一世紀半にも及ぶ“縛り”と共にあった生涯。
そこにトシローは、敗北と喪失の無様な傷痕と、己は何処にも馴染めない“はぐれ者”でしかなかったという真実を視た。
幼少期は、自らの生が定められていることが誇りだった。
士道の心得に殉じ、生を全うする。それを至上と信じ疑いもせず、愛情と道は一致していたから。
規範という名の “称賛される型”……記号的な生をこそ、求めていた。
ならば、そのような道など……縛りなど、俺は要らぬ!
美影は美影、天にも地にも代わりなどおり申さぬ!
美影……美影―――ッ!
……こんな意味のない己など……終われ、終わってしまえ……
この三本指に賭けて誓おう……この世の全ての吸血鬼を墓の下に埋め尽くすと……
俺の墓標は、奴ら全ての屍の上に築くと……
……そして、その過ちさえ正された果てに。
幾度となく示された世の道理へと従うことも、その道理から逸脱する幻想へ溺れることも、いずれも拒絶し続けた己は結局―――
「賢者にも、愚者にも、成れない」
全て人間であると高説を説くことで、自らの均衡を保ち。
奪われ続けた現実を斜に構えて見下ろすことで、さも自分だけが違うと言い張る半端者でしかなかったのだと。
「理想像で在りたかった……守り通したかった、愛しぬきたかった」
潔癖過ぎるが故に夜を愛することも出来ず。
かつて手放した人としての健やかな営みに憧れるのを止められず。
その実最も“現実”離れした生き方……傷一つない理想で在りたかったという想いを捨てきれない自分。
全て人間であると言いながら、自分自身がただの無為であることを厭う。
……その心は何処までも過去の無様さを責め続けているにも関わらず。
「過去にしか、俺は願うものがない。永遠に、かつての傷に振り回される」
「“やり直したい”という真の願いを捨てきれず、
しかしそれを語る愚かさだけは自覚しているために……否定しながら、秘めたままで」
そして最後に残るのは、惨めに失敗を重ねた己だけ。
自嘲の毒と後悔の痛みに沈む伴侶に向けて、優しげな声は問いかける―――
『――杜志郎様は、それでよろしいのですか?』
それに振り向くことなく、トシローは首を横に振った。
『いいえ……杜志郎様は、変わり果ててなどおりません』
『私が愛し、私のせいで夕闇の彼方へ誘ってしまった……狂おしく愛おしい御方です』
“愛”に対しても、変わらず否定の言葉を連ね続ける彼に、もう一人。語りかける声があった。
『バカだな、まだそんなこと言ってるのかよ、おまえはさ』
カサノヴァで語っていた時と同じように、軽薄な調子の声。
それに対し、トシローは自己を否定するはずの宿命を受け入れ、一個の存在としての解を定義した伯爵と、
こうして未だ理想と現実の齟齬に苦しみ悶え続ける自分を比較し、その不甲斐なさを嘆く。
『そうだな。……で、それがどうしたんだ?
あいつは答えを出した。ただの吸血鬼から一皮剥けた。だから何だ? そこで敵わないから終わるって?
自分に出来ないことを出来るようになった、ああ成長したな……ってさ。ほら、話はそこでお仕舞いだ』
だが、アイザックは“他者が出来たことを、自分もまた出来ていなくてはならない”
そう感じるトシローに対し、同じ悪癖を抱える者として、
“関係ない。それが、おまえの立ち止まる理由になるものか”と挑発的に告げる。
そして、美影が改めて問いを投げた。
『誰かが出来たことを、己もまた出来るようにならないと、心が痛むのですか?』
「ああ───そうだな」
そう、なのだろう。きっと。
自分が望む自分は頑固で、今の醜態と折り合いを付けてはくれない。
その言葉に対し、返ってきた彼女の言葉はしかし―――
『それは、当然のことなのです。杜志郎様』
『私もまた……ずっと、そう思い続けていたことなのですから』
―――己もまた羨んでいた。そんな、トシローにとって、在り得ない肯定の言葉であった。
「───嘘だ」
馬鹿な、信じられない。そんなことは。
『嘘などではありません。……いいえ、これは誰でも思うことではありませんか』
『家事の手際から、殿方への作法まで。無い物ねだりをして、いつも堂々とした方に憧れて……
ふふ。もう少し、ふっくらとした肉付きが欲しいと、そんなことを思ってもおりました』
───彼女は……何を、言っているのだろう?
語っている言葉が理解できない。理解することができない。そんな想いを、美影が言うとは思えないから。
だが、美影は杜志郎の言葉を静かに否定する。
『杜志郎様、しかと見てください。
これが美影です。あなた様の寵愛した女、その卑しい本音なのです』
――壊していく。己がずっと抱いていた、美影への妄想を。
『慈愛に満ちた如来菩薩などではありません。
もし思い出に残る私が淑女であるのならば、
それは私が……必死に猫を被っていた成果です』
『いずれ夫婦となる杜志郎様に、美しい女だと思われたかったのでございます……』
そしてアイザックも言葉の後を継いで……
『想像もしてなかったって顔だな。まったく……おまえは本当に、
他人のいい所を見つけるのは得意な癖に、自分のことには正反対だ』
『まさか、嫉妬も憧憬もするのは自分だけとか思ってないか?そんなのするのは馬鹿な連中だけで、
すごくて賢い奴らは後悔も逡巡もしない、絵に描いたようなご立派さんだと?』
『するさ、だから俺は普通が嫌なんだよ』
最愛の女性の明かした本音が、美影を無条件で“満たされた時間”の象徴としてきたトシローの心を揺さぶる。
無欠の愛と信じてきた美影にも現実への不満が、他者への羨望があった。
同時にそれは、彼女と共に過ごしてきた時間の中、トシローもまた些細な不満や葛藤があったことを、
思い悩む何かを抱えて、その時間を生きてきたのだという事実を彼に気づかせることとなり……
――― “かく生き、そして死にたい” そんな理想へ遮二無二駆け抜けた男がいつしか忘れ去ってしまった事。
迷い悩み……そして無いものねだりをしながらまた痛痒を感じて夢を求め彷徨うように生きる。
そんな胡蝶のような人間の在り方は、貴方一人だけのものではない、愚かさだけによるものではないと。
彼を愛し続けた一人のヒトとして、彼女は穏やかに、トシローの心に刻み込んだのだった。
- 本当に美影さん良い女だよなぁと思う……そしてトシローさんマジ面倒臭ぇ -- 名無しさん (2018-02-13 08:58:39)
- 最愛の人との邂逅のさなかに平然と混ざるホモが一人…… -- 名無しさん (2018-02-15 14:39:23)
- ↑やめろ……いや、間違ってないけども -- 名無しさん (2018-02-15 15:23:08)
- 仲睦まじい夫婦の花園に何か変なオッサンが居る… -- 名無しさん (2018-02-18 16:33:49)
- ↑死んだヒロインに死んだ親友と再会という王道パターンじゃないか(白目) -- 名無しさん (2018-02-18 18:24:15)
- ゼロインで言えば凌駕とマレーネとの告白シーンに礼がいる感じ、ヴェンデッタで言えばゼファーとヴェンデッタの本音を言い合う場面にルシードがいる感じ、トリニティで言えばアッシュとレインの告白シーンにヘリオスがいる感じ・・・何故だろう、ポジ的には全員ほとんど変わらないはずなのにアイザックの圧倒的場違い感&ホモ臭 -- 名無しさん (2018-02-19 22:37:20)
- ↑次第に最適化されていったというか、違和感無くなってきたの、ホント笑うwww あるいは俺達が慣れたのか………。気にしたら負けだね!(審判者スマイル) -- 名無しさん (2018-02-19 22:42:06)
- ↑↑だってこの二人半世紀ぶりの再会だもん、そりゃあ…… -- 名無しさん (2018-02-20 15:21:28)
- 美影さんとアイザックは私とあなたは友達じゃないけど〜というギャグマンガ日和のOPみたいな関係性だからな... -- 名無しさん (2018-02-20 16:24:09)
- 何気にどっちもトシローさんガチ勢という…… -- 名無しさん (2018-02-20 19:38:51)
- これこそ正にシリアスな笑い。笑える要素の無い真剣なシーンなのに、アイザックというホモで完全に笑いが生まれてしまう -- 名無しさん (2018-02-21 19:48:11)
- けどあの最終戦でトシローさん奮起させる場合、美影さんとアイザック、どちらか欠けても駄目って辺りがもうねw トシローさんに求めるものはそれぞれ違う、だからこそ自分達の事など気にしないで好きに突き進め、だし -- 名無しさん (2018-02-21 22:28:27)
- 美影(そういえばそこにいらっしゃる方はどなた様なのでしょう・・・杜志郎様のご友人の方でしょうか?) -- 名無しさん (2018-02-21 23:10:50)
- 友人には間違いないんだけどな…… -- 名無しさん (2018-02-21 23:25:32)
- 至って大真面目にシリアスやってる筈なのに、何故笑えてくるのだ…w? -- 名無しさん (2018-02-22 10:16:48)
- ↑そりゃもうアイザックだからとしかw つーかアイツ、今までのルートでやらかし過ぎなんじゃいw -- 名無しさん (2018-02-22 11:03:49)
最終更新:2021年11月18日 14:36