「ち、ちょっと待て……?」
美奈代は自分の周囲を見回して青くなった。
「完全に包囲されています!数10!」
どういうわけか、美奈代は都築が相手にしている1騎を除いた敵10騎に、一瞬のうちに包囲されていた。
理由は簡単だ。
塹壕に飛び出した1騎の“赤兎(せきと)”と斬り結んだ都築騎の“鳳龍”だったが、まるで“赤兎(せきと)”に翻弄されているかのように、塹壕から離れ、奧へ奧へと動いていったのだ。
“赤兎(せきと)”3騎を切り倒した所でそれに気づいた美奈代は、そのがら空きの背にぞっとするほどの危険性を感じ、都築騎を追った。
その結果がこれだ。
すぐ間近では都築騎がいまだしつこく追ってきた“赤兎(せきと)”としのぎを削っている。
なら自分は都築に助太刀するか?
否。
そんなことしている余裕はない。
都築が追った“赤兎(せきと)”は逃げたのではない。
通信が通じないと判断し、後詰め部隊に直接増援を求めに動いたのだ。
当然、そこには後詰めの部隊がいた。
美奈代は、そのまっただ中に飛び込んだのだ。
“赤兎(せきと)”達が、美奈代騎を取り囲んでいる。
1対10。
どう考えても、マトモに勝負を挑むだけムダなレベルの戦力差だ。
今更、間違えましたは通じないだろう。
「だっ、脱出は!?」
普通、こういう時、一番最初に考える対処方法を美奈代が口にしたのも当然なのだ。
「不能!」
牧野中尉は言った。
「私だけでしたら脱出装置で可能ですが、自爆装置作動しますよ!?」
「“さくら”も!」
精霊体ですら言った。
「マスター!自爆するなら、エンジン、エジェクトしていい?」
「薄情者ぉっ!」
ピーッ!
背後から2騎、同時に斬りかかってきた。
「都築っ!貴様ぁっ!」
一騎と押し合いになっている都築は全く頼りにならない。
返事すらない。
「2騎、5時6時方向!」
「ちいっ!」
美奈代は自分から急速後退をかけつつ、シールドと
斬艦刀の切っ先を後ろへ向けた。
ガンッ!
まさか敵が自分から飛び込んでくるとは予想していなかったのだろう。
振りかざした青龍刀を振り下ろすタイミングを逸した“赤兎(せきと)”達の腹部装甲に、同時に斬艦刀とシールドのエッジがめりこみ、2騎の脚が衝撃に宙に浮いた。
ズンッ―――ズシャッ
美奈代はエモノを敵の腹から引き抜いた。
それが始まりだった。
美奈代は飢えた狼同然に、“赤兎(せきと)”達に襲いかかった。
反応が遅れた“赤兎(せきと)”の胴を横薙ぎの一撃で切断、その切っ先を、真横の騎に起きた惨劇に狼狽する、別な“赤兎(せきと)”の胸部装甲の隙間に叩き込む。
「何っ!ば、ばかなっ!」
「隊長殿がっ!」
さすがに肝を潰したのは、“赤兎(せきと)”の騎士達だ。
中華帝国の精鋭達4騎が、剣を交えることもなく潰された。
そして、先程の2騎が大地に崩れ落ちるよりも早く、メサイアは動いた。
「に、日帝の騎は悪魔か!?―――ヒイッ!」
横に薙ぎ払う長剣の一撃をかろうじて避けた“赤兎(せきと)”の騎士だったが、真っ正面から放たれたシールドのエッジアタックまでを避けることは出来なかった。
グシャッ!
グギャッ!
何かが壊れる音と、蛙が潰されたような音を残して、騎士と共に“赤兎(せきと)”が吹き飛ばされた。
「あ、悪魔だっ!白い悪魔だっ!」
「に、日本軍は死に神だっ!」
騎士達からは恐怖の叫びが聞こえて来る。
「ど、同時に行けっ!」
誰かが叫ばなければ、彼らは武器を捨て逃亡したろう。
もう、彼らには恐怖はあっても戦意はなかった。
持っているモノと失ったモノ。
それを逆転したのが、そんな一言だ。
「同時なら何とかなるっ!」
美奈代騎から最も離れた騎からの声。
それが、騎士達を地獄へと導く。
この地に降り立った死に神は、まだ獲物が足りませんと―――。
「お、応っ!」
美奈代騎から見て、左斜め正面と右斜め後ろの騎が同時に動いた。
左斜め正面の騎が槍を突きだし、左斜め後ろの騎が青龍刀で襲いかかる。
槍の切っ先が、メサイアのがら空きの胴に吸い込まれようとしている。
―――殺った!
槍を繰り出した騎士は、勝利を確信した。
だが―――
ガッ!
「何っ!?」
メサイアは、騎体を最小限ひねるだけで槍を回避。
あまつさえ、繰り出した槍を掴むと、力任せに引っ張った。
「しまったっ!―――うわぁぁぁっ!」
出力差が違いすぎる。
グンッ!
槍を繰り出さした勢いに、敵騎のパワーが加わった“赤兎(せきと)”は、槍と共に後ろに放り投げられた。
その先には―――
「避けろっ。黄っ!」
その叫びは遅かった。
彼の槍は、後ろから襲いかかろうとしていた仲間の“赤兎(せきと)”の胸部装甲を貫通した。
「黄ぉぉぉっ!」
騎士は味方騎に突き刺さった槍を手放そうとしたが、
ザンッ!
気づいたときには、斬艦刀が、彼を騎体ごと切断していた。
「畜生っ!」
生き残った3騎は自暴自棄同然の突撃にかかった。
剣を並べ、3騎同時の突撃で串刺しにしようというのだ。
「仲間の敵だっ!」
「死ね、小日本(シャオリーベン)!」
「消えろ悪魔っ!この世からっ!」
黄騎に突き刺さった槍を引き抜いたメサイアが彼らの視界に迫る。
―――キュイッ
メサイアは、左手で槍を構えると、左の騎に襲いかかった。
「この程度!」
左の騎を駆る騎士が青龍刀を振り下ろして槍をうち払う。
青龍刀を振り下ろしきった途端―――
メサイアは、急加速をかけ、相互の間合いを一瞬で詰めた。
「―――ひっ」
騎士は、慌てて青龍刀を構え直そうとしたがもう遅い。
ガンッ!
エッジアタックをモロに喰らった“赤兎(せきと)”はくの字に曲がって吹き飛び、すれ違い様に真ん中の騎が胴を薙ぎ払われ、上下二つに分離させられた。
「―――なっ!?」
動きが早すぎる!
目を見開くのは、最後に生き残った騎士。
彼は逃げるために騎体を旋回させようとした。
だが、それより早く、斬艦刀の一撃が、彼の騎に襲いかかってきた。
「……か、各部異常……なし」
震えを通り越して、涙声になった牧野中尉が言った。
「後は……都築准尉が相手する1騎のみ」
「……ぜぇ、ぜぇ……」
その間、美奈代は、肺に無理矢理空気を送り込む要領で、肩で息を続ける。
言葉が出てこない。
自分がやってのけたことが理解さえ出来ていない。
その横では、“さくら”がびっくりした顔で美奈代を見つめていた。
「ま、牧野中尉……ゲホッ……い、生きてます?」
ようやく喋れたのはそんな言葉だけ。
それでも、喋れるだけ奇跡だと思う。
「生きてますけどね……。正直、どう言っていいんでしょう……こういうの」
足下は“赤兎(せきと)”の残骸だらけ。
まるで集団戦闘の跡さながらだ。
だが、間違いなくこの敵を残骸にしてのけたのは、この娘ただ一人だ。
「10騎を……30秒かかってませんよ?どこのアニメですか」
「き、騎士のスピードなら、この程度……」
「ひ、非常識です」
美奈代が何かを言い返そうとした時だ。
ギャンッ!
都築に襲われていた“赤兎(せきと)”がついに力尽きた。
まるでメサイアそのものが悲鳴をあげたような音を立てた“赤兎(せきと)”は、騎体の半ばまでたたき割られ、動きを止めた。
「次っ!」
“赤兎(せきと)”が倒れる音を聞きながら、都築は怒鳴るが、
「何がだこのバカっ!」
美奈代はたまらず怒鳴った。
「一人でんなマネしてる間に、私が何騎相手にしたと思ってる!」
「あ?」
都築が見ると、周囲は“赤兎(せきと)”の残骸で埋め尽くされていた。
「おいっ!俺の獲物は!?」
「10騎だぞ!?1対10だったんだ!」
肩で息をする美奈代が半泣きになって怒鳴る。
「グスッ……。一斉に私めがけて襲いかかってきたんだ!滅茶苦茶怖かったぞ!?どうしてくれる!貴様は全く!」
「俺を放っておいてスコア10騎だと!?」
「問題はそこか!?」
怒鳴るというか、突っ込んだ格好になった美奈代騎の背後で、連続した大きな爆発が発生した。
「な、何?」
もうもうと立ち上る黒煙は、かなり大規模な攻撃であることを告げていた。
「艦砲攻撃です」
牧野中尉が言った。
「で、でもあっちって」
「着弾点は、上陸地点です」
「海軍の誤射ですか?」
「まさか」
牧野中尉は否定した。
「いくらなんでも、そこまでマヌケではありません」
「じゃあ―――」
「落下から見て攻撃は山の向こうからです」
美奈代は、間近にそびえる山を見た。
標高は数百メートル。
そう高い山ではない。
また、新たに爆発が発生した。
「艦砲の支援、求めますか?」
「それもいいんですけど」
牧野中尉は言った。
「金剛隊はもう移動する時間です」
「そんな!」
「他上陸地点もかなり苦戦しているんです。艦砲射撃支援は、全部隊が渇望している。中華帝国も死に物狂いですからね」
「二宮教官達は?」
「通信つながらず」
「―――ちっ!」
美奈代はチラリと横に立つ都築騎を見た。
「都築」
「やるしかねぇだろ」
都築はコクピットで、開いた左手に右手の拳を叩き付けた。
「戦艦沈めたなら勲章モノだぜ」
「やれるか?」
「やるさ」
「信じられないが―――牧野中尉。一気に山を越えて斬り込みます。いいですか?」
「やってみましょう」
牧野中尉は、騎体のブースターに火を入れた。
「さくら―――いくわよ?」
「はいっ!」
「あ、おいっ!ちょっと待てっ!」
都築の声を残し、美奈代騎は一気にブースターを開いて、山を飛び越える機動に出た。
―――そして、自分のうかつさを本気で呪った。
美奈代は、山の向こうに、大口径の砲兵陣地があると判断していた。
砲兵陣地を強襲、これを殲滅する。
美奈代は自分の目標を、そう判断していた。
相手は砲兵陣地だと。
だが、都築は言っていた。
「戦艦沈めたなら勲章モノだぜ」
何故、都築が「戦艦」という言葉を用いたか、美奈代は何も考えず、都築に聞こうともしなかった。
その結果がこれだ。
山を飛び越した美奈代が見たモノ。
それは、だだっ広い平原に陣取る“鉄のフネ”だった。
“鉄のフネ”
即ち、軍艦だ。
灰色に塗装された船体が美奈代の目の前で移動している。
「な……何で?」
美奈代は目を疑った。
フネは水に浮かぶものだ。
陸を移動するものではない。
「准尉っ!」
牧野中尉の鋭い警告が飛び、“征龍改”はブースターを開くと、山の谷間に飛び込んだ。
向こうも、山越えに飛び出してきた美奈代騎に十分な対応が出来なかったらしい。
幸いにも美奈代騎が山の谷間に騎体を沈める間、フネからの攻撃は一発も飛んでこなかった。
「な、何ですか!?アレは!」
美奈代がコクピットで思わず大声で牧野中尉に訊ねた。
「艦名不明。艦形状、ライブラリーに照合なし」
牧野中尉は言った。
「現物は―――私も初めてみました」
「いくら何でも、なんで地面にフネがいるんですか!?」
「―――陸上戦艦」
「は?」
「陸戦艇(ランドバトルシップ)ともいいます。飛行艇のような完全な浮遊装置ではなく、FGF(フリーグラビティフィールド)を応用したホバー移動で陸上、水上お構いなしに走行可能の艦船です」
牧野中尉は思いだしたように言った。
「……また、座学で寝てたことが発覚しましたね」
「一々覚えていないだけです!」
美奈代は泣きそうになって怒鳴った。
「何で一々、私が忘れていることを、寝てた寝てたって!」
「本当のことでしょう?」
「ううっ!」
ズンズンズンズンズンッ!
山の斜面で連続した爆発が発生した。
その陸戦艇が、何かを狙って発砲したらしいことは、美奈代にも容易に想像がついた。
着弾で吹き飛ばされた土砂が容赦なく降り注いでくる。
「おい泉っ!」
都築の“鳳龍”が美奈代騎の横に滑り降りてきたのは、その時だ。
“鳳龍”が、砲撃を連れてくるような、そんな錯覚さえ起こしてしまう。
「あ、アブねぇ!」
敵の狙いは都築騎だったらしい。
「大丈夫か?」
「それはこっちのセリフだ!」
都築はくってかかった。
「強行偵察だけで済むだろうが!」
「……え?」
「えっ!?じゃないだろう!」
美奈代の素っ頓狂な声に、都築は思わず怒鳴った。
「まだ戦艦の有効射程だ!戦艦に叩かせればいいだろうが!」
「だ、だけど通信が」
「後退して通信つなぐって考えがどうしてわかない!」
「……すみません」
「くそっ!何で俺は……」
「……え?」
「なんでもねぇよ!」
美奈代の目の前で、都築騎が動き出した。
「ね、ねぇ、ちょっと!」
美奈代が止めようとするが、都築は言った。
「さっき、メサイアを3騎確認した。俺が引きつけるからお前は下がれっ!」
「な、何なのよ……」
美奈代は頬が赤くなるのを抑えられなかった。
都築がこう呟いたように聞こえたからだ。
―――何で俺は、こんなの好きになっちまったんだ。
美奈代の目の前で、さくらがニマニマと、まるでチェシャネコのような表情をしている。
その表情から、どうやら聞き間違いではないらしい。
そう判断した美奈代は、まるで恥ずかしさから逃れるように、美奈代はブースターを開き、谷間から飛び出した。
……何も考えずに。
ズンズンズンズンッ!!
谷間から飛び出した途端、待ちかまえていたように美奈代騎を陸戦艇の砲火が包み込んだ。
命中弾こそ出ていないが―――
「くっ!」
牧野中尉は、上昇を諦め、急速降下に切り替えた。
それが幸いした。
美奈代騎の上昇コース。山頂から若干下付近に、陸戦艇の主砲弾が着弾した。
タイミングを間違えれば―――考えたくないオチがついただろう。
「……正解だったわね」
背筋を流れる気持ち悪い汗を感じながら、牧野中尉はそう呟いた。
「泉准尉の悪運が移ったかしら」
「何か言いましたか?」
美奈代は背部にマウントしてあった速射砲を取り出した。
35ミリガドリング砲が軍艦相手に聞くのかは、試してみるしかない。
「中尉―――相手の武装は?」
「どう見ました?」
「37ミリ機関砲……いち、に」
「……6門です」
目をつむって飛んで来た火線の数を思い出そうとした美奈代に、牧野中尉は言った。
「両舷併せて推定12門。25ミリ砲もかなり積んでいますね」
「プラス40センチ砲?……でも、40センチにしては破壊力が」
「残念―――60センチ臼砲(きゅうほう)です」
牧野中尉は言った。
「60センチ!?」
「ええ……カール自走臼砲(きゅうほう)の後継モデルを参考にしたんでしょう。何しろ、陸戦艇そのものが、ドイツの―――きゃっ!?」
美奈代は“征龍改”を急速移動し、その一撃を避けた。
谷間めがけて高角度で臼砲(きゅうほう)を放ったらしい。
砲撃は初弾で谷間に飛び込んできた。
砲弾は美奈代騎がいた辺りに見事に落下、辺りを跡形もなく吹き飛ばした。
美奈代は知らないが、この時発射された60センチ臼砲(きゅうほう)の砲弾は一発約2トン、高性能火薬500キロが入った代物だ。
―――敵の砲術長は、いい腕をしている。
美奈代は素直に感心した。
臼砲(きゅうほう)の射撃がどの程度難しいかは知らないが、さっきの砲撃といい、その技術は申し分ない。
何だか、それが恐ろしくもったいない、そんな気分になった。
「―――中尉っ!」
美奈代は、そんな気分から逃れようとするかのように、怒鳴った。
「あいつを仕留めますっ!」
「ど、どうやって!?」
「やってから考えますっ!」
「そんな無茶な!」
美奈代は、牧野中尉の意見をそれ以上聞かなかった。
聞く前に、美奈代は“征龍改”を突撃させていた。
中華帝国陸軍陸上戦闘艇“玄武”級ネームシップ“玄武”。
それが、美奈代の目の前にいる艦の名である。
全長220メートル。後部甲板に飛行甲板があり、ヘリやVTOLの運用が可能。
メサイアの移動ベースとしても申し分ない輸送力を持つ。
元は中華帝国で飛行艦を運用する海軍によって、新型飛行艦として開発されたが、飛行システムの不具合から、完成してみたらホバー移動のみ可能という、飛行艦としては致命的な欠陥品だった。
試験も中止され、岸壁に放置されていたものを、広大な大地を防衛する陸軍が、高い走行性能と陸上の移動手段としては破格の輸送力に着目し、海軍からスクラップとして譲り受けた後、“飛行艦ではなく陸戦艇だ”と主張し、同型艦の独自開発と運用を開始したという、いわくつきの代物だ。
「3時方向、メサイア1、接近しつつあり!」
陸上では的になりかねないことから、低く設計された艦橋の上。装甲板が張り巡らされた防空艦橋で見張りが叫ぶ。
砲塔旋回と射撃警告それぞれのブザーが入り交じってその叫び声をかき消す。
船体前面に設置された40センチ砲塔がゆっくりと右舷に旋回、照準を合わせた。
ズンッ!
鼓膜がどうにかなったんじゃないか。
本気でそう思うほどの砲声をあげ、40センチ砲が火を噴いた。
船体が砲撃の衝撃で大きくぶれる。
メサイアの背後、かなり遠くで爆発が発生した。
「砲撃遠いっ!」
艦橋で着弾を確認した艇長は怒鳴った。
「近すぎて主砲では無理だ!それ以外の砲で仕留めろっ!」
「―――くっ!」
飛び来る機関砲弾の嵐に襲われた美奈代は、騎士としての反射能力だけで飛来する砲弾を回避するハメになった。
「こっちに満足な対艦攻撃装備がないからってぇっ!」
ギュインッ!
ギャンッ!
機関砲弾がメサイアをかすめる、背筋の寒くなるような音がレシーバーに次々と入ってくる中、美奈代はオレンジのアイスキャンディーにしか見えない砲弾や、目の前で発生する爆発を全てかわしきった。
メサイアを世界最強の兵器へと押し上げたのは、まさにこの時見せた美奈代のような、騎士の反射能力を、メサイアが機械として反映させることが出来るからに他ならない。
騎士こそがメサイアであり、騎士故に、メサイアは世界最強なのだ。
メサイアの前に、いかなる重武装を施した要塞然とした存在であろうとも、全くの無力であることが今、証明されようとしていた。
「畜生!当たれっ!」
「バケモノがぁっ!」
兵士達が必死に撃ち出す砲弾をメサイアはすべてかわしてしまう。
「弾種切り替えろっ!弾種を近接信管に!」
怒りのあまり、艦橋のヘリを殴った砲術長は叫ぶ。
「着発信管なんて使うな!相手は戦車じゃないんだぞ!」
もし、この陸戦艇を運用しているのが海軍なら、少しだけ状況が違ったかもしれない。
陸軍兵士達がこの陸戦艇で想定していたのは、戦車であり、機関砲は接近する戦車を破壊するための存在として位置づけられている。
航空機を撃ち落とすための近接信管の使用は例外的扱いだ。
何しろ、機関砲は海軍からのお下がりで、手動操作する代物にすぎず、高速移動する物体に対する対空砲として使える代物ではない。
だが、この近接信管を最初からメサイアに使用していたら、かなりのダメージを与えることは出来たろう。
兵士達が対空砲の射撃を停止し、弾薬を交換するその間に、美奈代騎は玄武の懐に飛び込んだ。
右手に装備した35ミリ機動速射野砲の至近射撃が、艦の構造物を滅茶苦茶に引きちぎる。
それまで美奈代達に向けて砲弾を放っていた機関砲達は、兵士達と共に挽肉にされた。
兵士達の呆然とする顔。
恐怖にひきつる顔。
泣き出す顔。
美奈代は、その全てを見た上で、彼らめがけて引き金を引いた。
罪悪感とか、恐怖感とか、そんなものは何もなかった。
ただ、機械的に引き金を引いた。
美奈代自身、そこには一切の感情は、なかった。
兵士達が砕かれる光景の後、美奈代は斬艦刀を構えながら“征龍改”をジャンプさせ、艦橋に飛び乗った。
自重数百トンというメサイアの重量で艦橋が一瞬で潰れる。
美奈代は、騎体が沈み込む中、騎体のバランスをとると、35ミリバルカン砲を玄武めがけて叩き込んだ。
軍艦とはいえ、35ミリ砲弾の雨を浴びることは想定されているはずばない。
艦中央の機関部冷却システムが破壊された玄武はつんのめるように急停止し、内部の熱の出口を失った機関部から、得体の知れない音が響き始めた。
その音を聞いた美奈代は、再び騎体をジャンプさせると、35ミリ砲の残弾を、玄武への土産とばかりに乱射した。
美奈代騎が大地に降り立った時、玄武はその姿を、立ち上る黒煙へと変化させていた。
「戦果としては申し分ないですね」
牧野中尉がねぎらうように言う。
「陸戦艇1、メサイアがじゅう―――」
ピーッ!
突如、コクピットに鳴り響いた警報。
牧野中尉の鋭い声。
「砲弾飛来警報っ!」
スクリーンが一瞬、真っ白になった次の瞬間―――
空気の壁に叩き付けられたような衝撃が美奈代を襲った。
激しくシェイクするコクピットの中。
美奈代は意識を失った。
end
最終更新:2010年07月25日 21:10