ディスクブレイカ―☆フラン 『紅魔館の謎(アトランチス的な意味で)後編』
「と、今日の授業はここでおしまいだ。宿題もいつも通り少ないからきっちりやってくるように」
子供たちの目の前で、フーゴは教科書を閉じた。
「起立、礼!」
日直の子供の号令が教室に響き、子供たちはフーゴに向かって一礼をする。
フーゴが教室から出ていくと、教室の張りつめた空気が一気に和らいだ。
フランと、チルノと、ナランチャはほとんど同時に鞄を持って立ち上がる。
「フラン、チルノ、悪りぃけど今日バイトなんだ。じゃあな!」
早々にナランチャは、教室の窓から飛び出した。
フランとチルノの2人は、そのままナランチャが『妖怪の山』の方へ飛んでいくのを見送る。
「ナランチャって、山で何やってんだろうね」
ナランチャを見送ったフランは、日傘を取り出して窓から飛び出た。
「それあたいも気になる。でも……」
続いてチルノも教室の窓から出て、ナランチャの行った先を見つめる。
すでにナランチャの姿は消えていた。
視力に自信があるフランでも捉えきれない。
「よし、今日は解散!」
「じゃーねー!」
やることもないので、2人は解散し、別々の方向へ飛んで行った。
「紅魔館の謎……この紅魔館を取り巻いている現象の正体が解ったっていうの!?」
レミリアは、琢馬に迫った。
手がプルプルと震えて、カップの紅茶がさざ波を立てる。
「とりあえず落ち着いて。カップを皿に置いて」
息を荒らげるレミリアに対して、冷静な態度で接する琢馬。
言われたレミリアは、紅茶の滴が少し服にかかっているのに気付いて、カップを皿に置いた。
「で、本題だ。紅魔館で起こっている、『ところ構わずワープしてしまう現象』、その現象の『法則性』の一端が解った」
法則性。琢馬の一言で場の空気が張りつめた。
「まずは前置きから話そう。俺がこの仮説を立てた経緯だ。レミリアはドアを開き、見知らぬ場所に繋がっているのを見て、すぐ閉じて、再び開いて咲夜さんの部屋に行きついた。パチュリーは3冊の本を持って本棚に入り、4冊の本を持ってどこかの森に行きついた。そして俺は本の整理のために23冊の本を持って本棚から出たら、キッチンに行きついた。俺たち3人のワープには、一つの法則性があるんだ」
長い言葉を言い終えて、琢馬は紅茶を一口。
カップが皿に置かれる小さな音がして、空気が一層張りつめる。
「数……ね。数が関わっているのね」
レミリアは椅子に座り直し、熱くなった自分を抑えるために紅茶を飲みほした。
琢馬は、静かにうなづいた。
「ああ。数が関わっている。更に、移動の際紅魔館に繋がるか、それとも他の場所に繋がるかには、『素数』が関わっている。移動に『素数』が関わると紅魔館へと移動し、『素数』が関わらない場合はそれ以外の場所へ移動する」
「素数……しかし、何故?」
琢馬の仮説に、パチュリーが食いついた。
質問を受けた当の彼は、少し息を吐いて、ティーカップに二杯目の紅茶を注ぐ。
「そこなんだよ。問題は。何故素数なのか? そこばかりは仮説の立てようにも材料が少なくすぎる」
腕を組み、琢馬は再び息を吐く。
話が行き詰ってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも黙ってしまい、嫌な空気が流れ始める。
「ともかく!」
レミリアは突然立ち上がり、静寂を打ち破った。
「咲夜の場所に行く必要があるわ! 私たちはちょうど3人いる! 3は『素数』! 3人で行動すれば紅魔館から別の場所に行くことはない!」
叫ぶような言葉に、2人は目を丸めた。
「……そうだな。3人で行動すれば見知らぬ場所へ行きつくこともない。
琢馬も立ち上がった。
つられてパチュリーも立ち上がり、魔法でテーブルとティーセットを消す。
「で、3人行動するのはいいけど、レミィ、咲夜の元にたどり着く策はあるわけ?」
「…………パチェ、あんた私の能力忘れてない?」
「……あ」
指摘されて、パチュリーは思い出した。レミリアの能力は『運命を操る程度の能力』であることを。
あまりにも地味、かつ使われていないので彼女の親友であるパチュリーすらも忘れていた。
琢馬に至ってはレミリアの能力を今この場で知った。
「『……あ』じゃねーよ!」
レミリアは、怒鳴った。
無理もない。親友に自分の能力を忘れられていたのだから。
その怒りはレミリア自身のキャラを変えるほどに凄まじかった。
「まーまー怒らないでレミィ。これあげるから」
怒りの的である張本人はその怒りを受け流して、袖の下から大きなビンを取り出す。
ウィスキーのビンであった。恐らく魔法で袖の下から出したのだろう。
(酒かよ……)
琢馬は半ば呆れ気味に、自分よりはるかに年上の少女たちのコントを眺める。
「物で釣られるほど私は甘くないわ!」
「え! 秘蔵なのよ!? 竹鶴35年なのよ!?」
「う……う~」
早くもレミリアのプライドが揺らぐ。どうやらその酒は貴重な酒らしかった。
「ちょっとショットで飲んじゃおうかしら」
パチュリーはグラスを取り出して、レミリアを更に煽る。
立場がいつの間にか逆転していた。
「二人とも、コントはここまでにして、早く行かないか?」
コントを見飽きた琢馬は、2人に声をかけた。
「…………」
「…………」
琢馬に突っ込まれた2人は黙り込んだ。
ハッとなってパチュリーは竹鶴35年を袖の下に仕舞い込む。
「そうよね。早く咲夜を探さなくちゃ」
レミリアはすたすたと歩いて、近くのドアに立った。
そして目を閉じ、まるで祈るかのように首を前に傾ける。
「黙り込んで、どうしたんだ?」
レミリアの様子を不審に思った琢馬は、彼女に手を伸ばす。
伸ばされた彼の手を、パチュリーが掴んだ。
「静かに。今レミィは『運命』を読んでいるわ」
パチュリーに諭されて、琢馬はおとなしく手を引く。
レミリアの背後で2人はひそひそと話を続けるが、もはや目を瞑り続ける彼女に、2人の声は入っていなかった。
彼女の意識はすでに今いる場所とは遠い場所にあった。
レミリアの視界には、『連続した未来と過去の写真』がいくつも並んでいた。
『過去』と『未来』の写真は無数に並び、彼女の周りを何度も行き来する。
さながら『フェナキストスコープ』のように『過去』と『未来』は回り続けて、レミリアを惑わすかのように動き回る。
レミリアは目をカッ、と見開いた。一瞬で伸ばされた手が、飛び回るいくつもの『フェナキストスコープ』の一つを捕えた。
2本の指に挟まれた『フェナキストスコープ』には、ベッドの上に臥す咲夜の姿と、ベッドに座るレミリア。そして部屋から立ち去ろうとするパチュリーと琢馬の姿が描かれている。
「行くわよ2人とも」
目を開きドアに手をかけるレミリアを、琢馬は制止した。
「本当に、本当にその先に咲夜さんがいるのか!?」
「……この先は咲夜の部屋じゃないけど、絶対にたどり着くわ」
琢馬の詰問にレミリアは自信満々に答えた。そして一拍おいて小さく、
「いつか」
と付け加える。レミリアが取った『運命』には、咲夜の部屋に行き着く『結末』はあれど咲夜の部屋に行くまでの『過程』は映されてなかったから。
琢馬の耳がピクリと動いた。
「ちょっと待て。今小さく『いつか』って付け足さなかったか? いつか!?」
目を剥いて琢馬はレミリアを問い詰める。
問い詰められた彼女は、
「さ~行くわよ~♪ 希望満ちた『運命』にレッツゴー!」
さらりと無視して扉を開いた。
パチュリーも続いて扉に入っていき、琢馬も置いて行かれないように扉へと駆け込む。
3人が入った部屋は、小ぢんまりとした空き部屋。
テーブルとクローゼット、ベッドに洗面台という簡素な造り。
この部屋に入った瞬間、琢馬は頭に血が集中するのを感じた。
レミリアとパチュリーの帽子が、『天井へ向かって落ちる』
「これは……重力がさかさまになっているのか!?」
床が上、天井が下という奇妙な現象を目の当たりにして、琢馬は戸惑った。
また奇妙なことに、調度品はすべて床に張り付いて、天井へ落ちていない。
ちっ……、と舌打ちする音が琢馬の目の前からしてきた。
まぎれもなくレミリアの舌打ちであった。
(舌打ち!? やっぱり行き当たりばったりじゃないのか!?)
戦慄した。レミリアの適当さに戦慄した。
「よし次行くわよ!」
白くなる琢馬をよそに、レミリアは回れ右して扉を再び開く。
「つぎつぎー!」
パチュリーも続いて扉に向かってゆく。
「……ッハ!」
取り残される前に琢馬も扉をくぐった。
そして扉の先はフランの部屋。
いろんなおもちゃや本やDISCが乱雑に散らばっている。
「……こんなに散らかして、お前の妹は物を片付けるということを知らないのか!?」
あまりにもカオスな部屋模様に、琢馬は歯をカタカタ鳴らした。
「見たこともないものがいっぱいあるわね」
部屋の汚さにびっくりしながらもレミリアは足元のDISCを一枚手に取ってみる。
DISCには油性ペンでこう書かれていた。
『【トト神】 使用厳禁。今度の日曜日にぶっ壊してやる』
と。
「あら、無くなったと思ってたらフランが持ってたのねそれ」
レミリアの持っているDISCが、パチュリーに取り上げられた。
「それ、何なの?」
「これ使ってフランったらカンニングしようとしたのよ。で、ひどい目にあったわけ」
「なるほど、その腹いせにこれを壊しちゃおうって思ってたのね」
DISCを片手に語り合う2人。
琢馬はそんな2人を冷ややかな視線で見つめる。
(こんな調子で本当に行き着くのだろうか……)
「さあ行きましょう。一枚のDISCに時間を取りすぎたわ」
DISCを見るのにも飽きたレミリアはすぐに扉へと向かった。
「これはまだ役に立つものだわ」
DISCを懐にしまってパチュリーはレミリアについていく。
「もう何が起きても驚かない……」
猛烈な疲労感に襲われながら琢馬は扉をくぐった。
扉をくぐって目に入ったのは大きなテーブル。
テーブルの上には、燭台が並び、小さな灯が赤々と灯されている。
「食堂……ね。レミィ、あなたの腕の見せ所ね」
食堂のテーブルを前に、パチュリーはレミリアを試すように微笑んだ。
食堂には、いくつかの扉がある。。
メイド達が料理を運んでくるための扉。
大きなサイズの料理をを運んでくるための大きな扉。
ここで食事をするレミリアたちが入ってくるための扉。
客人を招き入れるために主賓席の前に据えられた観音開きの扉。
今3人が入ってきたのは、いつも通りに食堂に入ってくるときの扉。
背後の扉が、バタンと音を立てて閉じる。開いた扉はひとりでに閉まるように作ってあるのだ。
レミリアは、メイドたちが料理を運んでくるための扉へと歩を進めた。
「ここよ。この扉が咲夜の部屋の続いている」
自信を瞳に宿し、レミリアは扉を開いた。
3人が扉をくぐる。レミリアにとって見慣れた光景が入ってきた。
樫で作られた、落ち着いた色合いの椅子とテーブル。
同じく樫で作られた食器棚には白磁の食器と洋酒のビンが並んでいる。
一人用の簡素ながらしっかりとした作りのベッドが壁際に置かれていて、羽毛布団がかぶさっている。
そしてベッドに横たわる者が一人。十六夜咲夜。
「咲夜!」
彼女の姿を視認したレミリアは、すぐにベッドの脇に駆けつけた。
走り出すレミリアを見て、パチュリーは振り返る。
「行きましょう。今度は小悪魔を探さなくちゃ」
「ここはレミリアに任せよう」
琢馬とパチュリーは、ベッドの傍に立つレミリアに背を向け、部屋から出ていった。
レミリアの声を聴いた咲夜は、そっと頭を動かし、青白い顔で主を見つめる。
「お嬢様……いかが、なさいましたか?」
「いかがなさいましたか……ってそれは私のセリフよ。咲夜、最近頑張りすぎてない?」
レミリアは、咲夜の臥すベッドに腰掛けて、彼女の髪をなでる。
「大丈夫ですよ。すぐに元気になりますから」
咲夜は、頬を染めて笑いかけた。しかし、レミリアの顔は曇ったまま。
「また、時を止めて?」
曇った顔のまま放ったその一言が、咲夜を凍らせた。
何も言うことができなくなった。
「咲夜ってさ、時々無理することがあるよね」
レミリアの言葉に、咲夜は何も返すことができない。
「知ってるわよ、私。咲夜が体調崩したりしたとき、時を止めて体を休めてること」
それは、独白だった。咲夜を心配するレミリアの独白。
「時を止めて自分の体を休めたりするほど、咲夜って忙しいの? それとも、うちのメイドが頼りないの?」
「恥ずかしながら……後者です」
咲夜のはっきりとした返答に、レミリアはずっこけて体勢を崩してしまった。
びっくりするほど的を得た答えである。
思い返してみれば、紅魔館のメイド妖精は料理の補助と掃除と洗濯ぐらいしかできない。
料理はサラダの盛り付けや運搬。
掃除はモップ掛けや窓拭きぐらい。
選択に至っては自分の服しかしない。
よくよく考えてみると、いや、考えなくても咲夜に負担が行くのは明らかだった。
「うう……思い起こしてみれば確かにうちの妖精メイドは頼りないわね」
妖精メイドの頼りなさを思い出して、レミリアは苦笑した。
「確かに妖精メイドは料理の補助や簡単な掃除ぐらいしかできないわ。でもね、逆を言えば『それらのことができる』ということよ。それぐらいの事なら、頼ってもいいじゃないの?」
苦笑しながらも放たれたレミリアの言葉に、咲夜は不思議と安心感を覚えた。
まるで、自分の抱える悩みを親に話したら、見事に的を得た答えで返してくれたかのような気分。
「今日は、いや、これからも『時を止めて体を休める』なんてことしないで、もっと周りを頼りなさいよ」
咲夜は、恥ずかしそうに布団を口元まで寄せた
縮こまる咲夜にレミリアはさらに近づき、そっと髪を撫でてみる。
「なんというか、あなたを見ると時々、さみしそうに見えるわ」
咲夜の目を見つめながら放たれたレミリアの言葉が、咲夜の心臓を打ち抜く。
急いで咲夜は布団を動かし、頭をすっぽりと隠してしまう。
「ねえ、咲夜。時が止まった世界って、さみしい世界だと思うの。だって、何を言っても、何をしても相手は何も応えてくれないし、わかっちゃくれない。それって、とても寂しいことだと思うの」
何も言えない咲夜。
「時を止める。それはあなたに与えられた素敵な力よ。でも、それを使ってばっかりだと、置いてけぼりにされそうな気がするの」
ゆっくりと布団を開き、レミリアは咲夜の隣に潜り込んできた。
互いの吐息がかかるほどまでに2人の顔が近づく。
レミリアの紅い瞳と、咲夜の青い瞳が互いを捉える。
「お嬢様。私は時折夢を見ます。独りになる夢です。また、独りになる夢を見ていました。何も動かなくて、すべてが灰色の世界を歩くだけしかできない夢です」
細い声が、咲夜の唇から漏れ出した。
声が布団に吸い込まれて、消えてゆく。
「安心しなさい咲夜。あなたは一人じゃないわ。美鈴がいる。パチェがいる。小悪魔がいる。フランも明るくなったわ。そういえば最近蓮見琢馬って人間が屋根から落っこちてきて、なんやかんやでここに居ついたわね。そして……」
レミリアは両手で咲夜の顔を包み込んだ。
少し冷え気味の両手で、レミリアは咲夜の頬の温かみを堪能する。
「私がいる。今、目と鼻の先にレミリア・スカーレットがいるわ」
そして間髪入れず、レミリアは咲夜の唇を塞いだ。自分の唇で。
咲夜の目は驚きに見開かれ、レミリアの顔を視界いっぱいに捕える。
唇を裂いてレミリアの舌が入り込んでくる。
「んっ……」
口の中を舌でこねまわされ、咲夜の喉から声が漏れる。
「ちゅっ……ちゅっ……」
つなぎ合わされた唇の隙間から、空気がわずかに吸い込まれて音を立てる。
「くちゅっ……」
水音と共に、唇が別れを告げた。
「うふっ……咲夜の口の中、熱い」
いたずらが成功した子供の笑みを浮かべ、レミリアは口元をぬぐった。
いたずらを受けた咲夜は、ただただ顔を紅く染めて目を白黒させている。
「熱がまだ引かないのね」
「お嬢様がいきなりキスするから熱が出てしまいました」
「熱なんて最初っから出てるじゃない。汗もだいぶかいているわね」
キスに続いてレミリアは咲夜の胸元に顔をうずめて、咲夜のにおいを鼻腔いっぱいに吸い込む。
「や、やめてくださいお嬢様なにやってるんですか」
においを嗅ぐレミリアを咲夜は必死にはがそうと暴れた。
布団が乱れ、静かな部屋にバサバサと鳥がはばたくような音がする。
ドン、と音がして布団の塊が床に落ちた。
「痛ぁ……もう、もうちょっとだけ咲夜のにおい嗅がせてよ」
布団からレミリアが自分の頭をなでながら這いずり出てくる。
ベッドの上では咲夜が枕を抱えて申し訳なさそうな表情をしていた。
「も……申し訳ございません」
「いいのよ。自業自得だし。さ、咲夜の着替え用意しちゃうし温かいタオルで咲夜の体ふきふきしちゃうわよ~♪」
布団からとび起きてレミリアはクローゼットの中を漁りはじめた。
「お、お嬢様、そんなことお嬢様がなさらなくても……」
咲夜は急いでベッドから起きようとする。
しかし目の前にレミリアが飛び込んできて、押し倒されてしまう。
「咲夜はおとなしく寝ていて。まだ病気なんだから、思いっきり甘えて頂戴。それに今日は甘えられたい気分なの」
ベッドに倒れこんだまま、咲夜はゆっくりとうなづいた。
「よろしい」
おとなしくなった従者を見てレミリアは満足げにうなづくと、すぐにクローゼットへと向かって中身を漁る。
「う~ん、これかな?」
レミリアが取り出したのは、透け透けのネグリジェ。
しかしすぐにそれをクローゼットに押し込んだ。その光景を見て後で整頓しておこうと咲夜は内心呟く。
「やっぱり暖かいのがいいわよね」
続いて取り出したのは長袖のパジャマ。
トランプの模様がついた、おしゃれなパジャマ。
それを肩にかけると、次は流し場へと向かう。
流水を苦手とするレミリアの部屋には、流し場は無いが使用人である咲夜の部屋には小さいながらも洗面台があるのだ。
赤いシールのついた蛇口をひねると、熱湯が洗面器に注がれる。
次に青いシールの蛇口から水を足していく。
小指の先で温度を確かめ、ちょうどいい温度になったのを確認すると、手拭用のタオルをお湯につける。
「手袋はどこかしら?」
「あ、そこの棚の引き出しです」
「さんきゅ」
引き出しからピンク色のゴム手袋を取り出し、手にはめた。
洗面器と替えのパジャマを直にベッドの上に置く。
洗面器についた水滴がベッドのシーツを濡らす。
それをみた咲夜の表情が何とも言えない表情で固まる。
「さ、汗ふいてあげるからおとなしく脱がされなさい」
レミリアの手が、咲夜のパジャマのボタンを取りにかかった。
「今日は2人で宿題さっさと終わらせて、さっさと遊ぼうか」
霧の湖上空、フランは日傘をまわしながらこれからの予定をチルノと相談していた。
「宿題めんどー!」
チルノは遊ぶの優先と言わんばかりに鞄をぶんぶん振り回す。
「じゃあ家に荷物置いて来よう」
霧の湖を越えて、2人は紅魔館の門前に立った。
門では美鈴が相も変わらず眠りこけている。
「今日はナイフ刺さってない……珍しい」
呑気に鼻提灯を膨らませて船をこぐ美鈴。
その無防備な様を見て、チルノはあることを思いついた。
「凍らせちゃえ」
チルノは美鈴の鼻提灯を凍らせた。
カチカチに凍った鼻提灯の重みで美鈴の首がだらりと前に向く。
顔の上下運動が上半身の上下運動に変化する。
その様をフランは笑いをこらえながら眺めていた。
「チ、チルノ行こう。これ以上みてると笑いがこらえられ……ぷくく」
口元を手で押さえつつフランはチルノと一緒に門をくぐった。
よく手入れの行き届いた庭を一直線に抜けて、2人は正面玄関の前に立つ。
「たっだいまー!」
「お邪魔しまーす!」
勢いよくドアを開いて、フランとチルノは紅魔館の正面玄関を開いた。
そして行き着いた先が咲夜の部屋である。
「……お姉ちゃん、何やってんの!?」
フランは日傘を取り落してしまった。
無理もない。
フランとチルノの目の前には、『ベッドの上にブラジャー一枚の咲夜と彼女の胸元に手をまわしているレミリア』の姿があるからだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「なあ、フランのねーちゃん何やってんだ? プロレスごっこか!?」
気まずい沈黙が部屋を支配した。
一名騒いでるのがいたが沈黙が支配したったら支配した。
「なーなー! フランー! お前のねーちゃんなにやってんだー!?」
したって言ってるだろ黙れよチルノ。
騒ぐチルノをよそに、フランの顔はリンゴのように赤くなっていた。
フランは知っている。こういう状況を。
図書館に置いてある少女漫画やラノベやらをさんざ読んできたフランは知っている。
「お姉ちゃん……お姉様、邪魔してごめん」
フランはチルノを引きずって部屋から出た。
大きな音を立てて部屋のドアは閉じられた。
「ちょっと待ってフランこれには訳が」
レミリアは慌ててフランを追いかけるためにドアを開いた。
が、ドアの奥に広がるのは宇宙船の窓から眺めるかのような宇宙であった。
「……あはは、大きな星がついたり消えたりしているわ……」
レミリアは焦燥しきった表情で、宇宙船の窓と化したドアを見ることしかできなかった。
石化した彼女の背後では、咲夜が愛おしげに微笑んでいた。
少し、甘えるのもいいかもしれない。
←To be continued... EDテーマ 豚乙女『影恋慕』
ttp://www.youtube.com/watch?v=PklPr3R7niU
次回予告
次の『ディスクブレイカー☆フラン』の概要は3つ!
「何で寝ると明日が来るのかしら!? 私はずっと寝ていたいだけなのにッ!」
蓬莱山輝夜が何かやらかすようです。
「やだ! もうサンバは嫌だああぁぁぁぁぁ~!」
藤原妹紅、ブラジルへ行く。
「再びかーっ! 何度やれば気が済むんだー!」
フランドール・スカーレット、叫ぶ。
次回、『東宝永夜抄6面で自重できていない蓬莱山輝夜』
「と、今日の授業はここでおしまいだ。宿題もいつも通り少ないからきっちりやってくるように」
子供たちの目の前で、フーゴは教科書を閉じた。
「起立、礼!」
日直の子供の号令が教室に響き、子供たちはフーゴに向かって一礼をする。
フーゴが教室から出ていくと、教室の張りつめた空気が一気に和らいだ。
フランと、チルノと、ナランチャはほとんど同時に鞄を持って立ち上がる。
「フラン、チルノ、悪りぃけど今日バイトなんだ。じゃあな!」
早々にナランチャは、教室の窓から飛び出した。
フランとチルノの2人は、そのままナランチャが『妖怪の山』の方へ飛んでいくのを見送る。
「ナランチャって、山で何やってんだろうね」
ナランチャを見送ったフランは、日傘を取り出して窓から飛び出た。
「それあたいも気になる。でも……」
続いてチルノも教室の窓から出て、ナランチャの行った先を見つめる。
すでにナランチャの姿は消えていた。
視力に自信があるフランでも捉えきれない。
「よし、今日は解散!」
「じゃーねー!」
やることもないので、2人は解散し、別々の方向へ飛んで行った。
「紅魔館の謎……この紅魔館を取り巻いている現象の正体が解ったっていうの!?」
レミリアは、琢馬に迫った。
手がプルプルと震えて、カップの紅茶がさざ波を立てる。
「とりあえず落ち着いて。カップを皿に置いて」
息を荒らげるレミリアに対して、冷静な態度で接する琢馬。
言われたレミリアは、紅茶の滴が少し服にかかっているのに気付いて、カップを皿に置いた。
「で、本題だ。紅魔館で起こっている、『ところ構わずワープしてしまう現象』、その現象の『法則性』の一端が解った」
法則性。琢馬の一言で場の空気が張りつめた。
「まずは前置きから話そう。俺がこの仮説を立てた経緯だ。レミリアはドアを開き、見知らぬ場所に繋がっているのを見て、すぐ閉じて、再び開いて咲夜さんの部屋に行きついた。パチュリーは3冊の本を持って本棚に入り、4冊の本を持ってどこかの森に行きついた。そして俺は本の整理のために23冊の本を持って本棚から出たら、キッチンに行きついた。俺たち3人のワープには、一つの法則性があるんだ」
長い言葉を言い終えて、琢馬は紅茶を一口。
カップが皿に置かれる小さな音がして、空気が一層張りつめる。
「数……ね。数が関わっているのね」
レミリアは椅子に座り直し、熱くなった自分を抑えるために紅茶を飲みほした。
琢馬は、静かにうなづいた。
「ああ。数が関わっている。更に、移動の際紅魔館に繋がるか、それとも他の場所に繋がるかには、『素数』が関わっている。移動に『素数』が関わると紅魔館へと移動し、『素数』が関わらない場合はそれ以外の場所へ移動する」
「素数……しかし、何故?」
琢馬の仮説に、パチュリーが食いついた。
質問を受けた当の彼は、少し息を吐いて、ティーカップに二杯目の紅茶を注ぐ。
「そこなんだよ。問題は。何故素数なのか? そこばかりは仮説の立てようにも材料が少なくすぎる」
腕を組み、琢馬は再び息を吐く。
話が行き詰ってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも黙ってしまい、嫌な空気が流れ始める。
「ともかく!」
レミリアは突然立ち上がり、静寂を打ち破った。
「咲夜の場所に行く必要があるわ! 私たちはちょうど3人いる! 3は『素数』! 3人で行動すれば紅魔館から別の場所に行くことはない!」
叫ぶような言葉に、2人は目を丸めた。
「……そうだな。3人で行動すれば見知らぬ場所へ行きつくこともない。
琢馬も立ち上がった。
つられてパチュリーも立ち上がり、魔法でテーブルとティーセットを消す。
「で、3人行動するのはいいけど、レミィ、咲夜の元にたどり着く策はあるわけ?」
「…………パチェ、あんた私の能力忘れてない?」
「……あ」
指摘されて、パチュリーは思い出した。レミリアの能力は『運命を操る程度の能力』であることを。
あまりにも地味、かつ使われていないので彼女の親友であるパチュリーすらも忘れていた。
琢馬に至ってはレミリアの能力を今この場で知った。
「『……あ』じゃねーよ!」
レミリアは、怒鳴った。
無理もない。親友に自分の能力を忘れられていたのだから。
その怒りはレミリア自身のキャラを変えるほどに凄まじかった。
「まーまー怒らないでレミィ。これあげるから」
怒りの的である張本人はその怒りを受け流して、袖の下から大きなビンを取り出す。
ウィスキーのビンであった。恐らく魔法で袖の下から出したのだろう。
(酒かよ……)
琢馬は半ば呆れ気味に、自分よりはるかに年上の少女たちのコントを眺める。
「物で釣られるほど私は甘くないわ!」
「え! 秘蔵なのよ!? 竹鶴35年なのよ!?」
「う……う~」
早くもレミリアのプライドが揺らぐ。どうやらその酒は貴重な酒らしかった。
「ちょっとショットで飲んじゃおうかしら」
パチュリーはグラスを取り出して、レミリアを更に煽る。
立場がいつの間にか逆転していた。
「二人とも、コントはここまでにして、早く行かないか?」
コントを見飽きた琢馬は、2人に声をかけた。
「…………」
「…………」
琢馬に突っ込まれた2人は黙り込んだ。
ハッとなってパチュリーは竹鶴35年を袖の下に仕舞い込む。
「そうよね。早く咲夜を探さなくちゃ」
レミリアはすたすたと歩いて、近くのドアに立った。
そして目を閉じ、まるで祈るかのように首を前に傾ける。
「黙り込んで、どうしたんだ?」
レミリアの様子を不審に思った琢馬は、彼女に手を伸ばす。
伸ばされた彼の手を、パチュリーが掴んだ。
「静かに。今レミィは『運命』を読んでいるわ」
パチュリーに諭されて、琢馬はおとなしく手を引く。
レミリアの背後で2人はひそひそと話を続けるが、もはや目を瞑り続ける彼女に、2人の声は入っていなかった。
彼女の意識はすでに今いる場所とは遠い場所にあった。
レミリアの視界には、『連続した未来と過去の写真』がいくつも並んでいた。
『過去』と『未来』の写真は無数に並び、彼女の周りを何度も行き来する。
さながら『フェナキストスコープ』のように『過去』と『未来』は回り続けて、レミリアを惑わすかのように動き回る。
レミリアは目をカッ、と見開いた。一瞬で伸ばされた手が、飛び回るいくつもの『フェナキストスコープ』の一つを捕えた。
2本の指に挟まれた『フェナキストスコープ』には、ベッドの上に臥す咲夜の姿と、ベッドに座るレミリア。そして部屋から立ち去ろうとするパチュリーと琢馬の姿が描かれている。
「行くわよ2人とも」
目を開きドアに手をかけるレミリアを、琢馬は制止した。
「本当に、本当にその先に咲夜さんがいるのか!?」
「……この先は咲夜の部屋じゃないけど、絶対にたどり着くわ」
琢馬の詰問にレミリアは自信満々に答えた。そして一拍おいて小さく、
「いつか」
と付け加える。レミリアが取った『運命』には、咲夜の部屋に行き着く『結末』はあれど咲夜の部屋に行くまでの『過程』は映されてなかったから。
琢馬の耳がピクリと動いた。
「ちょっと待て。今小さく『いつか』って付け足さなかったか? いつか!?」
目を剥いて琢馬はレミリアを問い詰める。
問い詰められた彼女は、
「さ~行くわよ~♪ 希望満ちた『運命』にレッツゴー!」
さらりと無視して扉を開いた。
パチュリーも続いて扉に入っていき、琢馬も置いて行かれないように扉へと駆け込む。
3人が入った部屋は、小ぢんまりとした空き部屋。
テーブルとクローゼット、ベッドに洗面台という簡素な造り。
この部屋に入った瞬間、琢馬は頭に血が集中するのを感じた。
レミリアとパチュリーの帽子が、『天井へ向かって落ちる』
「これは……重力がさかさまになっているのか!?」
床が上、天井が下という奇妙な現象を目の当たりにして、琢馬は戸惑った。
また奇妙なことに、調度品はすべて床に張り付いて、天井へ落ちていない。
ちっ……、と舌打ちする音が琢馬の目の前からしてきた。
まぎれもなくレミリアの舌打ちであった。
(舌打ち!? やっぱり行き当たりばったりじゃないのか!?)
戦慄した。レミリアの適当さに戦慄した。
「よし次行くわよ!」
白くなる琢馬をよそに、レミリアは回れ右して扉を再び開く。
「つぎつぎー!」
パチュリーも続いて扉に向かってゆく。
「……ッハ!」
取り残される前に琢馬も扉をくぐった。
そして扉の先はフランの部屋。
いろんなおもちゃや本やDISCが乱雑に散らばっている。
「……こんなに散らかして、お前の妹は物を片付けるということを知らないのか!?」
あまりにもカオスな部屋模様に、琢馬は歯をカタカタ鳴らした。
「見たこともないものがいっぱいあるわね」
部屋の汚さにびっくりしながらもレミリアは足元のDISCを一枚手に取ってみる。
DISCには油性ペンでこう書かれていた。
『【トト神】 使用厳禁。今度の日曜日にぶっ壊してやる』
と。
「あら、無くなったと思ってたらフランが持ってたのねそれ」
レミリアの持っているDISCが、パチュリーに取り上げられた。
「それ、何なの?」
「これ使ってフランったらカンニングしようとしたのよ。で、ひどい目にあったわけ」
「なるほど、その腹いせにこれを壊しちゃおうって思ってたのね」
DISCを片手に語り合う2人。
琢馬はそんな2人を冷ややかな視線で見つめる。
(こんな調子で本当に行き着くのだろうか……)
「さあ行きましょう。一枚のDISCに時間を取りすぎたわ」
DISCを見るのにも飽きたレミリアはすぐに扉へと向かった。
「これはまだ役に立つものだわ」
DISCを懐にしまってパチュリーはレミリアについていく。
「もう何が起きても驚かない……」
猛烈な疲労感に襲われながら琢馬は扉をくぐった。
扉をくぐって目に入ったのは大きなテーブル。
テーブルの上には、燭台が並び、小さな灯が赤々と灯されている。
「食堂……ね。レミィ、あなたの腕の見せ所ね」
食堂のテーブルを前に、パチュリーはレミリアを試すように微笑んだ。
食堂には、いくつかの扉がある。。
メイド達が料理を運んでくるための扉。
大きなサイズの料理をを運んでくるための大きな扉。
ここで食事をするレミリアたちが入ってくるための扉。
客人を招き入れるために主賓席の前に据えられた観音開きの扉。
今3人が入ってきたのは、いつも通りに食堂に入ってくるときの扉。
背後の扉が、バタンと音を立てて閉じる。開いた扉はひとりでに閉まるように作ってあるのだ。
レミリアは、メイドたちが料理を運んでくるための扉へと歩を進めた。
「ここよ。この扉が咲夜の部屋の続いている」
自信を瞳に宿し、レミリアは扉を開いた。
3人が扉をくぐる。レミリアにとって見慣れた光景が入ってきた。
樫で作られた、落ち着いた色合いの椅子とテーブル。
同じく樫で作られた食器棚には白磁の食器と洋酒のビンが並んでいる。
一人用の簡素ながらしっかりとした作りのベッドが壁際に置かれていて、羽毛布団がかぶさっている。
そしてベッドに横たわる者が一人。十六夜咲夜。
「咲夜!」
彼女の姿を視認したレミリアは、すぐにベッドの脇に駆けつけた。
走り出すレミリアを見て、パチュリーは振り返る。
「行きましょう。今度は小悪魔を探さなくちゃ」
「ここはレミリアに任せよう」
琢馬とパチュリーは、ベッドの傍に立つレミリアに背を向け、部屋から出ていった。
レミリアの声を聴いた咲夜は、そっと頭を動かし、青白い顔で主を見つめる。
「お嬢様……いかが、なさいましたか?」
「いかがなさいましたか……ってそれは私のセリフよ。咲夜、最近頑張りすぎてない?」
レミリアは、咲夜の臥すベッドに腰掛けて、彼女の髪をなでる。
「大丈夫ですよ。すぐに元気になりますから」
咲夜は、頬を染めて笑いかけた。しかし、レミリアの顔は曇ったまま。
「また、時を止めて?」
曇った顔のまま放ったその一言が、咲夜を凍らせた。
何も言うことができなくなった。
「咲夜ってさ、時々無理することがあるよね」
レミリアの言葉に、咲夜は何も返すことができない。
「知ってるわよ、私。咲夜が体調崩したりしたとき、時を止めて体を休めてること」
それは、独白だった。咲夜を心配するレミリアの独白。
「時を止めて自分の体を休めたりするほど、咲夜って忙しいの? それとも、うちのメイドが頼りないの?」
「恥ずかしながら……後者です」
咲夜のはっきりとした返答に、レミリアはずっこけて体勢を崩してしまった。
びっくりするほど的を得た答えである。
思い返してみれば、紅魔館のメイド妖精は料理の補助と掃除と洗濯ぐらいしかできない。
料理はサラダの盛り付けや運搬。
掃除はモップ掛けや窓拭きぐらい。
選択に至っては自分の服しかしない。
よくよく考えてみると、いや、考えなくても咲夜に負担が行くのは明らかだった。
「うう……思い起こしてみれば確かにうちの妖精メイドは頼りないわね」
妖精メイドの頼りなさを思い出して、レミリアは苦笑した。
「確かに妖精メイドは料理の補助や簡単な掃除ぐらいしかできないわ。でもね、逆を言えば『それらのことができる』ということよ。それぐらいの事なら、頼ってもいいじゃないの?」
苦笑しながらも放たれたレミリアの言葉に、咲夜は不思議と安心感を覚えた。
まるで、自分の抱える悩みを親に話したら、見事に的を得た答えで返してくれたかのような気分。
「今日は、いや、これからも『時を止めて体を休める』なんてことしないで、もっと周りを頼りなさいよ」
咲夜は、恥ずかしそうに布団を口元まで寄せた
縮こまる咲夜にレミリアはさらに近づき、そっと髪を撫でてみる。
「なんというか、あなたを見ると時々、さみしそうに見えるわ」
咲夜の目を見つめながら放たれたレミリアの言葉が、咲夜の心臓を打ち抜く。
急いで咲夜は布団を動かし、頭をすっぽりと隠してしまう。
「ねえ、咲夜。時が止まった世界って、さみしい世界だと思うの。だって、何を言っても、何をしても相手は何も応えてくれないし、わかっちゃくれない。それって、とても寂しいことだと思うの」
何も言えない咲夜。
「時を止める。それはあなたに与えられた素敵な力よ。でも、それを使ってばっかりだと、置いてけぼりにされそうな気がするの」
ゆっくりと布団を開き、レミリアは咲夜の隣に潜り込んできた。
互いの吐息がかかるほどまでに2人の顔が近づく。
レミリアの紅い瞳と、咲夜の青い瞳が互いを捉える。
「お嬢様。私は時折夢を見ます。独りになる夢です。また、独りになる夢を見ていました。何も動かなくて、すべてが灰色の世界を歩くだけしかできない夢です」
細い声が、咲夜の唇から漏れ出した。
声が布団に吸い込まれて、消えてゆく。
「安心しなさい咲夜。あなたは一人じゃないわ。美鈴がいる。パチェがいる。小悪魔がいる。フランも明るくなったわ。そういえば最近蓮見琢馬って人間が屋根から落っこちてきて、なんやかんやでここに居ついたわね。そして……」
レミリアは両手で咲夜の顔を包み込んだ。
少し冷え気味の両手で、レミリアは咲夜の頬の温かみを堪能する。
「私がいる。今、目と鼻の先にレミリア・スカーレットがいるわ」
そして間髪入れず、レミリアは咲夜の唇を塞いだ。自分の唇で。
咲夜の目は驚きに見開かれ、レミリアの顔を視界いっぱいに捕える。
唇を裂いてレミリアの舌が入り込んでくる。
「んっ……」
口の中を舌でこねまわされ、咲夜の喉から声が漏れる。
「ちゅっ……ちゅっ……」
つなぎ合わされた唇の隙間から、空気がわずかに吸い込まれて音を立てる。
「くちゅっ……」
水音と共に、唇が別れを告げた。
「うふっ……咲夜の口の中、熱い」
いたずらが成功した子供の笑みを浮かべ、レミリアは口元をぬぐった。
いたずらを受けた咲夜は、ただただ顔を紅く染めて目を白黒させている。
「熱がまだ引かないのね」
「お嬢様がいきなりキスするから熱が出てしまいました」
「熱なんて最初っから出てるじゃない。汗もだいぶかいているわね」
キスに続いてレミリアは咲夜の胸元に顔をうずめて、咲夜のにおいを鼻腔いっぱいに吸い込む。
「や、やめてくださいお嬢様なにやってるんですか」
においを嗅ぐレミリアを咲夜は必死にはがそうと暴れた。
布団が乱れ、静かな部屋にバサバサと鳥がはばたくような音がする。
ドン、と音がして布団の塊が床に落ちた。
「痛ぁ……もう、もうちょっとだけ咲夜のにおい嗅がせてよ」
布団からレミリアが自分の頭をなでながら這いずり出てくる。
ベッドの上では咲夜が枕を抱えて申し訳なさそうな表情をしていた。
「も……申し訳ございません」
「いいのよ。自業自得だし。さ、咲夜の着替え用意しちゃうし温かいタオルで咲夜の体ふきふきしちゃうわよ~♪」
布団からとび起きてレミリアはクローゼットの中を漁りはじめた。
「お、お嬢様、そんなことお嬢様がなさらなくても……」
咲夜は急いでベッドから起きようとする。
しかし目の前にレミリアが飛び込んできて、押し倒されてしまう。
「咲夜はおとなしく寝ていて。まだ病気なんだから、思いっきり甘えて頂戴。それに今日は甘えられたい気分なの」
ベッドに倒れこんだまま、咲夜はゆっくりとうなづいた。
「よろしい」
おとなしくなった従者を見てレミリアは満足げにうなづくと、すぐにクローゼットへと向かって中身を漁る。
「う~ん、これかな?」
レミリアが取り出したのは、透け透けのネグリジェ。
しかしすぐにそれをクローゼットに押し込んだ。その光景を見て後で整頓しておこうと咲夜は内心呟く。
「やっぱり暖かいのがいいわよね」
続いて取り出したのは長袖のパジャマ。
トランプの模様がついた、おしゃれなパジャマ。
それを肩にかけると、次は流し場へと向かう。
流水を苦手とするレミリアの部屋には、流し場は無いが使用人である咲夜の部屋には小さいながらも洗面台があるのだ。
赤いシールのついた蛇口をひねると、熱湯が洗面器に注がれる。
次に青いシールの蛇口から水を足していく。
小指の先で温度を確かめ、ちょうどいい温度になったのを確認すると、手拭用のタオルをお湯につける。
「手袋はどこかしら?」
「あ、そこの棚の引き出しです」
「さんきゅ」
引き出しからピンク色のゴム手袋を取り出し、手にはめた。
洗面器と替えのパジャマを直にベッドの上に置く。
洗面器についた水滴がベッドのシーツを濡らす。
それをみた咲夜の表情が何とも言えない表情で固まる。
「さ、汗ふいてあげるからおとなしく脱がされなさい」
レミリアの手が、咲夜のパジャマのボタンを取りにかかった。
「今日は2人で宿題さっさと終わらせて、さっさと遊ぼうか」
霧の湖上空、フランは日傘をまわしながらこれからの予定をチルノと相談していた。
「宿題めんどー!」
チルノは遊ぶの優先と言わんばかりに鞄をぶんぶん振り回す。
「じゃあ家に荷物置いて来よう」
霧の湖を越えて、2人は紅魔館の門前に立った。
門では美鈴が相も変わらず眠りこけている。
「今日はナイフ刺さってない……珍しい」
呑気に鼻提灯を膨らませて船をこぐ美鈴。
その無防備な様を見て、チルノはあることを思いついた。
「凍らせちゃえ」
チルノは美鈴の鼻提灯を凍らせた。
カチカチに凍った鼻提灯の重みで美鈴の首がだらりと前に向く。
顔の上下運動が上半身の上下運動に変化する。
その様をフランは笑いをこらえながら眺めていた。
「チ、チルノ行こう。これ以上みてると笑いがこらえられ……ぷくく」
口元を手で押さえつつフランはチルノと一緒に門をくぐった。
よく手入れの行き届いた庭を一直線に抜けて、2人は正面玄関の前に立つ。
「たっだいまー!」
「お邪魔しまーす!」
勢いよくドアを開いて、フランとチルノは紅魔館の正面玄関を開いた。
そして行き着いた先が咲夜の部屋である。
「……お姉ちゃん、何やってんの!?」
フランは日傘を取り落してしまった。
無理もない。
フランとチルノの目の前には、『ベッドの上にブラジャー一枚の咲夜と彼女の胸元に手をまわしているレミリア』の姿があるからだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「なあ、フランのねーちゃん何やってんだ? プロレスごっこか!?」
気まずい沈黙が部屋を支配した。
一名騒いでるのがいたが沈黙が支配したったら支配した。
「なーなー! フランー! お前のねーちゃんなにやってんだー!?」
したって言ってるだろ黙れよチルノ。
騒ぐチルノをよそに、フランの顔はリンゴのように赤くなっていた。
フランは知っている。こういう状況を。
図書館に置いてある少女漫画やラノベやらをさんざ読んできたフランは知っている。
「お姉ちゃん……お姉様、邪魔してごめん」
フランはチルノを引きずって部屋から出た。
大きな音を立てて部屋のドアは閉じられた。
「ちょっと待ってフランこれには訳が」
レミリアは慌ててフランを追いかけるためにドアを開いた。
が、ドアの奥に広がるのは宇宙船の窓から眺めるかのような宇宙であった。
「……あはは、大きな星がついたり消えたりしているわ……」
レミリアは焦燥しきった表情で、宇宙船の窓と化したドアを見ることしかできなかった。
石化した彼女の背後では、咲夜が愛おしげに微笑んでいた。
少し、甘えるのもいいかもしれない。
←To be continued... EDテーマ 豚乙女『影恋慕』
ttp://www.youtube.com/watch?v=PklPr3R7niU
次回予告
次の『ディスクブレイカー☆フラン』の概要は3つ!
「何で寝ると明日が来るのかしら!? 私はずっと寝ていたいだけなのにッ!」
蓬莱山輝夜が何かやらかすようです。
「やだ! もうサンバは嫌だああぁぁぁぁぁ~!」
藤原妹紅、ブラジルへ行く。
「再びかーっ! 何度やれば気が済むんだー!」
フランドール・スカーレット、叫ぶ。
次回、『東宝永夜抄6面で自重できていない蓬莱山輝夜』