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臆病者は、静かに願う > 1


「今月に入ってこれでもう4人目、ですよね。さすがに笑いごとじゃなくなってきてますよドクトルJ
「笑えないよね」
「研究部門内でもかなり動揺が広がってます。尖崎主任なんかは抱き枕抱えて震えてました」
「震えてたね」

 ERDO研究部門内で回される回覧メールを前に、私は助手くんの話に適当この上ない相槌を重ねていた。
メールの内容は『ERDOの構成員がここ最近のうちに立て続けに不審な死を遂げている。各自十分留意する
ように』とのもの。
 ちなみに私の相槌がぞんざいなのは、この回覧メールに集中しているから、ではなく、近所の和菓子屋
さんで買ってきたおはぎを頬張っているためにあまりちゃんと喋れないというそれだけのことである。

 ここに出てきた『ERDO』というのは私たちが所属している秘密組織の略称だが、ここで正式名称を説明
したりするつもりなんて全っ然ない。だって誰もそんなことに興味ないだろう? むやみに長いし、説明
してもきっと忘れるだけだよ。それにほら、今私おはぎ頬張ってるし。

 あ、でもさすがに私自身のことくらいは紹介しておかなきゃね。のっけから『ドクトルJ』なんて珍妙な
名前で登場してしまったけど、ちゃんと神宮寺秀祐(じんぐうじしゅうすけ)っていう素敵な名前があるんだ。
ぜひともこっちで覚えて欲しいな。神宮寺秀祐。覚えたかな?

「この連続不審死、やっぱり『向こうの連中』の仕業って考えるのが妥当なんでしょうか」
「無難に考えるならそこになるね。『不審な死』ってぼかしてあるけど、明らかに殺人事件だしな。改造
犬を使っているらしい痕跡もあるようだし」
 さらりと言ってのけつつも、気分は少し複雑だ。以前私が起こしたあの事件が、この一連の襲撃事件を
誘発したのではないか。そういう思いが脳裏をかすめるものだから。 

「連中、何がしたいんでしょうね。目的がさっぱりわかりません」
「さあねえ、それは私だってわからないけど……。報復。違うなあ。挑発? いや警告、かな」
 思いついたそれらしい言葉を適当に並べたてる私。若い頃からこびりついた癖のひとつだ。でもこうし
て口に出してみることで、意外なインスピレーションが広がっていくことだってある。それぞれの言葉を
吟味すれば、そこに真実が見えることもある。

「警告、だとするなら……私の起こしたあの事件。あれがなにかしら関係してきちゃうのかな、やっぱり」
「それ、もう結構前の話ですよ。結局あれ以降岬陽太本人はもちろん、その周囲にいる人物とも接触はし
ていないでしょう。ドクトルJが責任を感じることじゃないですよ」
 私の内心を察知したらしく、助手くんは少しムキになって主張する。普段は割とクールで辛らつだけど、
こういう時の気遣いはちゃんとできる奴だったりするのだ。ドクトルJって呼び方はやめてもらいたいが。

「まあその辺の事情については諜報部に任せるしかないかな。なんであれ、私も君も当然狙われる恐れは
あるわけだから、何かしらの対策はしないとね」
「白夜はどうするんですか?」
「遥ちゃんにはもう連絡してあるよ。しばらくここに来ないように言っておいた。素直に言うこと聞いて
くれるといいんだけど」

 この会話少しややこしいが、『白夜=遥ちゃん』と思ってもらえば問題ない。ご存じの方もいるだろう
が、この子はある特殊な病に罹患しており、しかも病状はすこぶる重篤ときている。医者にかかって治せ
る類のものでもないそうで、それを思えばなかなか不憫な薄幸の少女なのだが……まあこれ以上はやめて
おこう。

「僕もドクトルJも、夜間能力は割と強力ですから、その点は少し安心ですよね。昼間はどうせ外出ないし」
「外に出なければ安全って決まってるわけじゃないがね。まあでもそれについては同意だな。一応特務部
門からの護衛をつけてくれるらしいんだけど、研究部門の人間が全員それをやったら特務部門すっからか
んになっちゃうし」

 これまでに殺害されたERDO構成員は7名に上る。私はじかに見たわけではないが、彼らの死に様は誰も目
を背けたくなるほどに無残なものだったらしい。
 だから本当なら、私も特務部門からの護衛を受けるべきなのかもしれなかった。確かに助手くんの言う
とおり、私の夜間能力は強力だ。だがそれは1対1の状況限定の話だし、そもそも私自身に跳ね返ってくる
負荷も看過できない。

 そこまでわかっていて私は、あえて護衛を頼んでいない。
 助手くんは否定してくれたが、やはりここのところの襲撃には私の引き起こしたあの事件が根にある。
そんな気がしてならない。そしてそうだとすれば、殺害された7人の同志たちは、私の浅はかさのとばっち
りを食ったということになる。

 申し訳ない。彼らには家族がいたのだろうに。助手くんにも聞こえないくらいの小声で、そう独りごち
てみる。そこから広がる、一つのインスピレーション。私の中に常にある、たった一つ、10年前から変わ
らず抱き続ける願望。

 その望みは、無責任で自己中心的なものだと自覚している。それでも叶えたい。私が進んで自らを危険
にさらすのは、その想いを叶えようとするからこそなのだろう。

 逢いたい。あの日私が失った、大切だった存在に。
 今はもう遠い世界へと旅立ってしまった、守りたかった人たちに。

 今度こそこの願い、届くだろうか。


 つづく

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最終更新:2010年07月16日 19:38
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