小説 > アルファるふぁ > mark3

海岸から約200メートル離れた地点。テウルギア・ギガ第3世代「マキシム・ウォーリアー」は腹から上を出して前進していた。
マキシムの機体色は黒だ。夜中の海には良く紛れる。左右非対称の腕とマッシヴな全身、それから背中に付いた一対の板状ユニットも特徴だ。
ギガはあらゆる障害に耐えながらオーガーと戦わなければならない。よって水深4000メートルの深海にも潜れるし、上空2000メートルから叩き付けられても動作する。
海の中に入るのは全く問題なかったが、問題はオーガーとの戦闘だ。この向こうに、二体現われたうちの一体がいるはずだ。
「司令部!」
フューリーが絶えず足を動かしながら声を張った。通信機がアクティヴになり、彼の所属する司令部と繋がる。
テウルギア・ギガはパイロットの動きをトレースするため、内部機器はほぼ全て音声認識で起動する。
「こちら司令部。マキシム、どうした」
「日本海の指定ポイントに着いた!オーガーはどこだ」
「もう遭遇している頃だ。レーダーは見えないのか?」
「マキシムは少しだけお年寄りだからな、最新のオーガー用レーダーなんて重い物持てねえんだと…待て、海中で何か…」
波の高さが一瞬変わった。フューリーがそう認識すると、レイニーが叫んだ。
「オーガー、2時の方向!」
その報告は、テウルゴスコネクトの効果で彼女自身の声より早くフューリーの脳裏に届いた。
体をずらし、胸の前で両腕を重ねるフューリー。マキシムがそれに倣い、防御の姿勢をとる。
すると、海面から小山のような鼻先がギガの腕に衝突した。
周囲数百メートルにまで大玉の水滴が飛び散り、ダイナマイト数百本分の衝撃波が夜の水面を大きく揺らした。
だがこれは単なる始まりに過ぎない。ギガとオーガーの戦闘はまだこんなものではない。
「こちらマキシムのフューリー・ウォレット!オーガーとエンゲージした、戦闘を開始するッ!」
フューリーが腹から声を挙げ、吠える。
ほぼ密着した状態から、マキシムはオーガーの鼻先を殴りつけた。
ギガの拳は2種類ある。手持ち装備を器用に扱い、作業を難なくこなすための、従来のようなハンドアーム。
そして、拳骨にした際の威力と強度を鑑みられて設計された、ショベルカーを彷彿とさせるハンマーアーム。この2種だ。
マキシム・ウォーリアーは接近戦を念頭に作られており、そのため腕はハンマーアームになっていた。
この腕なら、オーガーを何百回殴っても不調を起こすことはない。
「もう一度打てます」
「ぃよっしゃあ!」
鼻っ面に叩き込まれる左腕。
腕を大きく振るうたびに海面が揺れ、波が生まれる。
パンチの衝撃でオーガーが倒れた。再び水面が爆ぜ、数メートル級の大波がひっきりなしに出現する。
「へへっ痛いか?。このままボッコボコに…」
「敵、ダメージを受けた様子がありません」
「痛くなさそうですね」
「は?バカ言え、バンタム級チャンピオンだってあんな良いパンチ打てやしな…」
レメゲトンの指摘通りであった。マキシムの攻撃を耐えたオーガーは姿勢を元に戻し、巨大なハンマーヘッドを押し付けてくる。
ぶつかる金属と金属。飛び散る海水。衝撃波。
敵はタックルの勢いを緩めない。重量に任せて転ばせようとする策だろう。
「馬鹿野郎、俺はな…!」
フューリーがコクピットの中で指を開く。対応して、ギガもハンマーアームを展開し、歪な形の指を広げた。
「化け物に押し倒される趣味は、ねえんだよォッ!」
歪な指はハンマーヘッドを掴み、握る。マキシムのサブ動力源の出力は全開になり、鉄の巨人の腕にギガワット級のパワーを与えた。
持ち上げ、放り投げる。
たったそれだけの行為だが、オーガーを100メートルも投げた際に生まれる影響は大きい。
落下地点からマキシムよりも大きい水柱が上がり、海底が揺れたのが観測される。海水がクッションになったはずなのにこの影響だった。
「オーガーを放り投げるのは自粛してください、フューリー。環境に変化が起きる可能性が指摘されています」
「オーケイ、気を付ける。なるべくな」
全長60メートルの巨体。その攻防は尋常ではないスケールで繰り広げられる。
テウルギア・ギガとオーガーのぶつかり合いは最早、戦術戦闘のそれではない。例えるならば災害と災害の対決だ。
周辺の地域は無論のこと、遠く離れた土地にまで影響が出るのである。
「でも背に腹は変えられないという格言があるって、LSSの役員が…」
「オーガー、起き上がります」
「おっと!」
オーガーは頭を持ち上げて、テウルギア・ギガと対峙する。
先ほどまでのぶつかり合いから一転、今度は張り詰めた空気が二機の間に漂った。
「あのトンカチ頭は、多分ギガ用だろうな。殴ってもビクともしねえ」
フューリーは冷静に分析した。
「スタミナ勝負は嫌いなんだが!」
「フューリー。持ち上げた際に敵の分析を完了しました」
「本当か!?」
「正面以外から攻撃を仕掛けてください」
「そりゃ俺への当てつけか?」
「マスター、敵が離れていきます」
レイニーの報告で、フューリーは我に返った。今は戦闘の真っ最中だ。ジョークなど飛ばしてはいられない。
オーガーはマキシムの周囲を回りながら少しずつ遠のいていく。
傍目から見ればのっそりとした泳ぎだが、巨体ゆえに実際のスピードはかなりのものとなるだろう。
「遠距離戦か?撃ち合いをしようってのか」
ならば遠くに浮き上がるはずだ。フューリーはそう予測する。
フューリーの懸念通り、オーガーはマキシムの正面300メートルの地点に浮上した。ハンマーのような頭だけでなく、胸から上にあたる部位もしっかり水面から出していた。
だがマキシム・ウォーリアーはただ棒立ちで様子を見ていたのではない。攻撃の準備を整えていたのだ。
先手必勝と言わんばかりに、叫ぶ。
「ミサイルシステム…アクティヴ!!」
「発射方向、弾道、発射数、発射間隔を指定してください。」
「全部撃て、後は任せる!」
「ラジャー」
マキシムの背部にあった背部ユニットの至る場所に穴が開き、そこから弾頭が顔を出した。片側総数六十発の大型ミサイルである。
ロマニアの開発したミサイルシステム・ユニットは、発射方向、弾道、発射数、発射間隔をオート設定できる。これによってランダムな方向でミサイルを集中することで、オーガー
の迎撃レーザーを潜り抜けようという意図の装備。
「遠慮すんなよ全部食ってけ!」
120の白煙が尾を引いて飛ぶ。方向はバラバラ、発射間隔もバラバラ。
だが全てオーガーに向かっている。
すると、オーガーの各所から球体がせり出した。球体からは針のような部品が飛び出して、さらにそこからレーザー光が照射される。
真夜中の海面で花火大会が始まった。迎撃レーザーがミサイルを1つ残らず撃墜し、その誘爆が焔の華となって周辺に咲いたのだ。
ミサイルの破片や爆風に身じろぎひとつしないオーガー。そしてギガ。双方ともにこの程度でダメージを負うほどヤワではない。
「くそっ拒食症め」
「私も無数のミサイルは食べたくないです」
「言ってろ!」
迎撃レーザーは、本体より200メートルより外から来る高速実体飛翔体を完全迎撃するオーガー最大の武器だ。飛び道具を使うにはそれより近くに潜り込むしかない。
だが直接迫って殴りつけるぶんにはまったく問題のない装備でもある。
「ミサイル来ます。中型、数90」
「心配すんな、盾はあるぜ」
反撃とばかりにオーガーから大量のミサイルが放たれた。全て直撃したら流石のギガでも痛手を負いかねない。
「ミサイルシステム、パージ!」
機体から切り離された二枚の板を前に掲げ、即席の盾とする。
板であるからして、ミサイルシステム・ユニットの表面積は大きい。マキシム本体には一発も通さなかった。
だが次々に突き刺さるミサイルは、その板に致命的な損傷を与えた。ミサイルの爆発が止んだ時、粉々になったミサイルシステム・ユニットは放り捨てられた。
「無駄遣いですね」
「うるせえ。リサイクルだよ、エコだろ」
双方のミサイル合戦は引き分けとなった。続いてはやはり殴り合いとなる。
「シャイニー!横だろ!?」
「正確には正面以外です。あの重量の頭部からあの軽量を維持するには、頭部以外の防御力を犠牲にするしかありません」
「オーライオーライ!アームブースタを用意しとけ」
「ラジャー」
再び海中に潜り込んだオーガーに対し、マキシム・ウォーリアーはその場に立ち止まって様子見を始める。
敵のハンマーヘッドは重量が大きいぶん攻撃後の硬直もあるようだ。付け入る隙はそこにある。
「来い…来い…来いッ」
敵がぐるぐるとマキシムの周りを巡る。油断を誘って、死角から必殺の体当たりをかまそうとする動きだ。
オーガーの泳ぎに合わせ、マキシムの首まである波が黒い体にぶつかる。
一周、二週、三週、四週目でオーガーの泳ぎ方が一瞬変わった。
「来たァッ!!」
海面から飛び上がってマキシムに突撃するオーガー。
マキシムはそれを、左腕で軽く受け流す。
拳の上に当たったハンマーヘッドの先端は、手首、前腕を通り過ぎ、最後に肘に弾かれる。
「今です」
空中で無防備な様を晒したオーガー。落下する前に横腹に拳を向けるマキシム。
「アームブースタ起動!いぃいけぇええええーッ!!!
コクピットで渾身の右フックを放つフューリーに合わせ、マキシム・ウォーリアーの右前腕に設けられた4個の天郷製ブースターが火を吐いた。
アクチュエーターのパワーに加速が乗った極上の一撃。それは見事に、海中に落下するオーガーの左脇腹を叩いた。
この戦いで幾度めかの衝撃波が発生。マキシムから見て後方に向かって飛び上がったオーガーが、今度はマキシムから見て左側に吹っ飛ぶ。
その脇腹には見事なクレーターが生まれていた。
「敵、ダメージ甚大」
「追撃を推奨します、マスター」

マキシムのアームブースタから火が消える。

敵が吹っ飛んだ方向を睨むフューリー。

マキシムは全速力でオーガーを追った。
かぁあああああああ!!!
スプリント選手のような走行姿勢で走るマキシム。エクステックからもたらされた機械式擬似筋肉技術はギガの運動性を高いレベルに至らしめる。
「うおおお!」
キツイ一撃で動きが鈍ったオーガーに、マキシムの方をすぐに向くのは不可能であった。ふるふると起き上がったオーガーの横腹は、未だマキシムに面している。
そこへさらなる一撃。
先ほど開けてやったクレーターに、強烈なパンチを打つ。打つ。
右、左、さらに右、もう一度左。
激しく身悶えるような動きをするオーガー。だがマキシムは攻撃の手を緩めない。
クレーターはより深く、より大きくなっていく。そしてついに、オーガーの装甲がひしゃげて内部機器が露出した。
銀河(ガラクシア)、アクティブ!」
「ラジャー」
腰の横に吊り下げられた大砲のようなユニットを、展開した左アームで握る。掌にあたる部位からコードが伸びて、そのユニットに接続された。
レーザーキャノンのチャージが始まる。光が発生し、マキシムの左腕に小さな太陽が生まれた。
それを止めようと抵抗するオーガーを、マキシムの右腕が押さえつけた。
「残念だったな、これでも喰らいな」
大型レーザーキャノンが放たれた。要塞壁をブチ抜く超出力の光線が、装甲の割れたオーガーの腹に撃ち込まれる。焼かれる内部機器。溶ける装甲。
蒸発する海水。動きを止めるオーガー。
「もっかいだ!」
「先の攻撃で左腕が損傷しています」
「構うな!」
数秒のチャージを経て、もう一度レーザーキャノンが撃たれた。極太の光線が第一射で空いた大穴を通り抜け、敵中枢・動力炉に致命的な損害を与えた。
爆発。
オーガーの動力炉が暴走して、敵の化け物兵器は粉々に砕けて散った。
一番大きな破片は、先ほどまで大いにマキシムを苦しめたとんかち頭だった。装甲の薄い胴体は爆発に耐えられず跡形も残っていない。
「作戦…終了。俺の勝ちだな」
絶えず飛んで来るオーガーの破片を弾きつつ、マキシム・ウォーリアーが振り向いた。デヴィッドのギガを迎えにいくのだ。
「俺達の、です。マスター、訂正を願います」
「レイニーに同意します、フューリー」
「あいあい、それは悪かったな。すまない、許してくれよ。二人してそんなに怒ること…」
いつも通りの軽口を並び立てようとしたフューリー。これがいつもの彼の癖だ。
勝利のたびに、戦いの恐怖を紛らわすようにジョークを飛ばして、二人のレメゲトンと掛け合い、リラックスする。
勝って生き残った実感を味わうのだ。


だがその脳裏に二人の警告が響いた。
「後方ですフューリー!!」
「背後に気をつけてマスター!!」
それは一瞬遅かった。
海中でステルス潜行していたもう一体のオーガーは、直前の戦いでボロボロになった左腕をしっかりと捉えた。



最終更新:2018年04月28日 13:41