天下絶世の美女に化けることで国々を乱すことを続けていた大白狐。三大妖怪の一つとして知られる。


【九尾の狐(きゅうびのきつね)】

殷王朝の紂王の時代、蘇の妲己(だつき)という美女の姿に化けて国を傾け、その後の各国の王朝の皇帝を誑かし悪政をもたらした。日東へは吉備真備の帰朝の船に若藻(わかも)という少女に化けて紛れ込み、渡って来たと語られる。
北面の武士*1であった坂部庄司行綱は、悪狐を射よという命令を受けたが弓弦が切れて射ち損なうという失態を犯して罷免された。子の無かった行綱が寺参りの帰路に拾ったのが若藻で、その美しさが評判を呼び、内裏へ上がることになり、若藻は藻女(みくずめ)と名乗るようになる。藻女は幅広い教養を認められ鳥羽天皇の寵愛を受け、藻女という名にちなみ玉藻(たまも)という名をも賜った。
陰陽師の安倍泰成(あるいは安倍泰親*2)が調伏の真言を唱えると玉藻は大白狐の正体を顕わし、平安京から逃亡した。玉藻の呪縛から解放された鳥羽天皇は三浦介、上総介、千葉介の三人の武士に悪狐討伐を命じ、栃木県の那須で九尾の狐は退治された。

白玉面

その顔は初雪のように白く、日月星のように光を発していると語られる。

金九尾

九つの尾は金色に輝いている。『春秋元命苞』には「天文王ニ命ズルニ、九尾ノ狐ヲ以テス」とある。

【王法と玉藻】

「藻」は西土では帝王の威を示す象徴の一つとして知られて来た。皇帝の冠の「旒」と言う十二本の飾りに見られる五色の絹玉は「玉藻」と呼ばれる*3。つまり九尾の狐が用いていた「藻」という名は、「玉藻」という名を賜る以前から、自らが帝王を狙って射ることを暗に表明していたものであるとも考えられる。これは、天照(東姫・明界)に対する月読(西王・幽界)の勢力の侵入を意味していた。
「藻」を象徴の一つとして用いた皇帝の装束は王政復古以前は日東でも用いられていた。後醍醐天皇の御像が着けている冠の旒飾りもこの「玉藻」である。
王法そのものに侵入して世を乱そうとする妖怪は、三大妖怪中唯一の存在である。

最終更新:2021年04月11日 19:16

*1 平安京の内裏を警護する武士

*2 泰成は泰親の息子にあたる

*3 『礼記・玉藻』