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深紅の協奏曲 ―風に流れる諧謔曲のように 1―

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
「ドッピオー、朝よ、起きなさーい」

 まどろんだ頭に、少女の声が響く。
 まだ重たい瞼を開きながら周りを見る。
 昨日の眠りについた床と同じ場所。違う点は、隣の部屋を仕切る襖が開いており、そこから霊夢が声をかけているところ。
 その霊夢は着替えを済ませ、いつもの脇巫女装束を着、部屋の布団も片付いている。

「んー、もう朝か」
「何寝ぼけてるの、もう朝よ」
「昨日あんなことがあったからか……寝足りない感じが……」

 布団の上で寝ぼけた目を擦っていると、霊夢は手を叩いて急かしてくる。

「日が昇ったらちゃんと起きる。顔でも洗ってきて目ぇ覚ましてきなさいよ」

 ドッピオにタオルを渡すと、掛布団を取り去りそれをたたみ始める。
 結局急かされるままに起こされ、部屋を後にせざるを得なくなった。

「顔洗ったら朝ごはん、準備できてるから来てね」
「ふあー、うん、わかった」

 襖をあけ、外の光がより強く差し込んでくる。
 雲一つない青い空、小さく鳥の鳴き声が聞こえてくる。まるで変わらぬ朝が来たことを感謝するかのように。
 幻想郷は、今日は快晴だった。



「ああ、ようやく来たわね。さ、食べましょ」

 洗顔を終え、居間に来ると朝食の準備を終えて待っていたのだろう。頬杖をついた状態の霊夢がいた。
 ご飯とみそ汁、そして漬物。簡素な朝食が霊夢の前に並んでいる。
 その反対側には、握り飯が3つとみそ汁。

「こっちが、ぼくの分?」
「また大変そうにしてるの見てるのもやだから、おにぎりにしておいたわ。中身はたくあん」
「助かるよ、ありがとう」

 さっそく席に着き、霊夢と対面する。

「「いただきます」」

 一礼。
 出来立ての温かい握り飯をほおばる。塩加減がよい塩梅となっており、口の中で咀嚼をするたびに米の甘みと塩の辛さが混ざり合い、絶妙なハーモニーを生み出す。
 しばらく食べ勧めると、中から固めのたくあんが出てきた。しばらく柔らかい感触だったところに歯ごたえある感触を感じ、食事という行為に楽しみを感じさせる。
 おいしい。

「そういえばさ、今日はどうするの?」
「へ? どうって?」
「昨日の話聞く限り、目的はアリスだったんでしょ? それが済んだんだから、ここにはもう用事がないんだし」

 急に問いかけられ、素っ頓狂な声が出てしまう。
 が、確かに言われた通り。昨日目的は達してしまい、ここに留まる理由はない。

「とはいえ、どこかに行くっていうのもないんだよなぁ……」
「あら、そうなの?」

 自分から振っておいて特に気にする様子もなく、食事を続ける霊夢。
 だが、ドッピオは改めて現在の状況を顧みて、少々困っていた。

「こういう時は大体指示をもらっていたんだけど、ここに来てからは電話がないんだもんなぁ……まずはそれを届けないと」
「そういえばそんなこと言ってたわね、昨日なんか繋がってたみたいだけど」
「うん。きっと渡したい相手はぼくの事を探してるだろうし、ぼくも探したいし、けど……」

 幻想郷の地理はドッピオは詳しくない。おそらくボスも詳しくはないだろう。
 無闇に動き回っても見つけだすことが難しくなるだけかもしれない。

「昨日人里で命蓮寺の人たちと一緒にいたってこと、すぐみんなに知れるかな? ここってそんなに人口多いわけじゃあないんだろう?」
「まあ多くないし、人里はあそこだけなんだし。広まるんじゃないの? 割とみんな退屈してるからね。刺激が欲しいのは多いよ、ここは」

 知識としては知っているが興味はない。そうとも取れるような返し。
 やや不親切ではあるが、おそらくそれが彼女の素なのだろう。昨日の会話からわかることだ。

「それなら、命蓮寺に一回戻ってみようかな。その話を聞いてくる人もいるかもしれないし、戻らずに黙ってどこかに行くのもあれだし」
「ふーん、それなら気を付けてね」
「……霊夢って、優しいんだか冷たいんだかわからないね」
「あら、私は人間の味方よ、いつだって」

 そう言いながら、食後の茶を啜る。
 ドッピオも少し遅れて食べ終わり、同じく茶を啜る。

「「ごちそうさまでした」」

 一礼。


 食後、外に出て命蓮寺に向かう準備をする。
 といってもそれほど荷物が増えたわけではない。アリスからもらった人形二つ。それもそもそも人里で魔理沙からもらった物。
 強いてあげるとするならば、ここで過ごした1日という記憶だけ。

「それじゃあ霊夢。行ってくるね、ありがとう」
「別にいいわよ。次はお賽銭持ってきてね」

 箒を携え、参道を掃除しようという構えで霊夢はドッピオを見送る。
 しかし、昨日も経緯は知らないが早苗に任せていた。本当にやるかは疑問である。

「『見抜け』」

 合言葉と共に、ドッピオの足元に雲が展開される。
 それに乗り込み、次の命令を下せば出発だ。
 その直前に、思い出したかのように霊夢に向かって伝える。

「そうだ霊夢、もしここにぼくを訪ねてる人が来たらここに留まるように伝えてもらっていいかい? そして、ぼくにそれを伝えてもらいたいんだ」
「えー? あなたが会いたいとか言ってた人よね、それ。あなたの行先を伝えればそれでいいじゃない」
「それもそうと言えばそうなんだけど、ぼくはその人の部下なんだ。その人に足を運ばせることはできないよ、緊急とはいったって」
「はいはい。他の所でもそうするつもり?」
「うん、そのつもり。どこかに通信機の片割れを預けたいって気持ちもあるけど、偶然会ったときとかを考えるとどうしても手放せないんだよね」
「ふーん、まああなたがそれでいいならいいんだけど」
「?」

 最後に妙な返しをされたが、とにかく伝えたいことは伝えた。約束を破ったり忘れたりされることはきっとないだろう。
 それに、ボスはこれを伝えなくてもそれを行ってくれる。何となくだが、確証がある。

「命蓮寺へ向かえ」
「野良妖怪に襲われないよう気を付けんのよー」

 適当な見送りの声と共に、再びドッピオは空の旅を始める。
 もう浮かび上がる瞬間の浮遊感に戸惑うことはない。
 人間、意外と気にしなくなるものだな。そうドッピオは感じられた。



 雲は何を思うわけでもなく進む。それはあたかも現実であった車のように。
 もっとも、車は乗員の意思によって精密に動かすことができるもの。
 対してこの雲はあくまで他の者の一部であり、命令を聞いて運ぶだけの物。
 そんな非情な薄っぺらい物に命を預けて飛んでいる。
 もしこんなものが空にたくさん浮かんでいたらどうなのだろう。『障害物を避けて目的地へ向かえ』と命令すればぶつかることなく動くことはできるだろうか。
 それとも乗員に関係なく動き、振り落されてしまうのか。あえなくぶつかり、自由落下の空の旅を迎えることになるだろうか。

「……こっちと違って、あっちは区画されてるし、防御力あるからなぁ」

 何事も、大きすぎるものは統制せねばならない。
 今のように自分一人で空を飛んでいるのであれば何も問題はないのだが、もしこれが現実の車と同じほどの量走っていれば、幻想郷の空は何ともつまらないものになってしまうだろう。
 妖怪は基本的に浮遊できるらしいが、人間はそうではない。どうやら限られた人間たちだけが空を飛べる。
 ……修練次第なのか、先天的な能力なのかは知らないが。これはここの統制者が定めたのだろうか。

「……どうでもいいといえばどうでもいいことなんだけど」

 何故ここに来たかはわからないし、いつまでここに留まればよいかもわからない。
 外に出るには博麗の巫女、霊夢に頼めばできるとのことだが……そんな所にいながらも肝心のボスからの連絡もない。
 あちらが連絡できないのだから、しょうがない。どうにかしてボスに会うことが先決。
 今すべきことは、各所に自分がいることを伝え、自分という痕跡をボスに気付いてもらうこと。
 自分の最善は、ボスのために尽くすこと。それなのだ。

「…………?」

 目視で命蓮寺が見える距離まで来た。
 だが、その方向から、何か小さく悲鳴のような声が聞こえる。
 近づくにつれ、その声はより鮮明に聞こえてくるようになる。
 しっかり彼女と会話をしたことはないが、その声量で記憶には残りやすいその声。



「だーかーらー、私は難しいことを聞いてるわけじゃあないの。ここに外来人が来ているはずだから会わせてって言ってるだけ。オーケー?」
「わかってるよ、でもそんな人はいないんだってば!!」
「いないはずないでしょうよー。最近外来人が来たのってここなんでしょー? 人里であんな堂々とアピールしておいていないとは言わせないよ?」
「そうなんだけど、とにかくいないんだってばー!!」
「あーあ。ヤマビコに聞いても無駄かなー、こりゃ。いないんだってばの繰り返し」
「嘘も言ってないし無駄も言ってないよ! いないんだってば!」

 命蓮寺の参道では、二人の少女が言い争っていた。
 といっても、一方が大声を出しているだけであり、片一方は肩を竦めて呆れたような表情をしている。
 長い髪をツインテールにまとめ、頭には頭巾を乗せている。薄いピンクのブラウスにチェックのミニスカート。
 目を引くのは歯が通常より相当長く、一本だけの下駄。
 確かに昨日まで命蓮寺にはいなかった人物である。

「つーか声ばっかりでかくて頭が痛くなりそうなんですけどー。もう少し小さく喋れないの?」
「あー、そうやってヤマビコを馬鹿にする! そんなに言うと私だって怒るよ!!」
「別に馬鹿にしてるつもりはないわよー、事実言ってるだけだし」

 変わらず大きな声で話し続ける響子に対し、相手はそれをさもうっとおしがる様子。
 遠目からでもわかるその状態、それを見ても自動操縦、引き返すことはできない。

「……嫌なタイミングだな」

 できることならこっそり行きたいが、飛び降りたりしたら、雲山を回収できなくなるかもしれない。もしくはこちらに戻ってくるか。
 まだそれを試していない以上、予想外の動きをして逆に怪しまれるのはごめんである。
 そのままゆっくり、流れをみることにした。

「そうは言うけど声に篭もった感情は隠せないよ! それを返す私なんだからわかるんだからね!
 今は朝だから大きな声で挨拶よ!! 『大声「チャージドクライ」』ッ!!」
「おー? なんだかわからないけどやり合うつもり? いいよ、全力でやってみなよ」

 響子が少し下がり、両手を口に添えると大きく息を吸い込む。
 相手は特に動くわけではなく、互いの親指と人差し指を組み合わせて長方形を作り、そこから響子を除いている。

「距離、被写体、んー、こんなところか」
「~~~~~~ッッ!! ヤッッホーーーー!!!」

 限界まで吸い込んだ息を、自慢の声量と共に吐き出す。
 それと共に響子自身から多数の弾幕と、薄い膜で覆われたような空間が展開される。
 薄い膜の空間は響子自身から相手の少女を取り囲み、弾幕は無作為に飛んでいくがその中で反射を繰り返し、乱雑に相手を狙う。

「この中に入ったが最後、逃げられると思わないでね!」
「はー、逃げる気なんてさらさらありませんですしー」

 少女は小さな動きでそれを避けつつ、腰にぶら下げていたポーチから何かを取り出す。
 その何かを響子に向け、

「ハイ、一枚ー」
「わわっ!?」

 そこからまばゆい光が放たれ、辺りの弾幕をかき消す。
 それに戸惑い響子の集中が切れたからか、膜の結界が破れ、あたりに弾幕が飛び散る。

「……あれは、カメラ? にしては随分……」

 遠目に見ていたドッピオが呟く。昼間だから必要ないと思うが、あの光り方はまさしく写真撮影のそれに近い。
 手にしている物の形はカメラとは随分ほど遠いが。あれでは、どちらかというと電話に近い。

「ううー、何今の……」
「ん、記念に一枚ね。ところで、それで終わりなの?」

 確かに響子に何かが起きた感じには見えないし、そもそも相手は弾を一つも出していない。
 その割には、その一枚を撮られただけで、ずいぶんとへこんでいるように見える。
 そうこうしている内に、雲が地面に着き、小さくなってゆく。
 仕方なく、ドッピオはそこに降り立つことにした。

「あ、お、おかえり……」
「あ、うん、ただいま」

 恥ずかしいところを見られたからか、それとも返す余裕がなくなっているのか弱々しい声で呟く響子。
 できれば避けたかったが、あちらから話しかけられてしまったためにどうしようもできず、とりあえず返すドッピオ。

「あー、見ない顔ね。あ、もしかしてこれが外来人? ならヤマビコの言ってた意味が通るわ。ったく、主語くらいちゃんとつけろっつーに」

 そうぼやきつつ、ドッピオの方に少女―姫海棠はたて―が振り返る。
 先ほどのカメラと思わしき物を手に持ちながら、てくてくと歩いて近づいてくる。

「……君は?」
「先に言っておくけど、別に悪いことはしてないよ? あっちがいきなり仕掛けてきてんだから」
「まあ、それはそのくらいから見ていたからわかるよ。勝負に勝った負けた、それだけだろ?」
「そーいうこと。変に寺側じゃなくていいね。組織っていうのは大体身内をかばうものだから。
 誰だって顔してるし、名前を聞く前に名乗っておこうか。私は姫海棠はたて。あなたからすれば見てわかりづらいだろうけど、天狗よ」
「天狗……? まあいいや。ドッピオ」

 気さくに話しかけてくるが、それでも正当防衛を傘に相手を傷つけることをためらわないタイプだろう。
 少し警戒した様子でドッピオは返す。

「私は花果子念報っていう新聞記事を書いているの。で、何かニュースになりそうなことないかと外を回ってたんだけどさ。なんか新しい外来人が来たっていうじゃない?
 大体外の人っていうのはみんな興味があってね。いい記事になることが多いのさ。で、最近ここに来たっていうから尋ねてきた、ってところ」
「そうかい。けれど、ぼくは記事にされることに興味はないな。それに……」

 断りに言葉を言いかけて、少し考える。
 何か書かれるのは、あまりに目立つから断りたいが、新聞に捜索について書いてもらえるのならありがたいのではないか。
 ……だが、まだその新聞とやらを見ていない。

「何?」
「あ、いや……」
「ん? 記事にされたくないっていうなら私はあいつと違ってそんなに押す気はないけどさ。だったら情報提供だけでももらえない?」

 こっちの思惑を外に、はたてはドッピオの前まで来ると、馴れ馴れしく右肩を抱いて顔を近づける。
 状況が状況なら悪い思いはしないのだが、先からの印象しかない今の彼にはうっとおしいことこの上ない。

「何するんだ、離してよ」
「まあまあ、これなんだけどさ」

 余った左手ではたては手にした手帖から、三枚の写真を見せる。

「ここ最近で何枚か撮れた写真。少なくとも人里、もしくは幻想郷で人間風情が住めそうなところにいるところには見たことない人間。
 だから外来人だと思うんだよねー。けれど特に見られた話なし。同じ外来人でしょ? 何か知らない?」

 その写真には、全てに同じ人物が映っていた。
 派手な髪色、隆々とした見栄えする肉体、それに似合わぬ、恐怖と絶望に彩られた表情。
 見せられた写真の全てに、その男は写っていた。

「!!! ……こ、これ、は」
「ん、やっぱり見覚えある?」

 ドッピオにはその男を見た覚えはない。記憶の片隅にもない。
 けれど、何か『知ってはいけない』と思えるその姿。
 急に頭が重たくなり、左手でそれを支える。

「どったの?」
「これ……いつ、撮ったんだ」
「最近、一週間以内かね。感覚はそんなに空いてることはなかったけど」

 一週間。おかしい、幻想郷に来たのは二日前、だったはず。
 それまで、誰も知らない、はずだ。あの命蓮寺の僧の言葉では。

「他に、何かないのか」
「何かって、さっきからどうしたの急に、気分悪いの?」

 手帖を下ろし、気分悪そうにうつむいているドッピオの顔をはたてが覗き込む。

「うるせえッ!! 質問しているのはこっちだッ!! ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぜ!!」

 豹変。
 突然に怒鳴り声をあげ、同時に迫るはたての顔にドッピオの右拳が飛んでくる。
 覗き込まれた顔に合わせた、顔面の急所を狙った一撃。



「人が心配してるっていうのに。そういう返しはないんじゃない?」

 その拳が空を切る。
 当てるはずだった勢いに任せて、体が捻じれる。

 その隙に揺らいだ左腕を掴まれ、背中まで捻じり上げる。
 同時に立位の中心である足の膝を押され、さらに姿勢が崩れる。

「ぐおっ!?」
「いっちょあがり」

 左腕を捻じられたまま、後頭部を強く押されて地面に倒れ伏す。頭はそのまま強く抑えられて顔を上げることすらままならない。

「(こいつ、あの一瞬で背後に……!)」
「ド、ドッピオ!」
「動くなよ、ヤマビコ」

 先ほどまでの緩い声と違い、相手を射竦める様な低い声で話しかける。
 それは、小動物ならば容易く狩り取れる猛禽、それ以上を思わせるような雰囲気。

「ひっ……」
「さっきもそうだけど、あくまであっちが先に仕掛けてきてるんだから、私に非はないよ。これから何が起きようと」
「何をッ、離せ、このメスが!」

 残った右腕を動かそうとするが、左腕を固められていて大きく動かせない。
 その動きを見て、はたての手が頭から離されて、右腕を押さえつけられる。
 同時に、背中に一点の圧力がかけられる。一本歯の下駄による、踏み押さえ。

「弾幕ごっこはお嫌い? ならそちらに合わせてあげるよ。ルールは何か必要? とりあえず、戦闘不能と感じたら負けでいいかな」

 ごきんっ

「っ、がああああああああっ!!!」
「ドッピオーッ!!」

 言うと同時に、足の踏み付けを強くし左腕を強く上に引き上げる。
 鈍い骨のずれる音と共に、ドッピオの左腕は「伸びてはいけないライン」以上に伸びきる。
 そこまでを見届けるとその手を放して場を離れ、ドッピオを開放する。
 腕は、糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ちた。

「とりあえず一本。大丈夫、外しただけだから戻そうと思えばすぐ戻せるよ」
「がっ、ぐ、おおおおおおおおおぉぉぉっっ!!!」

 離れたところで、悠々と語るが、その眼にはまだ敵対意識は消えていない。口では言うが、まだ危害を加えようとしている眼だ。
 それでも、自分から視線が外れたからか目の前に知り合いが『弾幕ごっこで敗北した時以上の危害』が加えられたことによる心配からか。
 響子はドッピオに縋り付く。

「大丈夫、ねぇ!? ねぇ、わわ、どうしよう……」
「~~~!! うるせぇ、耳元でギャンギャン言ってんじゃねーぞ……!」

 左肩を中心に、全身に痛みが走る。歯を食いしばらなければたまらず涙が、泣き声が出てきそうな、平時活動するうえで全く感じることのない激痛。
 そんな状態だからと言って、今は無様に敵に背を見せてよい状況か?
 否。
 自分の知らない何かと、周りが知らない何かを知っている。それが何かは全く心当たりがないが、とにかく重要なことだ。
 ボスならそう言うだろう。何故だか知らないが確信がある。
 そんな思いが、心配から行動した響子を退ける。

「えっ……? で、でも」
「粋がってんじゃないよ、少年。力の差は圧倒的なんだから素直に謝った方がいいよー。今なら謝罪の言葉一つで許してあげる。私は根に持つタイプじゃないんだ」

 手を唇に当て、それでも姿勢は変えずにドッピオを見つめ続けるはたて。
 一瞬で力の差を理解してしまい、それでも勝てない相手に立ち向かおうとしている彼を、止めるかどうかと悩む響子。
 ドッピオは、よろめきながらも、はたてを強く睨みつける。

「(……!! マジか、でも、『予知』は絶対だ……! それに、この『予知』は!!)」

 右手で髪をかき上げ、一見視界を取り戻すようにも見えるその仕草。
 だが、それこそが彼をただの少年との違いを見せつける所作。
 力なくぶら下がるだけとなった左腕を掴む。先ほどの痛みが、刺激でより強い苦痛となって押し寄せる。

「イグゥアアアアアア!!!」
「!!」
「……、こいつ」

 捻じられ外れた左肩を、無理やりに引き上げ、戻す。
 痛みは最高潮を迎え、そしてまた骨の鳴る音共に薄れていく。
 痛みは残る。だが耐えられないほどでもない。

「前には喉に入れられたハサミを取り出したこともあったか……チクショオ、つくづく痛みには慣れてくるぜ」
「ね、ねぇ、どうするの? 無茶だよ、無茶しすぎだよ!」
「もうお前は問題に入って無い、ここからはオレの問題なんだ。ここまでやられてるんだ、もう侮りはしない」
「……やれやれだわ、天狗も舐められたものね。それとも何も知らないからこそ? 記事にはならなそうだけど、そのまま売り物を捨てるのももったいないね」

 カメラをポーチにしまい、腕を組んで相手を見据える。
 未だ痛みの残る左腕で、前髪をもう一度かき上げる。
 その髪の流れから、映し出される『エピタフ』。
 それは、前向きに戦おうとする自分の姿とそれを受け入れる相手の姿。戦いは、『腕を痛みを耐えてでも戻す』予知を見た瞬間から決まっていた。



「て、寺では殺生は禁止だよー……?」

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