
―コンコン。
「開いてるよ、入りたまえ。
「失礼します。
青年がドアを開けると、革張りのソファに腰を掛けた老人が、親しげに軽く右手をあげる。
丸眼鏡に毛髪のほとんどない頭、ヨレヨレのシャツにチノパン。古くさい腕時計。
部屋の雰囲気とは、お世辞にもマッチしているとは言い難い。
いかにもな金持ちの書斎。アンティークなインテリアに、数々の美術品。全て本や美術館で見たような代物だ。
仮に、ここにある物全てが本物だとすると・・・
最新型の戦闘機を買ってもお釣りがくるだろう。
「(さすがにそれはないか・・・
自身の頭に浮かんだイヤらしい金勘定を捨て去り、再び老人へと目を向ける。
確かに、身なりは汚いが・・・
眼鏡の奥に覗かせる眼は、少年のようであり
深い知性の海のような青色をたたえている。
「(この人・・・身体は老い衰えても、
探求心と言うか、心と言うか・・・それは全く衰えていないんだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
「・・掛けてくれるかね?
君が座ってくれないと、儂は上を向いてなきゃならん。
首が疲れるんじゃよ。ホッホッ・・
「あ・・すいません。
促されるまま、ソファへと腰を下ろす。
「さて、と。
君は確か~・・えーっと、何て言ったかな?
「栗田 篤志(クリタ アツシ)です。
大学で日本各地の妖怪に関する伝承の研究を・・・
「オッ!そうだった、すまない。
この年になると物忘れが酷くなっていかんね・・・
で、栗田君。今日は
君が体験した話を聞かせてもらいたくて、わざわざ足を運んでいただいた訳じゃが・・・
君は妖怪を信じるかね?
栗田「・・・正直、研究はしていましたが郷土文化の一環として見ていました。
過去にあった不可解な物事や事件、非業の死を遂げた人物。
そういった話が、時が経つにつれて妖怪話に変わっていったと考えていましたから。
そして、その背景を解き明かしていくことで、当時の文化を知る事が出来ると・・・
老人は、見据えるような眼で栗田を見ている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「・・・・じゃあ、今はどうかね?
栗田「今は・・
今は、信じずにはいられません。
科学的にも説明がつかないことを、この目で、耳で、身体で・・・体験しましたから。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
「結構。それでは聞かせてもらおうかの。君の話を・・・
老人はそう言うと、古いパソコンとプリンタを机の上に置いた。
栗田「・・・?
あれは去年の夏、8月の頭頃です。
私は、研究の為に
○○県の山奥にある村に来ていました。
――――
栗田「暑い・・・
ここでこれだけ暑いとなると、東京は灼熱地獄だな。
―ミーンミンミンミン・・・・
栗田「宿までバスが通ってないなんて・・・・
一人、ぶつぶつしゃべりながら僕は山道を進んでいた。
人と出会う事もなく、1時間以上歩き通している。
さすがにバテたので木陰に腰をおろし、スポーツ飲料を流し込む。
栗田「はぁ・・・生き返る~。
しばらく休憩していると、蝉の声に混じって車のエンジン音がこちらに近づいているのに気付く。
栗田「車だ。
乗せていってくれたら助かるんだけどなぁ。
―ブロロロ・・・
―キィー・・・
栗田の前に一台の軽トラが止まる。
栗田「(あぁ・・・!助かった!乗せて行ってもらいたい!
「・・・随分若そうだけど、学生さん?
栗田「あ・・はい。
東京から郷土研究に来てて、宿に向かってるんですが。
年の頃は50代半ばといった、作業着姿の女性が窓から顔を覗かせる。
助手席には小学生の男の子が一人。
栗田「・・・(満席だ。いや、この際荷台でも構わない。
女性「宿って言うと
高橋さんちかね?
栗田「はい、近くを通られるんですか?
女性「近くも何も隣の家だよ。
荷台で良ければ乗せてくよ、歩いてたら日が暮れちまうから。
栗田「そんなに遠いんですか?
女性「まぁ距離で言えば10kmないけど、なんせ山道だからね。
それにこの辺りは熊が出る。
熊。
それを聞いた僕はお礼もそこそこに荷台へと乗り込んだ。
女性「熊もだけど、【鬼火】にさらわれちまうかもしれないしなぁ。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
栗田「鬼・・火?
本当に出るんですか?伝承の?
女性「出るよ~。
夜になるとな、山の中にポワ、ポワって・・・
それが目撃された次の日になると、旅人の姿が消えてしまうんだよ・・・
ゴゴゴゴゴゴ・・・
栗田「・・・(本当だってのか?ただの伝承じゃなくて?鬼火?
女性「そんな神妙な顔すんな、冗談だよッ!
栗田「あ、冗談ですか・・・ハハッ、そうですよね~。出るわけないですよね!
女性「いや、鬼火は出る。
栗田「え?
女性「旅人をさらうってのは冗談だけどな。
雨の夜・・・出るんだよ。
そうして次の日には誰かがいなくなる。
これは本当だ。
栗田「え?
ゴゴゴゴゴゴ・・・
栗田「あはは・・・おかあさん、冗談キツいですよ~。
女性「・・・まぁ、気をつけなぁ。
雨の降る夜は出歩かない事さ。
そうこう話すうちに車は宿へとたどり着いた。
栗田「ありがとうございました。
女性「いいって、ほら靖夫(ヤスオ)
荷物運ぶの手伝いなッ!
栗田「いやいや!大丈夫ですよッ!自分で・・・って
僕が言い終わる前に少年は荷台の荷物を背負っていた。
栗田「・・・あ、ありがとう、靖夫くんって言うんだね。
僕は栗田、よろしくね。・・・ッ!?
荷物を抱えながら、靖夫の顔を覗きこんだ僕はぎょっとして荷物を落としそうになってしまった。
彼の目の中に、一瞬炎が揺らぐような橙色を見たような気がして。
靖夫「お兄ちゃん?どうかした?
次に見た時には、橙色は消えており
人なつっこそうな優しい両眼が、僕の顔を心配そうにのぞき込んでいた。
きっと怖い話を聞いて少し精神が不安定になったのだろう、子供の瞳の中に炎を見るだなんて・・・僕は、少し暑さにやられたのかもしれない。
栗田「あ、いや、何でもないよ。
荷物は玄関に置いておいてくれる?
靖夫「うん、分かった!
そう言って、少し足を引きずるような格好で靖夫は走り出した。
栗田「・・・?(怪我でもしてるのかな?)
僕が怪訝そうな顔をしていたのだろうか。女性が口を開く。
女性「あの子は生まれつき足が悪くてね。
本人も気にしてるから、触れないでいてくれるかい?
あぁなるほど。大丈夫、僕は他人の身体的特徴をからかうほど子供じゃない。
分かりましたと告げて荷物を肩にかける。
それから10日程経った。
朝起きて、小川で顔を洗い、朝食を済ませたら
農作業を手伝いながら地元の人から昔の話を聞く、
夕方になれば昼間の話をレポートにまとめ、風呂と夕飯をいただいて床につく。
そんな暮らしの中で分かった事が一つ。
この村の人達は火の後始末に非常に気を使う。
村の至る所に水を張ったバケツや貯水池があり、毎朝近くの住人が点検を怠らない。
昔大火事でもあったかと思い、聞いてみても「そんな事はなかった、これは鬼火避けだ」と口を揃える。
栗田「・・・やっぱり、鬼火は本当にいるのか?そんな馬鹿な。
靖夫「お兄ちゃん、これは何の本?
あぁ、それから
隣の家の靖夫くんとはだいぶ仲良くなった。
年の離れた兄の様に慕ってくれている。
学校が終わると僕の部屋に来て、色々と話をしてくれる。
僕もお礼に、東京から持ち込んだ無○正のDVDなんかを見せてあげたり・・・
あ、ちなみに僕の好みはブロンディ。
まぁ、大人への一歩を踏み出させてあげたとも言える。
ただ、学校の話になると表情を曇らせた。
靖夫「学校は・・・好きじゃない。
靖夫くんは、一つ見聞きした事を十にも二十にもして、自分の物にする賢い子だった。
そんな子が、勉強が嫌で学校が嫌いだとは考えにくい。
栗田「・・・ふーん、そっかぁ。
煙草の煙を吐き出しながら、僕はあえて興味なさげに答える。
本当は原因の目星はついていたが、触れないでおく。
そう約束したから。
それから三日が経ち、東京に帰る日を明日に控えていた。
結局、鬼火など出ずに靖夫くんと二人、部屋で話をしていた。
靖夫「お兄ちゃん、明日にはいなくなっちゃうんだよね。
栗田「またいつか会えるさ。
その日は・・・雨が降っていた。
栗田「そうだ、靖夫くんにコレあげるよ。
そう言って、無○正ポルノ雑誌を取り出す。
友情の証、これで僕と同じ金髪好きになってくれれば・・という願いも込めて。
しかし
靖夫「う~ん・・・僕、お兄ちゃんのライターの方が欲しい。
栗田「ライター?
何の変哲もない普通のオイルライター、
別に高い訳でもなく思い入れもない。
あげたっていいが、小学生にライターはマズイ。
だが、どうしてもとせがむので、火遊びは絶対にしないように!と、念を押してライターを渡した。
物珍しそうにフタを開けたり閉めたりしていたが、靖夫くんが火を点けた瞬間。
瞳に橙色が宿ったように見え、僕は鬼火の話を思い出し・・・
何か、大変な事をしでかした。そんな気持ちになっていった。
―カチンッ。
火を消した靖夫くんの瞳は普段と同じ色をしていて、僕は炎が写り込んだのだと考える事にした。
その後何を話したかはよく覚えていない。
早朝の電車に乗るために早々と布団にもぐり込んだのだが、一向に眠くならない。
雨音と共に不安はどんどん大きくなり
ついに僕は布団から抜け出した。
栗田「寝られない・・・もう夜中の2時過ぎてるし、今から寝てもなぁ。
呟いて、煙草をくわえ、ライターが無いので台所へ向かう。
流しの引き出しからライターを取り出し、火をつける。
―カチッ。
橙色の灯りが薄暗い台所を照らす。
栗田「・・・ふーっ。
煙を口から吐き出し、何気なく窓を覗く。
窓の外には橙色の灯りが見えた。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
・・・ゴクッ。
生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
僕は金縛りにあったかのようにその場に釘付けになっていた。
栗田「鬼火・・・
勿論、恐怖はあったがそれよりも好奇心の方が先に立った。
僕は何を考えていたのか・・・傘もささずに雨の山中に向けて、飛び出していた。
しばらく進むと、少し開けた場所に出た。
そこには、バットやら木材を持った子供が数名・・・
反射的に僕は息を潜め、茂みに身を隠す。
「なんだよアイツ!
こんな時間に呼び出しやがって・・・
「痛い目見せて欲しいんじゃねえの?
「言えてるッ!ぎゃはははっ!!
栗田「・・・?
村の子供か?こんな時間に呼び出しって・・・おかしいだろ。
そのとき、フッと周囲が明るくなる。
栗田「・・・橙色の
鬼火・・・?
目の前に現れた、不可思議に、思考が乱される。
鬼火と言えば【火の玉】というのがよく聞く話だが、その鬼火は人の形をしていた。
栗田「何だ・・・これ。
「うわぁああッ!?
子供達は逃げようとしたが、あっと言う間に鬼火に捕まる。
すると、瞬く間に全身が燃え上がり・・・
人の形をした鬼火が次々と増えていった。
苦しそうな動きをするが、鬼火達は声もあげず。
栗田「声は・・・出せないのか。
肺の中まで焼かれてる・・・か?
やがて、鬼火達は動かなくなるが、それでも炎は消えない。
雨の中・・・勢いは弱いが、消えない炎でくすぶりながら、彼らは灰となった。
灰は雨によって流される。
痕跡はなにも残っていない。
栗田「鬼火にさらわれるんじゃあない・・・焼かれて消えたんだ。
いつの間にか、僕の頭は冷静になっていて、せっかくだから鬼火の正体を探ろうと思いたったその時。
―ズズッ・・・
何かを引きずるような音がした。
栗田「・・・?
恐怖が再びわき上がる。
やはり正体を見るのは止めよう、そう思って後ろを向くと
橙色の瞳が目の前に。
栗田「~~~ッ!!?
気が付けば朝。
僕は急いで宿に戻り、挨拶もそこそこに逃げるようにして、その村から去った。
駅に着くと、靖夫くんのお母さんの姿があった。
靖夫母「そんなに急いで、帰らなくても。
栗田「いえ、電車に遅れるとマズいので、お世話になりました!それでは!!
正直、僕の頭の中には一刻も早く逃げたいという気持ちしかなかった。
脇をすり抜けて改札へ向かうと、後ろから声をかけられた。
「昨日見たことは誰にも言うなよ。
僕は・・・恐怖のあまり、振り返りもせず東京へと逃げ帰ってきた。
「それで?
栗田「・・・終わりです。
カタカタカタカタ・・・・
手元のパソコンで文章を打ち込んでいた老人の手が止まる。
「フ~ム・・・なかなか興味深い話だったよ。
ところで・・こんな話は知っているかな?
【妖怪に出会った人間を捕らえて口封じをする妖怪】の話なんだが・・・
老人の青眼がイタズラっぽい光をたたえる・・・
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
栗田「あの・・・何のご冗談でしょうか?
―バリンッ!
栗田「ッ!?
電球が割れる。
―ガチャ・・!
鍵が一人でに閉まる。
栗田「・・・・え?
ゴゴゴゴゴ・・・
「ホッホッ・・・!
知らないなら知らないでも、構わんがね。
・・・これから嫌でも分かる。
ふ・・・と、顔を触られる。
栗田「・・・!!
驚いて後ろを振り向くが誰もいない。
老人がニヤニヤ笑いながら、指で上をさす。
つられて視線を上へ・・・
そこで僕が見たものは、【女性の生首】。
栗田「ッギャアアアアァアッ!!!!!
僕はドアをぶち破り、全速力で逃げだした!
この後・・・どうやって家に帰ったかも覚えていない。
「・・・やり過ぎだったんじゃないですか?お父さん。
「ホッホッホ・・・
1万ドルのドアが台無しじゃのお。
部屋には女の生首と、青眼の老人。
「後で詫び状でも送っておくか。
それにしても、おまえさんのスタンドは便利じゃの。
「透明になれるだけですけどね。
生首の下に身体が現れる。
「透明ってのがすごいんじゃよ・・・
さて、と。
―パシパシィッ
老人がパソコンに触れると、プリンタから鬼火と靖夫の姿が
印刷される。
ドドドドドドドド・・・
「○○県なら杜王町に近い・・・
派遣するのは、億泰くんの娘さんなんかどうじゃ?
「う~ん・・・今回はいくら、なゆたんでも一人じゃあちょっと難しいような・・・
なゆたん、子供に甘いからなぁ~・・・
「よし・・・じゃあ他のスタンド使いにも連絡を取ってみようかの。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
続・・・かないです
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