時計仕掛_alt-6-継承 - uma-musumeになりたい部 @ ウィキ

見慣れたそれより少し綺麗な手で、扉を叩く。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を通り、久々の張り詰めた空気に少し耳が引き攣る。
十やそこらの子供であれば萎縮するかもしれないが…ネットでのガチ炎上と比べたら、それこそ児戯といえる程度。実際、人前での発言に萎縮する昔の私のような受験生を振り落とす役割もあるのだろう。
面接の練習どころか、トゥインクルシリーズという"本番"を二百年以上経験してきたことに大人気なさを感じつつ、着席の許可までの定型動作を遂行した。

「…それでは始めます。受験番号、学校名、氏名を教えてください」
「はい。－－－」

あれから二年。何故か居た警備員に気を取られて逃げ遅れたことで完遂された儀式は実を結んだようで、しかし新たに創られたこの世界で、私は小学四年のクロックワークスとして目を覚ましてしまった。

漸く手に入れた救いの手を、目の前で焚き上げられたような気分だった。
頸椎に生じた殺ウマ娘的な－実際に死んだのだがー激痛に意識を失った後、乾いた涙でべたついた腕から顔を起こして目に入ったのは…革のカバーを纏った分厚い本と、缶ビールと、睡眠薬。
本は日記だった。練習記録と、主に人間関係での失敗が綴られていた。末尾は「もっと冷静で賢くて勇敢なウマ娘になりたかった。」という一文で締め括られていた。
全くもって残酷な話だ。冷静さや賢明さ、そして勇敢さの根幹たる精神力を求め、それらを全て使い切った残り滓でしかない私が宿ったのだから。
卓上の酒は気が抜けていた。即ち、この世界での私は自殺行為を完遂したところであったわけだ。…残念ながら、睡眠薬と酒程度でウマ娘は死なないのだが。

…危険だとわかっていてわざと好奇心に身を任せて太平を望み、信念に身を捧げることさえできず、終に事故に頼らなければ死ぬこともできなかった私とは大違いだ。

今の私の中には、受け継いだ前世の断片的な記憶と、直近一年分を除いたこの世界での記憶が存在する。
親族に関しては名前や住所等全て前世と異なるが、何故か記憶にある限り性格や行動の面については前世と完全に一致する。それらの環境こそが、クロックワークスというウマ娘が生まれるために必要な条件なのだろうか。

レースの技能に関しては、前世と変わらない体格のおかげで前世の走り方も流用できて、それでも前世でのデビュー前に遠く及ばない。…悔しいが、私の競走能力の大部分はオカルトな力によるものだったようだ。

…だが、それはつまり。

"あれは真っ当な最速とは言い難い"ということである。

「……では、最後の質問です。」

ああ、

「あなたが中央で叶えたい夢を教えてください。」

叶えたい夢があることの、なんと素晴らしいことだろうか。

「…私の夢は－－－」