黒騎士ユリア・グラミネアの細腕奮闘記 その8

 もはやグラミネア騎士長のスケッチというよりは、イサラ無双のスケッチとなりつつある。まあ機神開発ネタであり、そこに書き手に贔屓されているイサラが関わる以上仕方が無いのであるが。というわけで今回もイサラ無双で絶好調である。


 ミオ・キュエリエ騎士隊長が大隊長を勤める第511剽機甲兵大隊が、独立親衛第13選抜混成連隊とともにエドキナ大公領へと出征していってからしばらく経ったある日、ユリア・グラミネア騎士長はミーア・ディートリンデ・ヴィルケ公爵からの呼び出しを受けていた。

「言った通りドレスを着てきてくれたのね。綺麗よ、良く似合っているわ」
「……ありがとうございます」

 山吹色の襟元まで閉じた今の流行からは少し外れた型の昼餐用ドレスを着てミーアの元を訪れたユリアに向かって、屋敷の主人はそう言って微笑んだ。そういう彼女は、深い臙脂色の胸元の開いたドレスを着て、首周りから胸元にかけて亜麻色のスカーフを巻いていた。

「だから、これからわたしに呼び出された時には、必ずドレス着用ね」
「……はい」

 実はユリアは、あまりドレスの類を持っていない。理由としては十代半ばから今に至るまでひたすら軍務に忙しかった事と、宴席に呼んでくれる相手が軍人がほとんどであって礼装の軍服で間に合っていたというのがあった。おかげで彼女の手持ちには、母の形見のドレスを直したものくらいしかない。今日着てきたドレスも、手持ちの中でそれらしいものを選んできたのである。
 ユリアとて女性である以上、装いに興味が無いということはない。むしろ軍服には相応に気を遣っているし、歳相応の化粧の仕方も覚えた。だが、早くに母を亡くしたこともあって、女らしい装いを知るきっかけをもてなかったのであった。
 慣れぬドレス姿のまま客間の入り口で立っているユリアを、ミーアは自分の座っている長椅子へといざない隣に座らせた。

「安心なさい。綺麗よ。お姫様みたい」
「……姫、というほどの家柄ではないのですが」
「そういう返しをするところがお姫様なのよ」

 ミーアは、自分の左側に腰を下ろしたユリアの右手に自分の左手の指を絡めてから、軽く彼女にもたれかかった。これまで身の置きどころなさげな様子であったユリアは、少し身を硬くしてその重みを受け止めた。

「ミオが魔道学校の教官から部隊に移ったのは知っているかしら?」
「はい。うかがっております」
「そう。実はわたしにも同じ話はあったの。受けることにしたわ」

 ことん、とミーアの頭がユリアの肩の上にのせられた。

「もう機神も失ってしまって、一門の体もなしていないけれど、でもわたしもディートリンデ・ヴィルケ公爵家の当主。かつてのゴーラの名門の末裔よ。北方に新規に部隊編成し派遣する事が決まって、その機装甲の指揮官に、という話ならば受けねばならないわ」
「編成完結の予定時期は?」
「可能な限り早く、だそうよ。そのためならば基幹要員の引き抜きも許す、ですって」
「……はい」

 ユリアは、そのまま身体を緊張させた。今「六号」計画は完全に行き詰っている。もし北方の実戦部隊への配属が許されるのであれば、受けるにやぶさかではない。特に重駆逐機「黒の二」が配備されている独立親衛第505重駆逐機甲兵大隊は、彼女にとっては古巣も同然である。黒騎士としてゴーラ帝国との第一線に立てるのであればそれは願ってもないことであった。

「でも、貴女は駄目ですって。よほど上に期待されているのね。残念だわ」
「それは……」
「ヴェストラ将軍と再戦したい?」
「はい」
「将軍が、機神「グイン・ハイファール」に乗っているとしても?」
「!?」

 何気ないその言葉に、ユリアは思わず絡めているミーアの左手を強く握り締めた。
 ゴーラ皇帝乗座機神「グイン・ハイファール」。かつてゴルム帝が搭乗し、ユスティニアヌス帝率いる帝國軍を相手に、自らに歯向かうゴーラ湾沿岸諸国諸侯を相手に、ゴーラ湾の入り口であるオーレスト海峡の支配をもくろむ連合王国を相手に、暴虐の限りを尽くした機神である。新たにゴーラ皇帝に登極したヨルマ帝は、その機体をゴーラ最強の戦士であるヴェストラ将軍に下賜したというのか。

「帝國軍は、「黒の二」では、「グイン・ハイファール」に乗ったヴェストラ将軍を止める事はできないと判断している。今回派遣される部隊も、もし南岸にヴェストラ将軍が上陸してきたら、その被害を最小限に抑えるために505とともにすり潰す事前提だそうよ」
「滅茶苦茶な!?」
「そうかしら? 祖国を戦争という災禍から護る盾となるのが武人の誇りでしょう? だから、この話を受けたの。是非に、って」
「……………」
「内戦で、私の領地は焼かれたわ。それを防げなかった事を今でも悔やんでいるの。だから、次は同じ過ちを繰り返しはしない」

 淡々と穏やかな声で語るミーアに、ユリアは何も言えずぎゅっと彼女の左手を握り続けているしかできなかった。

「大丈夫よ。わたしは死ぬつもりはないもの。貴女とミオの作った機体を信じているから」
「「白の五」ですか」
「ええ。ミオが気に入ったくらいですもの、きっとわたしも気に入るわ。だから約束。わたしは生きて帰ってくる。貴女はミオと一緒にわたしを待っていなさい」
「はい」
「いい子ね。今日は甘えさせてあげる」


 その部屋はそれ自体が柔らかい乳白色の光を発しており、中にいる者に空間を認識させづらくなっていた。その部屋の中央に色とりどりの輝きを発している玉石が浮かんでおり、その玉石にはいくつもの精霊銀で出来た機械がつながっている。
 その玉石を挟んで、二人の紺色の詰襟の服を着た女性が向かい合っていた。一人は浅黒い肌に長めの金髪をうなじのあたりでまとめた背の高い女性で、もう一人は紺色にも見える黒髪を額で中分けにして顎の辺りで切りそろえた少女であった。

「「六号」との同調が切断されたのは、許容値以上の負荷が間接にかかった事による、装置側からの安全機構の作動が理由だったのですね」
「許容値も安全係数も、かなり高めに取っておいたつもりだったの。まさか「闇」相防御による衝撃吸収限界を超えた上で、「六号」の間接を一時的にせよ機能不全にするような打撃を与える相手がいるなんて、想像もできなかったわ」
「人外同士の戦いは、そういう事がまま起こり得ます。「黒の龍神」乗りにもそういう人はいますから」

 正直、同じ人と呼んでよいのかは疑問なしとはしませんが。そうくすりと笑って、少女は目の前に浮かべた図面を整理した。

「イル・タルテソシア師の認識と認知の機構についての論文は、大変に興味深く拝読させて頂きました。この反応加速機構については、私見ですが実装した工部側の問題が一番大きいですね。機構を理解するつもりがなかったのか、理解できなかったのか」
「理解するつもりがなかったのではないかしら。私の設計したままで実装したのは、他に理由が思いつかないもの」
「不具合が出れば、師の責任問題にすり替えて開発から排斥できる、そんなところでしょうか?」
「彼ならあり得そうね。その結果、イサラ師、貴女が送り込まれてきたのだもの。とんだ目論見違いだこと」

 イル・タルテソシア師の言葉に、イサラ師はくすくすと笑って新しい図面を浮かび上がらせた。

「拝読した論文を元に新規に中枢機構を設計してみました。まずは実際に装置を組んでみて、動作試験を行ってから試作機に実装ですね」
「……さすが実装の専門家は違うわね。それにしても、あれだけのやり取りでこれだけ洗練された機構を設計できるなんて」
「元々が類感魔術によって操作されるのが機神機装甲なんです。その同調の機構に少し手を加えただけですから」
「それでも、人体への負荷をその疲労に合わせて逓減させる事で、長時間の運用による身体の消耗を最小限に抑えるなんて。よくこんな機構を実装できたわね?」

 イサラ師が浮かべた図面を次々と浮かべて確認してゆきつつ、イル・タルテソシア師は感嘆の溜息を漏らした。そんな彼女の言葉に少女は、少しだけを身を乗り出すようにして解説を始めた。

「正直、わたし個人の意見としては、「黒の二」以上の機体性能の機神の必要性を感じないんです。フォン・ベルリヒンゲン隊長は、「黒の二」でヴェストラ将軍を相手に同等以上に戦い得ましたし。それに、近衛騎士団にはそれ以上の身体能力を発揮する騎士もいますが、彼女の動きに「黒の二」で十分ついてゆけているんです。これ以上機体性能を上げるのであれば、騎士の能力の方を上げるほうが費用対効果では上だと思っています」
「それが近衛騎士団側の新機神開発に対する基本理念なのね」
「はい。その結果、身体強化された古人でないと起動させる事すらできない「クルル=カリル」なんて作ってしまいましたけれど。あれは要求仕様を満たすためならどんな無茶をやっても構わない、という緩い拘束条件であったから作れた機体ですから」
「では、「普通の」人間が搭乗する事前提の「六号」は、どういう機体に仕上げるつもりなのかしら?」

 ゴーラ湾南岸内陸から渡洋攻撃を行い、ハンゲオト軍港に停泊中のゴーラ艦隊を壊滅させた機神「クルル=カリル」の開発者の一人であるイサラ師は、自ら設計した機体についてそう述懐した。本来ならば機密事項にあたるであろうその内容をさらっと聞き流したふりをして、イル・タルテソシア師は話題を戻した。

「この機構による反応速度加速は、逓減機構によって10%から60%の間で加速度に幅を持たせます。機構自体は騎士と機体の同調機構に組み込みますので、並人の騎士でも反応速度を上げる事は可能ですが、安全係数を取りますので速度向上は上を見ても30%がいいところでしょう。理論上60%の加速は可能にしておきますが、それだけの数値を叩き出せるのは、古人の導師か異能者か、この機構に肉体を最適化させる身体強化を受けた者かくらいでしょうね。古人の魔導騎士が、最良の条件下で50%速度向上を叩き出せれば御の字なんじゃないでしょうか?」

 イサラ師は、浮かべた図面を次々ととっかえひっかえしつつ、機体概要について解説している。

「その分、安全係数を多めに取って機体の運動性能を高めにして、あと導師級の魔導師の魔術使用に耐え得る魔術回路を搭載して、そんなところですね」
「つまり、反応速度を高めただけの「普通の機神」なのね」
「個人的には、「アルブム・モノケロス」や「弓の機神」の様な特殊な装置を搭載する必要性を感じないんです。しかも、この機体も結局は「黄金の龍神」が基ですし。やっぱり「黄金の龍神」の方が「レギナ・アトレータ」よりも世代が新しいだけあって、骨格も中枢もより洗練されていて完成度が高いんですよね。しかも「黒の龍神」を作った頃よりも、我々の技術力も向上していますから、それだけ機体性能の向上も見込めますし」
「……確かに、聞けば聞くほど「黒の二」の改造型で十分な気がしてくるから不思議なものね」
「それだけ古代魔導帝国の作った機神の完成度が高い、という事だと思います。まあ、機甲総監部の面子もありますし、時間もないでしょうから、競争試作機は今の「六号」試作機を基に作りますけれど」

 でも「六号」の骨格も「黄金の龍神」が基になっていますから、あまりいじる必要性を感じないんです。そうイサラ師は苦笑気味に呟いて、浮かべていた図面を収納した。


「試作機の概要については理解した。それで機体の完成はいつになる?」
「私が設計した中枢機構を完成させて、それを「六号」試作機に搭載して機体を調整するだけですから、そんなに時間はかかりません。ただ、わたしの工部達を使ってよいのでしたら、という条件はつきますが」
「開発は、こちらの用意した工部を使ってもらう。開発過程の経験も積ませる必要がある」
「判りました。それでしたら、わたしの弟子も参加させていただくこと前提で、競争試作機完成まで三ヶ月、量産原型機完成まで一年、実戦運用試験機完成まで半年、量産機完成まで半年。近衛騎士団と掛け持ちですので、これ以上の短縮は無理です」

 イサラは、イル・タルテソシア師との打ち合わせから数日後、キュリロス機甲総監の元を訪れ、分厚い仕様書と概念設計図の山を彼の執務机の上に積み上げていた。下手な大人でも持ち運びに苦労しそうな旅行鞄を軽々と持ち運び、中から次々と書類を束を取り出し積み上げて行く彼女のことを、キュリロス総監は色眼鏡の下からじっと見つめていた。

「二年以内に量産機完成までもっていって欲しい」
「これまで一緒に仕事をしたことのない工部らと一緒に、というのでは難しいです。本当に急がれるのでしたら、「黒の二」に反応加速機構を搭載した機体を先に作りますから、そちらで我慢していただけませんか?」
「その機体で、ヴェストラ将軍と「グイン・ハイファール」に対抗できるのか?」
「乗り手によるのではないでしょうか?」

 わずかに小首をかしげてそう答えたイサラに、キュリロス総監は渋い表情を浮かべた。そんな彼のことをまったく気にせず、イサラはきっぱりと言い切った。

「そんなにヴェストラ将軍が脅威なのでしたら、「黒の龍神」を1個中隊6機、分遣隊として派遣するのが一番確実だと思います」
「それはできない」

 機神「黒の龍神」は、東方辺境候家であるシリヤスクス・アキレイウス家機神「アウラルム・ドラクデア」を原型機として作られた機体である。当時エドキナ大公領への侵攻を構想していたレイヒルフトが、エドキナ大公麾下の魔族大夫らの駆る邪神鎧に対抗するために開発させ、乗り手も東方辺境中から選抜された一騎当千の戦士ばかりという精鋭中の精鋭であった。現在では皇帝直属の近衛騎士団の戦力の中核となっている重駆逐機であり、まさに帝國軍の切り札と言って過言ではない機体なのである。
 この「黒の龍神」は、皇帝リランディアもしくは副帝レイヒルフトの傍に常にある事が求められており、皇帝もしくは副帝親征以外で戦場に投入されたのは、内戦中にリランディアの兄アルトリウス大公が戦場で指揮を取っていた時くらいであった。
 その「黒の龍神」を展開させるとあれば、いかに脅威であるとはいえ、すでに講和のなった国の機神を相手にとなると、帝國の威信と外交上の信用にかかわってしまう事態となる。そもそも「黒の龍神」を投入するか否かを決められるのは、皇帝リランディアか副帝レイヒルフトの二人しかいない。機甲兵科の総元締めとはいえ、一介の将軍に過ぎないキュリロス総監が口を差し挟むこと自体が許されなかった。

「現在第一線にいる黒騎士二百名、彼らをして既存の機神と邪神鎧に対抗し得るように戦力の底上げをするのが「六号」計画の要諦だ」
「了解しました。それでしたら……」

 キュリロス総監の言葉にイサラは、わずかに眉根を寄せて考えるそぶりを見せてから答えた。

「古人の工部を二人、わたしの弟子に下さい。それならば量産機完成まで二年でなんとかします」

 キュリロス総監の表情が一層渋くなった。帝國は他国と比較して膨大な人口と国土を有するとはいえ、古人の数は必要とされる数に足りた事など一度としてなかった。しかも軍は、あらゆる兵科が古人を必要としており、文字通り人材の奪い合いに等しい状況が続いている。その貴重な古人を二人もイサラの弟子に回すなど、とてもではないがそれだけの余裕は機甲兵科にはなかった。
 だが背に腹は替えられない。キュリロス総監は、渋い表情を浮かべたままイサラの要求に肯いて答えた。

「よかろう。ただし二年以内に、だ」


 その日グラミネア騎士長は、開発主任に命ぜられて機甲学校の敷地の一番端にある格納庫へとやってきていた。そこは、わざわざハリストス運河から器材搬入用の用水路が引かれていて、今では使用されていないはずの建物の一群の中にあった。
 だがそこには、何隻もの河舟が桟橋につながれて器材を下ろし建物群に搬入している最中であり、多くの職人や工部らが建物の修繕や器材の据付におおわらわになっていた。

 馬から降りたまま呆然としてその様子を見ていたグラミネア騎士長に向かって、一人の少女が書類挟みを小脇に抱えて走りよってくる。

「こんにちわ、ユリアさん」
「ああ、久しぶりだ、イサラ」

 グラミネア騎士長の前に立ったイサラは、にっこりと微笑むとぺこりとお辞儀をした。

「というわけで「六号」計画は、機体の競争試作が決まりました。これから二年、よろしくお願いします」
「……つまり、イサラが機体を開発し、その開発騎士を私が担当する、という理解でよいのだな?」
「はい。競争試作とはいっても、あの親方が私より優れた機体を開発できるはずがありませんから、量産機開発まで一緒にお仕事する事になりますから」

 右手の指の腹を唇に当ててくすくすと笑ったイサラに、グラミネア騎士長は背筋を伸ばして改めて敬礼した。

「こちらこそ、改めてよろしく頼む。イサラ親方。新機完成は黒騎士達らの切望するものだ。自分も粉骨砕身の気概で任務にあたるつもりだ」
「そんなにしゃちほこばらないで下さい。わたしだって、何かあったら相手が誰であれ容赦なく怒鳴りますし、ぶん殴りますから」
「そうか」

 この目の前の可憐な少女が、誰かを怒鳴ったりぶん殴ったりするところなぞグラミネア騎士長には想像だにできなかったが、荒っぽい事では有名な工部の親方である以上、そういうこともあるのであろう。そう自分を納得させると、彼女はイサラに向かって右手を差し出した。
 その右手を握ったイサラは、嬉しそうに笑いながら小首をかしげてみせた。

「はい。互いに全力を尽くして良い仕事をしましょう」


 「六号」の競争試作機を作る上で、部品のほとんどは「黒の二」の生産を請け負っている工廠で生産される事が決まっているが、魔導関係や中枢部分についてはイサラ本人がこの施設で生産する事になっていた。実際に施設が稼動するまでまだ時間がかかり、その間は開発騎士や工部らへのイサラの試作機についての説明にあてられる事になった。

「つまり「六号」開発の基本概念は、搭乗員が黒騎士であるならば「黒の龍神」に匹敵する動作の素早さと滑らかさを発揮可能であり、その上で本格的魔導戦能力を持たせる事、という理解でいいのだな?」

 イサラの元に集められた開発騎士は三名の黒騎士である。一人は魔導騎士であるグラミネア騎士長。もう一人は男性の中年の黒騎士で、ノルド・バルコフ騎士隊長といった。エドキナ大公領に駐屯している独立親衛第502重駆逐機甲兵大隊から派遣されてきた騎士であり、内戦前に黒騎士となっていたという古兵中の古兵である。

「はい。さすがに咄嗟判断を龍神乗りに匹敵させる事は不可能ですが、機体を動かすだけならば「黒の龍神」と同等を目指します」
「いくら素早く動けたって、魔法戦できなきゃ機神も邪神鎧も喰えないだろ? そこはどうするんだよ?」

 そしてもう一人は、サビヌスという名の歳若い古人の黒騎士であった。階級は上級騎士。ぱっと見には少年に見える彼であったが、当然のように内戦古兵であり魔道騎士である。それだけに言葉遣いも態度も不遜なものがあった。派遣元は西方軍配属の独立親衛第504重駆逐機甲兵大隊。

「さすがにそこは編成で対処して頂くことになりますが、魔術回路に関しては「黒の二」改よりも新しい設計のものを搭載します。より増幅効率の高い、つまり魔力消費量が少なくて済むものです。増幅機能を強化した事による魔力共鳴に関しては、既に対策が確立していますので、多少荒い術式でも平気な様に作りますから安心して下さい」
「並人でも古人を相手に正面きって魔法戦やれる? でなきゃ、確実に動く「黒の二」の回路の方がいいぜ」
「機装甲に乗って五年にも満たないジャクの魔導騎士が、三十年もののホンチョの乗った重魔道機装甲を墜せるくらいのブツです。当然実戦投入済みですよ」
「……もしかして、例の空飛ぶ機神?」

 さすがに興味を引かれたのか、身を乗り出してきたサビヌス上級騎士の質問に、イサラは笑って直接答えず視線をグラミネア騎士長に向けた。その視線に答えるように彼女は口を開いた。

「耐久性と整備所要はどうする? いくら動きが良くても、その為に一撃食らってすぐに動けなくなったり、整備にかかる手間が増えられては本末転倒だ。司祭に説教だが、「黒の二」は不整地を長躯踏破しての浸透任務もこなさないとならない」
「それは部品点数を減らして、規定使用時間に達したら全交換という形でゆきます。段列の輸送力の強化が必要になりますが、定格性能の発揮時間を延ばして、その分部品ごとの耐久性能に目をつむります。稼働時間に応じて緩やかに性能が落ちて行くというのではなく、ある一定の稼働時間に達したら寿命に達する、というありかたです。最低でも騎兵に随行して十日間は、最小限の点検整備で定格性能を維持できるようにしたいですね」
「十日か。浸透任務ならば二週間は欲しいところだが、どうだ?」

 イサラの言葉にバルコフ騎士隊長が横から口を入れてくる。それに少しだけ小首をかしげて考え込んだイサラは、視線をあごひげの騎士隊長に向けて肯いた。

「調達費用が問題ですね。そこは上との調整が必要でしょうけれど、やろうと思えばやれます」
「主要交換部品は、収縮帯と間接繋手か。収縮帯の輸送がやっかいだな」

 グラミネア騎士長が腕を組んでうなったのに対して、イサラはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「実は、整備所要を減らす手も考えてはいるんです」
「ほう? 是非聞かせて欲しい。段列長をやっていた身としては、そんな美味い話があるなら飛びつかん訳にはゆかん」

 今度はバルコフ騎士隊長が膝に手をついて身を乗り出してきた。「黒の二」大隊の段列長ということは、交換部品その他の輸送や手配で死ぬほど苦労した経験があるという事を意味する。「黒の二」以上の性能を発揮する超高級機でありながら、整備にかかる手間を減らせるというのであれば、それは是非とも聞きたいところであろう。

「「六号」は区分は重駆逐機ですが、つまりは機神なわけです。取り扱いの保安上の理由で、結界を展開して内部に格納される機能を取り外す事になりますが、外部で結界を展開して収納する事で、古代魔導帝国の作った機神同様に自力修復を可能とします」
「そんな事が可能なのか!? それが実用化できるならば、性能が「黒の二」以下でも即採用で全数交換確実だぞ!?」
「やります。そもそも機神なんて複雑精緻極まりない代物を、普通の機装甲と同様に運用しようというのが間違っているんです。機神が機神たりうるのは、自力修復が可能な点にあるんです。「黒の零」事件をもう一度起こす訳にはゆきませんから、自力で収納結界を展開できる機能は持たせませんが、収納結界を外部で展開して自力修復を可能にしてあげれば、整備所要は劇的に改善されるはずです。そして、魔導八相に達し、幾多の機神の整備を任せられてきたわたしならば、収納結界展開機構を開発できます」
「素案は?」
「あります。本来は「クルル=カリル」用に開発する予定でしたが、この際ですから「六号」開発に合わせて作ります」

 思わず顔がくっつかんばかりに身を乗り出した三人の騎士に向かってイサラは、してやったり顔で魔導の「譜」と機構の概略図を投影してみせた。それに食い入るように見入った三人は、だがさすがに理解しきれなかったのか困ったような表情になって姿勢を元に戻した。そしてそのまま三人は、ああでもない、こうでもない、と、整備所要の見積もりについて相談し始める。

「さすがに霊地に拠点を確保しなければならんが、それで十日から二週間作戦行動可能となると、少なくとも帝國領域とその周辺では運用機数が劇的に改善されるな。これは502を代表する意見だと思ってもらってもいいが、その機構だけで十分だ。さすがに高位の大夫の乗る邪神鎧を相手にできるだけの性能は欲しいが、「黒の二」改と同等の性能が保障してもらえるならば、あとは騎士の腕でなんとかする。どうだ?」
「501でも同じ意見になるぞ。出撃拠点が帝國領域ならば問題はないし、それが無理でも例の機甲騎兵で拠点を確保すればいい」
「504も同じってことで。ていうか、出撃ごとに新品同様の機体に乗れるなんて、そりゃ夢みたいな話だぜ」

 三人の黒騎士の言葉に、イサラは自信満々の笑みを浮かべてみせた。

「はい。必ず現時点での「黒の龍神」級の性能を発揮する機体を作ってみせます。その上で、外部結界収容機構も開発して、両者一体の運用を可能にしてみせます」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年01月13日 15:49