車種名 | 16F |
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クラス | E |
最高出力 | 132ps |
車体重量 | 800kg |
パワーウェイトレシオ | 6.1 |
吸気形式 | 自然吸気 |
駆動方式 | FF |
入手金額 | |
0-100km/h加速 | 6.85sec. |
最高速度 | 157km/h |
メモ | フィアット傘下になる前の最後のランチア。 テンロク搭載の最強モデル |
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概要
Eクラスに登場。FFマシンとは思えないノーズの入りと、パワフルな加速が特徴。
クラス内では重い方の800kgという車重だが、FFならではの安定感と、それに反するかのような機敏さがウリ。コースによってはノーブレーキでも走れてしまうから驚きだ。もっと小柄なCCSならば理解はできるが、この16Fだって負けていない。それどころか、ホイールベースが長くマイルドな挙動な分、パワフルなのに乗りやすい。上位を狙うならぜひ選びたい1台である。
クラス内では重い方の800kgという車重だが、FFならではの安定感と、それに反するかのような機敏さがウリ。コースによってはノーブレーキでも走れてしまうから驚きだ。もっと小柄なCCSならば理解はできるが、この16Fだって負けていない。それどころか、ホイールベースが長くマイルドな挙動な分、パワフルなのに乗りやすい。上位を狙うならぜひ選びたい1台である。
元ネタ解説
ランチア・フルヴィアクーペ1.6HF
狭角V4エンジンを搭載した、ランチアのクーペ。その中でも最強モデルに当たる132馬力を発揮する1.6HFがモデルと思われる。
フルヴィアの先代はアッピアという小型乗用車である。フルヴィアの発売当初はベルリーナと呼ばれるセダンのみだったが、のちにゲームに収録されているクーペ、そしてザガートによるデザインを纏ったスポルトが発売されている。
60年代の新潮流であったFFを用いたシンプルかつ軽量コンパクトなフルビアクーペは、まず小排気量ツーリングカーレースで侮り難い駿足を発揮。そしてそれはラリーベースとしても最適であった。
65年には1.2Lの、67年には1.3Lの「HF」が作られる。「オモロガートFIA」つまりFIA公認を強調するネーミングは競技ベース車という意味であり、キャブレターの大型化やリアウィンドウのアクリル化等その名に相応しい内容となっていた。更にクラス優勝ではなく総合上位を狙い排気量を拡大したフルビアクーペ・ラリー1.6HFがFIAのグループ4(改造グランドツーリングカー)として公認され、世界ラリーの様相が一変した。
軽量でありながらボディの骨格は太く、サスアームも頑丈でホイールベアリングも大きく、リヤがシンプルなリジットのフルビアは戦いの舞台を選ばず、クルマ壊しの地獄とも言われるサファリでワークスフルビアを駆るS.ムナーリは次のチェックポイントの受け入れ準備が整う30分以上前に通過し失格となった。本人は否定したがそういったエピソードと共に語られる程であった。
ラリーにおいて、このフルヴィア1.6HFが投入されたのは1969年終盤。従来の1.3HFより戦闘力を高めてこそいたものの、ライバルのダットサンやアルピーヌが猛威を振るい始めていた。ドライバー陣には後にランチアのエースとなるムナーリがいたものの、当時はまだ駆け出しの新人であった。しかしながらフルヴィアは果敢に戦い、経験を積んだムナーリのドライブでついに72年のモンテカルロを制覇。ところがライバルのアルピーヌが1800ccエンジン搭載マシンを投入するなど、戦況は熾烈さを増していく状況。フルヴィアの優勝を機に、ランチアは全く新しいラリーウェポンを投入。このマシンはラリー界を席巻し、ランチアは歴史に新たな1ページを刻むこととなる。
フルヴィアはランチアのラリーでの名声を確かなものとし、ストラトス以降に連綿と繋がるマシンによるランチア帝国の礎を作った名車である。ラリーのランチアの出発点、それが小型クーペのフルヴィアなのだ。
狭角V4エンジンを搭載した、ランチアのクーペ。その中でも最強モデルに当たる132馬力を発揮する1.6HFがモデルと思われる。
フルヴィアの先代はアッピアという小型乗用車である。フルヴィアの発売当初はベルリーナと呼ばれるセダンのみだったが、のちにゲームに収録されているクーペ、そしてザガートによるデザインを纏ったスポルトが発売されている。
60年代の新潮流であったFFを用いたシンプルかつ軽量コンパクトなフルビアクーペは、まず小排気量ツーリングカーレースで侮り難い駿足を発揮。そしてそれはラリーベースとしても最適であった。
65年には1.2Lの、67年には1.3Lの「HF」が作られる。「オモロガートFIA」つまりFIA公認を強調するネーミングは競技ベース車という意味であり、キャブレターの大型化やリアウィンドウのアクリル化等その名に相応しい内容となっていた。更にクラス優勝ではなく総合上位を狙い排気量を拡大したフルビアクーペ・ラリー1.6HFがFIAのグループ4(改造グランドツーリングカー)として公認され、世界ラリーの様相が一変した。
軽量でありながらボディの骨格は太く、サスアームも頑丈でホイールベアリングも大きく、リヤがシンプルなリジットのフルビアは戦いの舞台を選ばず、クルマ壊しの地獄とも言われるサファリでワークスフルビアを駆るS.ムナーリは次のチェックポイントの受け入れ準備が整う30分以上前に通過し失格となった。本人は否定したがそういったエピソードと共に語られる程であった。
ラリーにおいて、このフルヴィア1.6HFが投入されたのは1969年終盤。従来の1.3HFより戦闘力を高めてこそいたものの、ライバルのダットサンやアルピーヌが猛威を振るい始めていた。ドライバー陣には後にランチアのエースとなるムナーリがいたものの、当時はまだ駆け出しの新人であった。しかしながらフルヴィアは果敢に戦い、経験を積んだムナーリのドライブでついに72年のモンテカルロを制覇。ところがライバルのアルピーヌが1800ccエンジン搭載マシンを投入するなど、戦況は熾烈さを増していく状況。フルヴィアの優勝を機に、ランチアは全く新しいラリーウェポンを投入。このマシンはラリー界を席巻し、ランチアは歴史に新たな1ページを刻むこととなる。
フルヴィアはランチアのラリーでの名声を確かなものとし、ストラトス以降に連綿と繋がるマシンによるランチア帝国の礎を作った名車である。ラリーのランチアの出発点、それが小型クーペのフルヴィアなのだ。
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