10年も前の事だろうか。
私は、本場の仕事――神父――を一度お目にかかりたいと思い、数週間イタリアに滞在した事がある。
そこで私は様々な体験をした。
流石本場と言えるようなミサに驚愕し、天使の歌声のような聖歌隊に改めて感激し、そして。
そして私は、「スタンド」という未知の力を手に入れてしまった――……。
護る神父と七色のペンダント
庭の若葉が、目に指すように眩しく露に反射する。
雀の囀りは、耳にしんと通り、新しい朝を迎えたという気分にさせる。
日曜日のミサを終えた神父―― 奥江一二三(オクエ カズフミ)――は、最後の信者を見送り、教会の庭を掃除する為に竹箒を手に持った。
教会の裏手にある雑木林は、桜の蕾がふっくらと膨らみ、今にも零れそうになっている。春も、もう近い。
一通り落ち葉を集め、塵取りで器用にとっていると、1人の青年の声が遠くから聞こえた。
「おーい、しんぷー!!お早うー!!」
「あぁ浩之丞(コウノスケ)君、お早うございます。」
浩之丞と呼ばれた青年は、手を振りながら軽快な足取りで一二三の方に近づく。
「今日もチェスやりに来たぜ。」
「有難うございます。しかし、こんな朝早くから大丈夫なんですか?」
「大丈夫!この間から春休みだからな。」
「宿題は?」という疑問が頭に過ったが、せっかくの彼からのお誘いを無駄にしたくなかったので、それを喉の奥底へと飲み込んだ。
代島(シロシマ) 浩之丞は、一二三が管理している教会の近くに住む高校生。そして――スタンド使いでもある。
つい半年ほど前、気の弱いせいか街の不良に絡まれた一二三をスタンドで助けてくれたのが浩之丞だった。
そしてその不良の逆襲から、浩之丞をスタンドで助けたのが一二三である。
互いに互いが恩人であり、浩之丞が、自分の趣味でもあるチェスを少しかじっていた、という事から、今ではすっかり親しくなり、一人ひっそり暮らす一二三の数少ない友人だ。
浩之丞のスタンド「キルアウト・トラッシュ」は、触った物体を「暗黒物質」へと変える能力。
一度しか見たことが無いが、その能力は確かに凄い。触った所が崩れるように落ちていき、何も無かったようになる。言葉では説明はやりにくいが、兎に角凄い。
はたまた一二三のスタンドは「エンジェル・ガード・ユー」――本体が「守りたい」と思った人間に対する攻撃を無効化する能力。
浩之丞曰く、「攻めの俺と、守りの神父で完璧だ」と調子良く豪語するが、まだそんな強い敵にあった事がないし、第一他のスタンド使いなんて数人しか知らない。
むしろ、戦うなんて、怖すぎてごめんだ。
「しかし、俺もよくチェスの趣味が続いたなー!だって俺飽き性だし。」
「そうですね。」
彼は多趣味だが、すぐに飽きるらしい。この半年で読書、サッカー等々チェス以外の5つほどの趣味を聞いたが、今は続いているとは聞かない。
しかし、個人的にはチェスだけでも続いてくれるのが嬉しい。やはり、ひとりより相手がいる方がいいからだ。
モノクロの大理石の上に、静かにルークを置く。そして穏やかに宣言した。
「はい、チェックメイト。」
「あ、本当だ!!」目の前の詰まった自陣を見て 「あ゛ーっ!!」と叫んだ。広い教会にくぐもった声がこだます。
「やっぱり神父は強いなー!!」
「流石に10代の子の趣味よりも、チェスはかじってますからね。」
ははは、と薄い笑いを上げる。「そりゃそうだわ」と、浩之丞も笑った。
そんな平凡な空気が流れている、刹那。
絹をさくような女性の声が外で聞こえた。
「な、何事です!?」
「取り敢えず、様子を見に行こう!」
反射的に席から立った一二三は、狼狽えるように教会をぐるりと見た。そして、まるで慣れっこのような様子の浩之丞は、文字通りにあっという間に教会の扉の前へやって来、両手をかける。
扉を壊れんばかりに開け、外を一瞥すると、男二人が、倒れている女を取り囲んでいた。
「さっさと俺たちに渡しやがれよォ」
「い、嫌よ……。せ、折角、取り戻したん、だか……ら……。」
「ごォちゃごちゃ言ってェんじゃねェよ!!」
キレた男が、女に一発蹴りを入れる。あまり気持ちよくない鈍い音が雑木林に響いた。
女が、がはっと唾を吐き出すような声をあげたあと、芋虫のように踞る。そして、ふっと動かなくなってしまった。どうやら、気絶したらしい。
浩之丞は、ふつふつと沸き上がる怒りに身を任せ、三人の所へと走り出した。
「こんな所で何してんだァア!」
突然現れた浩之丞を見、慌てふためく。
「お、おい、ヤバイぞ、リュウ!ずらかるぜ!!」
「あぁ、だが……なっかなか離なねぇ……。」
「い、いいじゃねェかよ!!んなペンダント!!またこればよぉ……。」
「ンの野郎ォ!!!だからビビりッてんだろォオが!!!また怒られても知らねェからなァア!!?」
凄い剣幕で、キレた男――リュウはもう一方の男を怒鳴った。そして倒れている女が持っている物――ペンダントを剥ごうとしている。だが、強く握ってるせいか、なかなか取れない。
「チッ……。虎徹はこの女からペンダントを剥いどけ。俺はあのガキを始末しとくからよォ……。」
「ぇええ!?……判ったよ……。」
リュウは、立ち上がり、浩之丞の方を見やる。残りの男――虎徹はしぶしぶ女のペンダントを引き剥がそうとし始める。
浩之丞も止まり、リュウから一定間隔を開けた。
リュウは浩之丞をまじまじ眺めると、ぺっと唾を地面に出す。
「ガキィ?この光景を見たッつー事は、生きて帰れねェ事ぐらい解るよなァ?女と一緒にあの世……」
「ごちゃごちゃうっせーんだよ!!『キルアウト・トラッシュ』!!」
リュウの台詞を言い終わる前に、浩之丞は自分のスタンドを出し、彼を殴った。その拳は明らかに鳩尾に入り、先ほどより何倍もの嫌な音を出す。勿論リュウは、異様に黒い血を吐き出し気絶した。びくん、びくんと体が痙攣しているようだ。
それを見ていた虎徹は顔を蒼白にさせ、掴んでいたペンダントをぱっと離した。
「す、スタンド使いだぁああぁあ!!!」
浩之丞を凝視しついた彼はいきなり立ち上がったが、足が笑っているらしく、上手く真っ直ぐ立てない。気も確かではなく、錯乱している様だった。
そんな中、虎徹の後ろに異様な人型のものが出てきた。――スタンドだ! 彼もまた、スタンド使いだったのだ!
「こ、この女のせいで!!――殺ってしまえ!!『ハート・オブ・グラス』!!」
虎徹のスタンドが、拳を握り、腕を振り上げる。
浩之丞からの距離からK(キルアウト)・トラッシュは届かない。
(クソっ、どうすれば――!!)
「させませんよ。だって私は彼女に"触れた"んですから。」
静かに言う、声がする。
目を向けると、そこには、しゃがみこんで、倒れている女の頬を触る神父――一二三がいた。
「は、はぁ?何言ってんだこいつ!」
問答無用で虎徹のスタンドが、女に目掛けて拳を振り下ろされる。だが、一二三それを見て驚く所か、溜め息をついた。
「だから意味が無いんですって。」
言い終わると同時に強い風が、一つ吹いた。軽い音を鳴らしながら、どこからともなく一枚の広告が宙を舞う。そして、虎徹の顔にヒットした。
「ぅおぁっ!!?」
視界が遮られ、虎徹は広告を外そうとする。その間に下ろしきられたスタンドの拳は、女の体――ではなく、全く違う所の地面を叩き、窪みを作った。
「な、何ィイ!?」
「再三言ったのに……。」
一二三は飽きれる顔をする。虎徹はわなわなと肩を震えさせた。そして「クソッ」と呟くと、リュウを抱え踵を返す。どうやら逃げるようだ。
「浩之丞君!!攻撃を!!」
「判ってるよ!!」
一二三の言葉に「待ってました」と言わんばかりの浩之丞は、脱兎のごとく逃げる虎徹を追いかけようとする。
だが、再び虎徹はスタンドを出した。
「は、『ハート・オブ・グラス』!!殴りかかれ!!」
浩之丞はその攻撃の防御体制に入る。彼は得意そうな表情を浮かべ、K・トラッシュもニヤリと不気味な笑いをした。
だが、ハート・オブ・グラスは全く違う所を――雑木林の木の幹を一本――殴る。
「どこ殴ってん……何!?」
殴られた木は、ひしゃげる音と共にこちらに向かって倒れこむ。
そして"何故"か"殴られていない筈の周りの木"も、一斉にこちらに向かって倒れ出したのだ!
「危ない!!『エンジェル・ガード・ユー』!」
一二三はそう叫ぶと、浩之丞の腕を触った。すると、こちらに目掛けてきた筈の木々が、"何故か"二人を避けるように四方八方に倒れこんだ。
舞い上がった砂ぼこりのせいで、咳払いをしながら一二三は言う。
「大丈夫でしたか?」
「ああ。でも逃がしてしまった。」
浩之丞は服についた砂ぼこりを払い、チッと舌打ちをする。
「まあ多分このペンダントを狙って襲撃しに来るでしょう。
取り敢えず、彼女を教会へ。」
「もう!!あれほどスタンドを使うなって言ったのに!!」
スーパーのビニール袋を2つ抱えた少女が、イライラしながら教会の中へやってきた。
長いツインテイルを揺らし、つんとした様子でこちらへ向かってくる。
「湊都(ミナト)さん。有り難うございます。」
「あ、神父さん。大変でしたね……ってえぇええ!!」
湊都は一二三に一礼すると、教会の席に横たわる女を見て目を丸くさせる。
「え……。軽トラで殴ったの女性なの……?引くわ……。」
「ちげーよ!!俺が殴ったのは、この人を襲った奴だよ!!
それに軽じゃねぇKだよ!!それにトラで切るんじゃねぇ!!」
ぎゃーぎゃーと二人は騒ぎ出す。
田澤(タザワ) 湊都も教会の近くに住む女子高校生だ。
浩之丞と同い年で、年に似合わない幼い顔と、顔に似合わない体付きをしている。
そしてまた、スタンド使いであり、スタンドは「クラスター・アマリリス」。死んだ人と一度だけ再会する事ができる能力である。一二三は、見たことがないが、浩之丞曰くなんとも言えない冷たさと凄みがあるらしい。
「あら?この女の人、髪の毛で隠れてるけど、右側の顔に酷い火傷がある。」
「あ、本当だ。先程の奴にやられたのか?」
「それにしても、火傷は最近つけられたようではありませんよ。」
三人で思案していると、ふと、女の人の目が開いた。丸い目が三人を捉える。
長い睫毛をしばたかせながら、上体を起こした。
「ここは……?貴方達は……?」
「ここは、貴方が倒れた近くにあった教会ですよ。そして私はその神父をしている、奥江一二三と言います。」
「俺は代島浩之丞。で、こっちは……。」
「田澤湊都。あなたは?」
「私は沖野 有紀(オキノ ユキ)。助けてくれて有り難う。
だけど、どうやって助けてくれたの?」
「それは――……。」
有紀が倒れていた事、リュウを殴って気絶させた事、虎徹は逃げた事、そしてペンダントは無事だという事を包み隠さず伝えた。
勿論、スタンドの存在を伏せて。だが……。
「じゃあ、貴方達もスタンド使いなのね。
一般人にも関係無くスタンドを使う二人ですもの。そんな人に勝てるのなんか、スタンド使いしかいないわ。」
「あ、ああ……。」
「取り敢えず、ペンダントも守ってくれて有り難う。」
そう言って、有紀は一礼した。
肩にかかる長い髪がさらさらと落ちる。
湊都が首を傾げ、彼女に聞いた。
「有紀さんも、スタンド使いなの?
あと、追われていたのはどうして?」
「それは――……。」
有紀がぽつりぽつり話し始める。まるで教えるようにではなく、語るようだった。
話を要約すると、ペンダントは両親の形見である。両親は数年前、火事で亡くなり、自分の顔の火傷も、その時のものらしい。そして今は一人ぐらしをしているが、最近ペンダントを狙って怪しい輩に付きまとわれている、との事だ。
「あと、湊都さんが言うように私もスタンド使いなの。だから、そんなに、スタンドの存在を隠さなくてもいいわ。」
「そうですか。まあ、取り敢えず、沖野さんはさっきまで気を失っていらしたので、暫く安静にしててください。
先程の二人が来ても、こちらはスタンド使いが四人ですし、充分太刀打ちができますからね。」
一二三はそう言いながら、持ってきた毛布を有紀にかけた。有紀は「どうも」と呟く。
何か切れたような様子の浩之丞が、いきなり立ち上がった。
「ぁああ!!お腹すいた!!
湊都が買ってきたお昼ご飯、早く食べようぜ!!」
「そうですね、お昼にしましょう。」
一二三は微笑んだ。
四人は、教会の奥の、一二三の私室にある、古びたダイニングテーブルで昼食をとった。
湊都が買ってきたものは、スーパーのパン屋のサンドイッチやフランスパンなどのものだった。
有紀はカツサンドを一口口に含む。口の中で、お肉の濃い味が広がる。
「助けて頂いた上に、昼食もご馳走になって、なんとお礼をいえば……。」
「いいんだよ。困ってる人を助けるのが、人間だからな!!」
浩之丞が、へへんと得意満面で鼻をかいた。あんパンを頬張っていた湊都が、有紀に聞く。
「そういえば、ペンダントってどんな形なんですか?」
「ああ、こういうのだよ」
有紀はスカートのポケットから金色に光る丸いペンダントを出した。植物の彫りが施されており、真ん中に赤い宝石が散りばめられていた。
「うわあ、凄く綺麗ですね。輩が狙うのも判る気がします。」
「でしょ?自慢のものなんです。」
一二三の誉め言葉に少しにやつく有紀に、再び湊都は声をかけた。
「あと、ずっとスカートのポケットの携帯が光ってるけど、メールか何か?」
「え……?……嘘、本当だ!!」
黒いスマートフォンを取り出した有紀は、「あちゃー」と渋い顔をした。そして、どこかへ電話し始める。
「……もしもし、辰臣(タツオミ)さん?ごめんなさい、心配かけて。
今?2丁目の教会にいるの。え?うん、判った、待ってる。」
ぴっと機械音がなり、通話を終わらせた彼女は、三人を順繰りに見やった。
「ごめんなさい、今から数十分くらい後に、私のツレが来るみたい。そうしたら帰るわ。」
「辰臣さん、ですか?でもどうして心配を。」
「実は、今日二人で出掛けてて。それで彼がトイレにいってる間に、私あの変な輩に追われたから。」
「成る程、貴方をご心配していらっしゃったんですね。」
一二三は理解したように頷く。照れたように有紀ははにかんだ。
言ってはないが、辰臣は有紀の彼氏だろう。
数十分後。教会の扉を叩く音が聞こえた。
「辰臣さんだ!!」
湊都は嬉しそうに叫ぶ。有紀もやはり口には出してないものの、扉に近づく足取りは軽い。
そして、開けると、一人の長身の男が立っていた。
彼の顔立ちはかっこよく、鼻もスッと高い。
「湊都!心配した……。」
辰臣は有紀を抱き締めた。有紀も応えるように抱き返す。
「ごめんなさい、でもあの三人が助けてくださったの。」
顔だけ後ろを振り返り、三人を見た。
「どうも、うちの有紀を有り難うございます。」
「いえいえ、それほどでもー。」
辰臣は深々と礼をした。浩之丞は平然を装っているようだが、顔がにやけている。一二三も返すように一礼した。
「怪我は大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
「そうか、じゃあ帰ろう。」
「判ったわ。」
辰臣に向かって、有紀は優しく微笑んだ。そして踵を返して、今度は体ごとこちらを見つめた。
「また何かあったら、私達に頼ってくださいね。」
「そうよ。あたし達に任せなさい!!」
「ええ。今日は本当に有り難う!!
また、いつか」
そう言って、有紀は辰臣と共に街のの喧騒へと消えていった。
一二三達は、その虚空の姿をずっと見送ったのだった――……。
それは、春の小雨がしとしと降る日だった。
有紀と会ってから、もう5日が過ぎようとしている。
一二三は今日、近くのスーパーで湊都と買い物に来ていた。
一二三は一人ぐらしは長いものの、新鮮な食品を選ぶのは苦手らしく、たまに湊都と二人で買い物に来ては、食品の選び方を教わっていた。
「神父、お醤油はこの会社のが一番だわ。腐りにくいし、なんせお醤油の中でも一番美味しい!!おすすめ!!」
半ば強制的に勧める湊都に、一二三は反論できず、買い物かごの中に入れた。
色々回っていると、後ろから聞き覚えのある女性の声がした。
「あれ……奥江神父に、湊都さんじゃない。」
振り替えると、そこにいたのは数日前に出会った人――有紀がいた。
フードコートで、一二三と有紀はコーヒーを、湊都はクレープをそれぞれ頼んだ。
「まさか、こんなに早くお二人に会えるとは思わなかったわ。」
有紀はコーヒーを一口飲む。
湊都は、沢山のクリームを頬張りながら「あたしもですー」と同意した。
一二三が「そういえば」と切り出す。
「あの日から、また虎徹――でしたっけ?――と出くわす事は?」
「ありません。やっぱり、辰臣さんみたいに、普通の人が一緒だと襲撃もしにくいようで。あれから辰臣さんといる事が多いんです。」
「へえ……!!」
湊都は頬をかかえ、うっとりした。そして興奮冷めやらぬ様子で聞いた。
「辰臣さんとは、いつから付き合っているんですか??」
有紀はんっとー、と考え始める。そして
「あ、両親が生きてたずっと前からよ。プロポーズしようと思ってた矢先、火事が起きてしまって。
でも、やっぱり好きだから、結婚したいんです。
彼には私が襲われてる事秘密だけど、彼と一緒に居れば、安全だから。」
またそのノロケのような有紀の発言に、もっと湊都は赤くなる。
だが、一二三は何か考え事をしているらしく、険しい顔をしていた。そんな彼を湊都はまじまじ見た。
「どうしたんですか?神父??」
「いえ、なんでもありません。ちょっと……」
と、言い終わりかけるのと同時に携帯の着信音が鳴った。有紀が「私のだ」と呟きながらスマートフォンを取り出す。画面には着信を示す電話のマークと「非通知設定」の文字が表示されていた。
「だ、誰からかしら?」
「不在着信って、なんか不気味……。」
「取り敢えず、出てみましょう。
出れば――当たり前ですが――相手が判る筈です。」
有紀は固唾を飲み、一度、二度コールが鳴った後、着信ボタンを押す。ドッドッと心臓が鳴るのを全身で感じる。耳にスマートフォンをあて、恐る恐る「もしもし」と呟いた。
『ああ、有紀か?』
電話の相手は、若い男だった。そして、有紀にとって聞き慣れた声だ。
思わず立ち上がってしまった。
「こ、虎徹……ッ!!」
無論、その言葉に一二三は勿論、湊都まで驚愕した。
『有紀、お前の大切な恋人は誘拐した。』
「まさか、辰臣さんを!!?」
辰臣が誘拐されたと聞き、顔の血の気がさっと引くのを感じた。手先が冷たい。
『ああ、そういう名前だっけな?
……取り敢えずお前のペンダントと取り引きしよう。港の倉庫で待っている。今すぐ来い。』
「え、ちょっと待って、辰臣さんは無事な……」
――ブツッ……ツ――ツ――……
怒りに似た感情とやりきれない思いが沸き上がり、机を思い切り叩く。強い振動と共に、コーヒーカップががちゃんと派手な音をならした。
「有紀さん、虎徹は、何と……?」
「辰臣さんを誘拐しました。返して欲しくば、港まで来てペンダントと交換しろ、と。」
「うわぁああ!!下衆い!!
でもどうして有紀さんは、ペンダントを渡さないんですか?確かに両親の形見ですが……。」
そう疑問を投げ掛けた湊都を弱々しい瞳をで見、震える声で言った。
「もう、これ以外両親の物は残ってないの。どっちの家もずっと前に絶縁しちゃって、あとは全部燃えちゃって。
だから、手放したくないの。だけど……、辰臣さん……!!」
恐怖と怒りに耐えきれなくなった有紀は、瞳から涙の筋をひとつ作った。
「私、どうすれば……!!」
止めどなく流れる涙を抑えるために、両手で顔を覆った。
そんな彼女の肩を一二三はぽん、と軽く叩く。
「なら、どちらも守りましょう。
私たちは四人。向こうは何人いても構いませんので。」
「奥江神父……。……そうですね、私、どうかしてました。」
有紀は顔をあげ、精一杯笑顔を繕った。一二三も、湊都も微笑む。
「なら、早速港へ向かいましょう。湊都さん、浩之丞君に連絡を。」
「了解です。
有紀さん、必ず辰臣さんを助け出しましょう!!」
「……はい!」
春らしい冷たい小雨の中、四人は港へ向かった。西の方は青い。もうすぐ晴れるだろう。
着いた所は、沢山のコンテナが立地された、静かな所だった。
有紀は立ち止まり、辺りを見渡した。
「多分、この辺だと思います。
きっと、虎徹だけで無く、虎徹と同じ組織の輩も来るでしょう。」
「成る程……。
皆さん、気を引き締めて、辰臣さんを探しましょう。」
そんな一二三の言葉に、「ラジャー!」「了解!」と高校生二人は同調した。有紀は「待ってて……」と呟く。そして四人は歩き出した――……。
「しっかし、いつも気が弱くて『他のスタンド使いには会いたくない』とぼやいていた神父も、やるときゃやるなぁ……。」
我が子の成長を感動するような親の感じで浩之丞は言う。うんうんと、長いツインテイルを揺らしながら湊都も同意した。
「うるさいですよ。私だって怖いんですから。
……そうだ、皆さん、ちょっと来てください。私のスタンドをかけておきますので。『エンジェル・ガード・ユー』。」
その言葉と共に、一二三のスタンドは具現化した。
まるでチェスのビショップに羽根が生えたような見た目のそれは、上をくるくる回っている。
一二三は個々の体に触れた。触れる度に、目映く光る。
「これで一度だけ相手の攻撃から何等かの方法で"守る"事が出来ます。
ですが、どうやら"悪意"があって攻撃した際の反撃には無効のようです。――これは浩之丞君で経験済ですので。」
前、どういう訳か、浩之丞が気に入らなかった相手に攻撃、反撃をくらった時に一二三が守ろうとしても守れない、という事が、多々あった。
だから
だから、経験済なのである。
「ですので、もし攻撃しても、貴方達は人質を助ける"正義"と言うのを忘れないでください。
私は貴方達を"守りたい"んですから。」
「うざったい!!『クラスター・アマリリス』!!」
妖艶な紅い花のドレスを見に纏った、湊都のスタンドが、生身の人間を殴り付ける。勿論、すぐに白目を向いて泡を吹いた。
「もう!!こんなんじゃ埒が開かない!!
浩之丞、早く片っ端からコンテナをこじ開けなさいよ!!」
「わぁあってるよ!!」
作戦としてはこうだ。
女性二人が追っ手を引き付けている間に、浩之丞がK・トラッシュの能力――殴ったも物質を「暗黒物質」に変え、「暗黒空間」に送り込む――で、窓を片っ端から殴り、中を見渡し辰臣を探すという単純かつ地道なものだった。
「くそっ!!面倒くせぇ!!『キルアウト・トラッシュ』!!」
ばこんと派手な音と共に、炭のように変化した窓は、ほろほろと零れるように崩壊していく。
中を確認しよう屈んだ、瞬間。
「浩之丞君、危ない!!」
ひゅんと、空から何本ものナイフが落ちてき、彼の髪を掠めた。
もし彼が屈まなければ、首にナイフが直撃しただろう。恐らく、一二三のスタンドの効果だ。
「浩之丞君、大丈夫!!?」
「あ……ああ、大丈夫だ。」
そう口では言うが、どこかしら顔が青い。
「しかし、このナイフは何処から……?」
もう一度、スタンドを使おうと思い、浩之丞に近寄ろうとした足元に、再び、数本のナイフが刺さった。
コンテナの影から、一人の男の姿が現れた。
「やあやあ、この間はお前のせいで痛い目にあっちまったよォ。この餓鬼!!」
紛れもない、この誘拐事件の張本人、虎徹だった。
彼は、オールバックの髪をかきあげ、服の中からナイフを数本取り出した。
「リュウは病院だし、長には半殺しにされかけるしよォ…
お前、絶対ブッ潰す!!
『ハート・オブ・グラス』!!」
そう叫ぶと、持っていたナイフを一本浩之丞に目掛けて投げる!無論、浩之丞は叩き落とす!
「さっき俺が屈んだ時に……奥に、人影が見えた。多分、辰臣さんだ!!
俺はこのイカれた野郎を食い止める!!だから、三人で助けに行ってくれ!!」
そう叫んだ浩之丞を、残りの三人は吃驚したように見る。
「ですが、一人では……!!せめて、私だけでも!!」
一二三は、浩之丞に近付こうとしたが、湊都に腕を捕まれ、憚れた。
「あいつは、一度言うと飽きるまで止めません。
ここは、正々堂々、一対一でやらせるのがいいと思います。」
「ですが……!」
「もう!神父しつこい!
早く辰臣さんを助けて、あいつに助太刀すればいい話ですよ?
有紀さん、行きましょう。」
後ろめたそうな一二三をずるずる引っ張りながらコンテナの中へ入る。
前に、湊都は振り返り、ぽつりと呟いた。
「……絶対、負けないでよ……。」
二人きりになった港に、しとしとと、雨が降り注ぐ。心なしか、凪いでいた風も吹いてきた。
虎徹は、持っている残りのナイフを弄びながら、くっくっと喉で笑う。
「この5日間、お前をどうにかして殺っておきたいと思ったさァ。」
「光栄だな。俺もだ。」
「だァアアよなァアァア?
俺さ、殺すの、ちょっと怖いが、長のお仕置きに比べれば、へでもねぇよ!!」
言い終わると同時に、またナイフを投げた。――何故か自分より"斜め後ろ上"に向かって。
それを見て、浩之丞は笑いが込み上げる。
「どぉこ投げてんだよ、ぶぁあか!!」
けたけた笑い出す浩之丞のに、何か熱いようなものが、一瞬のうちに右腕から全身を駆け巡った。
右腕を見ると"何故かナイフが数本刺さっている。そう気がついた途端に、右腕に激痛が走った。
「ぐあああぁあああ!!」
無我夢中で、ナイフをとろうとするが、なかなか引っこ抜けない。
「ぉいおい? あんまし抜かない方がいいかもなァ?
出血多量であの世行きだぜ?
まあそっちの方が、俺にとっちゃ楽だがな!!」
今度は虎徹が笑いだした。
「でも、もっと楽しませてくれるよな? 浩 之 丞 君?」
「んヤロォ……!!」
(一体こいつのスタンドはなんなんだ!!
ナイフを操る能力か?それとも……?
くそっ、わかんねぇよ!!)
コンテナの中は薄暗く、先程浩之丞が開けた所のみから、光が入ってきていた。中にあった幾多の荷物の影に――手足を縛られた辰臣の姿があった。
それを見つけた有紀は、彼に近づき、思いっきり抱き締めた。
「辰臣さん!!……無事でよかった!!」
「有紀……。ペンダントは持って来たか?」
「勿論よ、ほら……。」
そう嬉しそうに、有紀はスカートのポケットを漁った。しかし、その腕を一二三が止める。
「ちょっと待ってください。
そのペンダントを出す前に、私にそれが何の効果があるのか教えてくださいよ。」
「能力……?なんですか、奥江神父?」
「いえ、まあ。 虎徹達が欲しがるようなペンダントなら、何かしら意味があってもおかしくはないと思うんですが……。
判りますか?」
そう聞かれた有紀は俯き、目を塞ぎがちで「知りません」と答えた。
「確かに、何かしらあってもおかしくはないね……。
辰臣さんは知ってます?」
「嫌、知らないな……。」
湊都に投げ掛けられるのが予想外だったのだろう。肩をびくつかせながら答えた。
一二三は、湊都ににっこり笑う。
「なら、他の人に聞きましょう。」
「え、もしかして、まさか……。」
「そうですよ。湊都のスタンドを使って、有紀さんのご両親に出てきてもらうのです。」
「あ、あたしは有紀さんの両親に会えないから、三人で聞いてね。
辰臣さん、訳もわからない事に巻き込んでごめんなさい。」
「嫌、大丈夫。君のスタンドを使って有紀のご両親の霊を出すんだね。」
辰臣は湊都ににっこりと微笑むが、どこかしら調子が悪そうだった。
「辰臣さん……大丈夫?」
心配そうに見つめる有紀の掌を掴みキスをした。そして「大丈夫だよ」と答える。
それを一二三は訝しそうに眺めていた。
「それでは出しますよ……!!『クラスター・アマリリス』」
そう彼女が叫んだすぐに、どこからともなく靄がたち始め、蔦が地面から生え、辺りが一段と暗くなる。そして湊都を除く三人が取り囲む円の中心にすぅっと白いものが浮かび上がった。二人の霊だ。
それを見て有紀ははっと目を丸くさせる。
『有紀!!どうして!?』
『有紀ちゃん……。まあひどい火傷……!あの時の火事のものね……。』
「そんな事はどうでもいい……。
ずっと会いたかった……!!」
2つの瞳から涙を溢れ出せた有紀は、せきが切れたように泣き出した。そんな彼女の様子を見つつ、一二三自身が本題に入る。
「こんにちは、沖野夫妻、はじめまして。奥江と申す神父です。
単刀直入に言います。貴女方が有紀さんに遺したペンダントは、どういう能力があるのでしょう?」
すると、父がこちらを向き口を開いた。
「『不老不死』に関係があるんですよ。』
「不老不死、ですか?」
『ええ。ペンダントは、見れば判るように、真ん中に赤い小さな宝石が嵌め込まれています。
これは「エイジャの赤石」と行って、はるか昔これを巡って人と人にならざる者が争ったらしいんですよ。
この石が不老不死と実際どう関係があるか判りませんが……。」
そう聞いた一二三は、またニコニコ笑いだした。そして視線を辰臣に向ける。
「ですってよ、辰臣さん。」
その途端に、有紀の母の目の色が変わる。父も、どこかしらおこっているようだ。
『有紀ちゃん、まだ辰臣と付き合ってたの!!?』
「ええ……そうよお母さん。何かいけなかった……?」
『いけないもなにも、うちの家に火を放ったのはその男だ!!
あいつがワシらを殺したんだ!!』
有紀の顔から、サッと血の気がひく。そして辰臣の方、両親の方を互い違いに見あった。
「え、嘘……!あの火事は、お父さんの煙草の不始末だって……。
嘘でしょう?ねえ、辰臣さん……。」
「……バレちゃ、しょうがないか。」
俯いてい
話の一部始終を聞いていただろう湊都が、辰臣の前に立つ。
「乙女の心を玩ぶなァアアァアアアッ!!『クラスター・アマリリス』!!」
彼女とK・アマリリスは低い姿勢をとり、ジョブを辰臣の鳩尾に目掛けて打つ!
だが、ひらりと横にかわされた。そして彼はその体制のまま、回し蹴りを放つ!一二三の守りの加護を受けた湊都は、間一髪の所で体を反り、避けた。
(こいつ、速い!!だけど負けないわよ……!!)
「もう一発くらいなさいッ――……!?」
体制を立て直し、顔を上げた瞬間、おぞましく笑う目の前に辰臣が居た。湊都の背筋に悪寒が走る。
「残念だったねー?『ストラクチャー&フォース』。」
彼のパンチが湊都の左腕に決まった。メキィと、ひしゃげた音を鳴らしたと思った途端に、湊都の左腕は、ぱらぱらとパズル状になり、地面へと脆く落ちる。
「い……いやぁああぁあ!!!」
自分の腕が落ちてしまった事にショックを受けた湊都は、そのまま座り込んでしまった。
「あっはっは!!これは愉快痛快!!
ついでだから教えるよ。僕のスタンドは物質をパズルのように分解できるんだ。
パズルだから他の分解したものと彼女の腕と一緒に再構築出来るんだ。
さあどう防ぐかい?神父と、僕の恋人さん。」
一方外では、右腕の痛みを押さえながら闘う浩之丞が居た。
「『ハート・オブ・グラス』!!」
再び、虎徹はナイフを数本投げ付ける。それを浩之丞は、左手だけ使って叩き落とした。がしゃがしゃ、と金属特有の大きな音を鳴らして地面に落ちる。ずっとその繰り返しだ。
ただ、先程のように、後ろからくる攻撃は無く、全てのナイフが地面に力無く落ちたままだった。
(なんだなんだ……。さっきみたいに後ろからはないのかよ……。
ぜんっぜん判んねぇ!!)
「そろそろ終わりにしようぜェ?浩之丞君。」
そう言った虎徹の手にはナイフ、では無く、ナイフが刺さった、生きているカモメだった。そのカモメの首根っこを右手で掴んでいる。
「これでテメェの命を終わらせてやる!!」
「お前、何を……!!」
「うるせェエ!!」
虎徹は右手を力一杯入れた。
勿論カモメは苦しがる。そしてどういう訳か、浩之丞の息も浅くなってきた。だんだん自分が青ざめていくのがわかる。
「かはっ……」
「いいねェいいねェ、その表情。もっと苦しみな!!」
(わ、判ったぞ!!
あいつの能力は『他のものと、周りのものをシンクロさせる』んだ!!
だが、後ろからナイフが飛んできたのは!?解除の仕方は!?)
「クソッ!!」
イライラが最大になった浩之丞は、後ろのコンテナを叩く。ドゴン!!とおおきな音が響き、コンテナの壁がほろほろ崩壊し始める。
――そして、何故か。首の苦しみが無くなった!
そこで、浩之丞は閃いた。
(解除方法が判ったぞ!音だ!
俺が叩き落としたナイフは派手な音を鳴らして落とした。
だが、神父の足元に刺さったナイフは音を鳴らしていない!!
そのナイフ群が俺の腕を刺したんだ!!)
「お前のスタンドの能力も、解除方法も判った!!
もうお前は敵じゃねぇ!!」
浩之丞は虎徹に向かい走り出す。その言葉に驚き戸惑い始めた虎徹がまた、カモメの首を締めるが、浩之丞は地面を叩き、大きな音を出した!
今度はピンチになった虎徹の顔が白くなっていく。
「二度と同じ手にはかかんねェよ!!」
「浩之丞君、俺が悪かった、悪かったから許してくれ!!」
「うっせぇよ!!こっちは死にかけたんだ!!
いくぜ、『キルアウト・トラッシュ』!!」
ド ド ド ド ド ド ド
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェ!!」
一発、二発と浩之丞は殴り続ける!!そして、虎徹の顔がひしゃげた程度になると、彼は攻撃をやめた。どうやら微かに生きてはいるらしい
「後悔するなら過去の自分を恨めよ!!」
(さて、三人の様子を見に行くか……。)
いつの間にか、雨が上がり虹が空にかかっていた。
有紀もまた、へなへなと座り込んでいた。
一二三は、湊都から辰臣を守ろうとしている。
いつの間にか有紀の両親は消えていた。どうやら湊都が攻撃を受けたかららしい。
(まさか、辰臣さんが絡んでいたなんて。あり得ない。そんな……。
私が、両親を殺したんだ……。)
呆然としながら、手にペンダントを持つ。ふと、とある事に気がついた。
――ペンダントが七色に光っている――。
いつもは金色の光沢を放つペンダントが何故か七色に光っていた。
(そういえば、昔両親が言ってた。)
目を閉じて、あの日の事を思い出す。それは、ずっと昔の、幼い日の出来事。
「見てお父さんお母さん、お空に虹がかかってるよ!」
「あら本当、綺麗ね、有紀ちゃん。」
「そうだな。そうだ、これを見てくれ。」
父が思い出したように胸ポケットから取り出したのは、いつも大切に持っている金色のペンダント。しかしその日は、七色に光っていた。
「あれ、どうして七色に光っているの?」
「それは、空に虹が架かっているからよ。」
そう言って、母は笑った。
父は肩車をしてくれた。遠くまで虹を見渡せるようにだ。
「虹は、天使や死者の為の橋さ。
もし、お父さん達が死んでも、虹の上から有紀を見守っているからね。」
「えー、まだ死なないでよ!」
「だからずっと後の話さ。
でも覚えていておくれよ、有紀……。」
「お父さん、お母さん……。」
また、涙を流し、大切な思い出と共にペンダントを抱く。そして立ち上がった。そして辺りを見渡すと、確かにいつの間にか出来ていたコンテナの穴――先程、浩之丞が息苦しさで作った所――から虹の光が差し込んでいた。
(やっぱり、虹が出ている――……!
虹は、私の最大の武器……!!)
有紀はペンダントを首にかけ、自分を震いだ足せる為に、顔をぱちぱたと軽く叩く。
「辰臣さん、……いいえ、辰臣。
ここで両親の敵や湊都さんの敵を晴らす!!」
辰臣はめんどくさそうにこちらを見る。
「僕さ、流石に大切"だった"、"元"恋人を傷付けたくないんだ。
だから、さっさとお帰り、有紀。
それとも、あのロリ巨乳みたいに腕をバラバラにされたいかい?」
「五月蝿いわ。私は今、貴方を倒したいの。
だからかかってらっしゃい。」
辰臣ははぁあと長い溜め息をついた。
「仕方ない。綺麗にパズルのピースにしてあげるよ。」
「やれるものならやってみなさい……!!」
(有紀さん……どうか、ご武運を……!!)
一二三は、胸元の十字架を手に取り、空に祈った。
二人は一定の距離を保ったまま動かない。その間を冷たい雨上がりの湿った空気が通り抜ける。
先に動いたのは辰臣だった。
彼は有紀にここまでか、という程まで距離をつめ、殴りかかった!
だが、有紀はジャンプをして、避ける。そして、彼女の姿を見失ってしまった!
なんと軽やかなフットワークだろう!有紀はいつの間にやら、コンテナの外に出ていた。
「こっちよ、辰臣。」
「チッ……ちょこまか動きやがって。」
辰臣も大きな穴でコンテナから出た。一二三も、湊都を抱えて外へ脱出する。
其処には、沢山の虹が至る所へと架かっていた!
有紀は、手を腰に当て、海をバックにスタンドを具現化させ立っていた。
「私のスタンドの名前は『ハイ・フライング・ストレンジャー』。空に虹を作り出すスタンドよ。
持続時間は"本物"の虹が消えるまで。
それまでに、貴方にカタをつけるわ……!!」
そして作り出した"偽物"の虹の上を歩き出す。
「そういう訳か、有紀。ならば乗ってやろう!!」
辰臣も、彼女の作り出した虹へ乗った。
外に出ると、浩之丞に出会った。
そして浩之丞はぐったりと気を失っている湊都の腕を見て、驚愕な表情を見せた。
「おい、湊都の腕どうしたんだ?誰にやられたんだ!!」
「落ち着いて浩之丞君。話せば長くなりますが簡単に言えば辰臣さんが黒幕でした。」
「えっ!!……なんだって?」
「今、自分の為に、そして湊都さんの為に辰臣さんと戦っています。
それより、浩之丞君の方も、右腕どうしたんですか!!?」
「ああ……、これは、名誉の負傷だよ……。」
二人は虹の上で戦っていた。有紀のパンチを軽々と避け、辰臣のキックをバク転でかわす。そんな攻防が続いた。
遠くにいる一二三が気がつき叫ぶ。
「有紀さん!!もう虹がほとんどありません!!気を付けてください!!」
そう警告した時だった。本物の虹が、完全に消え、ハイ・フライング・ストレンジャーが作り出した虹――足場が消えた。
丁度不安定な格好だった有紀は思いっきり尻餅をつき、倒れ混む。
その隙に、辰臣が彼女の体を足で挟むように立ちはだかる。
くっくっと辰臣は笑い出した。
有紀は恨めしそうに辰臣を睨む。
「残念だったよ有紀。ここでお別れだ!!せめて粉々にしてあげてからゆっくりと殺してあげるよ!!
『ストラクチャー&フォース』!!」
今まで見たことがないようなスピードで、彼女に殴りかかった、はずだった。
あんな至近距離にも関わらず、攻撃は地面を抉り、ほろほろとパズルのピースにしていた。
穏やかな、どこか哀れむような表情で有紀は呟く。
「本当、当たらなくて残念ね。」
「な何ィ!!?バカな、そんな筈は!!」
「成る程、神父のスタンドだな!」
「さっすが」と浩之丞はぱちんと指を鳴らす。
「そしてこの時を待っていたわ!!
出てきて『ハイ・フライング・ストレンジャー』!!」
叫び終わるのと同時に、有紀のスタンドが具現化された。足に羽根がついた彼女のスタンドは拳を構える。
「くらいなさいッ!!
ダンダンダンダンダンダン――ダンス オア ダイ!!」
そして、有紀のラッシュが決まった――……。
辰臣は泡をふいて前に倒れ混む。イケメンとは程遠い顔になっていた。体の至るところが痙攣し、正に「Dance or die(死ぬまで踊ってろ)」だった。そんな彼を一回蹴り、有紀は空を仰いだ。
「お父さん、お母さん……仇、とったよ……」
そんな彼女の声が夕焼けの赤い空気に溶けるように消えた――。
それから数日間後。茶菓子を持った有紀が教会を訪ねた。
「この間はごめんなさい。三人に迷惑かけちゃった。
お礼にとはいかないけど、食べて。」
あの後、気を失った辰臣を起きさせ、湊都の腕を治してもらい、浩之丞は、病院で包帯を巻いてもらい、辰臣と虎徹は入院した。
辰臣は退院後、放火罪と殺人罪で逮捕されるらしい。
「でも、本当に助かった。なんて、お礼言えばいいか……。」
「嫌々、俺は倒せたし。」
「あたしも自分より強い人が沢山いるって判ったし、何より……」
「『あの気の弱い神父が強い所を見せた』でしょう?」
「「あったりー!!」」
高校生二人と有紀の笑い声が教会に響く。一二三は咳払いをし、話題を変えようと有紀に質問をふった。
「そういえば、ペンダントはどうしたんですか?」
「ああ、あれはお墓の骨壺の中に入れました。
それが一番かなって。」
「そうですか、多分私もそう思いますよ……。」
「本当にありがとうございました。この恩は一生忘れません。」
帰り際に有紀は深々とお辞儀をした。
「こんどはいい男を捕まえてくださいよ!!」
「浩之丞君も、いい彼女が出来るようにがんばってね。」
何故か浩之丞は照れたらしく、頬を赤らめた。
「それではまた、お元気で。」
「ええ、いつかまた、会いましょう……」
そしてまた、再び教会に平穏が訪れたのであった……
The End...
使用させていただいたスタンド
No.6261 | |
【スタンド名】 | エンジェル・ガード・ユー |
【本体】 | 奥江一二三 |
【能力】 | 本体が「守りたい」と思った人間に対する攻撃を無効化する |
No.1729 | |
【スタンド名】 | キルアウト・トラッシュ |
【本体】 | 代島浩之丞 |
【能力】 | 触った物体を『暗黒物質』へと変える |
No.6005 | |
【スタンド名】 | クラスター・アマリリス |
【本体】 | 田澤湊都 |
【能力】 | 死んだ人と一度だけ再会する事ができる |
No.6255 | |
【スタンド名】 | ハイ・フライング・ストレンジャー |
【本体】 | 沖野有紀 |
【能力】 | 空に虹を作り出す |
No.5699 | |
【スタンド名】 | ハート・オブ・グラス |
【本体】 | 虎徹 |
【能力】 | このスタンドが憑依した対象の状態を周囲の生物や物にも作用させる |
No.1007 | |
【スタンド名】 | ストラクチャー&フォース |
【本体】 | 辰臣 |
【能力】 | 物質をパズルのように分解できる |
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