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臆病者は、静かに願う > 11


「ぷっはぁ~。うまかったー! 悪いなドクトルJ、食後のデザートまで注文しちまって」
「い、いいさ。気にするな。今日は私、ぱぁーっとおごってやりたい気分だったんだ。あは、ははは……はぁ」
 まさかの追加注文のあんみつ(六百円)をぺろりと平らげて満足そうにお腹をさする陽太君の言葉に、私は
もう無気力に頷くしかなかった。

「ふん。存外に美味しいわね、あんみつって」
 隣では少しも美味しくなさそうな顔してちびちびとあんみつを口に運んでいる厨二少女一名。便乗していつ
の間にか注文してやがったこの子。

「白夜ちゃん、そのさくらんぼ僕にくれない?」
「ちょ、水晶姫? 貴女、さっきも私のしそ巻きチーズカツを要求したじゃない。美貌を盾に乞食紛いのその
振る舞い。まったく、見下げ果てた性根ね」
「こ、乞食って……。ぶぅー、ひどい言われよう……」
「あ……そ、そんな顔しないで水晶姫。こんな鮮血のように赤い不浄の果実なんて貴女にはまだ早いと思っ
ただけで……でも、水晶姫がどうしてもこれを求めるなら、私にはそれに抗う手段は残されていないわ……」

 わーいと言いながらひょいとさくらんぼをかすめ取り、ぱくりと一口する水野さん。どうやら彼女はすでに
遥ちゃんの厨二世界設定における自分の立場というものを理解しているようだ。どうも遥ちゃんは自分自身を
『水晶姫』なる人物より下に設定してしまったらしい……なんで私がこんなことを糞真面目に解説してるんだ?
なんにせよ、同世代の女の子とじゃれ合う遥ちゃんって初めて見たし、ちょっと安心したがね。まあ私の財布
は今後の生活が危ぶまれるレベルまで軽くなってしまったけどね。

「さって、腹と気持ちが満たされたとこで。改めてドクトルJ、説明しろ」
 懲りずにさっきと同じ言い回し。それでも、今の私にはちゃんと伝わる。私自身、そろそろ話に入らないと
と思い始めたところだった。

「以前君と出会った時、私は君と約束をした。覚えてるかな」
「はっ、当然! あんたが何者なのか。目的は何か。それを吐くって約束だ」
 正面に座る少年は、自信満々不敵に笑って、大きな声でそう言う。普通ならトーンを下げて欲しいところだ
が、今は周囲もかなりの大音量で騒がしくなっている。さして問題はなさそうだ。

「そう。その約束を果たそうと思って」
「……そうか。ドクトルJあんた、覚悟を決めたんだな」
「え?」
「組織を……裏切るつもりなんだろ?」
「はい?」
「ったくこんなベッタベタの死亡フラグ立てやがって……あんた馬鹿だろ! って痛て痛て痛い痛い痛いっす!」
 厨二少年あえなくノックアウト。何が起こったかはもはや言うまい。


「んもう! 馬鹿はあんたでしょ! せっかくドクトルJさんが真面目な話しようとしてる時に! まったく
こいつは……あ、ドクトルJさん、ぜひお話の続きを」
「へ? あ、ああそうだね。ただ月下君が聞いてないと約束を果たしたことにならないんだが……」
 ちらりと陽太君に視線を向けると、未だに頭の上に数羽のひよこが仲良く戯れていそうな表情をしていた。何
が起こったかはやはり言うまい。

「あの、僕が知りたいんです。その、気になることがあって」
 快活な水野さんが、この時は微妙に口ごもった。その理由はなんとなくわかるような気もしたが、ここはあ
えて知らない風で行くことにした。

「その気になることとやらに解答を与えられるかはわからないが……」
 一応そう前置きしてから、私はひよこと戯れる厨二少年をあきらめ、水野さんに向き直った。真っ直ぐで純
真そうな瞳に見つめられる。…………中学生相手に照れている場合ではない。いかがわしいぞ私。

「私の所属する組織は『Exa Research and Development Organization』、
通称『ERDO』。これは『エルド』と発音する」
 さらさらとスペルを紙に書いて説明を始める。「ディベロップメント」だの「オーガニゼーション」だの、普段
英語を使わない者が口にするのはなんだかこっ恥ずかしいのだ。私何気取ってんだみたいな感じがして。

「わ。えーっと、『特殊能力研究開発機構』、で合ってますか?」
「さすがだね水晶姫。日本語名ではそうなってる」
「ちょっとお待ちなさいドクトルJ。水晶姫を水晶姫と呼ぶことが赦されるのは私だけ。貴方如きがその呼び名
を用いるなど、おこがましいにもほどがあるわ。弁えなさい」

 隣りからぴしゃりと怒られた。あんみつ食べるのに集中してると思ったんだけど。くだらないことは言うもん
じゃないな。

「な、なんか何するところなのか丸わかりですね」
「捻りがないだろう? 私もそう思うよ。察しの通り、チェンジリング・デイ以降人間が身につけた特殊能力に
ついての研究・開発・発展に寄与するための組織だ」
 正確にはそれだけではないのだ。組織設立当時の趣旨は間違いなくそうだったのだが、今そのあり方はやや変
容していることを認めなければならない。特務部門の存在は、その変容を示す最たる例だ。だがそれは、今ここ
で彼らに語るべきことではない。


「私はそこで一研究チームのリーダーを務めている。特定の興味深い能力について具体的な解析を行ったり、薬
剤の精製実験を行ったりしているよ」
「薬剤の精製……」
「そう。比留間分類においては『無意識性』と呼ばれる能力群の常時発動を抑える薬だとか、他にもいろいろと」
 比留間分類、と言ったところで水野さんの表情が少し強張ったように見えたが、気付かないふりで通すことに
する。

「んで、結局俺に接触してきた理由ってのはなんだったんだ?」
 とここでひよこと戯れていた厨二少年唐突に蘇生。さも始めから聞いていたかのようにナチュラルな割り込み
ぶり、間違いなくこの子は大物だ。
「それは以前も言った通り。君の能力に単純に興味を持ったからだ。珍しいことじゃないよ。だいたいこのはる……
白夜ちゃんだって、彼女の夜の能力に対する興味で接触して、研究室にいてもらってるわけだしね」

「……ふーん。なんだそんだけなのか」
 本当はそんだけじゃないんだけど、ごめんよ陽太君。別の理由を言ったら、きっと君は怒るだろう。私自身、
こんな私を気持ち悪いと思うんだ。いつかはそれもちゃんと話したいけどね。

「さて、と。私から話せることはたぶんこんなものだ。上から許可を取ってきたとは言っても、多分に制約はつ
けられたからね」
「フン。ま、ちゃんと約束は果たしてくれたんだし、俺は別に文句ねえよ。微妙に煮え切らねえけど」
 食後のお茶をずずとすすりながら、年相応な少年の表情で陽太君は呟く。だがその隣に座る長身の少女は、
微妙にどころか多分に煮え切らない様子だった。

「あの、ドクトルJさん。ひとつ聞いてもいいですか?」
「随分かしこまるね。いいよ。答えられるかは保証しないがね」
 彼女は次の句を口に出すことを躊躇っているように感じられた。おぼろげながら何を言うかはわかっている。
だから私のほうは、ゆったりとした気分で待つことができた。
 水野さんが食いついていくとは思っていなかったのだろう。陽太君はもうわけわからんという顔で、幼馴染の
横顔を凝視している。

「ドクトルJさんは、比留間慎也博士と面識はありますか?」
「なっ晶! ちょっと待て! ドクトルJが比留間の仲間だって言いたいのか!?」
「そうじゃないよ! ただドクトルJさんと比留間博士、能力研究者っていう共通点があるでしょ? だったら
接点もあるかもしれないじゃんか」

 ふう、よかった思っていた通りの質問で。これでもし「ドクトルJさんは既婚者ですか? 好きな人はいますか?」
とかだったらいろんな意味で言葉に詰まっていたところだ。


 比留間慎也博士が水野晶の能力に関心を寄せていることは、以前陽太君と接触する前の時点からわかっていた。
逆に言うと、「関心を寄せている」以上の事実は何も知らない。私が陽太君にしたように、直接の接触を試みた
のか、未だにただ観察しているだけなのか。諜報部は情報を持っているだろうが、あえて問い合わせたことはない。
 だが彼女の口からその名が出た以上、やはり接触はあったのだろう。そしてその接触は私と陽太君の場合と同
様、何らかの禍根が残るものとなったのだろうと推測できた。

「面識はないね。もちろん私は彼を知っているけど、彼は私を知らない。彼は能力研究のパイオニア、世界的権
威だ。比べて私はしがない一雇われ研究者。目指すところは同じかもしれないけど、立ち位置はまるで違うんだ」
 私のこの発言に、一切の嘘は混じっていない。自分より年少の人物を取り上げてここまで言わないといけない
のは少し悔しいが、事実なのだ。

「そう、ですか。だったらいいんです。すみません突然関係ないこと聞いて」
「そ、そうだぞ晶。ドクトルJと比留間が仲間だなんて、ねーよ!」
 明らかに落胆してしまった水野さん。比留間博士についての情報が欲しかったんだろうな。その理由が気には
なるが、そこまでは踏み込まないという約束になっているから。ごめんね、せこい大人なんだよ私は。

「愚にもつかない告解の刻はそろそろ終わりにしないかしら。もうすっかり日も落ちたでしょう。夜の帳(とばり)
が下りると、魔の眷属が蠢きだすわ。最近は特に活発なようだし……『白夜危うきに近寄らず』よ」
 今の今まであんみつをせかせかと口に運んでいた遥ちゃん、食べ終わるや否やそんなことを言い出した。まあ
私の話したこと、彼女は全部知ってるわけで、退屈は退屈だよね。それより君、自己顕示が過ぎてもはや芸人み
たいになってきてるよ?

「白夜の言うことに賛同すんのはシャクだが、確かにここんところますます物騒になってんだよな。まあ俺の能
力がありゃ何も恐れることはないが、ムダな血は流したくねえしな。結構居座っちまってるし、そろそろお暇するか」
 そう言って陽太君が腰を浮かす。そうだねと同意して、その隣の水野さんも帰り仕度を始める。

「うん、じゃあみんな先に出てて。私は勘定済ませてくるから」
 財布の中を改めながら、三人の中学生たちにそう告げる。一人だけごちそうさまですと礼儀正しくと言ってく
れたのに満足して、その背中を見送った。

 財布には福沢諭吉が一人。もうすぐこれは英世一人になってしまうのだが。それでも私は、この平和な時間に
払う対価としては、十分に安い値段だと思った。自分の子どものような年齢の少年たちと食卓を囲んだ。簡単に
得られそうでそれでも得られない、貴重で穏やかな――

「よう、神宮寺秀祐。随分と楽しそうだねぇ」
 ああ、平和な時間だったのだ。爬虫類が無理矢理声帯を震わせるような、こんな声さえ聞こえてこなければ。


 つづく

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最終更新:2010年11月21日 13:03
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