうか!」
一緒に、戦おうか!」
私がそう言うと、
「やったーっ!成立!成立!契約成立!助け合い!」
アクマが嬉しそうにくるくると回った。
そういうわけで、
私と彼は、この忌わしい幽霊列車の中でひとときの"契約"を結ぶこととなった。
私と彼は、この忌わしい幽霊列車の中でひとときの"契約"を結ぶこととなった。
彼とアクマと人面犬は、列車の上から。
私とザクロちゃんは、列車の中から。
それぞれこの列車を攻略していくことになる。
私とザクロちゃんは、列車の中から。
それぞれこの列車を攻略していくことになる。
「んで最終的に、
一番奥の車両にいる運転手をぶっ倒せば、見事勝利だ」
一番奥の車両にいる運転手をぶっ倒せば、見事勝利だ」
「あんた、ちゃんと彼のサポートしなさいよ?!」
私の注意などまったく聞かないで、人面犬がくつくつと嗤う。
「さて、作戦はこんなものでよろしいですわね?」
ザクロちゃんが場を纏める。
「うん!また運転室で会おうね!」
アクマのその一言で、
"上班"は先ほどザクロちゃんが空けた天井の穴から出発した。
"上班"は先ほどザクロちゃんが空けた天井の穴から出発した。
「私達も行きましょうか」
「うん、よろしく、ザクロちゃん」
私達"中班"も、隣の車両への引き戸を開く。
*
「うわ、マジでいっぱいいるな」
強風吹き荒ぶ列車の上に立った俺は、
目の前の光景を見て思わずそうこぼした。
目の前の光景を見て思わずそうこぼした。
ひと、ひと、ひと。
そこには、目の光と魂を失った肉人形が――
この幽霊列車の犠牲者たちの成れの果てが、
窓といわず屋根といわずいたるところに張り付き、無数に蠢いていた。
発車する前、駅のホームの屋根の上から見たこの列車は、
ここまでグロテスクな様相を呈していなかったはずだが……
この幽霊列車の犠牲者たちの成れの果てが、
窓といわず屋根といわずいたるところに張り付き、無数に蠢いていた。
発車する前、駅のホームの屋根の上から見たこの列車は、
ここまでグロテスクな様相を呈していなかったはずだが……
「走り出してからが『幽霊列車』の本領発揮、ってことだ」
足元で、あの不良っぽい女子高生の人面犬が言った。
こいつは俺たちの知っている人面犬に比べて、どうにも扱い辛そうだ。
などとごちゃごちゃやっている内にも、
肉人形達は新しい獲物の姿を捉え、ゆっくりとこちらに向かってくる。
無論、こんな奴らに大人しく殺される義理は無い。
こいつは俺たちの知っている人面犬に比べて、どうにも扱い辛そうだ。
などとごちゃごちゃやっている内にも、
肉人形達は新しい獲物の姿を捉え、ゆっくりとこちらに向かってくる。
無論、こんな奴らに大人しく殺される義理は無い。
「さっさと済ませるぞ、アクマ!」
「うん!」
そして俺は目を閉じて、合わせ鏡を作る。
『合わせ鏡の悪魔』、契約の履行だ。
後ろの方で、人面犬がまた楽しそうに嗤った。
『合わせ鏡の悪魔』、契約の履行だ。
後ろの方で、人面犬がまた楽しそうに嗤った。
*
ずんっ!
気迫と共に、ザクロちゃんが一歩、踏み出す。
そして次の瞬間には、一度に数体の肉人形が
その太い前足に踏み砕かれていた。
そして次の瞬間には、一度に数体の肉人形が
その太い前足に踏み砕かれていた。
そしてザクロちゃんに進路を切り拓いて貰った私は、
「せいっ!」
竹刀を水平に構え、駆け抜けざまに一気に討つ。
私の渾身の胴抜きを食らった連中が、
哀れ、何が起こったかもわからないまま崩れ落ちていった。
私の渾身の胴抜きを食らった連中が、
哀れ、何が起こったかもわからないまま崩れ落ちていった。
「かなりの手錬れでいらっしゃるようですわね」
ザクロちゃんが、その端正な顔にくすっと微笑を湛える。
彼女に背中を委ねつつ、竹刀を構えて私も微笑み返す。
彼女に背中を委ねつつ、竹刀を構えて私も微笑み返す。
「ザクロちゃんもすごいね!
こんなに強くて逞しい女の子、今どき私だけかと思ってた」
こんなに強くて逞しい女の子、今どき私だけかと思ってた」
「お褒めに預かり、光栄で御座いますわ」
車両内に築かれた屍の山を後にして、私達は次の車両へと駆けて行く。
*
――オマエタチモ、ワタシタチトイッショニナロウヨ――
不気味な怨嗟の言葉を吐きながら、
虚ろな動きで飛び掛ってくる肉人形達。
数は多いが、こいつら――
動きは全く精彩を欠いてやがる。
俺たちの敵じゃない。
虚ろな動きで飛び掛ってくる肉人形達。
数は多いが、こいつら――
動きは全く精彩を欠いてやがる。
俺たちの敵じゃない。
「そら、ごめんよ!」
アクマの、この世のものならざる腕力が、
ひとり、またひとりと肉人形達を打ち砕いていく。
落ち着いて戦えば、なんてことない奴らだ。
ひとり、またひとりと肉人形達を打ち砕いていく。
落ち着いて戦えば、なんてことない奴らだ。
……と、
「後ろからもくるぜぇ?」
人面犬の警告にいち早く反応し、
アクマが俺の背後から飛び掛ってきた奴の顎にカウンターを合わせる。
そいつは後続の肉人形達を数体巻き込んで吹っ飛び、諸共消滅した。
アクマが俺の背後から飛び掛ってきた奴の顎にカウンターを合わせる。
そいつは後続の肉人形達を数体巻き込んで吹っ飛び、諸共消滅した。
「ありがとな、人面犬」
「莫迦。お前が死んだら、俺を守る奴がいなくなるだろう」
そう憎まれ口を叩く人面犬を見て、アクマがくすくすと笑った。
*
そして私達は、最前列の車両に着いた。
最強退魔美少女剣士である私でも、
さすがにこの連戦は体力的にもハードだった。
多分、ザクロちゃんとて同じだろう。
最強退魔美少女剣士である私でも、
さすがにこの連戦は体力的にもハードだった。
多分、ザクロちゃんとて同じだろう。
「はぁ……大丈夫?ザクロちゃん」
私が肩で息をしながら気遣う。
しかしザクロちゃんは、
しかしザクロちゃんは、
「ええ、ゾンビの100体や200体、どうということもありませんわ」
あくまでも私を心配させまいと、気丈に振舞う。
ああ、この殊勝さに泣ける。
私達は『幽霊列車』最後の砦を崩すべく、慎重に歩を進めた。
ああ、この殊勝さに泣ける。
私達は『幽霊列車』最後の砦を崩すべく、慎重に歩を進めた。
そこは、やはり今までの車両と内装は変わらなかった。
だがしかし、それまでしつこく襲ってきた肉人形たちは配備されていない。
その静けさが、より一層不気味さを際立たせている。
そして車両の真ん中まで来たとき、
急に無機質なアナウンスが響き渡った。
だがしかし、それまでしつこく襲ってきた肉人形たちは配備されていない。
その静けさが、より一層不気味さを際立たせている。
そして車両の真ん中まで来たとき、
急に無機質なアナウンスが響き渡った。
*
『本日は私営"幽霊列車"をご利用頂き、
誠にありがとうございます。
この電車は地獄方面、奈落行きで御座います』
誠にありがとうございます。
この電車は地獄方面、奈落行きで御座います』
ザーザーとノイズ交じりの声だった。
その恐ろしい内容のアナウンスを聞いて、竹刀を握る手に力が入る。
――と、ザクロちゃんが鼻をひくつかせて、こう叫んだ。
その恐ろしい内容のアナウンスを聞いて、竹刀を握る手に力が入る。
――と、ザクロちゃんが鼻をひくつかせて、こう叫んだ。
「――いけないっ!」
突然、後方の車両へと続く扉……私達が今入ってきた扉が、がたんっ、という音を立てて開く。
すると、
すると、
ひと、ひと、ひと。
今まで倒したはずの後方車両の肉人形達が、一斉に大挙を成して襲ってきた。
「きゃああああああっ!?」
「まだ動けたんですのっ!?」
まさに黒山の人だかり。
恐ろしいほどの怨嗟と熱気の波が、私達のいる車両を包み込んだ。
また先ほどのアナウンスが響く。
恐ろしいほどの怨嗟と熱気の波が、私達のいる車両を包み込んだ。
また先ほどのアナウンスが響く。
『車内込み合いまして、大変ご迷惑をお掛けしております』
*
「大変!大変だよ契約者!下っ!下見て下っ!下ぁっ!」
「うるさい!少し黙ってろ!」
俺たちは特に苦もなく、肉人形達を屠り潰しながら、
最前列……"運転手"のいる車両へと辿り着いた。
安堵するのも束の間、
どうやら後方で倒したはずの連中がまた息を吹き返し、
"運転手"を守るために群れを成してこの車両に集まってきたらしい。
最前列……"運転手"のいる車両へと辿り着いた。
安堵するのも束の間、
どうやら後方で倒したはずの連中がまた息を吹き返し、
"運転手"を守るために群れを成してこの車両に集まってきたらしい。
「はやくはやく!お姉ちゃんとザクロを助けに行かないと――」
「わかってる!だけど――」
「ここで考えなしに飛び込んでも、
あいつらの餌食になるだけだぜ。
――明らかに敵の数が多い、分が悪すぎる」
あいつらの餌食になるだけだぜ。
――明らかに敵の数が多い、分が悪すぎる」
俺のまさに言いたかったことを、人面犬が代弁する。
だから今俺たちができることはこれしかない――
畜生め!
だから今俺たちができることはこれしかない――
畜生め!
*
「くっ……!」
振り下ろされた腕を、竹刀で受け流しながら、面を打つ。
肉人形はその場で倒れて動かなくなった。
ザクロちゃんも必死に奮闘してはいるが、
なにぶん、相手の頭数が多すぎる。
倒す傍から次々と敵は溢れ出し、最早収拾のつけようもなかった。
敵の勢いに押され、じりじりと後退するしかない私達。
確実に退路は塞がれてしまっている。
肉人形はその場で倒れて動かなくなった。
ザクロちゃんも必死に奮闘してはいるが、
なにぶん、相手の頭数が多すぎる。
倒す傍から次々と敵は溢れ出し、最早収拾のつけようもなかった。
敵の勢いに押され、じりじりと後退するしかない私達。
確実に退路は塞がれてしまっている。
「もう!こんなときに、あいつらは何やってるの!?」
私がそう叫ぶと、ザクロちゃんが静かに言った。
「ええ、大丈夫です。
――あのお方は、きっと私達の活路を拓いてくれる」
――あのお方は、きっと私達の活路を拓いてくれる」
その言葉を聞いて、私の胸に熱い物がこみ上げてくるのを感じた。
ああ、彼女らは、信頼と絆で結ばれているんだ、と。
*
そのときだった。
必死に竹刀を振るう私は、何か違和感を感じた。
言いようの無い、例えようの無い違和感……
まるで、右と左がサカサマになったような。
時間と空間が凍りついたかのような。
言いようの無い、例えようの無い違和感……
まるで、右と左がサカサマになったような。
時間と空間が凍りついたかのような。
ふとザクロちゃんの方を見やると、
驚いたことに、笑っている!
驚いたことに、笑っている!
「ザクロちゃん――この感覚はなに!?」
「これはつまり、こういうことですわ」
閃光が走った。
それは、鏡が光線を反射したような、轟音のような閃光だった。
するとたちまち、
凍りついた右と左のバランスが崩壊していくような感覚が空間を支配する。
私は思わず目が眩んだ。そして理解する。
それは、鏡が光線を反射したような、轟音のような閃光だった。
するとたちまち、
凍りついた右と左のバランスが崩壊していくような感覚が空間を支配する。
私は思わず目が眩んだ。そして理解する。
――これが、『合わせ鏡の悪魔』なのだと。
*
ほとんどぎりぎりだったと思う。
屋根の上でアクマが詠唱をしている間に俺が懸念していたのは、
彼女らがあの百余人を越える肉人形達の猛攻に耐えられるかということだった。
彼女らがあの百余人を越える肉人形達の猛攻に耐えられるかということだった。
そして俺たちは賭けに勝った。
彼女らが肉人形共を食い止めてくれたおかげで、
アクマは"都市伝説"としての本来の力を
充分に引き出すための時間を得ることができたのだ。
そして最後にして最強の切り札を切る。
アクマは"都市伝説"としての本来の力を
充分に引き出すための時間を得ることができたのだ。
そして最後にして最強の切り札を切る。
『鏡面世界へと全てを吸い込む』、かの悪魔の力を。
俺は力を満面に湛えた鏡を手に、列車の窓枠にぶら下がった。
そして車両内を埋め尽くす肉人形共の像を、そこに落とし込んでやる。
そして車両内を埋め尽くす肉人形共の像を、そこに落とし込んでやる。
ごおおおおおおおおっ、という静かな音と共に、
奴らは永遠に鏡の世界の囚われ人となった。
奴らは永遠に鏡の世界の囚われ人となった。
*
「ああ、契約者様、それにアクマさん……
ワタクシ、信じておりましたわ!」
ワタクシ、信じておりましたわ!」
ザクロが、その目に感涙を浮かべて言う。
おいおい、大袈裟な奴だな……
おいおい、大袈裟な奴だな……
「当たり前だ、大切な仲間がやられているのを、
黙って見過ごすわけがねぇだろ?
最小のアクションで最大の効果を得るために、多少時間は喰ったがな……」
黙って見過ごすわけがねぇだろ?
最小のアクションで最大の効果を得るために、多少時間は喰ったがな……」
つ、と女子高生も歩み寄る。
「その……ありがとう、アクマ!
最初は少し頼りなさそうに思ってたんだけど……
見直しちゃった!」
最初は少し頼りなさそうに思ってたんだけど……
見直しちゃった!」
アクマがへへへ、と照れくさそうに笑う。
*
さて、最後の仕上げだ。
アクマが運転席へと歩み寄り、
扉を力づくでこじ開ける。
アクマが運転席へと歩み寄り、
扉を力づくでこじ開ける。
「これで、あんたの『幽霊列車』もおしまいだな」
「ばいばい、運転手さん!」
アクマが、少しオーバーにさえ思える予備動作をとり、拳を握り締める。
そして、
そして、
ずどっ!
恐怖に震える"運転手"のどてっ腹目掛けて打ち込むと、
がしゃああああん!
"運転手"は列車のフロントガラスを思い切りぶち破って吹き飛び、
そのまま夏の夜空へと、その四肢をバラバラに砕き散らした。
そのまま夏の夜空へと、その四肢をバラバラに砕き散らした。
程なくして、主人を失くした幽霊列車は停止する。
私達が下車すると、すうっ、と嘘のように車両が掻き消えた。
線路の向こう側には、田園風景とビニールハウスが広がっている。
町からは大分離れてしまった。彼がぼやく。
私達が下車すると、すうっ、と嘘のように車両が掻き消えた。
線路の向こう側には、田園風景とビニールハウスが広がっている。
町からは大分離れてしまった。彼がぼやく。
「まったく、家帰るのにタクシー代がいくらかかるやら……
アクマ、とりあえず今月分のお前のアイス代は半減だ」
アクマ、とりあえず今月分のお前のアイス代は半減だ」
「えー!?そんなーっ!僕、いっちばん大活躍したのにー!」
そんなやりとりを眺めながら、静かに微笑むザクロちゃん。
――私はそんな彼らを眺めながら提案する
――私はそんな彼らを眺めながら提案する
「それじゃさ、――今から近場のコンビニ探そ?
アイス、私が奢るから」
アイス、私が奢るから」
「やったーっ!お姉ちゃんありがとう!」
「俺は雪見大福でよろしく頼むぜ?」
「アンタの分はない!この役立たずのスケベ犬!」
「んだとコラァ!」
「まあまあ……こいつの鼻のおかげで不覚をとらずに済んだ場面もあったぜ?」
そして私達と彼らは友達になった。
同じ境遇を持つもの同士が、共に戦う――
多分、今夜の私達の邂逅は、運命の悪戯以外の何物でもないと思う。
でも確かに、
同じ死線を潜り抜けることで生まれる友情というものは、確かにあるのだ。
今回の事件はまさにそれを思い知らされるものだった。
同じ境遇を持つもの同士が、共に戦う――
多分、今夜の私達の邂逅は、運命の悪戯以外の何物でもないと思う。
でも確かに、
同じ死線を潜り抜けることで生まれる友情というものは、確かにあるのだ。
今回の事件はまさにそれを思い知らされるものだった。
「また、どっかで会えるといいね」
「会えるさ
――この町で、俺たちが戦うことを止めない限り」
――この町で、俺たちが戦うことを止めない限り」
fin