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Marching Ever Onward To Tomorrow

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Marching Ever Onward To Tomorrow  ◆.WX8NmkbZ6



 殺し合いの開始から丸一日と少し。
 時刻は黎明、未だ夜は深く朝は遠い。
 会場を照らし出す満月と瞬く星々の輝きは、殺し合いとは無関係と言わんばかりに鮮やかだった。

 生存者十名、うち脱出せずに残っている者は八名。
 会場に戦う意志のある者はいなくなり、一台の車のエンジン音だけを残して静まり返っていた。

 しかし一人の悪意に満ちた参加者の求めに応え、会場は動き出そうとしていた。

 会場にいる者達よりも遙か高みに立った怪人が笑う。
 己の強さと絶対の摂理を信じた、幕末の亡霊。
 志々雄真実は、下界の者達を嘲笑った。

 会場に残る者達が思い知らされるのは、もう暫し先の事である。


「ここらで本格的に組む気はねぇか」

 薔薇水晶と志々雄の会話は続いていた。
 薄く、余裕のある笑みを張り付ける志々雄と無表情の薔薇水晶。
 互いに腹を探り合う。

「貴方の目的は、全てを手に入れる事。
 私の目的とは一致しない」
「そうでもねぇさ。
 少なくとも、俺はあの連中よりは物分かりがいいと思うぜ」

 会場に残っている者達。
 シャドームーンとの協力が決まり翠星石雪代縁もいなくなった今、志々雄が手を加えない限りあの集団はもう崩れない。
 首輪を外してこの『アジト』に到達し、全てを終わらせようとするだろう。
 シャドームーンは薔薇水晶を完全に敵と見なしており、他の者達も翠星石を放置しようとはしないはずだ。
 薔薇水晶にとっては確かに、どう転んでも邪魔な存在だった。

「お前にとって損な取引にはしねェ。
 何なら、ローザミスティカに関してはお前にくれてやってもいいんだぜ」
「……?」

 際限なく貪欲に力を求める、全てを手に入れようとする男。
 薔薇水晶が志々雄の性質をそう捉えている。
 故に、この譲歩は志々雄らしからぬものであり、関心は抱くもののすぐに食い付く事はしない。

「それぐらいの譲歩は構わねえさ、そこでケチケチするような狭い器を生まれ持った覚えはねえ。
 お前はあの連中よりよっぽど見込みがあるしな」
「……」

 薔薇水晶は表情を崩さないまま考える。
 確かに相互に利益のある話だが、志々雄を信用出来るのか。

「組むったって、何もあの連中みてえに仲良しごっこをしようってわけでも戦えってんでもねえさ。
 むしろてめえが戦う時には手伝ってやるぜ。
 代わりに会場の行き来の送り迎え、それにちょっとした『おつかい』を頼みたいってだけだ」
「…………私は、中立」

 先程は利害の一致によりアジトと会場の間の移動を手伝いはしたが、それだけだった。
 志々雄の提案に揺れはしたものの、これ以上一人の参加者に荷担する決断は、薔薇水晶には出来ない。

「いいじゃないか、薔薇水晶」

 その時、少年の声が薔薇水晶の背を押した。
 振り返った先にいるのはウェーブのかかった長い髪を床に引きずらせた子供。
 薔薇水晶と大差ない背丈しかない幼子、その外観に見合わぬ老獪さを併せ持った主催者が、志々雄と薔薇水晶の間に立つ。

「君が率先して参加者を殺して回るようでは、僕も困ってしまうけど。
 志々雄にそれぐらい手を貸しても僕は怒らないよ。
 君が志々雄とどんな契約を結ぼうと……ね」

 V.V.と志々雄の間で、薔薇水晶は悩む。
 そして幾つかの言葉を交わし、出現させた水晶の中へ消えた。


 上田次郎はヴァンに対し、C.C.と縁の遺体を移動させたいと強く求めた。
 カズマ達の時と同じく、野晒しには出来ない。
 しかしヴァンはほとんど興味を示さず、最終的には上田が一人で屋内へ運ぶ事になった。
 病院まで運ぶ予定だった真司と水銀燈の遺体も合わせ、四人。
 汗だくになって動き回る上田には、車のボンネットに腰掛けてぼんやりしているヴァンの胸中は分からない。
 ただ、責める気にはならなかった。

 四人を民家のソファーやベッドにそれぞれ安置し、手を合わせて一息。
 きちんとした弔いには程遠かったが、少しだけホッとした。
 それに手放しで喜べる結果ではなかったものの、この会場にはもう殺し合いに乗った人間はいない。
 丸一日求め続けていた安全がここにはある。
 上田は今までよりも少しだけ軽い足取りで車に戻った。

「そう言えば……」

 ふと縁のデイパックの存在を思い出す。
 殺し合いの脱出に繋がる物を所有していると、狭間から聞かされていた。
 上田は胸を期待に満たして周囲を見回す。
 目に留まったC.C.や縁の所持品を手早くデイパックにしまうが、肝心のデイパックが見当たらない。
 ヴァンによれば縁は戦闘の最中にデイパックを手放しており、隠す暇はなかったはずだ。

「どういう事だ……?
 この私が探しても見つからないとは……」

 歩き回る事十分程。
 デイパックは終ぞ、発見出来なかった。


 志々雄と薔薇水晶の襲撃の後には六人の参加者が残っていた。
 パソコンを操作する狭間偉出雄。
 その傍らで画面を覗き込む北岡秀一
 付近の民家に台所を借りに行った柊つかさに、単独行動をさせまいと付き添ったストレイト・クーガー
 意識を失ったまま目を覚まさないジェレミア・ゴットバルト
 そして瓦礫に腰掛けて休息を取るシャドームーン。
 研究所に向かうという目標こそ立っているものの、彼らはまだ動かない。
 クーガーと入れ違いになってしまった上田達三人を待っているのだ。
 無闇に探し回るよりも、探知機を持った彼らに合流を委ねた方がいい。
 付近の民家前に停めてあったミニクーパーは北岡が運転し、すぐに乗れる位置に移動させていおいた。

 狭間は作業の手を止めて目を閉じた。
 ふ、と小さく溜息を漏らす。
 魔法の連続使用による疲労もあるが、これは落胆によるものだった。
 竜宮レナを看取って以降、目の前で死なせてしまった城戸真司、連れ去られた翠星石。
 そしてパソコン画面に浮かぶC.C.と縁の死亡表記。
 レナへの誓いに反し、参加者は見る間に数を減らしていく。

 クーガーを含めた多くの参加者がこの場で戦闘を繰り広げていたにも関わらず、クーガーを探しに行った者達は未だ戻らない。
 道中で何かあったのは分かっていたのだ。
 だからC.C.と縁の死という結果に驚きはなかった――しかし胸に湧く無力感は抑えられない。

 魔神皇ではなく魔人皇。
 人を信じ、人と共に生きると決めた。
 だが成し遂げられた事は未だ少ない。

「何度も言うようだけど、あんまり根を詰めて考えない方がいいんじゃない?」

 狭間の様子を察したようで、北岡が軽い調子で言う。
 行動を共にするようになってまだ数時間にしかならないものの、こうして良く声を掛けてくる。
「随分、私に気を遣うのだな」
「ホントはこういうの、俺のキャラじゃないんだけどね。
 狭間が死んだら俺達詰むんだし、しっかりしてもらわないと」
 北岡はわざとらしく打算的な話を加えてさらりと返してきたが、狭間の心は晴れない。
 レナは真紅やC.C.と親しかったと聞いている。
 真紅の姉妹である翠星石との和解に失敗し、C.C.らが別行動を取るのを止められなかった。
 殺し合いに乗っていた縁にしても、レナならばやはり元の世界への帰還を願ったのではないか。

「貴様も、クーガーも、ジェレミアも。
 この一日、ずっとこんな思いでいたのだろうな」

 狭間が歩み始めたのは余りに遅い、第三放送前後の事だった。
 対して今残っている者達は殺し合いが開始された頃から戦い、無力を噛み締めてきたはずだ。
 狭間は自身の選択を恥じ、悔いる。

「色々あったし、否定はしないけどさ。
 でも、狭間が今それを気にしたって仕方ないじゃない」
「……そうだな」

 確かにこれ以上はただの愚痴で、甘えにしかならない。
 北岡は「それより、」と話題を切り替えた。

「研究所に向かうのはヴァン達が戻り次第?」
「……いや、つかさの調合が終わるまでだ。
 休憩も兼ねてもう暫く留まる事になるだろう」

 目を覚ましたつかさは北岡から事情を聞くと、ジェレミアのデイパックから一つのアイテムを取り出した。
 琥珀湯、という名の錬金術で調合した薬品。
 アイゼル・ワイマールが作ったというそれを、つかさは狭間に差し出した。
 言われるままに口にすると心が落ち着き、消耗した魔力が回復するのが分かった。
 どうやらチャクラポットと同様の効果が得られるらしい。
 それを伝えると、つかさはそれを量産すべく民家に篭もった。
 その際に、今ある材料で作れるだけのものを作るので時間が欲しいと言っていた。

「志々雄は今、デッキを使えない。
 主催側も翠星石の時のようなイレギュラーがない限り、率先して介入してくる可能性は低い。
 ひとまずつかさの作業を待ってもいいだろう」

 どういうわけか志々雄は主催側の者と手を組んでいるらしい。
 そこで驚異となるのはその戦闘力だけでなく、神出鬼没であるという点だ。
 鏡面さえあればそこが出入り口となってしまう。

「確かに休んでようが移動してようが来る時は来るんだから、今ぐらい休んでもいいかもね」

 やれやれ、と北岡が肩を竦めて適当な瓦礫に腰掛ける。
 つかさの調合が終わるまで、まだ時間があるようだった。


 翠星石に友人達の事や『本当の事』を指摘され、つかさはただ涙を堪えていた。
 それ以外何も出来なかった。

 あの時ジェレミアが真っ先に激昂したのは、つかさの為だ。
 北岡が敢えて翠星石に嫌な言い方をしたのもつかさの為。
 今まで通り、つかさは守られていた。
 本当は、つかさ自身が翠星石に向かい合い、言い返さなければならなかったのに。

 けれど、どうすれば良かったのかは未だに分からない。
 あの病院で罪を認めた結果、ジェレミアと衝突した。
 ロロ・ランペルージの神経を逆撫で、アイゼルが死んだ。
 一時的であれ罪を伏せた時は、レナの疑心暗鬼を加速させてしまった。
 翠星石にも結局罪を隠した形になるが、彼女とも分かり合えなかった。

 どうすれば良かったのか。
 今、ただ分かる事は。

 つかさが目を覚ました時、隣りにジェレミアがいた。
 騎士服には新たな傷が刻まれていて、名前を呼んでも目覚める気配がなかった。
 すぐ近くにいた狭間の端整な顔は青ざめ、細い体はますます細く見えた。
 北岡も平静を装って話をしてくれたが、やはり声や表情に疲れが表れていた。

 自分の煮え切らない態度と無力さが、何ら事態を好転させなかった事は良く分かった。

 つかさは北岡から事情を聞き、琥珀湯の有用さを確認してすぐに民家に篭もった。
 メタルゲラスの装甲板、その角と爪、薬材料、エンドオブワールドの不発弾。
 ジェレミアのデイパックに入っていた材料とその分量を確認してから、作るものを考える。
 アイゼルのレシピにはそれなりの種類のアイテムの調合方法が書かれているが、今回はそちらには手を出さない。
 作るのは、アイゼルと共に一度作った琥珀湯とリフュールポットとフラム。
 初めて作るものに挑戦して失敗している時間はないのだ。
 それにどれも狭間の疲労を軽減するのに必要なアイテムであり、無駄にはならない。

 薬を混ぜ、容器に移していく。
 リフュールポットに至っては調合は三度目になるので、落ち着いていれば失敗はない。

「つばささん、俺はその錬金術というやつの事を全く知らないんですが――」

 つかさの背後から声を掛けてきたのは、台所に隣接したリビングのソファーで休んでいたクーガーだ。
 それに対してつかさは「何ですか?」と、手元から目を外さずに応える。

「その手付きで器具を扱うのは危ないですよ」

 ガシャン、と空のガラス容器が床に落ちて割れた。
「あ、あわわわ、」
「あー、いいですいいです」
 いつでも動けるようにと靴を履いたままだったので足に怪我はなかった。
 走り寄ってきたクーガーが床に膝を着けて大きい破片だけ片付け、つかさは作業を続けながら謝罪した。
「すみません……」
「気付いてます?」
「え?」
 クーガーはしゃがんだまま、顔を上げて話を続ける。
 つかさはクーガーの視線から逃げるように、手を動かし続ける。

「手、まだ震えてますよ。
 それではまた落としてしまう」

 つかさは今度こそ作業を止めた。
 両手を強く握り締めてみるが、やはり震えは止まらなかった。

「ご、ごめんなさい……しっかりしなきゃって、分かってるんですけど……」

 何とか落ち着こうと深呼吸をしてみるが、心臓の音が大きくなり、掌にじわりと汗が滲む。
 幾ら息を吸っても胸が苦しい。
 そこでクーガーは立ち上がり、つかさの肩を掴んだ。

「はいはーい。
 肩の力、抜いて下さーい。
 緊張してますね、薬品を扱ってるからですか?
 それともさっきの志々雄の顔が怖かったとか?
 はたまたもしや俺と二人っきりの状況で大人の階段を上る心の準備を」
「ち、違います!
 志々雄さんは確かに怖かったですけど、そうじゃなくて、」

 つかさの必死の否定に、クーガーは落胆の表情を見せて肩を落とす。
 それを見て「そういう意味じゃないんです!」と慌ててフォローをしてから、大きな溜息を吐く。
 震えは少しだけ小さくなっていた。

「……焦ってました。
 ちょっと落ち着きました、ありがとうございます」

 頭を下げるつかさに、クーガーは一つ頷いて立ち上がった。
 猫背気味ではあるが、その背丈はつかさよりもずっと高い。

「貴女は周りを良く見ている――疲れていないか、困っていないか。
 こんな状況で独りよがりにならないで他人の事を考えられるというのは、立派な事ですよ。
 錬金術なんてものまである」
「それは、周りの人達がいたからです。
 錬金術だって、アイゼルさんが」

 守ってくれる人達がいた。
 その人達がいたから周りを気にする余裕がある。
 そもそもルルーシュ殺害後に北岡達に出会えなければ、きっとどこかで独りで死んでいた。
 今かろうじてやれる事があるのも、アイゼルが自分の我儘に応えてきちんと技術を伝えてくれたからだ。
 話している今もこうして、クーガーが弱音に付き合ってくれている。
「つばささんはそれを自覚してその人達に感謝している、素晴らしいじゃないですか。
 その気持ちを忘れずに、人に伝えていけばいいんですよ」
「伝える?」
 聞き返すつばさの前で、大仰に両手を広げてみせるクーガー。
 つかさも続きが気になって聞き入ってしまう。

「お返しというやつは、必ずしもその相手にしなきゃならないものじゃないんです。
 貴女が優しくしてもらったというのなら、元の世界に帰ってから周りの人達にたくさん優しくしてあげて下さい」

 つかさは元いた世界の事を思う。
 双子の姉――妹が、一番親しい友人達が、いなくなってしまった世界。
 寂しくなってしまった世界。
 そこに帰った後の事までは、まだきちんと考えていなかった。

「帰った後だって、人生幸せな事ばかりじゃありません。
 でも大勢の人に助けてもらったつばささんだからこそ出来る事がきっとあります」

 家族に、他の友人達に、何から話せばいいのか。
 二人も人を殺した自分がどんな人生を歩むのか。
 不安や悲しみや後悔が渦巻いていた道に、少しだけ光が差した気がした。

「そしてそれは周りの人から更に周りの人へ、次の世代やそのまた次の世代に繋がっていく。
 それが人間というもので、文化というものですよ」

 クーガーが目元に手をやり、空振りする。
 恐らくサングラスがなくなっている事を忘れていたのだろう。
 その様子に少しだけ笑ってしまってから、つかさは「ありがとうございます」ともう一度頭を下げた。

「私は頭が良くないから、まだ分からない事ばっかりです。
 でも今は皆と一緒に帰る為に、もうちょっとだけ頑張ります」

 今やれる事を頑張る。
 結論は結局今までと変わらないけれど、そこに向かう為の心境をほんの少し変化させた。
 作業を再開する――が、その前に気になっていた事を口にする。

「少し、変わりました?」

 つかさとクーガーが過ごした時間はそう長くない。
 しかし以前と纏う空気が変わったような、そんな気がしたのだ。

「まさか!
 俺は俺ですよ」

 それをクーガーは即座に否定した。
 話が済んだ事を示すように台所を離れ、背を向けたまま一言だけ付け足す。

「少し、新しい隣人の考え方に感銘を受けたただけです」

 頭に疑問符が浮かぶが、つかさは追求しない。
 ただ、その隣人はとても素敵な人なのだろうと思った。



「今回俺は随分説教臭くなっているがこれではまるでおっさんだ、これは俺が速さを求める余り行きすぎて老けてしまったという事なのか!?
 いやいやそんな事はない、俺はまだまだ恋をしたいお年頃だしピチピチの二十一歳、年齢よりちょっぴり上に見えるというだけでおっさんの域には達していないはずだ!
 現に俺よりもおっさんと呼ぶにふさわしい連中が外に」

 一人喋り続けるクーガーを余所に、つかさは調合を進めていく。
 震えはなく、慣れがある分これまでよりも手際よく出来ているぐらいだった。
 程なくして錬成に使った素材は綺麗になくなり、代わりのアイテムが出揃った。

 唯一手付かずで残った角と爪は、北岡が持つデルフリンガーの残骸と組み合わせれば武器に出来るのではと考えた。
 しかし、想像で終わってしまう。
 アイゼルは生前、この角と爪の加工には特殊な施設が必要だと説明していた。
 施設、それにつかさ自身にそこまでの知識も技術もない以上、今は実現させられそうにない。

 調合を終えたアイテムを手に狭間達のもとへ戻る。
 そこには既に上田達が帰ってきていた。


 ミニクーパーの隣りに車を停め、上田達は狭間と北岡に出迎えられた。
 すぐ傍にいるシャドームーンの視界に入らないようヴァンの影に隠れ――もとい行動出来るように待機しながら、ここで何が起きたのか説明を受ける。
 その後で上田の方も自らの体験を詳細に説明しようとしたのだが、狭間は「おおよそ把握しているから不要だ」と一刀両断した。
 そもそも狭間が学生の身分である以上、「教授」或いは「先生」と呼んで敬語で接するべきではないか。
 これではフランス人の女性記者と共に愛と希望の物語を紡ぎ、ローマの温泉に再び革新を起こす上田も形無しである。
 しかしそれを口にするには狭間の視線が余りに鋭く、黙って大きな図体で体育座りをして落ち込むしかなかった。
 露骨なヘコみ方をする上田に、狭間は「C.C.を犠牲にしてしまった事は申し訳なく思っている」とフォローする。
 そして、話題は縁のデイパックへと移った。

「見付からなかった……暗かったとは言え、見落としは有り得ない。
 日本橋署で警部補として勤務していた事もある私の観察眼をもってしても、どこにもなかったんだ」
「そうか」

 やはり短く会話を終わらせ、難しい表情で考え込む狭間。
 彫像のように白く整った顔立ちに憂いが差し、同性の上田でさえ美しいと思ってしまった。
 対抗して上田も精一杯のアンニュイ顔で俯いてみるが、誰も見ていないようなのですぐにやめた。

 狭間が中心となって支給品の整理が始まり、指示に対して上田も粛々と従う。
 途中からつかさとクーガーも合流してアイテムが追加され、支度が整った。

 北岡がデッキを窓に映すと、腰にベルトが装着された。
 戦闘から一時間以上――志々雄もまた変身出来るようになったという事だ。
 折角の安全がまた去ってしまったのを悲しみながら、上田はすごすごと車へ向かった。


 薔薇水晶がnのフィールドへ消えた後、V.V.は歩を進めて志々雄の目前へ立つ。
 そして志々雄見上げながらふっと微笑む。

「雪代縁が死んで『マーダー』がいなくなった今、君が動き出す頃合いだとは思っていたよ。
 試し斬りに彼らを使ったという事は、君は優勝を目指していると捉えていいのかな?」
「少し違うな。
 俺の目的は国盗り、あの連中はその余興。
 露払いの結果優勝しちまうってだけの話さ」

 その余興も楽しませてもらうがな、と付け加える。
 既に生存者の中に志々雄の配下に相応しい者はおらず、生かしておく理由がない。
 かといって全滅させる為に力を尽くすような真似もしなかった。
 国盗りと明治政府への復讐を同時に楽しんでいたのと感覚は変わらないのだ。
 余興であり、前座であり、遊びであり――しかし油断はしない。
 そんな志々雄の姿勢を確認して満足したのか、V.V.は肩を揺らして笑っていた。

「それにしても……観柳の説明。監視カメラの映像。
 一通りこの会場について見聞したが、随分立派なもんだな」
「気に入ってもらえたようで何よりだよ」
 続いて交わされるのは何気ない雑談。
 雑談に見える会話。

「お前が幾つか持ってる『隠し玉』の事も聞かせてもらったぜ。
 それも実物が堂々と設置されてるとあっちゃあ、俺も黙ってはいられねえな」

 しかしこれは、交渉だ。
 「俺に寄越せ」と乾いた唇が紡ぎ出す。

「気になっちゃあいたんだ。
 てめえの『誰にでも優勝の機会はある』って言葉はただの挑発じみちゃあいるが、妙に嘘くささがなかった。
 初めから用意してたんだろ?
 『圧倒的弱者でも戦況を覆すような品』をな」
「……ははっ。
 そうか、志々雄真実……確かに君なら気付いてもおかしくなかったね」

 志々雄の追求に動じる事もなく、V.V.もまた笑う。
 それは少年の姿に似合わぬ、少なからぬ狂気を混じらせた笑顔だった。

「そうだね……全部は渡せないけど、幾つか譲ってあげるよ。
 君に返すものもあるしね」
「随分あっさりしてるな」
「ふふ……確かに。
 だから幾つか条件を出すよ」

 もったいぶりながら、少しいたずらっぽく。
 V.V.は両手を背中側で組み、その場で軽いステップを踏みながらくるくると回る。

「君は脱出に成功した。
 僕らに『選択』を見せてくれた。
 だから僕は君の要求に出来る限り応えたいと思っている。
 けれど、同じ条件の参加者がもう一人いるだろう?」

 堪え切れなかったのか、V.V.の口から吐息と共に乾いた笑い声が漏れる。
 志々雄の威圧もどこ吹く風と、軽くいなしながら。

「翠星石にも聞いてくるよ、要るか要らないか。
 もしかしたら奪い合いになるかも知れないけど、君はそれで構わないだろう?」

 V.V.の試すような視線。
 下から覗き見る目は、志々雄の答えを待っている。
 値踏みするような態度を、志々雄は笑い飛ばした。

「はっ、望むところだ」

 そこで丁度薔薇水晶がnのフィールドから戻る。
 そして彼女が持ち帰った品を受け取りながら、誰に対してでもなく呟いた。

「選べるもんなら、な」


 ジェレミアを起こそうと、眠ったままの彼に向かって歩き出していた狭間はその足を止める。
 初めは微かな振動だった。
 地震かと思われたそれは次第に大きくなり、同時に西の方角から音が近付いてくる。
 車のエンジン音よりも大きく、豪快に、速く。
 地面と空気の両方から伝わる震えに、ジェレミアの意識が覚醒して跳ね起きた。
「狭間、これは――」
 ジェレミアが言いかける。
 心当たりがあったのかも知れないが、それよりも音源の接近の方が早かった。 

 道路の遙か先に見えたものは白く、人の姿をしていた。
 だが人ではない。
 それは、人よりも遙かに大きい鋼鉄製の体。



 踝部分に取り付けられたランドスピナーという車輪によって、足を動かす事なく疾走する。
 人型自在戦闘装甲騎、有人ロボット兵器KMF(ナイトメアフレーム)。
 その中でもこれは、ルルーシュとC.C.が契約を交わした運命の日に導入されたもの。
 動力源となるサクラダイトの量は従来のKMFの比ではなく、各地の戦場で数多のKMFを屠り恐れられた。
 特別派遣嚮導開発部という研究機関で開発された特別な機体。



 型式番号Z-01、円卓の騎士にあやかったその名をランスロットという。



 ジェレミアがつかさの、ヴァンが上田の、クーガーが北岡の襟を掴む。
 そして狭間とシャドームーンも跳び、全員が道路の中央を蹂躙していくランスロットの巨体を回避した。

 一同の居た地点を通過したランスロットは方向転換し、ランドスピナーで地面を削りながら停止。
 そしてずるりと、傍らの建物の窓ガラスから包帯に覆われた手が伸びる。
「貴様の差し金か、志々雄……」
 狭間が苦虫を噛み潰したような表情で憎々しげに言う。
 魔人皇に威圧された志々雄は、なおも悠々とした態度を崩さないままnのフィールドから全身を晒した。
 それに続いて薔薇水晶が姿を見せ、志々雄の後ろに控える。

「俺が用意してやった余興は、どうやらお気に召さなかったらしい」
「志々雄真実」

 狭間の前に進み出たのはジェレミアだった。
 斬り掛かろうという構えはまだとっていないが、殺気が伝わってくる。

「よう、くたばり損ない」
「あの機体に乗っているのは、誰だ」
「……ククッ」

 志々雄の挑発を無視してジェレミアが問う。
 握り締めた拳を震わせるジェレミアに対し、志々雄が返すのは嘲笑。
 ジェレミアの問い掛けの意味を知る者は、ランスロットの知識を持つこの両者しかいない。

「わざわざこの俺にそれを聞こうってのか?
 もう察しはついてるようじゃねえか」

 狭間も怪訝な表情を浮かべる中、志々雄が着物の袖口からアイテムを取り出した。
 志々雄は一層口元を歪ませ、一同を見下ろしながらそのパイロットの名を告げる。


枢木スザクだ」


 志々雄の手にあるそれは、さざなみの笛。
 鷹野三四がアジトから持ち出した死体を操る道具。
 雪代縁の手に渡っていたはずの品。
 誰もが息を飲み、数秒呼吸を忘れた。
 ジェレミアの殺気が膨れ上がる。

「貴ッ様ぁああ!!!!」
「やはり貴様が持っていたか……!」

 ジェレミアが刀に手を掛ける。
 狭間も腕を振り上げて魔法を行使しようとし、クーガーやヴァンも臨戦態勢に入る――

――その瞬間を図ったように、東から閃光が放たれた。

 その方角だけが昼と見紛う程の明るさに包まれ、数秒遅れて耳をつんざく爆音が届く。
 目を焼く光と鼓膜を揺さぶる音、全身に響く振動で一同は再び動きを止めた。
 視線だけを東へ向ければ、一角から火の手が上がっている。

「“らんすろっと”だけじゃあ華が足りねえからな、もう一品持ってきてやったぜ。
 今のは俺の『船』の試し撃ちだ」

 腕を組み、誇るように語る志々雄。
 状況は全て志々雄の手の中で動き、狭間すら動くのを躊躇った。

「沈んじまった俺の煉獄をV.V.が回収、改造した戦艦。
 名付けて“煉獄・改”……ま、こっからは見えねぇが。
 準備が出来次第、本格的に砲撃開始だ」

 一同は動けない。
 志々雄という実力者、その背後にいる薔薇水晶に鉄の巨体ランスロット、そして新たに現れた煉獄。
 だが続く言葉によって、一同に掛けられた呪縛が解けた。


「攻撃目標、『研究所』」


 志々雄の意図を理解するよりも早く、速く、動き出す。

「ラディカル・グッドスピードっ!!!」

 並べて駐車されていたミニクーパーと君島の車がクーガーのアルターで同化、紫の装甲を纏う一台の大型車となった。
 状況についてこれずに呆然としていた上田とつかさを後部座席に放り込んだ後、クーガーはエンジンを掛ける。

「アギダイン!!!」

 狭間の手から放たれた複数の火球がランスロットに襲い掛かる。
 だがランスロットが両腕を交差させると薄緑の透明な縦が出現し、余さず弾かれた。
 それでも狭間はアギダインを重ねて唱え、ランスロットに攻撃へ転じる余裕を与えない。

「貴様、よくも……よくも枢木を……ッ!!」

 贄殿遮那とヒノカグツチが鍔迫り合いになる。
 ジェレミアが既に一度敗北した攻防であり、ジェレミア自身もここでも勝敗は変わらないだろうと理解しているはずだ。
 理解していても、収まらない。
 しかし怒りを露わにするジェレミアに対し、志々雄の表情は涼しげなままだ。

「G-9」

 そして志々雄の口が、ゆっくりとそれを発音する。
「そこにぶいつうからの『ぷれぜんと』がある」
「何を馬鹿な事を、」
「力が欲しけりゃ素直に縋るこった――『あの病院』と同じ轍を踏みたいなら、話は別だがな?」
「ッ!!!」
 持ち前の洞察力、そして会場内外で得た情報。
 それらによって志々雄は相手の心理を読み取り、『嫌な一手』を打つ。
 力だけではない、頭脳をも持ち合わせた生まれながらの悪。

 だが狭間とてジェレミアの事を知っている。
 付き合いが短くとも会話は重ねた。
 ランスロットへアギダインを唱える手を止めないまま、その背に向かって叫んだ。
「ジェレミア、退け!!」
 ジェレミアの反応は早く、指示を受けて即座に後方へ跳んだ。
 この一日で失敗と後悔を重ねたジェレミアに、仲間の声が届かないはずがないのだ。
 ランスロットに向けていた火球のうちの一つがジェレミアと志々雄の間に着弾して追撃を阻み、その間にジェレミアは車まで後退する。

 それらの攻防と平行していたのが薔薇水晶の行動。
 背後で泥水の如く澱む窓ガラス――nのフィールドへの撤退だ。
 それを、彼らは見逃さなかった。

 無表情だった薔薇水晶の目が僅かに見開かれる。
 左右から攻め込んだのはヴァンとシャドームーン。
 他の者達が志々雄やランスロットに目を奪われる中、この二人だけは薔薇水晶を狙っていた。
 シャドームーンは何度も彼女の逃走を許している故に、そしてヴァンは真っ先に逃げようとした彼女に反応した。

 先の戦闘で薔薇水晶はシャドームーンをあしらっていた。
 だがシャドームーンはただ強大な力を持つだけの存在ではない。
 マイティアイにより観察した情報を改造された脳で処理、それを更に並外れた戦闘センスで駆使する事にある。
 そのシャドームーンが薔薇水晶と交戦するのは既に三度目であり、動きを読み切っていた。
 ヴァンも連戦によって感覚が研ぎ澄まされたまま。

 地面から幾つも突き出す巨大な水晶。
 それを掻い潜って蛮刀が薔薇水晶の二の腕を、水晶を砕いて突破したサタンサーベルが彼女の頬を掠めた。

 掠めただけだった。
 だがドレスが裂け、陶器のように滑らかな肌に毛程の微かな傷が生じた。
 薔薇水晶は出現させた剣で次々に襲いかかるサタンサーベルと蛮刀を弾くものの、次第に捉え切れなくなっていく。

「潮時だ」

 窓ガラスから出現した黒の暴龍が牙を剥き、ヴァンとシャドームーンに襲いかかる。
 二人は後退を余儀なくされるがそれ以上の攻撃は行われなかった。
 志々雄と薔薇水晶、そして黒龍はnのフィールドへ吸い込まれるようにして消える。

「ヴァン、車に乗れ!!
 シャドームーン、これから研究所へ向かう、付いてこい!!!」

 狭間の指示と共に魔法が途切れ、ランスロットが動く。
 ワイヤー付きの錨が手の甲から射出されて地面に突き刺さり、ランスロットは上空へ押し出される。
 空中で回転し、落下。
 ランスロットの高速の蹴りはクーガーの車へと叩き落とされた。


 ランスロットらの襲撃よりも僅かに時を遡り。
 壁一面にモニターが配置された薄暗い部屋の中、翠星石はソファーで微睡んでいた。
 画面に映し出される景色をぼんやりと眺めながら、部屋を出て歩き回る気にもならずにただ座っていた。
 こつこつと小さな足音が耳に入っても、視線をそちらに向けるだけでそれ以上は動かない。

「翠星石、少しは僕の話を聞く気になったかな?」

 V.V.の姿を見ても、先程のように攻撃しようとは思わなかった。
 薔薇水晶との会話で、少しだけ落ち着きを取り戻している。

「これから君にするのは、君にとって悪い話じゃないよ。
 ただ、聞かないと悪くなる話かも知れないね」
「な、……何だってんですか……」

 V.V.が憎い主催者である事に変わりはない。
 しかしV.V.を攻撃しようにも、花弁で切り裂く瞬間を考えると真司の事を思い出してしまい手が震える。
 やむなくこの場は大人しくV.V.の話を聞く事にした。

「君は、力が欲しいかい?」

 それは単純な問い掛けだった。
 それ故に意味が分からず、翠星石はつい「は?」と気の抜けた声を返してしまう。
 意図が伝わっていない事を察したのか、V.V.は説明を付け加えた。

「会場内にとても強力な支給品を眠らせていてね、志々雄がそれを欲しがっているんだよ。
 僕としては彼にあげてもいいんだけど、もし君も欲しがるようなら考え直そうと思ってね」
「い、……いるわけねーです!!
 翠星石は、そんなものいらねーです!!!」

 力なんて欲しくなかった。
 戦いたくなかった。
 ただ姉妹と、兄と、楽しく過ごせればそれで良かった。
 力さえなければ真司だって、と思うと、目に涙が浮かんだ。

「話はそれだけですか!!
 とっととどっか行きやが――」
「本当に?」
「本当に決まってます!!!」

 激しく否定する翠星石を目前にしても、V.V.はまるで動じていなかった。
 「本当に、いいの?」としつこく確認して来る声を聞くうちに、翠星石の頭に再び血が上る。
 しかし続く言葉で、熱くなった頭が冷水を浴びせられたかのように冷めた。

「君が要らないなら、志々雄のものになる。
 志々雄はこれらを会場で使う……残った参加者達は『困った事』になるだろうね。
 それでも本当に、君はこの力が要らないの?」
「……ッ」

 『困った事』。
 とても子供じみた言い方だったが、それがどれ程深刻なものなのか。
 あの志々雄が悪意のままに強大な力を振るえばどうなるのか、想像するだけで身震いした。
 けれど――あの連中に、助ける価値があるのか。

「僕は君をここに拘束しているわけでも自由を奪っているわけでもないんだよ。
 この力で彼らを積極的に助けに行ってもいい。
 この力を志々雄に渡さずに消極的に助けてもいい。
 この力を志々雄に渡して消極的に見捨ててもいい。
 この力で彼らを積極的に殺しに行ってもいい。
 君は、君の意志で選んでいいんだよ」

 「助ける」、「見捨てる」、「殺す」、その三つの声がぐるぐると頭の中を巡る。
 突然渡された選択肢を前に、翠星石は混乱していた。

「わ、わた、し、は、」
「私は?」

 続きを促すV.V.。
 翠星石の声は震え、息を何度も吸い込んでも胸の苦しさは消えなかった。

「私は、ち、力が、」
「力が?」

――心を強く持ってくださいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――ッ!!!!!

 助けるのか、見捨てるのか、殺すのか。
 翠星石は選択する。

――むしろ彼らよりよっぽど酷い、翠星石は騙されてる。


「私は、力、……力なんて、……要らないですッ!!
 あ、ぁ、ぁあんな奴ら、せいぜい苦労す、すればいいですぅっ!!!!」


 ピシリと、翠星石の胸の中心で亀裂の走る音がした。
 それは体に走った傷なのか、心に走った傷なのか、分からない。
 ボロボロと目から落ちる涙の意味も分からない。

 クーガーの声が聞こえた気がして、薔薇水晶の申し出を断った。
 けれどその声は、翠星石に「彼らを助ける」という選択をさせるには至らなかった。

 翠星石がV.V.に背を向けて走り去る。
 何も考えたくない、何も見たくない知りたくない何もしたくない。
 精神を蝕まれ、何もかもから逃げ出した。

 モニタールームに一人残ったV.V.は高笑いをしていた。
 けらけらと、心の奥底から楽しそうに。


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162:永すぎた悲劇に結末を――彼女の名を知らず ヴァン 164:3/5
上田次郎
163:聖少女領域/薔薇獄乙女 北岡秀一
ジェレミア・ゴットバルト
柊つかさ
ストレイト・クーガー
狭間偉出夫
翠星石
シャドームーン
志々雄真実
薔薇水晶
V.V.



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