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  • 貴方と夢見たその先へ(続編)Part6

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貴方と夢見たその先へ(続編)Part6

最終更新:2025年05月10日 20:35

mejiroeski

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メジロエスキモー


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本編


クラシック編


+ 第51話
「エスキモーは年末年始は実家に帰るんだよな?」
「うん。レースもないし、ママと弟にも会いたいから」
「父は……まあ学園で会うからか」

 クリスマスパーティーの翌日、冬休みに突入したこともあってゆっくりとした朝をエスキモーとリビングで過ごす。昨晩パラパラと降っていた雪は日の出までには止んでいて、空には薄っすらとした雲が広がっていた。

「トレーナーは実家に帰らないの?」
「帰るけど……その前に君の家とザイアの家に年末の挨拶に行かないとと思ってさ」
「えっ、なに? 結婚報告でもするの?」
「籍も入れられないのにそんなことできないだろ……」
「分かってる。冗談だって」

 将来的にはということは一旦横に置いて、今はこの関係を卒業まで隠したまま続けることが肝要だ。ザイアには毎日エスキモーが家に通っていることがバレてしまったが、関係性という意味では勘づかれてはいない……と思う。彼女は口が堅いから気づかれても問題はなさそうだが絶対はないから、引き続き気をつけないといけない。

「それでいつ来るの? 決まってたら私の方からパパとママに言っておくよ?」
「一日で二人の家に行きたいんだよな……ただ28日はチーフもチームの子が出走するって言っていたし、29日は東京大賞典をチェックしたい……30日の朝から行かせてもらおうかな」
「はーい。トレーナーが30日の朝に挨拶に家に来るよっと……うん、メッセージ入れておいたからこれで大丈夫だと思う。ザイアにも言っておいた方がいいかな?」
「ありがとう。ザイアにはオレの方から直接伝えるよ」

 家族ならともかく、これ以上彼女の手を煩わせるわけにはいかない。彼女の申し出を断ると、その場でザイアに年末に挨拶に行きたい旨をメッセージで送る。すると手持ち無沙汰になったのか、オレの肩に寄りかかっていたエスキモーがなにやらオレの携帯の画面をじーっと見つめていた。

「……トレーナーってさ」
「どうした? 不満そうな顔して」
「女の人の知り合い多いんだね」
「何を……って、LANEの話か。ほとんど仕事の付き合いだよ。ザイアとかレインたちを抜いてもこの人は同僚だろ……それでその下は先輩。もう一つ下は後輩で、あとはザイアのお母さんや君のお母さんとかだよ。もちろん大学の友人もいるけど、今はそんなに連絡取り合ってないよ」
「ふーん……」

 ひと通り説明してもまだ疑惑は晴れていないようだ。彼女のじとーっとした目がそう物語っている。仕方ないなと息を吐き、彼女の頭を優しく撫でてあげるとようやく目を細め、張っていた緊張の糸を緩めてくれた。

「君が一番だから。な?」
「ん……しょうがないな……もっと撫でてくれたら許してあげる」
「はいはい、お姫さまのお気に召すままに」

 オレの肩に頬を擦りつけ、耳をぺたりと倒し尻尾をオレの体に巻きつける彼女はまるで猫のように見えた。甘えたがりな部分は昔も今も、きっと未来も変わることはないだろう。

(二人きりでしか発散できないものもあるんだろうな……もう少しこのままにしてあげよう)

 クラスでは学級委員長として、寮では憧れられる“お姉さま”として、レースでは現役トップクラスの競走ウマ娘としての立場がある。そして今では実家でも長女としての役割を与えられている。安心して気を抜けるのはオレといるときだけなのだろう。トレーナーとその担当ウマ娘という立場はしばし脇に置き、今はただ甘いひとときを彼女と過ごそうと彼女の頭を撫でながらそう心に誓った。

─────
 そして迎えた30日の昼前、オレはエスキモーとチーフの実家の前に立っていた。既に何度も訪れたことがあるから、家に上がらせてもらうことに今更緊張することはない。話す内容も決まっているということもあって、臆することなく玄関のインターホンを押した。すると少しパタパタとした音が家の中から聞こえてきたと思うと、玄関からいつもより少しラフな格好のエスキモーが顔を出した。

「やっぱりトレーナーだ。ほら、上がって上がって!」
「ありがとう、失礼するよ」

 玄関に入って靴からスリッパへと履き替えると、招かれるがままにリビングへと通された。そこには既にチーフとエスキモーのお母さんであるドーベルさんがソファに座っていた。

「いらっしゃい。外は寒かっただろ」
「今温かいお茶入れてくるからちょっと待っててね」
「外はやっぱり冷えますね……お茶もすいません」

 下の子はお昼寝中なのか姿が見えない。ただまだ1歳ということもあって大変だろうし手短に済ませておきたい。オレはコートを掛けさせてもらってから菓子折をチーフに差し出すと、早速話を切り出した。

「この一年間エスキモーさんを指導させていただきました。自分自身足らない部分も多々ありましたが、彼女は日本ダービーと菊花賞の二冠を掴むことができました。惜しいレースもありましたが、来年以降も活躍できるよう精一杯サポートしていきたいと思っています」
「硬い硬い、オレたちの仲だからもう少し気を抜いていいよ。娘のこともさん付けはいいから」
「アナタはもう少し硬くしてもいいんじゃない? はい、お茶どうぞ」
「ありがとうございます。一口いただきます」

 暖房が効いたリビングで湯気が立つお茶を喉を湿らせる程度に口に含む。しかしそれだけでも体がぽかぽかとしてきて、ふっと体から力が抜ける。

「ふぅ……美味しいですね。このお茶って……」
「あっ、気づいた? この前買い物行ったら美味しそうなお茶っ葉見つけてね。この季節だしジンジャーティーでもどうかなって」
「ね、ママってすごいでしょ」
「はいはい、おだててもお年玉は増やさないからね」
「えー!? 私一年間頑張ったんだよ? ねえ、パパからも言ってくれない?」
「ちょっと考えておくよ……」

 家族ならではの会話を見て思わず口角が緩む。お年玉の額について喧々諤々な話になるのもこの時期ならではといったところだろう。ただ彼女もこれまでの活躍のおかげでメディアに取り上げられることも増えてきたから、デビュー前より懐も暖まっているはずなのだが……

(まあ年齢もあるから全部親が管理している家も多いって聞くし、将来のことを考えて大部分を貯蓄に回しているのかもしれないな)

 競技は異なるものの、プロ野球でも高校卒業したばかりの選手にいきなり数百万円や数千万円といった金銭が渡るケースも多々ある。それでお金の使い方が荒くなり、身を崩してしまうこともあるとよく聞く。だからここはエスキモーに可哀想かもしれないが、チーフも一人のトレーナーとして強くは言えないのかもしれない。普段は娘の話になると親バカ全開なのだが、ここではトレーナーとしての立ち位置が勝ったということだろう。

「アナタもエスキモーもお年玉の話はあとでするから」
「そ、そうだな……悪いな、話遮ってしまって」
「いえ、気にしないでください。それでですね、エスキモーのことなんですが、一つお聞きしたいことがあります」

 そう、彼女の活躍についてはチーフは間近で見ているしオレより知識がある。母であるドーベルさんも自身がレースの最前線で走り続けたこともあって、オレが語るまでもなく娘の状態は分かっているだろう。エスキモーからもよく学園のことやレースのことを家族と話していると聞くし、オレがベラベラと喋る必要はない。だからこれから話すのは──

「可能ならば来年にもエスキモーを海外で走らせたいと考えています。ヨーロッパかアメリカか、はたまた中東かはまだ考えていませんが挑戦させてあげたい。当然彼女の気持ちが最優先ですが、親御さんであるお二人の意見をお聞きしたいんです……もちろんエスキモーの気持ちも」

 未来の話だ。

「海外か……ベルはどう思う?」
「元競走ウマ娘としてはこの子が行きたいなら背中を押してあげたい。でも親としては……ちょっと怖い。何かあってもすぐに駆けつけてあげられないから」
「そうか……オレは親としては海外でこの子がどんな成長をするのか見たい。ただトレーナーとしては……せめて春は国内で地力をつけて、秋から臨むべきなんじゃないかと思う」
「私はルージュが注目されてるのを見て羨ましいなって思った。凱旋門賞とかそれ以外のレースでも走ってみたい。だけど有馬でレインに負けちゃったから……」

 返ってきたのは三者三様の答え。そのどれもが納得できるもので、そのどれもが行きたい、行かせたいけど不安があるという想い。オレは天を仰いでから三人の顔をそれぞれ見ていく。最後にエスキモーと目が合って互いに頷くと、おもむろに口を開く。

「分かりました。自分も気持ちは半々です。すぐにでも彼女が世界で活躍する姿を見たい想いと、もしここで彼女が崩れてしまったらという相反する想いがあります。だからエスキモーの気持ちを含めて聞いておきたかったんです」

 もし三人が全員乗り気であれば、今日からでもオレは遠征に向けて各所へ調整し、トレーニングメニューを海外用に組み直すことを始めていただろう。あくまでオレがするのは彼女がレースを走るためのサポートで、一から十まで決めるわけではない。担当するウマ娘がレースでポテンシャルを最大限に発揮できるようにすること、それがトレーナーという仕事だ。だから彼女が出たいと言えば走らせてあげたいし、出たくないと言えば無理強いはしない。だから。

「春は国内に専念しましょう。その結果次第で秋から挑むか検討します」

 この話はまた、半年後に。

─────
「トレーナー、もう少し海外の話粘ると思ってた」
「オレの意見なんて一番後回しでいいんだよ。あくまでも君と親御さんの意見が最優先なんだから」

 あのあと改めてエスキモーやチーフ、ドーベルさんと一緒に彼女の来春のスケジュールを話し合った。その結果、ひとまず始動戦には京都記念を選択し、そこから春シニア三冠へと向かうローテーションとなった。そう話が一段落したところでちょうど正午を迎えこの場を辞そうと立ち上がったところ、お昼も一緒にと誘われたためありがたくご一緒させてもらい、今に至るというわけだ。

「ただいくら君の親といってもライバル陣営にローテとか君の情報を渡すのはなあ……」
「気にしなくていいよ。秋はともかく春はほとんど被らないから」
「パパ、それってどういうこと?」

 昼食のあとキッチンで洗い物をしていたはずのチーフがリビングへと戻り、オレたちの話に割り込んできた。ちなみにドーベルさんは一緒にお昼を食べた下の子を寝かしつけにいったそうだ。ただそれにしてもローテーションが被らないとはもしかして……

「どうせ年明けには発表することだし、二人には言ってもいいかな」
「もったいぶらないで早く教えてよ。とりあえずここ座って」
「分かった分かった。セーターが伸びるから引っ張るなって」

 三人がけの端、オレ・エスキモー・チーフという形になるようにチーフはソファへ腰を下ろした。正確には座らされたという方が正確だろうけど、実際は似たようなものだろう。

「それで話の続きだけど」
「そうだな。ルージュは変わらずフランスを拠点にして欧州を中心としたローテを組んでいく。始動戦はサウジカップの予定だ」
「でもダート、ですよね。ウッドチップを含んでいて芝を走るウマ娘にも合うとは聞きますが」

 サウジカップはその名の通りサウジアラビアで行われるGⅠ競走だ。ダートで行われるものの日本やアメリカとは異なるバ場だから、日本だけではなく世界からも芝を中心に走るウマ娘が出走することも多い。なにせ開催されてから初めて日本勢で勝利したウマ娘は、その前年のドバイターフの覇者なのだから。

「ルージュには合うと思うよ。問題は距離だけど、きっと彼女なら十分カバーできると考えている」
「なるほど……ということはその次走はもしかしてドバイワールドカップ、ですか?」
「正解。もちろんサウジカップの結果次第だけど、本線はその予定だよ」
「ルージュなら喜んで走るんだろうけど……すごいなあ」

 ルージュがまさかのダート参戦とは驚いた。おそらく欧米のオフシーズンにも走らせるためだけの路線変更だと思われるが、その柔軟性は流石といったところだろう。エスキモーとともに思わず感心してしまった。

「ルージュはそれでいいとして……もしかしてレインもだったりしますか?」
「パパ、もしかしてルージュだけじゃなくてレインも海外に行かせちゃうの?」
「エスキモー、それは半分当たりで半分ハズレだ。ルージュみたいに一年中海外で走らせるわけじゃない。体質は強くなってきたとはいえ、流石にいきなり日本と異なる環境で年間を通して走り続けるのはまだ厳しい」

 そう、彼女は昨年暮れの朝日杯から弥生賞に向かい、そこからダービーに挑むという異例のローテを組んでいたのだ。戦績としても皐月賞に直行できたはずなのに、わざわざ同距離のGⅡを使ったのは、他のウマ娘の比較してあまり強くない体質が影響していたのだ。

「だからタイミングを見計らって日本には定期的に戻ってくるよ。状態次第ではまた日本でレースに出ることもあるだろうけど、それは確約はできない」
「もしかしたら、そのまままたヨーロッパとかアメリカに帰っちゃうこともあるってこと?」
「可能性としては十分ある」
「そっか……寂しくなるね」

 しょんぼりと俯くエスキモーに手を伸ばそうとするも、チーフがその奥にいることに気づき、さっと手を引っ込める。チーフもオレの動きに気づいていたのか、オレが手を引っ込めたタイミングで、彼女を慰めるように頭を軽く撫でていた。

「次会うときには絶対強くなるんだから……だからトレーニングお願いね、トレーナー」
「もちろんだ。オレに任せろ!」
「心強いな。引き続きうちの娘を頼むよ」
「ええ。来年の秋を楽しみにしていてくださいね、チーフ!」

 やはりチーフとは今みたいな構図が一番合う。お互いのリスペクトを忘れることなく挑戦状を叩きつけ、正々堂々と勝負を挑む。この前の有馬記念でハナ差で負けた借りは次一緒に走るときに全てまとめて返してやる。

「そろそろ時間ですね。それではこの辺りで失礼します」
「次も担当の子の家に行くんだよな? このあと暇だし来るまで送るよ」
「いいんですか? ご迷惑でなければお願いしたいです」

 ちょうどザイアの家に向かうのに席を立ったタイミングでチーフから垂涎ものの提案を受けてしまった。本来であれば断るべきなのだろうが、確かにここから歩いていくには骨が折れるし、タクシー代も高くなる。家の地下くまでといっても運んでくれるのは感謝でしかない。深々と頭を下げて、私と同じく立ち上がり車へ向かうチーフを追って家を辞することにした。

「トレーナー、また来てね」
「ああ。何かあったら来させてもらうよ」

 玄関まで見送って、それに手を振ってくれたエスキモーへ手を振り返し、チーフの車の助手席に乗り込む。

「シートベルトよし……それじゃ出発するぞ」
「お願いします!」

 さあ次はどんな話が飛び出すのか。今のうちに話す内容を確認しておこう、そう決意してオレは鞄に仕舞っていたタブレット端末を取り出し、短時間ではあるけどチーフが運転する隣でザイアに関するデータの整理を始めた。

シニア編


+ 第52話

「あけましておめでとうございます、お姉さま、トレーナーさん」
「ああ、おめでとう」
「おめでとう、ザイア。今日は誘ってくれてありがとね」

 年が明けてエスキモーとザイアの二人はクラシック級からシニア級の仲間入りを果たした。エスキモーは既に有馬記念でシニア級の先輩たちと戦ってはいるが、これからは本格的に先輩たちと戦うことになる。ただずっと意気込んでいたら、肝心なところでオーバーヒートしてしまうだけだから、せめて年の始まりぐらいは気楽に過ごしたい。

「いえ、一族関係の挨拶回りは昨日までに済ませておりました。せめて三が日の最終日はお二人に新年の挨拶をしなければと思っただけです」
「ふーん……本音は?」
「……お姉さまに会いたかったくて寂しかったです」
「はい、よく言えました。よしよし」
「おいおい、オレはエスキモーのついでだったのか……」

 ザイアの変わらないエスキモーへの厚い親愛の念と、エスキモーのザイアの扱いの上手さを横目で見つつ、境内へ行こうと二人を誘う。中心街から離れた神社といえども初詣に訪れる人の数は膨大で、気をつけないとすぐに離ればなれになってしまいそうだ。

「二人ともどこから行きたい?」
「私はどこでもいいけど……ザイアはどう?」
「でしたら本殿の方で神様へ昨年の報告とこの一年の抱負をお伝えしたく存じます」
「了解。それじゃはぐれないように注意して行こうか」
「はーい。それじゃ私とザイアは手繋いでいこっか」
「不束者ですがよろしくお願いしましゅ……します」

 エスキモーとザイアははぐれないように手を繋いだようだ。ただエスキモーがその流れでオレの腕を掴もうとしてきたのは危なかった。一度掴ませたら何かと理由をつけて永遠に離さない気がしていたから。

「……けち」
「なんのことやら。えーっと本殿の方角は……あっちか」

 鳥居をくぐり抜け手水場で手を洗ってから、歩くこと十分ほどで拝殿へ並ぶ列へとたどり着いた。エスキモーが懲りずに手だけでも握ろうとしてくるのを何度も躱すのに疲れた頃に到着した列の最後尾では、エスキモーが見るからに不満そうな顔でオレの顔を睨んでいた。

「……ちょっとぐらいいいじゃん」
「駄目だ。ただでさえ君は有名なんだから、変なところを写真に撮られたらどうする」
「大人のそういう言い方、ずるい」
「ずるくて結構。ほら、どんどん列が進んでいくぞ」

 横三列で進んでいく行列がどんどんと前に進んでいくのを手を繋いでいる二人と一緒についていく。そして十分ぐらいしただろうか、ようやく拝殿へと辿り着いた。財布から百円玉を取り出し賽銭箱へと放り込むと、二礼二拍手ののち、神様へ今年の抱負を伝える。

(去年は二人ともあと一歩が届かなかった。今年こそはその一歩を埋めるために粉骨砕身の心で頑張ります)

 夢は口にしない。それは神様に叶えてもらうものじゃなく自分たちで努力を重ねて掴み取るものだから。あくまで伝えるのは己の決意のみ。ただひたすらに前に進むという意思表示を、諦めずに走り続けるという強い覚悟を神様に聞いてほしかった。

「えーっとエスキモーたちは……来た来た」

 一礼をして横から捌けると、すぐにエスキモーたちもオレが待っている方へと向かってきた。二人もそれほど長くは祈らなかったものの、顔を見ると決意表明をしてきたのだなということが読み取れた。

「何を祈ったのかは……聞かない方がいいか?」
「うん。叶ったら……ううん、叶えてから言うね」
「左に同じく」
「分かった。じゃあオレのも言わないようにするよ」

 各自夢を胸に秘めたままおみくじを引きに拝殿から少し歩く。これまた長い列に並んだが、捌けるスピードが参拝の時より断然速く、数分ほどで自分の番となった。

「──番ですね。はい、こちらどうぞ」
「ありがとうございます。えーっと、今年も中吉か」

 毎年おみくじはどのようなことが書かれていたのか記録に残すために写真を撮るようにしている。ただ年に一度だけ引くということもあって、運勢だけは携帯のフォルダを見返すことなく思い出すことができた。

「トレーナーはどうだった? 私は中吉だったよ」
「私も中吉でした」
「マジか。オレも中吉なんだよ」

 まさかの三人揃って中吉を引くことになるとは思いも寄らず、思わず仰天してしまった。ただし引いた運勢は同じでも当然中身はそれぞれ違っていた。

「オレのは『人間万事塞翁がウマ娘』ってなっているな。あとは恋愛の項目が『他人の言動に惑わされるな』か……どういうことだ? あとは『待ち人来ず。さわりあり』もよく分からないな……」
「私のは『感情を抑えよ』ってなってる。抑える、か……焦れったいな……ザイアはなんて書いてあった?」
「『茨の道』だそうです。あまり意味が分かりませんが、良くはなさそうですね」

 三者三様の結果に一喜はなく一憂するのみという結果となった。他の項目ではプラスと読み取れるものもあったが、恋愛面を中心に不穏な予感を感じ取ったため、いつもと違っておみくじかけに結んでいくことにした。

(何もなかったらいいんだけど……)

 そんな不安をよそについ香ばしい匂いに誘われ、オレたち三人は屋台の方へ足を向けてしまう。たこ焼きに焼きそば、ベビーカステラにりんご飴……定番の品がよりどりみどりといった状況だったので、集合場所だけ決めて各自一品ずつ並んで買うことにした。

「まあここは無難に焼きそばかな」

 お箸を三膳もらえば簡単にシェアでき、しかも焼き鳥みたいにタレが零れることもない焼きそばはベストな選択肢に思える。ちなみに割り箸は切り離されていない状態であれば一本、二本と数えていいらしい。今携帯で調べたらそう書いてあった。

「二人は何を選ぶんだろうか」

 二人とも朝は食べてきたというから、腹は減っていてもガッツリ食べることはないはずだ。その上でシェアすることも考慮に入れているはずだから、おそらく彼女たちが選ぶのは……

「エスキモーがたこ焼きで、ザイアがベビーカステラかな」

 一人何個と決めやすく、しかも一口サイズだから食べやすい。自分で予想しておいてなんだが、その二つのどちらかの方が良かったんじゃないかと数分前の自身の決意を少し後悔し始めた。しかし覆水盆に返らず、あとの祭り。ベストではないにしてもベターな選択だろうと強く言い聞かせ、自分の番が来るのを静かに待っていた。

─────
「ザイアの始動戦って中山記念なんだ」
「ええ、トレーナーさんと距離や想定される相手関係を考慮した結果決まりました」
「マイルほど忙しくないけど、GⅡだからザイアみたいにGⅠを勝ったウマ娘も出てくるから緩い流れにはなりにくい。約半年ぶりの実戦としてはちょうどいいかなと思ってな」

 各自買ってきたものをシェアしながら、ザイアの始動戦について語り合う。聞いているところによると、エスキモーは既にザイアに話をしていたらしいが、ザイアは自分の話をせずただエスキモーのことを熱く語るだけで自身の話は今日まで全然していなかったらしい。彼女らしいといえばらしいが、トレーナーとしてはもう少し自分から積極的に話してほしいとも思う。

「だったらトレーニングのピッチが上がるのって授業が始まってからすぐぐらい?」
「君に関してはそうだな。ザイアはもう少しゆっくりできるが、ザイアはどうしたい?」
「そうですね……前走から間隔が空いていますので、実戦感覚を思い出すという意味でもお姉さまと同じメニューで問題ございません。ただ週の追い切りのみ別にしていただければと」
「分かった。一旦それでメニューを組んでみるよ」

 GⅠウマ娘の併走となればまた話題を呼んだのだろうが、あくまでも調整過程が被った結果の偶然の産物であるべきであって、走る週が異なるのに無理に追い切りを併走で行う必要はない。

(でも次のレースでは……)

 寒空の下楽しそうに笑う彼女たちにはまだ告げていない事実がある。ただそれをいつ切り出すか、切り出してそれを彼女たちがどのように受け止めるのか、オレはまだ確信めいたものを持ててはいない。

(レース前に動揺を与えたくはない。ただ遅すぎても……)

 目の前でエスキモーがザイアにたこ焼きを食べさせてあげ、代わりにザイアがエスキモーにベビーカステラを食べさせてあげている中、オレは一人悩みを募らせていた。


+ 第53話
「それじゃ一本目いくぞー」
「はーい」
「いつでも構いません」
「よーい、スタート!」

 冬休みが終わり、エスキモーたちの三学期の授業が始まった。校舎内だけではなくトレーニングコースも賑わいを取り戻し、多くのウマ娘やトレーナーたちの声が響き渡っている。東西金杯で幕を開けた今年のトゥインクル・シリーズも熱いレースが繰り広げられそうだ。

「ただその前に考えないといけないのが一つあるんだよなあ……」

 そう、彼女たちのレースの前に頭を悩ませていることが一つある。それは……

「戻ってきた戻ってきた。ほら、最後まで集中切らすなー!」

 新年一本目ということもあって、まずは脚慣らし程度に走るよう二人には指示を出した。ただそれは決してダラダラと走っていいというものではなく、ハロン20秒ペースという指示の下コースを一周走らせている。その二人がようやくスタート地点へと戻ってきたから首から下げた二つのストップウォッチを構えて、ゴールの瞬間にピッとタイムの計測を止めた。

「……よしっ! 二人とも指示したペース通り走れていたな……っておーい! もう計測終わっているぞー!」

 ただ二人ともゴールを過ぎたはずなのになぜか同じペースでもう一周走ろうとしていたから、慌てて大声を出して止めに入った。周囲のトレーナーやウマ娘たちに見られながらも何度か叫ぶと、ようやく二人とも気づいて止まってくれた。

「どうしたんだ、二人とも? 柄にもなくボーっとして」
「そ、そうかな? そんなつもりなかったんだけど……」
「え、ええ。少し集中しすぎたでしょうか?」

 なんだか二人とも心ここにあらずといった印象を受ける。エスキモーはエスキモーでオレと目を合わせようとしないし、ザイアはザイアで顔は至って冷静に見えるが、尻尾が普段より若干激しく振れているように見える。エスキモーの尻尾や耳については……言うまでもないだろう。

(何か隠しているのか……ただトレーニングに支障が出ているわけじゃないから、長期間続くようでなければ要観察でいいだろう)

 怪我を隠していたり事故に繋がる恐れがあればすぐさま事情を問い質すが、現状それほど大きな問題とは思えないから、練習中に気を抜かないようにだけ口頭で指導してこの場は水に流した。自分も少し気もそぞろになっていたから強く言えない部分はあったが、これで不注意による怪我や事故の芽を摘むことができていればよしとしよう。

「それじゃ次のメニューは──」

 ──しかし、この状況は数日の間続くことになるのだった。

─────
 週末の土曜日、エスキモーが用事があるとのことで朝食を一緒に食べて家事を済ませたあとは別行動ということになった。友達とでも遊びに行くのだろうか、特に行き先を聞くこともなく彼女の背中を玄関で見送ってから、ソファで一人天井を見上げながらボーっとしていた。

「来週のトレーニングメニューは二人とも固まっているし、他に急いで作らないといけない書類もない……よし、着替えて出かけるか」

 ベランダの窓から外を見ると、抜けた青空が広がっているものの、冷たい風が吹き抜けて木の葉を揺らしている様子が見て取れる。天気予報を見ると、この季節にしては少し高い気温と書かれていたが、防寒は万全にしていった方がよさそうだ。着替えたセーターの上からダウンジャケットを羽織り、リュックにタブレット端末や財布を入れると、玄関を出発し駅の方角へ足を向けた。

(デパートにあるお店の方が彼女に合いそうだが……いや止めておこう。慣れていたとしてもきっと一歩引いてしまうだろうし、“そういうもの”は将来に渡そうと思っているから)

 向かった先は駅から数十分電車に乗った先のショッピングモール。家からは遠いものの頻繁に訪れることもあり、ある程度何階のどこに何のお店があるのかが分かってきた。

「さて、どこのお店から行こうか……あれ、もしかしてあの後ろ姿って……」

 オレより頭一つほど小さく、髪と尻尾はダークブラウンのウマ娘。濃い赤色のノーカラーコートを羽織り、首元にはいかにも高級そうな白いマフラーを巻いた彼女は──

「誰かに見られているかと思えばトレーナーさんでしたか。このような所で奇遇ですね」

 ザイアだった。

─────
 そのまま一言、二言話して解散かと思っていたがそうはならず、今は二人でショッピングモールの中を散策している。互いに気になった店があれば二人で入り、ピンとくる物がなければ出るといった繰り返しを続けていると、時計はそろそろ正午を指そうとしていた。

「なかなかいい物が見つからないな……ザイアの方も結構苦労しているように見えるけど」
「はい、あまりこれといった物が見つからず……それよりトレーナーさんの方は私とご一緒していてよろしいのですか? てっきりお姉さまと二人で来られているのかと考えておりました」
「いやいや。エスキモーは朝から用事があるって出かけていったよ。オレも君と出かけているとばかり思っていたけど違ったんだな」

 だとすれば別の友人だろうか。確かに彼女は交友関係が広いと本人からも周囲の人からも聞いている。だから出かける場合も必ずしもザイアと一緒にということはない。ただ今日は「とある事情」でそうじゃないかと考えていたところがあった。

「私はお二人で互いに誕生日プレゼントを選ぶために出かけられているのかと考えておりました。なお私は来週はお二人の誕生日が控えておりますので、それぞれへのプレゼントを探しに来ております」
「オレもエスキモーは君と誕生日の関係で出かけているのかと思っていたよ。だからオレも一人で彼女へのプレゼントを買いにここまで来たんだが、まさか君も同じ用事だったとは思わなかったよ……っと危ない。今日は人が多いな……」

 ザイアが前から歩いてきた人とぶつかりそうになったところを慌てて彼女の手を引いて回避する。この時間フードコートの近くは混雑するのは分かっていたから避けるべきだったのに、考え事をしていたせいかうっかりしていた。

「私が前を見ておらず……失礼しました。それはそうと手は離していただけないでしょうか?」
「ただこの人混みの中だとはぐれるリスクがあるからな……オレのコートの裾でも……いや、やっぱり危ないから手は握らせてくれ」
「……承知しました。ただ人混みを抜ければ離しますから」
「悪いな。ちょっとの間だけ辛抱していてくれ」

 彼女の手を握りながら人と人との隙間を縫うようにして人だかりから抜け出す。そしてフードコートから離れて人の流れも少なくなったタイミングで手を離した。

「ふぅ……昼ご飯は少しずらして食べようか。せっかくだし今日はオレが出すよ」
「偶然にお会いしただけですし、今日は自身で済ませる予定にしておりましたから、トレーナーさんに払わせるなどということはできません! 私の分は私で支払います!」
「気にしなくていいよ。君と二人でご飯を食べるって機会はなかなかないからさ、せめて今日ぐらいは払わせてくれないか?」
「ですが……!」

 そんなとききゅぅっと可愛らしい音が聞こえた。自分でもなく、周りに楽器などはない。その音の主は──

「……失礼しました」

 目の前で頬を赤く染めてお腹を押さえる彼女だった。

「よし、今の時間は混んでいるけどどこにしようか。高いものは難しいけど、少し量があった方がいいか?」
「……トレーナーさんにお任せします」

 決まり手は彼女の空腹感。話が決まったこともあり、オレたちはフードコートではなく上層階の飲食店街に行くためにエスカレーターへ乗った。しかし、その道中。

「トレーナーさん? キョロキョロされてどうかされましたか?」
「いや何も……気のせいか」

 どこかから視線を感じる。まるで刺すような視線を向けられ、思わず周囲を見回す。ただ人があまりにも多いせいか、残念ながら視線の主を見つけることはできなかった。

(さっきザイアが人と接触しそうになったところから、少し周囲に気を払いすぎていたのかもしれないな)

 歩きながら少し大きく息を吸って吐き出し気を落ち着かせる。飲食店街に入り、また混雑してきたのもあって再び隣の彼女と手を握る。そしてオレも腹を鳴らしながら、どの店がおいしそうかをまるでウィンドウショッピングのように見て回っていた。

─────
「トレーナーさん、ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。それにしてもよく食べていたな」
「女性の食事姿をジロジロ見るのはデリカシーに欠ける行動かと思われます」
「す、すまん……いつもの癖で……」

 いろいろと見て回った結果、少し温かいものを食べたいという二人の意見が合致し、中華料理店に入ることとなった。オレは中華では定番である麻婆豆腐の定食を食べていたのだが、ザイアはオレが考えていたよりお腹を好かせていたらしく、オレと同じ麻婆豆腐定食だけではなく他に酢豚や小籠包などを単品で注文していた。オレとしてはその量と彼女の綺麗な食べ方に感心していたのだが、そうは受け取られなかったらしい。エスキモーで慣れていたからではあるが、これからは注意しなければならない。

「それでは胃も満たされたところで、次はどのお店に向かわれますか?」
「そうだなあ……服やアクセサリーでピンとくるものがなかったし、オレは少し別の観点で探してみようかな」
「といいますと?」
「例えば──」

─────
 そこからかかること数時間、ようやくオレもザイアもエスキモーへの誕生日プレゼントを見つけることができた。今日は偶然だったとはいえ、違った目線での意見をもらえたり二人でプレゼントが被らないように考えたりと、一緒に見て回ることができたのはよかったのかもしれない。

「互いに無事購入できましたね。時間は少しかかってしまいましたけれど」
「それでも悩んだ甲斐はあったよ。あとは喜んでくれるのかと渡すタイミングだけど……当日は金曜日だし、クリスマスのときみたいにオレの家でやるか?」
「そうですね。お邪魔でなければそのようにお願いいたします」
「分かった。じゃあエスキモーの方にはオレから言っておくよ」

 夕方になって空いてきたフードコートで、コーヒーを飲みながらエスキモーへ誕生日会のことをメッセージで伝える。『参加できそうか?』といった文章を打ち終わり、送信ボタンを押して携帯を鞄に入れようとしたとき、携帯がブルブルっと震えた。

「返事が早いな……って違った。学園からだ」
「休日にですか」
「しかも電話だし……」

 よほど急ぎの用件なのだろうか。週明けでも間に合うんじゃないかと嘆息しながらも、相手を待たせるわけにもいかないから何回かコールが鳴るまでの間に通話ボタンを押した。

『もしもし、お休み中にすいません。ダノンディザイアさんのトレーナーさんの携帯でお間違いないでしょうか?』
「もしもし。はい、そうです。何か急ぎの用事でもありましたか?」
『週明けでもよかったかもしれませんが、このようなご報告は決まってすぐに電話でお伝えした方がいいかと思いまして』
『報告? いい話ですか? それとも悪い話ですか?」
『はい、この度記者投票の結果、ダノンディザイアさんが昨年の最優秀クラシック級クイーンウマ娘に選出されました!』

 桜花賞とオークスを勝って、秋華賞も3着だったからもしかするとと思ったが、本当に獲れるとは今の今まで頭から抜け落ちていた。興奮を抑えきれない中、目の前で静かに電話が終わるのを待っている彼女に目配せをしながら、オレは電話を続ける。

「本当ですか! すぐに伝えていただきありがとうございます。また本人にはこちらから伝えておきます」
『承知しました。また受賞記念式典などの詳細については、週明けにでもメールで送付いたします』
「はい、分かりました。それではまたメールの送付を待っています。失礼します……ふぅ」

 電話を切り、一旦ふぅと大きく息を吐く。オレは携帯を机の上に置くと、改めて目配せの意図が伝わらずに首を傾げているザイアに対して嬉しいニュースを伝える。

「あのなザイア……」
「なんでしょうか?」
「君が去年の最優秀クラシック級クイーンウマ娘に選出されたんだ!」
「ほ、本当ですか……? 私が……?」

 オレが言った言葉が信じられないような、まさか自分がといったそんな唖然とした顔の彼女にオレは何度も大きく頷く。

「桜花賞とオークスを勝ってさ、秋華賞は3着だったけど世代の中心であり続けたんだ。君の努力と成した結果を見れば当然だよ」
「そう、ですか……」
「ああ。受賞式も胸を張って参加したらいい」
「分かりました。当日は当然トレーナーさんが同行してくださるのでしょう?」
「君のトレーナーだから絶対行くけど……どうかしたのか?」

 彼女は他の人が見れば勘違いしてしまいそうな年不相応の蠱惑な表情を浮かべながら、目を細めてオレの方を見つめる。オレは彼女の意図が読めず首を傾げていると、彼女はおもむろに照明に照らされたその朱色をした唇から言葉を紡ぎ出した。

「素敵なエスコート、期待していますね?」

 思わず息を呑みそうになり、すんでのところで堪える。「彼女」への想いで対抗していなければ、きっと吸い込まれていただろう紅玉に煌めく瞳の奥に潜む彼女の引力は、計り知ることができない。

─────
 ショッピングモールをあとにして二人で最寄りの駅まで歩いている道中、ザイアがペコリとオレに頭を下げた。

「本日は本当にありがとうございました。コーヒーまでご馳走になり、大変感謝しております」
「いいよいいよ。トレーナーとして当たり前のことをしただけだからさ」

 あのあとは特におかしな雰囲気になることはなく、いつものような彼女の雰囲気に戻った。結局何がしたかったのか、どのような反応を求めていたのかよく分からなかったが、機嫌を損ねたわけではなさそうだからひとまずよしということにする。

「それはそうと、お姉さまからの返事はあったのですか?」
「それがまだなんだよな……いつもだったらすぐに既読がついて返事があるんだけど、今日は既読もつかないし……あっ、今返事が届いた」
「『嬉しい、ありがとね』ですか。そのあとのスタンプも普段通りですから、携帯を手放していたか、電源が切れていたかのどちらかでしょう」
「そうだといいんだが……」

 また今度聞けばいい、そう頭を切り替え『了解』とスタンプで返事をする。

「一つ気になったのですが、私はURA賞を受賞しましたが、お姉さまの受賞連絡はないのですか?」
「それがないんだよな……受賞が決まった順番に連絡しているとしても遅いし……」
「決定するのは週明けになるかもしれませんね」

 普通クラシックで2冠を獲れば、よほどのことがない限り最優秀クラシック級ウマ娘の座は手に入る。これは別に記者たちが贔屓目で見ているなどではなく、クラシック路線を歩むクラシック級ウマ娘が出走できる世代限定GⅠは全部で4つ。皐月賞、日本ダービー、菊花賞、そしてNHKマイルC。そのうち半分を制していれば、それ以外の2つを制したウマ娘がいない限りは最も活躍したウマ娘だと言っても過言ではない。

(ただそれは『シニア級混合のGⅠで勝ったウマ娘がいた』場合、一気に話が変わる。)

 先ほどの4つのレースを一つも制していないにも関わらず、最優秀クラシック級ウマ娘の座を手に入れたウマ娘は過去に存在する。しかもそのウマ娘はそのまま年度代表ウマ娘の座も手中に収めた。今年も彼女と似た戦績を収めたウマ娘が1人いる。

(グレイニーレイン……彼女が姉に続いて……)

 4戦3勝、2着1回。GⅠの勝ち鞍とダービー2着は同じ。加えて弥生賞を制しているから、皐月賞に出走した姉より勝利数は上回っている。

(記者たちがどう評価するか……)

 駅のホームへのエスカレーターに乗りながらも思考回路はぐるぐる回る。どうか彼女が受賞できますようにと、ただ静かに。


+ 第54話
「じゃあこれで今日のトレーニングは終了! 風邪をひかないように体は冷やすなよ」
「ありがとうございました」
「……はーい」

 週明けの月曜日、いつものように授業が終わってからトレーナーさんの指導の下、トレーニングを淡々とこなし解散となった。トレーニングが始まる前にトレーナーさんから伺ったが、残念ながらお姉さまは最優秀クラシック級ウマ娘は受賞できなかったらしい。ただその代わりとはならないけれど、特別賞という形で私と同様に表彰は受けることができるとのことだ。

(ただなぜだか朝から機嫌がよろしくないのですよね……トレーナーさん、もしくは親御さんと喧嘩でもされたのでしょうか?)

 普段の温厚でお優しい様子とは異なり、今週は朝から気が立っているように思われる。URA賞の話以前からその様子だったので、おそらく最優秀クラシック級ウマ娘の受賞を逃したことが原因ではないのだろうけれど、では一体何が理由なのかがまるで見当もつかない。

(レインさんとはいつものようにお話をされていましたので、やはりURA賞関係ではないはず。そして先週の金曜日の様子は普段とお変わりがなかった……)

 熱いシャワーで髪を洗いながら考え込むも皆目見当もつかない。直接聞くわけにもいかないので、あとでトレーナーさんにLANEで聞いてみることにした。

(誕生日パーティーまでには戻っていただきたいのですけれど……)

 今日の空のように太陽が雲に覆われることが続かないように模索を続ける。そんな思いとは裏腹に今週の天気予報が金曜日まで曇りのマークがずらりと並んでいるのを携帯で見たのを思い出したけれど、私は忘れたふりをした。

─────
「……いってきます」
「お、おう。気をつけてな」

 最近エスキモーの様子がおかしい。料理を作っているときも普段なら鼻歌を歌いながらしているのに、ここ数日は言葉を発することが減り、包丁で野菜を切る音や鍋に火をかける音ぐらいしかキッチンから物音がしなくなっている。リビングでテレビを見て笑うときもなんだかぎこちなく、極めつけは携帯を触っているところをじーっと見てきて、オレがそれに気がつくとぷいっと顔を逸らすようになった。

「聞いても答えてくれなさそうだし……ザイア経由で探ってみるか」

 ここはひとまずザイアへメッセージを送って探りを入れることにする。

『おはよう。最近エスキモーの様子が変なんだが、何か心当たりはある?』

 文章を打ち込んで推敲したあと送信ボタンを押し、しばらく出勤の準備をしているとLANEの通知音が携帯から鳴った。服を着替え終わったところで机に置いていた携帯の画面を見ると、早速ザイアからの返信が入っていた。

『おはようございます。お姉さまのご様子がおかしいのは私も承知しておりますが、原因については分かりかねます』

「まあザイアは気がついているよな……ただそんな彼女でも分からないとなると……」

 家族の話だろうか。ただ今までも家族の話は何回も彼女の口から聞かされてきた。母親や弟、そして父親であるチーフの話など、ご飯を一緒に食べている時や洗い物をしている時に驚くほど饒舌に聞かされてきた。しかしそれはここ数日も変わりがなく、奇妙な仕草の原因とはまるで思えない。

『ありがとう。もし何か気づいたことがあったら教えてくれ。オレも何かあったら伝えるから』

 送信後すぐに既読がつき、『了解』という旨のスタンプが送られてきた。いわゆる2次元コンテンツにあまり詳しくないはずのザイアから、エスキモーからもよく送られてくるアニメキャラのスタンプが送られてくるのは、彼女に影響されているのが見え見えで少しだけニヤけてしまう。

「あとは……チーフやドーベルさんに入れると面倒だし……あっ、そういえば」

 LANEの友だち一覧のページを開き、下の方へスクロールしていく。そして名前を見つけた数人に同じ内容のメッセージを送って、腰掛けていたソファから立ち上がり、脇に置いていた仕事用の鞄を手に取る。

「パーティーで友だち登録を請われたときは困ったけど、こういうことが起こったときは助かるな……」

 メッセージの送付相手はエスキモーのクラスメイト。去年の菊花賞優勝記念パーティーの際や夏合宿の際にLANEの交換を求められ、よく分からないまま応じてきた甲斐があった。ただ交換したことがエスキモーにバレたときは機嫌が悪くなり、しばらくの間彼女の好きなアイスを買ったりお出かけに付き合ったりと、宥めるのに苦労した記憶がある。

「なんか今回のことに似ているような……気のせいか?」

 靴を履いて玄関を出る。冷たい風に手が震えながらも鍵をかけると、頭に浮かんだ一つの可能性についてぼんやりと考える。

「あのときは嫉妬だったはず……それはそれで可愛かったんだが、ただそのときと同じとなると、オレと誰かが仲良くしているのを嫉妬していることになるんだが心当たりがないんだよな……」

 ただそれに当てはまる人物が思いつかない。たづなさんはいつも忙しそうにしているから話すのも手短に済ませるし、理事長はそもそも会う機会が少ない。ザイアとはいつも通りだし、他の子とも親しくなるほど頻繁に話していないはず。

「だとしたら……違うか? でも他に思いつく理由が……うーん……」

 ぶつぶつ呟きながら大通りを学園へ向かっててくてくと歩いていく。時折朝練で走っているジャージ姿の生徒を横目に見ながら、白いため息をはぁーっと青い空へと吐き出した。

─────
 お姉さまの誕生日パーティーを翌日に控えた日の朝、トレーナーさんからメッセージが届いた。内容としては最近お姉さまに変わったことがないかというもので、私は素直に現状の学園や寮におけるお姉さまのご様子をお伝えした。するとトレーナーさんからは引き続き観察するように依頼されたため、授業中や休み時間にお姉さまのご様子を念入りに確認している。

「何してるの、副委員長? 委員長の方ずっと見て」
「お姉さまのご様子をチェックしております」
「いつものことじゃん。相変わらずだね〜」

 幸いにもクラスメイトの方からは訝しまれることなく観察を行うことができている。ただその理由が『普段と変わらないから』というのはいささか不服を申し上げたいところではあるけれど、今はお姉さまを……あら?

(今、私と一瞬目が合って……逸らされましたか?)

 以前よりお姉さまの方をじーっと見ていると、たまにこちらの視線に気づいて手を振ってくれることが幾度かあった。ただ今回はそのようなことはなく、むしろこちらを見ていることを気づかれたくないという動きに見える。

(何か私に用件が……いえ、それなら直接話しかけてこられるかメッセージを送られるはずです。だとしたら一体……)

 お姉さまからこのような反応を受けたことがない以上経験則から答えを割り出すことができず、ついトントンと指で机を何度か叩いてしまう。令嬢らしからぬ行いに慌てて手を止めるが、その様子が偶然目に入ったのか、横を通りかかったクラスメイトの方に声をかけられた。

「副委員長がそんなことするなんて珍しいね。何かあった? もしかして委員長のこと?」
「いえ……はい、そうです。少し考えごとをしておりましたが、些細なことですので」
「……ちょっと来てくれない?」

 そう言って彼女に廊下へ連れ出されると、教室から離れた階段の踊り場で眉をひそめながら話を切り出された。

「実は今朝委員長と副委員長のトレーナーさんからLANEがあったの。『エスキモーの様子を見ておいてもらえないか』って。聞いてみたら他の子にも送ってるみたいでね」
「なるほど、そのようなことまで……」

 おそらく私だけでは少し色眼鏡を通した見方になってしまうから、そういったものがないクラスメイトたちにもお願いしたのだろう。私としてもフィルター越しにお姉さまを見ていることは自覚しているから、この依頼方法に違和感は感じない。

「それであたしも委員長のこと気にかけてるんだけど……何かあったの?」
「今週に入ってからお姉さまの機嫌が少し悪く……しかしトレーニングでは好調を維持していますので体調面ではないはずです。ただだとすれば何が原因なのかと分からず……」

 ウマ娘も女性である以上、体が不調となるタイミングは毎月訪れる。当然私にも軽いけれどやってくるし、無論お姉さまもその苦しみに襲われている。やはりその時はお姉さまとて顔色が暗くなったり機嫌が普段より若干悪くなることが多い。ただしそのような場合はそれとなくトレーナーさんに伝え、トレーニングの量を減らしてもらったり休みにしてもらったりと配慮されている。しかし今回はそのようなことは一切ない。

「そっか……あたしもちょっと注意して委員長のこと見てみるね」
「ありがとうございます。何かあれば私にLANEか言伝をいただければ」
「はーい。あっ、もうすぐ授業始まりそうだね。早くいこいこ」

 協力者と話ができたのは心強い。しかしながらその後もトレーナーさんからメッセージをもらった数人と話ができたものの、一向に原因が分からずその日の放課後を迎えることになった。

─────
「──とのことです」
「そうか、分からないか……」

 放課後のトレーニング中、放課後までのエスキモーに関する情報をザイアから聞いた。本来であればメッセージでやりとりする方がいいんだろうけど、たまたま今日はエスキモーだけ外回りのランニングのメニューだったから、こうしてトレーニングコースのすぐ外で坂路の休憩がてら情報交換を行った。

「明日は予定通り開催の方向でよろしいのですよね?」
「ああ、それはエスキモーにも了承は得ているから大丈夫なんだが……もうそのときに直接聞こうか」
「……承知しました」

 明日は誕生日にも関わらず日直ということでいつもより帰りが少し遅くなると聞いている。金曜日な上に門限より遅くなる旨を寮長に伝えているから特に支障はないのだが……あっ。

「もしかして何か閃かれましたか?」
「ザイアって料理はできるよな?」
「ええ。お姉さまには及びませんが、簡単なものでしたら」
「それなら一つお願いがあるんだが──」

 明日の作戦を彼女にこそこそと伝える。作戦内容に若干目を見開きはしたが、了解した旨こくりと首を縦に振ってくれた。

「それじゃ明日は始業前にトレーナールームに寄ってくれ」
「承知しました」

 これで少しでもエスキモーが話してくれたらいいんだが……果たしてどうなることやら。

─────
「これで……準備完了ですね」

 窓に射し込む光が赤く、そして長くなり始めた頃、私は部屋に掛かっている時計を見上げた。借り物のエプロンを腰から外し、丁寧に畳んで元の場所へと置いたとき、机の上に置いていた携帯がピロンと音を立てた。

「今から帰る、ですか。ケーキの引き取りは忘れないでくださいね、と。これでいいでしょう」

 時刻は16時半。私は今──

「プレゼントは準備完了、料理もお姉さまには及びませんが完成済み、そしてケーキはトレーナーさんに持って帰っていただく……あとはソファに座って静かに待つこととしましょうか」

 トレーナーさんの家にいた。

─────
 全ては昨日の夕刻へ遡る。

『それなら一つお願いがあるんだが、エスキモーへのサプライズを仕掛けたいんだ。それで気が解れて話が聞きやすくなったら一番いいと思うんだけど、どう思う? 家の鍵は渡すし、食材の調達もお金は全額あと払うからさ』
『私は構いませんが、時間が厳しいのでは? いくらお姉さまが日直の責を全うされる時間を考慮しても厳しいのではありませんか?』
『明日の朝にでもオレから担任の先生に昼からトレーニングの関係で早退するって伝えておくよ……君にも嘘をつかせることになるから申し訳ないけど、どうかな?』
『……承知しました。お姉さまのためですから仕方ありません』

 という段取りの下私は朝にトレーナーさんから合鍵を預かると昼休憩後に早退し、スーパーマーケットで食材を買い込んだ。そしてそのままトレーナーさんの家へと向かってリビングにお祝いの装飾を施すと、3人分の夕食を作り終えた、というわけだ。

「仮病を使ったことと変わりありませんが……全てはお姉さまのためですから……」

 言い訳をしながらたった一人でトレーナーさんの帰りを待つ。もしかすると10年後は私も今のように配偶者の帰りを待つ立場になっているのかもしれないなどと妄想に耽っていると、玄関の方から鍵が開けられた音が聞こえ、慌てて現実へと帰ってきた。

「ただいま。準備は……完璧みたいだな」
「お邪魔しております。はい、全て手配は済ませております」
「ありがとう。エスキモーなんだが、クラスの子からさっき校門ですれ違ったってLANEが届いたんだ。だからあと10分ぐらいで来ると思うよ」

 トレーナーさんはそう言って私にメッセージのやりとりを見せてきた。確かに連絡は密に行っていたみたいだけれど、少し看過できないものを見つけてしまった。看過できないのは私ではなくお姉さまだけれど。

「……トレーナーさん?」
「どうした?」
「協力する見返りとして休日に一緒に出かけてほしいと書かれておりますがこれは……?」
「流石に何もなしに頼めないだろ? かといって彼女たちにもトレーナーがいるから練習を見るわけにもいかない。だからせめて休日に一緒に出かけるぐらいはしてあげないと不公平だろ? もちろん一対一じゃなくて協力してくれたみんなとだからな?」
「……」

 一つここで確信した。トレーナーさんはいつか必ず女性関係で痛い目を見ることになる。それが物理的な痛みなのか精神的なものなのかは分からないけれど、遠くない未来にきっと。

(お姉さまも嫉妬深い方ですし、彼がどなたかと仲良くされていると知れば恐ろしく機嫌が悪く……あっ)

 そのとき頭に電流が走った。先週の金曜日までは普段通り過ごされていたお姉さまが週明けにご機嫌が悪くなっていた原因、私の方をじーっと見ていた理由、トレーナーさんと私に明かさなかったその事情が全て分かった、気がした。

「……トレーナーさん」
「どうした、ザイア?」
「お姉さまのご機嫌がよろしくない原因を突き止めることができました。絶対とは言い切れませんが、おそらく」
「……教えてくれ」

 そう、これがたったひとつの冴えた答え。

「それは──」

 トレーナーさんに向かって真実を伝えようとしたその瞬間。

「ふぅ……トレーナー。鍵、開いてたよ」

 お姉さまが、来た。

─────
「お姉さま……もう来られたんですか……」

 時計を見上げるとトレーナーさんが言っていた到着予定時刻より5分ほど早い時間を針は指し示していた。日直で遅れてしまった分早く行かないといけないと思ったのかもしれない。急いで寮の部屋に戻るとここまで走ってきたのだろう。少し息が乱れているのはそのせいに違いない。

「あれ、ザイア? もしかして早退したのって……」
「……お姉さまの誕生日パーティーのためです」
「そっか。元々今日トレーニングなかったはずなのになんでなんだろって不思議だったんだよね」

 ピリッとした空気が漂ったまま緩む気配がない。部屋全体に暖房が効いていて暖かいはずなのに、この緊張感のせいで背中に冷や汗が一滴垂れた。

「トレーナーは? もしかしてトレーナーもずっと昼から一緒だったの?」
「い、いやオレは夕方までトレーナールームにいたぞ。仕事が残っていたからな」
「ふーん……でも2人でいた方が怪しまれなかったんじゃない? だってトレーニングの名目でザイアが早退したんだったら、トレーナーも一緒にいなきゃ、ね?」
「……そうだな、少し甘かったよ」

 果たしてこれがもうすぐ誕生日パーティーが行われるリビングの雰囲気だろうか。いや、断じて否だ。今から決闘が始まるかのような緊張感。一つ動きを違えば斬り捨てられてしまう、油断も隙も見せられないこの空間でごくりと私は唾を飲み込む。

「そうそう、一つ2人に聞きたいことがあったの。教えてくれる?」
「ああ……」
「答えられることであれば」

 笑みを浮かべながらお姉さまは鞄の中から何かを取り出そうとチャックを開けて手を突っ込む。得物かそれとも、緊張の時間が続く。

「この写真、見てくれる?」

 そう言って取り出したのはお姉さま自身の携帯だった。少し気を緩めつつもトレーナーさんとそーっと携帯の画面を覗く。するとそこに写っていたのは──

「どうして2人で手を繋いで楽しそうにお出かけしてたの? これってデート?」

 「あのとき」の私とトレーナーさんの姿だった。

「お、落ち着いて聞いてくれ。ちゃんと最初から一つずつ説明するから。な?」
「ま、まずこれは決してデートなどではありません。偶然トレーナーさんとお会いしただけです」

 そう、出会ったのは本当に偶然。同じショピングモールに居合わせたことも、同じ日、同じ時間にいたことも全くの偶然。誘い合わせてなどいない。

「ふーん……続けて?」
「手を繋いだのは事実だ。だがそれには全うな理由がある」
「あくまでも緊急的な措置でした。人混みに私が揉まれないように助けていただいただけなのです」
「ああ。それと前から歩いてきた人とぶつかりそうになったときに手を引いたぐらいで、決してやましいことはない。危なくなければすぐ手を離していたしな」

 楽しそうに手を繋いでいるように見えるこの写真も、たまたまそう見えるように切り取られただけだろう。2人での時間が楽しくなかったということはないけれど、お姉さまが想像されているようなことは一切なかった。それになんといっても──

「お姉さまのプレゼント選びを互いに手助けしていただけです」

 2人とも貴女への贈り物を探していた、ただそれだけなのだから。

「……プレゼントって今日の?」
「ああ、もちろん。流石にザイアの後ろ姿を見かけたときは自分の目を疑ったけど、選ぶのを助けてもらえたからよかったよ」
「私もトレーナーさんとプレゼントが被ることを避けられたのは僥倖でした」

 この部屋の空気が少し和らいだ気がする。ならば今のうちに返す刀でお姉さまに質問をぶつけてしまおう。

「ちなみにこの写真は誰が撮られたものなのですか?」
「え、えーっと……」
「私たちはどなたかに盗撮された、ということでしょうか?」
「うっ……」

 デジャヴだろうか、いつの日かのトレーナールームにおけるトレーナーさんとお姉さまのやりとりが脳裏によぎる。攻めていたはずのお姉さまが攻めていたはずのトレーナーさんに一転攻勢を受けたあの場面が。

「それに仮に撮影者が近くにいた場合、長時間手を繋いではいないと分かるはずです。それをずっと繋いでいたように嘯いた……」
「ちょ、ちょっと待ってザイア? これ以上は言わないから、ね?」

 さっきまでの刑事ばりの追及はどこへやら、たじたじになるお姉さまを見て想像が確信へと変わった。

「お姉さまはショッピングモールへ出かけたところ、私とトレーナーさんが一緒に歩いている様子を見かけ、気づかれないように後ろをつけた……そして手を繋いだの見て嫉妬心に火がついて写真を撮った……間違いないですね?」

 そう、この写真はお姉さまの勘違いから生まれた疑惑の1枚。もしかすると他にもあの日の私たちを撮影したものがあるかもしれないけれど……

「……ごめんなさい」

 お姉さまが下手に言い訳を重ねず、素直に自身の非を認められたので、これ以上追及するのはやめておくことにする。

「分かってくれたならいいんだ」

 トレーナーさんもこう言っていることだし。

─────
「お姉さま、トレーナーさん、改めて誕生日おめでとうございます。こちらがプレゼントとなります」
「ありがとね、ザイア。もしかしてこれってアクセサリー?」
「ありがとう……もしかしてこの大きさはお酒か?」

 私が作った料理とトレーナーさんが買ってきてくれたホールケーキを食べ終わると、プレゼントの贈呈式が執り行われた。もちろん贈呈式と言うほど大それたものではないけれど、2人は笑顔で受け取ってくれた。

「はい。お姉さまへは耳飾りを、トレーナーさんへは日本酒をお贈りしております。無論お酒は執事に購入してもらいました」
「これすっごく可愛い! 今着けてみても……ううん、やっぱり今日はザイアに着けてほしいな」
「お任せください。不肖ダノンディザイア、お姉さまのお願いであれば例え火の中水の中……」
「そこまでは言わないけど……うん、ありがと」

 手鏡でご自身のお顔を確認されるとお姉さまは満足そうに頷かれた。その朗らかで素敵な顔を見て、私はようやくホッと胸を撫で下ろした。

(ただこれは秘密にした方がいいでしょうか)

 当然耳飾りのデザインはお姉さまに似合う物を選ばせていただいた。ただ数点の中から選ぶ際、少しばかり「欲」が出てしまった。

(ほんのわずかで構いません。そう、ほんの少しだけお姉さまを『私の色』に染めたい……お姉さまは気づかれてもきっと許してくださるはず)

 「私の色」である赤、深い赤を差し色としたもの。かすかに見える独占欲。

(『私の』お姉さまですから。他の方にお譲りするつもりはありません)

 ──後から振り返ると、もしかしたらこの時からお姉さまに対する想いが少しずつ形を変えていったのかもしれない。結果的に見れば「あれ」が決め手だったのかもしれないけれど、たぶん、きっと。

─────
「今日は本当にありがとね。あとここ最近疑ってごめん」
「もう気にしておりませんから謝らないでください」

 パーティーも終わり、寒い夜空の下をお姉さまと2人で歩いていく。私はお姉さまの機嫌が元に戻った安堵で、お姉さまは疑念が杞憂だった安心感から行きとは全く違った軽い足取り。結果的に三方よしとなったのと、お姉さまの可愛い顔を見ることができたので、私としては今にでも踊り出したい気分だ。

「そういえばお姉さまはトレーナーさんにネクタイピンをプレゼントされたんですね」
「うん。クリスマスにネクタイあげたし、それとセットで使ってくれたらなって思って」
「月末の受賞式で早速使っていただけそうですね」
「私も特別賞で出席できるからね。何もなくても付き添いで入り込むつもりだったけど」

 冗談だけどねとクスクスと笑うお姉さまの隣を歩きながら、ネクタイピンを贈る意味を考える。ネクタイピンはネクタイを固定するものだから、きっと「あなたを支える」といった意味があるのではないだろうか。寮に帰ってから調べ直してみるけれど、きっと遠く離れてはいないはずだ。

(それ以前にネクタイを贈る意味って何なんでしょう……)

 首をぎゅっと絞めるものだから独占欲辺りだろうか。ただそこまでお姉さまが考慮しているのかは分からない。

(ですが、色はメジロ家のものだったような……)

 となれば仮にネクタイでなくとも意味は変わらないだろう。

(それほどまでの大きな感情の矢印、トレーナーさんは自身に向けられていることに気づいているのでしょうか)

 トレーナーさんがクラスメイトの方たちと出かけられることはお姉さまに伏せてはいるけれど、いずれは明らかになるだろう。その時にどういうことになるのか。正直あまり考えたくはない。

(お姉さまのことを想った結果の付随物と考えれば……いや、どうでしょう……)

 ルンルン気分のお姉さまを横目で見ながら、気づかれないように小さくため息をつく。視界がわずかに白く染まるもすぐに元通りに戻る。

「それにしても空気乾燥してるよね。最近手が荒れて困っちゃう」
「それは大変です。私も気をつけないと」

 なんて返事をしながらも話はほとんど右から左へと抜けていく。私としては珍しく、お姉さまとの会話より思考の海に沈むことを選択した。

(何はともあれトレーニングに支障が出ませんように……)

 そのようなことを祈りながら、私は目の前に現れた寮の玄関のドアをそっと押した。



+ 第55話
 1月の終わり、底冷えが体の芯を震え上がらせる頃、私たちはレインさんとトレーナーさんを見送るために成田国際空港まで足を運んでいた。ドバイワールドカップデーに出走するだけであればレースの2週間ほど前に出国するのだけれど、レース後も目標とする凱旋門賞のためにルージュが住む家の近くに拠点を置く必要があるから、今回は早めの出国となったらしい。

「それじゃ、レインもパパも元気でね。あとルージュにもよろしく伝えておいて」
「ドバイの地より吉報をお待ちしております」
「2人とも今生の別れじゃないんだからね? 時々帰ってくるつもりなんだけど……うん、頑張ってくる」
「オレもすぐ戻ってくるんだけどな……もしかして反抗期なのか?」
「はいはい、パパもおかしなこと言ってないで。早く行かないと飛行機乗り遅れちゃうよ?」

 お姉さまの言い方はまるで家族を家から追い出すようなそんな物言いではあるけれど、内心はまた異なることを私は知っている。なぜなら寮ではよくご家族のお話を楽しそうにされているから。言葉にされなくても自慢の父親なのだと自慢げに語られているから。

(お姉さまらしいですね……優しく送り出しそうとしたら照れが入ってしまうので、つっけんどんな返事になってしまうところが特に可愛らしくて素敵です……)

 パリへ旅立っていくレインさんとトレーナーさんへ手を振りながら、私はついついお姉さまの方をうっとりとした眼差しで見惚れてしまう。レインさんへは笑って手を振るものの、お父様へはぶっきらぼうな雰囲気を隠すことなくいい加減に送り出そうとするところがたまらなく愛おしい。

「一応オレもいるんだけどな……」
「トレーナーさん? いつからそちらに?」
「最初からいたよ!?」

 そういえばレインさんのトレーナーさんと二言、三言話されていた気がする。先ほどからお姉さまを延々と注視していたから、ついトレーナーさんの存在がすっぽりと頭から抜け落ちてしまっていた。非礼を詫びつつ彼の側へサササッと駆け寄り、お姉さまに聞こえないよう耳元で「アレ」はどうなったのかを聞いてみた。

「クラスメイトの方と出かけられる話はお姉さまにされたのですか?」
「したというかされたというか……一昨日ぐらいにクラスの子から聞きつけたらしい。ただ機嫌はあまり悪くはならなかったよ」
「なるほど……それで様子にあまり変化がないのですね」

 レインさんとお父様が見えなくなるまで手を振っているお姉さまの顔を斜め後ろから見ながら、ふむふむと何度か頷く。出かける旨を聞いた際はおそらく多少むっとしたと思うけれど、誕生日の件もあってぐっと堪えたのだろう。自身のために動いてくれた友人を咎めるわけにもいかず、無論トレーナーさんへ再度矛を向けることもできない。

「気をつけてねと言われただけで済んだよ……っと、エスキモーどうした?」
「ううん、別に? 2人が仲良さそうだなーって思っただけだよ?」
「私とトレーナーさんは担当ウマ娘とそのトレーナー以上の関係にはなり得ません。そうですよね、トレーナーさん?」
「ああ、当たり前だ」
「ふーん……まあいいけど。それよりレインも海外で頑張るんだから、私も頑張らないと」

 誕生日の出来事は一件落着しても、私とトレーナーさんの関係は未だに疑われているらしい。そのようなことはあるはずもないのに、どうすれば納得いただけるのだろうか。

(一発で解決する問題ではない気がします。これから徐々に納得いただくよう努力せねばなりませんね)

 太陽が西に傾き、車窓から見える電柱の影も空港に向かう際より少し伸びているのがはっきりと分かる。そんな中で私は周囲に気づかれない程度にトレーナーさんに体をくっつけているお姉さまを向かいの席から眺めながら、今後のお姉さまやトレーナーさんとの関係性についてぼんやりと考えていた。

─────
「最後まで集中力を切らすな!」

 レインさんを空港へ見送ってから数日後、いよいよお姉さまの京都記念前の1週前追い切りが行われた。私たちの調整も同じだけれど、近年は1週前にビシッと1本走って、レースの開催週では軽めの調整に抑えるといった流れが主流なので、今日ばかりはトレーナーさんの檄が激しく飛んでいる。

「……よしっ! タイムは問題ない。ザイアはエスキモーにタオルとドリンクを渡してやってくれ」
「はい、承知しました」

 あらかじめ手に持っていたタオルとスポーツドリンクをゆっくりとラチの外へ出てきたお姉さまへと手渡す。戻ってくるなりすぐに息を整えられたお姉さまはありがとねと礼を言うと、顔の汗をいい香りがするタオルで拭った。

「ふぅ、疲れた。トレーナー、タイムは?」
「ああ、文句なしだ」

 そう言ってトレーナーさんに差し出されたタブレットを見ると、6ハロンが80秒フラット、そして最後の1ハロンが11秒フラットという確かに素晴らしいタイムが計測されていた。そのようなタイムを叩き出しながら息がすぐに入るのを見ていると、やはりお姉さまは世代を超えて現役トップクラスの実力を有しているということが鮮明に分かる。

「流石です、お姉さま」
「ありがと。レインやルージュも頑張ってるんだから私も負けてられないから」
「ルージュはサウジC、レインは再来月だけどドバイシーマクラシック……ザイアも含めて全員で勝てるように頑張ろうな」
「もちろん!」
「当然です」

 トレーナーさんの激励にお姉さまと2人して頷く。私も2冠女王としての自負とちっぽけな自信に懸けて、約半年ぶりの実戦でも決して負けるわけにはいかない。中山記念の先が何のレースとなるかは分からないけれど、一走入魂で勝ち続けていくと強く心に誓った。

「ただなあ……肝心の京都記念の想定メンバーが今のところエスキモーを入れて10人なんだよな……」
「昨年2冠のお姉さまが出走されるのですから、回避する陣営がいくつか出るのは理解できますが……」
「芝2000m前後の重賞って2月は1つだけだよね? 私が出るからっていって回避したら、使うレース全然なくない?」
「オープンやリステッドまで広げたら……先週の白富士Sがちょうど2000mだな」
「距離も1800mまで広げればありますが、そこまでしてお姉さまとの対決を回避するのかとも思いますね」

 重賞競走においては、出走するレースにおいて上位に入ることで得られるポイントによって出走の可否が決まることも少なくない。例えばメイクデビューもしくは未勝利戦から一歩ずつ勝ち上がり、ついに3勝クラスを勝ってオープン入りを果たしたウマ娘と、勝利は初戦のメイクデビューのみだけれど、そこから重賞で2着を3度重ねたウマ娘のどちらが重賞において出走が優先されるかというと、大抵の場合後者に軍配が上がる。理由としては重賞以外のレースでは1着にしかポイントが加算されない上に獲得ポイントも少ないけれど、重賞の場合は2着でも一定程度のポイントを得ることができるためである。

「強豪相手の重賞で着を拾うのに徹するか、メンバーレベルが落ちるオープンかリステッドレースで1着を狙うか……確かに難しい判断にはなるかもね」
「ただこれも贅沢な悩みなんだろうな。そもそもオープンに上がることができる確率って世代の中で1%ぐらいだから。大抵の子はとにかく自分に合った条件でトライアンドエラーを繰り返すしかない」
「すなわち才能を与えられた私たちは皆さんのためにも努力を重ねないといけないということですね」

 今こうして私たちが重賞やGⅠで好走できているのは日々努力を重ねていることも理由の一つだけれど、走る才能を他の方より与えられたことの方が比重としては大きい。自身に与えられた才能を如何なく発揮すること、もしかするとこれも一種のノブレス・オブリージュなのかもしれない。

「って話をしている間にエスキモーはクールダウン、ザイアはウォーミングアップ終わったよな?」
「はい、いつ号令を出していただいても問題ありません」
「もちろん終わってるよ」

 決してお姉さまの追い切りが終わったからといって、いたずらに雑談をして時間を潰していたわけではない。お姉さまは追い切り後の、私は追い切り前のストレッチを行うついでに話をしていただけ。トレーナーさんはトレーナーさんでお姉さまのデータをまとめつつ会話に参加していただけなのだ。

「了解。ならエスキモーは最後に軽くコースを一周、ザイアはここで一本びっしり追い込むぞ」
「はーい」
「承知しました」

 3人とも準備完了。私とお姉さまはそれぞれスタート位置についてトレーナーさんの号令を待つ。トレーナーさんは私のタイムを計測するためにストップウォッチを右手に、データ集計用のタブレットを左手に持って態勢完了。

「よーい」

 息を吸って、吐いて、また吸って──

「スタート!」

 芝を蹴り上げ、私はただひたすらにゴールだけを目指した。

─────
 2月に入ってから最初の日曜日、私はいつものショッピングモール──ではなく都内の百貨店を訪れた。入口まで送ってもらったダノン家お抱えの運転手へ礼を伝えてから店へ足を踏み入れると、私は化粧品の専門店やアクセサリーショップ、そしてブティックを一つ一つ慎重に見て回った。そうしてああでもない、こうでもないと吟味に吟味を重ねた結果──

「分かりません」

 私は喫茶店でコーヒーを片手にうなだれていた。

(手作りチョコに何か添える形にするとはいえ、どのような物が良いのか……)

 ちなみに今日はトレーナーさんと絶対に遭遇することはない。前回の事案を踏まえ、あらかじめ『今日この百貨店へ昼過ぎに行くので来ないでください』と朝の時点でメッセージを送っているから。しかも私が送ってからすぐに返事が送られてきたから万事支障はないはずだ。

(誕生日プレゼントより高価なものはいけませんが……)

 果たしてそのような物が存在するのか、存在したとして被ることはないのか、懸念点があちらこちらに転がっていて何から着手すればいいのか判断に困る。

(重く捉えられるのもいけませんし……取り急ぎトレーナーさんへ連絡をしておきましょう)

 トレーナーさんと被ることだけはなんとしても避けたい。もし被ってしまえば、私のプレゼントを先に見た場合トレーナーさんのものを見る際にがっかりしてしまうだろうし、トレーナーさんが先ならその逆となる。お姉さまはあからさまに残念がることはないと思うけれど、可能ならば避けたい。

(『お姉さまへのバレンタインのプレゼントが決まれば、最初に私へ教えてください。私もお伝えします』……これでご理解いただけるはずです)

 文面を推敲し、幾度か読み返したところで送信ボタンを押す。もしかするとすぐには返事がないかもしれないけれど、一読すれば意図を汲み取ってくれると私は信じている。

(そうでした。トレーナーさんにもお渡ししないと……お姉さまへのプレゼントが確定してから考えましょうか)

 左手に持ったコーヒーカップの中身が空になると私はすっと立ち上がり、伝票を片手に会計へと向かう。上客向きではなく若干大衆向けに寄った喫茶店だったので味はあまり期待していなかったけれど、それなりの質は保たれていたと思われる。無論実家でいつも口にしているものよりかは幾分劣るけれど、私が全て飲んでしまうほどにはいい香りと味をしていた。

「こちらのコーヒー、大変深みがありました。また今度寄らせていただこうかと存じます」

 会計の際に店員へそう伝えてから店を去ると、私はコーヒーのことを携帯のメモに残すことにした。お姉さまと出かけた際に立ち寄る店の候補、きっとお姉さまも満足いただけるであろうお店をまた一つ私はリストへ加えた。

─────
 カフェインを摂取し、改めて私は百貨店の中を見て回ることにする。頭の中では何かいいものはないか、ヒントはなかったかを必死に考えながらおくびにも出すことなく私は堂々と次から次へと物色していく。

(何かお姉さまはおっしゃっていなかったでしょうか。このような物が欲しい、もしくは最近このような物を見つけたなどと)

 お姉さまとの会話は一言一句頭の中に叩き込んでいるからヒントはどこかにあるはずなのに、その記憶の引き出しがどこにあるのか見つからない。もしかするとカフェインで活性化したはずの思考回路が再び百貨店内全体に効いている暖房で鈍った可能性がある。そう考えた私は一度百貨店の外に出て頭を冷やすことにした。

「やはりこの季節はお昼でも冷えますね。指先がかじかみそうです……指先?」

 手先まで冷やさないようにショルダーバッグから手袋を取り出そうとしてピタッと体が固まる。私は頭の隅に指を引っ掛けた何かを懸命に引っ張り上げようと、必死に活性化した思考回路を回転させる。

(寒さ……冷える……指先……)

 カイロではなく、湯たんぽでもない。手袋でもないしジンジャーティーでもない。指先と寒さに関連するもの、それは……

「あっ、ありました。手頃な価格かつチョコに添えても違和感が出ないもの、そして今のお姉さまに必要なものが」

 まさに頭の上に電球が灯ったかのような閃きに私は自画自賛しながら再び百貨店の中へ足を踏み入れる。トレーナーさんに『決まりました』と連絡を入れつつ、私は少し口角を上げたまま目的のお店へと足を向けるのだった。

(チョコレートは……2種類作りましょうか)

─────
「バレンタインかあ……」

 家でレースを見ながらぼんやりとザイアから届いたメッセージについて考える。中継は東京10Rのパドックを映していたが、頭の中は約2週間後の特別な日のことでいっぱいだった。

「オレも何かあげた方がいいのか? 仮に渡すとしても何を渡すんだ?」

 女性から男性へチョコやプレゼントを贈るのがバレンタインデーで、反対に男性がプレゼントをもらった女性へお返しするのがホワイトデーと世間一般では言われている。友チョコのことは一旦隅に置くとして、おそらくもらえるはずのエスキモーとザイアへもバレンタインの時点で準備しておいた方がいいということだろうか。

「ザイアからのメッセージを見る限りでは、オレも渡す前提で話が進んでいる。エスキモーには直接聞いていないけど、もし期待してくれていたら裏切ることになるよな……」

 このまま何も準備をしていないまま当日を迎えた際、少なくともザイアには『お姉さまへのプレゼントを準備されなかったのですか』と言われるだろうし、それを聞いたエスキモーもすこし残念がるかもしれない。

「保身とか関係なく、彼女たちの悲しむ顔は見たくないな……」

 そのためにはどうすればいいか。高級チョコの購入? それとも少しお高いアクセサリー辺りをプレゼント? いいや違う。不格好でもいいから、彼女たちに喜んでもらえることは何かを考えろ。

「となれば……まずは本屋からか」

 ネットショッピングでもよかったのだが少し歩きたいということもあり、駅の近くにある本屋へとメインレースが終わってから行くことにした。

「ここしばらくは摂取カロリーが増えるからな……」

 セーターと下着を捲り、自身の引き締まった腹筋の上にうっすら乗った脂肪を見ながら、自身のトレーニングメニューも強化しないといけないなと苦笑する。そして2人にはバレないような当日までの秘密計画を組み上げることができるのかなどと考えながら、オレは机上に置いていたタブレットの画面をタップして新規の文書ファイルを立ち上げた。


+ 第56話
 それから彼女たちのトレーニングをサポートと並行して仕込みを行っている最中に迎えた京都記念。事前の想定通り出走者が10名のみと少人数で行われることになった。ただ裏を返せば、事前に参戦すると発表したメンバーは回避することなく臨んできたということでもあり、いくら始動戦かつ前哨戦といえど変わらず気は抜けない一戦となった。

「うーん……ただやっぱりどう想定してもスローペースになるんだよな」
「少人数に加えて後方の脚質であるお姉さまを全員が警戒するとなれば当然かと思われます」

 相変わらずエスキモーの膝の上に乗っている、いやエスキモーに乗せられているザイアの意見はもっともで、この状況下であれば微差はあっても1000m通過が1分を超えるスローペースになることはほぼ確実だろう。

「ねえねえ、トレーナー」
「どうした?」
「やっぱり『アレ』、試してみてもいい?」

 ザイアの頬を自身の頬でスリスリとしているエスキモーがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、とあることを提案してきた。それは昨秋からオレも試してみたかったことではあるが、GⅠが続いたこともあってなかなか実行に移すことができなかったプランだった。

「そうだな……今回ぐらいしか試せそうにないし……うん、『アレ』でいこう」
「はーい。ちょっとはみんなをびっくりさせたいよね」
「ああ、こんなレースもできることを思い知らせてやりたいな」
「えっと……お二人とも何の話を……」

 オレとエスキモーが『ククッ……』とミステリ作品の犯人役のような笑い方をする中、ザイアは1人事情を掴めず頭の上にはてなマークを浮かべていた。ただオレとエスキモーはこの場では解説することなく──

「見てたら」
「分かるよ」

 ただひたすらに愉快に笑っていた。

─────
『4枠4番メジロエスキモー、1番人気です』

 パドックでは相変わらず大きな声援を受けていたエスキモーだが、本バ場入場の際も変わらず観客から盛大な拍手を受けていた。ただその中にはエスキモーを不埒な目で見ている者が何人も見受けられた。ヒソヒソと話す声もオレの耳に入ってくるせいで若干苛立っているが、オレ以上にキレている者が一人隣にいるおかげで逆に心持ちは少し落ち着いている。

「少し蹴り飛ばしたい方が複数いらっしゃるのですが、今から行ってきてもよろしいでしょうか?」
「気持ちは分かるけど駄目だ。レースに出られなくなる」
「小突く程度なら許されるでしょう?」
「やめろやめろ。あとで愚痴ならいくらでも聞いてやるからここは抑えてくれ」

 そう、後ろに倒す、いや弓道で弓を放つ直前の弦のように引き絞られた彼女の耳を見ていると、血が上りかけた頭もスッと落ち着きを見せる。まあ彼女の怒りを鎮めるには何をすればいいのかを必死に考えるために、否が応でも心の荒波を凪にしただけなのだが、ここでは些細なことだろう。

「少し場所を変えようか?」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですがお姉さまを応援するためにゴール前のこの位置は絶対に譲りはしませんから、レースが終わるまではどうにかして堪えることとします」

 大丈夫か、なんて言うと火に油を注ぐことになりかねないから開きかかった口に力を入れて真一文字に結ぶ。ただそれでも日中にも関わらず震えるほどの寒さのはずが、ザイアの隣にいると暖かささえ感じるほどに彼女は燃え盛っていた。

『メジロエスキモーってさあ……』
『やっぱり体が……』

「やっぱりしばいてきていいですか?」
「堪えて。それと令嬢がしばくとか言っちゃ駄目」

 ……ザイアを羽交い締めしながらレースを観るなんてことは流石にないよな?

─────
『それではまもなくGⅡ京都記念発走です』

 実況の冷静なアナウンスとともに関西の重賞ファンファーレが場内に響き渡る。担当ウマ娘が出走するレースにおいて、GⅠではない関西のファンファーレを生で聞くのは約1年ぶり。さらにこれをエスキモーのレースに限ると、実は初めてということになる。

「実家がこっちだから、やっぱり関東のファンファーレより関西のものの方が落ち着くなあ」
「親御さんとよくレースを観に来られていたのですか?」
「ああ、そうだよ。小さい頃からよく連れられてこことか阪神に行っていたよ。今とスタンドとパドックが違った時代に……っとそろそろだな」

 10人立てということもあって、あっという間に大外枠のウマ娘がゲートに収まって態勢が整う。オレとザイアは慌てて互いの顔ではなく内回りの4コーナー方向へ顔を向けた。

『世界へも繋がるこの一戦、今スタートしました!』

 ゲートが開き各ウマ娘が一斉に駆け出す。まずは1コーナーまで400mほどある長いホームストレッチを使った先行争いだが、案の定ウマ娘たちが互いの顔を見合って、誰が先を取るのかを牽制している。前に行って彼女の目標にされたくはない。かといって無理やり後ろに下げると、それはそれで苦しい展開になってしまう。まだ1コーナーすら迎えていない中で行われるそんなジリジリとした駆け引きが繰り広げられている中、観客から上がったのは驚きの声だった。

『マジかよ!?』
『えっ!? なんで前にいてんの!?』

 しかし目を白黒させていたのは一般の観客だけではなく…… 

「なぜお姉さまが先頭を窺う位置にいるのですか!?」

 ザイアも彼らと同様にエスキモーの先行策に目を疑っていた。無論それもそのはずで、実戦以前にトレーニング中も一切伏せていた戦法なのだ。作戦会議においても全く口にしなかったのだから、ザイアですら知る由がなかった。

「ザイアもびっくりするのか……まあ言ってなかったし当然かあ」
「トレーナーさん! はぐらかさないでください!」
「分かった分かった。ちゃんと説明するから」

 流石に逃げさせてはくれなかったのか、2コーナー手前でエスキモーの外から2人ほど彼女の前に出て、主導権を簡単には握らせなかった。ザイアもザイアでオレが話を流そうとしたのを逃がしてはくれなかった。

「一体いつ先行策を選ぶなど決められたのですか?」
「あんまり大きな声では言えないけど、今週の水曜日ぐらいに彼女と家で話をしたんだ。1週間前に出走者の想定が出ていたのもあっていくつかレースのシミュレーションはしていたんだけど、試せそうならってことで彼女と温めていたんだよ」
「……私には伝えていただいてもよろしかったのでは?」
「君の驚く顔が見たかった……って冗談冗談。肘で脇腹突かれるの地味に痛いからやめてくれ……」

 コツコツではなくドスドスといった擬音語が似合う突きっぷりに、思わず「うっ」という苦しい声が口から漏れる。しかし傍からは彼女の体は一切ブレていないせいで、オレが一人でレースを見ながら唸っているようにしか見えない。

「やめてほしければ真実をおっしゃってください」
「分かったからストップ……よし」

 オレたちが漫才、いや寸劇を行っている隙にレースは向こう正面の中間地点を過ぎ、いよいよ淀の坂へと差し掛かる。ちなみに1000mの通過タイムは1分1秒7と、想定通りのゆったりとしたペースで流れていた。

「青あざできてないだろうな……それで肝心の理由だが……やっばりレース終わってからでもいいか? 人に聞かれたくないし、今はラップタイムも測りたいし」
「……絶対ですよ」

 彼女の返事に首を大きく縦に振ると、ターフビジョンに映し出されたバ群を見ながら手元のストップウォッチでラップタイムを計測する。実は話している間にも計測していたのだが、若干頭に血が上っていた彼女には気づかれていなかったらしい。

「仕掛けどころはいつもより後ろだけど……よし、先頭を射程圏に収めた」
「下り坂を利用して惰性で加速しギアを入れましたね。残り3ハロンですが、もう勝負は見えました」

 3番手で進めたエスキモーは4コーナーまで追い出しを我慢すると、残り3ハロンを過ぎた辺りで悠々と先頭へと並びかけた。

『さあ最後の直線だが……もうメジロエスキモーが先頭だ! 後続も懸命に追っているが前との差は詰まりそうにない!』

 新進気鋭のウマ娘も、GⅠにも顔を出す重賞ウマ娘も必死の形相で追いかけてくる様子を悠然と振り返る余裕を見せる彼女は、王座へと敷かれた赤い絨毯を侍女を侍らせながら鷹揚と歩く女王のように映った。人々は疑わない、今年の主演女優は彼女であると、栄冠は彼女の手にこそふさわしいのだと。

『抜けた抜けた抜けた! 後続に4バ身、5バ身……残り100mを通過し、さらにリードを広げていく!』

 レース直前の脚質変更をも難なくこなしてみせた彼女へ人々はただ拍手と喝采を彼女へ贈る。かの頭が大きいと言われたウマ娘のような先行抜け出しで突き抜けた彼女へ。

『クラシック2冠は伊達ではない! メジロエスキモー、今圧勝のゴールイン! 勝ちタイムは2分11秒8!』

 さあオレたちも早く控え室に戻って、一人舞台を演じた彼女へ祝福の言葉を贈らないといけない。言葉は交わさずともオレとザイアはゴール後着順掲示板の1着の箇所に灯った“4”という数字を見ないまま、揃って足早にゴール前を後にした。

─────
「おめでとうございます、お姉さま。さてトレーナーさん、ご説明をお願いいたします」
「あれ、なんだか思ってた反応と違うんだけど……私勝ったんだよね?」
「大丈夫、ちゃんと勝ったから……えーっと、それでだな……」

 レース後の控え室。てっきりザイアは勝利を飾ったエスキモーを盛大に祝福するのかと思ったら、言葉一つであっさりと切り上げるやオレの方に向き直り、エスキモーの戦法について説明の続きを求めてきた。エスキモーも抱きつかれるか、もしくは抱きつこうとしていたのだろう、ザイアのまさかの塩対応に腕を横に広げたまま目が点になっていた。

「スローペースになるだろうって話はレース前にしていただろ?」
「ええ、その場におりましたから当然聞いておりました」
「ただ言っちゃアレだが、そんな予想は想定メンバーが出た段階で分かりきっていたことなんだよ。どの程度レースが流れるかなんてほとんど、いや全陣営が予想していたと思う。それでも戦法を変えようと考える陣営は皆無だった」
「……お姉さまが後方脚質だから、ですか?」

 やはり彼女は中等部離れした高い理解力を有している。エスキモーがいなければ、いたとしても2人合わせて現役引退後にサブトレーナーとしてサポートをお願いしたいほどに。だからおそらく結論についても薄々と分かっているのだろう。

「ああ。今更君に説明することもないけど、一般論としてスローペースは先行有利、ハイペースは後方有利な展開だ。そして極めつけはエスキモーが内枠を引いたことだ。もしこの状況で策を何も講じなければ……」
「内ラチ沿いに閉じ込められて脚を余す。だから一計を案じる必要があった、だよね」
「そういうこと。幸いにもエスキモーはゲートが上手い。あと知ってのとおりペースの読みも一級品だ」

 そうはいっても逃げ戦法は選びたくなかった。レースの主導権を握れるメリットはあるものの、前にプレッシャーをかける立場から全員に圧をかけられる立場にいきなり立たされるのは、精神的にも身体的にもかなり堪える。ということもあって選択可能な手段は先行しかなかった。

「なるほど……逃げずともスローペースの中でいつ動くかを自身で決められる位置でレースを進めるため、そしてあわよくば他のウマ娘たちの動揺を誘うために、お姉さまの特長も考慮した上で差しから先行へと脚質転換した、ということですね」
「理解が速くて助かるよ。花丸だ」
「流石ザイア! よっ、学年随一の頭脳!」

 オレもエスキモーも2人してザイアを持ち上げ、囃し立てる。おそらくエスキモーはオレに乗っかっただけだと思うが、オレは明確な意図を持って彼女を褒めた。しかし……

「どれほど褒めていただいても、私にまで伏せていたことを有耶無耶にはいたしません」

 こういうところは厳しい彼女の追及からは逃れられそうになかった。

「エスキモー、駄目だったよ……」
「残念……仕方ないから今晩はトレーナーの好きなもの食べに行かない?」

 オレはがっくりと肩を落とした、風に見せかけてエスキモーとヒソヒソ話をする。それもこれも全て演技なのだが、エスキモーはレース後ということもあってノリノリで乗ってくれた。夕食は何にしようか。

「……聞こえています」
「あちゃー、聞こえてるって。トレーナー、どうしよっか」
「そうだなあ……京都に来たからには一乗寺のラーメンは食べたいよなあ……」
「トレーナーさん!!! お姉さまも乗らないでください!!!」

 怒髪天を衝く、いやツインテールが天を衝く勢いの彼女の頭から湯気が立ち上っていたから、そろそろまともに話すことに決める。いやこれまでもある程度真面目に話してはいた……はずだ。

「ごめんごめん、それでだな──」

 そこから先は面白くもない話なので割愛させてもらう。とりあえず結論から言うと、ザイアは納得してくれたが、からかった代償として、その日の夜に京都で食べ歩いた分の代金は全部オレ持ちになった。

(来月のクレジットカードの明細を見るの、めっちゃ怖いな……)


+ 第57話
 お姉さまの京都記念勝利から数日、今年もいよいよこの日がやってまいりました。

「お姉さま、喜んでくださるでしょうか……」

 そう、バレンタインデーがやってきたのです。

「副委員長、どうしたの? いつもの恋煩い?」
「いつものとはどういうことですか! それと私はお姉さまをお慕いしておりますが、恋などではございませんから……大きな声を出してしまい申し訳ございません」

 当日の朝、まだお姉さまが来ていない教室で机に肘をついてため息をついていると、クラスメイトの方からとんでもないことを言われ、若干ムッとなって強い口調で言い返してしまった。私は慌てて頭を下げたけれど、相手はこっちこそと左肩をポンポンと叩いた。

「勝手に決めつけちゃってごめんね? あっ、そうそうこれバレンタインチョコ。副委員長ももらってくれる?」
「ありがとうございます。私からもこちらをどうぞ」

 と、息もつかぬ間に鞄をゴソゴソと探ったかと思うと、彼女は可愛らしい包装に包まれたバレンタインチョコを私に手渡してくれた。無論私もそのお返しとして、バレンタインチョコを入れるために持参した紙袋の中から一つ小袋を取り出し、彼女が広げた両手の上にポンと置いた。

「ありがとー! チョコチップクッキーおいしそう!」
「いえいえ、お口に合えばいいのですが」

 そう謙遜の言葉を返しつつも、内心では何度も味見したのだから間違いないからと、世間で言うところのドヤ顔をしていた。ただ、渡した彼女の次の言葉で一転困惑に変わる。

「わーい! ねえねえみんな! 副委員長からバレンタインチョコもらっちゃった! すっごくおいしそう!」
「えっ、少し待ってください。お口に合うかは分から……なぜ行列ができているのですか!?」
「だっておいしそうって言ってたしー」
「ウチだって副委員長のチョコ欲しいしー。ちなみにこれ私のね」

 お姉さまとトレーナーさんへの分に加え、クラスメイト全員分も念のために作っていたからよかったものの、こう何人、いや10人以上待機列ができると若干戸惑ってしまう。面映い思いも抱えつつ、ひとまずまっすぐに並んでもらうと丁寧にチョコを渡しては逆に相手から受け取り、そして一言二言話すとまた次の方にチョコを渡して……の繰り返しを列が尽きるまで行っていた。私はそれほどアイドルに詳しいわけではないけれど、傍からはさながらアイドルの握手会のように見えたに違いない。

「おっはよー……何やってるの? ザイアのサイン会?」

 そんなこんなしていると、トレーナーさんの家に寄っていたのであろうお姉さまが意気揚々と教室に現れた。こういうことがあって云々と私が説明すると、お姉さまも悪ふざけでクラスメイトの方と同様のことをしそうになったので、その場は『またあとで渡します』と一旦引いてもらった。

(お姉さまだけのプレゼントもありますから、流石に皆さんの前では渡せません……)

 遅くとも放課後、早ければ昼休みにトレーナールームでと約束したところで担任の先生が教室へと入ってきた。若干ニヤニヤしながら生徒の顔を見回しつつも、委員長へ朝の挨拶をするよう促す。

「それじゃ、委員長。朝の号令お願いね」
「起立! 礼! おはようございます!」
「「「「「おはようございます!」」」」」
「着席!」

 さあ一日が始まる。いつもと異なるほんのりと甘い香りが教室、いや学園中を包む、そんな特別な一日が今幕を開けた。

─────
 昼休み、私はカフェテリアで昼食を食べ終わると、教室に戻ってチョコが大量に入った鞄を持ってトレーナールームへと足を運んだ。というのもせっかくもらったチョコを教室内の暖房で溶かしてしまわないように、トレーナールームにある冷蔵庫へ一時的に避難させてもらおうという魂胆のためである。

「トレーナーさん、いらっしゃいますか?」

 私が扉をコンコンとノックをすると、何やら室内からバタバタとした音と聞き覚えのある声で『嘘でしょ!?』との言葉が漏れてきた。私は全てを察しため息をつくと、トレーナーさんの返事の前にガラガラと扉を引いて部屋の中へと入っていく。

「なーんだ、ザイアか。びっくりしちゃったじゃない」
「ふぅ……どうしたんだザイア? 何か用事か?」

 お弁当箱を左手に、そしてお箸を右手に持って、それぞれソファの端と端に座りながら食べている姿を見て、再びはぁとため息が出る。トレーナーさんは若干息が切れていて、お弁当箱は大きさは違えどチラッと目に入った限りでは同じメニューが入っているように見える。

「もう少し取り繕わないと、私以外にも気づかれてしまいますよ? 距離感だけでも危ういのにその上2人同じ部屋で同じ具材が入ったお弁当を食べられているなど、勘が良い方なら一発で看破してしまうでしょう」
「今後気をつけるよ……」
「もうちょっと頑張るね……」

 2人に反省の色が見えるので今回はこれ以上言うのはやめておく。ちなみに余談ではあるけれど、お姉さまとトレーナーさんの仲が良いのはクラスメイトの方以外にも知れ渡っていて、実はトレーニングの際にはかなり視線を集めていたりする。無論渦中の2人だけ気づいていないというのは言うまでもない。

「それで本題なのですが、冷蔵庫のスペースを少しお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、大きくはないけどそれなりに物は入るぞ。何か冷やすのか?」
「ええ、こちらのいただき物を放課後まで冷やさせていただきたく」

 そう言ってチョコレートばかり入っている鞄の中身をお二人に見せると、お姉さまからもトレーナーさんからもほうという感心の声が上がった。ただお二人が声を上げた意味合いは異なるようで、トレーナーさんからは、

「こんなにもらったのか、凄いな」

 という『受け取った』側の立場の意味で。お姉さまからは、

「いっぱい作って交換したんだね……」

 といった『渡す』側の立場の意味で感心されたようだ。

「皆さん様々なチョコレートを作られていて驚きました。また食べて感想を伝えなければなりませんね……レースが近いのでペースや時間帯を考えねばなりませんが」
「オレもその分考慮してメニューは組むけど……食べすぎないようにな」
「あっ、私も冷蔵庫にもらったチョコ入れてるから、見分けがつきやすいように置いてほしいな」

 流石お姉さまである。きっとクラスメイトの方だけではなく上級生や下級生から多数いただいているのだろうとなぜか私も鼻高々となりながら冷蔵庫の扉を開けると、そこには3つ棚がある内の1つの棚だけではなく、2つの棚がチョコで占領されている光景が広がっていた。一番上の棚に置いているものは私がもらったものとおおよそ被っているのでお姉さまだとすぐに見分けがついた。しかしながら、2段目の棚に置いてあるものは多少は私のと被ってはいるけれど、その多くは見慣れないものばかり。

「トレーナーさん」
「どうした?」
「2段目に置いているのは……もしかしてトレーナーさんがいただいたチョコでしょうか?」

 単なる確認のつもりだった。追及する意図は全くなく、当然からかう意思も妬む思いは欠片も入っていなかった。それなのに……

「……ふぅん」

 瞬時に室温が一気に下がり、寒気を感じた。

「あのな、エスキモー。これは全部義理チョコだから。普段の付き合いとかお礼とかそういう意味合いだから。深い意味はないから」
「でも気合いが入ってそうなのも私見つけたよ? ハート型のチョコとか普通義理チョコには似合わなくない?」
「それしか型がなかったんだろ。もらった子にも『いつものお礼です』って言われて渡されたんだから」
「いつもの……? 私のクラスメイトじゃない子に……?」

 これ以上この場にいては駄目だ。凍りついて動けなくなってしまう。そう思った私は空いた棚にチョコレートを押し込むと、お二人に一礼だけしてそそくさとトレーナールームを後にした。

(お二人にチョコを含めたプレゼントを渡すのは放課後にしましょう……)

 地球にいたと思ったら実は先ほどまでいたのは火星だったらしい。どおりで寒暖差が激しかったわけだ……といった冗談が頭の中で浮かんだけれど、すぐにどこかへ消えていった。

(私のキャラじゃありませんから。そういうのは他の方にお任せします)

 そんなことを頭の片隅で考えつつ小走りで教室まで戻り、私は午後の授業の準備をした。ちなみにお姉さまが教室に戻られたのは予鈴が鳴る数十秒前だったということは念のため申し添えておく。

─────
「いいぞ! 最後までペースを落とすな!」
「……っ!」

 放課後、私はレース1週前の追い切りに臨んでいた。追い切り前のトレーナーさんからの指示は『一杯に駆け上がってこい』との指示だったので、私は今いつものトレーニング以上に歯を食いしばって坂路を必死に駆け上がっている。ゴールが近づくにつれてキツくなる勾配、苦しくなる呼吸、重くなる脚、それら全てに耐えきって私は全長では1キロにもなる坂路を最後まで走りきった。

「はぁ……はぁ……はぁ……トレーナーさん……タイムは……」
「4ハロン全体が50.4秒、最後の1ハロンが12.1秒だから文句なしだ。とりあえず今は息を整えて水分補給をしてくれ。エスキモー、頼めるか」
「お疲れさま。はい、タオルとドリンク」
「お姉さま、ありがとうございます……ふぅ……」

 全力で走った体から立ちのぼる白く漂う水蒸気は、若干冷えたドリンクで喉を潤すにつれてゆっくりと収まっていく。ホモサピエンスと変わらない肉体を時速60キロ弱で動かすと、それ相応のエネルギーを消費するのと同時に熱も発生させる。それを冗談でオーラなどと言うウマ娘もいるけれど、全力で走った結果生じたものなので、実際のところは近からずも遠からずといったところかもしれない。

「1週前としては十分すぎるが……来週はどうするかまた考えないといけないな」
「軽く流すか強めに追い切りを行うか、ということですか?」
「ああ。普段だったら軽めに流してもいいんだけど、半年ぶりのレースになるからさ。ある程度負荷をかけたい思いもあるんだ」

 トレーナーさんのタブレットに表示されている追い切りのタイムを見せてもらうと、そこにはタイムの他に彼のコメントが追い切りごとに記されていた。例えば『最後の1ハロンで若干内にモタレていたから、今度体幹のトレーニングを加えよう』といったものや、『脚元への負担を考えて、レース前はウッドチップコースから坂路に切り替える?』といったコメントも見受けられた。私はそれらを見て、深く案ずることなく彼へ思いを伝える。

「なるほど。私としてはトレーナーさんに一任いたします。どのようなトレーニングを積めばポテンシャルを最大限に発揮できるのかは、私よりトレーナーさんの方がご存知ですから」
「分かった。一旦また持ち帰って考えるよ」
「承知しました、私の体のことを私以上にご存知なトレーナーさん」
「おいおい……誤解を招くような言い方はやめてくれ……エスキモーはステイ」
「もう、分かってるよ。勘違いなんかしてないし」

 私が言ったことは嘘ではない。言い方は確かに語弊があったけれど、事実、筋肉の鍛え方やケア方法などは私よりトレーナーさんの方がはるかに詳しい。トレーナーさんが私の中に入って体を動かせばもっと活躍できるのにと思ってしまうほどに。

「とにかく2人ともストレッチしたら今日は終わり! 汗で体を冷やさないように気をつけること! 以上!」
「はーい。でもまたトレーナールーム行くからちょっと待っててよね」
「私もお姉さまとともに行かせていただきます。少し用事がございますので」
「……分かったよ。先戻って待っているからな」

 お姉さまと私の返事に何かを察してトレーナーさんは神妙に頷く。きっとお姉さまの用件も私と同じで、それをトレーナーさんは理解されているのだろう。

(今日が何の日なのかを考えれば即導き出すことができますからね……)

 あくまでも伝えるのは感謝の気持ち。そう強く心に銘じて私はお姉さまとともにシャワールームへの道のりを足早に駆けていった。

─────
「おまたせ。待った?」
「全然。今まで作業していたからあっという間だったよ」

 すっかり日も落ち、もうすぐ満ちる月が顔を出す頃、私とお姉さまは背中に紙袋を隠しながらトレーナールームに入った。シャワーを浴びてから一旦寮に戻り、寮の冷蔵庫で冷やしていたチョコと部屋の机上に置いていたプレゼントをアクセサリーショップでもらえるようなお洒落な紙袋に入れて、再び学園へと帰ってきた。学園に戻る際、すれ違う方や寮長に怪訝な顔をされたけれど、それら全てを見ないふりをして今ここにいる。

「それで、さ」
「トレーナーさんにお渡ししたいものがございます」

 一歩、また一歩、トレーナーさんの元へとゆっくりと歩く。ずっと冷やしていたからきっとこの部屋の暖かさで溶けることはないチョコレートを後ろ手に隠しながら、彼が腰かけている椅子の隣までやってきた。ただなぜかお姉さまがここまで来て躊躇されていたので、先んじて私がさらに前へ一歩踏み出して、背中に隠していた小さな紙袋を一つ彼へと差し出した。

「こちら、バレンタインチョコのフォンダンショコラです。お口に合えばいいのですが」
「ありがとう。今食べたら夕飯が食べられなくなるから、また夜にでも食べるよ」
「それともう一つはお姉さまに。お姉さまへはチョコと合わせて別のプレゼントもお贈りいたします」
「あ、ありがと。またあとで見てみるね」

 トレーナーさんの微笑みとお姉さまのはにかむ様子を見て私も頬が緩み口角が上がる。お世話になっているトレーナーさんと大好きなお姉さまへは、クラスメイトに配ったクッキーとは違った特別なものを贈りたい。その上お姉さまのお悩みも解決したい、その一心でプレゼントを選ばせてもらった。また寮に戻って中身を見た際に、一体お姉さまがどのような反応をされるのかが今から楽しみだ。

 私から2人へバレンタインプレゼントを渡し終わると、続いてはお姉さまの番だ。クラスの方へはカップケーキを渡されていたけれど、私と同様に種類を変えてくるのだろうか。そのようなことを考えていると、お姉さまはトレーナーさんの方から私の方へ向き直り、背中の後ろに隠していた紙袋を一つ私へ差し出した。

「じゃあ私は先にザイアから。ハッピーバレンタイン。受け取ってくれると嬉しいな」
「ありがとうございます……一生大事にしますね」
「できたらマカロンの方は今日中に食べてほしいかな……もう一つの紙袋はまたあとで開けてね」
「? 承知しました」

 紙袋の中身をこっそりと見ると、チョコマカロンが入った丁寧にラッピングされた袋と、もう一つ別の中身が見えない別の箱のようなものが入っていた。大きさとしてはアクセサリーだろうか。ただ何が入っているかまでは予想がつかない。寮に帰ってからマカロンを食べつつ開封することにしよう。

「そして……はい、トレーナー。ハッピーバレンタイン。受け取って、くれる?」
「ああ、もちろん」

 そうこうしている間にお姉さまが少し照れながら、トレーナーさんへバレンタインプレゼントが入った紙袋を渡した。普段であればトレーナーさんと接する際に頬を赤く染めることはないお姉さまの顔が恋する少女のように見えたのは私の見間違いだろうか、それとも照明の当たり加減がそう見せたのだろうか。

「……マカロンだけじゃないから。また家に帰ったら開けてみて」
「……分かった、そうする」

 トレーナーさんが何をもらったのか、勘繰るのはよくない、よくないのだけれど……

(きっと私がいただいたものとは異なるのでしょう。あくまでもお姉さまからは、私は最大限好意的に解釈しても親友止まり。ただトレーナーさんへの感情は、違う)

 そのようなことに気づいたのは最近ではない。それこそ出会って間もない頃に理解していたはず。それなのに。

(なぜ一瞬胸が針に触れられたような感覚を覚えたのでしょう?)

 たぶんきっと体が軽微なエラーを出しただけだろう。2人が語らう様子を見ながら私は思い込むことにした。

「そうそう、オレも君たちに渡したいものがあったんだ」
「「私に?」」

 お姉さまとの話の途中でトレーナーさんは手をポンと叩くと、おもむろに冷蔵庫へと歩いていくと、中から何かを取り出して再び椅子へ腰を下ろした。そして、私たち2人が広げた両手の上にポン、ポンとラッピングされた小さなビニール袋を置いた。

「これって……」
「生チョコ、ですか?」

 その袋の中に入っていたのは生チョコだった。若干崩れたり歪な形をしていたり不揃いだけれど、むしろそれが手作り感を増幅させる。

「ああ。こういうのほとんど作ったことがなかったから不格好だけど、レシピ通り作ったし味見もしたから味は問題ない、と思う」

 頭をポリポリと掻きながら不器用に笑う彼の顔と手のひらに置かれた袋を見比べ、パチパチと何度か目を見開く。料理をあまりしないと聞いていた彼が私たちのためにチョコレートを手作りしてくれたという事実は飲み込みづらく、うまく喉を通り過ぎてくれない。隣のお姉さまの顔も私と同じで、現実に思考が追いついていない様子だ。

「……ありがと。またあとで食べるね」
「……はい。夕食を食べ終えてからいただきます」

 ホワイトデーには何かお返しがもらえるだろうとは踏んでいた。ただ今日のこれは一切予想していなかった不意打ちである。私たち2人は彼の急襲に対し、たどたどしく言葉を返すだけで精一杯だった。

(またお返し、しないといけませんね)

 しかし心はじんわりと熱を帯び、指の先まで温められた血が巡る。私とお姉さまは手に持ったチョコが溶けてしまわないようにそっと紙袋に入れると、トレーナーさんへ挨拶をして部屋を後にした。

「……」
「……」

 寮に着くまで互いに言葉を発することはなかった。しかし、2人とも今日のこの日が忘れられない暖かな思い出になっただろうことだけは、もはや口にするまでもない自明の理であった。

“Nihil difficile amanti. Lv.1→Lv.2”


+ 第58話
「ラスト1ハロン粘れー!」

 バレンタイン翌週の水曜日、ザイアの中山記念に向けた最終追い切りを行った。当初はウッドチップコースで軽めに流す予定だった。しかし半年ぶりの復帰レースのためにも負荷をかけつつ、脚への過度な負担を避けるという2つの要素を考慮した結果、1週前に坂路での強めの追い切りへと切り替えることになった。

「……ゴール!」

 ザイアがゴールを駆け抜けた瞬間ストップウォッチを止める。エスキモーにザイアへタオルとドリンクを渡すよう指示を出しつつ、1ハロンごとのラップも含め、タイムをタブレットへ打ち込んでいく。

「全体が51.1秒でラスト1ハロンが12秒ちょうど……悪くない、というより素晴らしいな」

 計測前に彼女へは先週より抜いて走るように伝えていた。追い切り後こちらへゆっくりと戻ってくる彼女の様子やタイムを見ていると、注文通りに駆け上がってきたことが分かり、思わず感心して声が漏れてしまった。

「はぁ……はぁ……トレーナーさん、タイムはどうでしたか?」

 エスキモーとともにコースの外に出てきたザイアがゆっくりとオレの隣へ歩み寄ってきた。

(先週の追い切りのときもだったけど、最近距離感が前より一歩ぐらい縮まったのか……?)

 しかしあくまでもタイムを見たいがためにすぐ側へ来ている可能性は十分に高い。決して勘違いしてはいけない。そう心に銘じていたのだが……

「オレが言った通りに上がってきてくれたな。よくやった」

 つい彼女の頭を撫でてしまった。エスキモーが『あっ!』と声を上げてくれたからすぐに止めることができたが、ザイアから怒られるのは火を見るより明らかだ。そのためオレは彼女への謝罪の言葉を懸命に考えていたものの、どういうわけかお叱りの言葉はすぐに飛んではこなかった。

「……気をつけてくださいね。それではタイムを含め講評いただけますか」
「お、おう……えーっとだな……」
「……」

 注意は促されたものの、予想していたものより軽すぎて拍子抜けしてしまった。エスキモーもオレと同じく、頭の上に疑問符が浮かんでいるような顔をして、ザイアだけでなくオレにも何も言えずにいた。

─────
 そして迎えた中山記念……前日の夜──日付としては当日ではあるが──にオレはテレビの前に座ってとあるレースが始まるのを待っていた。

「2人には早く寝ることと言っておきながらオレだけ起きているのは矛盾している気がするが……」

 走る当人は言うまでもないとして、もし同室のウマ娘が起きていれば物音や光で寝不足になってしまう可能性がある。ただ念のためエスキモーには夕飯の際にいくら親友が走るとしてもここは堪えてくれと説得したから、そこはきっちり守ってくれるはずだ。

「もうすぐ発走か……エスキモーが帰ってから仮眠していてよかったな」

 日本では草木も眠る丑三つ時、現地時刻では夜の8時半頃、中東の地にて世界の強豪が集ったレースが幕を開けようとしていた。

『さあ、舞台は整いました。ここキングアブドゥルアジーズレース場にて行われるGⅠサウジカップ。日本からも昨年末香港ヴァーズを制したメニュルージュを始め、多くのウマ娘が参戦しております。果たして日本のウマ娘は頂点を掴むことができるのか』

 ゲート裏の様子が映し出される中、音声が日本のスタジオからレース実況へと切り替わる。昨年GⅠを2勝しているものの、その2勝はいずれも芝のレースであるルージュがどう立ち回るのか、チーフがどのような策を打ってきたのか、オレは固唾を飲んでスタートの時を待っている。

『さあ、ゲート番4番に日本のメニュルージュが収まります』

 オレが知っている限りでは、日本国外で国際GⅠ競走が行われる全ての国や地域でゲート番号とウマ娘番号が異なる。レースへの登録段階で1回、枠が確定した段階で1回と計2回に分かれて番号が付与される海外、登録段階では何も付与されず、枠が確定して初めて番号が付与される日本。この辺りのルールの違いもある種のガラパゴス化なのだろうか。

「海外のレースを生で見たことはあるけど、やっぱり日本の方が直感的に分かりやすいんだよな……おっ、もう始まる」

 13人が枠に収まり、最後に大外のウマ娘がゆっくりとゲートへと向かう。深緑のコートを羽織ったルージュが一瞬画面に映し出されるが、すぐにゲート前からの映像に切り替わった。

『──回サウジカップ、今スタートしました!』

 日本やアメリカ、そして隣国のドバイとも異なるダートの質。雨がほとんど降らない砂漠地方だからこそ配合可能と言われたウッドチップ混じりのコースをどう攻略するのか。オレは先頭を走る日本のウマ娘とともに、後方に位置取ったルージュへ視線を注いでいた。

「先頭の子は……ああ、先輩みたいに逃げまくるって言っていた子か。掛かってはいないみたいだけど飛ばしまくっているな……ルージュは後方待機。芝の中距離を走っていた彼女にこのペースはキツいなあ……」

 アメリカが特に顕著なのだが、ダートレースは序盤に飛ばして、最後はバテる中を粘り切るといったレース展開になることが多々ある。逃げている子が尊敬している先輩というのもハイペースで飛ばして、最後堪えきってこのレースを制している。しかしハイペースという字面だけ見れば、最後まで末脚を溜めて差せばいいじゃないかという声も上がるだろう。

「でもなあ……ダートはそう簡単にキレッキレの脚で差せないんだよなあ……」

 今最初の800mを46秒前半で通過したことに気づいた実況が驚きの声を上げた。しかしそれもそのはずで、コース形態の差はあれど同距離で行われるチャンピオンズカップのラップ平均より3秒弱早く、1ハロン短い上に最初に芝を150mほど走るはずのフェブラリーSのものと比較しても全く遜色がない数字を叩き出していたからだ。

「ただこれを楽に逃がしてしまえば、最後に差し損ねる……だからバテるのを覚悟で追随せざるを得ない」

 芝と異なりダートはその性質上爆発的な末脚を繰り出すことが難しい。例外は当然あるがあくまでもそれは例外で、ダートにおいて最後方から大外一気というのは簡単に見ることはできない。

「だとしたらここは彼女には向かないはずなんだが……」

 視線の先にいるのはレース中盤を過ぎても目立った動きはしていない栗毛の少女。練習の成果かそれともダートの質によるものか、キックバックには怯んでいないものの、やはり追走に苦労しているように映る。この距離自体走ったのがほぼ1年前のスプリングS以来で、しかもその時よりペースは明らかに今回が上なはず。いくら芝を走っていたウマ娘でも比較的走りやすいダートだとしても厳しいのではないか。

「直線入口でようやく上がっていったか。ただなあ……」

 依然前が飛ばす流れを外から懸命に捲っていく構えを見せるが、なかなか前との差は詰まってこない。残り300m、前と後ろの差は大きく開き、1着争いはバテながらも粘る日本のウマ娘と2番手を追走していたアメリカのウマ娘に絞られた。

『──さあ3番手争いは……おっと!? ここで後方で脚を溜めていたメニュルージュが上がってきた! 残り200!』

 ここでようやくエンジンが点火したのか、一人、また一人と交わして彼女は先団を目指していく。先頭とは距離があるもののその瞳に宿っている闘志は決して消えはしていない。キックバックで砂まみれになっても前に進むことを恐れていない。

「ああ、そうか。目標はここじゃなく──」

 ここはあくまでも次走へ向けた叩きの一戦。最悪結果が伴わなくても海外のダートの経験が積めたメリットの方が大きいというわけか。

『──1着でゴールイン! 残念ながら日本のウマ娘の勝利とはなりませんでした。3着争いは3人横並びですが、外から上がってきた日本のメニュルージュは体勢不利に映ります』

 結果としてはアメリカのウマ娘がダート大国の意地を見せたものとなった。ただ日本のウマ娘も最高2着と健闘は見せてくれた。いずれアメリカのダートにおいても頂点を掴んでくれることだろう。

「ルージュもお疲れさま。とりあえずチーフと合わせて一報だけ入れておくか」

 LANEを開いてそれぞれに労いの言葉を送る。ただすぐには既読はつかないだろうし、レースの分析を今からしては夜が明けてしまうから、オレはテレビの電源とリビングの照明を消すと、ベッドへ向かい横になった。

「そういえば2着だった子が憧れているウマ娘って、確かチーフが指導していた子だったような……」

 ただ調べようにも既に眠く、充電コードに繋いだ携帯を手に取るのも億劫だったから、また今度調べることにした。

(とりあえず今は寝ないと……)

 深夜3時、今夜2度目の就寝に意識は徐々に暗闇へと落ちていく。翌朝エスキモーに起こされるのを楽しみにしながら、深い海の中へと沈んでいった。

──その夜はどこか懐かしい夢を見た気がしたが、朝起きると何も覚えてはいなかった。


+ 第59話
「……て! ……きて! 起きなさい!」
「あと5分……」
「それ3回目! 早くしないとレースに間に合わなくなるから!」

 翌朝目覚めると、そこにはエプロンを着たエスキモーの姿があった。布団を剥がされたことで仕方なく洗面所へ顔を洗いにいく途中にふと掛け時計を見上げると、時計の針はとっくに8時を回っていた。

「……やべ」

 窓から差し込む太陽の光は眩しく、部屋全体を照らしている。空は天気予報通り一面抜けるような青空が広がっていて、寒さ以外は心地いい1日となる予感がした。

─────
「それじゃ行こうか」
「うん。ザイアからもうすぐ寮を出るってメッセージ届いたし、早く行かなきゃ」

 手短に朝の支度を済ませ、2人揃ってザイアの待つ学園前に向けて出発する。防寒のために手袋とダウンジャケットを身につけていながら寒い寒いと言っていると、エスキモーがポケットからカイロを差し出してくれた。

「そんなに寒いって言ったらもっと寒くなるでしょ。私が持ってきたカイロ使っていいから」
「ありがとう。オレもカイロは持ってきているんだけど、朝から使っていたら夜まで保たないと思ってまだ封を開けてないんだよ」
「だったらもう少し着込んだらいいのに。どうしてマフラーを巻いてきてないの……って、あっ」

 隣を歩く彼女が何気なくオレの首元を覗き込んだと思うと、はっと息を飲む声が聞こえた。まあそれもそのはずで、オレがマフラーの代わりに身に着けていたものは──

「バレンタインのプレゼント、使わせてもらっているよ」
「……もう。移動中ぐらいはマフラーで隠しちゃってもいいのに」

 彼女からバレンタインチョコと合わせてもらったネックレスだった。バレンタインの日、家に帰ってから中身を見てから、幸運のお守りとして知られているウマ娘の蹄鉄をモチーフとしたそれを、オレは大事な日に着けていこうと決めた。例えば今日みたいな担当ウマ娘がレースに出走する日や、大切な人と出かける日には忘れずに着けようと決めたのだ。

「大切な君からもらったものなんだ。隠すわけにはいかないよ」
「……トレーナーはよくそんな恥ずかしいこと堂々と言えるよね」
「その言葉、君にはあまり言われたくないかな……」

 膨れっ面をしながらも頬に紅を差した彼女の横顔を見て、オレは思わず顔が綻ぶ。オレは大人と子どもが同居しているようなそんな彼女が愛おしくなったのか、それとも吹き抜ける風の寒さから彼女を少しでも守ってあげたいと思ったのか、ブラブラと揺れている彼女の右手を優しく掴んだ。

「トレーナー!?」
「風も冷たいし、少しくっついた方がいいと思ってな。あっ、腕を組むのは流石に駄目だからな」
「えー! トレーナーのけちー」

 不服そうな声を上げながらも彼女は優しくオレの手を握り返す。幸いにも知り合いや学園の関係者らしき人とすれ違うことはなく、校門の前でオレたちを待つザイアが視界に入るまでの短い間、いつもより彼女との心の距離を近くに感じながら取り留めのないことを語り合っていた。

─────
 太陽が天に昇るにつれて寒さも若干和らいでいく。時計の針が綺麗な直角から再び開き始めた頃、ようやく待ち人が私の元に訪れた。

「ごめんね。もしかしてちょっと待った?」
「悪い。少し遅くなった」
「いえ。私もつい数分ほど前に到着したばかりですから問題ございません」

 制服の上に学園指定のトレンチコートを羽織ったお姉さまと、セーターとジーパンの上にダウンジャケットを着たトレーナーさんが謝りながら小走りで向かってくる。久しぶりのレースということもあって、スポーツバッグに荷物の詰め忘れがないか複数回確認していたので、本当にお姉さまたちが数分前に校門に到着していたのだ。私はお姉さまからたまに借りて読む漫画に出てくるような、随分前から待っていたのに『今来たところ』と言う性格は残念ながらしていない。

「到着されて間がなく大変恐縮ですが、すぐに手配したリムジンが到着いたしますので、話は車内でいたしましょう」
「慣れたら駄目だし担当に車出させているのもどうかと思うけど、移動中に不意に怪我をしてしまう可能性が減らせるのは大きいからな……」
「私も今度中山でレースがあるときお屋敷に言って出してもらおっかな」
「やっぱり名門の令嬢はすごいな……」

 そのような庶民的な感想を述べつつも諸々の所作は十二分に洗練されている。どこで鍛えられたのかは知らないけれど、私やお姉さまたちが出席する社交の場に出ても決して恥ずかしくはない。女性の扱いがこなれているのが引っかかるけれど、まあ私の知ったところではない。

「お姉さま、トレーナーさん、リムジンが到着いたしました。それでは決戦の舞台へ参りましょう」

─────
 レース前の控え室。暖房が適度に効いた部屋の中で、トレーナーさんは自身のリュックサックの中から体を冷やさないようにと、あれもこれもと机上に並べてくれている。

「これが温かいお茶で、こっちがカイロ。スポーツドリンクは常温で持ってきているし、ザイアの好きなタイミングで飲んでくれ。ジャージで寒かったらオレのジャケットも着てくれて構わないから」
「お気遣いいただきありがとうございます。しかしながらトレーナーのジャケットをお借りすれば、少々面倒な事態を引き起こしかねませんので遠慮いたします」
「あー……うん、それはやめておくか」
「ちょっと! 2人とも言いたいことがあるならはっきり言ってよ!」

 お姉さまが不在であればおそらくお借りしていたことだろう。しかし今は嫉妬深いお姉さまを前にしてトレーナーさんの服を着るなどということは許されない。私個人としては気にしないけれど、険悪な雰囲気を作り出さずに済むならそれに越したことはない。

「……とにかくレース前のブリーフィングでも始めるか」
「ええ、もう少しでパドックへ向かわねばならない時刻が参りますのでお願いいたします」
「スルーするんだ……」

 しょぼんと落ち込んでいるお姉さまを横目に私とトレーナーさんはレース前の最終確認を行う。芝の状態は想定通りかつ天候も予報通りだったので、直前での大幅な作戦変更はなかったものの、やはり久しぶりの実戦ということもあり、デビュー戦に近いぐらい丁寧にやっていただいた。

「──以上だ。何か質問はあるか?」
「特には……いえ、1つだけございます」
「なんだ?」
「お姉さまが離してくれないのですが、どうすればよろしいでしょうか」
「……」

 意図的に無視したわけではなく、単に時間と話の都合上お姉さまと話している暇がなかっただけなのだけれど、お姉さまはあの手この手で話に加わろうとしていた。しかし話の邪魔までしたいわけではなかったらしく、私を自身の膝の上に乗せたり抱きついたりして構ってほしかっただけのようだ。大変子どもっぽくてとても可愛らしかったのだけれど、それで構ってしまえば話が進まないのは目に見えていたので、私もトレーナーさんもあえて今の今まで触れていなかったのだ。

「エスキモー、そろそろ集合時間だから離してあげな」
「……はーい」
「ありがとうございます、お姉さま。それでは行ってまいります」

 それでもトレーナーさんの指示に素直に従うのはレースが第一だと分かっているから。無論私が逆の立場であっても同じように振る舞うことは分かっているから。

「いってらっしゃい。頑張ってね」
「観客席から見守っているよ」

 見送る2人へ私は一礼をしてパドックへと向かう。久しぶりに全身を覆う緊張感がピンと伸びている背をさらに縦へと引き伸ばす。指と指で縫い針を強引に引っ張るかのように、変な力が背筋に籠められていた。

─────
『2番人気は3枠4番ダノンディザイア。昨年のダブルティアラが──』

 最高気温が10℃を若干上回るほどの肌寒さは、ターフに足を踏み入れた頃にはもう自身が発する熱気で感じなくなっていた。スタンド正面からスタートする都合上かすかに場内実況の声も聞こえてはいたけれど、集中するために目を閉じると、テレビの電源が落とされたみたいに音も聞こえなくなった。

(ゲートを出てからすぐにラチに沿うようには1コーナーは回らずに、しばらくはインを空けたまま向こう正面までレースを運ぶ、でしたよね……)

 半年ぶりなので、久しぶりにゲートの練習も念入りに行った。当然体にはどっぷりいいスタートの感覚が染み込んでいるから、練習においても一度も失敗することはなかったのだけれど、トレーナーさんは『万が一のことがあってはいけないから』と心配してくれていた。

(お姉さまとトレーナーさんは……やはりゴール前にいらっしゃいましたか)

 目を開けて2人の姿を探すと、案の定ゴール板の真正面に陣取っているところを見つけた。トレーナーさんは平均ではあるものの特別身長が高いわけではなく、お姉さまも年齢としては高い方ではあるけれど、男性と交じると少し低い。それでも見つけるのに全く苦労しなかったのは、オーラか何かで見つけ出したということかもしれない。

(なんて。冗談です、ふふっ)

 控え室を出た直後に感じていた過度な緊張は、お姉さまたちを目にしたことでろうそくの火のようにふっと風に吹かれて消え去った。体に残ったのは適度な緊張感と漲る闘志だけ。

(それでは参りましょうか)

 2番人気で助かった。復帰直後に1番人気を背負い、レース中周囲のマークに晒されるのは本当に体に過度な負担がかかってしまう。昨年の春秋マイル覇者がドバイターフへ出走するために、1ハロンの距離延長となるこのレースに出走してくれて感謝している。

(無論1着はお譲りはいたしません)

 重賞のファンファーレの音がわずかに耳に届くと、係員の誘導を受けてゲートの中へと体を収める。コースの広さと比べればそのわずか十数分の一となるその狭さはまるでこの世界における己の存在感を示しているようだけれど、逆にゲートから出たときの解放感は筆舌に尽くしがたいものがある。幼い頃、あたり一面が青い芝の上を疲れてお父様の背中の上で眠ってしまうほど走っていたことをなぜか今思い出した。

(あの頃のように私は走りを楽しみます。そして……)

 最後は大外の方が枠へと収まり、態勢が整う。そして──

(絶対に勝つ……!)

 今、ゲートが開いた。

─────
「よし、久しぶりでもゲートは問題なかったな」

 ゴール前150mほどに置かれたゲートから好発を決めたザイアを見て、オレは小さくガッツポーズをする。少し内を空けたままオレたちの前を走り去っていき、1コーナーへと向かう彼女の後ろ姿は秋華賞の頃より大きく見えた。

「序盤は問題なさそうだね」
「ああ。おそらくここからハロン11秒台を刻んでいくと思うが、オークスを勝ったザイアならスタミナは保つ。それにハイペースもデビュー後数戦を思い出せば問題にもならない」
「まさか今日みたいな日を見越して……」
「流石にそこまで予想していたら、トレーナーというよりもはや予言者だからな……」

 怪異を見るような目で見ないでほしい。流石のオレでも傷つく。

「もちろん冗談だけどさ。過去に積み重ねていったものが今に繋がってるなら、それはきっと理想的な鍛え方だなって私は思うよ」
「そうか……そうだな」

 柵にもたれかかりながら、2人揃って細めた目でターフビジョンを見つめる。柔らかな視線の先には速い流れの中、2コーナーから向こう正面へと2番手で前を追走するザイアの姿があった。

「頑張れ……」
「先頭で戻ってこいよ」

─────
「ふっ……ふっ……!」

 中山での開催初週、やはり内側はそれほど掘れていない。前回の中山開催から1ヶ月程度しか経ってはいないけれど、1月より多少は芝が回復しているようだ。

(前とは1バ身と少し……若干流れが速いのでここで息を入れてもいいのですけれど……)

 1コーナーから続いた高低差4mほどの坂を下り終え、まもなく残り800mの標識を通過する。タイムとしては58秒ほどだろうか、序盤よりペースは落ち着いたものの、それでも1ハロンは12秒を切っていると思われる。

(純粋なマイル戦のペースで後続の脚を先に潰す算段ですか……)

 私は前を行く春秋マイル王者の背中から彼女が講じた策を見透かす。

(彼女にとってこの距離は自身の適性より若干長いはず……ですが今後もマイル路線で走っていくと仮定した場合、1800mに『慣れて』しまうと、再度マイル戦のペースに体を戻すのに時間がかかる……だとすれば、これまで走ってきたマイル戦のペースのままこのレースと次走のドバイターフを強引に突破する方策を選ばれた、ということですね)

 甘く見られたものだと私は笑う。彼女がとった策というのは、1800mを守備範囲とする私たちが1600mが主戦場の彼女に『能力だけで捻じ伏せられるだろう』と思われていることに等しい。『1600mの時点で勝負は決するから』とその舐めきった態度──

(叩き潰してやりましょうか)

 レースが終わってから後悔することになるだろう。

─────
『1000mの通過は……57秒8!? ハイペースで流れております。先頭は去年の春秋マイル覇者──』

 11秒台のラップを連発して後続に脚を溜めさせない策を選んだマイル王者とその陣営に感服する。ただそれと同時に浮かんだのはわずかな怒りだった。

「舐められたものだな。これでうちのザイアに勝てると思っているとは」
「桜花賞は1年ぐらい前だし、あの走りを覚えていないのかもね。可哀想……」

 オークスを勝つまではむしろ短距離向きなのではと思われていた快速ウマ娘、それがザイアだ。それなのに1600mのペースに持ち込めば勝てると思われていたことが彼女のトレーナーとして腹立たしい。

「ザイア、叩き潰してやれ」

 その思いが伝わったのか、彼女は3コーナーから徐々に前との差を詰め始めた。場内からは早仕掛けを疑われているものの、全くそのようなことはない。マイル戦で鍛えた巡航速度、中距離戦で培ったスタミナ、そしてエスキモーとの併走で身につけた粘り、その全てが噛み合って今──

「ザイア!!! 勝って!!!」

 爆発が生まれる。

─────
 3コーナーを過ぎて4コーナーへと突き進む私たち14人のウマ娘たち。1人が逃げ、1人がその背後に張りつき、残る12人が少し離れた状態でひたすらに前を追う。そのような状況の中で私は内ラチから0.5から1人分を空けながら、残り400mの標識を視界に捉えていた。観客席へ近づいていくことは当たり前なので今更気にも留めないけれど、この辺りで前を捉えようとだけ考えていた。

(余力十分……したらばここで!)

 直線に入ったところで前を行く背中を視界の隅へと追いやり、ついに先頭へと並びかける。先頭をひた走っていた彼女はこのタイミングで先頭に並ばれることは想定していなかったのか、少し驚いたあとに苦虫を噛み潰したような顔をしていた。私の実力を見誤っていた自身への腹立たしさなのか、それとも自身のトレーナーに対するそれなのかは分からないけれど、怒りが全身を覆っているのがありありと見て取れる。

(ここからが最後の勝負です!)

 しかし彼女も現役有数の実力者、あっさりと私に先頭を譲る真似はしない。己の適性より若干長くとも懸命に粘り込むその様子から、彼女が正真正銘のGⅠウマ娘であることがはっきりと分かる。今日のこのレースはGⅠではないかと一瞬勘違いしてしまうほどに、彼女の勝ちたいという意志がひしひしと伝わってきた。

(でしたら彼女に勝ちを譲る? いえ、そのようなことはいたしません)

 残り200m。相手の息遣いと観客の歓声がしっかり聞こえてくる中、私たち2人は後続を突き放して2回目の急坂を一気に駆け上がっていく。

(ここまでは横並び……ですが!)

 重くなった脚に力を注ぎ、足元の芝を削り取る。最後の最後にギアをもう一段階上げた私に隣の彼女はついてくることができない。

「はぁ……はぁ……ああああああああああ!!!!!」

 スタンドからは私のツインテールがスポーツカーのマフラーのように見えているのかもしれない。高速で視界の右から左に通り過ぎていく様子はモータースポーツと似ているかもしれない。そのようなことが頭に浮かんではすぐに消え──

『ダノンディザイア、今1着でゴールイン! ……なんとタイムはレースレコード! 1分44秒7で駆け抜けました!』

 2番手を1バ身ほど突き放してゴール板を駆け抜けた。

─────
『ダノンディザイア、今1着でゴールイン! ……なんとタイムはレースレコード! 1分44秒7で駆け抜けました!』

 激流の中を2番手で追走し、上がりの3ハロンを35秒ほどでまとめてレコード勝ち。いくら開幕週で内ラチ沿いで立ち回った先行ウマ娘が有利なバ場状態といえど、2着に1と¼バ身をつければ完勝と言っていいだろう。

「あとでたくさん労ってあげないとね! 復帰戦お疲れさまって!」

 しかしオレは惜しげもなく拍手を送るエスキモーの隣でふぅと小さく息を吐いた。冬から春にバトンを渡す一歩手前のこの季節、吐いた息は白く曇らなかったが、このあと彼女たちに告げる事実のことを考えると、心は曇るばかりだった。

「トレーナー? どうしたの?」
「……いや、なんでもない。ザイアより先に控え室に戻ろうか」
「? うん、早く行かなきゃね」

 オレの様子を訝しむ彼女の視線を避けるように、彼女の前を歩いていく。急ぐという名目の下、横や斜め後ろに並ばせるような真似はせず、オレと彼女はただ列車のように縦に連なって先を急いだ。

─────
「ただいま戻りました」
「おめでとう、ザイア! 疲れたでしょ? ほら、これタオルとドリンク。マッサージもあとでするからね!」

 控え室に戻ってくるやいなや、何やらいつもより労いムードの高いお姉さまに出迎えられた。タオルを渡すと言いながらも髪や顔、それにその下まで拭いてくれるという大サービスだったので嬉しくないことは断じてなかったのだけれど、若干違和感を覚える。

「ありがとうございます、お姉さま。ドリンクは1人で飲めますので受け取ってからいただきます」
「そう? 久しぶりのレース疲れてない?」
「……お姉さまに気遣っていただけるのはとても嬉しいのですけれど、私も赤ん坊ではございませんから」

 なるほど、半年ぶりのレースということもあって、普段より気に掛けられているのか。確かに久しく感じていない疲労ではあったけれど、むしろようやく戻ってくることができた高揚感の方が勝っていて、心配されるほどは疲れてはいない。それより……

「トレーナーさん? どうされました?」
「あ、ああ……お疲れ。そしておめでとう」
「ありがとうございます。何やらお疲れのように見えますが、具合がよろしくないのですか?」

 トレーナーさんが私が入ってきてから反応を見せなかったのが気がかりだ。夜遅くにルージュさんが出ていたサウジカップを観戦していたとおっしゃってはいたものの、見た限りでは睡眠不足とは思えない。

「体調は悪くないぞ? それより落ち着いたら2人ともこっちに来てくれ」
「それは構わないんだけど……」
「承知いたしましたが……」

 お姉さまと顔を見合わせ、互いに不思議そうに首を傾げる。担当である私が勝利したことを喜んでほしいとは私からは言わないけれど、目の前の彼の表情からは「嬉しい」という感情を読み取ることができない。

「それで? どうしたの?」
「何か問題でもございましたか?」

 ドリンクで乾いた喉を潤し、一通りレース後のストレッチを終えたところで、ソファに座るトレーナーさんと向かい合うようにお姉さまと私はパイプ椅子に腰を下ろした。

「ザイア、改めて1着おめでとう。強い勝ち方だった。レコードも出たし文句なしのレースだった」
「ありがとうございます。しかしながら私の目にはトレーナーさんが何か不服そうに映っています。私は何かトレーナーさんを怒らせるような真似でもしたでしょうか?」
「それは違う。どのレースもオレが伝えた通りに走ってくれているのに文句なんてあるはずない。怒ってなんかないよ」
「ならばどうして……?」

 暗い表情を浮かべる意図がまるで読めない。私が明確にミスをしたということはなさそうで、お姉さまも何か失敗したようには思えない。もとよりこれまで私たちが間違って何かをやってしまった際もこのような顔はされていなかったし、大きな声で怒られることもなかった。それ故理由が分からないのだ。

「この前エスキモーが2200mの京都記念を勝って、ザイアは今日1800mの中山記念を勝った。2000mのレースを目標にするには両方いいステップレースだ」

 確かに距離は違っているとしても、前哨戦が1ハロン長かったり短かったりするのはよくある話だ。日経賞と春の天皇賞にいたっては700mも異なっているにも関わらず前哨戦と位置づけられているのだから、多少の距離の前後など気にする者はあまりいない。いや、少し引っかかる。

(このようなことを言い出すということは、私もお姉さまも次に2000mのレースを使うということでしょう。もし海外に挑戦するならば事前に相談をいただけるはずです)

 確かに4月の上旬にはオーストラリアにて同距離にてクイーンエリザベスステークスが行われ、同月下旬には香港にてクイーンエリザベス2世カップが芝2000mにて開催される。国内で一戦使ってから海外向けに調整するにはちょうどいい期間だろう。

(しかしそうならば今日私が勝利したことは喜ばしいことのはず。今から相談を始めるにしても、上機嫌で話される案件だと思われます)

 だとすると、自然と答えはたった一つに収束していく。

「トレーナーさん、もしかして……」

 私が考え込んでいる中でもトレーナーさんは一向に口を開こうとしない。しびれを切らした私がトレーナーさんに代わって話そうとしたその時。

「私とザイア、2人とも大阪杯に出すってこと?」

 お姉さまが隣から答えを奪い取った。

「……ああ」

 そしてトレーナーさんの口から漏れたのはお姉さまの発言を追認する台詞だった。すなわち私の考えは正しかったというわけなのだけれど、やはりどうしても引っかかる。

「担当ウマ娘が2人ともGⅠに出走することは喜ばしいことではないのですか?」
「……2人が違うGⅠに出るなら諸手を挙げて喜んでいたよ。GⅠに限らずどんなレースでも」
「……2人のどっちかは絶対負けちゃうからね」

 天井を見上げたお姉さまが哀しそうに小さく呟く。頬は緩んでいるけれど、きっとそこにあるのは笑顔ではない。

「海外の選択肢もあったんだ。それこそドバイに行けば1800mのドバイターフと2410mのドバイシーマクラシックがある。ただエスキモーにはもう少し経験を積んでから行ってほしいし、ザイアはザイアで半年ぶりの復帰から2戦目で海外に挑むのはリスクが大きすぎる。選択肢がなかったんだよ」

 トレーナーの立場としては担当が2人とも勝てる方法を選びたいのと合わせて、それぞれの体に負担をかけないようにしなければならない。走る当事者がどのように考えていようとも、指導者である以上本人の希望であってもその方策を選ばないことも大切ではある。しかしながらそれにしても。

「……トレーナーさんは私たちを大切に考えすぎだと思われます」
「そう、なのか……?」
「ええ。私たちは競技者ですから目の前のレースに勝ちたいとは言うまでもありません。しかし、競技者以前に私たちはウマ娘です。友と語らい、笑い、そして走る。それがウマ娘という存在なのです」

 そう、私たちは話ができる。話ができると、友情を結べる。その上速く走ることもできる。

「例え走る舞台が本番のレースであったとしても、ともに駆ける喜びは決して消えることはありません」
「……うん。ザイアの言う通りだよ」
「そうか……」

 当然どのような相手であっても勝てば喜び、負ければ悔しがる。友が相手でもその部分は変わらない。けれど。

「私たちは大丈夫です。ですからこの先もトレーナーさんが適切だと思われる選択肢を選んでいただければ、私たちはそれについていきます」
「心配してくれるのは嬉しいけどね。でもね、さっきみたいな暗い顔をしてほしくないの」

 お姉さまの顔にも笑顔が戻った。それに釣られて俯いていたトレーナーさんの頭が徐々に持ち上がり、ようやく私たちと目が合った。頬も緩み、やっと本来の彼の姿に戻った。

「気にしすぎていただけだったな」
「そうだよ。私はいつザイアと走れるかなーって楽しみにしてたのに」
「悪い悪い。ならこれからは2人で一緒に走るレースを増やしていこうか?」
「適性が合うレースだったら私はオッケーだよ! ザイアもいいよね?」

 しかし水をかけたはずなのに、まだ火は燻り続けている。火種が他に残っているのか、それとも水の量が足りなかったのかは分からないけれど、どうにも頭の中から違和感が消えてくれない。

「……ええ」

 お姉さまの笑顔に私も笑って応える。正体不明の何かを心の奥の奥に無理やり押し込んで、出てこないように鍵をかける。ああ、このまま永遠に忘れることができたらなとこの時はうっすらと考えていた。

 ──また、春が、来る。


+ 第60話

「──ってわけだからトレーニングメニュー、ちょっと調整してもらってもいい?」
「レース前にも関わらず申し訳ございません」

 3月に入り、春のファン大感謝祭の開催が近づいてきた中、エスキモーとザイアはクラスの実行委員に選ばれたらしい。元々学級委員長と副委員長だから当然かもしれないが、それだけ信用されているということは彼女たちのトレーナーとして少し誇らしいものがある。

「全然構わないよ。その分効率的なメニューに組み替えるだけだから、存分にやってきな」
「ありがと、トレーナー!」
「ご配慮いただき感謝いたします」

 彼女たちは元々去年のうちに基礎は出来上がっているから、一回一回の強度を上げても支障は全くない。むしろ疲労回復の観点から考えるとこの方がいいかもしれないが、エスキモーの太陽のような輝く笑顔とザイアのかすかに口角が上がった微笑みを見ていると、そのような考え方は些細なものに思えてくる。

「気にしなくていいよ。ちなみに出し物は何をするのか決めているのか?」
「うーんとね、候補に挙がってるのはメイド喫茶にお化け屋敷でしょ。それに……」
「クイズ大会や腕相撲などといった意見も出ましたね」
「腕相撲って人間が勝てるビジョンが見えないんだが……」
「そこはほら? 私たちは指数本でやったり?」

 純粋な力比べで人間はウマ娘には勝てない。それは決して同年代での比較ではなく、中等部所属のウマ娘と大の大人を比較しての話である。無論オレも彼女たちに力で抑え込まれれば動きが取れない。ただそれを彼女たちも分かっているからこそハンデを設けているのだろう。

「私にはよく分かりませんが、いわゆる接触系イベントと呼ばれるものらしく、ファンの方には喜ばれるそうです」
「何かしようとしても抑え込まれることが分かっているから、ファンも下手な動きもできない、と。ただなあ……」
「あくまでも一つの案ってだけだから。私としてはメイド喫茶したいなーって思ってるし」

 メイド喫茶も確かにファンのウケはいいだろう。ただでさえ容姿端麗な彼女たちにメイド姿で接客されて喜ばないファンはそういない。ただ唯一の懸念点は他のクラスも似た店を出す可能性が高いことなのだが、何やら秘策があるらしい。

「まだメイド喫茶って決まったわけじゃないから、これは秘密にしてほしいんだけど──」
「なるほど。その手はアリだな」
「トレーナーさん、顔がニヤけていますよ。少し気持ち悪いです」
「気持ち悪い言うな」

 オレはメイドについて造詣が深いわけではないが、これならきっといける気がする。何より2人にその衣装は間違いなく似合う。トレーナーという立場上奉仕という名の接客をしてもらうのは気が引けるが、エスキモーに毎日世話をされているのも同然だから気にしすぎる必要はないのかもしれない。

「とにかく準備の日程が分かったら早めに教えてくれ。ただ大丈夫だと思うけど、追い切りの関係で水曜と木曜の両方に入れるのは避けてもらえると助かる」
「はーい」
「承知いたしました」

 互いのコンセンサスが取れたところで、2人ともジャージに着替えるために更衣室へと向かった。オレも長袖のジャージを1枚羽織ると、基礎トレのための器具を確保しておくためにトレーニングルームへと先に向かう。

「本番まで1ヶ月弱、2人のためにも効率がいいメニューにしないとな」

 西日が差し込む廊下を軽い足取りで歩いていく。自身の伸びる影を見つめていると、冬に比べて随分と太陽が沈むのが遅くなったなとしみじみと感じる。

「頑張れ、エスキモー、ザイア」

 ふと立ち止まり、廊下の窓から外を見つめる。窓越しにかしましい声がして下を見ると、前にいろいろとお願いをしたエスキモーのクラスメイトがオレのことを呼んでいたから笑って手を振ってあげた。するとまたキャーキャー盛り上がり走っていく背中を見ながら、オレもトレーニングルームへと少し小走りで駆けていった。

─────
 あれから1週間、結局出し物はメイド喫茶に決まったらしい。ただエスキモーが出した案に合わせてなぜか腕相撲も加えられたらしい。エスキモー曰く、メイドと腕相撲勝負をして勝利した場合ハンデに応じて割り引きする仕組みにしたとかなんとか。ただ逆に客側が負けた場合は『腕相撲代』として、代金が若干割り増しにされるらしい。無論腕相撲はしなくてもいいみたいだが、ファンからすれば挑戦しないと触れ合いイベントを逃すのは損だから、多くの人が挑戦するだろうと彼女は言っていた。その歳でうまい商売をするものだと感心しつつも、値段や割り引き、割り増しの設定は気をつけるようにとだけ釘を刺しておいた。

「下手に稼ぎすぎて目をつけられたらいけないからな……」

 トレーニングメニューをタブレットに入力しながら、遠い過去の記憶を思い出す。それは高校の学園祭で出した屋台でたまたますごく儲かったはいいものの、その処理方法について学校と議論を行って疲労困憊になった嫌な記憶だ。結局はクラスの打ち上げに少しだけ使って、残りは担任の言うままに寄付したのだったか。

「厳しくないといいんだが……」

 現在絶賛準備中の彼女たちに頑張れと念を送る。素晴らしい思い出になりますようにとの思いも込めて。

─────
 週末、自宅でエスキモーとレース中継を見ながら進捗状況を確認する。トレーニングは順調にこなしているから問題ないとは思うが、もし手伝えることがあるならサポートしてあげたいから。

「準備は順調か?」
「もちろんバッチリだよ。でも……」
「でも?」

 何やら深刻そうな顔をしている彼女の顔を覗き込む。進捗は順調なのに問題点とは一体……

「私はキッチン担当が良かったのに、クラスのみんながホールに出てって聞かないの……」
「……そうか」
「そうかってなに!? 私は困ってるんだから!」
「分かっているから、な?」

 ぷんぷん怒る彼女の頭を優しく撫でてあげる。そうしてあげると怒りはしゅんと鎮まり、彼女はまるで猫のように気持ちよさそうな表情をするのだ。ただ流石に顎まで撫でると、『ペット扱いはやめて』と逆に怒らせてしまうからやらないようにはしている。

「ん……」
「クラスのみんなは君が好きだし、君のことを信頼しているんだ。それは君が一番分かっているだろ?」
「それは……まあそうだけど……」
「きっとシフトの時間全部ホールに立ってくれって言われているわけじゃないはずだ。それにホールに立つことで、キッチンにいるだけでは分からない店の状況を自分の目で把握できる」

 そう、一番大切なことは様々な立場に身を置き、広い視野を持つこと。そうすることで見えてくるものも必ずあるし、レースに応用が利くこともある。あと付け加えることがあるとすれば。

「それにさ……」
「どうしたの?」
「オレも君のメイド服姿を見たいんだ。駄目、かな?」
「……っ! その言い方、ずるい」

 零したのは紛れもないオレの本心だ。もしかしたら令嬢である彼女にメイド服姿が似合うなんて言ったらなの失礼かもしれないけど、それでもオレは彼女が着ているところが見たい。

「……ほんとにほんと?」
「ああ、心の底からそう思っているよ」
「そっか……」

 オレの想いが伝わったのか、それともクラスのみんなの熱を感じたのか、天井を見上げると彼女は小さく頷き、今度は笑顔でオレの瞳をまっすぐ見つめる。

「分かった。トレーナーが見たいって言うなら着てあげる。その代わり絶対お店に来ること」
「何があっても行くよ。約束する」
「嘘ついたら針千本飲ませるからね」
「大丈夫だよ。君を悲しませる嘘は絶対つかない」

 そう言うと彼女と指切りげんまんを交わす。繋いだ小指は決して破られない約束の証。誓いは、果たされるためにある。

「他の子に目移りしちゃ、駄目だからね?」
「君以外は見ないよ」
「ならよし……ふふっ」

─────
「最後の1ハロンだ! 気を抜くなよ!」

 最近お姉さまの調子がとてもいい。そもそも悪いことはほとんどないのだけれど、それにしてもいつにも増してニコニコ笑っているような気がする。レース2週前追い切りとなる今日の走りも鋭さが際立っている。

「よし! 6ハロン82秒3、最後の1ハロンが11秒7。楽に走ってこのタイムなら上々だろう」
「素晴らしいです、お姉さま」
「ありがとね。最近すっごく調子がいいんだよねー」

 帰ってきたお姉さまはすぐに息を整えると、私から受け取ったタオルで顔の汗を拭う。そしてドリンクで喉を潤したかと思うとトレーナーさんのすぐ隣に座り込み、彼が持っているタブレットを覗きながら彼の話を聞いていた。

「……くっつきすぎだ」
「このぐらいいいでしょー。こっちの方が画面見やすいし」
「2人で端と端を持てば十分見れるだろ……」

 相変わらずお姉さまはトレーナーさんとくっつきたがり、トレーナーさんは過度な接触を避けようとしている。ただこのようなやりとりもここ数日で頻度が上昇している気がする。何かあったのだろうか。

「……私のタイムも計測いただいてよろしいでしょうか」
「ちょっと待ってくれ……よし、準備できたからスタート地点に向かってくれ」
「承知いたしました」

 助け舟を出したつもりはなく、ただ私は追い切りを早く行いたかっただけなのだけれど、トレーナーさんは私の呼びかけにこれ幸いといった顔をしていた。

(後ほどLANEで伺いましょうか。お姉さまに聞かれると、トレーナーさんがまた胃を痛められる気がいたします)

 冷たさから暖かさへと少しずつ変わる風をこの身で受け止めながら、はあと大きくため息をつく。後ほど彼へ送るメッセージに労いの言葉を加えることを決意したところで、坂路のスタート地点へと到着した。

(今このときは忘れて集中しないと……!)

 スタートの構えをしてトレーナーさんの合図を待つ。5秒前、4、3、2、1──

(私は必ずお姉さまに……!)

 0。合図とともに私はウッドチップを蹴り上げ、目の前に立ちはだかる坂を駆け上がっていった。

─────
 ファン感謝祭が週末に迫ったある日、勝負服を着たザイアがトレーナールームへと駆け込んできた。表情からは読み取れなかったものの、何やら緊急事態が発生したらしい。

「トレーナーさん、大変なことが起きました」
「えっ、なんだいきなり」
「着心地を確認するために勝負服を着用したのですが、以前より苦しい部分が増えました」

 ……大変なことなのだろうか。確かに走りにくいのはレースの結果に直結するから重要なことには間違いないのだが、明日明後日というわけではないから焦る必要が微塵もない。

「トレーナーさんも少し見ていただけますか?」
「いやオレが見たところで直せないし……」
「ほら、早く来てください」
「分かったよ……」

 椅子から重い腰を上げると、部屋の扉近くに立っていたザイアの近くまで歩み寄る。そうして勝負服を着た彼女の全身を見てみると、彼女の言う通り若干ではあるが違和感を覚えた。

「確かに前より裾が短くなっているな。身長が伸びたからか? 筋肉も去年の秋よりついてきたし仕立て直した方がいいな、うん」

 担当ウマ娘の成長はとても喜ばしいことだ。一日ごとに比較すれば微々たるものかもしれないが、今こうして半年分の成長を見てみると少し感慨深いものがある。

「……お姉さまに通報せずに済みました」
「えっ、なにそれこわい」

 ザイアが背筋が寒くなることをボソリと呟いたのがとても気になるが……気にしすぎたら駄目だな。通報されずに済んだみたいだから、聞かなかったことにしておこう。

「それで、どうだ? お店は問題なく開けそうか?」
「ええ、お姉さまと私が立案した計画ですから、全く支障はございません。クラスの方々も自ら進んで手伝ってくださっております」
「そうか。あとは本番を待つだけだな」

 エスキモーからザイアもホールに立つことはあらかじめ聞いていた。ザイアも最初は渋っていたものの、エスキモーもホールに立つことを知ると手のひらを返すかのようにすぐに承諾したらしい。あと実行委員権限でシフトも被せたらしく、その全開な彼女らしさについ噴き出してしまった。

「それでは仕立て直しを依頼してまいります。ああ、それと」
「まだ何かあるのか?」

 ドアに手をかけ部屋を出ようとした刹那、彼女は何かを思い出したかのように立ち止まって首だけこちらへ向けた。意味深な微笑みをその顔に湛えながら、一言ポツリと呟いた。

「当日は私の姿も見に来てくださいね?」
「お、おう? もちろん見に行くけど……」
「……ありがとうございます。それでは失礼いたします」

 改めて部屋を去った彼女の背中を見送りながら、オレは首を傾げる。何かおかしなことでも言っただろうか、彼女の言葉の裏を読み取れない。

「そりゃ担当2人がやるお店には顔を出すだろ……何か変なことでも言ったか?」

 天井を仰ぎ見ながら、ブツブツとあーでもないこーでもないと念仏のように過去を振り返っていく。昨日、一昨日、3日前と順番に記憶を呼び起こしていくも全くヒントが見つからない。

「まあいいか。またあとでエスキモーに聞けばいいだろ」

 諦めて思考を投げ出すと、オレは再びパソコンへと向き直り、大阪杯に向けたデータの分析と作戦の立案を再開する。今回は2人分をどちらかに肩入れすることなく同時に考えないといけない。しかもそれをもう1人に教えられないという縛りもかけられているのが頭の痛さに拍車をかけている。

「チーフは苦労せずにやっていたけど……おっ、エスキモーからLANEが来た」

 机の隅に置いていたおやつを頬張りながら、何気なくアプリを立ち上げメッセージの内容を見る。するとそこに記されていたのは──

「あっ……そういうことかあ……」

 答えはオレと彼女の会話の中に。

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