姫宮霞の違和感
①白かんなとなった霞は、桜以外に対しても笑顔を見せる様になった。白かんなとして正しく愛嬌を振りまくよう自らを律していると思いたいが・・・
②白かんなとなった祝いの場を終えて2人が部屋に戻った後、霞が桜に「そこのポットを取って頂戴」と呼びかけた。明らかに霞の方がポットに近く、桜に取らせようとしたその声色には、どこか命令じみたものを感じてしまった。
②続き
その日、床に就くまで、霞の態度はどこか命令的なものを感じずにはいられなかった。それは本当に些細なもので、丁寧な言葉遣いであったし、何も理不尽なお願いをされたわけでは無かったのだけれど。
そうして、その晩、「お休みなさい、桜」「お休み、霞」と就寝の挨拶をして眠りに就いた。翌朝からは、いつもの、対等な霞と桜に戻っていた。以来、あの命令的な空気を感じた事はない。
その日、床に就くまで、霞の態度はどこか命令的なものを感じずにはいられなかった。それは本当に些細なもので、丁寧な言葉遣いであったし、何も理不尽なお願いをされたわけでは無かったのだけれど。
そうして、その晩、「お休みなさい、桜」「お休み、霞」と就寝の挨拶をして眠りに就いた。翌朝からは、いつもの、対等な霞と桜に戻っていた。以来、あの命令的な空気を感じた事はない。
③第二回エンディング
新月の残滓:空の祠→新月の残滓:九重桜
新月の儀式の際、人の形となれなかった五つの残滓。その五つに加えた、六つ目。それは[***]に囚われ続ける新月の意思を有し、彼女と縁深い空の祠に祀られた短刀に宿っていた。現在、この残滓は桜に宿る。新月の意思は縁を辿り、ついに桜の助けとなろうとしているのだ。
祠の影、朔の帳
遠くでけたたましい金属音が聞こえる。
ぼんやりとした意識のまま、音の主を黙らせる。
今時珍しい、真鍮の鐘が二つついた目覚まし時計。
ぼんやりとした意識のまま、音の主を黙らせる。
今時珍しい、真鍮の鐘が二つついた目覚まし時計。
眠気を噛み殺しながら、緩慢に登校の支度を進める。
霞の淹れてくれた珈琲を啜り、いつものように二人で部屋を出る。
霞の淹れてくれた珈琲を啜り、いつものように二人で部屋を出る。
下駄箱で霞と別れ、教室に向かうとやかましく真琴が、いつも通り霞との私生活へ探りを入れてくる。
それを適当にあしらっているうちに、予鈴がなる。
それを適当にあしらっているうちに、予鈴がなる。
なんでもない、ありふれた光景。
でも何故だろう。ひどく、泣きそうになるのは。
ざわつくような焦りが、胸の底からこみ上げてくるのは。
でも何故だろう。ひどく、泣きそうになるのは。
ざわつくような焦りが、胸の底からこみ上げてくるのは。
何をしていてもまるで手につかない。
気づけば、下校時刻になっている。
気づけば、下校時刻になっている。
帰ろうとして、ふと校舎裏の方へ、いつもの待ち合わせ場所へと足を向ける。
古びた祠の脇、板壁に寄りかかるように霞が私を待っている。
こちらに気がついた霞が、小さく笑みをこぼしながら口を開いた。
こちらに気がついた霞が、小さく笑みをこぼしながら口を開いた。
「遅かったね、私の可愛い『■■■■』」
何かが、二重に聞こえた。
それは悍ましい響きをもって、私を現実に引きずり戻す。
──泥と血の匂いがする。
桜がゆっくり体を起こそうとすると、右肩の鈍い痛みで顔をしかめる。
目をやると、千本が3、4本刺さっている。
それを認識したところで、ようやっとぼやけた意識が覚醒してくる。
桜がゆっくり体を起こそうとすると、右肩の鈍い痛みで顔をしかめる。
目をやると、千本が3、4本刺さっている。
それを認識したところで、ようやっとぼやけた意識が覚醒してくる。
そうだ、胡散臭い自称黒夜教徒と別れた後に、私は古巣である紫香楽女学院に向かった。
あまり近づきたい場所ではなかったが、学外からの情報だけではどうにも真相を掴みあぐねていたこともあり、礫にくっついていた舎弟が叫んでいた情報の断片を得たことで、ようやく踏ん切りがついた。
あまり近づきたい場所ではなかったが、学外からの情報だけではどうにも真相を掴みあぐねていたこともあり、礫にくっついていた舎弟が叫んでいた情報の断片を得たことで、ようやく踏ん切りがついた。
結果は、見るも無残なものとなったが。
学内に潜入できたのは、およそ時間にして三十分ほどに過ぎなかっただろう。
警備に発見された刹那、潜伏にともう捨てた『鏡』を無意識のうちに探してしまう。その隙が今回は致命的なものとして己に返ってきたというわけだ。
学内に潜入できたのは、およそ時間にして三十分ほどに過ぎなかっただろう。
警備に発見された刹那、潜伏にともう捨てた『鏡』を無意識のうちに探してしまう。その隙が今回は致命的なものとして己に返ってきたというわけだ。
暗闇に乗じてなんとか校舎から脱出はしたものの、針で打ち込まれた毒で朦朧とする中、咄嗟に逃げ込んだ物陰で気を失っていたらしい。
潜入開始した時間と付き合わせて、意識が飛んでいたのはおおよそ三分ほど。ゆっくりと人の気配がないことを確認して外へと這い出す。
潜入開始した時間と付き合わせて、意識が飛んでいたのはおおよそ三分ほど。ゆっくりと人の気配がないことを確認して外へと這い出す。
周囲は静かなもので、耳が痛いほどだ。
辺りを見回して自分が逃げ込んだのは祠の陰だったということを把握した瞬間、先の夢が思い返された。
辺りを見回して自分が逃げ込んだのは祠の陰だったということを把握した瞬間、先の夢が思い返された。
もう戻らない、ありふれた毎日。
取り戻したい、遠い思い出。
取り戻したい、遠い思い出。
ここは霞といつも待ち合わせに使っていた場所で、毎日通ううちに霞があることに気がついた。
板壁に寄りかかるように上体を軽くそらしながら天井を見上げると、小さく、ささやかな手のひらほどの空をそこに見ることができたのだ。
板壁に寄りかかるように上体を軽くそらしながら天井を見上げると、小さく、ささやかな手のひらほどの空をそこに見ることができたのだ。
それを珍しく興奮気味に話す霞は、とても愛らしいもので。
このひどく苔むした『空の祠』(私が名付けた)はより思い入れのある場所になっていた。
このひどく苔むした『空の祠』(私が名付けた)はより思い入れのある場所になっていた。
ひどく遠く感じる過去へ思いを馳せ、気づけば桜は祠へと手を合わせていた。
小さく震え、縋るように。
小さく震え、縋るように。
何かがその祈りに答えたのか、一陣の風が吹いた。
板壁がぎいぎいと軋み、巻き起こる旋風が塵芥を巻き上げる。
桜は堪らず顔を覆い、いつの日かと同じように天を仰ぎ。
板壁がぎいぎいと軋み、巻き起こる旋風が塵芥を巻き上げる。
桜は堪らず顔を覆い、いつの日かと同じように天を仰ぎ。
──その視線の先に果たして、空はあった。
遠い、届かない空。
──何故、届かないのだろう、と。
──何故、届かないのだろう、と。
そうだ、白鴉城で手が無いのならこの外でなら?
霞の、白かんなに関わる事柄はほぼ間違いなくこの街の根幹に関わっている。
そこから霞を奪い返せたとして、この土地にいる以上先はないだろう。
そこから霞を奪い返せたとして、この土地にいる以上先はないだろう。
でも『外』ならば?
霞を外でなんとか元に戻せるかもしれない。
ここと関わりない、平穏を得られるかもしれない。
霞を外でなんとか元に戻せるかもしれない。
ここと関わりない、平穏を得られるかもしれない。
「そうだ、一緒に。霞と一緒にここを出れば──」
その思考が結実し、言葉として口から漏れるが早いか。
九重桜の意識は暗転する。
当人もそれに気づかぬ、眩暈に似たそれは彼女からそれまでの思考を奪い去っていた。
「あれ……、私……。」
何か核心に迫るような、大事なことを考えていた気がする。
焦燥と喪失がないまぜになった不快感が、桜の霞みがかった脳裏を責め立てる。
「あれ……、私……。」
何か核心に迫るような、大事なことを考えていた気がする。
焦燥と喪失がないまぜになった不快感が、桜の霞みがかった脳裏を責め立てる。
「そうだ、ここで過ごしていくならば『勝てる私』に戻らなきゃ。」
口をついたそれは安心と納得、明瞭な策を与えてくれた。
予め決められた台詞のように、滑らかに。
口をついたそれは安心と納得、明瞭な策を与えてくれた。
予め決められた台詞のように、滑らかに。
この地獄のような日々が始まったあの日。
お爺を喪い、霞を失ったあの日。
お爺を喪い、霞を失ったあの日。
あの日だ、あの日を境に全てが狂った。
じゃああの日を、あの日の私をやり直そう。
それまで負けなしだった私を呼び戻そう。
あの日、私を下したあいつにだって出来たのだから、私にできないわけがない。
意識がはっきりとするにつれ、徐々に桜は高揚してゆく。
側でこの様を見る人がいたなら、すぐさま異様だと思うように。
側でこの様を見る人がいたなら、すぐさま異様だと思うように。
と、背中でカタリと硬い音がした。
思わず振り返ると、祠の鍵が外れている。
思わず振り返ると、祠の鍵が外れている。
これは神のお導き、神宝賜りて宿願を果たせとの神意に相違なし。
思うが早いか、不思議と心軽やかに、桜は祠の扉を開く。
半ば朽ちかけた祠の中には、古びた桐の箱が一つ窮屈そうに収められていた。
半ば朽ちかけた祠の中には、古びた桐の箱が一つ窮屈そうに収められていた。
収められていた短刀を収め、祠へ一礼すると桜は闇へと姿を溶かす。
肩の傷も意に介せず、まるで何かに惹かれるように。
少女の背中を見送った祠に、ぽつり、ぽつりと雨だれが落ちる。
外界からは遠雷の音が低く響き始め、祠の屋根は静かに、切り取られた嵐の雫を受け止めていた。
外界からは遠雷の音が低く響き始め、祠の屋根は静かに、切り取られた嵐の雫を受け止めていた。