フェイトのスケッチ その11

 フェイトは、久しぶりに柔らかな毛布に包まって清潔なシーツの感触を味わいつつ、朝日が昇っても寝台から起き出さなくてよいという贅沢を楽しんでいた。帝國歴1100年の秋の「帝國」は、ゴーラ帝国との戦争に勝利し外海への進出を獲得したことで、内戦が終了した年以来のお祭り騒ぎとなっていた。二年半に渡った大戦争も終わり、出征していた部隊はそれぞれの衛戍地へと一度帰還する事になっていた。フェイトも久しぶりの「帝都」帰還であり、皆で順番に休暇をとって戦垢を落としていたのである。
 半分眠ったままのぼんやりとした意識の中、フェイトは自分の子宮から全身に拡がる痺れるような快感に身体が痙攣し、軽く絶頂に達したところで目が覚めた。

「あ、おはようございます。フェイトさん」
「……おはよう、ガリル、シャルル」
「おはよう。起きちゃたった? ごめんね」

 フェイトの暖かみのある金髪に顔をうずめ、鼻先を彼女のうなじにすりつけていたシャルルが、そう返事をしてくる。
 フェイトは自分が左向きに横たえられ、正面からガリルが自分の胸にむしゃぶりつきつつ前に挿入していて、背中からシャルルに抱きしめられながら陰茎をいじられつつ後ろに挿入され、二人が抽送を繰り返していることを把握した。
 昨晩はガリルとシャルルの二人に、穴という穴に白濁した粘液を注ぎ込まれて嬲られ尽くされてから意識を失うようにして寝てしまった。舌に残る生臭さに意識が蕩けそうになるのをこらえて目を開く。自分の胸に顔をうずめて射精の余韻に浸っているガリルの頭を抱きしめつつ、シャルルに腸内に射精されて再度軽く頭が真白くなった。

「二人とも、もういいかな?」
「……あ、はい。すいません、目が覚めたらなんかむらむらきちゃったんで……」
「うん、ごめんね。久しぶりだから我慢できなかったんだ」
「私は平気だから気にしなくていいよ」

 ほほを上気させながら両手でフェイトの豊かで張りのあるおわん型の形の良い胸をいじっていたガリルが、名残惜しげに彼女から身体を離す。ずるりと粘液の糸を引いて彼女の前の穴から抜け落ちた彼の逸物は、まだ自身が満足していないと主張するように元気であった。そして彼女の陰茎をいじっていたシャルルも自分の逸物を彼女の後ろの穴から引き抜いて身体を離し、仰向けになったフェイトの唇にキスをした。

「うわ、生臭くて、また興奮する」
「駄目だよ。今日は会議があるから、もう身づくろいをしないと」
「そうかあ。じゃあさ、今晩またしようよ」
「今日はクラウディアのところに行くって言ったよね」
「うぅ、フェイトの意地悪」
「そんな声出したって駄目だよ、シャルル」

 軽めのキスを繰り返しつつ、シャルルは指先をそっとフェイトの肢体の上をなぞらせてゆく。その気持ちよさに負けそうになりつつも、彼女は意識をはっきりさせて身体を起こした。
 なごり惜しげに見上げてくるシャルルの額に軽くキスし、物欲しげな表情をしているガリルの額にもキスをする。未練たらしい視線を送ってくる二人を無視して天蓋付の寝台から降り立ったフェイトは、寝室の端の小机の上に置いてあるたらいに張られた水を両手ですくい、その水が自分の全身を濡らして先ほどまでの淫行の汚れを落としてゆく状況と過程を「観測する」ことで全身を清めた。身体のすみずみまで魔力を循環させて肉体を活性化させ、自ら望む自分を「認識し」肢体の上に二人がつけた痕を消す。
 ばしゃりとたらいに戻った水は生臭く濁っていて、膣内はおろか腸内にまで吐き出された精液がどれほどの量であったのかを示していた。
 ぶるりと身体を震わせたフェイトは、手早く下着からシャツから軍服まで身にまとうと、その膝裏まである長髪の先端を黒いリボンでまとめ、姿見で自分が帝國軍人として相応しい姿であることを確認した。

「先に食堂に行っているね。一緒に朝食を食べようよ」

 少し残念そうな、嬉しそうな表情で彼女が身づくろいするのを見ていたガリルとシャルルに向かって笑顔でそう声をかけたフェイトは、意識を今日の部隊での会議に向けつつ足早に寝室を出て行った。


 フェイトがガリルやシャルルと爛れた一夜を過ごした屋敷は、親衛第21混成旅団の駐屯地の近くに近衛軍が用意したものである。彼女ら「クルル=カリル」や「黒の二」改を駆る近衛騎士達の大半が双性者であり、妻帯者であり、恋人同士であったりした。そして、営内での色事は御法度である以上、並人のそれをはるかに上回る彼女らの性欲を発散させられる場所が必要となる。当然、門前街の淫売宿で娼婦を買ったり、部屋をとったりするのも無しである。まがりなりにも彼女らは皇帝陛下の御前にはべる近衛騎士であり、最低限の品位を保つ事が求められているのだ。さらに切実な理由として、機密保持の観点からも下手なところに出入りして欲しくはない、という理由があった。
 結果として独り身の者が住まう寮のようなものとしてこの屋敷が用意され、それぞれが個室を持ち、勤務に支障や修羅場など起こさない範囲でという暗黙の了解のうちにそれぞれ気に入った者同士が楽しみ合う空間が作られたのである。
 その屋敷の食堂で黒パンにチーズを塗り、ゆで卵や昨晩の残りもののシチーと一緒に食べているフェイトのところに、私服姿のガリルとシャルルが下りてくる。彼女は今日の会議の資料に目を通しつつ、手早く料理をかたづけてゆく。

「お先に」
「待っててくれなかったんだ。ちょっと残念」
「でも、もう時間ですよ。急がないと」
「営門前に転移すればいいのに。それならすぐだよ」
「駄目ですよ。緊急の事態以外で許可無く転移術式を行使するのって禁止されているんですから」

 規則に対して多少なりとも緩い感覚のシャルルと生真面目なところがあるガリルとが、そんな事を言い合いながら食卓についた。待っていたかのようにすぐ女中が食事の盛られた皿を二人の前に置く。手早く食前の祈りを唱えた二人は、若者らしく旺盛な食欲を発揮してみせた。


「今回のゴーラ帝国との戦争において、旅団より多くの受勲者が出たことを旅団長として非常に喜ばしく思っている。しかし同時に、101、902、両大隊において多くの解決すべき問題が出たとも認識している。本日の会議において、部隊の今後のあり方について活発なる議論を期待したい」

 この戦争の結果、殊勲賞を授与され凱旋式を挙行する事を許された親衛第21混成旅団長であるヴェルキン・ゲルトリクス准将の挨拶が終わると同時に、会議の列席者達はそれぞれ席についた。
 会議室は何度も漆喰が塗り直された天井の高い古い建物の一室らしい重々しさをもっていて、フェイトはその重さを無意識のうちに感じ取ってしまい、少し気後れしている自分に驚いていた。

「では最初に旅団参謀長から始めたいと思います。今回の戦争の結果、機神「クルル=カリル」による航空偵察、敵策源への直接打撃、及び兵站線の麻痺化が非常に大きな効果を発揮する事が確認されました。以上の活動が戦争の勝敗を分けたといっても過言ではないと判断いたします。しかし同時に、稼働率の異常なまでの低さと交換部品の輸送が兵站にもたらす負担は、看過しえぬほど大きいものでした。以上の問題について議題を提議します」

 最初に起立し言葉を発したのは、第21旅団参謀長のメトポロニア上級騎士隊長であった。こげ茶色の髪の毛をくるりと巻いて髪留めでまとめて眼鏡をかけた、いかにも才女らしい魔族はダイモンの女性である。襟元には今回の戦争で受勲した上級勲功章が下げられ、敵機装甲五〇機以上撃破で与えられる黄金剣勲章などのいくつもの勲章が飾られている歴戦の黒騎士である。
 フェイトは、会議用の資料として配られた小冊子の最初の方に記載されている、101大隊における「クルル=カリル」の一回の出撃ごとの平均機数が二機を割り込み、可動機数が三機未満であるとの図表を見て、これは確かに問題となるだろうと納得した。なにしろ101大隊に配備された「クルル=カリル」の機数は七機。つまり常に四機以上が使用できない状態にあった事を意味するのであるから。稼働率14%というのはちょっと洒落にならない。

「101大隊長です。「クルル=カリル」の稼動機数の問題は、つまるところ機体整備所要に対して工部の人数の不足に集約されるものと考えます。特に「クルル=カリル」は、双性者でなくては起動させる事すらできない非常に限定された環境下で運用される事が前提となっています。さらには、機体数自体もわずか七機と本来ならば中隊を編成するのにも足りない数すか配備されていません。機体の追加配備、及び工部の増員が必要と考えます」

 まずは独立近衛第101重駆逐機大隊長であるナタリア・グラックス・バジルス上級騎士隊長が発言した。彼女も襟元に上級勲功章を下げ、敵機装甲七五機以上撃破で授与される精霊銀剣勲章他の勲章を飾っている古強者の黒騎士である。漆黒の髪を襟と耳にかからぬよう短くし切れ長の深紫色の瞳をしている双性者の彼女は、普段にもまして厳しい表情をしていた。元々が背が高く峻厳な雰囲気をまとっているのが常の彼女が硬い声でそう言えば、誰もが背筋を伸ばすだけの力がある。

「21旅団工部頭です。今回の戦争で「クルル=カリル」の稼動機数が開戦前の見積もりを大きく下回ったのは、工部側の見積もりの甘さのせいです。仰る通り「クルル=カリル」は、魔導覚醒した双性者が搭乗する事を前提において開発された機神です。故に、工部にも双性者が必要であるとして弟子をとりましたが、絶対数の不足により稼動機数の不足を招きました。その責任は私にあります。その上で、101長の仰る通り工部の増員の必要性を提言させていただきます」

 次に発言したのは、第21旅団の機装甲整備の総責任者である工部頭であり、かつ機神「クルル=カリル」を設計開発したイサラ導師であった。光加減によっては紺色にも見える黒髪をあごの辺りで切りそろえて額を出した小柄な少女にしか見えない彼女ではあるが、魔導八相に覚醒した導師の証である紺色の詰襟の服を着ており、「内戦」以来ずっと近衛騎士団で機神整備を担当してきた古参中の古参の一人でもあった。
 ナタリアとイサラの言葉に、参謀長のメトポロニアは口をへの字に曲げて難しい表情になった。その眼鏡の下の翡翠色の瞳こそ見えないが、二人の要求の難しさを考えて困っているのは確実であろう。なにしろこの「帝國」でも万で数える程度の数しかいない双性者の中から、工部として機神を整備できる人材を要求されているのだ。今この会議に出席している面子における双性者の比率は非常に高いのであるが、それも皇帝陛下の近くに侍るための近衛騎士団の基幹部隊であるから、という理由があっての事である。帝國軍の各連隊には、双性者のいない連隊の方が圧倒的多数なくらいなのだ。

「21旅団高級副官です。101長と工部頭の仰ることは理解いたしました。しかし、双性者は黒騎士大隊ですら必要数を満たしていない現在の状況は御理解いただきたい。いかに今次大戦にて戦争の帰趨を決するに至った「クルル=カリル」のためとはいえ、工部に双性者を増員することは極めて困難であると思われます」

 イサラと同じく、光の加減によっては紺色にも見える長めの髪を後ろに流しあご髭を綺麗に整えた青年士官のダハウ騎士隊長が、立ち上がり答えた。彼は、副帝レイヒルフト直属の親衛選抜混成旅団の選抜擲弾兵連隊の中隊長から軍大学に入校し優秀な成績で卒業したところを、第21旅団高級副官として引き抜かれてきた内戦古兵であり、襟元の上級戦功章を下げ、左胸に機装甲撃破15機以上で授与される青銅剣勲章を付けている歴戦の選抜擲弾兵である。フェイトは、彼がイサラと同じダルクス地方出身である事を彼の口から聞いたことがあった。

「別に今すぐ手配して欲しい、と言っているわけではない。次に「クルル=カリル」を実戦投入するつもりであるならば、大隊としての戦力発揮に難があり、それに対する抜本的解決は、機体数と双性者の工部を増やすしかない、と言っているのだ」

 ナタリアは、ダハウの言葉にも特に気分を悪くした様子もなくそう返した。つまり101大隊側としては、現場の努力でなんとかできる問題ではない、と、最初に釘を刺しておきたかった、ということなのであろう。
 それに対してメトポロニアもダハウも、了承したように肯いて返した。そして旅団司令部と101大隊の間で大して意味のないやり取りが交わされ、問題が正式に提議され、その件に関しては第21旅団の上部組織である近衛騎士団司令部に回すことにする、という事で決着がついた。上級騎士で小隊長の一人に過ぎないフェイトは聞いてはいなかったが、大隊先任士官のクラウディアも、大隊副官のエウセピアも特に表情を変えていないあたり、ここら辺はすでに事前の根回しはできていたのであろう。

「今回の戦争の戦費から、予備機として2機を調達するよう商議は通りましたが、配備はかなり先になりそうです。できればあと4機追加配備が望ましいところですが、さすがに皇室歳費からでは現有機数以上の配備は不可能でしょう。大隊定数12機及び試験機1機の合計13機調達が理想なのですが、それは現状では無理という事で理解していただきたい。旅団参謀長からは以上です」

 そうメトポロニアがしめて、この議題は終わりとなった。さすがに今回の戦争の帰趨を決するに至った機神「クルル=カリル」についてだけに、比較的すんなりと終わったといえよう。
 そして、次に参謀長が口にした内容を耳にした皆は、一斉に表情を消し、室内は硬い空気に満たされた。

「次に、今回の戦争における902大隊についてです。幹部士官以外は全て新任の騎士ばかりとはいえ、「黒の二」の被撃破数が大隊の半数に達したというのは問題と看做せざるをえません。以上の問題について、902長からお話をお聞かせいただきたい」

 メトポロニアの言葉に、ぞろりと殺気をまとった隻眼の大男であるゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン上級騎士隊長が、ゆっくりと席を立った。彼も襟元に勲功章を下げ、精霊銀剣勲章を左胸に付け、そして機神及び邪神鎧撃破数五柱以上で元老院から授与される精霊銀の月桂冠の略綬をとめている古強者の内戦以来の黒騎士である。この身の丈六呎に達する巌のごとき筋肉の塊のような男が列席している全員を睥睨する様は、まるで猛獣が獲物を品定めしているかのような剣呑な雰囲気があった。

「902長だ。今回の戦争での大隊の不始末は、全てこの俺に責任がある。異論は認めねえ。半年では無理だが、二年以内に平騎士全員を最低でも黒騎士教育課程に放り込める程度には鍛える。以上だ」
「他には?」
「以上だ、と言った。俺の鍛え方が足りなかった。それ以上でもそれ以下でもねえ。いいな?」
「どこがどう足りなかったのか、それについて説明して欲しい、と言っています」
「全てだ。騎士としての技量、小隊員としての連携、戦術的判断能力、全てだ」
「つまり、実戦投入可能な段階にはない騎士を戦場に出した、とも聞こえますが?」
「そうだと言っている」

 冷静なメトポロニアの言葉に苛立ちを隠せない表情で、ゲッツはきっぱりとそう言い切った。
 さすがに彼の言葉に室内がざわめく。それを押さえ込んだのは、旅団長のヴェルキンであった。

「全員静粛に。902長の言いたい事は理解した。だが、戦前の段階では902は戦闘投入可能な錬度に達したと旅団も判断して戦争に臨んでいる。つまり、これまでのやり方では次も失敗する可能性がある、と旅団長からは指摘せざるをえない。これに対して902長は具体的にどう錬度向上を目指すのか、聞きたい」
「今回の戦争で被撃破を受けなかったのは、全員黒騎士の小隊長以上の騎士達です。つまり、902を黒騎士大隊として再編する時間を頂きたい」
「黒騎士教育課程を受講するには、内規を満たしていない騎士が大半のはずだが、それについてはどうするつもりかな?」
「近衛騎士団長から機甲総監部に特例を認めて貰えるよう話を通して頂きたい。そのかわり、必ず教育課程を通れる程度の錬度に達せしめます」

 さすがに旅団長に対しては、元独立親衛第502大隊長であったゲッツであっても丁寧な口のきき方になる。
 そのゲッツの言葉に対して、マルクス・クラウディウス・マルケルルス騎士隊長が席を立った。彼も襟元に上級戦功章を下げ、黄金剣勲章を付けた黒騎士であり、そして双性者の男性であり、魔導騎士としても錬達の黒騎士である。

「旅団運用訓練参謀としては、902長の見積もりは甘いと指摘せざるをえません。確かに902の騎士達は魔導騎士として覚醒しており、素質は十分にある事は確認されています。しかし、黒騎士たるは帝國軍機装甲乗りの最精鋭中の最精鋭。それを「黒の龍神」を預かるに至った「機神殺し」ゲッツともあろう方が理解できていないとは思えませんが?」

 薄茶色の襟にかかる長髪の優男風に見えて、実はかつて黒騎士の教導も担当している独立親衛第501重駆逐大隊で副大隊長を務めていただけあって、マルクスの言葉は辛辣で直接的であった。
 それに対してゲッツは大して気を悪くした様子も見せず、101大隊先任士官のクラウディアに黙って視線を向けた。

「101大隊先任士官です。今回の戦争において、第21旅団配属の重駆逐機の運用は、所詮は「結果として上手くいった」だけに過ぎないと指摘せざるをえません。つまり、運良く飛行中の「クルル=カリル」から故障機が出ず、運良く旅団本隊は敵の浸透攻撃を受けず、運良く101からも902からも戦死者は出なかった。まあ、その様に旅団司令部の指揮のよろしきを得たとはいえ、実際に「クルル=カリル」を運用した側としては、今の体制では次も今回と同じように上手くゆくとは到底考えられません」

 独立近衛第101重駆逐大隊の先任士官であるクラウディア・セルウィトス・セルトリア上級騎士は、席を立つを太い黒縁の眼鏡を右手で直しつつそう会議の列席者の上を視線を流しながらそう語った。
 いかに襟元に上級戦功章を下げ、敵機装甲二五機以上撃破で授与される白銀剣勲章を付け、さらには敵艦船撃沈五〇隻以上を示す帆船のレリーフ付き黄金剣勲章を飾る双性者の彼女であっても、この場においては軍歴では十年にも満たない若輩者に過ぎない。その彼女がこういう言い方をすれば、上級士官から冷たい目で見られるのは致し方がない。
 だがクラウディアは、大して気にも留めた様子も見せず言葉を続けた。

「そもそもが101も902も、重駆逐機を預かるだけの部隊に過ぎません。そして大隊を構成する騎士達のうち、魔導騎士として十分な錬度に達していると評価できるのは実質三分の一以下。他の騎士は魔導戦技が使えるだけであって、魔導騎士としては錬度不十分です。そして重駆逐機配備大隊として考えるならば、機体も騎士も定数を大きく割り込んでいる欠編成の実質増強中隊程度の大隊が二個っきりというわけです」
「101先任士官の意見は理解した。では、その現状を改善するにはいかなる対策が必要であると考える?」

 旅団高級副官のダハウが、厳しい表情でそうクラウディアに向かって質問を発する。その言葉を受けて彼女は、すっと眼鏡の下のその蒼い瞳を細めてきっぱりとした言葉で答えた。

「旅団隷下の重駆逐機大隊を、帝國軍の規定する大隊定数を満たすように再編する事を提言いたします。現在旅団の各大隊には、「クルル=カリル」七機、「黒の二改」十七機、そして騎士二六名が配備されています。うち魔導騎士が二四名。基本を「黒の二改」大隊として再編した上で、「クルル=カリル」の運用は特設中隊を編成してそちらで運用するべきであると愚考する次第です」
「本来の重駆逐機大隊は、「黒の二」二一機、騎士三〇名が定数だ。あと四機の黒の二を引っ張ってくるのは難しいだろうが無理じゃあねえ。そもそも101の「黒の二」は、「内戦」で撃破されて用廃になっていた機体を貰ってきて修理改装したもんだろ。解隊するのは902で構わねえ。そん時は俺が101の副大隊長に横滑りする。どうだ?」

 黒騎士として「黒の龍神」乗りとしては、この場にいる騎士達の中ではゲッツが最先任である。なにしろ内戦前から「黒の龍神」を預かってきた古参中の古参であり、502長も勤めた身である。同じ「黒の龍神」乗りではあっても、ゴーラ帝国との戦争の直前に大隊長職についたナタリアとは、やはり一段格が違うのだ。その彼が902を解隊して101長の下に入ってもいいと言われては、さすがに旅団司令部の面々も何も言えなくなる。
 フェイトは、クラウディアがいつの間にゲッツとそこまで親しくなっていたのか、その事実に驚いていた。
 元々がクラウディアは、独立近衛第901重駆逐大隊の最古参「黒の龍神」乗りであるプロヴィウシア・エイビシア上級騎士隊長の直弟子とも言うべき存在で、ナタリアとも付き合いが長い。ゲッツが902長としてエドキナ大公領から赴任してきた時には、すでに101大隊の先任士官扱いであったのだ。

「重駆逐機大隊として編成を完結する事を前提とするならば、解隊するべきは101の方だね。君よりも101長の方が後任で、そして「クルル=カリル」を別枠で運用するならば、大隊はあくまで「黒の二」大隊として運用されるべきだ。ならば、大隊長は君が勤めるべきだ。フォン・ベルリッヒンゲン上級騎士隊長」

 いっそ乾いたといってもよい声色でそう言葉を発したヴェルキンに、ゲッツとクラウディアはすくっと背筋を伸ばした。

「現状では、101と902を編合しても欠編成となる。まして「クルル=カリル」も運用するのであれば、配属するべき騎士の数もそれ相応に増やさざるをえない。そしてその必要があると、902長も101先任士官も判断したんだね?」
「「はい、旅団長」」
「判った。101長の意見は?」
「101長としても、902長と同意見です。現状の902は、要求される任務を遂行しうるだけの戦力を有していないと判断せざるをえません」

 ナタリアも背筋を伸ばし、そうヴェルキンの言葉に答えた。

「「黒の二」二個中隊十二機稼動、「クルル=カリル」三機稼動として、騎士三〇名、さらに本部要員が四名として合計で三四名。902長と副官は「黒の二」専任になってもらうとしても、あと八名の魔導騎士を近衛騎士として叙任させないといけない。その必要があると、902長も、101先任も判断したのだね?」
「「はい、旅団長」」
「近衛騎士団工部頭に聞きたい。901の他に、「黒の二改」二一機、「クルル=カリル」九機を有する重駆逐機大隊を運用する為には、あとどれだけ工部が必要になるかな?」
「901は今別の工部頭が面倒をみていますから、私は902に専念できます。その上であと古人の工部が最低でも二人、できれば四人欲しいですね。「クルル=カリル」の稼動機数は、事実上古人工部の数と同数になると考えていただけますでしょうか」

 ヴェルキンの質問に、イサラも背筋を伸ばしてそう答えた。
 フェイトは、ヴェルキンの質問にナタリアもイサラもよどみなく答えてみせたことから、二個ある大隊を編合するという案は、すでに現場レベルでは意見の一致をみていたのだと理解した。なにしろ、101大隊副官のエウセピアも、902大隊副官のセルピウス騎士長も、特に驚いた表情もせずに会議にのぞんでいる。事前に根回しを受けていたのでなければ、こうはゆかないだろう。事実、101の小隊長である自分も、無名も、902の小隊長であるルキアヌス・アモニス騎士長も、ルナマリア・ファルコニア騎士長も、突然の話になんらかの驚きを隠せない様子であるのだから。

「参謀長の意見は?」
「特にありません」
「高級副官の意見は?」
「……特にありません」
「他に意見は?」

 ヴェルキンの質問に、皆が沈黙をもって答える。ゲッツとクラウディアの意見は、本来ならばポストの減る現場から反発が出る話である。だが、その現場から出されたのであるならば、旅団司令部としては問題は無いということなのであろう。

「では、101と902の編合については、近衛騎士団長に旅団長より上申する」


 結局は夜遅くまで続いた会議のあとフェイトは、煮詰まった頭のままクラウディアと共にセルウィトス一門の屋敷を訪れていた。さすがに今日の会議の内容は、一介の上級騎士でしかない小隊長にとっては理解するのも判断するのも難しい話であったのだ。
 平服に着替えた二人は、軽めのアルコールで喉を湿らせつつ同じ長椅子の上で寄り添いあっていた。

「クラウディアは、今日の会議の内容は事前に知っていたんだ」
「うん。正直101も902も、今回の戦争で戦死者が出なかったのは、とてつもなく運が良かったせいだと思ってる。それは両大隊の幹部皆の一致した意見で、さすがに次の戦いで同じ幸運に恵まれるとは思えないよ」
「……そうなんだ」
「もしかして、事前に話を聞かされてなかったから怒っている?」

 右手を肩に回してフェイトの柔らかくも真っ直ぐな暖かみのある金髪をすくように撫でているクラウディアの言葉に、彼女は首を軽く左右に振って答えた。

「ううん。私にはちょっと難しい話だから。でも、確かに運が良かったのは確かだよね」
「戦死者も、傷病死者も、大隊の騎士からは出なかった。今でも嘘みたいに思えるよ。旅団の他の部隊からは、少なくない死者が出ているのに」

 101の騎士達から戦死者が出なかったのは、大隊長であるナタリアや、先任士官であるクラウディア、そして段列長も兼任する副官のエウセピアの不断の努力があってのことである。そのことをフェイトは全く疑ってはいない。だが、実際に大隊を運用してきたクラウディアにしてみれば、この結果は運が良かったとしか言葉にできないのであろう。
 ころん、とクラウディアの膝の上に身体をかぶせたフェイトは、首をひねって彼女を見上げた。

「皆ががんばったから、だけでは済まないんだね」
「うん。「クルル=カリル」に故障機が出なかった、というそれだけでも本当に幸運なんだよ? 海の上では、故障が出たらそのまま未帰還なんだから」
「そうだね。墜ちれば死ぬのが「クルル=カリル」だしね」

 魔導八相に達したフェイトならば、墜ちる機体から転移して脱出し、生き延びられる可能性もある。だが101の騎士の大半は、転移もできない魔導師としては未熟な者達ばかりなのだ。

「ねえ、クラウディア」
「なに? フェイト」
「私は、「クルル=カリル」に乗る騎士は、皆最低でも転移できるくらいの魔導師になるべきだと思うんだ。でも、そのための教育には時間がかかるのも判っている。その時間は貰えないかな?」

 実はフェイトも戦争の間ずっと考えてきたことではある。101の騎士達が魔導騎士としてのみ鍛えられていて、魔導師としての教育はほとんどわきにのけられていた。だが、当分の間大きな戦争のない今ならば、皆にちゃんとした魔導についての教育を行えるのではないか、と。

「本当に時間だね、必要なのは。ヴェルミリオム師とフェイトと二人導師がいて、まあアムリウス先生とアウルス伯は一生懸命お願いすれば我侭を聞いて貰えるだろうし、シルディール元帥も総参謀長時代からすれば時間に余裕があるだろうし。時間さえあれば、随分と楽になるなあ」
「うん。私からすると、やっぱり皆にきちんと魔導師としての教育も受けて欲しいんだ。あのね、皆、「クルル=カリル」の本当の実力を発揮できていないと思う。あの子は、本当の実力を発揮できるなら、きっと誰も「帝國」に向かって戦争を仕掛けることをためらうような力を発揮できると思っているんだ。クラウディアはどう思う?」

 クラウディアの膝の上でごろんと仰向けになったフェイトは、互いの両手の指を絡めてそうたずねた。
 なにしろ機神「クルル=カリル」の開発騎士はクラウディアだったのだ。きっとフェイト以上にかの機神について深く理解できているはずであろうから。

「そうだね。……「クルル=カリル」にも原型機がいて、それは戦闘はおまけ扱いの魔導機として作られている。今ケイロニウス・ケルトリウス家の機神はアルトリウス殿下と一緒にアル・カルナイにいるから、皇太子殿下が乗る機神が無いんだ、表向きは。でも、その原型機がカタリナ師が乗るための機神で、そしてその事実は、ケイロニウス一門の各家門の主と、開発にたずさわった者達だけが知っている秘密なんだけれどね。その機体の開発の元になった機神についてはさすがに知らないけれど、その原型機は、カタリナ師が駆るならば、どんな奇跡だって起こせると思う。そして「クルル=カリル」に同じ事ができるかどうかは、多分乗り手次第なんじゃないかな」
「……そうなんだ。じゃあ、私が戦う以外にも魔導を行使することもできるのかな? 「クルル=カリル」なら」
「多分ね。なにしろ二号機以降の機体は、魔導行使に制限がかけられているくらいだしね。正直、皆の魔導師としての地力を上げて制限を外すのが、一番必要なことだって思ってる」

 声を潜めて、でも優しい表情で秘密を語ってくれる彼女に、フェイトは嬉しさで一杯になってしまった。そっと手を伸ばしてクラウディアの眼鏡を外して寝台脇のサイドボードの上に転移させ、自分も身体を起こして両手を彼女の首に回す。
 そんなフェイトを両腕で抱き上げて横抱きにしたクラウディアは、切れ長の蒼い瞳を優しげに細めてそっとついばむような口付けをしてくれた。

「あのね、私はクラウディアが一番好き」
「うん、知ってる」
「私は優しくしてくれる人が好き。好きになってくれる人が好き。でも、どれだけ優しくされても、好きになってもらっても、一番はクラウディアなんだよ」

 フェイトにとってクラウディアは、感情で大きく心が揺らぐようになる前から彼女を見守って優しくしてくれた人の一人で、そして一番近くにいてくれた人である。彼女の欲求の根本にいる存在は、今は亡き母と彼女の二人なのだ。
 だからフェイトは、こうしてクラウディアに言葉で自分の気持ちを伝えることで、自分というものを確かめている。

「知っているよ。だからフェイトが誰とどんな関係を持っても、わたしもフェイトのことを好きでい続けるよ。そして、それを誰にも邪魔はさせない」
「本当に?」
「わたしがこれまでフェイトに嘘をついたことがあった?」
「無いよ。うん、クラウディアは、黙っていることはあっても、嘘はつかないものね」

 今度は、自分から甘えるようにねだるようにキスを返したフェイトは、クラウディアの黒髪に顔をうずめて声にならない声をあげた。
 優しく甘やかして欲しい、という言葉にしないフェイトのおねだりに、クラウディアは、彼女の身体をそのまま抱きかかえて寝台へと移った。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年03月04日 01:25