ケイレイの手慰み 学園 ある部活動3.5

不意に思いついて。たまにはいいじゃないw

ルキアニスと弓道部3
 「弓道部員整列!」
 シルス先輩は弓を左脇に抱え込み、少し憮然と命じる。その隣にユリウス二年生が並び、最後に一年生のミキスが少し困ったような顔をしてついた。
 二年生であるディランディスは知らぬふりをして、その場で不動の姿勢をとったからだ。その弓はシルス先輩と同じように左脇に抱えるようにしている。それが弓を携えた時の気を付けの姿勢だとルキアニスは今知った。もちろんルキアニスもその場で機を付けをしていた。
 ルキアニスはこの弓道部の員数外だから整列の号令がかかったとしても応じることはない。けれど教官の前でなら、ふさわしい態度をとらねばならない。
 今、弓道部の教官はゆっくりとこちらへ歩いてくる。共にやってきた部長と言われた学生が、少し早足に歩き来て弓道部の列の先頭に立ち、くるりと向きを変える。
「教官に敬礼」
 弓道部の者が行なう左の胸に右の拳を当てる敬礼を、ディランディス先輩も、ルキアニスも行なった。
 教官は踵を揃え、答礼する。
「楽に」
 髪はもう半分ほどまで白くなっていた。どちらかといえば小柄だけれど、肩幅は広くがっちりしている。少し右肩が低かった。
「申告します」
 シルス先輩が一歩、踏み出す。
「一年生一名が見学参加中です」
 それから癖のある黒い前髪越しにじろりとルキアニスを見る。
「見学者は姓名を申告せよ」
 慌ててルキアニスは一歩踏み出し、教官へと向き直る。
「第一学生中隊一年ルキアニス・アモニスです」
「アモニス君ね。楽に。ゆっくり見てゆくといい」
 気をつけの姿勢を解くルキアニスに教官はうなずき、弓道部の列へと振り返る。
「諸君、練習をはじめよう」
「練習開始、準備かかれ!」
 部長の声とともに、弓道部の面々は駆け足の姿勢をとり、道具を収めてあるらしい物置へ小走りに掛けてゆく。すでに弓具をつけたシルスは、ずっと向こうの的へ向かって歩き始めた。射てしまった矢を取りに行くらしい。
 そして教官はもう一度ルキアニスへと向きなおる。背を真っ直ぐにぴんと伸ばして立ち、足は肩幅で両手は腰の後ろに合わせてある。ルキアニスたち学生が教えられた学生や従卒のあるべき立ち姿だ。なんとなくルキアニスは、この教官も長く従卒や従士をしてきたのではないかと思った。教官は問う。
「君は弓をしてきたのかね」
「いいえ。していません」
 ルキアニスはすぐに答えた。教官の眉が少しひそめられる。
「それは厳しいかもしれないね」
 教官の口ぶりは、この学校に入ってから初めて聞くくらい、やわらかいものだった。
「わたしは、兵術としての弓術を教えている。三年間で十分に収めるのはむつかしいことだよ」
「はい」
 答えあぐねることでも、とりあえず大きな声で返事さえしておけばなんとかなる。何度も何度も怒鳴られてルキアニスが覚えたしのぎかただ。返事してから考えればいいだろ、とマルクスに言われたこともあった。
「それでも自分は弓を行なわなければなりません」
「特技として獲得するにしても、経歴にあまり有利にはならないよ?もはや帝國軍に常設の弓兵部隊は置かれなくなった」
 ルキアニスは戸惑って瞬いた。思っていたことと違うことを言われていた。ここではずっと、やる気を見せろ、何とかやりぬく体力をつけろ、というようなことばかりを言われてきた。他に何のやり方も無いというくらいに。けれどこの教官はやさしく、やっても有利にはならない、などとルキアニスにいうのだ。
 そんなルキアニスを笑ったのか、教官は少しの笑みを見せる。
「よく考えなさい。君達にあまり時は残されていないのだよ」
「はい」
 返事のルキアニスにうなずいて、教官は背を向け、不動の姿勢のままのディランディスへ向き直る。
「楽にしなさい、ディランディス君」
「はい、教官」
 ディランディス先輩は足を肩幅に開き、弓持つ手は左のまま、右腕だけは休めの形に腰の後ろへ回す。教官は静かに彼を見て言う。
「どうかね、続けるかね」
「はい教官」
「甘えることはできないよ」
「はい教官」
 なめらかな返事に、教官は少し言葉を途切れさせた。微かに目を伏せそしてつづける。
「君に相対するものは、君を倒そうとするのだ。そのものは、決して手加減などしてくれない。君が誰かを思い浮かべ、その姿に手加減するようにしても、相手は決してそんなことはしない。君は死ぬだけだ。敵となってしまえば、誰も君の甘えには答えない」
 ディランディス先輩は答えない。抗うというより、答えかねるという風だ。
「・・・・・・出来ると思います」
「では強くなりなさい。君には時間がない。あとたった二年、二年が過ぎてしまえば、君は軍へと奉職することになる。そのために君はここにいる。避け得ぬから覚悟決めてここにきたのだろう」
「はい」
「いくさ場に出ることは成さねばならぬ勤めの最初の一歩に過ぎない。いくさの勝敗は君には動かせぬかもしれぬが、君は生きて帰らねばならない。死をもっての奉公など無い」
「・・・・・・はい」
「君はもう、強くなるしかない。もっと強くなりなさい。君の今の言い分は甘えに過ぎない」
 穏やかな顔と口調のままだけれど、教官ははっきりと言い切った。
 それから教官は、準備を終えて整列する弓道部員の列へと、ゆっくりと歩いてゆく。
 ディランディス先輩は、少しうつむき思う風だった。その口元は厳しく引き締めいつものような軽口など、思いもよらなかった。彼は目を閉じ、ふたたび開く。そして不意にルキアニスを見た。
「ああいう人なんだ。やってみるか?」
 その問いは、この部のことだと思った。そしてそれはルキアニスのことのみではないように思えた。
「はい。やってみます」
 だからルキアニスはそう答えた。

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最終更新:2011年06月21日 22:06