この設定は純粋に創作上のものであり、現実の団体や個人を貶める意図は一切ありません。
本作は、架空の世界を舞台にしたフィクションであり、実在の人物、団体、場所、出来事とは一切関係ありません。この創作物が提供する情報や設定は、あくまで物語の一環として楽しんでいただくためのものであり、現実のいかなる団体や個人を中傷する意図は全くありません。
| 党首 |
長谷川大吉 |
| 副党首 |
清水陽 |
| 成立年月日 |
第一次改革維新の党:西暦2012年10月1日 第二次改革維新の党:共立公暦985年4月16日 |
| 前身政党 |
第一次改革維新の党 |
| 本部所在地 |
新大坂市 |
| 新大坂市議会議席数 |
77議席 |
| 党員数 |
8万人 |
| 政治的思想・立場 |
中道右派 民主主義 多元主義 資本主義 |
概要
歴史
党史では、旧世界で結党してから学区編入までの時期を第一次、編入を機に再出発してからの時期を第二次として数える。
結党
党の起こりは、西暦2010年4月19日、旧世界の『大阪府』で結成された地域政党の大坂維新の党にある。結党に加わったのは、府政の停滞に見切りをつけて自由国民党を離れた府議会と大坂市議会の議員たちで、行政の効率化と減税を旗印に、地方議会で急速に議席を伸ばした。看板政策の都構想は、大坂市を廃して複数の特別区に分け、府と市に割れていた行政を一本化する構想であった。同2012年10月1日には国政への進出に合わせて党名を改革維新の党に改め、地域政党の組織に国政の看板を重ねている。同2015年の住民投票で都構想は僅差で否決されたものの、党は府知事と大坂市長の座を保ち、区割りを練り直して再度の投票に備えた。転移の直前には万国博覧会の誘致運動にも着手しており、府知事を兼ねる代表と、党籍を持つ市長の酉野玲奈が、府と市の両輪として運動の先頭に立っていた。
転移
共立公暦977年にあたる西暦2017年1月7日の
事象災害は、党の組織を市域の境で断ち切った。当日は土曜日で、府知事を兼ねる代表は市外に出ていたため、府とともに旧世界に残されている。府議会が府ごと失われると、市内の選挙区から選ばれた府議は議場を失い、週末を地元で過ごしていた国会議員も、国会との繋がりを断たれて議席の裏付けを失った。後に党首となる長谷川大吉は、帰郷中に転移に巻き込まれた衆議院議員の一人である。国政の組織が消えた党は大坂市議会の議員団を軸とする地域政党に引き戻され、指導部は運営委員会を設けて代表の職務を代行した。同1月21日の臨時代表選挙では、短い選挙戦の末、酉野市長の支持を受けた清水陽が圧勝した。就任演説で「街から無法を排除し、秩序を取り戻す」と宣言した清水は、治安の回復を党の最優先課題に据えている。府と国の不在は都構想と副首都誘致の前提を奪い、党の政策は一から組み直しを迫られた。
治安再建
府の後ろ盾を欠いた市政の立て直しを、党は酉野市政の与党として議会の側から支えた。市長が専決処分で成立させた補正予算と配給条例には次の議会で承認の多数を固め、議員報酬の返上分を配給の財源に回す提案で、野党の一部も承認に引き込んでいる。町会と商店街を単位とする自警団を、災害対策基本法の従事者として登録する制度についても、党は条例の整備で運用の道筋を付けた。同978年に
ベルリン戦争が始まり、市長が
相模原の指導部と同盟を結ぶと、全面的な降伏と難じる市民団体の声が上がる中、党は議場で同盟の必要を説き続けた。戦後、府警の強硬派を職から解いた臨時公安委員会は、党の市議団が起草した条例によって設けられている。同982年の停戦にあたっては、登録自警団の連合を防災と自衛の新組織に編入する法案を議会で主導し、武装の継続を求めた側との合意をまとめ上げた。
学区編入
停戦と前後して、既得権益を失った自由国民党では、穏健派の党首が右派との妥協に傾いたことを機に、左派系の議員が集団で離党した。離党組は改革会議党の結成を経て改革維新の党に合流し、合流組の票を得た長谷川が党首選挙を制すると、党の重心は中道に移っていく。清水は副党首の席に回り、新たな執行部を支える側に立った。同985年2月23日、旧大坂市議会の過半数を握る党は、半ば独立化していた旧大阪府警の指揮系統の再編に着手し、指揮を市警に一元化して特別機動保安隊の創設に繋げる改革を始動させた。暴力団の資金と拠点を断つ新暴対条例が成立すると、
学生理事会の統治を受け入れる案が住民投票に掛けられ、党は都構想以来二度目の住民投票と銘打って賛成の運動を率いている。同4月16日、旧市議会の改編と学務院の新設を経て二院制の新大坂市議会が発足し、過半数を大きく上回る議席を得た党は、第二次改革維新の党として正式に再出発した。
現体制
酉野の後を継いで市長に就いた
金坂憲二は、大坂の出身で、学区の編入後に
ユピトルの学園で教壇に立った経歴を持つ。党の公認を得て市長選挙を制した金坂は、市長の職とともに学区の代表である学園総務を務め、連合議会の学生会議に列している。学生会議の議席は学園総務の職務に付随する当て職であり、金坂は市長選挙の当選のみを根拠に上院の席に着いている。党の主張は、学区の代表の発言を通じて中央の議場に届く経路を得た。共立公暦1000年には、商工団体を含む有志が進めた誘致運動を党が市議会で後押しし、大坂万国博覧会の開催に漕ぎ着けた。旧世界で誘致の途上にあった万博は、転移から二十年余りを経て、新大坂の地で宿願を遂げた格好になる。市長の座を得た金坂と、執行部を握る長谷川の間には、中央との距離を巡る路線の溝が次第に表れ、旧自国党系の会派が両者の均衡を左右する党内の力学が形を取った。学区の制度のもとで市の自治をどこまで保つかは、党の中心的な課題として定着し、市民院と学務院の双方で議席を争う選挙のたびに、党の公約の筆頭に掲げられている。
政策
党の政策は、前身の時代に掲げた看板を引き継ぎつつ、学区の制度と
転移者都市の条件に合わせて中身を組み替えている。
都構想の継承
府の庁舎と府警だけが市内に残った転移の結果を、党は府と市の一元化が市の側に府を取り込む形で果たされたものと捉えた。都構想の残る課題は区への権限移譲に絞られ、再度の住民投票に向けて練り直していた区割りの案が、三つの校区と北区の直轄区域からなる四つの区分の下敷きに使われている。区割りの線は旧世界の区の境界に沿って引かれ、住民の通い慣れた区役所は、いずれの区分にも残された。公選の区長と区議会を置く旧来の構想を、党は学区の制度に合わせて改め、校区ごとに予算の裁量と事業の決定権を段階的に広げる方針に切り替えた。区割りを先に整え、権限を後から下ろす順序は、住民投票で一度退けられた構想を、否決の争点を避けて実現に近づける手立てでもあった。国家の副首都を目指した構想も、
共立姉妹都市銀線連合を足場とする新たな目標に姿を変え、
転移者の都市を結ぶ網の結節点に新大坂を据える計画が、党の対外政策の柱に立てられた。
観光都市路線
旧世界の産業基盤を転移で失った新大坂において、党は市内に残る鉄道の車両と部品を転用する交通の再建を、経済政策の土台に置いた。廃線車両の部品を流用した1001型復興電車を軸に、アケノミヤ市電の拡充は、
金坂市長が「先進的レトロ文化」と銘打つ都市ブランドの戦略と一体で進められている。旧世界の技術水準で走る路面電車と地下鉄を、
ユピトルの技術社会の中で珍しい乗り物として売り込み、観光客の乗車を呼び込む発想が、路線の延伸計画を支えてきた。新大坂電鉄やアケノミヤ高速軌道との路線共有も広がり、黒字化を見込む空白地帯への延伸工事が継続された。万博の会場に建てた施設は会期後も観光の拠点に残され、党は第二次共立万博の誘致を次の目標に掲げている。商工会議所と組んで旧世界の文物を保存し、展示と販売に生かす事業も、観光政策の柱に据えられた。
学区自治
ユピトルの学区制度を受け入れた新大坂では、
学生理事会の統治と、市が固有に持つ行政機構が並び立ち、権限の境目で摩擦が生じやすい。前身の時代から掲げてきた行政効率化の理念を、党は市の枠組みを残したままの制度的統合に振り向け、学務院の新設によって大学組織の意見を市議会に取り込む仕組みを整えた。実務の市政運営は行政総局が受け持ち、中央の学園自治権と市民の自治権を一つの制度の中で両立させる構図が、編入以来の基本形となっている。かつて府と市の重複を攻めた二重行政の批判は、市の部局と中央の上級委員会が同じ分野を所管する重複に矛先を移し、窓口の一本化を求める主張に置き換えられた。校区ごとの予算配分と教育機関との連携では、学生理事会の方針との調整が恒常的に求められ、党内でも中央との距離感を巡る議論が続いた。市議会の定数削減と行政手続きの簡素化は、学区制度の枠組みに即した形で再定義されている。
保安体制
転移直後の極限状況で武装した市民勢力を、戦後の秩序に組み込む課題は、新大坂の政治の最大の難題であった。戦時に登録された自警団は戦後も一定の発言力と実力を保ち、党が主導した停戦の合意によって、構成員は防災と自衛の新組織に移る経路を得ている。新組織を母体に新大坂市警の隷下で編成された特別機動保安隊は、陸上と海上に航空を加えた3部門を持ち、訓練を経た元自警団員が隊列に加わった。
ベルリン戦争で前線を支えた都島区の自警団のうち、京橋の一団は地域防衛を名目に編入を見送り、市警の監視下で準公認の扱いを受けている。党内には、保安隊を正規の軍事組織に昇格させて抑止力を確保すべきとの意見がある。他方、
ユピトルの軍事委員会は学区の紛争に介入する権限を持ち、軍事組織に移る動きが管轄を主張する口実を中央に与えれば、市の自治権が侵食されるとの懸念も強い。市立防衛軍構想の是非は、安全保障の実利と自治権の維持を量り合う論争として、編入以来の党の議論に居座っている。
行財政改革
歳出改革と減税は前身の時代からの看板政策であり、第二次改革維新の党も路線を堅持している。ただし、学区の財政は中央から交付される学園助成金に支えられており、助成金の交付と打ち切りが
学生理事会の政策手段を兼ねることから、市税を削るほど中央に依存する度合いが深まる矛盾を党は抱えた。財政の柱に据えられたのは、
ユピトルの消費者給付制度の拡充である。給付の仕組みは、もともと左派の共立連合党が国内に持ち込んだ制度にあたり、党は給付の一本化によって審査と窓口の行政費用を削る行財政改革の論理から、拡充を支持する立場を取った。配給の時代から続いた生活支援の窓口は給付の申請窓口に統合され、市の職員の配置は、給付の審査から
転移者の就労相談に振り替えられつつある。転移者人口の経済的な自立を下支えし、市内の消費を刺激する狙いも、拡充の論拠に挙げられた。
学び直し
教育分野で党が向き合うのは、
ユピトルの
序列制度と、旧大坂から引き継いだ教育体系の接続である。大坂城聖学院明ノ宮大学を頂点とする校区制の教育機関がユピトルの
教育区分に組み込まれる過程で、市民の再教育と職業訓練の需要が急増した。党の掲げる学び直し保障構想は、成人層と転職希望者に序列の取得までの道筋を開く支援制度であり、
転移者が
共立世界の労働市場で競争力を得るための基盤づくりを目指している。旧世界で取得した資格と学歴は、序列の審査で直接の評価を得られる場面が少なく、職歴を持つ中年層ほど学び直しの負担が重くのしかかる。構想では、校区の大学が夜間と週末に開く講座を受講料の補助で支え、受講の記録を序列の審査書類に添える手続きを市の窓口で代行する。勤めの合間に講座へ通う市民の姿は、大学周辺の夜の街路に定着しつつある。
政党関係
新大坂市議会の議場では、旧世界から持ち込まれた政党と、
ユピトルを基盤とする共立系の政党が議席を分け合っている。
旧世界系政党
結党以来の宿敵である自由国民党は、旧世界から引き継いだ後援会を足場に、商店街の古参層の票を握る。左派の離党で党勢を細らせた後は残留した右派の議員が更に右傾化の道を辿り、学区の編入を中央への譲歩と非難する同党は、市民院で党に対抗する軸を自任しており、合流組の議員とは離党の経緯を巡る遺恨を今も引きずる。聖価党とは、旧世界で都構想の扱いを巡って協力と決裂を繰り返した間柄にある。区の権限を強める対案を掲げてきた聖価党の主張は、校区に予算の裁量を委ねる党の方針と折り合う形でまとまり、学区編入の住民投票では両党が賛成の側に並んだ。現在は校区の予算配分と福祉施策で歩調を合わせる場面が多く、議案ごとに賛否を決める閣外の協力関係が続いている。区ごとに根を張る聖価党の支持組織は、党が弱い高齢層の票を固めており、選挙区の調整では候補の擁立を互いに控える取り決めも交わされた。
共立系政党
連合体の政権与党である学園社会党とは、
金坂市長が築いた中央の人脈を通じて協調的な関係にある。同党が治安の維持を名目に学園自治権の縮小を探る動きには、党内の自治重視の勢力が強い警戒を向けており、協調の度合いは派閥ごとに温度差が大きい。学園自治権の向上を党是とする自由運動党は、学区の自治を守る論点で党と利害が一致し、中央の介入に抗う議案では共同で提出に回ることが多い。ただし、
序列による競争を国是として推す同党の主張は、学び直しで競争の入口を広げようとする党の政策と衝突し、選挙では支持層の奪い合いが続く。消費者給付制度を持ち込んだ共立連合党は、給付の拡充で党と歩みを揃える一方、給付を福祉の拡大と見る同党と、行政費用の削減と見る党の間には財源論の隔たりが残る。共立系の各党は学務院の選挙に学生の候補を立てており、党の推薦を受けた候補と同じ議席を争う構図が定着した。
党内派閥
党内の派閥は、転移の時点で、どの議会に籍を置いていたかと、転移後の、どの時期に党に加わったかによって色分けされる。
長谷川派
現党首を領袖とする長谷川派は、第一次の時代から党籍を持つ古参党員を中核とし、前身が掲げた行政効率化の精神を最も色濃く受け継いだ。歳出の厳格な管理と市議会の定数削減を一貫して主張し、学区の編入を主導した中道路線の本流でありながら、編入後の自治の線引きには厳しい姿勢で臨む。中央が介入する余地を制度の上で狭める法整備を志向し、党の力を市政に集めるべきとの立場から、連合議会の教職会議に候補を立てる構想には慎重である。安全保障では、保安隊を軍事組織に昇格させれば軍事委員会に管轄を主張する余地が生まれるとして、市警の枠内に留め置く方針を中央の介入を防ぐ最善の策と見る。金坂派の市立防衛軍構想には、一貫して反対の立場を取った。党運営の実権を握る執行部を長く掌握してきたが、
金坂が市長に就いてからは政策決定の主導権が分散し、明澪会の動向が帰趨を左右する場面が増えた。
金坂派
現市長の
金坂憲二を領袖とする金坂派は、転移後に入党した新世代の党員を多く擁し、学区の制度に馴染んだ層を支持の基盤とする。歳出改革と減税では長谷川派と一致するものの、外部の経済圏に適合する歩みを急ぐべきとの立場から、
学生理事会との協調を重んじてきた。現行の主要政策の推進は金坂派の手によるところが大きく、
サガミハラ銀河連邦学区との安全保障協力と、
転移者諸都市との網の構築にも積極的に関わった。教壇に立った領袖の経歴を映して、派閥は党営の政治塾を開き、13歳から立候補できる学務院の選挙に向けて若年の候補を育てている。
序列のミッテル相当の資格を得た党員を教職選挙に立て、学園全土に党の基盤を広げる構想も、金坂派が旗を振る路線である。保安体制では、周辺情勢の安定を軍事委員会の介入の危険より重く見て、特別機動保安隊を市立防衛軍に格上げする構想を提唱し、長谷川派との最大の争点となった。市政の実務を握る一方、党内の議決では長谷川派と明澪会の連携に押される局面が多い。
大手前会
府議会の消滅で議場を失った旧府議と、府の庁舎から市の部局に移った職員出身の議員が集まった会派が、大手前会である。転移の後に市議会の選挙を経て議席を得直した旧府議たちは、府の広域行政を担った経験を持ち、党内で都構想の継承に最も熱心な勢力となった。校区への権限移譲を早める主張の急先鋒であり、校区ごとに住民が選ぶ協議機関を置き、予算の配分に住民の判断を反映させる案を掲げている。旧府警の改革派と築いた人脈から市警の人事と予算に通じており、保安体制の議論では、市警の装備と人員の拡充を唱えながら、軍事組織に格上げする案には距離を置く。小所帯の会派であり、単独で党の方針を動かす力を欠くことから、自治の論点では長谷川派と組み、権限移譲の論点では金坂派の協力を求める形で、議案ごとに相手を替えて主張を通してきた。府の時代の行政文書に通じた会派の議員は、旧制度と現行制度の照合を求められる審議で重宝されている。
明澪会
自由国民党の弱体化に伴って改革維新の党に合流した議員を中核とする明澪会は、中道保守の立場を取る会派である。党内では少数の勢力ながら、長谷川派と金坂派の勢力が拮抗する中で、党の議決の行方を左右する立場にある。学区制度に適合させる過程では、学務院の権限強化を通じて大学組織と市民の自治を橋渡しすべきとの独自の路線を打ち出した。旧自国党の時代から培った地方行政の経験を武器に、校区ごとの予算配分と福祉施策の調整で存在感を発揮している。保安体制については長谷川派と同じく軍事委員会の介入を警戒する立場を取りつつ、京橋の自警団に代表される地域密着の準公認組織を、一定の枠内で容認する柔軟さを見せた。離党の経緯から自由国民党との対決には最も強硬で、旧世界系の政党を相手取る選挙の調整では、会派の議員が交渉の矢面に立つことが多い。
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最終更新:2024年11月24日 00:55