「ヘルミーナ・レント」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
ヘルミーナ・レント - (2011/06/01 (水) 12:26:06) の編集履歴(バックアップ)
HELMINA LENT
- 所属 カールスラント空軍(夜間戦闘航空団)
- 階級 中佐
- 誕生日 7月13日
- 固有魔法 『魔導針』
- その他
- 史上初の夜間戦闘100機撃墜を達成したグレートエース。
- 生まれつきの魔導レーダー能力は決して高くはなかった。
- 創設間もない夜間戦闘航空団に、少しでも適正のある者として招集された。
- 半年ほどは個人としても軍組織としても発展途上の夜間戦闘という場に適応できず、度々昼間戦闘部隊への転属願いを出していた。
- 才能を信じた上官によって慰留され、機材、戦術の充実と共に夜戦眼が開花。
- 1945年にシュナウファー少佐に抜かれるまで、人類1位の夜戦エースであった。
- 真面目で勤勉。黙っていると若干冷たい印象があるが、喜怒哀楽を素直にあらわす明るく外向的な性格。
- 自身が苦労した経験から面倒見が良く、部下を誘って料理やショッピングするのが好きである。
- 恥ずかしいので取材は苦手。
- イメージモデル ヘルムート・レント (1918-1944)
- 撃墜数 110-113(ドイツ空軍夜間第二位)
- その他
- 夜戦パイロットとして宝剣付柏葉騎士鉄十字章を授章されたのはレントとシュナウファーのみ。
- ノイマークのピレネー(現:ポーランド領)出身。
- ルター派の牧師ヨハン・レントの五子として生まれる。洗礼名はヘルムート・ヨハン・ジークフリート・レント。
- 1936年4月1日、17歳10ヶ月で空軍に入隊すると、当事エリート集団であったIII/ZG76に少尉で配属される。乗機はBf110。
- ポーランド戦で初撃墜、以後英空軍迎撃、デンマーク・ノルウェー侵攻でスコアを重ねBf110では数少ないエースとなる。
- バトル・オブ・ブリテンでの大敗から駆逐機としてのBf110の存在価値が乏しくなると、創設間もない夜戦隊の主力として活路を見出され、レントの属するI/ZG76は夜間戦闘部隊であるII/NJG1に改変される。
- 改変と同時に中尉に進級し第6中隊長に抜擢されるが、昼間戦闘と勝手の違う夜間戦闘法に馴染めず、1940年12月、NJG1航空団司令官ファルク少佐に昼間戦闘への転属願いを出すも慰留される。
- 1941年5月11/12日夜に夜間発撃墜を記録し開眼すると、8月30日までに夜間撃墜スコアを7機まで伸ばし騎士鉄十字章を受賞。夜間エースの仲間入りを果たす。
- 1941年11月1日、大尉に進級しII/NJG2飛行隊司令官に昇格、翌1942年6月6に通算スコア42機に達し全軍で98人目の柏葉騎士鉄十字章を受賞。翌1943年1月8日に50機撃墜到達。
- 1943年8月1日、少佐に進級しNJG3航空団司令官に昇格、翌日付で全軍32人目の剣付柏葉騎士鉄十字章を受賞。通産スコアは85機。
- 1944年6月15/16日夜には僅か7分間で3機のランカスターを撃墜し、夜戦パイロットとして初の100機撃墜を達成。この時消費した砲弾は57発に過ぎなかった。
- 同年10月5日昼間、要務の為パダーボルン基地に着陸しようとした乗機のJu88G-6が墜落。同乗者の部下3名は翌朝までに死亡し、レント自身も2日後に病院で死去。
- 死後大佐に進級、空軍葬で生前の功績を称えられた。生涯戦績は1529回出撃(うち夜戦396回)で110機(113という説もある)を撃墜。うち61機が四発重爆。
- 出典 島田フミカネtwitter