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初心者のためのPerfume用語辞典
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wwt2prf

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βぱふゅ~む [べーたぱふゅ~む]

アクターズスクール広島在籍時、
2003年の発表会用に男子メンバーを加えたユニット。
発表会では大槻ケンヂと大正九年「ネットで叩いてやる」を歌唱した。

Baby cruising Love

2008年1月16日発売のCDシングル。
両A面カップリングは「マカロニ」。 
初回限定版はBaby cruising LoveのPVを収録したDVDが付属。
オリコン初登場3位、ウィークリー3位を記録した。
チャートは前作ポリリズムを上回り、
Perfumeの人気が一過性の物ではない事を示した。

2011年には映画「モテキ」で挿入歌に起用され、Perfume自身も出演した。
レコーディング用のデモテープは
capsuleのこしじまとしこの音声入りだったらしい。
official

Baby Face

2016年のアルバム「COSMIC EXPLORER」収録曲。
キャンディーズ「年下の男の子」Perfume版といった歌詞の
キュートなテクノポップである。
のっちはこういう曲を歌う年齢になった事に感慨を覚えていた。

ダンスは最小限であり、歌声を聴かせる楽曲。
間奏は観客と一緒に踊る振付がある。
アメリカでのCEツアーでは英語による歌唱バージョンも披露。
現地の観客を大いに沸かせ、LA公演では泣き出す観客もいた。

2025年のネビュラ前篇ツアー有明公演では
誕生日を迎えたあ~ちゃんのリクエストで久々に披露された。

BABYMETAL

Perfumeと同じアミューズ所属のメタルダンスユニット。
日本国内以上に海外で人気があり、特に欧州では熱狂的な支持を受ける。
Perfumeの直系の後輩グループであり、あらゆる面で共通点が多い。
振付・演出はMIKIKO先生(MIKIKOMETAL)が担当し、
SU-METALはアクターズスクール広島の卒業生である。
プロデューサーのKOBAMETALは立ち上げに当たって、
「コンセプト重視のアイドルグループ」としてPerfumeを参考にした。

2025年8月にはMステで共演し、
スクール時代から憧れるPerfumeを前にしたSU-METALは舞い上がり、
満面の笑みで握手を求めた。
クールな女王SU-METALがその時だけは天真爛漫な少女に戻っており、
PerfumeとBABYMETALのファン双方が騒然となった。
さくら学院時代からの父兄であるのっちは手で終始ハートを送り続け
あ~ちゃんは「いろんな大人の人達が喜んどるよ」という名言を残した。

BARKS [ばーくす]

  ミュージックエンターテイメントサイト
  大誤報(オカフューム)をやらかすことがある BARKS

BBQ

  バーベキュー
  ポルノ兄さん達のお誘いで行くアミューズ所属アーの夏の恒例行事
  08年はバスを仕立てて61人が参加 前年に続きPerfumeも参加
  恒例の海へ放り投げをとうとう食らったらしい
  あ~ちゃんはBBQの台の下に隠れていたが見つかって放り込まれた
  08/08/16のPPP、08/09/03のマジカルで報告あり

B.B.WAVES

沖縄アクターズスクールの選抜メンバーによるパフォーマンスグループ。
1998年メジャーデビュー。アミューズの子会社エアーズ所属。
スクール時代のあ~ちゃんとのっちの憧れのグループ。
というより、SPEED直撃世代の全国の芸能スクール生にとって憧れの的だった。

1999年、かわゆか在籍時のぱふゅ~むが初めて歌った曲が
B.B.WAVESの「LOVE&SMILE」である。
最初期のぱふゅ~むはこの一曲を徹底的に特訓しスキルアップした。
当時別のグループにいたのっちも、ぱふゅ~むの影響でこっそり練習していた。
2003年の上京後、PerfumeBEE-HIVEに入り
B.B.WAVESのメンバー喜友名星(ティアラ)と同じ寮に住む事になった。
あ~ちゃんは大喜びしたが、ティアラが全く想像と違う性格で驚いたらしい。

2023年以降は沖縄アクターズスクールの生徒全般がB.B.WAVESと呼ばれている。
B.B.WAVESオフィシャルサイト

BcL

BEE-HIVE [ビーハイブ]

アミューズの女性新人タレント育成プロジェクト。
2003年から2006年まで存在した。
上京したPerfumeも参加。高校を卒業した年長メンバー以外は専用の女子寮で生活を送った。
関西からは既にデビューしていたBuzyBOYSTYLE、沖縄アクターズ特待生の喜友名星(現・ティアラ)、
北海道からは小室哲哉プロデュースでデビュー経験のある名取愛加など
全国から精鋭が集まっており
広島からはPerfumeと同じアクターズスクール広島卒業生の青木紗知歩も所属した。
BEE-HIVEのリーダーはBuzyのリーダーでもある丹羽麻由美が務めた。
全体曲は「Time to go」。

2003年5月には合同ライブ、8月には合同ツアーを行い
全体の演出・振付はMIKIKO先生が担当した。
3人はアミューズから大役を任された先生を誇りに思ったが、
この仕事のせいで一時的にPerfumeの担当からは離されてしまった。
BEE-HIVEのメンバーはツアーを通して結束を強めた。

専用の女子寮である「BEE-HIVE寮」には地下にライブカメラの配信スペース(BEE-HIVEカメラ)と
レッスンスタジオが備わっていた。
ちなみに寮は家賃を払う必要があったらしい。
メンバー同士の仲は良く、Perfumeの3人はBEE-HIVEの末っ子として可愛がられた。
3人は当時を「修学旅行みたいで楽しかった」と振り返っている。
ただ寮の部屋はかなり狭く、厳しい規則もあったので「早く出たい」と思う事も多かったとか。
元シェフである寮父さんと寮母さんの料理が絶品だったらしく
フランス料理のビュッフェが行われる事もあった。
キッチンは基本的に管理者以外は使用禁止だが、
バレンタインデーの前日だけは寮生にも使用許可が出たという。
寮には新人時代の上野樹里や仲里依紗など、BEE-HIVE以外のタレントも生活していた。

2004年の時点でプロジェクトとしての活動は停滞し始め
その後もなかなか結果が出なかった為、2006年にアミューズはBEE-HIVEの終了を決定。
BuzyとBOYSTYLEだけでなくPerfumeの解散も決まったが、
徳間ジャパン掟ポルシェ、現場スタッフ達の奮闘によりPerfumeの命脈は保たれた。
しかし唯一生き残った三人は、仲間達が次々と去っていく状況に寂しさと危機感を覚えたという。
試みとしては失敗だったが、Perfumeにとっては重要な通過点であり
下積みに捧げた青春の象徴であった。
高校卒業までで退去という規則の為、Perfumeも2007年3月に寮から引っ越しした。
退去後も地下のスタジオは引き続きリハーサルやレッスンに使用した。

BEE-HIVE寮はプロジェクト終了後もアミューズの女子寮として残り、
さくら学院のメンバーなどが使用した。
2015年にはNHKのSWITCHインタビューで志村けんとの対談に地下スタジオが使用された。たちまち、語リンピックせん?
2021年にはTV Brosの連載にて当時のメンバーとの対談「BEE-HIVE同窓会」が掲載され、
数多くの貴重なエピソードが語られた。
2023年、BEE-HIVE寮が老朽化と入居者減少で寮としての役割を終え、改装される予定。
閉鎖にあたりフェアウェルパーティーが催され、PerfumeとかつてのBEE-HIVEの仲間達が一堂に会した。

BEE-HIVEレコード [びーはいぶれこーど]

2003年から2006年まで存在したアミューズのインディーズレーベル。
2003年6月にBEE-HIVEのコンピレーションアルバムをリリースし
その後もPerfumeのシングルCD「スウィートドーナッツ」「モノクロームエフェクト」
「ビタミンドロップ」の3枚をリリースした。
全国のTSUTAYAを中心に販売された。

BEE-HIVEカメラ [びーはいぶかめら]

BEE-HIVEの寮の地下に設置された24時間配信の定点カメラ。
略称はBEEカメ。
2003年4月から2005年11月まで配信。
ファンが録画した動画がニコニコ動画やYoutubeに上げられており
当時のPerfumeを窺い知る貴重な資料となっている。
録画された古参ファンの方に足を向けては寝られない。

PerfumeはBEE-HIVEの仲間達と楽しそうに遊ぶ姿だけでなく
広島への帰郷後に泣きながら配信するあ~ちゃん、
将来への不安を吐露するのっち、ファンからの手紙に号泣するかしゆか等
下積み時代の生々しい姿が映し出されていた。

BEE-HIVE Performance Tour 2003 summer

2003年8月に行われたBEE-HIVEのツアー。
Perfumeを含めた個々のメンバーのライブだけでなく、
全員が大胆なレオタードを着てミュージカル「シカゴ」を演じるなど
実験的な試みも行った。
この「シカゴ」ではメインキャスト6人の中にのっちが選ばれている。
ツアー公演を演出したのはMIKIKO先生
メインキャストに抜擢されたのっちだが、
この公演の先輩達のパフォーマンスに圧倒され
その後数年に渡って自信を失う一因になってしまったらしい。

ツアーを通してメンバーは結束を深めたが、
これがBEE-HIVE最後の合同ライブとなった。

BEE-HIVE Dictionary

2003年にM-ONの前身であるViewsicで放送された番組。
BEE-HIVEのツアー「BEE-HIVE Performance Tour 2003 summer」を追う内容で
村川絵梨や當山奈央など選ばれた数人のインタビューもあったらしい。
視聴報告がほぼ無く、Perfumeの三人がどの程度映っていたかは不明。

BEE-HIVE New Year Live '04 ~Perfume day~

2004年1月3日にSHIBUYA BOXXで行われた
Perfume初のワンマンライブ。
BEE-HIVEによる3daysライブの1日目であり
2日目はBOYSTYLE、3日目はBuzyが務めた。

まだ持ち曲が少ない中でのライブであり、セトリの多くをカバー曲が占めた。
メドレーでは「ラムのラブソング」や「赤道小町ドキッ」を歌唱し
BEE-HIVEの全体曲や他のメンバーの曲も披露された。
中でも幕間のプリンセスあ~ちゃんの寸劇はその後も度々話題になる。
2008年のPrima Box収録「ビタミンドロップ」スペシャルMVに
ライブの一部映像が使われている。
日程/セットリスト(LiveFans)

bitter

Bitter初回版のジャケットを見てみろ

  昔流行ったネタ
  なんか変なものが見えます

BLACK AND BLUE

  2008年6月21日にZepp Tokyoで行われたホットスタッフ30周年記念ライブ。
  正式名称は「Hot Stuff 30th Anniversary『BLACK AND BLUE』」。
  Perfumeのライブ運営を担当するホットスタッフ・プロモーションによる主催。

  対バン形式の3Daysで、2日目にSPECIAL OTHERSとの対バンで出演した。
  ライブの模様は同年9月31日にM-ON TVで放送。
  ライブ映像に餓えた当時のファンから賞賛された。
  official
  日程/セットリスト(LiveFans)

Black Perfume あばれ旅

  Perfumeをモチーフにした長編web小説
  とても面白いです
  web

Blog [ぶろぐ]

  メンバーによるブログ
  P.T.A発足に伴い閲覧は会員限定サービスとなった
  旧ブログはスタッフブログに変更され、過去記事は現在も閲覧可能
  08/06/24付のあ~ちゃんBlogに映像blogが登場
  その後、2010年オフィシャルサイトリニューアルに伴い
  非会員閲覧可能な公式サイトと、会員限定のP.T.A.サイトに別れ、
  公式にMANAGER BLOGが登場。会員サイトにはメンバーとSTAFFの各ブログ
  が置かれるようになった
  2007年2月以降の過去BLOG、スタッフ、メンバーBLOG及びそのタイトルは
  ログインしないと見ることができない

BOYSTYLE [ボーイスタイル]

アミューズ所属の女性アイドルグループ。 2001年デビュー。
Perfumeと共にBEE-HIVEの一員であり、同じ寮に住んでいた。
1998年に沖縄アクターズスクールとアミューズが開催した
全国オーディションの選抜メンバーを中心に結成された。
「夜もヒッパレ」への出演など、SPEEDを強く意識した売り出し方がされており
00年代初頭に数多く存在した「ポストSPEED」グループの一角だった。
BEE-HIVEの中ではプロモーションに最も力が入っていたが、
他のポストSPEED勢と同じくセールス面では苦戦した。

寮生活ではPerfumeとは仲が良く、田野アサミかしゆかは一緒に買い物に行ったり
上原香代子あ~ちゃんは二人でよく夜更かしをした。
2004年に村川絵梨が朝ドラの主役に選ばれて以降、活動は停滞し始め
アニメ「ワンピース」主題歌「ココロのちず」を最後に
事実上の活動休止状態になり、BEE-HIVEの終了に伴い2007年7月に正式に解散した。

解散後、村川絵梨は連ドラや大河に多く出演する人気女優となり、
田野アサミはプリキュアやラブライブに出演する人気声優となった。
上原香代子は現在でも強火のPerfumeファンであり、自身のブログやnoteで
妹分であるPerfumeへの思いを度々綴っている。
2025年のネビュラロマンス東京ドーム公演では
Buzy當山奈央と共に妹達の節目を見守った。


BPM [びーぴーえむ]

  Beats Per Minute(beats/minute)
  その曲の1分間の拍の数=テンポ
  Perfumeの楽曲は125~130が多い
  150のレシピ、200の水道夏のような激速曲もある一方
  100のマカロニのような曲もある
  ナチュラルに恋してはBPMが早いものと遅いものが存在し、メンバーも交えた
  会議の上、CMに合うと思われた遅いバージョンが採用された

Bros

  →TV Bros

BUDOUKaaaaaaaaaaN!!!!!

Butterfly [ばたふらい]

2008年のアルバム「GAME」収録曲。
ニンテンドーDS用ソフト
「無限のフロンティア スーパーロボット大戦OGサーガ」CMソング。
3人のハーモニーが特徴的で
熱帯を思わせるエキゾチックなエレクトロハウスだが
歌詞は「風鈴」のような語を使った和風のテイスト。

2008年のGAME TOUR武道館公演では着替えタイムで使用され
DVD/BDにはスペシャルクリップとして収録されている。
ちなみにGAME TOURと武道館ではVJが異なる。

2018年のFuture Popツアーと
2020年のReframe公演ではアカペラでの歌唱を披露。
2025年の楽曲「ソーラ・ウィンド」に
同曲を思わせるフレーズが使われているが、関連性は不明。

Buzy [ビズィー]

アミューズ所属のダンスボーカルユニット。
作曲を本間昭光、作詞を新藤晴一とポルノグラフィティの布陣が手掛けた。

Perfumeと同じBEE-HIVEの一員であり、
高校生以下のメンバーはBEE-HIVE寮に住んでいた。
寮は方言禁止だったが、関西出身のBuzyは「関西弁はアイデンティティ」と方言を貫き
あ~ちゃんはその姿に影響され、自身の広島弁にいっそう愛着を持つようになった。
Perfumeとは2003年から2004年にかけて一緒にサンストリート亀戸のステージに出ており
三人は舞台袖からBuzyのステージ進行を見てノウハウを学んだ。
ソロ活動もしていた當山奈央はPerfumeと共にリリースイベントで全国を回り、
特に親密な関係だった。

BEE-HIVEプロジェクトの終了に伴い2006年6月に解散。
Buzyを尊敬していたPerfumeの三人はショックを受け、
同時に「自分達も切られる」と強い危機感を覚えたという。

1998年当初のユニット名は「COLOR」でメンバーは4人編成、
韓国からK-POPのプロデューサーを招くという
余りにも早すぎた試みのユニットだった。
2002年にBuzyに改名し、6人編成となる。
新メンバーオーディションにはPerfume加入前ののっちも参加していた。

2019年のPerfumeコーチェラ出演ではアメリカ在住のユリサが客席に駆けつけた。
また、2025年のネビュラロマンス Episode TOKYO DOMEでは
ELEVENPLAYに所属する丹羽麻由美がロボットアーミーで出演
観客の中には當山奈央もいた。
解散後もPerfumeの事を気にかけてくれる優しいお姉さん達である。




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