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臆病者は、静かに願う > 16


『終わりにするよ、美希。お前の弟、なんとかしてくる(キリッ)』
 とかいう言葉でかっこよく締めてみた私だったが、その直後に睡魔の激しい猛攻にさらされ、あえなく敗北してしまっ
た。そして今。目を覚ましてみればアナログ時計はなんともきれいなLの字型。夜中の3時、良い子はねんねする時間……
ではない。良い子にしてればお母さんの手作りホットケーキにありつけるほうの3時だ。

 さて昨夜寝付いたのが何時なのかはこの際置いておくとして、だ。基本的に私は規則正しい朝型の生活を送っていると
自負している。休みの日でも遅くとも午前10時までには起きておかないとその日一日中鬱になるタイプに属する人間だ。
 そんな折り目正しい私があろうことか昼、むしろ夕方にさしかかろうかというような時間まで惰眠を貪ってしまったのだ。

 ああ、鬱だ。もう今日一日なんにもしたくない。もういっそ死んでしまうか……と平時の私ならきっとこうぼやいて
ベッドの上で体育座りでもするのだろうが、流石に今はそんな悠長な時間の無駄遣いをしていられる時ではない。それ
くらいの空気は読める男だ。その昔、『神宮寺秀祐は有言実行が服を着て歩いているような男』とさえ言われたこの私だ。

『終わりにするよ、美希。お前の弟、なんとかしてくる(キリッ)』 
 などとキメキメで言ったそばから、昼過ぎまで寝ちゃったので今日はお店お休み♪(テヘッ)では道理に合わない。
名がすたるというものだ。やると言ったからには必ずやり遂げる。有言実行とはそういうことなのだ。

 だがしかしである。よくよく考えてみればだ。これまでにおいて発生した牧島との遭遇は、まったくの偶然(を装った
牧島の故意もあり得るが)か、牧島のほうからの接近によって起きたものであって、私のほうから彼に接触を持つという
ことはなかった。理由は説明するまでもなく単純で、接触しようにも方法がないからだ。連絡先を知っているわけでなく、
まして住所などもっての他。彼は私を監視でもしているかのように私の行き先に現れるが、もちろん私には彼の行き先や
居場所を探知できるような能力もない。

 ……手詰まりじゃないか。『終わりにす(以下略)』などとかっこつけてみた結果がこの体たらく。もう少し状況を把
握してからかっこつけるべきだったかもしれない。牧島の本来の狙いが私なのだから適当に外をブラブラしていれば
襲撃されるだろう、という推測も、今となっては望み薄な気がした。昨日一日で状況は大きく変化している。比留間博士
があの場に現れるという奇天烈な事態は、私だけでなく牧島にとっても衝撃だったことは想像に難くない。

 完全に推測の域を出ないが、牧島のバックに誰かいるという前提自体、牧島に刷り込まれたブラフだったのではないだ
ろうか。あるいはブラフでなかったとしたら、それは牧島の一種の思いこみ、なのかもしれない。
 まあなんでもいいが、とにかくこちらから何かしかける手段がないことはどうにもしがたい。だがどうにもしがたい
ことをただ座って考えていても結局どうにもならないしできない。考えてみれば朝も昼も飯を食べていないのだ。なんだ
道理で腹が空いてるわけだ。なにか簡単なものでも、そう思って腰を浮かせたのとほぼ同時だった。


「うん? メールか? ああでもこの着信音は確か……」
 どこぞから電子音が響いた。もちろんすぐに自分の携帯だとわかったが、なぜか耳慣れない着信音。そのちょっとした
違和感の理由は、メールを開いてみてからわかった。

『夜見坂の付属施設に襲撃あり。襲撃者は戦闘用改造生物が多数、その他は現在不明。
特務部門の支援見込めず。施設深部への侵入が確認された場合、秘密保持のため施設を爆破する』

 ERDOに関連してなにか緊急の連絡がある場合に発信されるメールの着信音は、それとわかるように普通のメールと
違う着信音に設定していた。このメールの内容はまさしくそれに分類されるもので間違いない。ちなみにこのメールは
研究部門内の情報処理課から、各研究チームのチームリーダークラスに送信されることになっている。研究部門内だけ
というところがミソであり、ERDOのダメなところだと思うのだが、これについて語ると一日が終わってしまうので控える
としよう。

 いずれにせよだ。牧島という男は実は本当に素直でわかりやすい人間なのかもしれない。こちらから接触する手段が
ないと嘆いてみれば、こうして目立つ行動を起こしてくれる。
 ……どうしてか私は襲撃者が牧島だとあっさり断言してしまっている。もちろん根拠なんてものはない。ただメールの
文面を見た瞬間から、間違いなく彼だとそう確信してしまったのだからしかたがない。

 私はわかっている。終わりが近いことを。終わらせるべきなのだということを。そのつもりでいる。
 だから彼もわかっている。それを望んでいる。私の描く終わりと、彼の望む終わりの形はきっと異なるのだろうけど。
 だから彼は呼んでいる。必ず私がわかるように、決して私が逃げられないように、ERDOという組織を媒介にして。

 だから私も応えなければならない。チェンジリング・デイという災禍の日に縛られ続ける自分に、そして彼に、引導を
渡すために。
 ……よし。出陣の掛け声といこう。今度こそかっこよく決まりそうだ。

「終わりにするよ、美希。お前の弟、なんとかしてくる」
 眼鏡をくいっと押し上げながらキメてみたものの、朝昼の仕事を取り上げられてご立腹の胃袋がブー垂れる音が同時に
響いたせいで、なんとも締まらない出陣声明となった。とりあえず、腹ごしらえはしっかりしておくとしよう。


 つづく



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最終更新:2011年08月20日 00:26
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