小説 > アルファるふぁ > mark1

ベッドの中を激しいサイレンが揺らした。午前3時のことだ。
頭の中をかき鳴らすような騒音で、フューリー・ウォレットはレム睡眠をかき消される羽目になった。
一体なんだ?
そう思うのも束の間に、兄のデヴィッドがベッドを蹴る。
「おい兄弟!起きろ、起きろ!」
「うるせえなあ…」
いまだ夢の中に片足を突っ込んでいるフューリーの背中をデヴィッドが叩く。肺の中の空気が出て行き、鼻息が茶髪を揺らした。
「テオーリアのお客様だ!」
「団体様?」
「2人だな」
シャツを脱いでシャワー室に飛び込む。
「俺とお前で一匹ずつ。タイマンだ」
朝飯がわりのヘルスメイトを口に放り、デヴィッドが口角を吊り上げて言った。
「お楽しみだぜ?」
「ガラクタの化け物よりグラマラス美人と遊びたいね俺は」
シャワーを浴びつつ歯を磨き、洗顔。出たらすぐにタオルが飛んできた。デヴィッドのファインプレー。
入れ替わりにデヴィッドがシャワー室に潜り込む。
「付近の他のギガは修理中!増援は望めない!」
「足並みがおせえなあ」
「つまり俺たちが負ければ世界は滅亡だ!」
「そりゃあいい」
身体中から水滴を拭い去った時には、フューリーの意識ははっきりと覚醒した。
そして今度は、自分の体をすっぽり覆うようなカプセルの中に入る。
「ウォレット兄弟が世界を救うってことか」
「その通り」
身体中に貼り付けられるボディスーツ。ぴっちりとしたそれはパイロットの全身を保護し、神経接続を円滑に進める機能がある。
その上から各部位に対応した鎧のような金属が取り付けられていく。装甲ではない。全てテウルギア・ギガの操縦のためのデバイスだ。
フューリーの全身は、筋肉質な裸体からたちまち黒塗りの金属質なそれに変わった。部屋のライトが反射して鋭く光る。
隣のポッドでは、既にシャワーを終えたデヴィッドが潜り込んでいる。
「ヒーローになろうぜ兄弟!」
フューリーが兄貴のポッドを平手で叩く。
「俺たちゃもうヒーローさ、兄弟」
ノックのような音が、返事と共に帰ってくる。
そしてデヴィッドがフューリーと同じデザインの、黄色いアーマーを着込んで現れた。
出撃準備は完了した。
腕の通信機を起動して、愛機の中に収まっているであろう『二人の相棒』を呼ぶ。
「シャイニー、レイニー。おはよう!」
「おはようございます、フューリー」
「こんばんは。マスター」
テウルギア・ギガのレメゲトンは2人だ。巨大すぎる機体を柔軟に制御するため、従来の倍のレメゲトンが必要になったのだ。
そしてその2人のレメゲトンは相互シンクロを行うため、性格などが限りなく近いコンビがチョイスされる。
「こんな夜更けに叩き起こされるなんて、たまらねえよなぁ!」
「それにしては。嬉しそうですね」
「そりゃな」
「自己主張の塊ですものね」
「ヒーローは自身の塊でなきゃ務まらないんだぜ?」
軽口を言い合いながら歩いていると、分かれ道に着いた。
デヴィッドとはここで一旦お別れだ。
「勝てよ兄弟、しくじんじゃねえぞ!」
「お互いなあ!」
フューリーは左の道に向かう。こちらが、彼の愛機「マキシム・ウォーリアー」の格納庫であった。
鋼鉄製の分厚い自動ドアを通る。ここはいわゆるタラップだ。この道を通ればコクピットに入れる。
せっかちなフューリーは歩いて向かうことなどしない。ダッシュでコクピットルーム目指し飛び込んでいく。
開けっ放しのコクピットハッチを通る。ハッチが閉まる。
ギガの内臓ともいえる内装機器類を通り過ぎ、ドアを開ける。そこがコクピットルームだ。
そこは無数のアームがある、全面液晶の部屋だった。
「おかえりなさいませマスター」
「いらっしゃいませ、フューリー」
室内に反響するレメゲトンの声。通信機よりもクリアに聞こえる。
「おうおう、来てやったぞ!さあ行こうぜ」
フューリーは口角を吊り上げ、指を鳴らした。
恐怖と期待と闘争本能がないまぜとなる。
「テウルゴスコネクト、スタート」
テウルゴスコネクトとは、テウルギア・ギガとパイロットを繋げるための一連のプロセスだ。
名前の由来は、通常のテウルギアのパイロットをそう呼ぶことに起因する。
「アーム、接続」
まず、部屋中にあるロボアームがフューリーの体の至る所をを掴んだ。パイロットの神経に流れる電気を分析し、それをテウルギア側に伝えるためだ。
これによってパイロットは自らの動きとギガの動きをシンクロさせる。パイロットがパンチを繰り出せばギガが拳を打ち、パイロットが足を交互に動かせばギガが走る。
「完了」
「ブレイン・フュージョニック、開始」
続いて、フューリーの頭にヘルメットが被せられた。目を閉じると、フューリーの脳内で様々なイメージがもみくちゃになった。
この作業はレメゲトンとパイロットを精神的に繋ぎ、ギガの動作とに齟齬がなくなるようにする。
ガリゾーンタフ主導の技術だが、その効果はギガの戦力に確かに反映されていた。
「ぐ…っ!!」
シャイニーとレイニーの意識がフューリーの頭をシェイクする。ここで意識を手放したら、一生介護生活だ。
だが、この作業を乗り越えれば、ギガとパイロットと2人のレメゲトンとは一体になり、ただのガラクタから地上最強の兵器に変貌する。
「完了」
フューリーの意識にレイニーとシャイニーの意識の一部が繋がっている。感覚で言えば、自分の体の外にまで感覚が存在するようなイメージだ。
レメゲトンの体は機体そのものだ。その意識がパイロットと繋がったと言うことは、テウルギア・ギガの機体にパイロットの意識が宿ったと言うことである。
「右腕、チェック」
フューリーが右腕を動かす。マキシム・ウォーリアーの右腕がフューリーの動きに同調する。微塵の違いも一瞬の遅れもない。
そのサイズゆえに慣性や重量に振り回される時もあるが、それらの影響はアームによって再現され、パイロットの感覚にも共有される。
「OK」
「左腕、チェック」
「OK」
「全プロセス終了。マキシム・ウォーリアー出撃できます」
2人の相棒が告ぐ。基地司令からの出動命令はとっくに出されていた。
フューリーは息を吸い、叫んだ。
「マキシム・ウォーリアー、出動!」
格納庫の壁が横に動いた。向こうに見えるは遥かなる日本海岸。
60メートル級の鉄の巨人が足を踏み出す。右足、左足、また右足。
「さあ。ヒーローになろうぜ」
レメゲトンが彼の脳裏でイエスを発した。


最終更新:2018年04月24日 23:14