Noisy -喧騒-



「市民の皆さんは至急避難してください!繰り返します。市街地区にダーカーが侵入しました、市民の皆さんは至急避難してください!」

 テレポーテーションプールに飛び降りて作戦開始地点上空に放り出されてから耳にするのは耳障りな風切り音と鳴り響く避難誘導の警報、上機嫌なハイドの叫び声だけ。
 着々と地面が近付き着地準備を始める。準備と言っても体勢を整え、足を地面に向けるだけだが。
 ターゲットの姿が最後に確認された地上102階の高層ビルの隣、地上80階建て程のビルの屋上にこれから降りる。
 最初に着地したのはウィリアムズ。それを追うようにバーバラも着地。特殊戦闘服の基本性能の一つとして、高所から降下し着地する際に脚部から高圧の気圧を噴射し衝撃を吸収する機能がある。その機能に頼ったベーシックな着地法。しかし残りの3人―悪ガキ三人組と呼称される問題児たち―は、着地時に片方の拳と膝を地面に着け体勢を低くした状態でする着地、某ヒーローが膝に悪いと言った俗に言うスーパーヒーロー着地をする。3人は顔を合わせニヤリと笑い、それをウィリアムズとバーバラは冷ややかな目で見つめる。

 早速、二つの高層ビルを繋ぐワイヤーの上を駆け、ビルの出っ張りに足を掛けてかけ登っていく。目標の9階ではなくその二階層下の88階の大きな窓にブリーチングチャージを仕掛け、建物内部に進入する。この階層には、まだダーカーが進入した形跡はなかった。
 室内戦闘用に編成した武器を手に持ち、室内戦闘を想定した陣形で進んでいく。生体感知レーダーを起動させると、予定通り今自分たちのいる階の上に、反応の大きさから二階層ほど上だと予想される距離に生体反応を確認する。角膜投影拡張現実とリンクさせ、目標までの最短距離を資格内にルート表示させる。
ルートに従い、非常階段を駆け上り90階に到達する。
 90階。景観は他フロアとなんら変わりのないオフィス。が、唯一違う点がある。既に争った跡が見られる。デスク、チェアが散乱しており、フロアの柱には、頭を打ち付けたのか頭部から出血した死体がもたれ掛かったり、流血はしてないもののピクリとも動かない成人男性の体がいくつか転がっていた。

「こりゃあ、どうゆう事だ?」

 右手でダガーを弄びながら、つま先で死体をつついている。各々周囲に警戒を払いつつ、死体の確認をする。懐からスキャナーを取り出し、網膜をスキャニングし、それが誰かを判別する。ビルの清掃員やガルナと同じく会議に参加していたと思われる若い議員が多かった。

「会議で揉めて、オッサン議員たちが若者を逝かせちまったか?」

 生体感知レーダーを再び起動すると争った形跡のあるオフィスフロアの奥に四つの生体反応が確認される。5人の内、バーバラだけはオフィスを見渡しながら当時の状況をシミュレートし、残りの4人は奥の反応に近付く。反応のある部屋のドアには承認されたユーザーしか開けることの出来ないロックの周波数を感知する。すぐにドアノブを握らずドアの前に近付いていくと、ヴァーチャルのマイクが室内から聞こえる微かな声をキャッチした。

「R.S.O.Cです。中に人は居られますか?」

 確認の為に、分かってることを敢えて問う。
 当然ながら、中から声が帰ってくる。50から60の掠れた感じの男の声、2人の若い女性の声が聞こえてくる。「今、救出します」と声を掛け、小型端末でドアノブのロックにハッキングをすると、簡単にロックは解除される。
怖がらせないよう念のため、武器はパレットに仕舞い部屋に入る。中には作戦前に行われたブリーフィングで閲覧した資料に載っている顔と同じ顔、つまりガルナの姿が確認される。

「遅いぞ貴様ら!救援要請を送ってから30分も経っているじゃないか!」

 黒いスーツにチラホラと赤い斑点模様をチラつかせ、明らかに膨らんだポケットは若干だがL字型に膨らんでいる。そして声を荒げるガルナと怯える2人の女性議員。女性議員らは涙と鼻水で顔を汚し、メイクがぐちゃぐちゃになっている。若い男の議員は、恐らくこの豚から女性議員を守ったのだろう。顔中痣だらけで出血も酷い。
 ハイドは直ぐに男性議員の応急手当を開始し、アンナは女性議員を慰め落ち着かせる。ウィリアムズとルツは状況の説明をガルナに求めた。

「これは一体どういう事なんですかね。ここで何があったんですか?」

 しかしガルナは頑なに口を開こうとはせず、口を開けば自分の身を案ずる事ばかり。ハイドの応急手当が終わる頃、ダーカーの影響かビルそのものが揺れ始める。

「気長にお話してる暇は無さそうだな。バーバラ、再現データは取れたか?」

「ああ、取り終わってるよ。それより急がないと下からアタシらだけじゃ対処しきれるか怪しいくらいダーカーが登ってきてるよ。」

「んじゃ、急ぎますか……と。」

 ドア越しに会話する二人。ウィリアムズが振り返ると話を聞いていたハイドは重傷の男性議員を担ぎ上げ、アンナは女性議員の手を握り、降りる準備は万端の様だった。
ガルナは隣に立つルツに向かって怒号を浴びせていた。ルツはそれを気にも留めてない様子で欠伸をしている。アンナとハイドが小部屋を出てバーバラと合流しウィリアムズがガルナに手を差し出し立ち上がらせる。
ルツとウィリアムズは、「そんだけ元気がありゃ歩けんだろ」と他の女性議員達のように担いだり抱えたりせずガルナを歩かせる。
 もっとも、ガルナのような典型的な肥満体型じゃ誰も担ぐことも抱えることも出来ないだろうが。

 バーバラがアークス本部に生存者の救助依頼を申請し、迎えの航空機が待つ。迅速な退避が出来るように航空機の到着までにビルの101階のヘリポートで待機しているのが理想的だった。しかし、何がいるか分からない、ダーカーが侵入している可能性のあるビルの内部だと言うのに、特殊作戦群D分遣隊がどんなに慎重に先の安全を確保し進もうとしても、ガルナの文句は留まることを知らず、あの小部屋から歩き出してから延々と続いている。普段温厚なウィリアムズも滅多に見せない不機嫌顔をしている。ルツの顔にも、薄らと筋が浮かんでる。分遣隊の女性隊員は女性議員の二人を落ち着かせている。
 一瞬黙ったかと思えば、またスグに口を開き文句を垂れ流す。流石に痺れを切らしたのかルツが、ホルスターからハンドガンを抜き、ガルナのこめかみに突きつける。

「お口にチャックするか……脳天まで風穴開けてやろうか?」

 引き金に指を掛ける。

「そんなこと出来るわけがない。何故なら貴様らは私の身の安全を最優先に動けと命じられているはずだ」

 ルツに、ガルナはにやけた余裕そうな表情でそう伝えると、爪先ギリギリの床を撃ち抜き、もう一丁のハンドガンを腹の贅肉に沈ませた。

「銃弾を腹一杯食わせてやろうか?」

 ガルナの目前で睨みを利かすルツ。
 ルツの鋭い眼光に息を呑み、唇を噛む。

「おい、早漏野郎。その豚に傷付けんな。俺らの給料が減るだろうが!」

「でも少しはそのお腹のお肉削ぎ落としてあげたらいいんじゃない?」

 隣を行くハイドとアンナは、ガルナのお腹をツンツンとして、ケタケタと笑いながら横に並んで歩く。
ガルナは、イカれたラジオのように延々とノイズの様にブツブツと文句を垂れ流していた。耳障りではあるが、さっきよりはマシだと、腹に沈めた銃をホルスターに納めた。怯えていた女性議員の二人もバーバラの介抱で少しは落ち着いた様だ。
ゆっくりと安全を確保しながら上へ進む。途中、迎えの航空班の連中から連絡が入り、既にへリポートで待っているとの事だった。そして、その後は特に問題なく101階に到着する。

 へリポートに出ると、軍用ヘリが止まっており航空班のアークスが手を振っている。
アンナは女性議員を、ルツはガルナをヘリまで送る。女性議員らは、泣きながらアンナとバーバラの手を握り、「ありがとう」と何度も何度も伝えていた。二人もそれに笑顔で応えていた一方で、ガルナは、恨めしい顔でD分遣隊全員を睨みつける。

「貴様ら覚えておけよ……特に赤髪のお前。お前と次に会うのは法廷だ。覚悟しておけよ。」

と、捨て台詞を吐いてヘリコプターに乗り込んでいった。ヘリが飛び立って行くのを確認するとウィリアムズが本部に連絡を取る。

「こちらハウンド3。ショッピングカートにブツを入れた。清算はそっちで頼む。」

『ご苦労。ダーカー殲滅も80%完了。君らの任務は終了だ。ピクニックの予定が無いなら帰還せよ。』

 オペレーターの声を聞き、通信を切る。
 足元、高層ビルの根元からダークラグネがゆっくりと登ってきているにも関わらず、応戦する様子も退避する様子も無く、一服する数名。やや揺れる建物の上で、回収用キャンプシップがテレポートハイプをシップが繋がれるのを待つ。へリポートの強いフォトンに反応し興奮状態のダークラグネが轟音と共にかけ登る。ビルはグラグラと揺れ、バリバリと窓ガラスが割れ落ちる音が響く。

「おい、航空班。遅くねぇか?」

『機材トラブルだ、あと二分程度は掛かるだろう』

 こちらの状況などお構い無しに呑気に喋る航空班のアークスに苛立ちを隠せず、通信端末に向かって怒鳴り散らすハイド。
ガラスの割れ落ちる音はどんどんと5人に近付いてくる。

「俺がやる。」

 深く溜息を吐くと、へリポートの縁から宙に倒れ込むようにして降りるルツ。空中で瞬時に武器パレットを操作し、ディオアーディロウを取り出す。
 上空から降下し、へリポートへ向かい駆け登るダークラグネの右前脚にディオアーディロウを突き立てる。本来フォトンの出力が制限されているアークスの武器を、違法な方法で改造したルツのディオアーディロウはダークラグネの脚の殻を一撃で砕き肉を絶った。傷口から鮮血が噴き出し特殊戦闘服を赤く染める。殻を剥ぎ取られたダメージでダウンしたダークラグネは、壁面からその大きな爪を離し、ルツ共々地面に落ちていく。
地を背にし、空を仰ぐルツの視界にはテレポーテーションパイプに消えていく仲間の姿が見えた。

「〜ったく……てめぇのせいで、乗り遅れたじゃねぇか………よぉっ!!!」

 重力に引っ張られ落ちていくダークラグネとルツ。
 先に落下したダークラグネの腹を目掛けて上空からディオアーディロウをぶん投げる。大剣は腹に浅く突き刺さる。鳴きジタバタと動くダークラグネに追い討ちを掛ける。浅く刺さった大剣を、まるで杭を打ち付けるハンマーのように、大剣の柄頭を思い切り踏み付け、ラグネと地面を縫い付ける。大剣は鍔の部分まで深く刺さり、ジワジワと血が溢れ出る。威勢の無くなったラグネが前腕を降ると、空から赤黒い雷が落ちる。大規模な落雷ではあるが、銃弾の雨をも掻い潜るルツに取って、回避は容易なことだった。軽快なステップで角膜投影拡張現実に映し出された落雷の予測地点と自分の勘を頼りに回避していく。腹に大剣を突き刺したまま、武器パレットからヤスミノコフ9000Mを取り出し、ラグネの後頭部側に回り込む。恐らく人間で言うところの項に当たる部分に朱色の光を放つコア―ダーカーの弱点―に銃弾の雨が降り注ぐ。
 銃弾がコアに当たる度に、より強い光を放く。しかし暫くすると光度は徐々に落ちていき、5分後には光は消え、コアそのものの赤さを残すのみとなった。赤い光が消えるとラグネから生気は失せ、ピクリとも動かなくなる。ラグネを縫い止めるために突き刺したまち針を抜くと、ボフッという音を立て赤黒い灰のようになり霧散する。ゴロンと残ったコアだけが地面に転がる。まるで意思を持っているかのように、ルツのいない方へ転がっていく。

ーパリンッ―

 煙草の残り火を消すように足で踏みつけ地面に擦り合わせる。角膜投影拡張現実を任務情報の項目に移しスクロールバーを下に持っていくと、ダーカー殲滅進行度が100%に達していた。すると、すぐに市街地全体に管理オペレーターのアナウンスが響き任務は終わりを迎えた。
二つの装備をアイテムパレットに戻し、交換するようにハンドタオルを取り出し、顔に付いたダークラグネから返り血を拭き取る。特殊戦闘服のロックを解除し、任務用戦闘服からいつものノーネクタイの黒いスーツスタイルに着替える。
 ジャケットの内ポケットから今では珍しい紙の煙草を取り出しライターで火をつける。
道路に転がる小さな小石をサッカーボールのように蹴りながら、近くに倒れたビルの瓦礫へ歩を進め腰を掛ける。空を仰ぎ煙を吐くと視界の端にこちらに向かって飛んでくる一隻の小型シップを見付ける。

『こちら航空班Α部隊。ハウンド1を回収する。』

 目の前の道路に着地すると左舷のハッチを広げる。カーキ色に黄色のラインが目立つ、オフィサーコートに身を包んだヘルメット姿の男が大きく手招きをする。煙草を口に咥えたまま立ち上がりとぼとぼと歩く。ふと自分が今までいたビルを、自分があの男を助けたフロアを見上げる。すると、あの惨劇のフロアの窓から人影がこちらを覗き込んでいるのが見えた。
 角膜投影拡張現実の補助機能を使用し、まるでスナイパーライフルのスコープを覗くように遠くの景色を目の前に広げる。性別は体格的に恐らく男、身長180cm近くの長身でフルフェイスヘルメットのようなもので顔を覆っていた。

『ハウンド1、帰還するぞ。急げ。』

 機械音声混じりの声で告げる航空班に視線を向け、再びビルに視線を戻したときにはその姿は無かった。




 ケルトの愉快な民謡風の音楽が流れ、そのリズムで乗って軽快なステップで踊る人々。通りに面した飲食店のテーブルには仕事帰りのサラリーマンや任務後のアークス、講義帰りの学生らが一同に宴をしている様子が多く目に付く。
 ダーカーという底の知れない強大な敵との戦争が何十年と続いているが、こういった小さな幸せ、一時の平和を思い切り楽しんで過ごす。
 この賑やかな、和気藹々とした雰囲気が特徴的な、六十二番艦ステラは特殊作戦群D分遣隊御用達でもある。
 通常、ダーカー殲滅の任務が入った場合、部隊内で討伐数を競い合い討伐数が一番低かった者が夜の宴代の全額負担というゲームを行っている。だが、今日の任務は要人の救出任務のため、宴は無し。それでも、宴規模とは行かなくとも、任務の反省会と称した飲み会のため、六十二番艦を訪れていた。
 5人が訪れたのは賑やかな通りから一本外れた薄暗い通りに入った所にある寂れた居酒屋。
 こんな薄暗い路地裏の店にわざわざ足を運ぶ客は、D分遣隊くらいしかおらず、店の中はガラガラ。
 表の華やかな通りの飲食店群が出来る前から営業している老舗の居酒屋で、出す品々は絶品ばかり。店内も掃除が行き届いておりいつもピカピカ。問題は立地だと店の主人である老人は、五人が店に足運ぶたびに愚痴を零している。客足か少ないだけに、いくら騒いでも誰の迷惑にもならない故に、翌日の朝まで騒ぎ、飲み倒すのが五人の日常であり平穏。


 深夜二時過ぎ。
 頬に当たる振動で目を覚ます。薄く目を開くと青白い光が目に入る。顔の真横に転がった携帯端末に着信が入っていた。画面に表示された名前を確認すると、眠い目を擦りながら起き上がる。
全力で飲み倒し、居酒屋の座敷で雑魚寝状態で眠る仲間たちを踏まないようにして、立ち上がり荷物を持って外に出る。未だ鳴り続ける携帯端末の受話ボタンをタッチし、応答する。

「うっす」

『―六十二番艦、第三区、ターゲット情報送信―』

 端末の向こうからは機械的な音が混じった女性の声で、おおまかなターゲットの位置情報が口頭で伝えられる。通話中に同じくこの女性からメールが届き、中を開くとターゲットの情報が何十ものタブに分けられて詰められている。情報量の多さからして一人ではない。タブを横にフリックして情報を読み進めていくとターゲットの画像が出てくる。
 その人物はどちらも見覚えがあった。アグニカとガルナだ。先のダーカー襲撃から避難後、ガルナはアグニカの別荘に匿われることになっているらしく、その別荘がここ、六十二番艦にあるらしい。
ダーカー襲撃での救助任務以前、横領の件でアグニカを追跡していたが、どうやらその件にはガルナも絡んでいるとの事。
 上層部からの命令は横領の件に関する尋問の為の捕縛。
 通話を端末からインカムに移行し、端末の方で上層部の倉庫の使用認証を済ませる。認証後、運送ドローンによって大質量をもった黒の鋼鉄製ケースがルツのもとに届けられる。
光沢のある黒色の板状のケースを受け取り、地面に立て、手を翳す。

『掌紋認証完了―装着』

 モノリスから女性的な機械音声が発せられ、表面に無数の亀裂が刻まれる。
 再起動。細かな部品として確かなカタチを保ちながらモノリスの表面だった金属は外部装甲へと変形。
 黒いジャケットを脱ぎ捨てると、2ピースのスーツスタイルの投影を解除、マッドブラックの鎖帷子のようなデバイススーツを露わにした。軽く腕を横に広げると、外部装甲たちが磁力誘導によって浮遊。脚部、腹部、腕部、胸部と、下から順々に吸い寄せられ、身体を守る装甲の形を成していく。
 重なり合った外部装甲たちがその位置を正確に確定させると、赤い起動光が装甲の隙間から全身にラインを引くように漏れ出す。

「近接格闘戦用に動作補正設定を変更。機能拡張を実行。」

 ルツの声に反応して背中の磁気浮上鞘が起動する。
鞘が起動した数秒後、ニレンカムイが転送される。鞘に納めず刀身が剥き出しになった二振りの刀は、背中と絶妙な距離を保って浮遊する。
 手を握り、また開き再び握るといった軽い動作確認、準備運動を済ませる。脚部の反重力バウンサーを起動させ、壁を駆け上がっていく。

〈search〉
:target/Agnica
:target/Galna
:marking/red
〈/search〉

 対象であるアグニカとガルナをマーキングする為、<相貌検索>を起動すると、二人の姿は目的の別荘では無く、その逆方向、任務帰り、仕事帰りの客で賑わうメインストリート方面。丁度ルツが居酒屋に向かう時に通ったあのフードコートを真っ直ぐ行った所、セレブ御用達のホテル内に二つの反応があった。その二つの反応は、ターゲットの姿を象って赤く映し出されている。

「なんだ、スグそこじゃん。ラッキー♪」

 地上より、行く手を遮る障害物も少なく見渡し安い建物の屋上を走り、次の建物の屋上に飛び移る。静まり返った摩天楼を、まるで兎のようにピョンピョンと跳ねながら、目標のホテルに足を運ぶ。
眼前に広がる摩天楼よりも高く聳え立ち、規則的に並んだ小窓から光を放ち続けているモノリスは、金持の富を象徴したように周囲一帯のどの建物よりも黄金色に光り輝いている。
ホテルに近付くに連れ、表示される人影は米粒大から徐々に大きくなり、その正確な位置を示し始める。
 角膜投影拡張現実に映し出された情報によると、金持ち御用達のこの地上53階建てホテルは創業20周年を迎え、そのパーティーには連日、名だたる著名人や有名企業の役人たちが足を運んでいるらしい。
 そしてそのパーティーは、一階の高級レストランで三ツ星から五ツ星評価を得たシェフたちによるビュッフェ形式で行われているという。二人の赤い影もそこにあり、今はオラクル最大手の電気自動車メーカーの代表取締役と談笑しているようだ。
 相貌検索の絞込み範囲を二人以外に広げる。
武器を所持した人間、それも何らかの企業や軍隊に所属した者に絞り込む。
民間軍事企業メイガスト・ウェザー社のタクティカルベストを着込んだ屈強な男たちが、カービンライフルを持っている。ルツの視覚内には、アグニカとガルナの赤いマーキング以外に黄色のマーキングで表示されていく。主に、エントランスを中心に守りが固められているが、当然レストラン内にも確認されている。フロアを囲むように壁際に並ぶウェイター風の男達も、ドリンクを運ぶ細身のウェイターも、ウェイターのベストの中に小銃を忍ばせており、至る所にメイガスト・ウェザー社の傭兵が紛れ込んでいた。

「こりゃ、骨が折れそうだな……。」

 ホテル直前の建物の屋上で、闇夜の漆黒に紛れエントランスを見下ろす。どうやって突入しようか考えるより先に視界内に突入経路が表示される。

〈Recommend〉
現在地点から東に243メートルの位置への移動。
東方の位置から400メートル北上。
西へ230メートルの位置への移動。
マーキングされた窓からの侵入が最適。
〈/Recommend〉

 この状況において最適かつ円滑に任務を進行できる侵入ルートをシステムが提示する。
これからのことを考えると、確かに円滑に進めやすいが、この侵入ルートでは、時間を要する。
 システムに対して不敵に意義を申し立てるように、声には出さず頭の中で呟く。

「堅物のお前にルツ先生が授業してやる。」

 その場から一旦離れ、来た道を一度戻る。
2、3個前のビルの屋上に戻ると、再びホテルに向かって走り出す。脚部の補助加速装置を使って、徐々に速度を上げていく。100メートル程度の助走を設け、加速し続ける。

「レッスン1。……跳ぶっ!」

 風を切り裂き、赤い起動光が一本の直線となって後を引き、ホテル直前の屋上から飛び出す。
黒い鉄塊、巨大な黒い弾丸が、レストランのエントランスホールの扉ごとぶち抜いて、赤い人影の直前に落下。目の前のウェイターを背負い投げ、懐から小銃を抜き取り、天井に発砲。
レストラン内に銃声が響き、会場は一気にパニック。セレブ達はエントランスに一目散に逃げ、それとは逆にエントランスから会場内に押し寄せる傭兵。テーブルクロスの下に身を潜めるアグニカとガルナ。しかしルツの眼からは、布一枚程度では逃れられない。テーブルクロスはハラリと捲り、テーブルの下を覗き込む。
フェイスガードを解除して顔を見せる。

「Hey guys? 閻魔大王様の迎えで来たぜ〜?」

 ガルナの方を見つめ、陽気な口調で言い放つと、背中の刀の内の一本を脅し程度に抜こうとすると、その手をメイガスト・ウェザー社の傭兵の一人が掴み、後ろに投げ飛ばす。

「うおっと!」

 意表を突かれたような声を上げるも、空中で体勢を立て直し、軽々しく着地。
傭兵達が右眼に装着するユニバーサルインターフェイズが正式に、黒い強化外骨格を敵だと認識し、武器のロックが解除される。
 ルツの視界の端には警備員の手によって避難経路から車に搭乗するアグニカとガルナの姿が映る。

「ちっ……特殊部隊様舐めんなっ!」

『ヒートウェイブ使用申請ー受諾。』

 システムの機械的な女性の声が頭の中に響く。
カムイを納刀し、両手の掌を相手に向ける。掌の中心、円型のコイルの様なものが赤熱し始める。

『HW使用申請ー承認。HW発動。』

 フェイスガードの下で口元を歪める。発動の声と同時に、爆風が掌から放たれる。傭兵たちに直接的なダメージを与えられる程ではないが、傭兵達は正面に風を受け数歩下がる。



 視界がブラックアウトする。通常であれば0.5秒もあればUIが再起動するのだが、立ち上がらない。視界は闇に包まれ、音の一切は聞こえないまま、腹部に強い衝撃を受ける。アーマータイプのタクティカルベストを着用をしているにも関わらず、アーマーの下、腹部を棍棒で殴られたような鈍痛。
 身体に直接的なダメージを受け、UIが再起動する。
 視界に様々な情報が展開されていく中、周囲を見渡す。自分と同じメイガスト・ウェザー社に雇われた傭兵達もその場で蹲っていた。辺りの何処を見渡してもルツの姿は無かった。



「おい、イトウ。モニターしてたんだろ?」

 虚空を見つめ、話しかけると視線の先にチャット画面が現れる。

『見てたよー(*^^)v  ターゲットの跳ね馬は現在貴方の地点から南西に400m、第3区11thストリートを走行中。』

 可愛らしい顔文字共に送られてくる返事。モニターしてただけあって状況を完璧に把握し、ルツが今欲しい情報を提示する。

「税金泥棒が……随分と良い車乗ってんじゃねえか!」

 おまけ情報としてチャット画面の下に車についての情報タブが開かれる。

「流石。我等が角膜投影拡張現実より有能だな。」

『お褒めに預かり光栄でござる(*´ ˘ `*)』

 例の如く、道ではなく建物の屋上を駆ける。
 地上は、パトカーのサイレンで赤と青の光に彩られ街灯と相まってイルミネーションのように見えなくない。誰の指示か、通常有り得ないほどの警察の無謀な運転に、一般車も巻き込まれ、警笛と怒号の嵐。
なるほど、傭兵だけじゃなく民警まで抱き込んでいるわけだ。
 その様子を上から眺めつつ、ターゲットの逃走車輌に近付いていく。

〈Recommend〉
:当区域の交通状況を取得。
:5キロメートル前方のシグナルのハッキング、当道路と垂直になった道路の車両の停止を推奨。
:ターゲットが現在の速度を保ったまま交差点を通過すると、F.R.O.Cの想定被害額の許容範囲を上回る大事故へ発展する可能性を有します。
〈/Recommend〉

 システムが思考を遮るように、声を頭に響かせる。

「なら、その前に止めりゃ問題ねぇ訳だな?」

 脚部の加速装置のお陰で既にターゲットの頭上の建物の上を走っている状態。
 後続の警察車両の最後尾、一人の警官が駆っていた白のバイクに狙いを定めると、ビルの縁から飛び出に直上から飛び乗る。脚部の補助装置で幾らか衝撃を吸収しているとはいえ、かなりの衝撃を受け、反動で車体が跳ねる。先にバイクを駆っていた運転手の警官は、車体が跳ねると、そのまま後続の一般車のフロントガラスに放り投げられた。

「悪いね、お巡りさん。このバイク借りてくぜー!」

 バイクを片手で操縦しながら、もう片方の手でバイクのシステムへハッキング。

〈hacking〉
:system/……overwrite
:Limit/……unlock
:driver/……Lutz Thleider
:assist/……off
:weapons/……unlock
〈/hacking〉

 システムを上書きし、優雅な白い馬はその毛色を変え、黒い暴れ馬へと姿を変える。生まれ変わった馬に騎手の事を覚えさせ懐かせる。
 システムによって制限された最高速度のリミッターを解除、ついでに武器の使用制限も解除すると、スロットルを思い切り回し急加速させる。
方を走る黒白の四輪車の間を縫うように走り、すぐに車列の先頭付近に躍り出る。ターゲットのすぐ後ろを走る四輪車を踏み台にし、ターゲットの車輌を飛び越え、ターゲットの前方の道路まで躍り出る。

「クソッ!何であの黒いヤツはこんなにも私達を追ってくるんですか!」

「……あの男はF.R.O.Cの者だ。今日私が、あの会議の場から救出された時に居た。」

「何故助けた人を追い回してるんですか……って、うわぁ!?」

 跳ね馬と呼ばれる真っ赤な四輪車輌の中で、細身の男と肥満体型の男が声を荒らげていると、話に出た黒いヤツがフロントガラスの先に降ってくる。前輪から着地すると曲芸染みた動きで、後輪を浮かせた状態で、前輪を軸に180度回転し、ターゲットの車輌と対面するように方向転換する。

「何なんですかアイツ……普通じゃない。」

「ふんっ!このまま轢き殺してやる!」

 ガルナはアクセルを強く踏み込み車を加速させる。



「」

 黒いルツの暴れ馬が鳴き、赤い跳ね馬に突撃する。

ーーーー

 黒煙立ち昇る夜の繁華街、スクランブル交差点の中心。二台の車輛の衝突事故によって全面交通止めになり、黄色に黒文字で立入禁止と書かれたテープが張り巡らされている。問題の四輪車輛はフロント部分が凹んでいる。そこまで大きくない凹みだが、対する二輪車輛はその原型をとどめていなかった。四輪車輛のドライバーと助手席に乗っていた二人の男性は様々な道路交通法違反で逮捕された。その二人は多くの業界人が出入りする高級ホテルの創業二十周年パーティーに出席していたことが車輛の起動時間やその他諸々の情報から判明し、身元の特定も簡単に行われたらしい。パーティーは、会場に全身黒い強化外骨格を身に纏った不審者が強引に侵入し発砲騒ぎを起こしたことで中止になりホテル側はその対応で追われているらしい。

「毎回飽きもせず盛大にやってくれるじゃないの」

 やや困り気味の表情で頭を掻きながら煙草を吸う四十代半ばの男。焦げ茶色の癖のある毛をワックスで無理矢理かきあげた髪のその男の右斜め後方にいる、片手に光沢のある黒い板状の物体を持ち、煙草を人差し指と中指に挟んだルツの姿があり、男は調子の低い声で言った。

「俺たちには俺たちのやり方ってもんがある。処理は任せたぞダニー」

 はあ、と深いため息をついて自分の前に仮想ウィンドウ端末を展開するダニエル。
 端末を操作するダニエルの左腕には、腕を中心としてドーナツ状に文字が立体的に投影され腕章のようになっている。三次元ホログラムによる腕章には、公安局と描き出されている。

「パッケージは何処にプレゼントすりゃいい? またウォーズ社の郵便窓口か?」

「いや、今回はウチの留置所に頼む。つい二時間前までは俺たちが尋問するはずだったんだけどよ、上からテイクアウトの注文が来ちまった」

 黒鶴とは国家公安委員会の中で最も特別な存在で、公安局の手にあまる事件の担当を行う特殊部隊のこと。正式名称は、R.S.O.Cで、黒鶴は主にアークスや公安警察によって呼称されている名称で、その由来はエンブレムに羽ばたく黒い鶴の意匠が施されていることから来ている。ルツが所属する部隊、特殊作戦群D分遣隊もその黒鶴の管轄にある。ダニエルがウォーズ社を口にした理由は、以前の任務でライバル会社の重役の首を郵便窓口に配送させたことがあったから。

「黒鶴の留置所ってことはまたネイサ……か」

 ダニエルは眉をひそめて、くわえていた煙草を踏み消す。

「なあ、本当にウチに来ないか? 確かにお前は乱暴だが、その動物的な嗅覚やカンの鋭さ、その他色々人の役に立つ能力を持ってるのに、その能力を存分に活用できないのは勿体な……」

「あんたが禁煙できた暁にゃ、考えてやるよ。……一台借りていくぜ」

 ダニエルの言葉を遮って歩き出し、現場に駆け付けた公安局のバイクに跨る。バイクの使用認証を終えると、ダニエルの腕章同様に車体側面に映し出されていた公安局の文字が消え、白いバイクのボディが黒く染まっていく。サイドミラーに掛けられたヘルメットを被るとすぐに走り出し、事故現場を後にした。



 二人の議員との追いかけっこの翌日、緊急の任務もなく、上層部からの依頼も届いていない久しぶりの休日。
 普段あまり着ないような綺麗目なスーツに着替える。部隊の仲間たちから海への誘いもあったが断った。空は雲一つない快晴の青空に設定されており絶交の海日和。しかし俺が向かうのは、海は海でも、人の海。海とは正反対の方角、市街地区の文化区域。オラクルが船の集合体ではなく地球という一つの惑星だった頃にあったロンドンという国をモデルに作られた97番艦リディは、現代的な高層ビルが建ち並ぶ中心街と、バロック建築やゴシック建築の建造物が多く並ぶ文化地域の二つに大きく分かれる。中心街は主にアークスの街、文化地域は一般市民の街という認識を持っている人が多く、特別な用事がない限り市民が中央街に出入りすることはない。またその逆も然り。
 文化地域に住む市民のほとんどは現代的な格好を好むが、ごく稀に景観に合わせた英国紳士的な服装を好んで着ている変わり者もいる。
 文化地域の道は狭く、車道は対向二車線で絶え間なく乗用車やバスが行き交い、歩道は歩く人々でごった返している。人の波に抗わないように周りの人間に歩幅や速度を合わせて歩いていると目的の建物が見えてくる。建物の一階は小洒落たカフェになっており、その脇には階段があり上の階に上がれるようになっていた。人の波から逸れて階段の前に逃げ込むと自分がいた隙間はすぐに別の人によって埋められ、通りの先に向かって流れていく。
 話し声で音が霞んでしまうくらいの小さな音でジャズが流れている階段をゆっくりと登っていくと、オフィスを改装して作られた小さな部屋のドアがルツを出迎える。ドアの横、表札には <ヨハンソン> と書かれている。インターホンを押すと、綺麗な女性の声で応答する。

「はい、どちらさま?」

「赤服の軍人様のご到着~♪」

 すぐにドアが開き、プラチナブロンドのストレートの女性が顔を出す。目がまだはっきりと開いていない様子から寝起きなのが伺えた。恰好も部屋着なのか仕事着のまま寝てしまったのか、下着の上に一枚白いシャツを羽織ってるだけ。

「来るなら前もって連絡してもらわなくちゃ困るわ」

 手を引かれ、案内された室内は綺麗に整えられた美しい部屋。元々オフィスだったこともあり、私室と呼ぶには少し大きき。仕切りの類はアジアン風の三連スクリーンだけで大きく部屋そのものを隔てる壁はなく、非常に広々とした空間。部屋のテーマはアジアン。ダークブラウンをベースに数々のインテリアが配置され観葉植物までもが置かれた部屋は、まるでバリの高級ホテルのよう。
 まるで自分の部屋に帰ってきたようにそのままキッチンに向かい慣れた手つきでコーヒーをいれはじめる。
 ソファの上で自分の足を抱えるように座りキッチンでコーヒーをいれるルツの姿をうっとりと眺める。

「それで、どうしたの? 今日はお願いしてないはずだけど、遊びたいの?」

「遊びたいのは山々だが、連日の任務で疲れてて、襲う気力がないだけだ。用も特にない。ただジーナの顔を見に来ただけだ」

 マグカップを両手にジーナの横に腰掛け、コーヒーをソファの前のローテーブルに置く。

「遊んでくれないのは、それでそれでなんかぁ……」

 横に座るルツにもたれ掛かり、両手で掴んだマグカップの中、湯気がたちのぼるコーヒーを冷ますシェリルの顔は不満そうだった。
 一口だけ啜ると口離して、

「そういえば、チェーサーくん……除隊したんだって? 私あの子結構気に入ってたんだけどなぁ」

「ふーん」

「最近、一緒にいるところ見かけないけど、喧嘩でもしてるの?」

 チェーサーに対して何か思うことでもあるかのように、意味ありげに一瞬間を空けて、別に、というと、近所の面倒見のいい世話焼きお姉さんのように肩に腕を回して引き寄せる。

「なぁに? お姉さんに話してみなさいって」

 カップをローテーブルに置いてソファの背もたれに自分の体を預けると、顔を見せないように腕をおでこに置いて天井を仰ぐ。

「あいつは正義に生きる人間だ、俺達とはウマが合わない。それに言ってたんだアイツは。正義の味方になりたい、アークスになりたいって」

 ルツの腰の上に跨って、顔を隠す腕をとってそのままルツにもたれ掛かるように抱き締める。

「そうね、彼は駆け引きとか苦手そうだしね。こう言ったら彼に悪いけど、彼には普通の人生を送る方が似合ってる。危ない橋を渡って命の懸け合いに興じるのは悪者のすることだものね」

「そうかもしれないな」

「ふふっ、今日のあなたとってもチャーミングだわ。なんだか燃えてきちゃった」

 ゆっくりとジーナの顔が近付いて、唇が触れ合う。そのままジーナのペースに抑え込まれ徐々にシャツのボタンが取れていく。抵抗する気力も、する気もなく、そのままジーナに身を委ねた。
最終更新:2024年05月22日 11:31