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~吉良吉影は静かに生き延びたい~ 第二十話

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匿名ユーザー

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「うおおおおおおおおおおおォォォォォォォォォォォォ――――――――――ッッ!!」
ズズ… ズザザァ―……
慧音が『ビーチ・ボーイ』の糸を手繰り寄せる度に、輝之輔は引き摺られていく。『エニグマ』と二人で死に物狂いで抵抗するが、所詮少年とパワーEの貧弱極まりない『スタンド』、みるみる距離を縮められていく。
「うわああああああああァァァァァァァァァァァァッ!!
(な………なんてパワーだ…!クソォ……化け物め………!!)」
ズル……ズル……
地面に溝を穿ちながら、慧音は輝之輔を引き寄せる。
『スーパーフライ』の中で紅く輝く彼女の瞳は、彼に地獄の門前で牙を剥く魔獣のそれを想起させた。
「(な……なにか無いかッ!?この絶体絶命のピンチを切り抜けるチャンスは………ッ!!)」
迫る脅威の目前、輝之輔は必死に打開策を探る。
「(僕は『ビーチ・ボーイ』の扱いに慣れていない……糸を精密に操ったり、透過不透過を調節したり、針を体内を上らせて心臓を破るなんて事もできない。)」
ギギギギ………
『ビーチ・ボーイ』の竿が大きくしなり、悲鳴を上げる。
「(糸にダメージを伝えたり、直接サブマシンガンで銃撃したいが……今は本当にギリギリの状態、『エニグマ』の僅かな力でも抜けば、一瞬で引き倒され、為すがまま引き摺られてしまう……ッ!)」
ズル……ズリ……
姿勢が崩れそうになるのを、慌てて『エニグマ』に支えてもらい持ち直す。
「(しかも、あの女『能力』を再発動しやがった!御阿礼の子も混乱に乗じて逃げてしまった……人質にできる人間もいない…!)」
ギリギリと歯を食い縛り、輝之輔は力を振り絞り耐える。
「(こうなったら『ビーチ・ボーイ』を離して、一目散に逃げ出すか!?
いや、駄目だ!ヤツに『ビーチ・ボーイ』を渡した瞬間、逆に奪われた『ビーチ・ボーイ』で釣り上げられる………ッ!)」
彼と『エニグマ』、一人と一体の体力は限界に達していた。腕が、足腰が、乳酸に冒され悲鳴を上げる。
「(駄目だ!普通に考えていたんじゃ、このピンチを切り抜ける策は浮かばない!
そうだ、逆に考えるんだ……犬が玩具をくわえて放さないなら、逆にあげちゃってもいいのさと考えるんだ……要は発想の転換だ……打開策を探る対象を『四次元的』にしなきゃ駄目なんだ……!
ヤツが『ビーチ・ボーイ』を引っ張っているなら………)」
はッ!!
輝之輔は電に撃たれたように顔を上げた。
「そうだッ!犬にくれてやればいい!
………ただし、玩具全部じゃなく……………」
輝之輔は『ベール』に手を掛ける。
「『糸』だけなあアアアアァァァァ――――――――――ッ!!」
弾くように、『ベール』を一気に起こした!
ビイィィンッ!
「なぁっ――――――――――!?」
『ビーチ・ボーイ』の竿先が跳ね上がり、勢いよく糸が弾き出される。
「うぐっ!?」
千切れんばかりに引き張られていた糸が慧音に飛び掛かり、彼女をがんじがらめに絡めとった。
「フハハハハハハァ―――――――ッ!!」
輝之輔は自身を紙に変え逃走する。
「くっ―――――!」
全身にまとわりつく糸と格闘し、慧音は輝之輔に弾幕を放つ。だが、弾幕は全弾『エニグマ』に防がれる。
「ヒャッハハハハハ―――!無駄無駄ァッ!」
輝之輔は糸の届く限界まで離れ、民家の中に潜む。
「『能力』が解除されていた間に確認しておいた…この家は本物、ヤツの攻撃も通過出来ない!
―――――――そして、一旦危機を脱して落ち着いたら、『ビーチ・ボーイ』の使い方が分かってきたぞ………」
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
「っ!?」
慧音の体に絡みついていた糸が、彼女の皮膚を透過し体内に侵入する。
「ぐっ、マ、マズイっ!!」
慧音は体外に残っている糸を掴み引き抜こうとするが、当然ビクともしない。
糸は彼女の心臓に巻き付き、輝之輔は勝利の雄叫びを上げる。
「勝ったッ!ぶっ殺してやる!!抉れろっ半獣ッ!!」
グンッ!
満身の力で竿を振った!
ズバシャァッ!!
肉が裂け、血が噴き出す。
ビシャビシャと鮮血が床に飛び散り、どぎつい朱に染まる。
――――――――――ドシャ
血まみれの身体が、力無く床に倒れ伏した。



「――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――え………………?」
輝之輔は、床に倒れている自分を発見した。
視界は一面真っ赤で、焦点が合わない。
起きようとするが、身体が言う事を聞かない。
「な……………な…に……が………?
ぐぅッ!?」
後頭部を駆け抜けた激痛に、彼は顔を歪める。
「(これは………僕の………血…ッ!?)」
自身に迫る危機を察知し、『エニグマ』で身を守る。

『エニグマ』が何かを受け止め、紙に変えた。
ハァッ………ハッ………ハァ……………!
「(な……何かいる…!僕を襲った何かが………
……ッ!?)」
顔面に重い衝撃を受け、輝之輔は壁に叩き付けられた。
「が…………は……ッ!!」
ズルズルと崩れ落ち、輝之輔は苦悶に喘ぐ。
「(なんだ………?何に攻撃された………!?『エニグマ』で紙にできないということは――――――――――ッ!!)」
ガシィッ!
見えない『何か』に、全身を押さえ込まれた。
「ぶげぁあッ!」
抵抗する間もなく、顔面にもう一発。
「(か、紙にできないっ!まさかコイツら――――――――――)」



「――――――――――――――――――――駄目だ!稗田様の仰っていた通り、鍬が紙に変えられちまった!」
「怯むなッ!生身は紙にならない!」
輝之輔の顔面に拳を叩き込んだ男が、彼に組み付く。
「コイツ、俺たちが見えてねえ!妙な武器を使われる前に叩き潰せ!」
慧音の『巻物』を見ていた男が輝之輔の腕を踏み、他の男が顎を強かに蹴り上げる。
「…………俺たちは、先生にとんでもないことをしてしまった………
この程度で罪滅ぼしにはならないが、命捨てるつもりで行くぞッ!!」
慧音の家を襲撃した男達は、臆することなく輝之輔に立ち向かっていった。

BGM 石鹸屋『冒険の潭』



「ぐうっ……………くっ……………!」
糸が体内に入り込み、いくら引っ張ってもビクともしない。
「ま…まずい……!このままだと心臓を………っ!」
『ビーチ・ボーイ』の糸が、彼女の心臓に達しようとしていた時、
「慧音………っ…先生…っ……!」
阿求が建物の陰から走り出て、駆け寄ってきた。息を切らし、阿求は慧音に告げる。
「『巻物』は……男衆に手渡しました………今、あの少年の隠れている家に向かっているはずです…………!」
身体が弱いため滅多にしない全力疾走をし、かなり苦しげに途切れ途切れに話す阿求に、慧音は礼を言う。
「ありがとう、お陰で時間が稼げる。私は彼らを助けに行くので、貴女は早くこの場から離れて――――――――――」
阿求に逃げるよう言おうとした。が、彼女は顔を上げ、慧音に質問する。
「その鉄塔からは出られないのですか?」
「……ああ、試してみたんだが、この鉄塔から出た部分は金属に変化してしまう。」
慧音が腕を鉄塔の外に伸ばすと、手は継ぎはぎだらけの鉄塊に変化する。
「……奴らは貴女だけその鉄塔の中に入れ、私は何故か入れなかった……鉄塔を出した時、最初に入っていた男も引きずり出して、まるで『一人しか鉄塔内に入れたくない』かのように………」
阿求は鉄塔の『ルール』に気付き、慧音に『覚悟』を秘めた目を向ける。
「慧音、貴女がそこから出る方法を思いつきました!」
阿求は息を整え、構える。
「私が入ればいいんですっ!!」
一気に鉄塔内に駆け込み、慧音を突き飛ばした。
「な――――――――――っ!?」
慧音は鉄塔の外に押し出され、着地する。何処も金属になってはいない。
「この鉄塔には…『一人だけ』いなくてはならないんです。最初から男が中に居て、その男を追い出して貴女を閉じ込めた……だから、『二人』中にいればどちらか『一人』は出られるのです。」
「だ、駄目だ阿求!それでは貴女は出られないことになる!貴女をここに残して、奴の所に向かうなんて――――――――――」
「……慧音、今ごろ男衆は奴と交戦しているはずです。今貴女が行かなければ、彼らの命が危ういのです。だから、早く助けに行ってあげて下さい。」
阿求の堅い決意に、慧音は一度口をつぐむ。
「分かった、私はあの少年を倒しに行く。貴女の歴史を『喰らって』行くので、ここで待っていてくれ。」
「はい、頼みます!」
『ビーチ・ボーイ』の糸を辿り、慧音は輝之輔の潜む場所を目指していった。


「がはッ……!」
顎に強烈な一撃を受け、輝之輔は壁に叩き付けられる。
「(や………やっぱりそうだ……コイツら、ステゴロで……………)」
頭に霞が掛かり、気を失う前に頭と肉体の神経を紙にして遮断した。さらに鍬で殴られた後頭部の傷を紙に変え止血する。
「(僕はもう苦痛も衝撃も感じていない…死ぬまで倒れない。
一撃で顔面が潰れていないという事は、コイツら人間か……?だが早くなんとかしないと殺される……確実に!)
全身を押さえ付けられ、滅多打ちに殴られ、蹴られる。骨が何本もへし折られる音がした。
「(身体を紙にして脱出するか!?いや、これだけガッシリ掴まれている時にそれをしたら、ビリビリに破り棄てられるッ!だが腕も動かせない……クソッ、何か無いか!?脱出の手立ては……
――――――――――ッ!?)」
輝之輔は喉元を何者かに締め付けられ、呼吸不能になった。
ギリッ……ギリリ…………
「げッ…………が…………は……ッ…!?」
痛覚を切っていても、脳の血流が滞れば当然気を失ってしまう。物凄い力で首を絞められ、輝之輔は悶える。
「グ…………うっ…………?ぎ…………げェ………ッ……!!」
目をグルグル回し、白目を向き輝之輔は抵抗するが、当然痩せっぽっちな彼の腕力で十数人の男達を払い除ける事は不可能だった。視界が揺らぎ、ぼやけ、吐き気と共に涙が滲む。
「グッ………グキャアアアアァァァァァァァァ――――――――――ッッ!!」
屠殺される鶏のような声を上げ、輝之輔は限界の力を振り絞った。『エニグマ』で男達の体温を奪い、神経の電気信号を遮断する。
彼の全身を押さえ込んでいた力が一斉に消えた。
その瞬間、輝之輔は蛇のような素早さで懐に手を伸ばし、紙を抜き出す。
「うおおおオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――ッッッ!!!!」
日符『ロイヤルフレア』が放たれ、室内の全てを呑み込んだ。



――――――――――――――――――――――――――――――
「――――――――――――――――――――
――――――――――…………ゲホッ…………」
梁や瓦を紙にして、輝之輔は崩れた屋根の下から這い出た。
「ゲホッ、ゲホッ………く、くそっ……あいつら、よくも…………」
喉を押さえ、輝之輔は苦しげに息をする。
そして顔を上げた次の瞬間、
「――――――――――ッ!?」
彼の表情が、凍り付いた。
彼の前には、血溜まりが広がっていた。
「――――――――え………?」
血の池の中に横たわる、男達の身体。
辛うじて原形は留めているものの、その大部分は焼け焦げ顔面は眼孔と鼻の面影を残し完全に吹き飛んでいる。
「――――――――――ハァ――――――――――ハァ………………」
四肢がもげ、バラバラに散らばった者。
グズグズと崩れ、挽き肉と化した者。
腹が破れ、潰れた腸が飛び出した者。
輝之輔の呼吸が乱れる。冷や汗が流れる。
「――――――――――ぼ…………………僕が………やった…の……か……?これは…………」
ドグン…ドグン…
胸の鼓動が激しくなり、息が詰まる。
初めて、人を、殺してしまった。
その事実が、鉛の塊のようにのし掛かってくる。
下腹部が冷たい。苦しい。息ができない。
ハァ……………ハァッ………
ハァ………ハァ……
血。臓物。脳髄。眼球。
どぎつい色彩が、彼の網膜に焼き付く。
ハァ……ハァ……
ハッ…ハァ…
ハ…ハァ…
「――――――――――ウゥッ!?」
胃が締め付けられ捻り上がり、込み上げて来た物を、輝之輔は地面にぶちまけた。
「うえぇッ!おげえええええええええっ!!」
ビシャビシャと音を立て、反吐が地面に落ちる。
水飲み鳥のように顔を伏せ、胃の内容物全てを吐き出した。
反吐が溢れ、流れ、血溜まりと混じり合う。
「うぐ……っ……うえ……………ゲホ…………」
ひとしきり吐き出し、それでも吐き気は治まらず、輝之輔は口を押さえる。
胃酸のえぐみと甘ったるい血の臭いが鼻をつく。
「――――――――――――――――――――
――――――――――ん…………うっ…………
………ペッ」
『エニグマ』で口の中の反吐を紙に変え、吐き出すと、顔を上げた。
「……………………フ……………」
ブルブルと肩を震わせ、込み上げる感情を吐き出した。
「ふひゃははぎゃははははは~!!」
突如、狂ったように笑い始める。
「ヒャハハハ!な、なんだ、ぜ、全然なんともないじゃないか!」
夜叉のような鬼気迫る表情で、彼は天を仰ぐ。
口を引き吊らせ哄笑を続ける彼の様子は、ちっともなんともなくはなかった。
「ヒィ………っ…ひぃィ…………!」
両手で顔を覆い、輝之輔は目を見開く。
「だ、だって、仕方ないじゃないか……!アイツらだって、僕をこ、殺そうとしていたし、あのままだったらぼ、僕が死んでいたんだし……!!
そ、それに!奴らが死んだのは『ロイヤルフレア』のせいじゃないか…!だからっ、殺ったのはあ、あの魔女だ!!僕は、僕は――――――――――」
支離滅裂な言い訳が、後から後から溢れ出す。
瞳がガクガクと震え、目の端から涙が伝う。
ドグシャァッ!
「ッ!?」
背後から聞こえた破壊音に、輝之輔はビグッと身をすくめ振り返る。
『ビーチ・ボーイ』のリールを慧音が踏み砕いた音だった。

BGM IOSYS『神獣の名の下に』

「ひぃっ!?」
ドシャリ、腰が抜け輝之輔は倒れた。
『ビーチ・ボーイ』の糸が消えたのを確認すると、慧音が跳躍し、一瞬で輝之輔の眼前に現れた。
ガシィッ!
尻餅をついた彼の肩を、慧音の手が掴む。
「ひ………ひぇあァァァァ!!」
輝之輔が声に為らない悲鳴をあげる。両目に涙が滲む。
慧音が頭を振り上げる。
悪童の脳天に鉄槌を振り下ろさんと。

「うわあアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――!!!!」



ガッヅウゥゥゥン!!
重い衝撃音が、人の気配の無い人里に響き渡った。



「――――――――ッ!?」
ギシッ、ギシシ……ッ

慧音は息を呑んだ。彼女の鉄の額が打ち据えた物は、輝之輔の脳天ではなかったからだ。
「――――――――…………」
輝之輔は拳大ほどの鉄の塊で、彼女の重機のごとき一撃を受け止めていた。
「……………………『無い』……」
輝之輔が、ボソリと呟いた。
「無いじゃないか…………あ?」
怒りに肩を震わせ、輝之輔は慧音を憤怒の眼差しで睨み付ける。
「奴らの死体が………!無いじゃないかァァァァッ!!」
輝之輔が、絶叫をあげた。彼の足下に広がっていた筈の血の海は、肉の列島は、影も形も無く消え去っていた。
「てめぇ………!アイツらのダミー、創ってたんだろう?貴様の『能力』で!過去の一瞬を切り抜くとかしてダミーを並べ、それを爆破して殺したと僕に思い込ませたんだ!その間に例の『巻物』で奴らに指示して、この場からトンズラさせた。だから死体の転がってた場所に尻餅ついても何も無いんだろ!!」
怒り狂い、輝之輔は捲し立てる。
「どいつもコイツも…寄ってたかって僕を馬鹿にしやがってッ!!」
輝之輔は鉄塊を彼女の眼前に突き付けた。危険を察知し回避しようとしたが、
「(なにッ!?か、身体が………!!)」
自分の身体でないかのように、指の一本さえ微動だにできない。
「……どうだ…動けまい?僕の『エニグマ』は、何も物を紙に変えるだけが能じゃない。ちょっとした『頭の使いよう』で、なんにでも応用可能なんだ…」
『エニグマ』を取り憑かせ、慧音の動きを封じると、輝之輔はギロリと彼女の瞳を覗き込む。
「よくもコケにしてくれたな……?」
ドスの利いた声で、輝之輔は語り掛ける。
「ああ……認めるさ……僕は【チキン】だ、臆病者だ、意気地無しの弱虫だ。
僕は一人も殺した事はない。妖怪でも人の姿をした奴は、ひっぱたいたことも無い。それ以上にえげつない仕打ちは加えたがな……身体を傷付けるのは、恐しくて身がすくんでできなかった。
だが!……これからはそんな【甘さ】は棄てる。擬似殺人をやったついでに……今、ここで、僕の『処女』切ってやる……メソメソと女々しく泣きじゃくる僕の【弱さ】を切り捨ててやる。」
『スーパーフライ』の欠片を慧音の顔に押し当て、輝之輔は脅しをかける。
「記念すべき初めての人殺しは………ッ!!バラバラ殺人だッ!!
お前を閉じ込めた『鉄塔』には、閉じ込めた者を自らの一部にするのとは別に『能力』があってね………喰らったダメージを、同じエネルギーだけ反射するんだ。
つまりッ!『鉄塔』を紙に変えたエネルギー!紙の『鉄塔』からコイツを破り取ったエネルギー!!そしてお前が頭突きしたエネルギー!!!これから全て!お前に返って来る!!」
ウオォォォン……
【鉄塔の欠片】が、振動している。虐げられた怒りに身を振るわせているように、その怒りを報復と称しぶち撒ける兆候であるかのように。
「ほうら……聞こえるだろう?この鉄屑が【パワー】を吸収して内部全体に効果的に散らしている音だ……まもなくお前がおっかぶるダメージをな…」
と、慧音が苦しげに口を開いた。
「お……前は……なぜ…悪人にな…ろうとする…?」
「…………なに…?」
「………人を傷付けるのが嫌なら……しなければいい……【臆病】な心があるなら………その心を捨てるでなく、人の痛みを理解できる【優しさ】として、大切にすればいい……それを自分から無理に切り捨てるのは……自分を傷付けることになる……」
教師という仕事柄か、彼女は目の前の自分を殺めようという少年の瞳を、臆すること無く、しかし非難がましさの籠められていない、真っ直ぐな目で見つめ、諭すようにそう言った。
「―――――――――………………………
…………僕は…何回殴ったっけ……?通った高校の女教師を怪我させた時………」
突然の独白に、慧音は一抹の不安を覚える。
「4キロもある辞書で後頭部殴りつけてやったんだ。あの時の気持ちだ…久々に湧いて来た…今と同じ気持ちだ…僕に嘗めたマネをする事は許さない…この女(アマ)………!」
――――――――慧音の諭すような敵意の無い台詞は、
「この鉄屑の中の『振動』みたいにグラグラと昂ってくるぜッ!久々に人をぶっ殺したいというあの時の気持ちがなァァァァァァァァァ―――――ッ!!」
――――――――逆効果だった。
激昂し、輝之輔は鉄屑を彼女の顔に押し付ける。
「棒を叩き付けられたスイカのように真っ二つに砕け散るがいいッ!!」
ドギュウゥゥン!
【エニグマ】の姿をかたどったエネルギーの塊が、慧音に襲い掛かった。


BGM ふぉれすとぴれお 『アイ・ウィッシュ・クロスフェード』



ズドオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!
「ぶぐあァァァァァ――――――――ッ!?」
横合いから突っ込んで来た極太レーザーが、輝之輔を呑み込みぶっ飛ばした!
同時に、黒い影が電光石火の勢いで慧音の手を掴み飛び立つ。
輝之輔の手を離れた【鉄塔】の欠片から放出されたエネルギーが、慧音を掠め、背後の甘味処の壁に激突する。
ズバシャアァァァッ!
ドガアァァァァン!
壁は紙切れの如く真っ二つに引き裂かれ、粉々に粉砕された。
「ヒュー、危ないところだったぜ、なあ、センセー?」
慧音の右手を握り、箒に跨がり空を切る人影。闇夜のように黒い服とそれに映える白いエプロン、夜空になびく流れ星のような金髪、そして彼女の存在を物語の世界から抜け出して来た魔女だと主張する黒いトンガリ帽。
「魔理沙……っ!」
霧雨魔理沙はトンガリ帽の鍔を上げ、慧音を見下ろす。
「慧音、教育熱心なのは分かるが、時と場合を考えてやるもんだぜ。アイツは………、ッ!?」
皮肉の一つでも言ってやろうと開いた魔理沙の口は、そのまま固まった。
慧音の左肩から腰にかけて、左上半身がペラペラの紙になっていたのだ。
「おい慧音っ!?お前その身体………!」
風にはためく左半身は、今にも千切れそうに見えた。
魔理沙が叫んだ瞬間、
パッ――――――――
「えっ――――――――」
魔理沙の手を、慧音が放した。
「おっ、おい!?なにやって――――――!」
慧音は空中でとどまると、空いた右手で紙になった左半身を持ち、捲った。
開いた紙から、飛び出す絵本のように左上半身が現れ、【紙化】が解除される。
「――――――――心臓が封印されて血流が止まったのはかなり苦しかったが……大丈夫だ、【開けば直る】。
ありがとう魔理沙、助かった。もしこれが直撃していたら、ただでは済まなかった。」
彼女が手を離すと紙はヒラヒラと舞い落ちていった。
「なんだ……?以前奴と戦ったとき、奴は私を紙に変えることはしなかったぜ。なぜ今はできているんだ?」
「あの鉄塊のせいだ。あれを介して【ファイルエネルギー】を反射した時は、生き物も紙にできるらしい。」
「?
もしかしてさっきの鉄屑、阿求が閉じ込められてたドでかい鉄塔の一部か?一ヶ所引き千切られたような欠損があったぜ。」
「阿求に会ったのか?ああ、そいつの一部だ。あれに与えたダメージは全て同じエネルギーで反射される。」
「なるほど、阿求の救出よりあんたの方を優先して正解だったな。」
「……………もしかして魔理沙、あの鉄塔を破壊しようとしたのか?」
「ああ、ミニ八卦炉押し当てて貫通力に特化した零距離マスパをぶちかまそうとしたが、阿求が先にあんたを助けてくれと言ったから中断した。あれあのままいってたらヤバかったな。」
「……………まったく、魔理沙、前々から口を酸っぱくして言っているが君は無鉄砲過ぎる。後先考えないで直進するだけでは、いずれ狗に棒、杭に木鎚、人の信頼を失い大切な隣人を………」
「あ~はいはい説教はおあずけだ今それどころじゃないって言ってるだろさっきから。」
クドクドと説教を始めた慧音を、魔理沙は諌め顔を上げる。
彼女の視線の先、吹き飛ばされた輝之輔が立ち上がろうとしていた。
「慧音………アイツは私が倒す。手出しは無用だぜ。」
「なっ!?ば、馬鹿を言うな!以前奴と戦ったなら知っているだろう?奴は弾幕を無効果する!倒すには肉弾戦しかないが、妖獣の力を持つ私ですらそれさえも困難だ、人間の君の手に負える者では――――――――、っ!?」
ガッ!
魔理沙が慧音の胸ぐらを掴む。
「『人間の手に負える者じゃない』!?人間だからこそ立ち向かう【義務】があんだろ!」
魔理沙に怒鳴られ、慧音は息を呑む。
「いいか、ここは何処だ?『人里』だろ!今じゃ妖怪共も入り浸るようになっているが、ここは人間の居場所なんだ!この幻想郷の中で、妖怪に襲われる心配なく、飢え死にする心配もなく、人間が暮らしていける数少ない場所だ!
その私達の居場所が、たった数人の外来人に蹂躙されている!この幻想郷の歴史の中で無数にあった、妖怪共との闘争、数え切れないほどの人間の血と努力の結晶の、この里が!そんな人達の苦労なんざこれっぽっちも関係無い奴に、踏みにじられているんだぞ!!
…………私は、先人達の努力とかには興味はない、語る資格も無い。でも!里の歴史を一番良く理解しているお前が、それを言ってどうする!?人間だけでは自分達の居場所も守れないってのか!?半分妖怪だからって図に乗んなッ!!」
慧音に背を向け、魔理沙は戦闘態勢に入る。
「いいか、里の男衆にやったように、【歴史】食べるのは止めろ。奴との決着をつける権利は、私だけにある!!」
ミニ八卦炉に魔力を蓄え、魔理沙は輝之輔の所に向かおうとする。
「待ってくれ!」
呼び止める慧音の声に、魔理沙は振り返る。
「…………………そうだ………私は、つい忘れていた………この里の、人間の強さを。半獣である事を驕り、何時の間にか人を【守る】事しか考えられなくなっていた………でも、違う。この人里の者達は皆、魑魅魍魎が跳梁跋扈する異形の楽園で、自分達の力で【國】を創成した人間達の末裔。誇り高き妖怪退治屋の御霊を受け継いでいる……さっきの男衆にそれを感じた。怯むことなく勇敢に、未知の敵に挑む姿は、まさしくこの地に眠る英霊達の物だった。
ありがとう魔理沙、君のお陰で目が覚めた。」
「…………いや、こっちこそ済まなかったな、ついキツい事口走ってしまった。」
魔理沙はやや照れて頭を掻く。
「なんか変な気分だな、いっつも説教される方なのに、こんな状況の時偉そうに説教垂れて、それで感謝されるなんて。私のガラじゃないぜ。」
二人の口から、笑いが漏れる。
「――――――――さあ、私は行くぜ。慧音はどうするつもりだ?」
「もちろん邪魔はしない。あの子は君に任せる。私は――――――――」
手に持っていた巻物の【歴史】を戻し、慧音はキッと東の空を見上げる。
「私は、博麗神社に向かう。この異変…………いや、【事変】には、黒幕がいる。そいつをなんとかしないと、この惨劇は解決できない。」
見ると、東の空、博麗神社上空には、紅い光が満ちていた。妹紅の放った火柱だ。
「おいおい、神社炎上中か?霊夢のヤツ、これから暫く不機嫌だぜ……一週間は近づかない事にするか。」
苦笑する魔理沙に、慧音は目を向ける。
「君も知っていると思うが、奴の能力【スタンド】は普通の人間には見えない。だから君にこれを渡そう。」
魔理沙に巻物を手渡す。
「いいのか?これが無かったら――――――――」
「大丈夫だ、【歴史を創る程度の能力】はどんな媒体にも効果を発揮できる。」
慧音はもう一つ巻物を取り出し、魔理沙に示す。
「分かった、ありがたく使わせてもらうぜ。」
魔理沙は慧音に背を向け、輝之輔の所に向かおうとした。
「待て、魔理沙。」
慧音が呼び止め、魔理沙は振り返る。
「――――――――くれぐれも、殺生はするな。」
「分かってる、死後地獄逝きはゴメンだぜ。」
それだけ言い交わすと、二人はそれぞれの向かうべき場所へと飛び立った。



BGM C-CLAYS『空振りサディスティック』

――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぐああああアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――ッ!!」
マスタースパークを喰らい、輝之輔は吹き飛ばされた。光の奔流に呑み込まれ、紙切れのように流されていく。
「クソォッ!!【エニグマ】ァァァァァァッ!!僕を護れぇぇぇ!!」
慧音に張り付いていた【エニグマ】を戻し、彼はマスタースパークを【ファイル】した。
バシュウゥゥゥゥゥンン――――――――
レーザーが消滅し、彼は地面に投げ出されゴロゴロ転がる。やがて止まると、よろめきながらも立ち上がった。
「ぐぅ…………ハァー…………ハァー………………」
輝之輔は息を荒げ、身体の損傷を確かめる。全身に火傷を負っていたが、たいして酷い物ではなかった。破傷風に気をつければ、痛覚をOFFにしている彼にとって、戦闘に支障をきたす心配は無い。
「クっソォォォ…………あのアマァ………」
怒りに燃え、輝之輔が顔を上げた時。
「ッ!?」
彼は目を見張り、息を止めた。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――――――――
「――――――――よう、また会ったな…………?」
霧雨魔理沙が、箒に跨がり上空から見下ろしていた。
「あの出鱈目レーザー…………やっぱりお前だったか…!!」
輝之輔の表情が、憤怒に歪む。
「前の決着、つけようぜ。」
魔理沙がミニ八卦炉を構え、魔力を集中させる。
「恋符『マスタースパーク』!!」
輝之輔に向けたミニ八卦炉から、巨大なレーザーが放出される!
「【エニグマ】!」
バッシュウゥゥゥゥゥン!
【エニグマ】を盾に『マスタースパーク』を封印し、輝之輔はサブマシンガンの銃口を向ける。
「喰らえっ!」
照準を魔理沙に合わせ、引き金を引いた。
ズダダダダン!
サブマシンガンが火を噴き、亜音速の鉛弾を吐き出した!
「うっ!?」
魔理沙は急加速し銃弾を回避した。
「なんだ!?なんかあの機械みたいなのが光って、破裂音がしたが――――――――」
逃げる一瞬前『直ぐ逃げろ』と文字が浮かび上がった【巻物】に再び目をやり、何が起こったのか確認する。
「げっ!?【見えない速さの弾幕】!?全然分からなかった…………撃つ前に動いていなかったら、今ごろお陀仏だったぜ………」
【巻物】を見やり驚愕と安堵の表情を見せた魔理沙。飛ぶ彼女を睨み、輝之輔は歯軋りする。
「(くそっ、あのアマから【巻物】渡されてたのか……!あれが向こうにあるだけで僕の【エニグマ】の戦略的価値は半減してしまう………!)」
輝之輔は懐から紙を抜き、一気に広げた。

バラバラバラバラバラバラバラバラ――――――――

「ヘリコプターだ!!」
農薬散布用無人ラジコン操作式ヘリを操り、輝之輔は魔理沙目掛け突っ込ませる!
「うおおっとぉ!?」
猛スピードで突っ込んできたヘリを間一髪避け、魔理沙は急発進する。
「……………ん?」
空中で身を捻り急カーブした魔理沙は、輝之輔の姿が消えた事に気付いた。だが、問題はそこではなかった。
「げっ…………!?」
無数の紙が舞い上がり、魔理沙の頭上からヒラヒラと舞い降りて来た。
「マズッ――――――――!」
紙から逃れようと飛行速度を上げるが、
「なっ!?」
既に魔理沙を中心とした紙の包囲網は完成していた。
「あの空飛ぶ機械……どうやら私にぶつける事よりこっちが目的だったようだな………」
自分の周りを大きく旋回しながら紙をばらまき巻き上げていく無人ヘリを睨み、魔理沙は舌打ちする。ヘリの農薬を積み込む容器は改造され紙を満載してあり、羽根の風で広範囲に紙を撒き散らす仕組みになっている。
「うわっ?」
至近距離で紙が開くのに気付き、咄嗟に距離をはなす。直後、
ドグオオオォォォォ!
紙から爆炎が吹き出し、一瞬前魔理沙がいた空間を呑み込んだ。
「あ、危なかったぜ……」
振り返り爆発を確認すると、彼女は八の字を描くよう旋回を始める。
「これだけ大量の【爆弾】撒いといて一斉爆破しないって事は………」
スピードを落とさず、高速旋回を続けながら魔理沙は思考を巡らす。
「ヤツの狙いは、機動力に勝る私を釘付けにしておくこと……そして、どこからか息を潜めて狙っているはずだ。私が【隙】を作る瞬間を!」
旋回しながら、魔理沙は油断なく辺りを見張る。
「【巻物】を見ようとしたり、『マスタースパーク』で突破しようとしたり……そんな一瞬の【隙】を突いて、【見えない弾幕】でトドメを刺す……そんなところだろう、が……!」
魔理沙の瞳が光を帯びる。
「甘いぜっ!この魔理沙様にそんなチャチな作戦まるで歯が立たないって事を教えてやるぜ!!」
八の字旋回を続け、魔理沙はスペルカードを掲げる。
「黒魔『イベントホライズン』!」
魔理沙を中心に幾つもの魔方陣が現れ、放射状に拡散していく。さらに魔方陣はそれぞれ無数の星形弾幕を生み出し、それらが綺麗な紋様を描いて広がっていく。
ズドグオオオォォォォォォォォォォォォッ!!!
弾幕が当たった【紙】が爆発し、さらに爆風に巻き込まれた【紙】も爆発、ねずみ算式に連鎖爆破されていく。
「大量に仕掛けたのが仇になったな!こっちが起爆の主導権を握ってしまえば、包囲網突破は容易いぜ!」
爆発が爆発を呼び、【紙の包囲網】は脆く崩落した。爆煙が晴れる前に、魔理沙は次の一手を打つ。
「天儀『オーレリーズソーラーシステム』!」
赤、黄、青、緑、紫色、オレンジの玉が魔理沙を中心に回転し、さらにそれぞれが一本のレーザーを放出する。
「煙幕が晴れた時、その瞬間が勝負の時だぜ!」
風が立ち込める煙を吹き払い、視界が開ける。
「っ!!やはり!!」
彼女の視線の先、残りの【紙】を撒き散らして飛行を続ける無人ヘリの姿があった。
「やはりっ!そうだと思ったぜ!」
ヘリの方向へ急加速し突っ込んでいく。
「爆煙の中耳を澄ましていて気付いた!あれだけの爆発がありながら、起爆剤を満載した機械の音が消えなかった事を!つまりっ!」
無人ヘリを目掛け、まっしぐらに飛翔する!
天儀『オーレリーズソーラーシステム』のレーザーが、ヘリに迫った時、
バシュウゥゥゥン!
レーザーがヘリに当たる直前に消滅し、舞い落ちる【紙】が一枚増える。
「ヤツはあの機械に載っている!爆風を全部防いだから、あの機械は撃墜されなかったんだ!
そして今ので確定した!ヤツが潜んでいる【紙】は――――――――っ!!」
魔理沙の視線が一点を見つめる。
「その【脚】に括り付けてある【紙】だぁぁぁぁ――――――――っ!!」
天儀『オーレリーズソーラーシステム』を解除すると同時に、ヘリの脚に括り付けられている【紙】を目指し、箒星のような速さで一直線に飛ぶ。
ヘリから【紙】がばら撒かれ魔理沙の近くで次々と爆発するが、彼女は神業とも言える飛行テクニックで紙一重でそれらを掻い潜り、一瞬でヘリとの距離を詰める!
「はっ!?」
目標の【紙】が開かれ、拳銃を握った輝之輔の手が現れる。

ダンダンダン!

手が引き金を引き、拳銃が火を噴いた!
「嘗めんなぁっ!」
引き金を引く直前、急降下し銃口の延長線上から身をかわす。
弾丸を避けると、魔理沙は身を捻り縦にヘアピンカーブを決め、ヘリの【腹】に向かって急上昇する。
「ここからなら【爆弾紙】も届かない!
竹トンボみたいなのにも巻き込まれないぜ!」
【紙】から伸びる手が、彼女に銃口を向けようとする。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――っっ!!!!」
手が銃を彼女に突きつける動きより、魔理沙が肉薄する動作の方が早かった。

ガシィ!

手を掴み、銃を叩き落とすと、魔理沙は【紙】をヘリからもぎ取る。
「【金縛り】を喰らう前に速攻でケリを着ける!」
【紙】を開こうと両手を掛けた、その瞬間だった。
「残念、ハズレだ。」
背後からの声。
魔理沙は驚愕し、咄嗟に振り返る。
そこにいたのは、邪悪な笑みを浮かべ【『マスタースパーク』】と書かれた【紙】を開いた輝之輔の姿だった。
「なっ――――――――!?」
『マスタースパーク』が封印を解除され魔理沙を襲う!
「うおおおおォォォォォォォォ――――――――!!」
ミニ八卦炉を構え、迎え撃つ!
「魔砲『ファイナルスパーク』ッ!」
『マスタースパーク』を上回る威力のレーザーが、『マスタースパーク』と激突した。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドオオオォォォォォォォォォォォォ――――――――ッ!!

『マスタースパーク』は押し切られ、輝之輔の姿を呑み込んだ。
「や、やったか――――――――?」
魔理沙が口を開いた瞬間、

ガシィッ!

「なあっ!?」
首根っこを掴まれ、振り払おうともがくが、
「(なに……っ!?
か、身体が……!)」
【金縛り】にあったように、身動き一つできず、彼女の体は力無く宙にぶら下がる。
ダラリと垂れた右手から、ミニ八卦炉が離れ落ちていった。
「フフフハハハハ……………
『残念、ハズレだ』とキッパリ言ったばかりなのに……スマン、ありゃウソだった。」
魔理沙の手の中にある紙から輝之輔が姿を現し、ヘリの脚に掴まる。
【エニグマ】のビジョンが魔理沙と重なっていた。
「最初に発砲した後、お前が急降下している途中に投げておいた…………紙に変えておいた僕の『像』をね。
声も姿も僕そのもの、見破るなんてできやしないさ。
しかも像は触れられず、放った『マスタースパーク』はモロに効く。
まさしく【無敵】の分身だ。」
ヘリにぶら下がり、動けない魔理沙を掴んで輝之輔は自慢げに語る。
「っと、この箒は没収だ。
これでもう空は飛べまい!」
魔理沙の箒を『ファイル』し、懐に仕舞い込んだ。
「このままシュールな画でフライトを続けても良いが………生憎このヘリは人が乗るようにはできてないんだ。
だから――――――――」

ボンッ

輝之輔が腕以外自分を紙に変え、
「君には降りて貰おうか。」
パッ

掴んでいた魔理沙の襟を放した。
力を失った彼女の身体は糸の切れた操り人形の如く落下を始める。
「ぐっ!!」
地面に叩きつけられ、受け身もとれずゴム毬のごとく弾み、ゴロゴロと転がる。
帽子も、明後日の方向に飛んで行ってしまった。
「がっ…………は……っ!?」
砂にまみれ、ゴロリとうつ伏せに倒れ込んだ。
全身を強かに打ち付け、鈍い痛みが身体中を襲う。
ヘリが高度を下げ、輝之輔は自身の紙化を解除し地面に降り立った。
「さあ………お楽しみはこれからだ………」
地べたに這いつくばる魔理沙を見下ろし、輝之輔はニヤリと口角を歪める。
「だが、その前に【後片付け】をしないとな。
CDを聴いたあと、それをケースにしまうように…誰だってそうするようにな……」
ラジコンを握り、ヘリを操作する。
「(なっ!?
ま、まさか……!)」

ブゥゥゥゥゥゥゥゥン!

高速回転するヘリの羽根が、魔理沙の顔面に突っ込んで来た!
「(っ!?)」
思わず目を瞑り、身を縮める。
だが――――――――

バシュウゥゥゥゥン!

彼女の目を切り裂く直前、プロペラは雲散霧消し紙と化した。
「クククク……大丈夫、そんなすぐ殺したりはしない。
【お楽しみ】は早く終わらせちゃ勿体ないだろ?」
不気味に笑い、しゃがむと魔理沙の髪を掴み顔を上げさせる。
「調教(まわ)して輪姦(まわ)して録画(まわ)して転売(まわ)して……ボロ雑巾のようになるまで使ってやった後……女として堕ちるところまで堕として遊びながら殺してやるからな…………」
グンッ!
髪を掴んだ手を振り下ろし、魔理沙の頭を地面に叩きつけた。
「ぐ………っ……うっ………」
魔理沙は悲鳴を押し殺すが、それが逆に輝之輔の加虐心に火を点けた。
「ハハハハハハハハ――――――――
どうだ?悔しいか?悔しいだろう?
啼けよホラ、啼いて魅せなよ、霧雨魔理沙。」
立ち上がり、彼女の頭をグリグリと踏みつける。
魔理沙の顔は砂にまみれ、口に砂が入っても吐き出す事さえできない。
「――――――――フン、なかなか骨がある、泣き声一つあげないか。」
輝之輔は足を退けると、今度は顎に足をかけ顔を上げさせる。
「【身体】をいたぶるのはまだだ。
お前も普通の人間、骨が折れたりしたら修復に時間がかかるし、何よりつまらない。
【痛み】が嫌なのはマゾ以外当たり前、誰だって簡単に与えられる【苦痛】だ。
僕ならもっと【エンターテイメント性】を追及する……」
輝之輔は靴を、魔理沙の口に近付ける。
「『舐めろ』。
お前の舌で、キレーになるまでな……」
輝之輔の命令と共に、魔理沙の身体が否応なしに動く。
「う…………んっ………!」
自分の意志とは関係なく、唇が靴に押し当てられる。
「ンッン~♪
巧く靴にキス出来たなァ、いいぞその調子だ………!」
上機嫌に鼻を鳴らし、輝之輔は悦に入る。
「さあ、舐めろ。」
魔理沙の口が開き、舌がゆっくりと伸びる。
魔理沙は必死に抵抗しようとするが、そんな微力はものともせず、吸い寄せられるように舌が靴へと近付いていく。
「……ン?」
魔理沙の周りに、幾つも紙が現れた。
輝之輔はそれらをキャッチする。
「フン、弾幕か。
無駄に決まってるじゃないか。」
【エニグマ】が紙に変えた弾幕をヒラヒラと振ると、輝之輔は鼻で笑い、嘲笑を浮かべる。
輝之輔の愉悦の視線の先で、魔理沙の舌が靴に触れようとした。

………ポトッ……

「?」
輝之輔の目が、魔理沙の口から落ちた何かを捉えた。
「(なんだ、これは――――――――)」
ふとその【液体に浸けられたキノコが入ったビニール袋】のような物に目を落とした瞬間、

ドオォォォォォォン!!

魔理沙が口内に仕込んでいた特製キノコ爆弾が、輝之輔の足下で炸裂した。
「なあぁぁぁッ!?」
足を爆破され、輝之輔はバランスを失う。
そのため咄嗟に手に握る【紙】を放してしまった。
「し、しまっ――――――――ッ!?」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

超至近距離からの弾幕が直撃し、輝之輔の身体が宙を舞った。
「ぐあああァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
輝之輔がぶっ飛び、魔理沙は【エニグマ】の呪縛から解放される。
「(動ける…!
金縛りが解けた!)」
眼前での爆発だが【エニグマ】が自身を護るため爆発を防がざるを得なかったため、彼女は無傷だった。
魔理沙は飛び起きると、自分が落ちて来た場所を振り向いた。
彼女のトレードマーク、帽子とミニ八卦炉が転がっている。
魔理沙はそれに向かい一目散に駆け出した。



「ぐッ…?ゲフ…ッ……!!」
何度もバウンドして地面をゴロゴロ転がり、輝之輔はやっと止まった。
「がはっ……!グゥッ、あのアマぁ…!!」
痛覚を切っているとは言えダメージはダメージ、輝之輔はなんとか立ち上がり、魔理沙の方を睨む。
「なァッ!?」
輝之輔の目が見開かれる。
魔理沙は仁王立ちし、ミニ八卦炉を構え、輝之輔を視界の中心に捉え睨んでいた。
「(しゃ、射程距離外…ッ!?)」
ミニ八卦炉に魔力が集中し、輝之輔に照準を定める。
「(マズイっ!!)
【エニグマ】離れろッ!!
僕を護るんだあぁぁぁああ―――――――ッ!!!」
【エニグマ】を戻し、身構える!
しかしッ!
「彗星『ブレイジング・スター』!!」
ミニ八卦炉を後ろに向け、後方に『マスタースパーク』を放った!
「なんだとォォォ――――――――ッ!!」
まさしく彗星のごとき速さで、輝之輔目掛けて猛進する!
「うあああァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッ!!」
生身で突進してくる相手に、自慢の【エニグマ】は通用しない。
超高速で飛翔する魔理沙が激突するまでの刹那、輝之輔は咄嗟に懐に手を伸ばし、『それ』を抜いた。
西部荒野の戦士のごとき瞬発力で、『それ』を迫り来る魔理沙の眼前に突き出す!

魔理沙の目の前で、【紙】が眩い光を放った。
「な――――――――っ!?」
反応する間もなく、【紙】から放たれた『マスタースパーク』が魔理沙を呑み込んだ。

「………フ………フフ……ハハハハ……!
馬鹿が……ッ!生身を最先端に突っ込んで来るなんて、自殺行為かましやがって……!
一度喰らった技を二度受けるほど僕が馬鹿だと思っているのか!」
冷や汗を流し恐怖に顔を歪めていたが、勝ち誇り、輝之輔は腹の底から哄笑を上げる。
「自分の技を喰らってぶっ飛んでいけェェェェ―――!!
ハハハハハハハハハハハハ―――――――――――――」



ドガアァァッ!!

「グバァァァァッ!?」
背後から強烈な衝撃を受け、輝之輔はブッ飛ばされた!!
「(な……………何が……………ッ…!?)」
宙を飛んでいる最中、輝之輔は首を捻り彼を襲ったものを確認した。
「(――――――――――――――――!)」
彼の背後、霧雨魔理沙が脚を蹴り上げているのを見て、彼女に自分の背中を物凄いパワーで蹴り飛ばされたのだと悟った。
「(――――――――なんだよ……………
………箒無くても……飛べるじゃないかよ………………!)」
ドガシャアァァ!
民家の壁を突き破り、輝之輔の姿が見えなくなった。
「【相手が勝ち誇ったときそいつはすでに敗北している】――――――――
【フラグ】を立てたのはお前だぜ。」
地面に降り立ち、魔理沙はそう言い放った。



【紙】から『マスタースパーク』が放たれた瞬間、彼女は隠していた飛行能力を使いそれを回避し、輝之輔の上空から彼に狙いを定めた。
がら空きの彼の背後から『マスタースパーク』の反動を利用して急降下し、彼の背中に流星のごときキックを見舞ったのだ。
「『ブレイジング・スター・キック』――――――――かなり効いたハズだぜ。」

ザッ――――ザッ――――
輝之輔の突っ込んだ民家に歩み寄って行く。
ザッ――――ザッ―――― ザッ
ふと、魔理沙が足を止めた。
「――――――――っ!?下かっ!!」
そう叫び、魔理沙は宙へ飛び上がる。直後、
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
彼女の立っていた地面を突き破り、『マスタースパーク』より強力な極太レーザーが光の柱となって空へと放たれた!
「うおおっ!?」
空中で身を翻し、辛くも魔砲『ファイナルスパーク』から逃れる。
「くそっ、やっぱり箒が無いと機動力に欠けるな……」
舌打ちし、もうもうと立ち込める土煙の中の様子を見ようと【巻物】に目を落とす。
「――――――――――――――――――――――――」
土煙がおさまり、視界が開けると輝之輔が『ファイナルスパーク』が開けた大穴から姿を現した。
「慧音の【巻物】を見て奇襲を看破ったか……」
輝之輔は上空を飛ぶ魔理沙を睨み、呟く。



蹴りが直撃しブッ飛ばされた後、壁を紙に変えてダメージを緩和し、突き破って家の中に逃げ込んだ。そして床と地面を【紙化】して地下水路に進入し、彼女の足下から以前紙にした『ファイナルスパーク』を放ったのだ。
「(まただ………!また僕は【油断】した……)」
ギリギリと歯を喰い縛り、輝之輔は目付きを鋭くする。
「(二度としない……!追い詰めた敵を、【油断】してみすみす逃すなんてマネは………!)」

BGM TatshMusicCircle 『Floating Darkness』

魔理沙が旋回し、輝之輔と向き合った。
「あれだけ強く蹴りつけてやったのに………ゴキブリ並のしぶとさだな。」
ジャキッ
ミニ八卦炉を構え、魔理沙が輝之輔を見下ろす。
「そうだとも僕は執念深く根に持つタイプでね。くだらん結末など何度でも覆してやるさ。」
輝之輔は【エニグマ】で身を覆い、五枚の【紙】を取り出した。
「なんだ?また面白手品か?それとも奪った私の『マスタースパーク』か?」
注意深く彼を睨み、魔理沙は口を開く。
「フフフフフ――――――――いいや、もっと面白いモノさ。」
笑い、輝之輔は【紙】を開いた。
バシュウゥゥゥゥゥゥン――――――――
「っ!?」
開いた【紙】から出てきた【モノ】を見て、魔理沙はギリリと歯軋りする。
ルーミア、リグル、ミスティア、小傘、響子、五匹の妖怪がドサドサと地面に落ちる。
「――――――――う……………ん…………?」
妖怪たちは呻き、目を開けた。顔を上げ、ぼんやりとした表情で目をこする。
「オラ、起きろ。」
輝之輔はまだ覚醒しきっていないリグルの小指を摘まむと、
ブチィッ!
「…………………え……………?」
紙に変え、引きちぎった。
「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!」
血の噴き出す傷を押さえ、リグルが絶叫する。
他の妖怪も振り返り、輝之輔の姿を見た瞬間、
「きゃあぁぁぁぁっ!」
「ひぃぃっ!?」
表情が恐怖一色に染まり、逃げ出そうとする。自分たちが飛べる事も忘れ、地べたを這いずり恐怖から逃れようとする。
「叫ぶな、黙って話を聴け。」
輝之輔が手を振り、【エニグマ】が彼女達の身体を通過した。
バシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンっ!!
ルーミアは目を、ミスティアと響子は口を、小傘は足を紙に変えられ、恐怖に悲鳴をあげのたうち回る。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!目がっ!目がぁぁぁぁ!」
「ん―――――っ!ん~~~~~~~~っ!!」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もがき、喘ぎ、泣き叫ぶ少女らを、輝之輔は邪悪な笑みを浮かべ眺め回す。
「僕は、何を恐れていたんだろうな…」
手を押さえ蹲るリグルの腕を掴み、強引に引っ張り上げる。
「いっ痛い!痛いっ!止めて!お願い止めてぇ!」
リグルは怯え、輝之輔に泣きすがる。
「五月蝿い、蝿が。」
ゾッとするほど冷たい声。リグルはビグッと震え、口をつぐみ泣き声を堪える。
輝之輔は千切ったリグルの小指を、傷口に押し当てる。
「妖怪なんて、こうやって千切れた部分繋ぎ合わせておくだけで………」
さらに【エニグマ】で紙に変え、小指を接合した。
「すぐに治ってしまうような連中なのに………」
紙を解除すると、小指はまだ結合部に血が滲んでいたがすでに接合していた。
「ハハハハハハハハ!
やっぱり凄いな妖怪は!
べらぼうに凄いな!
存外に凄いな!」
新しい玩具で遊ぶ子供のように、輝之輔は拍手してはしゃぐ。
「怪物(ミディアン)!!人外(ミディアン)!!夜族(ミディアン)!!物の怪(ミディアン)!!異形(ミディアン)!!
それはもはや人ではない、化物(ミディアン)!!
すなわち僕は僅か三日で、その本懐へと指をかけたのだ!
化物を構築し化物を兵装し化物を教導し化物を編成し化物を兵站し化物を運用し化物を指揮する。
僕こそ、遂に化物すら指揮する僕こそ『最後の大隊(ラスト・バタリオン)』の大隊指揮官!」
魔界の軍団長のような口振りで、輝之輔は悦楽の笑いと共に仰々しく声を張り上げた。
だがその瞳は笑っておらず、冷酷な光を放ち油断なく魔理沙を睨んでいた。
「(こいつのこの『面構え』…さっき蹴りを喰らわせた時こんな『目』をしている男ではなかった…まるで『10年』も修羅場をくぐり抜けて来たような……凄味と……冷静さを感じる目だ………たったの数分で、こんなにも変わるものか………
こいつに小細工は通用しないっ!!)」
思わず後退り、魔理沙は神経を緊張させる。
バチィン!
輝之輔が指を鳴らすと、妖怪たちの【紙化】が解除された。
「【命令】だ!霧雨魔理沙を捕縛しろ!但し殺しては駄目だ、骨は折っても良いが喰い千切ったり吹き飛ばしたりはするな。破ったら………どうなるか、分かるな?」
氷のように冷徹極まりない声を聴き、妖怪少女たちは慌てて立ち上がる。
「くっ……!今度は妖怪軍団かよ……!」
ミニ八卦炉に魔力を集中させ、身構える。
「さあ……僕の愛しい怪物達、楽しんできたまえ。」
ダン!
輝之輔の撃った空砲と共に、一斉に妖怪たちが襲い掛かった。
「っ!」
ルーミアが闇を身に纏い、爆風のように一気に膨脹させた!
「ま、まずい!」
ルーミアに背を向け、逃げようとするが、
「(っ…!?箒が無いから遅い……っ!)」
闇が彼女の背後に迫る。
「し、しまっ…………!」
魔理沙の姿は、闇に呑み込まれた。
「くそっ!視界ゼロだっ!」
闇から脱出しようと、魔理沙は加速する。だが――――――――
「っ!?」
闇の中、無数に蠢き、群れを成し包囲する気配。首筋が粟立つ耳障りな羽音、キシキシと節だらけの脚が擦れ合う音、ゾッとするようなおぞましい音に囲まれ、魔理沙は気づく。
「ま、まさか………っ!」
彼女の服に、腕に、髪に、首筋に、無数の得体の知れない蟲達が取り付いた。
「うわあああァァァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――っ!!」
ミニ八卦炉を後方に向け、魔力を集中させる。
「マスタースパァァァァァァクッ!!」
ろくに狙いも定めず、横薙ぎに『マスタースパーク』を放った!
「きゃあぁぁぁぁ!」
リグルの悲鳴が上がり、蟲達の動きが一瞬止まる。その隙にキノコ発煙弾を放り、蟲を燻す。ギュシギュシと鳴き蟲達が彼女の身体を離れていく。
「うおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――ッ!!」
全速力で飛翔し、蟲共を引き離して加速する。無我夢中で突き進むと、闇が晴れ、視界が戻ってきた。
「ぬ、抜けたか――――――――っ!?」
突然目眩がし、フラフラと降下していく。
「な……………なんだ…………き、気分が……!?」
頭がギリギリと締め付けられるように痛む。景色がグルグル回り、ドギツイ朱、黄、青と目まぐるしく変化していく。
「ぐっ……こ、この歌は…………!」
耳鳴りのように頭の中に響く、慟哭とも嗚咽とも金切り声ともつかぬ歌声。ミスティア・ローレライと幽谷響子が魔理沙の前で歌っていた。
「ぐっ…………ううっ……………!」
耳を塞いでも聴こえる歌声が、彼女の精神を蝕んでいく。平衡感覚が狂い、吐き気が込み上げ、頭が割れそうに痛む。精神力でなんとか理性を繋ぎ止めていた、が、
バギィ!
「がはっ――――――――!?」
上空から小傘が放った下駄が、魔理沙の背中を直撃した。ガクリと力が抜け、真っ逆さまに落下した。高度が下がっていき、地面が近付く。
グシャッ
地面に叩きつけられ、息が詰まる。
「ぐ…………は………っ!?」
蓄積したダメージ、狂気の歌声、彼女に限界が近付いていた。
頬を地面につけ、薄れ行く意識の中、魔理沙は視界の端にルーミアの闇と蟲の大群が迫って来るのを見た。
「(……畜生…………【スペルカードルール】無しで……妖怪五匹相手は……ぐっ、流石に無理……か……――――――――)」
脳を震わす歌、目前に迫る闇、耳元で鳴り響く羽音。魔理沙の瞳は閉じ、意識が闇へと沈もうとした。
BGM C-CLAYS 『曖昧スナイパー』


ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
降り注ぐ弾幕が、ミスティアと響子、小傘を撃ち抜いた。
「――――――――――――――――え………?」
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
顔を上げた魔理沙の前で、三匹は悲鳴を上げ、ドシャリと撃墜されて気を失った。
バシィィン!
霧の塊が平手の形を成し、魔理沙を取り巻く蟲共を払い除けた。
ビイィィィィィィィィィィィィィ!
蛇行するレーザーが闇の中へ突入し、ルーミアの叫び声と共に闇が晴れる。完全に闇が消滅すると、そこには倒れて目を回しているルーミアがいた。
ヴゥゥゥゥンン!!
唸りを上げる錨がリグルに迫り、鎖で彼女を絡めとり引き摺り倒した。
「きゃあっ!!」
頭を軽く打ちつけ、リグルも気絶する。
ヴウウゥゥゥン!
ズドドドドドドドドドドドドドドドド!!
もう一つの錨と無数の弾幕が、輝之輔を襲う!
「なッ――――――――!!」
輝之輔は驚愕の声を上げ、咄嗟に【エニグマ】で身を護る。
バシュウゥゥゥゥン!
錨と弾幕は紙に変わり、輝之輔は上空を見渡す。
「き、貴様らは――――――――!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――――――――

彼の頭上、寅丸星、ナズーリン、村紗、一輪、雲山、命蓮寺の面々が、彼を見下ろしていた。
「よくも私たちの同志を虐げましたね………」
寅丸星が宝塔を構え、輝之輔に向け言い放つ。
「毘沙門天様に代わり、罰を与えます。」
命蓮寺の者達が、輝之輔を睨む。
「お、お前らは……………」
魔理沙が立ち上がろうとし、力が出ずガクリと倒れるのを見て、寅丸星は優しい口調で彼女を制す。
「魔理沙、貴女はたった一人でここまで戦ってくれました。ここから先はもう無理はせず、私達に任せて下さい。」
「――――――――!
…………ま………待ってくれ!あいつは私が…………ぐぅっ!?」
落ちた時胸を打ち付けた痛みで声が出ず、星達には届かない。
「星ー、こいつ、ホントに私の錨を紙にしてしまったよ!慧音の言っていた通りだ!」
「ああ、私の弾幕も全部防がれたみたいだね。慧音の【巻物】を探知してここまで辿り着けたけど、ここから先はどうする?」
村紗とナズーリンが、星に話し掛ける。
「確か、慧音が彼の弱点を教えてくれましたね。えっと、確か……………」
う~んと唸る星に、ナズーリンが呆れて答える。
「『生き物は紙にするために【恐怖のサイン】が必要』、だろうご主人?全く、君は物だけでなく記憶までも無くそうというのか?いくら私でも物体以外は――――――――」
「それなら、私と雲山の出番ですね。」
ナズーリンが説教を始めそうなのを遮り、一輪が一歩進み出る。
「雲山、行きなさい!」
コクリと頷くと、モクモクと雲山が姿を変え、幾つもの巨大な拳に変化する。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
雲山の拳が輝之輔に襲い掛かった。
「邪魔アアァァァァァァァァ!!」
懐から【紙】を抜き、開く。
「するなァァァァァァァァァァァァッ!!」
地下水路から出てきた時回収した【『スーパーフライ』の鉄塊】で、拳を防御しようとした。だが、
ズッ―――――――
鉄塊に当たる寸前、拳は拡散し幾つもの小さな拳となって輝之輔に向かって来た。
「なッ――――――――!?」
ズズドドドドドドドドドドドドドドドド!!
何発もの拳が彼の胴に叩き込まれ、輝之輔は吹き飛ばされる。
「ぐあァァァッ!」
ドサッと背中から倒れ、輝之輔は呻く。
「やった、効いてる!」
「よぉし雲山、そのままのしてしまって!」
村紗と一輪の声を聞き、雲山はまた巨大な拳を輝之輔に見舞う。
ゴガシャアァ!
仰向けに倒れている輝之輔を、押し潰すように鉄拳を見舞った!
「どうなったの?潰したの?」
「いえ、どうやら違うみたい………」
村紗の質問に、一輪は雲山の様子を見て答える。
「……………………」
雲山が拳を退かすと、そこには一枚の【紙】と輝之輔が握っていた【鉄塊】のみ残されていた。
バシュウゥゥゥゥン!
【鉄塊】から放出された【エニグマ】のエネルギーが雲山の拳を紙に変え、
ズバシャアァァ!
雲山の拳を型どった【破壊エネルギー】が、紙にされた拳を引き裂いた。
「ッ………………!!」
雲山が顔を歪める。
「ふん、不定形だから物理攻撃は効かないと言って油断するな!こっちははなっから殴るパワーなんて無いんだぜ!」
【紙】から輝之輔が姿を現し、不敵に笑う。
「雲山!【紙】になったそいつに打撃は効かないわ!掴まえて破りなさい!」
一輪の声に、雲山は両手で輝之輔を掴み、握り潰そうとする。
「しゃらくせえェェェェェェェェ――――――――ッ!!」
【紙】を抜き出し、【キラークイーン】の爆発を解き放った。
ドグオオォォォォォォォォ!!
自分諸とも爆炎に包まれ、雲山の両手が爆圧で弾け飛んだ!
「ッッ!!」
堪らず雲山が怯み、身を引いた。その隙を逃さず、爆炎を【紙】に変え、輝之輔が追撃を掛けようとする。
「ま、まずい!雲山、退いて!」
一輪が叫び、雲山は輝之輔から離れようとする。だが彼はその巨体と気体の身体ゆえ瞬発力に欠けていた。
「もう一ぱぁぁぁぁつッ!!」
身体を捩る隙を突かれ、爆圧が直撃した!
「ッ!?」
顔面の半分が木っ端微塵に吹き飛び、雲山の頭はグラリと傾く。
「雲山っ!?」
一輪がハッと息を呑み、目を見開いた。
「Dust to dust………塵に過ぎない貴様らは………!」
使用済みの紙を投げ捨て、もう一枚の【紙】を抜く。
「塵に還れェェェェッ!!」
トドメを刺そうと【紙】を開いた瞬間、
ビシィッ!
寅丸星が輝之輔の前に立ちはだかり、錫杖で【紙】を叩き落とした。
ドグオオォォォォ!
爆炎が輝之輔を襲い、やむなく【エニグマ】で【ファイル】する。
「ええいっ!!」
爆炎に乗じて錫杖を振り回し、輝之輔の頭を狙う。
「無駄ァッ!」
【エニグマ】で錫杖を【紙】に変えもぎ取る。だが、それを見越していた寅丸星は彼の懐に潜り込む。
「せぇいっ!」
彼の腹にボディブローを叩き込もうとした、が、
「えっ?」
寅丸星の拳撃は、彼に到達する手前で霞のように掻き消えた。
パシィ!
ガクンと減速し、止まってしまった星の拳を易々と輝之輔が掴む。
「でええぇい!」
輝之輔は不敵に笑うと、左手で右手首を、右手で襟を掴み、右足を掛け星の態勢を崩すと、全身の捻りを利用して彼女を投げ飛ばした。
ドダァアァン!
「きゃあっ!?」
地面に叩きつけられ、星が悲鳴を上げる。
「し、星!?」
「ご主人、どうしたんだ!?そんなやせっぽちの男に倒されるなんて……!」
村紗、ナズーリン、一輪、雲山が驚き、雲山以外が声を上げる。
「う……う~ん………?」
のびていた星が目を開け、起き上がろうとする。だが、
「一本!」
輝之輔がピン!と人差し指を立てた。すると、
「え?」
星の手が高く掲げられ、同じように人差し指を立てた。
「あ…ゼロ本。」
輝之輔が手を握った。すると、星の手も同時にギュッと握らされる。
「あ…ゼロ本。」
輝之輔が手を開いた。星の手も連動するように独りでに開く。
「え……?え!?」
訳も分からず、星は目を白黒させて困惑する。
「クククククク――――――――いいぞ!良い気分だ………」
輝之輔は口角を歪ませ下劣に笑う。【エニグマ】が彼女の頭を掴み、神経の信号を操っていた。
「はいパクゥ!」
輝之輔が今度は手を口に模して開く動作をした。さっきと同じく、星の口が勝手に開く。
「あ………は……っ?」
口が開いているためア段しか発音出来ない彼女を見て、輝之輔は膝を叩いて大笑いする。
「フフフハハハハ!これは面白いな!良いぞ、楽しくなってきた!
お前、寅丸っていうくらいだから虎なんだろ?ということは猫科だな?じゃあ次はニャーと啼け!3、2、1、はい!」
「………ニャァ……………」
自分が猫の鳴き真似をした事に、星は恥から顔を赤くし輝之輔を睨む。
「アハハハハハハハハハ!良いぞその顔だ!混乱と焦燥と屈辱と恐怖が綺麗に混ざった表情だ!」
輝之輔は喝采し愉悦の哄笑を上げる。
「お前はあの餓鬼共のようには騒ぐなよ。餓鬼共の泣き声ばかり聞き飽きていたら、久しく忘れていたぜ…こんな美しい【顔】をよォォォォ……………」
屈み、星の顎を掴んで見上げさせた。
「美しい!スゲェ美しいッ!百万倍も美しい!………うまく言い表せないが、こう……なんというか、夢中にさせるぞ……見てみたい、この純情可憐な顔が恐怖に染まり、どう歪んでいくのか、是非ともビデオカメラにおさめたい!どんな声で泣くのか、怖いモノは何なのか、どのくらい虐め抜けば壊れるのか、とても興味が湧いた!好奇心がツンツン刺激されてくるぞ!」
ゲラゲラと笑い声を上げ、輝之輔は彼女の目を覗き込む。
「星!そいつは自分の【守護霊】みたいなのを相手に取り憑かせて行動を自在に操る!そういう【能力】なんだ!」
魔理沙が叫び、星は状況を呑み込んだ。
「『取り憑かせている』ということは、【本体】は今がら空きということか?魔理沙」
ナズーリンがダウジングロッドを構え問うが、魔理沙は【巻物】に目を落とし首を振る。
「いいや、ヤツは今バッチリ【守護霊】の防御範囲内に収まっている!星の頭にだけ【守護霊】を取り憑かせ、動きを操っているんだ!」
「雲山もかなり弱っているわ……あの爆発、相当の威力があるみたい。」
背後に戻って来た雲山を気に掛け、一輪が皆に伝える。
「とにかく、星を助けないと!」
村紗が錨を振り回し、投げつけて星を引っ掛けようとする。
「邪魔ァ!」
輝之輔は【紙】からボウガンを抜き、錨を射た。
ドグオオォォォォォォォォ!
矢に巻かれていた【爆弾紙】が爆発し、錨が粉砕された。
「ここから先はお楽しみの時間だ!邪魔をするなァァァァ――――――――ッ!!」
輝之輔は一枚の【紙】を抜き出すと、
「【エニグマ】!部分解除ォォォォッ!」
輝之輔がバチィン!と指を鳴らす。次の瞬間、【紙】から男の腕が飛び出して来る。輝之輔は【紙】から伸びる腕を掴むと、
「ふんッ!」
バリバリバリバリッ!
「なっ――――――――!?」
「えっ!?」
腕を引きちぎり、もぎ取った!
ブッシュゥゥゥゥゥ――――――――
断面の動脈から、噴水の如く鮮血が噴き上がる。
「お、お前何をやっているんだッ!それは人間の腕じゃないか!」
ナズーリンが声を荒げる。
「そのとおり、こいつは捕まえた人間の一人だ。僕が【ファイル】しておいた人間達はみんな生きてる…いや……『生かして』ある『仮死状態』だ……ありがたく思え……殺して山に捨てる事もできたんだ…クソケダモノ共が喰いやすいように細切れにしてなあ~~~……」
輝之輔はぎらついた異様な目付きで魔理沙と命蓮寺の者達を睨み回す。
「そんな事を言っているんじゃない!貴方、なんで突然そんな恐ろしい事を――――――――」
村紗が目を剥き捲し立てるが、輝之輔は余裕綽々と遮る。
「あっあ~~~~♪待て待て待て。あっあっあ~~♪」
喉の調子を確かめると、輝之輔はドスの利いた声で言い放つ。
「喋るのはこの僕だ……僕が仕切る!お前らは黙ってろ!お前らのメソメソした台詞なんて、聞きたかないんだ。僕が喋れって命令するまで口を塞いでろ!耳くそをカッポじるのは許可してやるがな…フフフ……いいな!
いいか……喋っていいのは『降参の時』だけだ!それ以外の『言葉』を一言でもその便器に向かったケツの穴みたいな口から吐き出してみろ!『一言』につき一本指を落とす!『何?』って聞き返しても落とすッ!クシャミしても落とすッ!一ミリ動いても落とすッ!心臓の鼓動がしても、また落とすッ!」
「なっ何を――――――――」
動揺し一輪が思わず口を開いた瞬間、
「はい一本!」
ブチィッ!
もう片方の腕を引き摺り出し、親指を引き千切った。
「なぁっ!?」
愕然と村紗が悲鳴を上げ、
「はいもう一本!」
ブチッ!
人差し指の根元を紙に変えもぎ取った。
それを見た命蓮寺の面々は
「えっ!?」
「なっ?」
「ああっ!?」
「ッ!?」
突然、一斉にガクリとくずおれ、地面に這いつくばる。
「な………何よこれは………」
「じ……【錠前】……?」
「お、重い…っ!」
彼女らの胸には、【銭】と書かれた巨大な【錠前】が取り憑いていた。
「ほう、やはり妖怪にはその【錠前】が見えるのか。【満月の光】の反射か何かで……」
輝之輔はニヤニヤと笑みを浮かべ、彼女らを見渡す。
「今…お前らはこの男に対して、『僕の命令を破り、怪我をさせた』という【罪の意識】を感じただろ?ン?お前らの【罪悪感】が大きければ大きいほど錠前はでかくなるぜ…つまり、この錠は【罪の重さ】なのだ。これは自動的なんだ。コイツが眠ってもお前らがどんなに遠くへ逃げても絶対にはずれないぜ。」
輝之輔は【小林玉美を封印した紙】をヒラヒラと振る。
「ぐっ……!」
輝之輔の注意が逸れ、【エニグマ】の金縛りが解けた星が起き上がろうとするが、
「おっと!僕に変なマネするなよ!【ルール違反】には【罰】!そして【罰】とはコイツへの【罪】!錠前をくっつけた者が僕に逆らうってことはよ―――っ、その【錠前】にはねかえっていくんだぜ―――っ!」
星の頭を軽く踏むと、星は【錠前】の重みでドシャリと倒れ込んだ。
「フハハハハハハハハついにやったッ!
お前達こーなったらもう【罪悪感】の重みで心が自由にならないッ!【スタンド】とは精神のエネルギー!貴様らの【肉体のパワー】がいくら強かろーがそんな物理的な力は全くの無意味ッ!」
勝ち誇った笑い声を上げ、星の頭を踏みにじる。
「分かったら、僕の【邪魔】をするな。お前らの相手は、終わってからしてやる。」
クルリ、輝之輔は後ろを振り返る。
「………………………………」
霧雨魔理沙が、そこにいた。両足で立ち上がり、敵意に満ち満ちた目で彼を睨んでいた。
「…………お前……!この人でなし…!!」
怒気を孕んだ声で、輝之輔を蔑む。

BGM Draw the Emotional 『Vanished truth』

「――――――――ロバート・D・カプラン『バルカンの亡霊たち』より――――――――」
「――――――――?」
突然、厳かな声で話し始めた輝之輔を、魔理沙は訝しげに見つめる。
「――――――――、一九四一年一月二二日の夜、『大天使ミハイル軍団』は正教会の賛美歌を歌い、ルーマニアの土を入れた袋を首にかけ、互いの血を飲み、聖水を身体にかけて浄めを受けたのち、子供を含む二百人の男女を家から引きずり出した。
そして、彼らをトラックに詰めこみ、ブカレスト南部にあるドウンボビツア川近くの赤煉瓦の建物、市営の屠畜場に運んでいったのである。
犠牲者はすべてユダヤ人で、凍えるような暗闇のなかで裸にされ、ベルトコンベアの上で四つん這いにさせられた。 こうして、恐怖の叫び声をあげながら、ユダヤ人たちは全自動化された屠殺装置の中に送りこまれていったのである。
頭と手足を切断され、血が噴き出している胴体を軍団員はひとつずつ鉤にかけ、『食用可』というスタンプを押していった。
逆さまに吊るされた五歳の少女の胴体は『血まみれで、仔牛肉のようだった』と、翌朝、現場を目撃した人は証言している。 」
スラスラと、澱み無く、立て板に水を流すように朗読した輝之輔は、魔理沙の目を見据え言葉を繋ぐ。
「人間のやることとは思えないだろう?人間に対してできることだなんて、思えないだろう?だがな――――――――」
千切り取った玉美の指を掲げ、輝之輔が笑う。限り無く黒い、悪意に満ちた微笑。
「それができるヤツが、【人でなし】なんだぜ。」
指を口の中に放り込み、噛み砕いた。
「なっ…………あ………っ!?」
魔理沙が目を見開き、声にならない悲鳴をあげる。
ゴリッ グジャァ ベキバキ グチュッ
輝之輔が顎を動かす度に、骨が砕け、肉が裂け、血が口から溢れ、ダラダラと伝い落ちる。
「…………うっ!?」
込み上げる吐き気に、魔理沙は口を押さえる。
「ぐ……っ、ううっ………うえ………っ!」
胃から逆流しようとする物をなんとか堪え、涙を滲ませ輝之輔を睨む。
「こ………このゲス野郎………っ!!」
ミニ八卦炉を構え、『帽子の鍔を下ろし、目を隠した』。
その動作を、輝之輔は見逃さなかった。
「見つけたぞッ!お前の【恐怖のサイン】をッ!」
頬張っていた魚肉ソーセージとドロップ、トマトジュースを吐き捨て、【紙】に変え手の中に隠していた玉美の指を放り出す!
「そして【恐怖のサイン】を見つけた時!我が【エニグマ】は絶対無敵の攻撃を完了する!!」
【エニグマ】が物凄い速さで魔理沙に肉迫する!
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
身に迫る危機を感じ取り咄嗟に『マスタースパーク』を放つが、
バシュウゥゥゥゥン!
一瞬で【紙】に変えられ、【エニグマ】が彼女の眼前に迫った。
ドオォォ――――――――ン!!
【エニグマ】が魔理沙に組み付き、ミニ八卦炉が彼女の手を離れた。
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!」
足下からみるみる紙に沈んでいき、魔理沙は叫び声をあげる。
「本当に幸せを感じるって状況…あるよな…魔理沙……」
ザッ―――――ザッ―――
輝之輔が悠然と彼女に歩み寄る。
「『幸せ』には……『二つの場合』があると思うんだ。
ひとつは 絶望が…希望に変わった時…幸せだと感じる。お前に蹴り飛ばされた時、命蓮寺の連中が襲って来た時は、実にヤバイとパニクったよ…本当に絶望だと思ったんだ…
だが、僕は切り抜けた…
自分の知恵と…精神力で、絶望を逆転したんだ……
それって…『幸せ』だって感じるんだよ…今、本当に…」
腰の辺りまで紙に沈んでいる魔理沙に、輝之輔はのんびりと語り掛ける。
「ぐっ……!」
魔理沙は落としたミニ八卦炉を掴み、輝之輔に向ける。
「なるほど、確かに、【エニグマ】の攻撃前にお前の身体から離れていた物体は、お前が完全に【紙】に封印されるまで【ファイル】される事は無い………だがッ!!」
ガシィ!
ミニ八卦炉を握る魔理沙の腕を、【エニグマ】が掴み【紙】に変える!
「そんな小細工ッ折り込み済みだアアァァァァ――――――――ッ!!」
グシャアっ!!
ペラペラの腕はミニ八卦炉の重みに耐えられず折れ曲がり、見当違いの方向に『マスタースパーク』が発射され、幾つもの民家を破壊した。
「そして幸せだと感じる『二つ目』の状況は…!!
絶望したヤツを見下ろす時だあああーッ!!」
輝之輔が勝利の雄叫びをあげる。
「くっ………魔理沙………!」
星が輝之輔の背後からレーザーを撃つ。しかし、【錠前】に縛られた彼女のレーザーはグニャリと湾曲し地面に堕ちた。
「くだらない事を……君が何をしようと…結果は何も変わってないぞ……寅丸星、この輝之輔の勝利という結果はなああああー!!」
魔理沙の胸、肩、首が、紙の中へ沈み込む。
「勝ったッ!
やったッ!見せろッ!表情をッ!
僕に絶望の表情をッ!
よおーく見せるんだッ!希望が尽きて…意識が消える瞬間の顔をッ!」
溺れようとしている者のように、必死に息をしようと頭を上げる。だが【エニグマ】のパワーには逆らえず、頭も消え、黒いトンガリ帽の先端も見えなくなり、手だけが残される。藁を掴むようにミニ八卦炉を掴むが、輝之輔に向ける事もできず手は沈んでいく。
勝利を確信し、腹の底から湧き上がる哄笑を吐き出す。
「絶望を僕の方に向けながら沈んでいけえええええええええええ――――――――!!ははははははははははははは――――――――――――――――」
ドオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!
輝之輔の横っ腹に、極太レーザーが直撃した!
「ヤッダ―バァァァァァァァァァアアァァァ――――――――ッ!!!?」
輝之輔の身体は光の奔流に呑み込まれ、吹き飛ばされた。
「ぶげェあァァッ!!」
暴風雨の中のトタン板の如くぶっ飛ばされ、輝之輔は地面に投げ出された。
「――――――――がッ…………ギッ…………!
な……………何が起こった……………?」
ズタズタにされ、無様に地べたに仰向けに転がる輝之輔は、レーザーの向かって来た方向を見やり、愕然とした。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――――――――
さっきの『マスタースパーク』が飛んでいった方角、破壊された民家の向こう、【スーパーフライ】の外に、一つの鉄の像があった。
「稗田………阿求…………」
鉄搭の一部と化した稗田阿求が、そこに佇んでいた。彼女が『マスタースパーク』を受け止め、輝之輔に向かって反射したのだ。
「――――――――――――――――
――――――――!」
魔理沙が封印された【紙】は、折り畳まれる前にミニ八卦炉が挟まれていたためつっかい棒となり、完全には折り畳まれていなかった。さらに、
「ッ!?」
【紙】に【錠前】が生え、その重みで勝手に【紙】は開いていく。
ハッと輝之輔が辺りを見回すと、彼の手を離れた【玉美の紙】が落ちていた。そしてその横に、片腕と指二本を失い、口から泡を吹いて気を失っている玉美がいた。だが、輝之輔の目が釘付けになったのは、彼の全身に拡がる軽い火傷だった。
「(ま…………まさか……ッ!【錠前】を利用して【紙】から脱出するため、『マスタースパーク』が玉美に当たり、その【罪悪感】で【錠前】が発動する事まで計算に入れていたというのか………ッ!?)」
筆舌に尽くしがたい戦慄が、輝之輔を襲った。
――――――――パタン
【紙】が開き、魔理沙が現れた。
「――――――――――――――――――――――――………………」
無言で立ち上がり、気絶している玉美を見る。彼が輝之輔から解放された事を確認し、【錠前】が解錠された。ミニ八卦炉を握り締め、輝之輔に歩み寄る。
「(に……………逃げなくては…!ここで退くのは敗北ではない!僕が倒されれば、それだけで【計画】は瓦解する!こだわるべきは【勝ち負け】じゃない、目的を達する事!ここでの逃走は、次の勝利への布石だ!)」
朦朧とする意識を繋ぎ止め、【エニグマ】を戻し、どうにか逃走しようとするが、
「ッ!?なぁッ――――――――!?」
彼の胸から、【錠前】がはえていた。
小林玉美が【ファイル】されている間本体同様紙にしていた【錠前】が、本体の解放と同時に再発動したのだ。
「(ぐっ……!?……畜生、身体が……動かない……………!)」
想像を絶する重さに、起き上がる事もできず、這って逃げる事もできない。
ザッ――――――――ザッ――――――――
魔理沙が、ゆっくりと、だが着実に、輝之輔の下へと迫る。
ザッ――――ザッ――――
―――ザッ
ガクガクと震え、起き上がろうともがく輝之輔に僅か一歩の場所で、魔理沙は足を止めた。
「…ひ………いぃ…………あああ…………!あ………………ああ……っ!!」
怯え、声にならない悲鳴をあげる輝之輔に、魔理沙は静かにミニ八卦炉を突き付けた。ミニ八卦炉に、これまでの『マスタースパーク』などとは桁違いの魔力が凝集し、バチバチと火花を散らす。
「(な……何かないかッ!?今こいつから逃げる方法はッ!こいつの攻撃から逃れる手段はッ!!)」
懐から【紙】を取り出そうにも、腕さえ動かない。【罪の意識】が【スタンド能力】をも縛り、身体を【紙】に変化させることも、地面を【紙】に変え地中に逃れることもできない。
「(くっ…ど……っどこにも無い…………!バカな!どこにも【逃走の糸口】がッ………!!)」
ドクンドクンドクンドクン――――――――
輝之輔の心臓が激しく脈打つ。
ハア―――ハッ―――ハァ―ッ―
胸が締め付けられ、荒い息が漏れる。
「(ぼ…僕は今まで……【あの人の行く道】を進んでいれば必ず【光】が見えるはずと信じて来た……勝利の方向を示す【光】が必ずどこかにあると、だからここまで進んで来れた……だが、今はどこにも!………そんなバカな!どこにも見えないッ!
この魔女擬きに僕は追い詰められてしまったのか…………!!…!?…すでに、すでに!こんな場所で…こんな化け物共の世界の中で………………折角【人質】を集めたというのに…………まだ何もかも途中だというのに…………【光】がどこにもないッ………ここで闘いが終わってしまうのかッ!?僕はまだ何ひとつ決着をつけていないッ!)」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――
「――――――――なあ、輝之輔。」
森の中、【ビーチボーイ】の竿を振り糸を飛ばしながら、吉廣が口を開いた。
「なんです?親父さん。」
【ビーチボーイ】の糸が飛んでいった方を見ながら、輝之輔が尋ねる。
「お前、【外の世界】に帰ったら、やりたい事とかあるかの?」
唐突な質問に、少し訝しみつつも輝之輔は答える。
「そりゃあ、いっぱいありますよ。なんてったってこっちは、10年以上も本になっていたんですから。
そうですね、本になっていた間は何も口にしてなかったし、復活しても貧相な食べ物しか食べられなかったから、まず牛タンの味噌漬けとごま蜜団子を飽きるほど頬張って、撮り貯めたビデオを売り捌いて、それから他には――――――――」
手で輝之輔を制し、吉廣が彼の言葉を遮った。
「あー、違う違う、そういうことを聞きたいんじゃないわい。わしが訊きたかったのはな…………」
吉廣が輝之輔の方を見る事なく、言葉を繋ぐ。
「お前の【夢】、じゃよ。」
「…………【夢】、ですか?なんでまた急にそんな………」
唐突な質問に輝之輔は逆に聞き返した。吉廣はなんでもないといった感じに返事をする。
「いや、ちょっとした興味本意じゃ。わしの息子は子供の頃から大抵の事は上手くできたんじゃが、『野球選手になりたい』とか、子供らしい【夢】を持っておらなんだ。あの子にとって、【幸福】は【静かな生活】だけじゃったからな。だから、子供の【夢】というものがどんなものだったか聞いてみたかったんじゃ。」
「なるほど、確かに吉影さんは【野望】とかからは縁が無さそうですからね。
えーっと、【夢】ですか…………」
暫く考えると、輝之輔は答える。
「強いていうなら、【ギャングスター】ですかね。」
「【ギャングスター】?」
「そう。僕の【エニグマ】なら、麻薬・武器・人身売買も簡単でしょう?それで大きな取引をして、一気に組織を大きくするんです。組織が肥大化してくると裏切り者が現れるかもしれませんから、あの間田とかいう男の【サーフィス】を参謀にして、僕は誰にも正体を知られずに君臨する。もし万が一正体がバレても、【エニグマ】なら銃も毒も怖くない。誰も僕の王座を揺るがせませんよ。」
それを聞き、吉廣は苦笑する。
「ケケケケ、まさしく【子供の夢】じゃな。そこまで幼稚な返事が返ってくるなんて、思っておらんかったわい。」
「ハハハハハ、そうかもしれませんね。」
二人は声を合わせて笑った。
「あ、掛かったようですよ。」
ピクンと【ビーチボーイ】の竿が動いたのを見て、輝之輔が指差す。
「おお、そのようじゃわい。」
吉廣が【ビーチボーイ】のリールを巻くと、ピンと張った糸の先の方向から野太い獣の吼え声が聞こえてきた。竿がグンとしなる。
「【エニグマ】。」
輝之輔が【ビーチボーイ】の糸に触れると、咆哮は聞こえなくなった。吉廣がリールを巻くと、針には【紙】が掛かっていた。
「……………冗談ですよ、親父さん。」
【紙】を針から外して懐にしまい、輝之輔は言った。
「本当は僕、マジシャンになりたいんです。」
「ほう、さっきのに比べたら幾分かマシになったな。どうしてなりたいんじゃ?」
また【ビーチボーイ】の糸を森の闇の中に放り、吉廣は訊ねた。
「僕は、人が怖がっているのを観察するのが好きだ。でも、あの妖怪の娘達を苛めてて、ふと思ったんです、『こんな事してるだけで、僕は幸せになれるのだろうか?』ってね。
それで、手品師なら人を驚かして、それを喜んでもらって稼げるでしょう?【エニグマ】を使えば、大抵のトリックは簡単に作れる。あとは僕のアイデアと演出で、トップクラスのマジシャンも目指せるかも、と思ったりしまして。」
「ケケケケケケ!そりゃあそうじゃ!作り物の魔術に本物の超能力を持ち込むなんて、インチキも良いところじゃわい!」
ケラケラと吉廣は笑い声をあげ、輝之輔もニッと悪戯っぽく笑う。
「でしょう?でも【マジック】だと言ってしまえば、お客さんは『どこかにタネがあるはずだ!』『凄い!どうやってこんな事できるんだろう?』と勝手に考えて、拍手してくれる。最高の【夢】だと思いません?」
「ケケケケ、確かにそうじゃわい。
輝之輔、【外の世界】に帰って【夢】を叶えたら、わしらも観に行ってやるぞ。ただし舞台裏から無銭観賞して、お前のイカサマを大笑いしてやるわい!」
「ハハハハハハハハハハ、それは参ったな、会場はあらかじめお祓いしておいてもらいましょうか?」
「「ケケケケケケケケケケケケ――――――――
ハハハハハハハハハハ――――――――」」


――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
BGM 石鹸屋 『UFOロマンス』


「(――――――――くそッ!)」
輝之輔の双眸が、キッとミニ八卦炉を睨み付けた。
「(もう少しだッ!
くそッ!あとほんの少しなんだッ!
どうしてもこの女に勝ちたいッ!
【生きる】とか【死ぬ】とか誰が【正義】で誰が【悪】だなんてどうでもいいッ!
敵が恐るべき化け物共だなんて事も僕にはどうだっていいんだッ!!
僕はまだ【過負荷(マイナス)】なんだッ!【
ゼロ】に向かって行きたいッ!
【外の世界】に帰って自分の【過負荷(マイナス)】を【ゼロ】に戻したいだけだッ!!)」
輝之輔の瞳に、【漆黒の炎】が灯る。
いつしか彼の胸の【錠前】は消え去り、【公正さ】が彼の胸を満たしていた。
「(もう逃げも隠れもしないッ!
『立ち向かって(Stand up to)』ッ【勝利】を勝ち取るッ!)」
彼の目にもはや恐れはなく、ダイヤモンドのごとく硬い【決意】が宿っていた。闘志がみなぎる。
「邪恋『実りやすいマスタースパーク』!!」
星符『ドラゴンメテオ』を遥かに上回る威力を誇る、彼女の持つスペルカード中最強のスペルが、超至近距離から迸る!
「【エニグマ】ッ!!」
【エニグマ】の上体を起こし、邪恋『実りやすいマスタースパーク』を迎え撃つ!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドオオオォォォォォォォォォォォォ――――――――ッッ!!!!



勝負は、一瞬だった。
バシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンッ!!
『普段の倍以上のパワー』で、【エニグマ】が『実りやすいマスタースパーク』を【ファイル】した!
「(やった!勝ったッ!!)」
輝之輔が歓喜に身を震わせる!
「だめ押しだッ!!【エニグマ】ッそいつのミニ八卦炉を奪えぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――ッ!!」
「っ――――――――!!」
魔理沙が目を見開き、腕を引こうとした。だが、遅かった。
『実りやすいマスタースパーク』を紙にした勢いのまま、【エニグマ】がミニ八卦炉へと手を伸ばす!
「うおおおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――ッ!!」
【エニグマ】がミニ八卦炉に手を掛け、【ファイル】しようとした。その瞬間!
バチィッ!
「ぐあああッ!?」
ミニ八卦炉が謎のエネルギーを放ち、【エニグマ】が大きく仰け反った。
「【緋々色金】は永久不変ッ!【紙】になんてできないぜッ!!」
魔理沙が叫び、ミニ八卦炉を彼の胸に押し当て、魔力を集中させる!
「し、しまっ――――――――」
【エニグマ】が仰け反り本体が生身を晒している輝之輔に向かって、『マスタースパーク』が放たれた!!

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――――――――ッ!!

「ぐあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――」
零距離からの『マスタースパーク』が直撃し、輝之輔は物凄いパワーで吹き飛ばされた!
「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――」
光の奔流に呑み込まれ、民家の壁を幾つも突き破り輝之輔はぶっ飛ばされる。既に限界を超えていた【スタンドパワー】が枯渇し、すべての【紙】の封印が解除された。

ドグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――ッッッ!!!!!!

懐の【紙】が暴発し、輝之輔は壮絶な爆発に呑み込まれた。
立ち上る火柱、もうもうと上がるキノコ雲、立ち込める爆炎を眺め、魔理沙は無感動に呟いた。
「―――――――――ところで お前がぶちまいていた幸福論だが…こうして今のお前を見ても 『幸せ』なんか全然感じないぜ。
お前には最初から勝っていたからな…」
「魔理沙………っ!」
振り返ると、寅丸星たち命蓮寺の面々が駆けつけて来ていた。
「彼は………どうなりましたか?」
寅丸星が顔を強張らせ、彼女に問う。
「―――――――――あいつは………自爆したよ。」
帽子の鍔で目を隠し、魔理沙は感情を押し殺した声で答えた。肩が微かに震えていた。
「―――――――あの男の応急手当、やっておいてくれ。」
命蓮寺の面々に背を向け、魔理沙はこの場から離れて行こうとする。
「ま、待って魔理沙!」
村紗が呼び止めようとするが、星がそれを制す。
村紗は引き下がり、彼女達は玉美のところへと駆け寄った。

「――――――――――――――――――」
魔理沙は輝之輔が爆発に巻き込まれた場所に背を向け、立ち去ろうとした。だが、
「―――――――――っ!?」
何か【予感】を感じ、咄嗟に振り返る。
―――――――――立ち上る爆煙が、徐々に晴れていく。完全に煙が吹き払われ、全容が見えた時、魔理沙は悲鳴を上げた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
叫び声に反応し、命蓮寺の面々が魔理沙の方を振り向く。
「どうしたのですか魔理沙!?何があったのです!?」
「……あ………あれは何だ……!?あいつは………何なんだ………っ!?」
腰が抜けへたり込んでいる魔理沙が、ガタガタと震える指先で指し示す。その先には――――――――

腹から下が何処かに吹き飛び、胸元が弾けて大きくえぐられた、輝之輔の身体が転がっていた。
だが、本当にショッキングなのは【その事】ではなかった。
【内臓】が、無かったのだ。
腹の断面からも、破れた胸から覗く中身からも、肉の色が全く見られない。
代わりに、彼の傷口からボロボロと転げ落ちて来るのは土の塊だった。
「なっ……!」
「え……っ!?」
命蓮寺の面々も、愕然と目を見開く。
さらに驚くべきは、胴を引き裂かれ即死したはずの彼の頭が、ピクリと動いたことだ。
彼は目蓋を開くと、何度か瞬きし、ゆっくりと、顔を上げた。

「―――――――――………本当は………………わかってたんだ………」
か細い声で、輝之輔は呟く。
「外の世界に帰って………あの魔女の力が消滅したり………あの魔女の射程距離に踏み入ったりした瞬間……僕は塵芥になって消えてしまうって………」
魔理沙と命蓮寺の面々は立ち上がり、再び神経を張り詰め警戒心の籠った目で彼を見張る。
「【魔女】……?それはパチュリーの事か?お前………一体何なんだ……?その身体は……っ!?人間じゃないのか!?」
魔理沙がミニ八卦炉を突きつけ、問い詰める。
「フフフ………失礼な事を言うもんじゃない…………僕はしっかりと人間さ……」
力無く笑い、輝之輔は答えた。
「ただ………一度本と一体化させられ、あの紫モヤシに復活させられた時、身体が土人形になった………ただそれだけだ………」
「復活………!?」
ナズーリンが息を呑む。
「ああ、そうだドブ鼠。素材提供パチュリー、技術提供アリスで創られた泥人形に、本と一体化させられ活動を停止した僕の魂をインストールして生み出された使い魔、それが今の僕さ。」
自嘲気味に輝之輔が笑う。笑うにつれて顔にヒビが走り、土くれがパラパラと落ちていく。
「この身体、凄いんだぜ?内臓から髪の一本一本まで、生きていた頃の僕と寸分違わず同じなんだ。魂の波長のパターンを読み取って、そこから復元したらしい……
だけど、一つ不便なところがあってね………【あの魔女】の魔力を20時間毎に補給しないと、魂が剥離してしまうんだ。
でも僕はその間はずっと寝かせられていたから、勿論そんな事知らない。
その事を知ったのは、アイツを陸で溺れさせて逃げ出した後だった。」
輝之輔の顔の左半分の皮膚が剥がれ落ち、泥の塊が露になる。腐臭が辺りに満ちる。
「森の中で人知れず、死の境をさまよった。誰にも知られずに、のたうち回って苦しんだ。四半日して、身体が崩れ始めた。土塊になんて、獣共さえそっぽを向いた。僕は覚悟したよ、『ああ、僕は今度こそ死ぬんだ。折角自由になれたのに、誰にも知られずにこんな場所で、森の土に還るんだ。』とね。でも、その時―――――――――」
口角を吊り上げ、ニヤリと笑った。
「―――――――――突然、息が楽になった。
身体の崩壊が止まり、力が戻った。
不思議に思って、振り返った。そしたら………」
妖怪達には見えた。彼の背後に佇む、アフリカやアボリジニの木彫りの像を彷彿とさせる、不気味な人形の姿が。
「こいつが僕にとり憑いて、僕の魂を繋ぎ止めてくれていたんだ。
【エボニーデビル】っていうんだがね……【本体】が殺され、【スタンド】だけが怨念の力で漂っていたのが、僕を人形だと勘違いして憑依したらしい。
どうだい?凄い奇跡だろ?いつもそうなんだ…最後の最後でいつも運は僕に味方してくれるんだ…………」
もの悲しげに、渇いた笑いをあげる。
「―――――――――でも、結局僕は不幸なんだ……【スタンド】を手に入れても、本にされ、復活しても奴隷みたくこき使われ、脱走しても死にかけて、間一髪で助かっても、結局【外の世界】には帰れず、今死にかけている…………」
輝之輔の瞳は、死んだ魚のようにどんよりと濁っていく。
「少しずつ、少しずつ……………
『宿命』が僕を気づかないうちに取り囲んで…
ぐるぐると縛ってすぐに逃げられないように…
そして希望で一瞬だけ喜ばせておいて…最後の最後で僕を見捨てるんだ…誰も関心なんか払わない、みんな見捨てる…観にさえも来ない。
得体の知れない【化け物】が静かに僕を取り囲んで追い詰めている。最早【エニグマ】なんかじゃあ何もできない………僕のスタンド能力なんかじゃあ手も足も出ない。」
生気を失った彼の顔は、どんどん萎び朽ちていく。
「負け……たのか……僕は。僕は死ぬ…死ぬのか………
だが……ただじゃあ死ぬ…ものか…
死ぬ…前に…」
輝之輔の両目に、突如冷酷な光が戻った。
「―――――――――僕のような【弱い人間】は……人生のいたるところで惨めに敗北して………鬱屈し、歪んでいく。
90度折れて道を逸れ……180度曲がって地べたを這い……270度歪み憎悪して……360度捻れて、何もかも道連れにして破滅するんだ。
だが………僕はポリに捕まって『ムシャクシャしてやった 誰でもよかった』なんて言うような屑にはならない…………どうせ屑なら、『最低の屑』になってやる………!!」

BGM 豚乙女 『宵影』

彼の目は、死ぬ前の最期の輝きを放っていた。
「…………………っ!?なっ…………!」
彼の手には、一枚の写真が握られていた。それに映った【モノ】に気付き、魔理沙は愕然とする。
「フフフ………気付いた、か………」
ニヤリと笑い、輝之輔は写真を掲げ、彼女に見せつける。
「僕は………絶望的な時、いつも運がいい………バラバラにぶっ飛ばされた時……【偶然】適当な家の屋根裏に隠しておいたこいつを、見つけることができた…………」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド―――――――――

彼が握る写真の中、ポツリと一人佇んでいる中年の男。その男の顔に、魔理沙はよく見覚えがあった。
「フフフハハハハ――――!そうだ、この写真の中に閉じ込められているのは、霧雨雑貨店店主、お前の親父だッ!!」
ギリッと歯軋りし鬼のような形相で睨む魔理沙を見て、輝之輔が愉悦の笑いをあげる。
「―――――――――僕はまだ人を一人も殺した事はない……
だが、今お前の親父を殺せば地獄行きが決定する……
『スタンド』とは精神の力、『地獄に行きたくない』と強く思えば…!
吉良の親父さんのように『スタンドパワー』で魂をこの世に固定すればッ!
成仏する事なく現世に留まれるかもしれない………!!」
夜叉のごとき形相で、輝之輔は魔理沙たちを睨み回す。
「ッ……!?や、野郎ッ…!!」
魔理沙がミニ八卦炉を輝之輔に向け、『マスタースパーク』を撃とうとした。命蓮寺の者達も弾幕を撃とうと身構える。
「ふんッ!」
『マスタースパーク』が発射されるより前に、輝之輔は自分の舌を力一杯噛んだ!
「うぐっ!?」
突然、魔理沙が血を吐いた。
「えっ!?」
「な、何が―――――――――っ!?」
命蓮寺の面々が驚き、魔理沙に目を向ける。
「人の話は黙って聞けと学校で教わらなかったのか!?」
舌から血を溢れさせながら、輝之輔は怒鳴る。
「危なかったな………もしあのまま僕を『マスタースパーク』でぶっ飛ばしていたら、今頃お前も肉片になっていたぞ……」
「な……何だ…と…!?」
口を両手で押さえて、魔理沙は輝之輔に問う。
「僕は今、新たな【能力】を身に付けている………!自分が狙った相手を、同様の手段で自殺の道連れにできるという、最悪の【能力】をなッ!お前の舌が勝手に切れたのはそのためだッ!!」
輝之輔の額から、【DISC】が僅かにその姿を覗かせていた。
「僕は今、殺される事を、死を『覚悟』している…!
魔理沙だけじゃない、妖怪共、お前らにもだ!
この【スタンド】、【ハイウェイ・トゥ・ヘル】は本体の『死の覚悟』によって発現する。
今僕を殺せば、【ハイウェイ・トゥ・ヘル】は魔理沙、お前を道連れに死に引き摺り込む!!
お前らは僕に手出しできないッ!
魔理沙ッお前は自分の実の親父を見殺しにするしかないんだぜええッ!!」
焦点の定まっていない両目で魔理沙を睨む。
その尋常ない雰囲気は正気の沙汰ではなかった。
「殺れよ……殺されてやるよ……ゲブッ!!だが、写真の中の『親父』はよォォォォォこのままで………ガブッ済ませるわけにはいかねえ……
僕はこの場で殺されてやる。しかし!!お前の親父は僕のこの手でよおおおおお―――」
両手で【写真】を握り、力を加える。【写真】の端は既に破れかかっていた。
「写真ごと、私の親父を破り捨てよおって考えているんなら………止めた方がいいぜ…!!
その手を動かすより早く!!私の『マスタースパーク』はお前を死なない程度に粉微塵にする!!」
ミニ八卦炉を輝之輔に向け、魔理沙は叫ぶ。
「そいつは……どう……かな?僕はもう、死ぬんだぜ…何やったって損はねえ…だろ?お前の心に親父を見殺しにしたという『絶望』を残してくたばれるんなら……僕は喜んでやるぜ……」
輝之輔の顔は、半分以上が崩壊しその部分は既に原形を留めてはいなかった。だがそれ以前に、顔の残った部分も狂気に歪み、最早人間らしさを感じ取る事はできなかった。
「………………………………………さっき、お前の目の中にダイヤモンドのように固い決意を持つ『気高さ』を見た……だが…堕ちたな……」
憤怒と、養豚所の豚を見るように一切の興味も失せた眼差しを輝之輔に向ける。
「ただの……ゲス野郎の心に…………!!」
魔理沙がピシャリと言い放った言葉を、しかし輝之輔は壊れた笑い声でもって返す。
「堕ちる?堕ちるだって?」
眼球が片方転げ落ち、残った血走った目で【写真】に目を移す。
「地獄に堕ちるのはギャヒャハハァ――――ッこれから親父を見殺しにするお前の方だァァァァ―――――ッ!!」
最期の力を振り絞り、【写真】を引き裂こうと両手を捻る。
バリバリバリバリ―――――――――ッ!
【写真】が破かれ、中の男が真っ二つに引き千切られようとした。

ドバキャアァァァッ!!

聖白蓮の鉄拳が、輝之輔の頬に叩き込まれた。
「グバァ………ッ!?」
ガグッ、輝之輔の身体が傾く。
「聖…っ!?」
「聖っ!!」
魔理沙が目を見開き、命蓮寺の面々は安堵と歓びの色を浮かべる。
「―――――――――貴様は私に倒される事を【予想】していなかった………よって『死の覚悟』は無く、【能力】は発動しない。なにより、手加減したうえ法術で回復させたので魔理沙にダメージは返って来ない。」
超高速で飛来して来た白蓮は輝之輔の前に降り立ち、冷酷な瞳で見下ろす。
「そして今、顎を揺らして昏倒させた。これで『私に倒される』という【覚悟】はできない。」
朦朧としている輝之輔を睨み、白蓮は一喝する。
「まことに卑しくッ!極悪非道なりッ!!」
魔術で肉体を強化し、猛然とラッシュを繰り出す!!
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――ッッッ!!!!!!」
幾十幾百の拳の連打を叩き込み、輝之輔の泥とヘドロで構成された肉体を叩き上げる!!
「いざッ!!南無三―――――――――ッ!!」
トドメの一撃をぶち込み、輝之輔の身体はヘドロを撒き散らしてぶっ飛ばされた。
【ハイウェイ・トゥ・ヘルのDISC】が頭から弾き出され、地面に落ちた。同時に飛び散った泥が【DISC】に降り掛かり、『挟まれ』、【DISC】は消えた。誰も見てはいなかったので、その事に気付く者はいなかった。
ゴガシャアァァァッ!!
弧を描いて宙を飛び、輝之輔は慧音が破壊したゴミ収集車に叩き込まれた。
『燃えるゴミは月・水・金』と書かれたプレートが衝撃で軋み、傾く。
白蓮はクルリと背を向け、魔理沙の下へ駆け寄る。
「魔理沙、大丈夫ですか!?」
先程とはうってかわって、慈愛に満ちた声を魔理沙に掛けた。屈み彼女の怪我を見て、白蓮は息を呑む。
「まあ、酷い傷!少しじっとしていて下さい、今法術で治療しますから―――――――――」
白蓮は法術を発動しようとするが、魔理沙はそんな彼女が目に入らない様子で、一点を見つめていた。それに気付き、白蓮も彼女の視線の先を見る。
魔理沙が見ていたのは、輝之輔がぶち込まれたゴミ収集車だった。

BGM 天野月子 『龍』

ゴミを積み込む箱形容器の中で、輝之輔が目を覚ました。
「―――――――――お…………!ぐ………が、があ…………あ!」
蚊の鳴くような声で、彼は嗚咽をあげる。
「こんな………ところで…………ッ!僕は………ッ!
こんなところで死ぬのか……ッ!!こんなところで…………一人ぼっちで死ぬのかッ…!!」
片方しかない瞳が、恐怖に見開かれる。
グオォン…………グオォォォン……
停止していた機関部が作動を始め、圧縮板が駆動を始める。
「―――――――――魔理沙、見ないで下さい。【傷】になります。」
白蓮が魔理沙に諭すように言う。
だが、魔理沙は目を逸らさなかった。
「……嫌だ………ッ嫌…だ…!!
一人ぼっちで生きて……!一人ぼっちで死ぬのか……ッ!」
崩れゆく顔を絶望に染めて、輝之輔は慟哭する。
「嫌だッ……!一人ぼっちは嫌…だ…!
【あんな思い】は……ッ二度と………!!絶対に……嫌……だ!!」
彼の脳裏に甦る、忌まわしい記憶。
図書館に寄贈された後、誰にも知られる事なく気が狂いそうな暗闇と絶望の中で一人慟哭していた、あの地獄の日々。
その胸の内は、白蓮達には伝わる筈がない。
「……………ハァ……ッ!?
ハッ………く…暗い……!?さ…寒い………!
だ…誰かいないか……!ハァッ……誰か……ッ!」
助けを求めるように、誰かの手にすがろうとするかのように、輝之輔は震える手を空へと伸ばす。

グオォォォン―――――――――

圧縮板が万力のごとき力で降りていき、輝之輔の頭に迫る。
「魔理沙っ!!見てはいけませんッ!!」
白蓮が魔理沙の肩を掴み目を逸らさせようとする。が、魔理沙は険しい表情で輝之輔の姿を見つめ続けた。
彼の最期の瞬間を看取り、生涯自身の記憶に焼き付けておくためだというように。

ゴオォォォンン―――――――――

ギロチンのごとき圧縮板が、輝之輔の喉元に迫った。
その震動を感じ、輝之輔は全てを悟ったように、嗚咽を止めた。
絶望、恐怖、怨念、憎悪――、暗黒の感情に満ちた声で、彼は最期の言葉を呟いた。
「―――――――――畜生(JESUS)……ッ」

グジャアァァァ―――――――――!!
輝之輔の首が切断され、頭部がまるごと圧縮板に押し潰される音。
生々しくおぞましい音が人里の空に響き、消えた。
「―――――――――ううっ……!?」
魔理沙がうずくまり、口を押さえる。
「うええっ……!う……っ…ぐう………っ!!」
胃が捻り上がり、込み上げてくる吐き気を、魔理沙は懸命に堪える。
「―――――――――魔理沙、あの者が死んだのは、貴女のせいではありません。貴女は一人で、大勢の人達のため戦ってくれました。一人で背負い込む事はないのです。」
白蓮が慈愛深く囁き、彼女の背を擦ろうとした。

パシィッ―――――――――

魔理沙が白蓮の手を払い除けた。
「っ―――――――――!?」
白蓮は驚き、息を呑んだ。
魔理沙は白蓮を振り向き、涙の滲む瞳で、彼女をキッと睨み付けた。
「―――――――――人を殺して……平気な奴なんていない…………っ!」
魔理沙の双眸は、怒りを籠めて白蓮を睨む。
「あいつもそうだった………あいつは最後に、正面から私に立ち向かって来た……
あいつは逃げなかったんじゃない…逃げられなかったんだ…っ!
【錠前】の重さで……【罪の意識】の重圧でッ!!
リグルの指を引き千切った時も、男の腕をもぎ取った時も!あいつの目は罪悪感で一杯だった!
あいつは極悪人なんかじゃない……!どうしようもなく弱虫な、何でも考え込み過ぎて身動きできなくなった、只の大馬鹿野郎だった!」
涙を拭い、立ち上がると、魔理沙は白蓮に背を向けた。
「あんな弱虫にこんな大それた事、できた筈がない……あいつの弱さにつけこんで、これをやらせた奴がいるッ!!」
ギリギリと歯を喰い縛り、魔理沙は義憤に駆られ、東の空を見上げる。博霊神社上空の空は、さらに火を映して紅くなっていた。
「絶対に許せねえ……っ!何もできない無知なる者を、テメエの都合で踏み台にする奴はっ!!」
魔理沙は歩き出し、【紙化】が解除され転がっている箒を拾った。
「―――――――――魔理沙」
白蓮に呼び止められ、魔理沙は足を止める。
「―――――――――その通りです。人を殺めて、ショックを受けない人なんていません。
ただ、私は―――――――――永く生き、多くの死と出会ってきて……いつしか、そのショックを表に出さなくなったのです。」
魔理沙の背中に語り掛けると、悲しげに溜め息を吐いた。



「――――――――――――――――――?」
二人と命蓮寺の者達が、辺りを見渡した。
人の姿が、通りという通りに戻っていた。
【紙】にされ誘拐されていた人間達は、何事かと暫くきょろきょろと辺りを見回していたが、すぐに再会に歓喜する。
親と子、夫と妻、兄と弟、姉と妹、祖父母と孫、近所の人々、あらゆる人々が悪夢の終わりを喜び、その喜びを分かち合っていた。
「―――――――――――――――――――――――――――」
魔理沙達は暫くその光景を眺めていた。
と、白蓮がある事を思い出し、魔理沙に話し掛ける。
「魔理沙、貴女の御父様は………………?」
ハッと顔を上げ、輝之輔が落とした写真に目をやる。
「―――――――――あれ?」
写真の中にも、外にも、彼女の父親の姿はなかった。
何処に行ったのか、魔理沙が辺りを見渡していると、
「あら、親御さんと御会いしたかったの?それは悪い事をしたわ。親子の感動の再会を邪魔しちゃったようね。てっきり顔を合わせたくないと思ったから、店までスキマで送って上げたのに。」
ビクッ
突如虚空から聞こえてきた声に、一同は思わず身を竦める。
あどけない少女のようでいて、妖しい色気を漂わせる、裏に底知れない何かを隠しているような、なんとも胡散臭い声色。こんな声で話す者は、彼女達の知る限り一人しかいない。
彼女達が振り返る。
その視線の集まる先、空間の裂けた亜空間から、紫色の洋服を身に纏い、きらびやかな金髪を満月の夜空に靡かせた一人の女性が姿を現す。
日傘を携えた大妖怪、八雲紫が、静かに佇んでいた。



BGM へたのよこずき 『毒吐き』

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