朝焼けの空の下、橋の近くにある公園で一人の男が汗を流しながらランニングをしていた。
身体が疲れ果てても起き上がり、また最初から。体の節々に生じる痛みなど無視し、垂れ落ちる汗をTシャツの袖で拭い、ただ黙々と。
断続的な息遣い、絞り上げられた肉体、暗く淀んだ瞳。
まるで、研ぎ澄まされた日本刀のようだ。鋭く、触れるもの全てを断ち切る白刃は流麗というよりも無骨だ。
正直、今置かれている状況は出口がわかっている為、前のループよりは幾分か環境が良質だ。
少なくとも、毎回鬼のようなトレーニングの後、即座に来襲するギタイの群れと戦い、そして血反吐を吐いて死んでいく地獄よりはマシである。
いきなり偽りの世界に放り込まれたとはいえ、【キリヤ・ケイジ】は鍛錬を怠ることはしなかった。
出会い頭にサーヴァントに殺されかけ、訳もわからない内に令呪を一画消費してしまうことになったが、まだ生きている。
戦うことは、できる。未来は残っている。
身体が疲れ果てても起き上がり、また最初から。体の節々に生じる痛みなど無視し、垂れ落ちる汗をTシャツの袖で拭い、ただ黙々と。
断続的な息遣い、絞り上げられた肉体、暗く淀んだ瞳。
まるで、研ぎ澄まされた日本刀のようだ。鋭く、触れるもの全てを断ち切る白刃は流麗というよりも無骨だ。
正直、今置かれている状況は出口がわかっている為、前のループよりは幾分か環境が良質だ。
少なくとも、毎回鬼のようなトレーニングの後、即座に来襲するギタイの群れと戦い、そして血反吐を吐いて死んでいく地獄よりはマシである。
いきなり偽りの世界に放り込まれたとはいえ、【キリヤ・ケイジ】は鍛錬を怠ることはしなかった。
出会い頭にサーヴァントに殺されかけ、訳もわからない内に令呪を一画消費してしまうことになったが、まだ生きている。
戦うことは、できる。未来は残っている。
(サーヴァントに殺されないようにしながら、今は――生き残るしか、ない)
ケイジのサーヴァントはマスターに襲いかかる凶悪さを秘めている。
現状、令呪で抑えてはいるが、いつ暴発するかわかったものじゃない。
アレは正直言ってとびっきりの狂犬だ。鎖で繋ごうとも、身体を揺らし人間であるならば誰にでも噛み付くとびっきり。
当然、ケイジからすると厄介なことこの上ない。
このまま聖杯戦争に突入するのは危険だ。相手に刃が向くならまだしも、その刃が自分に向くのなら。
現状、令呪で抑えてはいるが、いつ暴発するかわかったものじゃない。
アレは正直言ってとびっきりの狂犬だ。鎖で繋ごうとも、身体を揺らし人間であるならば誰にでも噛み付くとびっきり。
当然、ケイジからすると厄介なことこの上ない。
このまま聖杯戦争に突入するのは危険だ。相手に刃が向くならまだしも、その刃が自分に向くのなら。
(危険、だよな。鞍替えも頭に入れておく必要があるか)
ケイジはT-1000を切り捨てる覚悟はある。
信頼など皆無だ、これまでも、そしてこれからも。
彼は断じて仲間じゃない。背中を預けて支えあう相棒足り得ない。
戦場を共に駆けた彼女と違い、T-1000は――ギタイと同じく化物だ。
共に行動するだけでも吐き気がするのに、何故協力ができようか。
この数日間、あれこれと話しかけたりしてみたが、結果は散々だった。
故に、気など許せるはずもなく、今この時だけは自宅待機を命じている。
普段一緒にいるだけでも悍ましいのに、リフレッシュ代わりのトレーニングまで一緒にいては敵わない。
せめて、朝の時間帯は生命の危険を感じずにいたい。
その結果、ケイジは一人トレーニングに励んでいるのだった。
信頼など皆無だ、これまでも、そしてこれからも。
彼は断じて仲間じゃない。背中を預けて支えあう相棒足り得ない。
戦場を共に駆けた彼女と違い、T-1000は――ギタイと同じく化物だ。
共に行動するだけでも吐き気がするのに、何故協力ができようか。
この数日間、あれこれと話しかけたりしてみたが、結果は散々だった。
故に、気など許せるはずもなく、今この時だけは自宅待機を命じている。
普段一緒にいるだけでも悍ましいのに、リフレッシュ代わりのトレーニングまで一緒にいては敵わない。
せめて、朝の時間帯は生命の危険を感じずにいたい。
その結果、ケイジは一人トレーニングに励んでいるのだった。
「…………ダルい」
そんなケイジの視界の端にダルそうに歩く少女が映った。
制服を着崩し、カバンをぶら下げながら薄く開いた目を擦っている。
一見すると、髪もしっかりと整えている今風の女子高校生のようだ。
欠伸を噛み殺し、ふらふらとしていることから寝不足だと見て取れる。
友達とのお喋りが長引いて夜更かしでもしたのだろう。
もっとも、長らく戦場にいたケイジには見慣れない平穏の象徴である。
此処には平和がある。総てを焼き尽くす業火の炎も、無差別に襲い回るギタイもいない。
それは、偽りであっても素敵なことだとケイジは思っている。
制服を着崩し、カバンをぶら下げながら薄く開いた目を擦っている。
一見すると、髪もしっかりと整えている今風の女子高校生のようだ。
欠伸を噛み殺し、ふらふらとしていることから寝不足だと見て取れる。
友達とのお喋りが長引いて夜更かしでもしたのだろう。
もっとも、長らく戦場にいたケイジには見慣れない平穏の象徴である。
此処には平和がある。総てを焼き尽くす業火の炎も、無差別に襲い回るギタイもいない。
それは、偽りであっても素敵なことだとケイジは思っている。
「こんな時に学校なんて行かなくてもいいのに。タイガーの馬鹿」
――彼はまだ、弱者を切り捨てる覚悟を定めていない。
■
夢を見ていた。
眩しくて、綺麗で、輝かしくて。
ニュージェネレーションズがトップアイドルになった幻想的な物語。
全部、夢のままであったらよかったのに。
眩しくて、綺麗で、輝かしくて。
ニュージェネレーションズがトップアイドルになった幻想的な物語。
全部、夢のままであったらよかったのに。
「くだらな……」
太陽が天高く登り、朝が来る。
平常なら纏わり付く睡魔を跳ね除けて、布団から這い上がるのだが、【本田未央】はもぞもぞとするだけで一向に起き上がらない。
有り体に言ってしまえば、未央は部屋に引き篭もっていた。
布団に丸まって、瞼を閉じ、外界を全てシャットアウト。
彼女の脳内は聖杯戦争という恐怖に満ちている。外出などもっての外だ。
平常なら纏わり付く睡魔を跳ね除けて、布団から這い上がるのだが、【本田未央】はもぞもぞとするだけで一向に起き上がらない。
有り体に言ってしまえば、未央は部屋に引き篭もっていた。
布団に丸まって、瞼を閉じ、外界を全てシャットアウト。
彼女の脳内は聖杯戦争という恐怖に満ちている。外出などもっての外だ。
「寝直そ、どうせ学校になんて行かないし」
燦燦と輝く太陽を尻目に、未央は宙を見上げ、何となく手を伸ばした。
そして、何も掴めやしない手をぎゅっと握りしめる。
勝手に逃げた自分には、誰も付いてきてくれない。
リーダーの責務も、ガラスの靴も、全て投げ捨ててしまった。
残ったのは惨めったらしいプライドとまたアイドルをやりたいという今更過ぎる願いだけ。
顔に浮かぶ嘲りは自分を刺し貫いているかのようで、苛立たしい。
前に進むことも後ろに戻ることもできない現状は、未央にとってもどかしいものでしかなかった。
いっそのこと、どちらかに振りきれてしまえば楽なのに。
天秤は依然として変わらず。叶えたいと縋った聖杯はあるのに、動けず。
そして、何も掴めやしない手をぎゅっと握りしめる。
勝手に逃げた自分には、誰も付いてきてくれない。
リーダーの責務も、ガラスの靴も、全て投げ捨ててしまった。
残ったのは惨めったらしいプライドとまたアイドルをやりたいという今更過ぎる願いだけ。
顔に浮かぶ嘲りは自分を刺し貫いているかのようで、苛立たしい。
前に進むことも後ろに戻ることもできない現状は、未央にとってもどかしいものでしかなかった。
いっそのこと、どちらかに振りきれてしまえば楽なのに。
天秤は依然として変わらず。叶えたいと縋った聖杯はあるのに、動けず。
――どうでもいいっての。
偽りとはいえ、日常を模っているからなのか、接している人間も人間らしい。
全部が人形だというのに。それらが知人や家族を模しているだけで忽ちに情が湧いてしまう。
結局、未央はちっぽけで膝を抱えて俯いている少女でしかないのだ。
そんな自分にさえ気にかけてくれるクラスメイトがいるのに、一歩も動けない。
全部が人形だというのに。それらが知人や家族を模しているだけで忽ちに情が湧いてしまう。
結局、未央はちっぽけで膝を抱えて俯いている少女でしかないのだ。
そんな自分にさえ気にかけてくれるクラスメイトがいるのに、一歩も動けない。
「はぁ、明日はどうしよう」
ふと携帯を見ると今日も電話がかかってきている。
どうせ、学校をサボっていることを問い質す電話だろう。
数秒かけ直すべきか考えたが、面倒臭いから放置することに決めた。
携帯を投げ捨てて、未央は見なかったことにした。
いつもなら適当に電話越しであしらってしまうのだが、今日はそういう気分ではない。
ぐちゃぐちゃにかき混ざって何を話していいかわからないし、下手をするとボロが出てしまう。
どうせ、学校をサボっていることを問い質す電話だろう。
数秒かけ直すべきか考えたが、面倒臭いから放置することに決めた。
携帯を投げ捨てて、未央は見なかったことにした。
いつもなら適当に電話越しであしらってしまうのだが、今日はそういう気分ではない。
ぐちゃぐちゃにかき混ざって何を話していいかわからないし、下手をするとボロが出てしまう。
「行きたくないなぁ、学校」
センチメンタルな心で、クラスメイトである彼女の煩い小言を聞くのは少し身体が堪える。
おせっかい、ご苦労様なことである。
委員長だからなのか、それともプログラムされているからなのか。
どうでもいい、下らないと言いながらも、既に考えが聖杯戦争に囚われていることに気づかないまま、未央は二度目の睡眠に入っていく。
おせっかい、ご苦労様なことである。
委員長だからなのか、それともプログラムされているからなのか。
どうでもいい、下らないと言いながらも、既に考えが聖杯戦争に囚われていることに気づかないまま、未央は二度目の睡眠に入っていく。
■
授業が始まる前の休み時間。【前川みく】は返ってこない電話に、ため息をつく。
本田未央のサボタージュは今日も変わらない。
クラスメイトとして設定された知り合いの怠惰な生活態度に物申さんと、毎日電話をしているのだが、効果は今日もなかったようだ。
本田未央のサボタージュは今日も変わらない。
クラスメイトとして設定された知り合いの怠惰な生活態度に物申さんと、毎日電話をしているのだが、効果は今日もなかったようだ。
「前川さんがげっそりとしているってことは、また本田さんのことかい? 気分が優れないなら保健室でも行ってきたら?」
「あぁ、竜ヶ峰クン。みくは平気平気、ただ未央チャンがね……」
「あぁ、竜ヶ峰クン。みくは平気平気、ただ未央チャンがね……」
困ったような笑顔を見せてくる彼は【竜ヶ峰帝人】。みくと同じくクラス委員をやっている男子生徒だ。
短めの黒髪に幼気が残る顔。人懐っこい笑顔は、可もなく不可もなく普通である。
女装でもさせたら意外といけるのではないかと想起させる華奢な体格は、もっとちゃんとご飯を食べろと口出ししたくなる。
短めの黒髪に幼気が残る顔。人懐っこい笑顔は、可もなく不可もなく普通である。
女装でもさせたら意外といけるのではないかと想起させる華奢な体格は、もっとちゃんとご飯を食べろと口出ししたくなる。
「学校には来ないと駄目って言ってるのに、効果がないの」
「優しいね、前川さんは。本田さんのこと、本当に気にかけているんだね」
「優しいね、前川さんは。本田さんのこと、本当に気にかけているんだね」
やれやれとジェスチャーし、げんなりとした表情を見せるみくに、帝人は苦笑する他なかった。
未央に対してうざったいくらいに気にかける彼女のことはクラス委員という薄い仲である帝人でさえもわかるのだ。
お節介が過ぎる。言ってしまえばそれだけだが、気にかけられるというのは悪いことではないだろう。
未央に対してうざったいくらいに気にかける彼女のことはクラス委員という薄い仲である帝人でさえもわかるのだ。
お節介が過ぎる。言ってしまえばそれだけだが、気にかけられるというのは悪いことではないだろう。
「自宅には行ってみたの?」
「インターホン鳴らしても返事なし。連打したのに」
「それって逆効果なんじゃ……」
「これぐらいしないと出てこないよ。未央チャン、ヘタレだし」
「インターホン鳴らしても返事なし。連打したのに」
「それって逆効果なんじゃ……」
「これぐらいしないと出てこないよ。未央チャン、ヘタレだし」
みくは鼻息を荒くし、帝人に対してぐちぐちと未央の悪い点を挙げ連ねる。
とはいっても、その悪い点もある種の親しみを込めたものだとわかるから、帝人も嫌な気分にはならなかった。
とはいっても、その悪い点もある種の親しみを込めたものだとわかるから、帝人も嫌な気分にはならなかった。
「……それに、自己満足って言われちゃうかもだけど、みくは未央チャンと学校に行きたいし」
はにかみながらそう言葉を続けるみくの姿は、何故だか知らないかとても輝いて見えた。
「はは……次こそは前川さんの気持ちが伝わるといいね」
「うん、みくは食らいついたら離さないことを教えてやるんだにゃ!」
「…………にゃ?」
「あ、今のなしなし、なしだから」
「うん、みくは食らいついたら離さないことを教えてやるんだにゃ!」
「…………にゃ?」
「あ、今のなしなし、なしだから」
何とも言えない気まずさを感じ取ったのか、帝人はそそくさと自分の席へと戻っていく。
もうすぐチャイムも鳴り、授業が始まる。日常を演じる作業を、みくは今日も繰り返す。
それは今の自分が置かれている現状から逃げ出したいからなのか、それとも、演じていないと狂ってしまいそうになるのか。
みく自身も追い詰められているからか、何が正しいのかわからなかった。
もうすぐチャイムも鳴り、授業が始まる。日常を演じる作業を、みくは今日も繰り返す。
それは今の自分が置かれている現状から逃げ出したいからなのか、それとも、演じていないと狂ってしまいそうになるのか。
みく自身も追い詰められているからか、何が正しいのかわからなかった。
(人のことを気にする余裕なんてないんだけどなぁ。少しでも知っている人に会いたいだなんて、みくも参っちゃってるのかも)
聖杯戦争。限られた期間の中、互いの願いを懸けて生命を取り合う戦争に、みくは決意を定められずにいた。
自分以外の全員を殺せば、願いは叶う。されど、その代償にみくは一生人を殺したという十字架を背負わなくてはならない。
人を殺すということは、みくの中では最大級の禁忌であり、割り切れないものだ。
それは現代に生きる少女からすると当たり前のことであり、覆せない現実だった。
自分以外の全員を殺せば、願いは叶う。されど、その代償にみくは一生人を殺したという十字架を背負わなくてはならない。
人を殺すということは、みくの中では最大級の禁忌であり、割り切れないものだ。
それは現代に生きる少女からすると当たり前のことであり、覆せない現実だった。
(どうするべきかなんて、決まってるのに。それに、あの【ルーザー】のヘラヘラした顔を思い出すとどうも調子が狂うにゃあ。
何が負け犬と負け猫だにゃ。まだ、みくは負けてないもんっ!)
何が負け犬と負け猫だにゃ。まだ、みくは負けてないもんっ!)
成した結果には常に過程が付き纏う。
アイドルになるという結果には、他の参加者達の死の過程がくっついている。
聖杯に注がれたたっぷりの血を飲み込む覚悟を、みくは持てない。
考えても、考えても、みくの胸に詰まった蟠りは、未だ消えなかった。
ぐわんぐわんと頭を揺らし、何となく教室の外に視界を移すと、生徒会長の少年がちらりとこちらを覗いていた。
大方、風紀の見回りであろう。朝の短い休み時間の合間を縫ってご苦労様なことである。
利発そうな顔立ちに成績優秀、運動神経もいいといった欠点が見当たらない完璧超人だ。
みくもあれだけ頭が良かったら迷わずに済んだのかなぁ、と。
口に出しても何も解決しないのに、取り留めのない戯言を口にした。
アイドルになるという結果には、他の参加者達の死の過程がくっついている。
聖杯に注がれたたっぷりの血を飲み込む覚悟を、みくは持てない。
考えても、考えても、みくの胸に詰まった蟠りは、未だ消えなかった。
ぐわんぐわんと頭を揺らし、何となく教室の外に視界を移すと、生徒会長の少年がちらりとこちらを覗いていた。
大方、風紀の見回りであろう。朝の短い休み時間の合間を縫ってご苦労様なことである。
利発そうな顔立ちに成績優秀、運動神経もいいといった欠点が見当たらない完璧超人だ。
みくもあれだけ頭が良かったら迷わずに済んだのかなぁ、と。
口に出しても何も解決しないのに、取り留めのない戯言を口にした。
■
(数日間過ごしてわかったけど、死後の世界にあった学校とは違うな)
記憶を取り戻した後、【音無結弦】は現状の把握と自分が通う学園を熟知することに努めていた。
まだカウントダウンは成されていない。幾分かの猶予がある内に、少しでも有利な環境を創出したい。
そう考えた音無が最初に始めたことは環境の熟知だった。
これより先、この街は聖杯戦争という殺し合いの舞台となる。
当然、音無が通っている学園も例外ではない。
ならば、出来る限りの情報を集めておくことで後々有利な戦場を構築するのは良策なはずだ。
放課後は街に出かけ、最低限何の施設があるか確認程度はしておくつもりである。
まだカウントダウンは成されていない。幾分かの猶予がある内に、少しでも有利な環境を創出したい。
そう考えた音無が最初に始めたことは環境の熟知だった。
これより先、この街は聖杯戦争という殺し合いの舞台となる。
当然、音無が通っている学園も例外ではない。
ならば、出来る限りの情報を集めておくことで後々有利な戦場を構築するのは良策なはずだ。
放課後は街に出かけ、最低限何の施設があるか確認程度はしておくつもりである。
(いや、個性的な面々がいるってのは同じか。アイドル候補生なんてものはまだ可愛いものだ。
中等部には【子供先生】や【ゴーグルを付けた女子中学生】がいるらしいし、マスター候補はこの中にでも多くいるのかもな。
もっとも、そんなあからさまな奴がマスターとは早計に過ぎるけど)
中等部には【子供先生】や【ゴーグルを付けた女子中学生】がいるらしいし、マスター候補はこの中にでも多くいるのかもな。
もっとも、そんなあからさまな奴がマスターとは早計に過ぎるけど)
生徒会長という役柄を与えられているからか、学校内の事情は色々と入ってくる。
私的な悩みから公的な悩みまで、様々だ。
これには音無が真面目ではあるが、気さくに付き合えるといった評判がある。
そもそも、生徒会が抱えるキャパシティを超えている気がするが、過剰に気にする程ではない。
いざとなれば、他の役員に放り投げてしまえばいいと考えている為、音無も気が楽だ。
私的な悩みから公的な悩みまで、様々だ。
これには音無が真面目ではあるが、気さくに付き合えるといった評判がある。
そもそも、生徒会が抱えるキャパシティを超えている気がするが、過剰に気にする程ではない。
いざとなれば、他の役員に放り投げてしまえばいいと考えている為、音無も気が楽だ。
(生徒会長だからこそ、情報を集めるには適した立場だし、周りの人間から信頼もされる。やることも多々あるが、リターンもちゃんとある。
この役柄にあてがわれたのは運が良かった、か。まあ、こういう立場の方が様々な方面に付き合いも出来て、あやめを『紹介』することができる)
この役柄にあてがわれたのは運が良かった、か。まあ、こういう立場の方が様々な方面に付き合いも出来て、あやめを『紹介』することができる)
そして、並行してあやめともコミュニケーションを図り、能力について聞き出している。
あやめの特性上、人との繋がりを失くしては音無は生き残ることは出来ない。
誰かと繋がり、彼女を周りへと伝え続けるには人を侍らせておかなければならない。
故に、音無は生徒会長を真面目に演じる必要があった。
あやめの特性上、人との繋がりを失くしては音無は生き残ることは出来ない。
誰かと繋がり、彼女を周りへと伝え続けるには人を侍らせておかなければならない。
故に、音無は生徒会長を真面目に演じる必要があった。
(あやめの建前は幾らでも作れる。妹だったり、従姉妹だったり。やりようによっては、善良な参加者を装える。
他の参加者にお人好しな奴が混じっていたら上手く利用できるかもしれない)
他の参加者にお人好しな奴が混じっていたら上手く利用できるかもしれない)
彼女の性格上、人前に出すということは避けたいが、生憎と自分の生命もかかっているのだ。
出会った当初よりは打ち解けてはいると思うが、信頼を全幅するにはまだ至っていない。
その辺りはこれから先も絆を深めることで解決するつもりだが、どうも彼女を見ていると毒気が抜けてしまう。
出会った当初よりは打ち解けてはいると思うが、信頼を全幅するにはまだ至っていない。
その辺りはこれから先も絆を深めることで解決するつもりだが、どうも彼女を見ていると毒気が抜けてしまう。
(重ねているのかもな。初音を)
正直、病気がちだった妹とあやめは似ている。気弱で儚げな、華奢な少女。
それはかつて自分が人生の全てとさえ称せた妹を生き写しにしたかのようだ。
感傷だとわかっていながらも、音無は、あやめに対して初音を重ね見ている。
あの時無くしたものを、今度こそ護れるかもしれない。
出会った当初はともかく、今の音無はあやめのことを奏の元に辿り着く為の踏み台とはとても思えなかった。
それはかつて自分が人生の全てとさえ称せた妹を生き写しにしたかのようだ。
感傷だとわかっていながらも、音無は、あやめに対して初音を重ね見ている。
あの時無くしたものを、今度こそ護れるかもしれない。
出会った当初はともかく、今の音無はあやめのことを奏の元に辿り着く為の踏み台とはとても思えなかった。
(――これで、ますます負けられなくなっちまった。どうやら俺は思っていたよりも欲張りらしい)
ならば、勝ち取るしかない。あやめも含め、二人で幸せを掴むのにはやはり、聖杯が必要だ。
お互い死者となって、未来がない存在だから。戻る場所がない亡霊だから。
奇跡に請いへつらってでも、絶対に死者の運命を変えてやる。
犠牲が必要なら、覚悟がなければ進めないなら、音無結弦は迷い無く一歩を踏み出すだろう。
お互い死者となって、未来がない存在だから。戻る場所がない亡霊だから。
奇跡に請いへつらってでも、絶対に死者の運命を変えてやる。
犠牲が必要なら、覚悟がなければ進めないなら、音無結弦は迷い無く一歩を踏み出すだろう。
(……勝つぞ、この戦争)
■
夢に、堕ちていく。
【霧嶋董香】はゆったりとしたモラトリアムに顔を顰めていた。
偽りとはいえ、高校生活を真面目に過ごしているのは習慣からなのか。
もうすぐ聖杯戦争が始まるというのに、董香の動きは緩慢だった。
机に突っ伏し、窓から見る空は呆れるぐらい快晴だ。
思わず、だらしない格好を晒してしまう程に董香は腑抜けていた。
【霧嶋董香】はゆったりとしたモラトリアムに顔を顰めていた。
偽りとはいえ、高校生活を真面目に過ごしているのは習慣からなのか。
もうすぐ聖杯戦争が始まるというのに、董香の動きは緩慢だった。
机に突っ伏し、窓から見る空は呆れるぐらい快晴だ。
思わず、だらしない格好を晒してしまう程に董香は腑抜けていた。
「やり直したいと願うのは、間違いなのかな」
囁くような小さな声。震える手を無理矢理に抑えつけながら問いかけた言葉は弱々しく、うちひしがれている。
――畜生、私はまだ悩んでるのかよ。
この世界は残酷だ。力がなければ生き残れない。
弱者は搾取され、家畜以下の存在として侮蔑される。
何故、とは思ったことはなかった。
それは少女が生きた人生のなかで変わらぬ論理として定着していた絶対であり、不変である。
否定はしない。少女もそれが正しいと考えているし、この身で体現してきたから。
弱者は搾取され、家畜以下の存在として侮蔑される。
何故、とは思ったことはなかった。
それは少女が生きた人生のなかで変わらぬ論理として定着していた絶対であり、不変である。
否定はしない。少女もそれが正しいと考えているし、この身で体現してきたから。
(けれど、またチャンスが巡ってくるなら。もう一度やり直せるなら。
私は変えたい。クソッタレな世界を変えて、また――皆と、あんていくで過ごしたいんだ)
私は変えたい。クソッタレな世界を変えて、また――皆と、あんていくで過ごしたいんだ)
最良の選択をしてきたつもりだった。後ろを振り返ることなく駆け抜けたはずだった。
(私は聖杯が欲しい。奇跡でもなんでもいい。縋れるなら、恥も外聞もなく縋ってやる)
けれど、後悔がないとは言い切れなかった。
今更、人を殺すことに迷っているのか。それとも、聖杯なんてある訳ないと疑っているのか。
もしもの話だ。
笛口雛実のような子供が参加者の中に紛れ込んでいたとしたら、どうする?
日常を取り戻したいと願っている董香と同じ存在がいたら、どうする?
自分は何の躊躇もなく殺せるのだろうか。
今更、人を殺すことに迷っているのか。それとも、聖杯なんてある訳ないと疑っているのか。
もしもの話だ。
笛口雛実のような子供が参加者の中に紛れ込んでいたとしたら、どうする?
日常を取り戻したいと願っている董香と同じ存在がいたら、どうする?
自分は何の躊躇もなく殺せるのだろうか。
「…………ッ」
殺せるとは到底言えなかった。
カネキやアヤトからすると、自分はとんでもなく甘い喰種であって。
願いの為に一直線に走れる程、強くない。
どれだけ取り繕っても、董香は弱くて浅ましいガキなのだ。
仲間達との別れを許容できない、未熟者。
それが、霧嶋董香だった。
カネキやアヤトからすると、自分はとんでもなく甘い喰種であって。
願いの為に一直線に走れる程、強くない。
どれだけ取り繕っても、董香は弱くて浅ましいガキなのだ。
仲間達との別れを許容できない、未熟者。
それが、霧嶋董香だった。
■
【神楽坂明日菜】は今の環境を良しとは思えず、どこかむず痒いと感じている。
【ネギ・スプリングフィールド】は今の環境を夢だと断じながらも、宙ぶらりんであると感じている。
【長谷川千雨】は今の環境をクソッタレと断じ、絶対にやり直そうと決めている。
必然、彼らの間には微妙な齟齬が生じることになる。
【ネギ・スプリングフィールド】は今の環境を夢だと断じながらも、宙ぶらりんであると感じている。
【長谷川千雨】は今の環境をクソッタレと断じ、絶対にやり直そうと決めている。
必然、彼らの間には微妙な齟齬が生じることになる。
「アスナさん……」
「あぁ、もうっ。そんなにひっつかなくても私は逃げないわよ」
「あぁ、もうっ。そんなにひっつかなくても私は逃げないわよ」
少年と少女達は子供だった。
どちらもまだ幼く、頑なに尖っていた意志の中身はヒビ割れていた。
行動次第でどうにでも転がる脆い子供達。
くだらねぇ、と吐き捨てる千雨の呟きは彼らには届かない。
どちらもまだ幼く、頑なに尖っていた意志の中身はヒビ割れていた。
行動次第でどうにでも転がる脆い子供達。
くだらねぇ、と吐き捨てる千雨の呟きは彼らには届かない。
「ごめんなさい。…………ごめんなさい」
「そんな顔しないでよ、もう……。別に嫌な気分じゃないからいいって」
「そんな顔しないでよ、もう……。別に嫌な気分じゃないからいいって」
けれど、少年少女達は互いがマスターであることに気づいていない。
お互いのことを知っているが故に。
消しきれない甘さがまだ残っているが故に。
知り合いが争わなくてはならない相手ではない、と蓋をしている。
生き残れるのはただ一人。
少年少女達の誰一人も欠けずに元の日常へと帰れる選択肢は存在しないのだから。
今の関係も甘い泡沫の夢であり、聖杯戦争が始まったらこんな関係ではいられない。
蓋をした真実に気づかず死ぬのか、それとも気づいた末に戦うことになるのか。
少年少女達はそんな絶望なんて吹き飛ばすと言うだろう。諦めずに貫けば、きっと帰れると信じるだろう。
それでも、と少年少女達が進む道に先はないにも関わらず。
お互いのことを知っているが故に。
消しきれない甘さがまだ残っているが故に。
知り合いが争わなくてはならない相手ではない、と蓋をしている。
生き残れるのはただ一人。
少年少女達の誰一人も欠けずに元の日常へと帰れる選択肢は存在しないのだから。
今の関係も甘い泡沫の夢であり、聖杯戦争が始まったらこんな関係ではいられない。
蓋をした真実に気づかず死ぬのか、それとも気づいた末に戦うことになるのか。
少年少女達はそんな絶望なんて吹き飛ばすと言うだろう。諦めずに貫けば、きっと帰れると信じるだろう。
それでも、と少年少女達が進む道に先はないにも関わらず。
「――――千雨さん?」
「何でも、ねぇよ」
「何でも、ねぇよ」
どうしようもない現実を既に味わい、黒の意志を秘めているのは千雨だけだった。
墜ちかけた覚悟は、再び浮上する。
墜ちかけた覚悟は、再び浮上する。
■
「ホンマ、ありがとうな。スタンさん」
「いいっていいって。困った時はお互い様、だろ。だから、気にすんなって」
「いいっていいって。困った時はお互い様、だろ。だから、気にすんなって」
陽射しが照った並木道を二人の少年少女が談笑しながら歩いていた。
【スタン】と呼ばれた少年はニット帽を深めに被り、ラフな服装で身を固めている。
その姿は今風の少しおちゃらけた若者といったものだが、醸し出している雰囲気はいたって温厚な草食少年である。
そして、もう片方の車椅子の少女は照れくさそうに笑うスタンをニコニコとした顔で見つめていた。
もこもこニットのキャミソールにリボンの付いたスカートは可愛らしさをこれでもかとアピールしており、幼いながらも見惚れてしまう。
【スタン】と呼ばれた少年はニット帽を深めに被り、ラフな服装で身を固めている。
その姿は今風の少しおちゃらけた若者といったものだが、醸し出している雰囲気はいたって温厚な草食少年である。
そして、もう片方の車椅子の少女は照れくさそうに笑うスタンをニコニコとした顔で見つめていた。
もこもこニットのキャミソールにリボンの付いたスカートは可愛らしさをこれでもかとアピールしており、幼いながらも見惚れてしまう。
「そないなこと言わんといてや。私、すっごく助かったんやで?
あのまま誰も通りかからず放置されていたら泣いていたかもしれへん」
「そうか? とうか、俺じゃなくても誰かが助けてくれたさ。大袈裟だよ、はやては」
あのまま誰も通りかからず放置されていたら泣いていたかもしれへん」
「そうか? とうか、俺じゃなくても誰かが助けてくれたさ。大袈裟だよ、はやては」
事の始まりは数分前。
【八神はやて】は行きつけの八百屋で買い物を行った帰り道、車椅子の車輪を溝にはめてしまい身動きが取れずにいた。
嵌まった車輪は動かず、はやての力では全く動かないものだった。
このまま、誰も通り過ぎなかったらどうしよう。そもそも、通り過ぎたとして助けてくれるのか。
過った不安が胸の内を染めていく時、たまたま通りかかったスタンが慌てて駆け寄ってきたのだ。
【八神はやて】は行きつけの八百屋で買い物を行った帰り道、車椅子の車輪を溝にはめてしまい身動きが取れずにいた。
嵌まった車輪は動かず、はやての力では全く動かないものだった。
このまま、誰も通り過ぎなかったらどうしよう。そもそも、通り過ぎたとして助けてくれるのか。
過った不安が胸の内を染めていく時、たまたま通りかかったスタンが慌てて駆け寄ってきたのだ。
「大袈裟やないわ。助けてくれて、ありがとな」
そのついでに家まで車椅子を押しているのが顛末だ。
この程度の良いことはしたってバチは当たらない。
ほんの気紛れで助けた程度のことに、そこまで感謝をされるのはどうも恥ずかしい。
スタンは頬を掻きながら、照れくさそうにそっぽを向く。
この程度の良いことはしたってバチは当たらない。
ほんの気紛れで助けた程度のことに、そこまで感謝をされるのはどうも恥ずかしい。
スタンは頬を掻きながら、照れくさそうにそっぽを向く。
「とりあえず、家まで送ってくよ。まぁ、それぐらいはするさ」
「そんな、悪いわ……スタン君にだって用事があるやろ。起こしてもらっただけでも十分やって」
「いいから! 用事って言っても急いでる訳じゃないんだし、この程度のお節介はかけさせてくれよ」
「そんな、悪いわ……スタン君にだって用事があるやろ。起こしてもらっただけでも十分やって」
「いいから! 用事って言っても急いでる訳じゃないんだし、この程度のお節介はかけさせてくれよ」
この聖杯戦争に呼ばれて以来、両者共にサーヴァント以外とこんな穏やかに会話をしたのは初めてだ。
そんな理由からか、はやてに対して、必要以上に近づいてしまった。
無論、彼の根幹にある心優しさも拍車をかけているのだが、結果としてはオーライである。
こんな少女がマスターとして呼ばれているはずがないという油断もあり、スタンは何の躊躇いもなくはやてと接していた。
そんな理由からか、はやてに対して、必要以上に近づいてしまった。
無論、彼の根幹にある心優しさも拍車をかけているのだが、結果としてはオーライである。
こんな少女がマスターとして呼ばれているはずがないという油断もあり、スタンは何の躊躇いもなくはやてと接していた。
「……はぁ、お人好しが過ぎるわぁ。そんなんじゃ貧乏くじばっか引いてまうよ?」
「可愛いお姫様のお手間を少しでも減らせるならこのスタン、何よりも嬉しく思うのです」
「似合わへんわー。言い慣れてないことを無理に言う必要はないんやで?」
「可愛いお姫様のお手間を少しでも減らせるならこのスタン、何よりも嬉しく思うのです」
「似合わへんわー。言い慣れてないことを無理に言う必要はないんやで?」
じっとりと目を細めるはやては、表面上は笑顔である。
足が動かないといったハンデをものともせぬ明るさを、見せてくれる。
とてもじゃないが、この喜怒哀楽が激しい少女が偽りとは思えない。
けれど、参加者以外は予め造られた存在であり、本物ではないことがスタンの心に影を落とす。
足が動かないといったハンデをものともせぬ明るさを、見せてくれる。
とてもじゃないが、この喜怒哀楽が激しい少女が偽りとは思えない。
けれど、参加者以外は予め造られた存在であり、本物ではないことがスタンの心に影を落とす。
「というか、スタン君、学校は?」
「……黙秘権を行使するということで.そういうはやてだって学校はどうしたんだよ?」
「私は休学中。足がこれやしな。わざわざ学校に行くよりも自宅学習の方が効率いいし」
「……黙秘権を行使するということで.そういうはやてだって学校はどうしたんだよ?」
「私は休学中。足がこれやしな。わざわざ学校に行くよりも自宅学習の方が効率いいし」
車椅子を使っているということは当然、彼女の脚は動かない。
そんな状態で学校に行っても、他者に迷惑をかけるだけだと知っているのだろう。
些か、不躾な発言だっただろうか。
はやては気にした風を見せていないが、やはり思う所はあるはずだ。
ここは年上として、毅然とした態度で彼女に接するべきである。
そんな状態で学校に行っても、他者に迷惑をかけるだけだと知っているのだろう。
些か、不躾な発言だっただろうか。
はやては気にした風を見せていないが、やはり思う所はあるはずだ。
ここは年上として、毅然とした態度で彼女に接するべきである。
「………そっか」
とはいっても、年上だからといってスタンは未だ少年の域であり、女の子に対してパーフェクトな気遣いなどできるはずもなく。
ただ静かに頷くことしかできなかった。
何か元気づける言葉を言えたらいいのに。
例え八神はやての存在が偽りであっても、今こうして二人で歩く時間は本物だ。
そんなことを言った所で、彼女に伝わるはずはない。
笑顔の形をしているはずの顔は、道化師よりも不細工だ。
誰かの心を不安にさせる事しか出来ない、不完全で歪な笑顔だった。
ただ静かに頷くことしかできなかった。
何か元気づける言葉を言えたらいいのに。
例え八神はやての存在が偽りであっても、今こうして二人で歩く時間は本物だ。
そんなことを言った所で、彼女に伝わるはずはない。
笑顔の形をしているはずの顔は、道化師よりも不細工だ。
誰かの心を不安にさせる事しか出来ない、不完全で歪な笑顔だった。
「そないな顔せーへんの! 私が気にしてへんのにスタン君が暗い顔になるんはおかしいやん?」
「お、おう」
「全く、年上なのにスタン君はダメダメやな~」
「お、おう」
「全く、年上なのにスタン君はダメダメやな~」
けらけらと笑うはやてに、スタンも曖昧に笑いかける。
やはり、気にするものは気にしてしまう。
七日間だけの生命であるのに、彼女は懸命に生きている。
自分とは違って、彼女は真っ直ぐに力強く生きている。それが、とても眩しくてたまらなかった。
やはり、気にするものは気にしてしまう。
七日間だけの生命であるのに、彼女は懸命に生きている。
自分とは違って、彼女は真っ直ぐに力強く生きている。それが、とても眩しくてたまらなかった。
「そや! 今度、お礼も兼ねて家で手料理振るまったる! グッドアイディアや、私!」
「別にそこまでしなくてもいいって。お礼をされる為に助けたんじゃないぞ、俺は」
「別にそこまでしなくてもいいって。お礼をされる為に助けたんじゃないぞ、俺は」
言葉にしたことは本心ではあるが、別の思惑もある。
聖杯戦争がこれから始まるのに、あちこちにふらついていたら関係のない人まで巻き込んでしまう。
それは、はやてにしても同じであり、この少女を護りながら自分が戦えるとも思えない。
だから、彼女を戦火から遠ざけるのが正しい選択肢だ。
彼女と戦場で会うことはないと確信しているからこそ、スタンは目を背け続ける。
聖杯戦争がこれから始まるのに、あちこちにふらついていたら関係のない人まで巻き込んでしまう。
それは、はやてにしても同じであり、この少女を護りながら自分が戦えるとも思えない。
だから、彼女を戦火から遠ざけるのが正しい選択肢だ。
彼女と戦場で会うことはないと確信しているからこそ、スタンは目を背け続ける。
■
雲一つない青空だというのに、空模様とは裏腹に【仲村ゆり】の顔は曇っていた。
それはもう、暑い夏に買ったアイスを転んで落としてしまったぐらいには曇っている。
それはもう、暑い夏に買ったアイスを転んで落としてしまったぐらいには曇っている。
「だ~~~~~っ! 広すぎるのよ、この街! もっと狭くしなさいよね!!」
奇しくも音無と思考が一致したのか、ゆりも聖杯戦争の舞台となるこの冬木市を隈なく調べるべく、街へと出ていた。
ただし、学校はサボっている。学校など別に行かないしどうでもいい。
言ってしまえばそれだけだが、そもそも授業を真面目に聞くことを良しとしないゆりが学校に行っても得るものは何もない。
立ち寄らない場所よりも立ち寄りそうな場所を重点的にマークするべきだ。
そう決断してしまえば、後の行動は早かった。
ただし、学校はサボっている。学校など別に行かないしどうでもいい。
言ってしまえばそれだけだが、そもそも授業を真面目に聞くことを良しとしないゆりが学校に行っても得るものは何もない。
立ち寄らない場所よりも立ち寄りそうな場所を重点的にマークするべきだ。
そう決断してしまえば、後の行動は早かった。
「これじゃあ、街を全部隈なく把握っていうのはきっついわね……」
学校をサボって、街の各場所を探索している中、腹に据えていたのが爆発したのか、ゆりは足踏みをして苛立ちを抑えている。
歯軋りし、顔を顰めっ面にしている美少女といえば絵面はいいが、如何せんこのような街中では大層目立つ。
そして、周りが見えてなかったのか、歩いてくる人にもぶつかってしまった。
歯軋りし、顔を顰めっ面にしている美少女といえば絵面はいいが、如何せんこのような街中では大層目立つ。
そして、周りが見えてなかったのか、歩いてくる人にもぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさいっ」
どうやら尻餅をついてこそいるものの、怪我はなかったようだ。
ふと視線を向けると、金髪の少年が茫洋とした顔で此方を見つめている。
その瞳の中には光がなく、まるで死後の世界にいたNPCのように。
ふと視線を向けると、金髪の少年が茫洋とした顔で此方を見つめている。
その瞳の中には光がなく、まるで死後の世界にいたNPCのように。
「……ああ、気にしなくていい」
「よかったぁ。今後は気をつけるわっ。ホント、ごめんなさいね」
「よかったぁ。今後は気をつけるわっ。ホント、ごめんなさいね」
交わす言葉など一言で十分だった。
ゆりと金髪の少年――【ボッシュ=1/64】はまだ交わる時ではない。
このような偶然から始まる出会いは、彼らには似合わなかった。
ゆりはボッシュを一瞥するだけに留まり、ボッシュに至っては振り返ることすらしない。
興味が無いことに時間を割く程、彼らに余裕はなかった。
風が吹く。温かくも何処か寂しげな思いを乗せた風が彼らの間を分かつように。
ゆりと金髪の少年――【ボッシュ=1/64】はまだ交わる時ではない。
このような偶然から始まる出会いは、彼らには似合わなかった。
ゆりはボッシュを一瞥するだけに留まり、ボッシュに至っては振り返ることすらしない。
興味が無いことに時間を割く程、彼らに余裕はなかった。
風が吹く。温かくも何処か寂しげな思いを乗せた風が彼らの間を分かつように。
「――絶対に、空へと辿り着く」
ボッシュの呟きは誰にも届かない。
ゆりにも、自分自身にも、この世界にいる道化師にも。
彼がその言葉を投げつけるのは唯一人、彼と最後まで横に並び立てていた相棒だけだ。
綺麗な空の下、血霞が舞い散る戦場で再び相見えることを夢見て、ボッシュは空虚な自分自身に意志を灯す。
こんな紛い物の空ではない本物の青を、この手に。
ゆりにも、自分自身にも、この世界にいる道化師にも。
彼がその言葉を投げつけるのは唯一人、彼と最後まで横に並び立てていた相棒だけだ。
綺麗な空の下、血霞が舞い散る戦場で再び相見えることを夢見て、ボッシュは空虚な自分自身に意志を灯す。
こんな紛い物の空ではない本物の青を、この手に。
■
「ミサカーっ! 一緒に帰ろうー!」
「ほうほう、一緒に帰宅とは女子中学生らしいです、とミサカは気さくに挨拶を交わします」
「ほうほう、一緒に帰宅とは女子中学生らしいです、とミサカは気さくに挨拶を交わします」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、各人が思い思いの行動を始める時間帯。
騒がしく、姦しい会話が各地で繰り広げられている中、夕日が照った廊下で二人の少女が仲睦まじく歩いている。
【南条光】と【ミサカ10032号】はクラスメイトだ。
たまたま席が隣同士の彼女達はなぜかウマがあった。
最初は忘れたシャープペンの貸し借りだったり、一緒に昼食を共にするといったことを経て、今ではそれなりに良好な関係になっていた。
南条は天真爛漫、ミサカは冷静沈着な性格であることから彼女達の印象は正反対に見える。
けれど、不思議と会話が弾むのだ。
大抵は南条が話して、ミサカが聞き役に徹しているスタイルではあるが妙にマッチしている。
騒がしく、姦しい会話が各地で繰り広げられている中、夕日が照った廊下で二人の少女が仲睦まじく歩いている。
【南条光】と【ミサカ10032号】はクラスメイトだ。
たまたま席が隣同士の彼女達はなぜかウマがあった。
最初は忘れたシャープペンの貸し借りだったり、一緒に昼食を共にするといったことを経て、今ではそれなりに良好な関係になっていた。
南条は天真爛漫、ミサカは冷静沈着な性格であることから彼女達の印象は正反対に見える。
けれど、不思議と会話が弾むのだ。
大抵は南条が話して、ミサカが聞き役に徹しているスタイルではあるが妙にマッチしている。
「なぁ、ミサカー。聞きたいんだけどさー」
「はいなんでしょう、答えられることなら大抵は答えますよ、とミサカは自分の寛大さをアピールします」
「はいなんでしょう、答えられることなら大抵は答えますよ、とミサカは自分の寛大さをアピールします」
もっぱら、話す内容は南条が好きな特撮やアイドル活動など、マシンガンのように撃ち放たれる南条の言葉にミサカが相槌を打ちながら聞くだけだ。
だが、ミサカの顔に苦痛はない。自分の知らなかったことを南条はたくさん知っている。
代替品であり消耗品。ちょっとお高い実験動物程度の扱いであったミサカにとって南条の話は興味深いものばかりだ。
恵まれているとはいえない日常を歩んできたミサカには、この世界は初体験ばかりであった。
何せ、友達と一緒に帰り道を歩くことすら、彼女は経験したことがなかったのだから。
楽しいのだ。隣を歩く親友が嘘であっても、ミサカは今を楽しんでいる。
元の日常では味わえなかった――人間としてありきたりな毎日。
ああ、そうか、と。これが喜びなのだ、と。
ミサカは頬を少しだけ柔らかく歪めて、南条に笑いかけた。
それは決して代替品でも消耗品でもない純粋な人が浮かべる表情であった。
だが、ミサカの顔に苦痛はない。自分の知らなかったことを南条はたくさん知っている。
代替品であり消耗品。ちょっとお高い実験動物程度の扱いであったミサカにとって南条の話は興味深いものばかりだ。
恵まれているとはいえない日常を歩んできたミサカには、この世界は初体験ばかりであった。
何せ、友達と一緒に帰り道を歩くことすら、彼女は経験したことがなかったのだから。
楽しいのだ。隣を歩く親友が嘘であっても、ミサカは今を楽しんでいる。
元の日常では味わえなかった――人間としてありきたりな毎日。
ああ、そうか、と。これが喜びなのだ、と。
ミサカは頬を少しだけ柔らかく歪めて、南条に笑いかけた。
それは決して代替品でも消耗品でもない純粋な人が浮かべる表情であった。
「ミサカの頭に着けてるそれってゴーグルだよな? かっこいいな、それっ」
「そうでしょうか、ミサカに似合ってますか、とミサカは照れ照れしながら恥ずかしげに答えます」
「そうでしょうか、ミサカに似合ってますか、とミサカは照れ照れしながら恥ずかしげに答えます」
そろりと触ったゴーグルは冷たく、ミサカの頬の熱と比べひどく現実味がなかった。
これは武器。聖杯戦争を勝ち抜く為に使う人殺しの武器。
南条には絶対に言えない日常の裏側で活躍するものだ。
これは武器。聖杯戦争を勝ち抜く為に使う人殺しの武器。
南条には絶対に言えない日常の裏側で活躍するものだ。
「うん、似合ってるぞ! アタシの目に狂いはない!」
キラキラとした目でミサカを見る彼女は純粋だ。
暗く淀んだ世界を一変させるのではないかと錯覚するぐらい、輝いている。
きっと、彼女みたいな人間たくさんいれば、この閉じられた都市で行われる聖杯戦争も打開できるのかもしれない。
呆れる程に、真っ直ぐな彼女の目は綺麗で、ミサカは希望を垣間見た気がした。
暗く淀んだ世界を一変させるのではないかと錯覚するぐらい、輝いている。
きっと、彼女みたいな人間たくさんいれば、この閉じられた都市で行われる聖杯戦争も打開できるのかもしれない。
呆れる程に、真っ直ぐな彼女の目は綺麗で、ミサカは希望を垣間見た気がした。
■
(まさかこんな所でも働くたァ驚きだぜ。工場勤務、性にはあってるけどよ)
夕暮れの町工場。
錆のついた壁に絶え間なく動く機械が所狭しと置かれている中は正直いって快適ではない。
けれど、【ラカム】にとってはそれはもう慣れた環境だ。
くるくるとペンチを回しながら独り言ちる程度には余裕がある。
もっとも、嫌そうの表情をしながらも、その言葉の節々には喜びが混じっていた。
元々、飛行機をいじっていた身として、工場で働くことに苦痛はない。
ああ、でも戦いながら働くのは辛いよなァと、これからの道筋の見えなさには少し辟易する。
錆のついた壁に絶え間なく動く機械が所狭しと置かれている中は正直いって快適ではない。
けれど、【ラカム】にとってはそれはもう慣れた環境だ。
くるくるとペンチを回しながら独り言ちる程度には余裕がある。
もっとも、嫌そうの表情をしながらも、その言葉の節々には喜びが混じっていた。
元々、飛行機をいじっていた身として、工場で働くことに苦痛はない。
ああ、でも戦いながら働くのは辛いよなァと、これからの道筋の見えなさには少し辟易する。
「とまあ、こんな感じっすわ。下っ端の仕事を見ていて得るもんなんて無いと思いますがねぇ、社長?」
「何、下請けの工場を視察するのも有意義な時間さ。
サボタージュを行っている者がいないか、抜き打ちチェックの意味も込めているがな」
「何、下請けの工場を視察するのも有意義な時間さ。
サボタージュを行っている者がいないか、抜き打ちチェックの意味も込めているがな」
そんな姿をスーツ姿の女性――【神条紫杏】はにこやかな笑顔で見つめていた。
嫋やかさを感じる大人の笑みだ。ラカムの仲間でも、ここまで表情が作れるのはいないだろう。
年下だというのに、多種多様に表情を作れる我らが社長はどうやら演技派なようだ。
できることならば、こんな閉ざされた街ではなく、外の広い空の上で出会いたかったものだが。
嫋やかさを感じる大人の笑みだ。ラカムの仲間でも、ここまで表情が作れるのはいないだろう。
年下だというのに、多種多様に表情を作れる我らが社長はどうやら演技派なようだ。
できることならば、こんな閉ざされた街ではなく、外の広い空の上で出会いたかったものだが。
「その心配はなさそうだ。特に、君には期待しているんだ。この工場の中でも君は優秀だからね」
「買いかぶり過ぎっすよ。俺は大したモンじゃねぇっての」
「買いかぶり過ぎっすよ。俺は大したモンじゃねぇっての」
もっとも、偽りとはいえ人間であることには変わりない。
近づけるなら、近づこう。その華奢な手を優しく握りしめる程度はしても、男の甲斐性として許されるだろう。
偽りの存在と一夜の関係みたいなロマンスも中々に悪くはない。
近づけるなら、近づこう。その華奢な手を優しく握りしめる程度はしても、男の甲斐性として許されるだろう。
偽りの存在と一夜の関係みたいなロマンスも中々に悪くはない。
「しかし、貴方のような若い女性が社長とはまだまだ世界は捨てたもんじゃないですね」
「ははっ、それこそ買い被り過ぎだ。私は大した人間じゃない。むしろ、つまらないとさえ思う」
「ははっ、それこそ買い被り過ぎだ。私は大した人間じゃない。むしろ、つまらないとさえ思う」
このやり取りも言ってしまえば、茶番だ。
聖杯戦争が始まれば、彼女とも会うことはないだろうし、そんな余裕も壊れてしまう虚しさが漂っている。
後戻りはいらない。選択肢など最初から一つしか無い。
聖杯戦争が始まれば、彼女とも会うことはないだろうし、そんな余裕も壊れてしまう虚しさが漂っている。
後戻りはいらない。選択肢など最初から一つしか無い。
「俺はそうとは思えないんですがね。貴方の目には意志がある。空を高速で飛ぶ飛行船のように、ね」
「ははは、好きに解釈してくれていい。好意的な目で見られるのは、嬉しい事だからな」
「ははは、好きに解釈してくれていい。好意的な目で見られるのは、嬉しい事だからな」
ラカムはまだ神条紫杏の本質を知らない。
血で濡れた覇道を突き進む彼女は、迷いをとっくに切り捨てている。
自分でさえも使い捨ての道具であり、理想を叶える為なら何だってする。
過程よりも結果だ、終わりよければ全てが良しとなる。
高々、参加者全ての犠牲で世界が安定状態になるなら、安いものだ。
血で濡れた覇道を突き進む彼女は、迷いをとっくに切り捨てている。
自分でさえも使い捨ての道具であり、理想を叶える為なら何だってする。
過程よりも結果だ、終わりよければ全てが良しとなる。
高々、参加者全ての犠牲で世界が安定状態になるなら、安いものだ。
――その過程で切り捨てられるものに、自分も含んでいる。
■
外は既に真っ暗闇。夜の時間である。
歓楽街が喧騒に包まれ、酔客が多く現れる馬鹿騒ぎは各居酒屋で繰り広げられているだろう。
そして、【千鳥チコ】はそんな数ある居酒屋の中でも行きつけの小さな居酒屋で酒を嗜んでいた。
薄暗い店内、妖しく光る電灯、並ぶ酒瓶。
偽りとはいえ、酒は元いた場所と変わらない。
飲めば酔えるし、味も良質。将棋にこそ劣るが、酒も悪くはない。
モラトリアムが終われば、嫌でも戦争に酔ってしまうのだ。
酒で酔うなんて贅沢、もうすぐ味わえなくなる。
ならば、今の内に飲めるだけ飲んでおこう。
チコは舌を転がし、アルコールの熱さに甘美なる声を上げる。
歓楽街が喧騒に包まれ、酔客が多く現れる馬鹿騒ぎは各居酒屋で繰り広げられているだろう。
そして、【千鳥チコ】はそんな数ある居酒屋の中でも行きつけの小さな居酒屋で酒を嗜んでいた。
薄暗い店内、妖しく光る電灯、並ぶ酒瓶。
偽りとはいえ、酒は元いた場所と変わらない。
飲めば酔えるし、味も良質。将棋にこそ劣るが、酒も悪くはない。
モラトリアムが終われば、嫌でも戦争に酔ってしまうのだ。
酒で酔うなんて贅沢、もうすぐ味わえなくなる。
ならば、今の内に飲めるだけ飲んでおこう。
チコは舌を転がし、アルコールの熱さに甘美なる声を上げる。
「はは、いい飲みっぷりですね、ご婦人」
「世辞はいらないよ。どうせこんなババァが一人で酒なんてみみっちいとでも言うつもりだろう?」
「世辞はいらないよ。どうせこんなババァが一人で酒なんてみみっちいとでも言うつもりだろう?」
ふと横を見ると、大柄な体格の外国人が、ウイスキーのグラスをぐいぐいと傾けている。
いわゆる、一気飲みというやつだ。それなりに強い酒であるというのに、外国人の男はものともせずに喉に流し込んでいく。
いわゆる、一気飲みというやつだ。それなりに強い酒であるというのに、外国人の男はものともせずに喉に流し込んでいく。
「まさか。酒を嗜むのは誰でもウエルカム。じゃないですか、ご婦人程の器量があれば、引く手は数多だと思いますが?」
「口が上手いねぇ。そういうことはもっと若い女に言うのが定理だと思っていたが、私もまだまだ捨てたモンじゃないってか」
「口が上手いねぇ。そういうことはもっと若い女に言うのが定理だと思っていたが、私もまだまだ捨てたモンじゃないってか」
からからと笑い、チコはお替わりを頼み、外国人も同じくお替わりを頼む。
鋭い視線が交差する。それは酒飲みの意地か、それともちょっとした戯れか。
グラスに酒が注がれるのと同時に、彼女達の笑みが更に深くなる。
鋭い視線が交差する。それは酒飲みの意地か、それともちょっとした戯れか。
グラスに酒が注がれるのと同時に、彼女達の笑みが更に深くなる。
「けれど、残念。私には心に決めた男がいるんでね。アンタの気持ちには答えられないよ」
「残念、ふられてしまいましたか。もっとも、口説いてるつもりはなかったんですけどねぇ」
「残念、ふられてしまいましたか。もっとも、口説いてるつもりはなかったんですけどねぇ」
お互い、息をつかぬ一気飲みをし、再びお替わりを。
注がれるのと同時に、グラスを傾ける。
これを数回。顔が火照る程度に繰り返し、最後に一言。
注がれるのと同時に、グラスを傾ける。
これを数回。顔が火照る程度に繰り返し、最後に一言。
「では、せめてもの餞に。この卑しい輩に名前をお教え願えませんかね」
「はっ。次会えたらだね。そうしたらある種の運命を感じちまうかもしれないだろう?」
「はっ。次会えたらだね。そうしたらある種の運命を感じちまうかもしれないだろう?」
そして、チコは立ち上がり、会計を済まし、颯爽と居酒屋を後にする。
その立ち振舞いには先程まで酒を飲んでいたとは思えない凛とした姿だった。
その立ち振舞いには先程まで酒を飲んでいたとは思えない凛とした姿だった。
――ババァだけど、いい女だ。後もう少し若けりゃなあ。
外国人はほくそ笑む。心底面白いといった表情を作り、からからと嗤う。
【アリー・アル・サーシェス】という傭兵は何よりも楽しいことが大好きだ。
戦争が好きだ、武器が好きだ、血の匂いが好きだ、絶望に塗れるクソッタレが好きだ。
もしも叶うならば、聖杯戦争に参加する奴等も、チコのように食いごたえがあることを。
そう願って、サーシェスは再度酒の入ったグラスを傾けた。
【アリー・アル・サーシェス】という傭兵は何よりも楽しいことが大好きだ。
戦争が好きだ、武器が好きだ、血の匂いが好きだ、絶望に塗れるクソッタレが好きだ。
もしも叶うならば、聖杯戦争に参加する奴等も、チコのように食いごたえがあることを。
そう願って、サーシェスは再度酒の入ったグラスを傾けた。
■
『盲目なる生贄達は盤上へと配置され、ルールも刻まれ、準備は整った』
道化師【グリム=グリム】は総てを見下ろせる高みにて、ただ笑う。
嘲り、蔑み、哀しみ、楽しみ。
人に生じる感情をごちゃ混ぜにし、彼は俯瞰するだけ。
生贄達がどんな夢と願いを貫くかを楽しみたい。
余計な茶々を入れど、本質は傍観だ。
過剰なルール違反がない限りは、行く末を楽しむ舞台装置に過ぎない。
嘲り、蔑み、哀しみ、楽しみ。
人に生じる感情をごちゃ混ぜにし、彼は俯瞰するだけ。
生贄達がどんな夢と願いを貫くかを楽しみたい。
余計な茶々を入れど、本質は傍観だ。
過剰なルール違反がない限りは、行く末を楽しむ舞台装置に過ぎない。
『第一の夜を盲目の生贄達が踊り狂う。遍く願いよ、輝くが良い。
これこそが、聖杯戦争の始まりである』
これこそが、聖杯戦争の始まりである』
集められた参加者達に届くメッセージ。
始まりの合図は、唐突に。
思い思いの夜を過ごしていた参加者達の表情は引き締まる。
始まりの合図は、唐突に。
思い思いの夜を過ごしていた参加者達の表情は引き締まる。
『現在時刻を記録しよう。午前0時――カウント・ダウンは今此処に始まった』
時計の針が動く。
カチカチ、カチカチ、カチカチ。
煩いぐらいに耳に入る針の音など関係なしに、道化師の声は依然として続いている。
カチカチ、カチカチ、カチカチ。
煩いぐらいに耳に入る針の音など関係なしに、道化師の声は依然として続いている。
『世界が望んだ【その時】だ、【鐘】よ、震えるがよい』
鐘の音が鳴り、昨日への道は粉々になって砕け散った。
縛られた世界、箱庭に閉じ込められた生贄達は戦う他ない。
願いに焦がれた愚者が黄金螺旋階段を登り切るまで、聖杯戦争は終わらない。
縛られた世界、箱庭に閉じ込められた生贄達は戦う他ない。
願いに焦がれた愚者が黄金螺旋階段を登り切るまで、聖杯戦争は終わらない。
『聴こえるはずだ、生贄達よ。これより先は、戦争だ。一心不乱に足掻く、戦争だ』
盲目で浅ましい愚者達は、目指す他ないのだ。
螺旋の果てにある願いを求めて。
螺旋の果てにある願いを求めて。
『さて。今宵の恐怖劇の幕開けだ。黄金螺旋階段の果てに、きみたちの願いはある』
喝采無き戦場で、今日もまた、聖杯戦争が繰り返される。
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-001:黄金螺旋階段の果てに | 投下順 | 001:プラスチックのようなこの世界を |
時系列順 |
BACK | 登場キャラ | NEXT |
-021:仲村ゆり&セイバー | 仲村ゆり | 004:探し物は見つかりましたか? |
セイバー(斎藤一) | ||
-020:ネギ&ランサー | ネギ・スプリングフィールド | 013:白銀の凶鳥、飛翔せり |
ランサー(金木研) | ||
-019:スタン&アーチャー | スタン | 008:鶴翼出撃 |
アーチャー(瑞鶴) | ||
-018:千鳥チコ&アーチャー | 千鳥チコ | 007:鬨の声を放て |
アーチャー(今川ヨシモト) | ||
-017:霧嶋董薫&アーチャー | 霧嶋董香 | 006:泡沫の心 |
アーチャー(ヴェールヌイ) | ||
-016:南条光&ライダー | 南条光 | 010:正義の味方 |
ライダー(ニコラ・テスラ) | ||
-015:長谷川千雨&ライダー | 長谷川千雨 | 015:Fake/この手が掴んだものは |
ライダー(パンタローネ) | ||
-014:ラカム&ライダー | ラカム | 022:老兵は死なず、ただ戦うのみ |
ライダー(ガン・フォール) | ||
-013:神楽坂明日菜&キャスター | 神楽坂明日菜 | 001:プラスチックのようなこの世界を |
キャスター(超鈴音) | ||
-012:八神はやて&キャスター | 八神はやて | 006:泡沫の心 |
キャスター(ギー) | ||
-011:竜ヶ峰帝人&アサシン | 竜ヶ峰帝人 | 009:灰色の夢 |
アサシン(クレア・スタンフィールド) | ||
-010:音無結弦&アサシン | 音無結弦 | 003:死者の二人はかく語る |
アサシン(あやめ) | ||
-009:神条紫杏&アサシン | 神条紫杏 | 011:漆黒のジャジメント-what a noble dream- |
アサシン(緋村剣心) | ||
-008:戦争屋と死神 | アリー・アル・サーシェス | 004:探し物は見つかりましたか? |
アサシン(キルバーン) | ||
-007:ケイジ&アサシン | キリヤ・ケイジ | 016:鉄心と水銀 交わらない宿命 |
アサシン(T-1000) | ||
-006:ボッシュ=1/64&バーサーカー | ボッシュ=1/64 | 025:地を舐め、天を仰ぐ |
バーサーカー(ブレードトゥース) | ||
-005:本田未央&しろがね | 本田未央 | 005:穿たれた夢-シンデレラは笑えない- |
しろがね(加藤鳴海) | 013:白銀の凶鳥、飛翔せり | |
-004:前川みく&ルーザー | 前川みく | 005:穿たれた夢-シンデレラは笑えない- |
ルーザー(球磨川禊) | ||
-003:御坂妹&レプリカ(エクストラクラス) | 御坂妹 | 002:開戰 |
レプリカ(エレクトロゾルダート) | ||
-002:ヒロイン&ヒーロー | 北条加蓮 | 009:灰色の夢 |
ヒーロー(鏑木・T・虎徹) | ||
-001:黄金螺旋階段の果てに | グリム=グリム |