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臆病者は、静かに願う > 6


「お姉さん、みたらし団子6本ちょうだい」
 尖崎君のお見舞いの後、私はちょっと寄り道をすることにした。ERDO研究部門並びに尖崎君が入院
している大病院から、徒歩一分という好立地にある和菓子屋さん。
 ここの和菓子は何でも美味しいのだ。みたらしは食べたことなかったなと思い立ち、本日初挑戦し
てみることにし――って、あらら?

「あの、お姉さん。1本多くない?」
「ええ。お客さん、しょっちゅう買いに来てくれてますから。サービスですよ」
 口に手を当てて上品に笑いながら言う、店員のお姉さん。くすり、という擬音がしっくりくる嫌み
のない笑顔だ。

「はは、常連さん特典ってことか。ありがとう。お代570円だよね」
 570円、ちょうど財布にあった。ジャストの金額を渡せた時ってなんだか幸せを感じるのは私だ
けだろうか。

「はい、570円ちょうど戴きます。毎度ありがとうございます! またお越しくださいね」
 溌剌とした口調で言うお姉さんの声を背に、予定よりも1本増えたみたらしの重みを左手に預けて、
私は研究室への帰路についた。


「ん~ん。みたらし美味し」
 研究室まで我慢できなかった。病院の中庭にあるベンチに腰掛け、私は買ったばかりのみたらしを
堪能している。

 だってほら、みたらしちゃんのタレの芳醇な香りが私を急かすんだもの。抗えっていうのは私にとっ
て、そしてみたらしちゃんにとっても酷な話じゃなかろうか。

 ちなみにもはや今更だが、昼休みはとっくに終わっている。というよりそもそもお見舞いに行った
の自体が業務時間中だった。いわゆるサボタージュにあたる行為と言えなくもない気が多少なりとも
しないでもないが、ERDOは勤務時間の管理についてかなりルーズだから、別に誰に咎められることも
ない。おそらく助手くんにネチネチと小言を言われるくらいだろう。

 あ、私のイメージに関わることなので弁解しておくと、しょっちゅうこんな風にサボッているわけ
ではないよ? たまーにこうして大福食べたりわらび餅食べたりするくらいでね?

 んー、それにしても美味しいなみたらしちゃん。気付けばもう4本目までいっちゃってるよ。助手
くんのご機嫌伺いの為にちょっと残しておこうかな……

 私の思案はそこで途切れた。そうせざるを得なかった。
 どの面下げて、こんなところに現れたのか。相変わらず季節を、あるいはもっと別の何かを錯誤し
たとしか思えない、暑苦しい服装。

 遠目にもわかる下卑た笑顔。それを笑顔と言ったら笑顔に失礼な気がする嫌らしい笑顔だ。
 一歩一歩ゆっくりと、だがしっかりとした足取りで、私の方へと歩んでくる。

 牧島。どうしてあいつはこんなところに来た? 何をしに?
 考えれば浮かぶのは「?」ばかり。だから私は、みたらしを一つ頬張った。うん、みたらしちゃん
は美味しい。それだけで私の頭はいっぱいになるのだ。

「おいおい、一応仕事中じゃないのか? 随分といいご身分なんだねえ神宮寺君は」
 爬虫類っぽい声が聞こえる。間違いなく牧島だ。そして今回に限っては、こいつの言っていること
は割と間違っていない。

「ほう、珍しいお客さんだなこれは。どうした牧島、どこか具合が悪いのか? ああ、脳か? そりゃ
今更って感じだがな」
「フン。なんだそれは? 嫌味のつもりか?」
「いいや、本気で心配してやってるんだが。脳じゃないのか? じゃあ何か? 痔にでもなったか?」

 私の適当な口撃に嫌気がさしたのか、牧島は呆れたように薄ら笑いを浮かべながら首を左右に振った。

「お前と話すとなかなかまともな会話にならないのな。ほら、昨日の話さ。僕のガーゴイルがあっさ
りやられちゃった件」
「ああ、残念だったなあれは。なかなかの良作、だったか?」

 そういえば、あの後牧島はどうしていたのだろうか。そもそも私はあの時間、あの周辺一帯の状
況をあまり覚えていない。人がすっかりいなくなっていたという記憶はあるが。

「ま、僕は僕でちょっと大変だったんだよ。まさかあのタイミングでバフ課がお出ましとはねえ」
「何? ばふ課?」
「そう、バフ課だ。その上狭霧アヤメ……と、彼女についてはお前には関係ないか」

 ばふ課……バフ課、か。そんな文字列を諜報部門からの連絡メールで見た記憶はある。その詳細に
ついては追って調査中だとか書かれてたが。

 ふと、血まみれのクールな男の顔が浮かぶ。彼は普通の人間ではないんだろうとは思っていたが、
わざわざこいつが話題に上げるほどの存在だということか。

 そうだ。私はあの時、2つの疑問を抱いていた。そのうちの1つは、今ここで解消できるのかもし
れない。

「牧島。君の自信作を屠ったあの男は、誰かを追っているようだった。君があの時あそこに現れたこ
とと、何の関係もないとは思えないのだが?」
「フン。さすがは頭のいい神宮寺君だねえ。確かに、僕は今バフ課のターゲットの一人になってるら
しい。僕としては不本意さ。理由がよくわからないからね」

 理由がよくわからない? よく言えたものだ。あんなフィクションにしかいないはずの邪悪を現実
の世界に召喚しておいて。十分に危険なのだ、この男は。

 少し頭に血が昇りそうになって、私はみたらしをもう一つ頬張った。心を落ち着かせると、私はも
う一つ、この男でなければ答えられない疑問があったことを思い出した。

「昨日も聞いたことだが。最近私たちの組織職員が襲われているのは君の仕業なのか?」
 私の問いを受けて、牧島はそれまで絶えず浮かべていた薄笑いをスッと引っ込めた。黒いサングラ
スのせいもあり、もはやまったく感情は読み取れない。

「僕の作った改良型キメラ達はね、制御は完璧にできるんだけど、それでもどうにも気性が荒い。定
期的に血を吸わせないと発狂して、結局使い物にならなくなるんだな。だからさ」
 そこでこいつはまた、ニヤリと笑んだ。心底薄気味の悪い笑顔だ。私はもう次の言葉を聞きたくなかった。

「だから血を吸わせた。それだけのことさ。そしてやることが同じなら、敵対関係にある組織に戦慄
を与える方が愉しい。そう考えてお前たちERDOの職員を狙い打ったってわけさ」

 何の言葉も出ない。何も言ってやれない。どんな汚い罵詈雑言さえ、出す気にもならなかった。
 どこまでもくだらない。あまりにも浮かばれない。今が昼間でよかった。もし日が暮れていれば、
私は――初めてあの能力を、人間に向かって使用したかもしれない。それだけは禁じてきたのだ。

「ただ……それだけの理由なのか?」
 ようやく言えたのは非難でも罵倒でもない、ただの念押しだった。牧島はふぅっと、ため息なん
だかなんなんだかよくわからない息をついた。

「正直に言えばそれだけってわけじゃないね。今のは僕の個人的な理由だから。もう1個、もっと
大きな理由があるんだな」
「ほう。それはもう少しましな理由なんだろうな?」
「ある人から指示されたんだよ。神宮寺、お前をこの世から消してくれってな。手段は任せるとも
言われた。だから僕は好きなようにやってるってわけなのさ」 

 『ある人』ときた。さて『ある人』とは誰だろう? とりあえず今はそれは置いておくとしよう。
私が今知りたいこと、知っておくべきことは大体掴めたように思う。残る興味は一つだけだ。

「なるほど。で、どうする? 今ここで私を殺すか? 君にだけは殺されたくないけどな」
 この言葉の何が面白かったのか、牧島はブフゥッと盛大に吹いた。
「今殺してもいいけどねえ、残念。僕はあくまで研究者だから。人を殺すことなんて恐れ多くてで
きないんだな。今日はキメラとか連れてきてないしね」

 どの口が言うセリフだ。あまり口にしたくもないが、昨日のあのガーゴイル。あれは明らかに人
間をベースにしていたとしか思えない。気のせいであればいいと思うが。
 なんにせよ、今私を殺す気はないとのことだ。ならばもう言うことはこれしかない。

「そうか。ならとっとと帰れ」
「せっかちだな。まあいいさ。神宮寺、お前はもう遠くないうちにその生涯を閉じることになる。
それはお前が心の裡で望むことでもあるだろ? ならばお前は僕に――」
「帰れと言ってる。だいたい君はなんで今日ここに来たんだ? 何か? 私に構って欲しかったのか?」

 しつこいので、それだけ言い捨てて私の方から立ち去ることにした。それは私の正直な気持ちだ。
もしかしたら本当に構って欲しかっただけかもしれない。そう思うとこの対応は少し冷たすぎるだろうか。

「牧島」
 すでに背を向けていたそいつを呼びとめる。無表情なのかどうかもわからない顔が振り返る。
「みたらし、食べるか?」
「甘いものは嫌いだ」

 にべもないとはまさにこのこと。優しさというのはどうしてこうも伝わらないものなんだろうか。
 そんなことを思いながら研究室へ帰り着いた。この日の助手くんのお説教は、過去最長を記録した。


 つづく

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最終更新:2010年07月27日 16:44
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