【端境(はさか)】

明界(この世)と幽界(あの世)の間は「端境」と古くは呼ばれていた。妖怪たちはここを通じて明界に現われる。
明界には神奈備(かんなび)と世晴れる神々が鎮座する山や森があり、そこは神域として社が建てられることもあると同時に、幽界に接する端境であるとされる。そのため、魔や禍が簡単に通過しない、もしくは人間が通過して「神隠し」に遭わないように、結界として、七五三縄(しめなわ)や祠(ほこら)が設けられているのである。
橋や坂といった人間の住居領域と外界を渡る領域に用いられている言葉にも、この考えは色濃く残っており、橋は「端」坂は「境」を含意する*1と考えられている。
神などを祀っている地を示す磐境(いわさか)は「祝境」(いはひさかへ)の略であるとも言われている。特に強力な磐境は厳磐境(いづのいわさか)と称される。


祠(ほこら)

古くは秀倉、秀庫とも書かれる。地蔵や道祖神も道に設けられた端境の結界のための祠であり、人間を護ってくれる由来となっている。社会基盤がもっと整備されると、市街の神社や寺や門、日本家屋の道と敷地の間の垣根や、屋外にあった便所や納戸や蔵、住居と外部を仕切る雨戸や障子なども、顕界と幽界の端境と考えられ、妖怪たちの出現しやすい場所であると考えられた。
「ほこら」の語源を「神庫」(ほくら)*2であるという説や、「穂倉」であり、穀物を蓄える建物の意味が原義であった*3とする解釈もあるが、それはこじつけであると考えられている。「こら」は「くら」であり磐座(いわくら)などと同様に「端境」に置かれた結界を意味する。「ほ」は「秀」と当てられることから分かるように優れていることを意味する。このような点から、「ほこら」は「はさか」を押さえる意味から来ている名称であるとの説もある。一方、精霊や魔を鎮める「矛」(ほこ)などの武器を立てた場所に由来する*4とも考えられている。
「火蔵」(ほくら)という文字で記され、社(やしろ)の「八知」(やしる)に対し「心」と通じるという説も展開されている。*5

七五三縄(しめなわ)

七五三縄は神話の天岩戸に設けられたものを起源とする、清浄や祝意を示す標識である。七五三とは縄間に作る垂藁(たれわら)の本数が三本、五本、七本の順でつづくことを示した文字である。「日の御綱」(ひのみつな)とも呼ばれる。綯方(ないかた)によって男縄(左)と女縄(右)の違いがある。古くは神殿そのものに多用されることは無かったといい、伊勢や出雲などでも昔は使用箇所は非常に限られていたという。
七五三縄で悪鬼の侵境を防ぐ標識とする習わしは海外にも見られる。*6
注連は古代中国由来の文字で『顔子家訓』を由来とする。古代日本では久米縄(くめなわ)や端出縄(しりくめなわ)*7という言葉が用いられている。「しりくめ」とはワラの端を切らずに籠め置く縄の綯方に由来しており端が無いことからも、端境から飛び出してくる禍や妖怪を封じ籠め戻す力を持つ。
七五三縄を四方に設ける際には、北東からはじめ南、西、北、東と進めて東北に戻るのが習わしとされている*8。これは北東(鬼門)から入ったものを元にしりくめる意図があるものと考えられる。
七五三縄に付けられる紙垂(しで)は四(四垂)あるいは八(八垂)に造られる。

忌竹(いみたけ)

斎竹とも記載される。端境の四方やそれに通じる道の両側に立てられる忌み清めの竹である。竹の間には七五三縄が設けられる。多くは一間以下の高さの枝を落とし去った竹が用いられる。これは低い位置に枝があると妖怪や魑魅魍魎たちが隠れ潜む端境(蔭)を作ってしまうためである。

裸足

神々の鎮座する特別な場、神奈備(かんなび)には人間たちは「裸足」になって入るものだとされていた。神に祈りを捧げるときも、裸足で行なうものだとされる。

【七里けっぱい(しちりけっぱい)】

「けっぱい」は「結界」の転じたものだとされる。修験者や武士たちはこの法を用いて妖怪たちや禍を防いでいた。


【精血(せいけつ)】

人間の精血に触れた動植物や器物は妖怪変化(鬼神)になるという考えは広く見ることが出来る。妖獣や妖花たちが人間の精血を強く求めるのは、その精力を得る為である。


【常夜(とこよ)】

王莽時・王摩時(おうまがとき)や丑満時・漆密時(うしみつどき)は、常夜(幽界にある闇夜の国)と繋がりやすい時間帯であるとされるため、禍をもたらす魔や妖怪が顕界にあらわれやすいのである。
それぞれ、昼と夜が入れ替わる時帯(王莽時)と日付けが変わる時帯(丑満時)であるいう転移の共通点がある。王莽時は昼と夜という様相が移り変わる「端境が曖昧化する時帯」、丑満時は漆黒の闇が世を蔽う事で「端境が無効化される時帯」であるといえる。

黄泉(よみ)

黄泉は古代中国由来の文字であり、文字の示す意味が異なる。本来は闇・常夜を示している夜見や夜美などが正しいとされる。

鬼境(ききょう、ものさか)

幽界のなかにある端境。神話に出て来るヨモツヒラサカ(泉津平坂)などはこちらにあたる。泉津平坂の「ひら」も「端」を意味している古語であると考えられている。乗鬼境侵という言葉もある。「よもつ」は「夜鬼」(よもの)の意味を含むとも考えることが出来る。泉門(よみと)*9とも称される。
伊邪那岐が禊(みそぎ)をしたアワキガハラ(檍原)は三途川に相当する*10とする考え方も見られる。

【勿怪の幸い(もっけのさいわい)】

本来は物の怪(勿の怪)の幸いといい、もののけ(妖怪)がもたらす幸福を意味した。「図らずして齎された幸福のこと」を意味している。財物を持つ高位な鬼や山姥は人間に対して禍や福をもたらすことが出来、それを示していた言葉である。
妖怪は畏怖されるのみの存在、人間に危害を加える怪異ではなく、時として幸福を授けてくれる存在であり、古来からの八百万神にあたる神明、精霊(まるたま、みたま)や、九十九神も同様に禍福をもたらす存在である。これらは、自然崇拝に見られる特徴であり、自然の一部である天気や気候においても、適度な晴れや雨は実りや慈雨であるが、過ぎれば日照りや水害になることと共通する。

【化生(けしょう)】

幸をもたらす効果として、より美しくする装いを「化粧」というが、妖怪やお化けをあらわす「化生」が語源ともいわれる。
化粧は端豊、喚豊(とよ)と称して豊作を呼ぶ儀式に用いられる。その形態を残しているのが御多福(おたふく)である。


最終更新:2024年04月11日 23:21

*1 田中純『都市の詩学 場所の記憶と徴候』東京大学出版会、2007年

*2 大槻文彦『大言海』

*3 富山和子『日本の米』中央公論新社、1993年

*4 赤城毅彦『古代日本人の謎を解く』新人物往来社、1980年

*5 『中臣祓風水草』巻三

*6 村山智順『朝鮮の鬼神』朝鮮總督府、1929年

*7 『日本書紀』には「端出之縄」とある

*8 小倉鏗爾『神道百話』金鈴社、1943年

*9 春瑜『日本書紀私見記』

*10 春瑜『日本書紀私見記』