アイデシアのスケッチ その2

 アイデシアから見た902大隊の他の子らのスケッチであると同時に、大北方戦争の始まりのスケッチでもある。下っ端の兵隊にとって戦争というのは突然起きて慌しく過ぎてゆくものなのではないかと思っている次第である。それにしてもディアキニウスとイサクリウスの二人はほんとぶれねぇ(w



 帝國の民に金髪はあまりいない。これはアイデシアの個人的な印象であるが、東方の民の髪が一番黒く、西へゆくほど茶色がかってゆく。金髪は西方人の特徴だとそう思っていた。
 だが彼女の一期上の騎士であるディアキニウス・ファビウス・エレリウスは、くせの強い金髪を後ろに流してひたいを出した彫りの深い面立ちをの少年で、かなり女の子にもてる伊達男を気取った南方辺境出身の貴族である。本人は故郷でのことを一切口に出さないため詳しいことは判らないが、結構な数の女の子を泣かして「帝都」に逃げてきたらしい。かといって懲りるということがないのも彼らしく、「帝都」の女の子を相手にそれなりに楽しくやっているそうである。そんな彼をいかなる理由があって副帝レイヒルフトが近衛騎士団に入れたのか、それがどうしてもアイデシアには判らなかった。

『よし! 当てたっ!』
『円の中心には一発も当たっていないけれどもね』
『いいんだよ! それはこれから課題だからさ』

 独立近衛第901大隊教導隊第767教育隊の中では、ディアキニウスはアスランに次ぐ射撃の腕を持っているとされている。第767教育隊の中で一番強いとされているのはガリルであるが、こと魔力をもちいた射撃ではアスランが一番上手で、次いでディアキニウスの成績が良かった。今も穂先が二又に分かれた砲撃杖をもちいての射撃訓練で彼は、三点射を三回繰り返す射撃を全て一〇〇〇呎先の機装甲大の目標に命中させている。ただし射弾散布界は全く収束しておらず、的全体が穴だらけになっていた。
 それに対してアスラン・シリヤスクス・アトレイデスは、その射撃を見事に的に中心に収束させており、遠目には的の中心に大きな穴が一つあいているようにしか見えなかった。
 もっとも教官らはアスランの射撃にも不満足な様子で、たびたび叱りつけている。曰く、移動目標に対する交差射撃を重視せよ、より短い時間で照準をつけよ、より遠距離でより大威力の射撃を命中させよ。つまり今やっている訓練は、あくまで射撃ではなく射的であって、この程度の結果はしゃぐようなものではないということである。

『よろしい。よく命中させたわね。ディアキニウス、アスラン、イサクリウス、三人とも「黒の二」を駐機させ駆け足営庭二〇周!』
『何故自分もですか!? 教官殿!!』
『同じ小隊員として連帯責任よ。三人とも減らず口を叩き合える戦友に感謝しつつ走りなさい。追加一〇周』

 魔術を用いた戦技の教育を担当しているメトポロニア上級騎士隊長の叱責が飛び、訓練場の外れの駐機位置に乗っていた「黒の二」のひざをつかせると、三人は機体から飛び降りるようにして離れ、営庭に向かって全速力で走っていった。
 アイデシアには、少し離れたところで「土」の系統の魔道を練習しているコルネリアが、走ってゆく三人を見て「黒の二」の肩をすくませたように見えた。


「ああ、くそ、あの悪魔が。走り方に気合が入っていないから追加二〇周とか、たまんねぇな、おい」
「お前はもう黙れ、ディアキニウス。とばっちりを受けたこっちの身にもなってみろ」
「付き合い悪ぃな、イサクリウス。俺達、戦友だろ?」
「だったら訓練中に減らず口を叩くな! お前に付き合わされて毎日どれだけ走らされていると思っているんだ!?」
「足腰鍛えられてよかったよなぁ」

 その日の訓練が終わって士官公室に引き上げた皆が、思い思いに席について駄弁っている。その中でディアキニウスとイサクリウスとアスランとコルネリアの四人が一つ机に陣取ってお茶を飲んでいる。
 いつも通りディアキニウスがぼやき、それにイサクリウスが突っ込みを入れ、そんな二人をアスランとコルネリアの二人が生暖かい目でみているといういつもの光景。

「ディアキニウス達、楽しそうだよね」
「そなたにはそう見えるのか?」
「うん。毎日汗を流して訓練して、終わったら皆でああやって騒いで。そして明日も同じ光景が繰り返されるんだよ。それって、きっととても楽しいことなんだ」
「まるでそなたには別の光景が見えるような口ぶりだが、……すまぬ、そなたの過去を詮索するつもりはなかった」

 同じ小隊の騎士であるシャルルが、そんな四人を少し遠い目をして微笑んで見つめている。
 アイデシアにとってシャルルはよく判らない存在である。自分より背も低く、小柄で、愛らしい面立ちをしている少年なのに、時々見た目よりもはるかに歳をとっているような表情をする。いつもふわっと浮かべている笑顔の裏側に何を秘めているのか、興味がないわけではない。だが誰でも詮索されたくはない何かがある。それをあえて探るような真似は、彼女にはできなかった。

「アイデシアは、今は楽しい?」
「さて。考えたこともない」

 今が楽しいかと問われれば、アイデシアは答えにつまる。充実しているのは確かであるし、日に日に実力がついている実感もあるが、しかしてそれが楽しいかというとどうにも違和感がある。

「ボクは今は楽しいよ。フェイトもガリルも、君もいるし」
「そ、そうか! そうか」

 にこにこと微笑みながらそういうことを口にするシャルルに、アイデシアはどう答えてよいのか判らず顔が火照ってしまう。そういう関係にあるフェイトやガリルと一緒に自分のことがあげられるのは、なんというかとても面はゆい。
 そしてシャルルは、不意にそういうことを口にする。まるでアイデシアのあわてる姿を見るのが楽しいように。
 そんな感じで夕食までの時間を潰していた皆は、突然早足で入室してきた第902大隊副官のセルピウス騎士長の姿にぴたっと口を閉じた。

「全員傾注。101長、902長より通達があります。第一会議室に集合して下さい」

 いつもはつかみどころのない笑みを浮かべているセルピウス騎士長が真面目な表情でそう達すれば、この場にいる騎士全員が何かが起きたのだと思わずにはいられない。
 アイデシアもシャルルも黙って席を立つと、急ぎ会議室へと足を向けた。

「ゴーラとの戦争だぜ。戦うと元気になるよなぁ!」
「だからお前はもう黙れ」

 そしてディアキニウスとイサクリウスは相変わらずであった。


「902大隊、騎士全員集合しました。欠員者無し」
「101大隊、騎士全員集合しました。欠員者無し」

 第902大隊の副官セルピウス騎士長と第101大隊の副官エウセピア・ユリウス・フェブリアヌス上級騎士が、妙に感情の欠落した声でそう両大隊長に報告した。
 会議室の壇上には第101大隊長のバジリア上級騎士隊長と第902大隊長のフォン・ベルリッヒンゲン上級騎士隊長が立っていて、そして二人の横に教導隊教官のメトポロニア上級騎士隊長もいる。

「よろしい。全員傾注。メトポロニア上級騎士隊長、願います」
「はい。帝國軍最高司令部より命令が発せられました。本日午前零時をもって第902大隊および第101大隊は親衛第21旅団に編入、旅団は北方軍直轄部隊としてトゥール・レギスへの移動が命じられました。出発は明日第四刻の予定。長期派遣を前提に私物を整理しておくように。なお遺書を書く者はそれぞれの大隊長に預けること。それでは各員の大隊区割りを発表します。ゲッツ隊長、願います」
「おう。902大隊は3機4個小隊の編成でゆく。902は、俺の小隊にシャルルとアイデシア、ヒュド先任の小隊にガリルとニコラ、ルナマリアの小隊にディアキニウスとイサクリウス、ルキアヌスの小隊にアスランとコルネリア。以上十二名だ。セルピウス副官は段列の指揮をとれ。何か質問はあるか?」

 名前を呼ばれた騎士達は黙ってゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン大隊長の顔を見つめている。その様子に満足したかのようにうなずいたゲッツ隊長は、視線をバジリア隊長に向けた。

「次に101大隊の区割りについて発表する」

 ナタリア隊長の淡々とした声も大隊の行軍序列についての説明も、アイデシアの耳にはどこか遠くの出来事のようにしか聞こえなかった。


 いくらかなりとも迷ったが、アイデシアは結局遺書を書かなかった。姉に対して何か遺言を残そうと思っても、ではあらためて気持ちをしたためようとしても言葉にならない。かといってありきたりな言葉を書き連ねるのも気が引けた。直に会えばまた違うのかもしれないが、その機会ははるか遠い未来にあるかもしれない不確定なものでしかない。
 必要最低限の物だけ行李に放り込み、営舎に与えられた私室内を片付ける。明日朝起きて軍服に着替えればすぐ出立できるようにして、しばらくは味わえないであろう清潔なシーツにくるまって警戒も何もない眠りを味わうことにした。行軍とは飢えと眠気との戦いであると、何度も教官や先達の騎士らに口をすっぱくして教えられている。つまりは眠れる時に寝て、食べられる時には喰っておけ、ということにほかならない。


 その夜アイデシアは、久しぶりに姉のイリュリア公の夢を観た。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年03月29日 21:47