「おっはよーう!」
底抜けに明るい声がする。
夢に行きかけていた頭を起こし、発生源を見る。
「……誰?」
「カラレスミラージュだよ!このくだり何回目!?」
「ああ…失礼。」
どうやら私たちは知り合いのようだ。目を擦り、体を上げる。
「なんの用?」
聞くと、カラレスミラージュは首を傾げる。
「用って…挨拶しただけだけど。」
はぁ、と思わず深いため息が出てしまう。
「そろそろ始まるわよ、席に着きなさい。」
「はーい。」
カラレスが席に座ると同時にチャイムが鳴る。
今日の授業は何だっか。エノラは持ってきた教材で思い出すことにしている。
全ての授業を終えたエノラは、ジャージに着替えてグラウンドに来ていた。
「よーい、スタート。」
もちろんトレーニングのためである。
虫食いの記憶が朧気に覚えている『友達作り』という目標の為にエノラは土を駆ける。
「はあっ、はあっ…あと4本……」
汗を散らしながら走っていると、ふと何かが目に付いた。
「………」
カラレスだ。
何気なくカラレスに目を向けていると、向こうとも目が合ってしまった。
「おーい!」
速度を上げて追いついてくる。
「なんの用?」
「並走しない!?」
私エノラは生まれてこの方全力で走るということをしていない。何故かは直感が知っている。
スロットルを上げてしまうと、少しづつ視野が狭窄していくからだ。その原因が私の記憶喪失に関係している事も分かる。
軽く流すくらいなら大丈夫だろう。
「…分かった。」
「やったあ!」
大袈裟にガッツポーズして喜んでいる。
コイントスが銃声代わりに、私たちの並走という名の模擬レースは始まった。
(全力は出さなくていい。軽く流すだけ。)
私の作成は追い込み。後半から一気に追い上げるタイプの走りだ。
どうやらカラレスは差しらしく、レース展開は逃げと先行に似てしまっている。
残り800メートルが近づいてくる。
「はあッ…!」
足に力を入れてスパートを入れる。
ここからゆっくり加速して、最終的に1位になる。
はずだった。
(追いつか、ない!)
差が一向に縮まらず、離されてる気がする。
カラレスがこちらを振り向き、ニヤリと笑った。
「…!!」
がりり、と口の中から聞こえる。
ギアを1段階上げ、より前傾姿勢になる。
「やああああアアァァ!!」
カラレスのハッとしたような顔が見えた気がした。
残り600メートル。「やあああァァァ!!」
少しづつ、本当に少しづつ距離が迫っていく。
残り500メートル。
「おおおアアア!!!」
頭痛がする。脳が焼け焦げていくのを感じる。
「ッぐうぅ…!」
視界が狭まっていく。本気に近づいている代償と言うべきか。
(まだ、まだ見える……!!)
残り300メートル、2バ身差。
風切り音が耳鳴りとなり、視野は半分ほど塞がれた。
「まだまだァ!!」
一と半バ身差まで近づいた時、背筋に悪寒が走る。
走っていたカラレスの雰囲気が変わった。
(冷たい?いや、これは……虚無!感じない、ただ『無い』!!)
再び差が開く。残り200メートル。
「はあああああぁアアア!!」
視界がほぼ機能せず、目をつぶっているのと変わらない程に潰れてしまった。
「クッソオオオオォォォ!」
足音のエコーで周りを探る。
どうやらあと1バ身程らしい。
ここで決めなければ行けない。あと100メートル。
結果として、エノラは負けた。
体軸のふらつき具合や眼の異常を感じ取ったカラレスが急ブレーキを掛け、エノラに体当たりして減速させ、その場に倒れ込む、という終わり方だった。
「はっ…はあっ…」
肺に酸素を送り込んでいると、顔が影で覆われた。
「楽しかったね!」
汗だくのカラレスが見下ろして来ていた。
「カ、ラレス……あれは」
「しーっ。」
口を手で塞がれる。
なんかイラッと来たので、足を掴んで引っ張る。
「わ、わわわあ!!」
ズデーン!派手に転んだ。
掴んだままの足で体を引っ張り、立ち上がってマウントポジションになる。
「カラレス…」
「どしたのさ…怖いよ?」
カラレスの肩を掴む。
「カラレス、あなたの全てを教えて。」
「へ?」
「体の隅から隅まで、記憶を1滴残さず、私に頂戴。」
少しづつ2人の顔の距離が狭まっていく。
「あなたは私の存在証明になる。いつか、必ず。」
「………」
エノラは思い出す。あの虚無を。
「そして…君の本当の中身も、暴かせてもらうわ。」
エノラがカラレスから降りる。
「それじゃあね、楽しかったわ。」
取り残されたカラレスは、ただ笑っていた。
「おはよーう!」
「……おはよう。」
挨拶を返す。それだけなのに目の前のウマ娘は飛び上がるほど喜んでいる。
「あなたは……そう、カラレス。カラレスミラージュ。」
「……やったあああ!!やっと名前覚えてくれたー!!」
耳がキーンとなる。
ああ、いつか、キミになろう。カラレスミラージュ。