対訳【アッカーマン盤最適化版】
訳者より
- 昨年同じシュトラウスの「こうもり」を12年振りに訳を見直し、カラヤン/フィルハーモニアの1954年録音に合わせて台詞部分も含めた最適化をした時に色々と気づいたことがありました。その気づきを昨年訳した「メリー・ウィドウ」や「地獄のオルフェ」、「ミカド」に「ナクソス島のアリアドネ」と次々と試して行く中で、おおよそ私のオペレッタの日本語訳に関する基本スタンスは固まったように思います。
- ひとつは音楽の流れと目で追う台詞・歌詞の流れをできる限り合わせること。昔のLPやCDのブックレットの対訳ではスペースの制約から言葉の繰り返しはできるだけ省略して訳しているので、込み入った重唱やコーラスの多いオペレッタではすぐにどこが歌われているのか迷子になって分からなくなり、また重唱などでは予期しない役の歌声が突然割り込んできたりして、結局この歌が何のことを歌っていたのかは「予習」や「復習」をしないとついて行けないということも当たり前のように起きてしまいます。これは当意即妙の掛け合いが魅力のオペレッタでは致命的欠陥。聴いている音楽のタイミングと歌詞を目で追うタイミングをシンクロできるように工夫することがとても重要なのです。
- もうひとつ大事だなと気がついたのは、歌手たちの演技にできるだけしっくりとくる日本語を訳に充てること。これって洋画の字幕において戸田奈津子さんとかの手練れがやってることで、言葉の壁を気にすることなくエンターテイメントを存分に楽しむためにはこのスキルってとても大切です。自然な会話の中にじんわりとにじみ出てくる可笑しみをうまく表現できると、この訳を目で追って読むだけでも楽しいものができあがり、そしてこうやってできあがった訳を見ながらこれにぴったりと合った音楽を聴くと、まるでこの台本に合わせて歌手や役者たちが演じているように「錯覚」してしまうのです。なかなかこの域に達するのは難しいのですが、どうせならこの路線をもう少し極めてみようかと気になる演目、演奏について少しづつではありますが取り上げてみようと思います。
- 今回のチャレンジは2年前に訳したばかりですが、Wikiに上がっていたリブレットに台詞部分が全くなく、また私の訳した部分もかなりいまひとつで消化不良感が残っていたヨハン・シュトラウスの「ウィーン気質」を。取り上げた盤は迷ったのですが1954年録音のオットー・アッカーマン指揮フィルハーモニア管&合唱団に、シュヴァルツコップ&ゲッダのEMIオペレッタ録音黄金コンビのもの。カットされているナンバーが多いですがコンパクトにすっきりとまとまっていて話の流れがつかみやすいのと、また下で取り上げますように歌手たちの歌と演技が実に素晴らしいこともありこれにしました。話の流れを改めて理解すると、Wikiの方に上げている私の訳の間違いがいっぱい発見できてしまったのですがこれはまあいずれ直すということでご容赦ください。その歌がどういうシチュエーションで歌われているのかが分かってないと翻訳ってのもうまくはいかないんだな ということが改めて分かってこれはこれで貴重な体験でした。
この盤の魅力について
- モノラル録音ではありますが、当時能力的にはヨーロッパ一高かったと思うイギリスのフィルハーモニア管をオペレッタの名手オットー・アッカーマンが速めのテンポで引き締まって指揮してこの目まぐるしく展開するオペレッタの魅力を見事に引き出しています。
- その上で展開される歌手陣の歌と演技の素晴らしさ… ヒロインのガブリエーレ・ツェドラウ(伯爵夫人)を歌うのはエリザベート・シュヴァルツコップ、貴族としての気品と、浮気亭主に悩む諦観、亭主の浮気を明かそうと首相に色仕掛けで迫るしたたかさと、このキャラの持つ多彩さを実にうまく演じ切っています。私は彼女のオペレッタ録音の中ではこれがベストではないかと思っていますが、それだけ役が彼女にはまっているのではないでしょうか。
- その浮気亭主のツェドラウ伯爵を演じるのは当時まだ29歳のニコライ・ゲッダ、若い男の持つ煩悩とアホさを自然に演じているのが良いです。この作品ではほぼ全編に渡って伯爵は窮地なのですがそれをなんだか訳の分からないまま乗り切ってしまう天然のキャラはすばらしい。
- その伯爵の愛人、フランツィスカ・カリアリを演じているのは録音当時まだ26歳のエリカ・ケート、張りのある鋭い声で一途な女を演じています。ただまだ若かったからでしょうか、台詞部分が彼女だけは別の女性を語り役に充てていますがここも彼女自身にやって貰ったら良かったのに。その方が男を必死で引き留めようとする女の一所懸命さが引き立ったような気がします。歌の部分がそれだけの熱演でしたので。
- 伯爵の放蕩ぶりに思いっきり振り回されている従僕ヨーゼフにはエーリッヒ・クンツ。これはもうこれ以上ないほどのはまり役です。ウィーンが舞台のお話でウィーン訛りばりばりのこの役を生粋のウィーンっ子のクンツが歌う。台詞部分での登場も多い役柄なので彼の絶妙な演技は全体を引き締めています。
- そしてヨーゼフの恋人で伯爵の次の毒牙にかかろうとする仕立屋のお針子娘ペピにはエミー・ローゼ。いろんなオペレッタ録音で名前を見かけるスープレットの名手で、ここでも実に巧い演技。ただおきゃんな若い娘を演じるにはこの録音当時少し歳が行き過ぎていたでしょうか。ここはケートと役柄を変えてフランツィの役をやった方が全体のバランスは良かったかも知れません。女声3人が入り乱れる第2幕幕切れ近くでこの3人のソプラノの声がくっきりと演じ分けられているともっと面白くなったと思います。
- そして最後はこのお話を大混乱に引き込んだ首相のイプスハイム-ギンデルバッハ公爵、演じているカール・デンヒはのちにウィーン・フォルクスオパーの総支配人となり、1982年の来日公演でも同じ首相役を歌っています(録音もあります 来日当時67歳!)。このオペレッタを面白くするもしないもこの首相役にかかっているということをこの1954年録音を聴いていても切実に思います。とにかく彼の歌も演技も絶妙。伯爵の愛人フランツィを伯爵夫人だと思い込んで当のフランツィに悪気なく伯爵の浮気と愛人のことをくさす第1幕、第2幕で伯爵の浮気を探るため色仕掛けで迫る伯爵夫人の策に見事に引っかかるところや、フランツィと伯爵夫人をあべこべに紹介してしまったときのドヤ顔から大困惑への展開ともうともかく面白い。この面白さが私の日本語字幕(あえて対訳とは呼びません)で引き出すことができていればこの試みは大成功です。
Blogs on ウィーン気質
最終更新:2026年01月16日 12:24