枯れ木にも似た色合いの『ミイラの左腕』が、アメリカの赤い砂に落ちる。
ジョニィの涙を、熱い風がまるで慰めるかのように撫でた。
さっきまでジョニィを猛烈な勢いでジャイロへと引き寄せていたフックの動きが止まる。
「持って行けよ……持って行けよ! だけどな……すぐにジャイロについてるフックを外して持って行け。さもないと……」
裏返ったこえで喋りながら、ジョニィの左手の爪が回転を始める。
指の上の小さな竜巻が5つ、『ミイラの左腕』に向けられた。
「この『死体の左腕』をぼく自身の手で破壊して粉々にしてやる」
フックが、ゆっくりとジャイロの頭から外れた。
ジョニィの頭を掴む代わりに、2つのフックが『ミイラの左腕』を抱いて羽へと吸い込まれた。
力なくジャイロの体が砂漠に横たわる。
自分の全てを奪われたかのような心地がして、ジョニィは砂漠に顔をうずめた。
ゆっくりと力を込めて、自分の左手を見てみた。
回らない。ジョニィの爪は指先の小さな竜巻を完全に喪失していた。
「止まった……指の回転が……」
ジョニィの腕が、引きつって震える。
「もう、回せない……消えた。ぼくの『能力』が…………」
不死鳥は失敗を恐れない 『牙‐タスク‐その4』OPテーマ Sum41『No Reason』
ttp://www.youtube.com/watch?v=3rIr6ino-cI
嘆くジョニィを尻目に、小僧は猿のように岩を飛び降りた。
「やったぞ」
小僧の手には布に包まれた『ミイラの左手』がある。
「スゲェ! これが『死体』か?」
不思議と、『ミイラの左手』は生き物のように温かみを持っている。
熾火にも似た温かさに、小僧は鼓動の高鳴りを抑えることができない。
「何でみんながこんなのを欲しがるのかわからねぇが……オイラは無敵だ! 無敵でかしこいってことが証明されたんだ!」
『ミイラの左腕』をギュッと握り、小僧は空を見上げる。
「これで皆から認められる! 認められてのし上がっていけるって訳だぜ! 手に入ったぞオォーッ!」
真っ青な空の下、小僧の鬨の声上がった。
「あとは死んでもらうだけだぜッ! まだジャイロが『餌』であることは解除してねぇから……あ?」
有頂天を味わっていた小僧の思考は、たった1匹の馬の足音でかき消された。
「よぉ、テメーがアタシらをさんざ苦しめた奴だな?」
小僧の目の前には赤毛の馬に乗った白い少女がいた。
「モゥクォ・フジャーラノ……」
「おいおい、訛りがひでーな。アタシの名前は藤原妹紅。ああ、アメリカではモコウ・フジワラノって言うんだっけ?」
ありえねー、何かの間違いじゃねーのかと言いたげに小僧は妹紅を見つめた。まるで幽霊が目の前にいるかのような表情を浮かべて。
「馬を落っことされた程度じゃアタシは死なないわよ。ま、どんなことされても死なないけどね」
シニカルに妹紅は笑みを浮かべ、指先に火をつけた。
「さて、落とし前はきっちりつけさせてもらうわ。レア? ミディアム? ウェルダン? それとも消し炭?」
一歩を踏み出し、妹紅は小僧に火を押し付ける。
眼前で揺れる火に、小僧は何もできない。
できるわけがないのだ。何か武器を取り出そうとすればそれよりも早く燃やされるし、頼りの『フック』も、今はジャイロを『餌』にしているので咄嗟に出すことができない。
詰んだ。完全に詰んだ。
「あ、あわわ……」
恐慌状態に陥った小僧の目の前で、火が消えた。
しりもちをつき、小僧は自分に背を向ける妹紅を眺める。
「え? へ? え?」
妹紅の不可解な行動に、小僧は呆然とする。
自分の握りしめる『ミイラの左腕』から風切り音がする事に気付かず、小僧は目を白黒させて妹紅を見た。
「はぁ……1000年近くたってもこういうのは苦手だわ。まあ、自業自得と言えばそうなるけど」
それが、小僧の聞いた最後の言葉だった。
彼が持っている『ミイラの左腕』から回転する爪が飛び出し、小僧の顔に5つの穴をあけたからだ。
「ジョニィ、無事だったみたいね」
妹紅は、砂の上に寝転がるジョニィに『ミイラの左腕』を投げてよこした。
それを見事にキャッチしたジョニィは、妹紅を見上げた。
「無事だったんだね」
「アタシは不死身さ。それよりも、困った。大事な一張羅が台無しよ」
妹紅は苦笑しながら肩を竦め、ボロボロになったシャツを見せつける。
その後ろでは、ジャイロが痛そうに自分のあごを『ゾンビ馬』で縫い合わせていた。
「う~痛てて……あまり『ゾンビ馬』の世話にはなりたくねーな……」
ジャイロは縫い合わせたばっかりのあごを擦りながら、『ゾンビ馬』をポーチに仕舞い込んだ。
そしてジョニィの持つ『ミイラの左腕』をまじまじと見つめる。
視線を向けられたジョニィは、両腕で『ミイラの左腕』を抱え込む。
「ジャイロ……アンタもこの『ミイラの左腕』を狙っているのか……?」
疑いのまなざしをジャイロに突き付けるジョニィ。しかしジャイロは薄ら笑いを浮かべて首を横に振った。
「興味はない……いや、ちょっとあるかなぁ~」
茶化すように言ったところで、ジャイロは急に表情を変えた。
凛とした、まるで神に誓うかのような表情を。
「だが、オレが欲しいのは一着ゴールで得られる我らが国王の『恩赦特権』だけだ」
ジャイロの脳裏に、無実の罪を着せられた少年の顔が浮かんだ。
「……だが話は読めてきたぜ。どっかのテロリストどもは、それをこのオレが隠し持っていると思っているらしいな!」
ジャイロが『ミイラの左腕』を狙っているわけではないと知ったジョニィは、安心した。
自分の左腕に『ミイラの左腕』を押し当てると、それはずぶずぶとジョニィ自身の左腕に沈み込み、一体化する。
「このレースは散らばった『死体』を探すための陰謀だ。間違いなくテロリストと国とレース主催者は繋がっている。じゃなきゃこんな事はできない!」
次にジョニィは自分のバッグの中を探し始める。
「死体の部位は全てそろえると『1人の遺体』となるはずだ……恐らく部位はこのレースの散らばっている。敵はおおよその死体のありかを掴んでいてこのコースを設定したが……」
ジョニィが取り出したのは、セカンドステージの地図。アリゾナ砂漠の町から、モニュメント・バレーまでのコース。
「正確に死体を見つけられるのは『才能を持つ者』だけだ。それを最後に全部奪い取ってしまうのがこのレースの目的なんだ」
ジョニィの仮説を、ジャイロと妹紅は黙って聞いていた。
地面に這って地図を広げていたジョニィは、体を起こして2人を見る。
「ここで1つの疑問が浮かんだんだ。これは、この『遺体』は一体『誰の遺体』なんだ……2人の意見が聞きたい」
ジョニィの質問に、妹紅は首を横に振る。
「ごめんだけど、アタシには『誰の遺体』なのか見当もつかないね。ただ、死して尚影響を残すほどの力を持っているってのは確かだ」
そう言うと、妹紅はジョニィに背を向けて散らばった荷物を集め始めた。
ジャイロはジョニィの顔をじっと見つめる。
「質問を質問で返すようで悪りィが、ちょっと聞きたいことがある。他の『遺体』も集めるって決めているのか?」
ジョニィは静かにうなづいた。
「既に決心したよ。誰の『遺体』かは知らないけど、ぼくはこれを捨ててしまえばただの負け犬に戻ってしまう……」
握りしめられた左手は、ジョニィ自身の強い意志を代弁していた。
この『ミイラの左腕』ならぬ『遺体の左腕』に気付いた時、ジョニィは自分のなすべきことに気付いたのかもしれない。
「いろんな意味でだ……『途中で逃げ出すただのクズ』に戻るのはまっぴらだ。ぼくは最後まで行く!」
この言葉はジョニィにとっては宣誓だ。
未熟な過去を乗り越え、『マイナス』から『ゼロ』へと立ち戻るための。
さっきまで子どものように涙を流していたジョニィの目は、強い意志を持った男の目になっていた。
ジャイロはその目をじっと見据える。
しばしの沈黙。妹紅が荷物を集める音だけがしている。
数十秒の時間が過ぎて、ジャイロは口を開いた。
「まず断っておくが、あまりオレをあてにするなよ。オレの目的は『遺体集め』じゃないからな」
断りの言葉を受けても、ジョニィの目は変わらない。
一心にジャイロを見据えていた。
「さて、オレ個人の意見を言っておく……テロリストがミイラ化した『遺体』を探すというのなら、その『遺体』には記録がある。調べればわかるんだ……恐らく誰か『聖人の遺体』だろう」
聖人、そして記録があるという言葉にジョニィの耳がピクリと反応した。
「ジャイロー! やっぱり何か知っているのかーッ!」
興奮してジョニィはジャイロを指差した。
「待ちなって! 慌てんな! オタクはよォ! オレ個人の意見だっつってんじゃん。テメー人の話半分だけ聞いて批判するタイプだろ!」
興奮するジョニィをなだめるジャイロ。その様は傍から見るとオヤツを前に興奮する犬をなだめる飼い主に似ていた。
「これはオレの予測だ。だが記録があるというのは本当だ。オレの国には記録がある」
ジャイロはジョニィの左腕を指差した。
正確には、ジョニィの左腕に刻まれた文字を。
「movēre crūs……なぜ腕に書いてあるのか知らねーがこれはラテン語だ。意味は『脚を動かせ』」
ジョニィが読めなかった言葉を、ジャイロはたやすく読んで見せた。
「ラテン語……昔の言語が読めるのか?」
「勉強したからな。ところで知ってるか? 『聖人』とはどのような人間を指す言葉なのかを」
ジャイロの質問を受け、ジョニィは頭の中に教会のステンドグラスに描かれた女性や、ダ・ヴィンチの有名な壁画に描かれた男たちの姿を思い浮かべた。
「いや、マリア様とか、聖ペテロとか……」
「それは完全な答えではない。『聖人』とは死んだ後に『奇跡』を起こした人物の事を指す!」
ジャイロはまっすぐジョニィを見つめながら、そう言った。
死んだ後に『奇跡』を起こす。その言葉にジョニィは衝撃を受けた。
『奇跡』。それは人の力や自然現象を超えた、正に神の力が起こす出来事である。
人の力で『奇跡』を起こすこと自体信じられない出来事なのに、どうやれば死んだ人間が『奇跡』を起こすことができようか。
「いいか、くりかえすぜ……死んだ後にだ! 生きている時だけじゃねぇ。ヴァチカンの法王庁には『規定』があり、死後最低でも2度の奇跡の確認がなされた人物を『聖人』という!」
混乱するジョニィにジャイロはたたみかける。
「だから聖人認定まで何百年も待つこともある。正に偉大中の偉大な人物だ。しかもテロリストがこんなレースを巻き込んでまで捜すなんて聖人の中でも最重要な聖人らしい。
ひとしきり言い終えた後、ジャイロはジョニィの左腕を指差す。
「しかも、聖人の遺体は何百年も腐らない。ちょっと長い話になる。妹紅も座ってくれ」
ジャイロは一息つくと、手近な岩に腰を下ろした。
話に誘われた妹紅も、手近な岩に座る。
「キリスト教徒ならずとも、人々は『聖人』を求める。たとえば西暦828年にイタリア半島の『ヴェネチア』では建国の際に福音書を書いた聖人、『聖マルコ』の遺体を当時ビザンチン帝国のアレクサンドリアから奪い取った。そして守護聖人としてまつられ、海の小さな浮島にできた国家はその後なんと1000年も栄えた」
ジャイロは脳裏に水の都を思い浮かべ、語り始めた。
1000年。その言葉に妹紅は目を丸くする。
「おいおい、江戸幕府でさえ250年ぐらいだろ。どうやったらそこまで長く続けられるのよ」
「それを可能にするのが『聖人の遺体』って訳さ。歴史の表ではやらないが、『聖人』のためなら人は喜んで命を捧げるだろうし、どんな国も『聖人』のために動く。『聖人』中の『聖人』は手に入れた者に1000年の栄光と力を約束するんだ」
「その言い方だと、赤子からボケた老人までが『聖人』のためになんでもするって言いぐさじゃない。少なくともアタシは『聖人』なんかのために命を無駄にしたくはないわ」
キツイ言い方をで反論する妹紅。言い終えた後に、心の中で「命なんていくらでも捨てられるけど」と付け足しておく。
切れ味鋭いナイフにも似た反論に、ジャイロは金色の歯を見せておどけて見せた。
「おいおい、そいつはちょっと極端な話だな……言い方が悪かった。正確には『聖人』を知った者は、『聖人』を手にするためなら何でもするのさ」
ジャイロはジョニィに視線を向ける。
「ちょうど、ジョニィみたいにな」
聖人の話をきき、ジョニィは体を震わせていた。
聖人の力をジョニィは知ってしまった。
動かない足がほんの少しだけ動き、スタンド能力が芽生えた。
遺体の一部分でこれだけの事なのだ。遺体全てを集めれば、どういう事態になるのだろうか。
「もしかしたら、ぼくはとんでもない物を集めているに違いない……左腕! 左腕だけで『爪』が『回転した』。動かない足が『動いた』んだ」
「既に2度の奇跡って訳だ。ヴァチカンの広場でやればそのミイラ、完璧に聖人認定だな」
ジョニィの言葉にかぶせるようにジャイロが冗談を言った。
「聖人ね……でもアメリカに渡った『聖人』なんているのかしら。ハイ荷物」
妹紅は散乱した荷物を元通りにし、ジャイロの分を彼の足元に置いた。
「しかもその『聖人の遺体』が、バラバラになってこの大陸に散らばっている。普通の人ならそんなたいそれたものをバラバラにするなんて罰当たりなことするわけないと思うけどね」
ジョニィの馬に荷物を吊り下げながら、妹紅はシニカルに笑う。
「それについてはオレの国で調べさせりゃ解るかもしれねぇ。『聖人』ってのは多くの人々のためにいる。だから歴史の裏には絶対に埋もれない。記録は必ずある」
ありがとよ妹紅、とジャイロは付け足し、荷物を拾い上げる。
「ここでオレが言いたいのは、アンタが『聖人の遺体』を集めるのはアンタの勝手だからオレは邪魔しないってことだ……だが」
荷物を馬にくくって、ジャイロはジョニィへと向き直る。
にやりと歯を剥いた馬のように笑うジャイロの金歯が、日差しを反射する。
「レースではオレが1位! 2人ともその約束を忘れるんじゃなきゃ、オレと一緒に来ることを許してやるよ」
慣れた手つきで、ジャイロは愛馬にまたがった。
「妥当な条件だ。私は日本に帰るだけの金が手に入ればいいしね」
妹紅はすでに愛馬に乗り、出発を今か今かと待っている。
「行こうぜ、モニュメントバレー……そしてサードステージへ!」
ジャイロの言葉と笑顔を受け、ジョニィは花が咲いたかのようにその表情を明るくした。その表情は一瞬で精悍な男の顔つきに変化し、彼は口笛を吹いて、愛馬を呼び寄せた。
ジョニィが体操選手めいた動きで馬に跨る。少し遠くのところから、揺れるような音が聞こえてきて、その方向を向く。
2つの影が、砂煙を巻き上げている。
ジャイロはイヌイットの遮光器にも似たゴーグルをつけ、太陽光を反射して橙色にまぶしく光る砂漠を凝視した。
1人は額に星模様がある白馬に乗る騎手。ゼッケンは『001』。
もう1人は全速力で走る馬に己の足ふたつで迫る男。
今大会の優勝候補とされる2人であった。
「今すぐ出発だ! ディエゴとサンドマンだ!」
ジャイロは大声を上げて馬に走るように命じた。
今ここで抜かれる訳にはいかない。
すぐにジョニィと妹紅もジャイロの後を追い、砂漠をかけ始めた。
←To be continued...
ジョニィの涙を、熱い風がまるで慰めるかのように撫でた。
さっきまでジョニィを猛烈な勢いでジャイロへと引き寄せていたフックの動きが止まる。
「持って行けよ……持って行けよ! だけどな……すぐにジャイロについてるフックを外して持って行け。さもないと……」
裏返ったこえで喋りながら、ジョニィの左手の爪が回転を始める。
指の上の小さな竜巻が5つ、『ミイラの左腕』に向けられた。
「この『死体の左腕』をぼく自身の手で破壊して粉々にしてやる」
フックが、ゆっくりとジャイロの頭から外れた。
ジョニィの頭を掴む代わりに、2つのフックが『ミイラの左腕』を抱いて羽へと吸い込まれた。
力なくジャイロの体が砂漠に横たわる。
自分の全てを奪われたかのような心地がして、ジョニィは砂漠に顔をうずめた。
ゆっくりと力を込めて、自分の左手を見てみた。
回らない。ジョニィの爪は指先の小さな竜巻を完全に喪失していた。
「止まった……指の回転が……」
ジョニィの腕が、引きつって震える。
「もう、回せない……消えた。ぼくの『能力』が…………」
不死鳥は失敗を恐れない 『牙‐タスク‐その4』OPテーマ Sum41『No Reason』
ttp://www.youtube.com/watch?v=3rIr6ino-cI
嘆くジョニィを尻目に、小僧は猿のように岩を飛び降りた。
「やったぞ」
小僧の手には布に包まれた『ミイラの左手』がある。
「スゲェ! これが『死体』か?」
不思議と、『ミイラの左手』は生き物のように温かみを持っている。
熾火にも似た温かさに、小僧は鼓動の高鳴りを抑えることができない。
「何でみんながこんなのを欲しがるのかわからねぇが……オイラは無敵だ! 無敵でかしこいってことが証明されたんだ!」
『ミイラの左腕』をギュッと握り、小僧は空を見上げる。
「これで皆から認められる! 認められてのし上がっていけるって訳だぜ! 手に入ったぞオォーッ!」
真っ青な空の下、小僧の鬨の声上がった。
「あとは死んでもらうだけだぜッ! まだジャイロが『餌』であることは解除してねぇから……あ?」
有頂天を味わっていた小僧の思考は、たった1匹の馬の足音でかき消された。
「よぉ、テメーがアタシらをさんざ苦しめた奴だな?」
小僧の目の前には赤毛の馬に乗った白い少女がいた。
「モゥクォ・フジャーラノ……」
「おいおい、訛りがひでーな。アタシの名前は藤原妹紅。ああ、アメリカではモコウ・フジワラノって言うんだっけ?」
ありえねー、何かの間違いじゃねーのかと言いたげに小僧は妹紅を見つめた。まるで幽霊が目の前にいるかのような表情を浮かべて。
「馬を落っことされた程度じゃアタシは死なないわよ。ま、どんなことされても死なないけどね」
シニカルに妹紅は笑みを浮かべ、指先に火をつけた。
「さて、落とし前はきっちりつけさせてもらうわ。レア? ミディアム? ウェルダン? それとも消し炭?」
一歩を踏み出し、妹紅は小僧に火を押し付ける。
眼前で揺れる火に、小僧は何もできない。
できるわけがないのだ。何か武器を取り出そうとすればそれよりも早く燃やされるし、頼りの『フック』も、今はジャイロを『餌』にしているので咄嗟に出すことができない。
詰んだ。完全に詰んだ。
「あ、あわわ……」
恐慌状態に陥った小僧の目の前で、火が消えた。
しりもちをつき、小僧は自分に背を向ける妹紅を眺める。
「え? へ? え?」
妹紅の不可解な行動に、小僧は呆然とする。
自分の握りしめる『ミイラの左腕』から風切り音がする事に気付かず、小僧は目を白黒させて妹紅を見た。
「はぁ……1000年近くたってもこういうのは苦手だわ。まあ、自業自得と言えばそうなるけど」
それが、小僧の聞いた最後の言葉だった。
彼が持っている『ミイラの左腕』から回転する爪が飛び出し、小僧の顔に5つの穴をあけたからだ。
「ジョニィ、無事だったみたいね」
妹紅は、砂の上に寝転がるジョニィに『ミイラの左腕』を投げてよこした。
それを見事にキャッチしたジョニィは、妹紅を見上げた。
「無事だったんだね」
「アタシは不死身さ。それよりも、困った。大事な一張羅が台無しよ」
妹紅は苦笑しながら肩を竦め、ボロボロになったシャツを見せつける。
その後ろでは、ジャイロが痛そうに自分のあごを『ゾンビ馬』で縫い合わせていた。
「う~痛てて……あまり『ゾンビ馬』の世話にはなりたくねーな……」
ジャイロは縫い合わせたばっかりのあごを擦りながら、『ゾンビ馬』をポーチに仕舞い込んだ。
そしてジョニィの持つ『ミイラの左腕』をまじまじと見つめる。
視線を向けられたジョニィは、両腕で『ミイラの左腕』を抱え込む。
「ジャイロ……アンタもこの『ミイラの左腕』を狙っているのか……?」
疑いのまなざしをジャイロに突き付けるジョニィ。しかしジャイロは薄ら笑いを浮かべて首を横に振った。
「興味はない……いや、ちょっとあるかなぁ~」
茶化すように言ったところで、ジャイロは急に表情を変えた。
凛とした、まるで神に誓うかのような表情を。
「だが、オレが欲しいのは一着ゴールで得られる我らが国王の『恩赦特権』だけだ」
ジャイロの脳裏に、無実の罪を着せられた少年の顔が浮かんだ。
「……だが話は読めてきたぜ。どっかのテロリストどもは、それをこのオレが隠し持っていると思っているらしいな!」
ジャイロが『ミイラの左腕』を狙っているわけではないと知ったジョニィは、安心した。
自分の左腕に『ミイラの左腕』を押し当てると、それはずぶずぶとジョニィ自身の左腕に沈み込み、一体化する。
「このレースは散らばった『死体』を探すための陰謀だ。間違いなくテロリストと国とレース主催者は繋がっている。じゃなきゃこんな事はできない!」
次にジョニィは自分のバッグの中を探し始める。
「死体の部位は全てそろえると『1人の遺体』となるはずだ……恐らく部位はこのレースの散らばっている。敵はおおよその死体のありかを掴んでいてこのコースを設定したが……」
ジョニィが取り出したのは、セカンドステージの地図。アリゾナ砂漠の町から、モニュメント・バレーまでのコース。
「正確に死体を見つけられるのは『才能を持つ者』だけだ。それを最後に全部奪い取ってしまうのがこのレースの目的なんだ」
ジョニィの仮説を、ジャイロと妹紅は黙って聞いていた。
地面に這って地図を広げていたジョニィは、体を起こして2人を見る。
「ここで1つの疑問が浮かんだんだ。これは、この『遺体』は一体『誰の遺体』なんだ……2人の意見が聞きたい」
ジョニィの質問に、妹紅は首を横に振る。
「ごめんだけど、アタシには『誰の遺体』なのか見当もつかないね。ただ、死して尚影響を残すほどの力を持っているってのは確かだ」
そう言うと、妹紅はジョニィに背を向けて散らばった荷物を集め始めた。
ジャイロはジョニィの顔をじっと見つめる。
「質問を質問で返すようで悪りィが、ちょっと聞きたいことがある。他の『遺体』も集めるって決めているのか?」
ジョニィは静かにうなづいた。
「既に決心したよ。誰の『遺体』かは知らないけど、ぼくはこれを捨ててしまえばただの負け犬に戻ってしまう……」
握りしめられた左手は、ジョニィ自身の強い意志を代弁していた。
この『ミイラの左腕』ならぬ『遺体の左腕』に気付いた時、ジョニィは自分のなすべきことに気付いたのかもしれない。
「いろんな意味でだ……『途中で逃げ出すただのクズ』に戻るのはまっぴらだ。ぼくは最後まで行く!」
この言葉はジョニィにとっては宣誓だ。
未熟な過去を乗り越え、『マイナス』から『ゼロ』へと立ち戻るための。
さっきまで子どものように涙を流していたジョニィの目は、強い意志を持った男の目になっていた。
ジャイロはその目をじっと見据える。
しばしの沈黙。妹紅が荷物を集める音だけがしている。
数十秒の時間が過ぎて、ジャイロは口を開いた。
「まず断っておくが、あまりオレをあてにするなよ。オレの目的は『遺体集め』じゃないからな」
断りの言葉を受けても、ジョニィの目は変わらない。
一心にジャイロを見据えていた。
「さて、オレ個人の意見を言っておく……テロリストがミイラ化した『遺体』を探すというのなら、その『遺体』には記録がある。調べればわかるんだ……恐らく誰か『聖人の遺体』だろう」
聖人、そして記録があるという言葉にジョニィの耳がピクリと反応した。
「ジャイロー! やっぱり何か知っているのかーッ!」
興奮してジョニィはジャイロを指差した。
「待ちなって! 慌てんな! オタクはよォ! オレ個人の意見だっつってんじゃん。テメー人の話半分だけ聞いて批判するタイプだろ!」
興奮するジョニィをなだめるジャイロ。その様は傍から見るとオヤツを前に興奮する犬をなだめる飼い主に似ていた。
「これはオレの予測だ。だが記録があるというのは本当だ。オレの国には記録がある」
ジャイロはジョニィの左腕を指差した。
正確には、ジョニィの左腕に刻まれた文字を。
「movēre crūs……なぜ腕に書いてあるのか知らねーがこれはラテン語だ。意味は『脚を動かせ』」
ジョニィが読めなかった言葉を、ジャイロはたやすく読んで見せた。
「ラテン語……昔の言語が読めるのか?」
「勉強したからな。ところで知ってるか? 『聖人』とはどのような人間を指す言葉なのかを」
ジャイロの質問を受け、ジョニィは頭の中に教会のステンドグラスに描かれた女性や、ダ・ヴィンチの有名な壁画に描かれた男たちの姿を思い浮かべた。
「いや、マリア様とか、聖ペテロとか……」
「それは完全な答えではない。『聖人』とは死んだ後に『奇跡』を起こした人物の事を指す!」
ジャイロはまっすぐジョニィを見つめながら、そう言った。
死んだ後に『奇跡』を起こす。その言葉にジョニィは衝撃を受けた。
『奇跡』。それは人の力や自然現象を超えた、正に神の力が起こす出来事である。
人の力で『奇跡』を起こすこと自体信じられない出来事なのに、どうやれば死んだ人間が『奇跡』を起こすことができようか。
「いいか、くりかえすぜ……死んだ後にだ! 生きている時だけじゃねぇ。ヴァチカンの法王庁には『規定』があり、死後最低でも2度の奇跡の確認がなされた人物を『聖人』という!」
混乱するジョニィにジャイロはたたみかける。
「だから聖人認定まで何百年も待つこともある。正に偉大中の偉大な人物だ。しかもテロリストがこんなレースを巻き込んでまで捜すなんて聖人の中でも最重要な聖人らしい。
ひとしきり言い終えた後、ジャイロはジョニィの左腕を指差す。
「しかも、聖人の遺体は何百年も腐らない。ちょっと長い話になる。妹紅も座ってくれ」
ジャイロは一息つくと、手近な岩に腰を下ろした。
話に誘われた妹紅も、手近な岩に座る。
「キリスト教徒ならずとも、人々は『聖人』を求める。たとえば西暦828年にイタリア半島の『ヴェネチア』では建国の際に福音書を書いた聖人、『聖マルコ』の遺体を当時ビザンチン帝国のアレクサンドリアから奪い取った。そして守護聖人としてまつられ、海の小さな浮島にできた国家はその後なんと1000年も栄えた」
ジャイロは脳裏に水の都を思い浮かべ、語り始めた。
1000年。その言葉に妹紅は目を丸くする。
「おいおい、江戸幕府でさえ250年ぐらいだろ。どうやったらそこまで長く続けられるのよ」
「それを可能にするのが『聖人の遺体』って訳さ。歴史の表ではやらないが、『聖人』のためなら人は喜んで命を捧げるだろうし、どんな国も『聖人』のために動く。『聖人』中の『聖人』は手に入れた者に1000年の栄光と力を約束するんだ」
「その言い方だと、赤子からボケた老人までが『聖人』のためになんでもするって言いぐさじゃない。少なくともアタシは『聖人』なんかのために命を無駄にしたくはないわ」
キツイ言い方をで反論する妹紅。言い終えた後に、心の中で「命なんていくらでも捨てられるけど」と付け足しておく。
切れ味鋭いナイフにも似た反論に、ジャイロは金色の歯を見せておどけて見せた。
「おいおい、そいつはちょっと極端な話だな……言い方が悪かった。正確には『聖人』を知った者は、『聖人』を手にするためなら何でもするのさ」
ジャイロはジョニィに視線を向ける。
「ちょうど、ジョニィみたいにな」
聖人の話をきき、ジョニィは体を震わせていた。
聖人の力をジョニィは知ってしまった。
動かない足がほんの少しだけ動き、スタンド能力が芽生えた。
遺体の一部分でこれだけの事なのだ。遺体全てを集めれば、どういう事態になるのだろうか。
「もしかしたら、ぼくはとんでもない物を集めているに違いない……左腕! 左腕だけで『爪』が『回転した』。動かない足が『動いた』んだ」
「既に2度の奇跡って訳だ。ヴァチカンの広場でやればそのミイラ、完璧に聖人認定だな」
ジョニィの言葉にかぶせるようにジャイロが冗談を言った。
「聖人ね……でもアメリカに渡った『聖人』なんているのかしら。ハイ荷物」
妹紅は散乱した荷物を元通りにし、ジャイロの分を彼の足元に置いた。
「しかもその『聖人の遺体』が、バラバラになってこの大陸に散らばっている。普通の人ならそんなたいそれたものをバラバラにするなんて罰当たりなことするわけないと思うけどね」
ジョニィの馬に荷物を吊り下げながら、妹紅はシニカルに笑う。
「それについてはオレの国で調べさせりゃ解るかもしれねぇ。『聖人』ってのは多くの人々のためにいる。だから歴史の裏には絶対に埋もれない。記録は必ずある」
ありがとよ妹紅、とジャイロは付け足し、荷物を拾い上げる。
「ここでオレが言いたいのは、アンタが『聖人の遺体』を集めるのはアンタの勝手だからオレは邪魔しないってことだ……だが」
荷物を馬にくくって、ジャイロはジョニィへと向き直る。
にやりと歯を剥いた馬のように笑うジャイロの金歯が、日差しを反射する。
「レースではオレが1位! 2人ともその約束を忘れるんじゃなきゃ、オレと一緒に来ることを許してやるよ」
慣れた手つきで、ジャイロは愛馬にまたがった。
「妥当な条件だ。私は日本に帰るだけの金が手に入ればいいしね」
妹紅はすでに愛馬に乗り、出発を今か今かと待っている。
「行こうぜ、モニュメントバレー……そしてサードステージへ!」
ジャイロの言葉と笑顔を受け、ジョニィは花が咲いたかのようにその表情を明るくした。その表情は一瞬で精悍な男の顔つきに変化し、彼は口笛を吹いて、愛馬を呼び寄せた。
ジョニィが体操選手めいた動きで馬に跨る。少し遠くのところから、揺れるような音が聞こえてきて、その方向を向く。
2つの影が、砂煙を巻き上げている。
ジャイロはイヌイットの遮光器にも似たゴーグルをつけ、太陽光を反射して橙色にまぶしく光る砂漠を凝視した。
1人は額に星模様がある白馬に乗る騎手。ゼッケンは『001』。
もう1人は全速力で走る馬に己の足ふたつで迫る男。
今大会の優勝候補とされる2人であった。
「今すぐ出発だ! ディエゴとサンドマンだ!」
ジャイロは大声を上げて馬に走るように命じた。
今ここで抜かれる訳にはいかない。
すぐにジョニィと妹紅もジャイロの後を追い、砂漠をかけ始めた。
←To be continued...