Light and darkness -光と闇-


「覚悟を決め、各々パーソナルデータを入力せよ。我々は諸君を歓迎する」

 仮想ウィンドウ端末を展開させアークスカードにパーソナルデータの入力をするチェーサー。
 R.S.O.Cを除隊したあと、組織の上官の推薦でアークスに入隊することになった。フォトン適正も申し分なく、戦闘経験も豊富であるために様々な訓練や座学講習は免除された。しかし形式的に修了試験は受けなければならないという話で、今現在ここにいる。

「肩の凝るお言葉だこと、皆承知の上で来てるっての」
「ははは、それこそこれも形式ってやつだよ。仕方ないさ」

 隣で愚痴をこぼした金髪の少年の言葉に相槌を打つ。画面の向こうで新たな時代を担うアークスへ歓迎の挨拶を述べる白いキャスト。
 あれは確か―六芒均衡の一、レギアスだったよな。
 アークスシップから惑星ナベリウスへ向かうキャンプシップには自分と金髪の少年の他に二人ほど搭乗していた。そっちの組はそっちでバディを組んで楽しそうにしている。修了試験は二人一組で行われるため、あちらが既にバディを組んでいるなら、必然的に俺はこの少年と組むわけだ。
 キャンプシップが惑星ナベリウスに到達すると上空で止まる。キャンプシップ内の照明が落ち、テレプールが起動、テレプールの幻想的な青い光がシップ内に広がる。さっきの二人が先行してテレプールに飛び込みナベリウスの森林地域に出撃する。

「よしっ! 俺たちも行こうぜアフィン」
「おうよ! 相棒!」
「ん……相棒かいいな!」

 地面を蹴って波紋の広がる水面に飛び込み、次に目を開けばそこは既に森林の中。見渡す限りの緑。視線の先には原生生物同士が戯れているのが見える。ダーカーが出現しない比較的平和な惑星として新参のアークスの練習場のように使われている。
 横ではアフィンがアイテムパックからライフルを取り出し、弾倉を装填し戦闘に備えていた。

「アフィンのクラスはレンジャーか」
「おう。俺たち第四世代は基本的になんでもなれるけどさ、その中でもレンジャーの適正が一番高かったんだ。そういう相棒は……それカタナか?」
 チェーサーが持つのは、ソードのよりも一回り小さく、ライフルよりも長く、細い刀身がやや曲線を描いている。
「新設されたクラスだよな? もう武器扱えるのか?」
「流行りにはすぐ乗っかりたい質でね。それにこういう武器自体は使ったことがある」

 アフィンには、自分が特殊部隊に所属していたことは言っていない。隠しているわけではないが、聞いてもいないことをべらべらと話しても仕方がないだろうと。
 二人の話し声に気がついた原生生物がジリジリと近付いてくる。

「お、いい所にいい練習台がいるじゃないか!」

 アフィンは軽くスコープを覗き込むような素振りを見せながら、ウーダンという猿型の原生生物の眉間を打ち抜いた。血が噴き出すことなく、その場に溶けるように消えていく。これもフォトンにおる浄化作用の一種なのだろうか。となるとカタナのような近接武器の場合、どうなるかが気になる訳で。

「よっと!」

 間合いを詰めて、袈裟斬りにすると、当然のように血が噴き出した。なるほど、こういう武器の場合血は出ると。フォトンを射出する長銃等は外傷を与えずに倒すことが出来る、ということなのだろうか。と、武器についての考察を、アフィンの一歩後ろを歩きながらしているとアフィンの足が止まった。

「ん? どうしたアフィン」
「なあ、相棒。あいつだけ他となんか違くないか?」

 アフィンの視線の先には、通常ウーダンとは違い、ウーダンに比べてやや大きい体躯、赤い体毛、二本の大きな角を持つ個体、ウーダンの上位種のザウーダンが一匹と、五匹のウーダンが群れを成して水場に居た。

「あれがザウーダンか、想像よりちょっと小さな」
「え、俺は大きいと思ったんだけど……ってうわぁぁぁぁ!」

 こちらに気付いたザウーダンが地面に手を埋めたかと思うと地中から岩を抜き出して、投擲してきた。左右に分かれるように回避し立て直し視線を戻すと、ザウーダンが自分の頭上で手を叩く。すると下っ端のウーダンたちがこちらに接近してきた。

「アフィン、後方射撃は任せたぞ?」
「お、おう!」

 アフィンの前に接近した二匹を切り裂いて射線を作る。ゆっくりと歩いてくる三匹のウーダンを相手にする。本来チェーサーほどの腕があればザウーダンを含めた六匹が相手だろうと一分と掛からず仕留められる。しかしそれではバディを組んだ意味がなくなってしまう。おそらく今も尚モニターしている管理官たちは二人で協力してゴールを目指す、いわば協調性の面も見ているはずだ。それに今日が初実戦だというアフィンの訓練のためにも、わざと隙を見せるような立ち回りをする。協力してザウーダンとウーダンを全て撃破したところで、わざとらしく息を上げてみる。一方アフィンの方は緊張したのか本当に疲れているようだが。

「バックフォローさんきゅ! 射撃の腕がいいな!」
「ほ、本当か? でも相手がウーダンだからだぜ。これがダーカーとなったらどうなるか……」

 アフィンがダーカーと口にした瞬間、視界いっぱいに緊急事態と赤く表示され、インカムには警報音が響く。

「うおっ! なんだなんだ!」

 アフィンは、ライフルを前に構えて周囲を確認する。チェーサーは経験からこの警報がなんの警報なのかはすぐに察知した。

「気を付けろアフィン……来るぞ」
「来るって何が……!」

 二人の前方に黒い靄が出現する。一つ靄が出現すると、もう一つ。さらにもう一つと数が増えていく。そして靄の中から、黒い四本脚でどこか虫を彷彿とさせる化け物が現れる。

「おい……あれダーカーだよな。そんな、ナベリウスには出現しないはずだろ! どうなってんだよ!」

 そう言ってる間にも虫型ダーカーのダガンの数は増えていく。インカムからは、「管制よりアークス各員へ緊急連絡、惑星ナベリウス森林区域にてコードD発令、フォトン係数が危険値に達しています。アークスは至急出撃し、研修生は避難してください」と、同じ放送を延々と続けている。正直耳障りだ。

「騒いだって仕方ないさ、さあ逃げようぜ相棒?」
「お、おい相棒!逃げるったって囲まれちまってるんじゃ逃げようが……っ!」

 突然の出来事に慌てふためくアフィンの前方、チェーサーとアフィンを取り囲もうとするダガン四匹を横薙いで一気に切り裂く。ダガンは黒い粒子となって霧散し、道が開く。

「逃げ道ならそこにあるだろう?」

 持ち前のクールな爽やかフェイスでニッコリと笑うと、アフィンの手を取って走り出す。もう実力は隠してられない、チェーサーとてダーカーが相手となれば少しの油断もできない、今自分がすべきはアフィンをここから逃がすことだ。
 まるで結婚式から花嫁を強奪した元彼のように、アフィンの手をぎゅっと握り走る。道中でくわした原生生物は無視して、ただひたすら先に進む。すると轟々と音を立ててキャンプシップが頭上を通過する。おそらく研修生の避難用のシップだろうと判断し、シップが着陸した地点を見逃さず前へ進む。シップ着陸が済んだ頃、全研修生の端末にキャンプシップの位置が送られた。

「相棒! 避難用のキャンプシップがそこまで来てるって! 急がねぇと!」

 チェーサーの手を振り切って火事場の馬鹿力とでもいうべきかものすごいスピードで走っていくアフィン。それに合わせて自分もペースを上げるが、二人の前方に殺気のような、イメージ的に黒い何かを感じて、アフィンの服の襟を掴む。

「待て! ちょっと落ち着け!」

 チェーサーがアフィンを引っ張り、アフィンが止まると、アフィンのすぐ目の前にダーカーの群れが出現する。その数はさっきの倍以上。ざっと見て十体以上は居そうだ。アフィンがあのまま走って突っこんでいたらこの中のどれかに間違いなく襲われていただろう。アフィンはその場に尻もちをついた。

「なんでこんなにたくさん来るんだよ……何が目的なんだよお前らは!!」

 アフィンの前に立ち、カタナを構えて臨戦態勢をとった時、後方から飛来した弾丸がダガンの腹部で赤く煌々と輝くコアを撃ち抜いた。ばっと後ろを振り返るとそこには、ソードを背中に担ぎ、ガンスラッシュで狙撃体勢をとった赤髪の男性が立っていた。

「ふぅ、恐ろしいくらいドンピシャ、悠長なエコー置いてきて正解だったぜ」

 頬を横断するほどの大きな傷が顔に入ったその青年はすぐにアフィンに近付いて手出した。アフィンもその手を取って立ち上がった。

「せ、正規のアークスですか!? よかったこれで助かったぁ」
「あー、うん。思ったより数が多いな。正直予想外だわ」

 その言葉にアフィンは素っ頓狂な声を上げる。

「え、先輩。助けに来てくれたんじゃぁ……?」
「おう、だから今その助けの助けを呼んでおいた。合流地点もすぐそこだ、このまま突っ切るぞ?」

 アフィンの足元に落ちたライフルをアフィンに投げ渡す。

「当然お前も戦うんだぜ?相棒ちゃん?」

 またもイケメンの爽やかスマイルで、ライフルを投げ渡しながら言うと、先輩アークスが、
「お前さんが例の軍人さんだろ? お前さんならフォローはいらないだろう?」
 と、簡単にネタばらしをしてしまった。アフィンも驚いた表情で、軍人!? と叫ぶと先輩アークスは、なんだ知らなかったのかと返す。そんな呑気にお話ししてて大丈夫かと思いながら、ダガンの動きを注視する。

「っとと、こんなことしてる場合じゃなかったな。んじゃいくぜルーキー共、ちゃんとついて来いよ!」

 適当そうな雰囲気と軽いノリは余裕のある戦士独特の感情で、新人のアフィンには理解できないかもしれない。アフィンでも分かるこの青年の凄さは戦闘だろう。ダガンのコアを撃ち抜いた射撃や、ソードを盾代わりとして攻撃を防いだり、重いソードを軽々と振り回す立ち回りはまさにプロフェッショナル。アフィンがようやく一匹を仕留めたところで先輩は十匹程度仕留めていた。
 ―もちろん俺も負けてはいないが。
 全部仕留めて、新な出現予兆が発生しないことを確認して三人パーティーとなって再度合流地点を目指す。

「助けの助けで、俺の連れを呼んだが、こりゃ必要なさそうだな」

 チェーサーを横目に微笑みながら呟く先輩。

「その助けの助けって人はどこに居るんですか?」

 アフィンが尋ねると、そろそろこの辺のはずなんだが、と辺りを見渡す先輩アークス。

「んまぁ、でもこいつがいればアイツは必要ないっていうか、むしろこいつの方が強いっていうか」
 チェーサーの背中をバンバンと叩く先輩。とその後ろに誰かいた。
「聞こえてるわよ、ゼノぉー!」
「遅いんだよエコー、もうあらかた片づけ終わったからお前の出番はないぞエコー?」

 エコーと呼ばれたその女性は、童話に登場する妖精のように耳の長いニューマン族で、茶色の髪をツインテールにしていた。持っている武器から恐らくクラスはフォースだと推測できる。やや胸元の露出した服装はアークス特有のフォトン吸収率の効率化の為だと自分に言い聞かせ、なるべく顔より下は見ないようにした。

「貴方が噂の軍人さんね、私はエコー、よろしくね」
「噂の軍人です、チェーサーって言います。よろしくお願いします先輩」
「この先輩って響き……いいわねぇ」
「まあ実力の伴わない先輩だけどなぁー」

 その冗談交じりの発言にポカポカとゼノの腕を叩くエコー。仲睦まじいやり取りから恐らく二人はデキてるんだろうと思い、にこやかにその光景を見届けた。
 すでに状況に追いついていけず頭がパンクしているアフィンのフォローをしながら進むと、多くの研修生たちが避難用のシップに搭乗しているのが見えた。合流地点だ。アフィンは安堵の表情でシップに向かって一目散に走っていく。今はまだ自分も研修生の一人だとゆっくりと足を進めたとき。

《助けて―》

 どこからともなく声がする。後ろにいるゼノでもエコーでもない。

《助けた―》

 ―まただ。また聞こえる。誰かの声。でも耳じゃなく頭の中に直接響く様に聞こえる声。
 ―誰だ、どこにいるんだ。
 あと数人を乗せたら出発するというところで、チェーサーが来た道を引き返した。

「おい、チェーサー! どこへ行くんだ!」

 ゼノの声にも反応せず、声の元を探ってただひたすら走る。

「エコー、俺はあいつ追いかける。お前は研修生を安心させてやれ」

 そういうとゼノも来た道を引き返し、チェーサーを追って走っていく。

「ちょ、ちょっとゼノぉ~!」






《助けて―》

 たびたび頭の中に響く女の子の声。
 聞いたことがあるようで、思い出せない声。
 声を聞くたびに、頭に過る十年前の戦争。
 ―俺は十年前の幻影でも追いかけてるのか?

《助けて―!》

 今までより近くに、大きく聞こえた声。周囲には自分以外いない。それでも近くに誰かの気配を感じる。

「……っ!」

 ここにきて初めて感じるとてつもない殺気。声の主ではない、おそらく別の誰かが近くにいる。そして二つに分かれた道のどちらかの先に声の彼女がいる。そう確信し、右の道に入ろうと足を踏み出すと、背後に殺気を感じ、振り返る。
 黒い仮面をつけた男が接近しその手に持ったrb:大剣を振りかぶった。振り向き様に身体を後方に反らし太刀筋を躱す。

「よく、躱す」

 男性的でエコーの掛かった声がマスクから発せられる。

「いきなり斬りかかるとは、ここは十九世紀末のロンドンじゃないぜ?」

 アイテムパックからカタナを呼び出して、抜刀し構えると同時に仮面の男が突貫する。コードエッジでの突貫攻撃を貧弱なカタナ程度では弾けないのは目に見えてる、その場に飛び上がって回避する。しかし突貫攻撃から一転、踏み込んだ足で急ブレーキをかけて止まると手を持ち替えそのままコードエッジを振り上げ、上空のチェーサーに追撃を掛ける。コードエッジの紫色のフォトンの刃を、カタナの刃で受け止めはするもその大きさの違いによるパワーの差は大きく、押し切られた。そのまま数メートル吹き飛ばされ大樹に叩きつけられる。
 ―この男、強い……。
 二メートル近くある大剣を軽々しく振るい、確実に攻撃を当ててくる正確さ、隙を見せない無駄のない動き、まるで、rb:アイツみたいな男。

「チェーサー!!」

 仮面の男の背後からゼノが斬りかかる。驚異的な身体能力で上体を逸らし太刀筋を躱す。そのまま側転で二人から距離を取ると、こちらをじっと見つめる。ゼノが大剣を自らの体の前に構えなおすと、仮面の男は握っていた大剣を消した。握っていた手を放すと、赤黒い霧となって大剣が霧散した。ゆっくりと振り返ると、仮面の男の背後にダーカーのワープポータルが出現し、仮面はその中に消えていった。

「大丈夫かお前さん」

 ゼノに差し出された手をとって、立ち上がり、服についたゴミを払う。

「あいつぁ、何だ? マップ反応はダーカーだったが思いっきりヒトだったしなぁ……」
「それにダーカーよりも遥かに強かった……ということは新手のダークファルス、の可能性はないですかね?」

 ダークファルス。我々アークスの敵。宇宙を混沌へ導くダーカーの親玉のこと。現状アークスの方で存在を確認しているダークファルスは二体、【若人】虫型ダーカーを眷属とする女型ダークファルス。【巨躯】水棲型ダーカーを眷属するダークファルス。どちらも最近は姿を見せていない【若人】の召喚する虫型ダーカーは各惑星で反応が見つかっているものの、大本の【若人】の反応は掴んでいない。【巨躯】は40年前の大戦で三英雄に倒されている。ダーカーの眷属も連れずダークファルス単騎で活動する特異型、名称は【仮面】ということでこの場では話をまとめた。

「って、こんなことしてる場合じゃないんすよ。この辺で女の子の声が!」
「研修生の逃げ遅れかもしれねぇな。この先は行き止まりみてぇだが、もしかしたら隠れてるかもしれねぇな」

【仮面】に阻まれた道の先に進む。
 ゼノの言う通り行き止まり。あるのは地面に埋まった程ほどの大きさの岩と、程々の大きさの樹、木陰に咲く黄色の花。パッと見た感じでは人の影はないが、耳を澄ませると微かに吐息が聞こえた。一番怪しい樹の裏を覗き込む。
 そこには、白いレオタードのようだが広袖の袖のある、なんとも形容し難い服装を身にまとった白髪の少女の姿があった。息はあるが意識を失っている。

「意識なし、か。こりゃ早くメディカルセンターに渡したほうがよさそうだな……えーっとこの子のパーソナルデータはっと……」

 ゼノが仮想端末を展開させ少女の情報を探るが、仮想端末のウィンドウが赤くなる。

「該当なしってどういうことだ?……まあとにかく命の方が重要だな、俺が護衛するからお前さんはその子を頼む」

 ゼノは再びソードを握り、チェーサーは少女を抱え、ゼノが呼び出したキャンプシップの予定降下地点まで少女を運んだ。




「世間知らずの坊やたち、お勉強の時間ですよ」

 これほどまでに苛立ちを覚えたのはとても久しぶりだ。
 私の身体はダークファルスの闇に蝕まれていた。その特異な事情を知りながらも、いつも笑顔で接してくれた彼女は私にとってを心を蝕む闇を照らす光だった。彼女の笑顔には何度も救われた、それはもう数え始めたらキリがないほどに。
 しかし今、私の光は輝きを失い、誰にでも開け放っていた心の扉を閉ざし鍵を掛けてしまった。
 昨日彼女が夜道で複数人の男たちに酷く乱暴に扱われた。彼女は私と違いアークスではなく、ただの一般市民だ。戦う力を持たない、アークスたちが守らなければいけない存在。
 彼女は市街地のパン屋で働いていた。彼女の店の店主が作るクロワッサンはとても美味しくて、過去にはテレビの取材を受けたこともあるんだとか。そして彼女はその店の看板娘で、私の大切な友人。昨日も任務終わりの私のもとに差し入れとしてお店のクロワッサンと冷えた牛乳を持ってきてくれた。彼女が乱暴を受けたのはその帰りだという。
 私は彼女に乱暴した奴を絶対に許さない。どんな事情があっても絶対に。そう決めていた。

「あ?なんだこのばぁちゃんは」

 ピンク色のネオンライトが部屋を染め、緑色のレーザーライトが交錯するナイトクラブの奥。ダンスフロアでは若い男女が音楽に合わせ身を揺らし、サイドのカウンターでは酒を片手に羽目を外し騒ぐ若者の中に、この場にそぐわない格好の長身の女性が一人。黒味がかった赤いコートを羽織った女性の手は強く握りしめられている。
乱暴にされた彼女を見つけ警察に駆け込んだ通りすがりの女性の証言と外見的特徴が一致するチンピラたち。全員がまだ20になったかどうかくらいの若さ、そして何よりも驚くべきことは、そのチンピラ達の格好からは分かる彼らの職業だ。新米アークスに配給される戦闘服、クローズクォーター。多少改造を施しているとはいえ、原型は残っている。
 力を持たない市民。それは本来アーカスが守るべきもの。人々を守るという信念を忘れ、力無き者を暴力で捻じ伏せ、あまつさえ二度と消えない心の傷を刻み込んだことに明日香の怒りのボルテージはどんどんと上昇していった。

「何黙って突っ立ってんだよ。さっさとどっかいけクソババァ」

 相手が同じアークスであるならば手加減の必要はない。
 机越しに立ち上がり明日香の肩を強く押した青年の手首を掴んで捻りあげる。

「……ぐっ!!」

「!? テメェ何やってんだコラ」

 座ってた残りのチンピラが吠える。掴んだ青年の手を捻り返し机に叩きつける。机にあったグラスや食事、ガラス面の机そのものが割れ、地面に叩きつけられる。チンピラと一緒にソファに座っていた女が悲鳴を上げるとダンスフロアの若者たちもカウンターの騒ぎに気が付き、一旦音楽が止まった。
 呆然とこちらを見る若者たちを見渡す。奥の少し高い位置からこちらを見るDJを見つける。

「ねえ、DJ。気分が上がりそうな曲をお願いしてもいい?」

 DJは明日香に怯えながらも親指を上げた拳を突き出し、軽快なビートを刻むエレクトロニック・ダンス・ミュージックをチョイスした。明日香たちを囲むダンスフロアの若者たちは突如始まった乱闘に興奮し、やれやれと野次を飛ばす。ダンスに合わせて踊る者もいれば、どっちが勝つか賭けをはじめる輩もいた。明日香とチンピラの喧嘩を一つのエンターテインメントとして楽しみ始めた。

「てめぇ……」

「貴方たち、昨日女の子に乱暴しましたね」

「んぁ? あぁ、あの芋臭い女か。芋臭いがあっちの締まりは最高だったなぁ。なんだ今度は俺らの相手をしてくれんのk―」

 座ったまま爪先から嘗め回すような視線を送るチンピラの顔面を捉えた蹴りは鋭く、チンピラをバーカウンター奥の棚まで吹き飛ばした。

「女の子に乱暴しちゃいけないって、ママに教わらなかった?」

 立ち上がり次々と飛び掛かってくるチンピラの攻撃を全て回避ないしは防御し、手首を掴む。そのまま掴んだチンピラを軽々と持ち上げ、向かってくる仲間に投げつける。彼らの動きは見るからに素人感丸出し。アークスで実戦経験のある人間の動きとは程遠く、さしずめ研修生修了課程を終えたばかりの新人なのが動きから見て分かる。少しでも警戒してここまできた自分が阿呆らしくなった。チンピラ達の安い拳を受け流し、同士討ちをさせる形で傷つけ合ってもらった。簡単に流され、手玉に取られ弄ばれているというのが素人目でも分かる状況にオーディエンスもクスクスと小さく笑い始める。
 くだらない子供との喧嘩に時間を割くのが勿体無いと感じ、最後のトドメの一撃としてハイキックを四人の顔に叩き込んだ。強烈な蹴撃はチンピラの脳を揺らし、その場に崩れ落ちるように倒れた。

「お前達のしたことは許されない行為だ。彼女が受けた屈辱・無念は私が果たさせてもらった。二度と私の友人に、いや全ての女性たちに乱暴しないと約束しなさい」

 意識が今にも途切れそうになるチンピラの耳元で、冷たい声音でそう伝えると同時に意識を失い、返事をすることはなかった。ダンスフロアの若者を掻き分け、出口に向かう明日香に若者たちは称賛の声を上げた。だがその声には素直に喜べなかった。

 彼女の屈辱を晴らすためとここまで来たが、こんなことをして本当に彼女は喜ぶのだろうかとふと頭に過る。彼女の性格から考えるに彼女は復讐など望まなかっただろう。明日香のしたことは彼らの行いに苛立ったゆえの自分のストレス発散だったのではないかと感じたのだ。昨夜彼女の身に起きたことを思うと自然と涙が込み上げてきた。涙を浮かべている姿を見られまいと顔を俯かせ、若者たちの声を無視し出口へと走り去った。



「10月12日金曜日、8時と言えばそう!ポップライズの時間だ!今日発表の新曲はエルマ・ノットの『Vintage』だ——」

 ジリリリリリリリ。

 ラジオパーソナリティの声を掻き消して黒電話の呼び鈴が部屋に響く。
朝のシャワータイムを終え、まだ湿り気を帯びた髪にタオルを乗っけただけmシャツも着ず、ズボンも半分しか履けてない状態で電話にでる。

「毎度ありがとうございます、スマイルクリーナーです」

 最近は近所の主婦や年老いた老夫婦からの掃除代行の依頼ばかりだったため、本来よりも声音を少し高く柔らかい口調で電話に出た。いつもなら歯の無い老人のふにゃふにゃした声が聞こえてくる頃だったが今日は違った。ドスの利いた低い男の声が聞こえてきた。

「よぉ、便利屋稼業は儲かってるか、ルツ」

「……イヴァンさんですか」

「おいおい随分とよそよそしいな、小さい頃から面倒みてやったオジサンからの電話だってのに冷たいじゃないか」

「お久しぶりですねイヴァンさん。最後の依頼の時に金輪際この番号には掛けてこないって約束だったと思うんですけど」

「そうだったか?」

「まあいいでしょう。用件があるのでしたらなるべく早く言ってもらえますかね。風呂上りなもんで」

「世間話も便利屋として大事な仕事のひとつだぜ坊主。……始末して欲しい女がいる」

「やっぱりか」

「なんだ”殺し”はやめたのか?」

「極道でも簡単にはやらないようなことを一民間人の僕がやってると思いますか?」

 アークスの総司令が変わってからというもの、アークスが国全体に及ぼす影響が大きくなっていた。それまではダーカーに対抗する唯一の手段を持った軍隊程度の権威しかなかったが、現在では公安局の仕事にも関与するようになったり、アークスの高官が政界に進出し太いパイプを得たことで政治にも口を出してきたりと、アークスという組織がダーカーと戦うための軍事組織から在り方を変えようと動き始めていた。
 ダーカーが船内に出現した時に、その位置を正確に把握するためにと街には無数の監視カメラとセンサーが設置された昨今では市街地における強盗や殺人事件も明らかに減少してきている。それほどまでに常に見張られた生活というのは悪意を持った人々の抑止力となっている。
 そんな中で訪れた殺人の依頼。リスクが高いに決まっている。

「で、その女は一体何をやらかしたんです?イヴァンさんのアソコが小さいって?」

「残念だが俺のイチモツをもう小せぇとは言わせねえ、なにせこの間手術したからな……って、そんな話はどうだっていいんだ。 その女は先日うちの店で派手に暴れてくれたらしくてのぅ、オーディエンスは大盛り上がりだったようだが、うちの若い奴らの面子は丸潰れだ。このまま好きにのさばらせてたら、うちの看板に泥を塗るような事になりかねん、だろう?」

「自分とこの若い衆のケツを拭くのは貴方の役目では?」

「今やうちも監視指定組合だ。最近はフロントのおかげでイメージが払拭出来てきて順調にいけば監視指定から外れる。そんな中で問題なんて起こしてみろ、今までの苦労が水の泡だ。てめぇとこの小さい会社とウチとでは背負ってる物の価値が違う。だがお前が負うリスクも承知の上だ、だから報酬は普段よりも多めに出してやる、だから仕事を請けろ。このご時世、纏まった大金もそう簡単に手に入らないだろ?」

「……いいでしょう、ただし条件付きですが」

「ほう、その条件は?」

「この依頼以降は二度とこの番号に掛けてこないで下さい。支払いはオラクルドルでいつもの口座に入金をお願いします。それともう一つ、今回の依頼は報酬の他に前金で報酬の半分の額を頂きます」

「おいおい随分と無茶な条件を出してくるじゃないか」

「それくらい最近の始末はリスキーなんだ」

「……いいだろう」

「この関係も今回で最後だ」

 受話器を耳から離そうとすると大声で引き留められた。

「おい!……今度は裏切るんじゃねぇぞ、ルツ」

 返答もせず大きなため息をつき、電話を切った。
 便利屋の入金通知のあと二件、三件と別の通知がなり、始末対象のデータがウッズの情報部門から送られてくる。流しで目を通していると厄介な単語が飛び出した。『アークス』。無茶な条件を呑んでまでイヴァンが契約を結んできた理由がこれでハッキリした。
 アークス相手の殺しともなればそのリスクは何倍にも跳ね上がる。非戦闘員の市民相手とは訳が違う。ただの殺し屋なら返り討ちを喰らう可能性が高い。わざわざ数年間連絡を絶っていた便利屋に依頼を申し出てきたのは、便利屋も対象と同じアークスだったからだろう。
 一般人がアークスを殺そうと思えば市街地に外出している所を狙うくらいしか手段はない。だがアークスがアークスとなれば、その手段はいくらでもある。アークスは常に武器を携帯を許可されている。その上普段から化物を相手に戦うことで飯を食っているのだから、か弱い人間を始末するなど造作もない。だがそれは相手にとっても同じこと。
 加えて現在では一部を除いて、アークスは管理官と呼ばれるオペレーターと常に通信を接続され、行動を逐一管理する仕組みが生まれた。かの有名な守護輝士や、ハイカテゴリより更に上の特権階級などであれば行動の制限はなく自由が許されているが、便利屋はただの上級、行動の自由を認めらていないのだ。
 出撃後は常にモニタールームから行動を監視され続けているため、ともなると唯一通信をシャットアウトできる戦闘地域外での暗殺が必至。しかし戦闘地域外で武器の持ち込みを許されているのはせいぜいロビーやショップエリアといった場所のみ。どちらにしても現在は監視カメラの設置がなされていて暗殺は困難を極める。

 詰まる所それらの方法を回避するには違法行為によって自分のアークスとしての立場を捨てる覚悟で望まなければならない。アークスとしてそこそこの信頼を勝ち取り、ようやく指名でオーダーを貰えるところまで来た現在、その立場を投げ棄てるのは非常に勿体ない。右を向いても左を向いてもリスクしかない状況に追い込まれ頭を抱えるしかなかった。しかし前金も受け取った以上やり遂げなければならない。
 便利屋はもう一度大きな溜め息を吐いた。


 結局、オフィスでなにもいい案が浮かばず、気分転換にチームルームのバーでグラスを傾けていた。ドロイドバーテンダーが便利屋の好みに合わせたカクテルを作り、机に置くとそれを横からかっさらう様にして一気に飲み干す青年が現れた。

「うんうん唸ってどーしたよ兄弟。便秘か?」


「便秘だったらどれほど良かったことか。……久々に『特殊清掃依頼』が来てさ」

 ここのチームメンバーは便利屋の裏稼業のことを知りつつもチームに籍を置いておくことを承諾してくれた理解のあるアークスが多く、全てを包み隠さず話していた。特に隣にいる青年もまたかつては裏稼業に身を置いていた経験があり、便利屋にとっては良い相談相手だった。

「引き受けたのか?  こんなご時世に?」

「結構無茶な条件突きつけて諦めて貰おうとしたんだけど、しぶとくてなぁ」

「それで請け負ったと。相変わらずジャンキーだな」

 青年はカウンターの上にあったバーボンを新しいグラスに注ぐ。

「んで、何に悩んでるんだ」

「管理官をどう騙したもんかってな」

「なるほどな、常に監視されてるから始末しにくいってことか。……うちの看板娘連れていったらどうだ?」

「誰のことだ?」

「ロベルタ姐さんさ」

 バーカウンターの反対側の壁の奥で、チームルームの管理業務をしている眼鏡の女性。牛乳瓶の底のような大きな眼鏡をした女性は灰皿に山を作るほどタバコを吸いながら業務を進めていた。ロベルタはチームの受付嬢をやっている40代の元管理官だ。実働経験ばかりで雑務が全く出来ない脳筋ばかりの多いチームにおいて事務を熟し、チームメンバーの世話なでしてくれる、まるで家政婦のような女性。かつてはこのチームのマスターの専属管理官だったが、マスターが前線から退いたと同時に自身も管理官職から降りたのだという。

「姐さんはうちの受付嬢ってだけじゃねえぜ、アークスの従軍経験だってあるし、管理官も経験済みだ。こっちの事情に干渉してこねぇし、モニタールームでもずっと煙草吸ってるだけだから色々と便利だぜ」

「いや、そうかもしれんが、俺の面倒にお前らを巻き込むのは」

「そんなの今更じゃねえか。お前をうちに入れた時点で大きな面倒に巻き込まれてんだよ。マスター代理の俺が許可してんだからいいんだよ」

 何度断っても、制止してもマスター代理はロベルタを推してきた。
 便利屋の口座にイヴァンから入金があったと通知が入る。結局管理官はマスター代理の権限でロベルタに任せることになってしまい、めいっぱいの口止め料をロベルタに支払い、ロベルタの管理官登録を済ませた。
 かつて殺しの依頼と言えば企業間抗争における敵企業の代表取締役や中心人物、悪徳政治家など一般人相手のものが多く、遂行は簡単に思える案件が多かった。アークスの政治干渉・公安局への介入が表面化してから依頼が減り経営難だったことを考えれば今回の依頼は、稼業的にはとても有難い話だ。監視体制強化された今になってアークス相手の依頼が来たことには頭を抱えるしかないが、こんなご時世にも関係なく、自分の腕が買った人から依頼が来ることに喜ぶべきなのか、色々と考えものだな、とまた深くため息をついた。

 久しくホコリを被っていた特注品のマスクを装着して、血の目立たない赤いグランコレットのジャケットに袖を通す。こだわりを微塵も感じさせない幾らでも替えの利く市販のカタナと、スナイパーを装備し、イヴァンの代理が待つ集合場所のあるロビーに向かった。



『10月12日金曜日、10時のニュースをお伝えします』

 未だ意識を取り戻さない友人の顔を見に病室を訪れた帰り、明日香はそのまま自身を指名して発注されたクライアントオーダーを受ける為、臨戦区画のロビーを訪れたが、友人が襲われ酷い目にあった翌日。すぐには本調子を出すことが出来ず、明日香は古い小型ラジオを片手にロビーの隅の窓から星々を眺めながら黄昏ていた。

 頭に過るのは友人の顔と昨夜の乱闘。昨日のクラブでの行いは彼女の為になったのか、彼女の代弁と称して自身の憂さ晴らしをしただけなのではないか。やはりそのことが頭の中で反復される。自分自身でさえ、その真意が分かっていなかった。浮かない顔でベンチに座っている明日香に同じチームのメンバーが缶コーヒーを差し出す。

「ほらよ」

「あぁ、ありがとうございます」

「聞いたぜ明日香嬢。昨日は随分暴れたらしいな」

「ええ、まあ。でもよく考えてみれば、本当にこれが彼女の為にしたかったことなのか分からなくなってしまって」

「お嬢らしい考え方だな。でもよ、何もしないよりも何か行動を起こしてくれた方がそのお友達も救われるんじゃねえか?」

「そう……ですかね」

「お嬢は少しマイナスに考える癖があるからなぁ。俺がお友達なら、それで少しは気分が晴れると思うけどねぇ」

「……ありがとうございます」

 チームメンバーにフォローされて少し気持ちが落ち着いた。貰った缶コーヒーをひとくち口に含むとチームメンバーは思い出したように明日香に訊いた。

「お嬢が踊ったっていうクラブよぉ、黒い熊のロゴが無かったか?」

「どうですかね、夜でしたしあまり確認していないですね。正直それどころじゃなかったですし。それがどうかしたんですか?」

「いやこの辺で若い連中が出入りしてるクラブっていうと幾らでもあるんだけどよ、中でも騒ぎを起こすと面倒な場所がいくつかあってな、その熊のロゴの店もそのうちの一つなんさ」

「店の名前は?」

「黒い熊と三日月のロゴ『ブラック・ウッズ』だ」

「ブラック・ウッズ……」

「あぁ。ブラックウッズを仕切ってるのが『ファナリス』ってストリートギャングなんだがそのケツ持ちが『ウッズ・ファミリー』って極道だって噂が有名でな。組織の若い連中がよく問題を起こしてるらしい。仮に昨日お嬢がシメたそいつらがファナリスの連中なら、ちょっとばかし面倒なことになるかもしれねえ。お嬢も夜道には気を付けたほうがいいぞ」

「あくまで噂でしょう。でもお気遣いありがとうございます。もうこんな時間か……オーダーの続き、行ってきますね」

「おう、気をつけてな」

 チームメイトとロビーで別れ、クエストカウンターの管理官に話かける。
 今日のオーダーはアクセサリー工房の主人から希少な鉱石を採取してほしいというもの。惑星リリーパ採掘場跡地で見られるその希少鉱石にはまだ固有名がなく、翠玉という名で呼ばれている。真っ青できれいな鉱石だ。道中危険な機甲種やダーカーの出現が確認されていると管理官から説明を受け、鉱石採集依頼を受注する。

 キャンプシップ搭乗の手続きを済ませると視界に矢印が表示され、キャンプシップ搭乗口までのルートを表示する。アークスに標準的に装備されている視覚拡張デバイスによって明日香の視界は様々な情報で溢れていた。
今日の天気・気温・湿度・降水確率。未遂行のオーダーの一覧や登録したトピックスの新着記事、キャンプシップの巡回航路の混雑状況など。今回のオーダーの行き先に指定されていた惑星リリーパの上級調査区域の採掘場跡地に今現在降り立っているアークスはおらず、申請中も明日香の他に一組しかいない。航空機の渋滞なども確認されていない。搭乗後、すぐに出発し数分程度で到着することを考え、あらかじめ装備の点検などをロビー常駐の整備士に依頼する。
 整備士に武器を預け、最終調整を行う明日香の後ろ姿を眺める影が二つ、柱の影からじっと様子を窺っていた。

「おい、あいつで間違いないよな……」

 昨夜クラブで滅茶苦茶にしてやられたチンピラ達の内、アークスとして活動する二人の男。センシアコートやクローズクォーターといった装備の下級兵たちは、彼女のチームメンバーが警告したように、報復の為任務中の彼女を襲う計画を企てていた。女性を襲うだけなら夜道で襲うのも一つの手出てかもしれないが、自身らを圧倒する怪力を目の当たりにして素手で襲い掛かるのは、組織という後ろ盾がある彼らにとってもリスクが高かった。何より市街地には監視カメラが無数に設置されている。外で襲いかかろうものなら、すぐに公安局がすっ飛んでくるのは明白。それなら、まだ勝ち目のある戦闘区域にて武器やテクニックを用いて奇襲するのが報復できる可能性としては高いと男たちは考えた。

 しかし彼らのカテゴリは下級、対して明日香は上級。上層部から下級アークスに与えられている権限では上級調査区域までついていくことは出来なかった。そこで彼らは組織と関わりのある傭兵を雇った。明日香と同じハイカテゴリのアークスにして、『便利屋』を営む男を。
 柱の影から明日香を監視する二人の脇のソファに腰掛ける男。下級や中級のアークスではまず見たことのない髑髏の仮面を装着しており、自身の戦闘の邪魔になるデザインや機能を排除した改良品のグランコレットを着ている。装備の独自開発・改良を許可されたハイカテゴリならではの恰好で、彼女から隠れる気もなさそうに堂々とした存在感を放っていた。

「おい、こっちは大金を支払ってんだ。料金分の仕事はしてもらわねぇと困るぞ」

「はいはい分かってますよ」

 便利屋の権限で明日香と同じリリーパの上級調査区域への出動申請は既に済ませ、あとはキャンプシップ搭乗するだけと状況は明日香と同じ。あとは彼女が搭乗口に入っていくのを待つだけ。

「てめえがハイカテゴリだろうがなんだろうが、便利屋としてやっていけんのは俺たちや叔父貴みたいなのがいるからって事、忘れんじゃねえぞ」

「言っておくがな若造、俺が契約してんのはお前らじゃなくその叔父貴だって事忘れんじゃねえぞ。俺の依頼はウッズの看板に泥を塗った女の始末だ。お前らのお守りは業務範囲外だ」

「なんだとこのっ」

「おい、女が動いたぞ」

 整備士から武器を受け取り背中に担ぐと搭乗口の方へと足を運んでいく。チンピラ二人も後ろ姿を追うが、尾行になれていないのか傍から見ても明らかに怪しい挙動不審な動きで明日香を追った。そんな二人の姿に呆れたか溜め息を吐き、他の利用客に紛れるように自然体に、自身も同じ一利用者と言わんばかりの堂々とした態度で二人の斜め後方から彼女を追いかけた。



 明日香を追って惑星リリーパに降り立った。リリーパの気候は安定し青空が広がり燦々と照す太陽に砂粒がキラキラと輝く。このエリアに他のアークスは確認できず貸し切りに近い。目的の鉱石が採掘できるポイントまではまだ少し距離がある。周辺の安全を確保してから採掘を始めようと機甲種を一掃する準備に入る。

 その様子を砂漠に放棄された採掘機材の陰、およそ3m近くはあろうサボテンの裏に隠れ、明日香を尾行するチンピラ。ただそこに便利屋の姿はなかった。明日香は機甲種を倒しながらどんどん深部へと進んでいき、本来チンピラ達の階級では入れない奥地まで進んでいった。
 ジジジと通信にノイズが走り、管理官との接続が正常に機能しなくなる。

「管理官?」

 インカムの向こうから管理官の応答はなく。小さくノイズの音だけが響く。管理官の声が聞こえなくなり周囲の環境音がよく聞こえるようになると、後方に誰かの足音を感じた。一人いや二人いる何者かの足音。
そのまま振り返ることなく先に進むとその足音もまた追従するように動く。
「この辺りでいいでしょう」と、明日香は立ち止まり、機甲種相手に使っていたワイヤードランスから、赤い刀身の黒い槍ディムパルチザンに持ち替えた。

「さっきからずっと後をつけてるあなた達、出てきてください」

 振り向きもせずチンピラ達の気配に気がついていた明日香にチンピラ達は思わず虚を突かれ声を出す。何時から気付かれていたのか、思わず飛び出した声を呑み込み、陰から姿を表す二人のチンピラは背中の武器を手に握った状態で顎を突き出し余裕の表情を見せる。

「よぉ、クソババァ。この前は舐めた真似してくれたなぁ?」

「あぁ貴方達ですか、この前の報復に来たというわけですか」

「ウチのシマで暴れておいて無事で済まされるわけないだろうが。テメェあの芋女の仲間なんだよなぁ? じゃあお前にも惨めな姿を晒して、この前のクラブの弁償をしてもらおうか!」

「この前お勉強会では何も学べなかったようですね。先生は悲しいです……では補習と参りましょうか」

 チンピラのハンターが、ソードを地面に引きずりながら接近してくるのに対し、ディムパルチザンを構え応戦、大きな袈裟斬りを受け流し続く攻撃の対処に転じる。大振りの振り払い攻撃をバックステップで回避し反動でよろけてるところにパルチザンで切り込もうとステップを刻むが後方からのフォースのフォイエが飛来する。タイミングを図ったようにサイドステップで仲間の攻撃を回避しながらも明日香との距離を詰め次の攻撃につなげようとするハンター。喧嘩での動きは素人同然だったが、こっちではそれなりに連携が取れている。共にいろんな窮地を乗り越えて来たパーティーなんだろう。
 これが善良なアークスであったならその動きを明日香は称賛しただろうが生憎、目の前のチンピラは悪人。大切な友人を傷つけた相手だ。

 今度も手加減はしないと、クラブでの乱闘よりも正確かつ俊敏な動きで二人同時に相手にする。フォトンの続く限り後方からフォイエを撃ち続けるフォースの動きに気を配りながら目の前に迫るハンターの攻撃を防ぎ、ハンターに一撃を与えるが、ハンターもうまく間合いを図り決め手となる一手はお互い打ち込めていない中、突如明日香の後方2メートル付近で突然爆発が起きる。

「っ!?」

 フォースのフォイエでもなく、勿論ハンターの攻撃でもない。

「外れたか。このタイミングで後ろに下がると思ったんだけどな」

 明日香とチンピラの三人が戦闘を繰り広げる場所から数メートル後方に放棄された採掘機材の物陰でアルバスナイパーを構える男。髑髏を彷彿とさせ、顔の上半分を覆うマスクを装着する赤い服の人物は、見通しの悪い砂煙の中、風の動きなど様々な要因が重なり、弾道の軌道を予測するのは困難な状況の中で、遠距離からの狙撃を行っていた。髑髏面の予測は外れ命中することはなかったが次は当てられる、そう確信し、仲間であろうチンピラを盾にする様にして髑髏男と自身の間にチンピラを挟むように立ち回る。

「何者ですか」

 声を大きく荒げ、髑髏面に問う。

「ただのしがない便利屋さ」

 上空からフォトンの弾丸が広範囲に降り注ぎ髑髏男の仲間であるはずのチンピラを巻き込みながら明日香を襲う。その場でガードし、じっと耐えるチンピラに対し、明日香は頭上でパルチザンを回転させ降り注ぐ弾丸を弾きながら弾丸の雨が降り注ぐ範囲から抜け出す。

「おい便利屋! 俺らを巻き込むとか話が違うじゃねえか!」

「三人目の気配なんてしなかったのに……いったい何処から」

 弾丸の雨が収まると同時に採掘機材の上から飛び降り、砂塵の中から姿を現す。

「金は出してんだ、もっと前線に出て戦え! 始末をつけるのがテメェの仕事だろうが!」

「あのなぁ、俺には俺のやり方ってもんがあるんだよ」

 砂塵の中から現れた男の気配に明日香は瞬時に察した。この男はチンピラとは比べものにならない強者だと。静かな佇まいとは裏腹に異常なまでの殺気を漂わせ近付くその姿を見て、背筋に冷たいものが走る感覚に襲われる。
 弾丸の雨を降らせ全弾撃ち放ったのかスナイパーを砂上に投げ捨て、新たにカタナを転送し、抜刀。抜いた鞘も投げ捨てた状態でゆっくりと足を踏み出す。刀を持った手首をくるりと返し体の周りで刀を弄びながら明日香に近づく。
 一定の間合いを保ち、お互い最初の一手を伺い、同じ距離間でぐるぐると回る。

「っ!!」

 便利屋の前進、明日香の懐に飛び込んだ。刀を下から振り上げパルチザンと身体のわずかの隙間に切っ先を突っ込み刈り取るように振り上げた。切っ先が前髪を掠めガードを崩され、体が大きく仰け反るとその勢いを利用して後転し距離を取る。

「貴方の太刀筋は対人経験のある人のものですね」

「へぇ、そうかい」

 距離を取った明日香に、逃がさないと距離を詰め、連撃を叩き込み、連撃の締めに飛び上がり、明日香の頭上から串刺しにするように刀を振り下ろす。直線的な攻撃は難なく回避されてしまったが、振り切った刀は衝撃波を生み出し、衝撃によって足場の砂が舞い上がり2人の視界を遮った。

「アンタに恨みは無いが、これも仕事なんだ」

「始末屋らしい台詞ですね」

「俺は始末屋じゃあない、ただの便利屋さんだ」

「金を貰って人を殺す、結局は同じことでしょ!」

 砂塵の中、火花散らす連続攻撃の中でも会話をする余裕を残しながらも未だどちらの体にも重い一撃は入っていない。鍔迫り合いの末、距離が離れた時、便利屋はダーツのように刀を投擲した。明日香は飛来する刀に向かって走り、当たる寸前の所で飛び上がり、走り高跳びの背面跳びのように刀を躱し、着地と同時に地面を強く蹴り滑り込むように便利屋の懐に潜り込み、投擲の余韻で体の前に突き出た左腕を吹き飛ばそうとパルチザンを振り上げた。

「左腕、貰いました」

 しかし吹き飛ばしたと思った左腕はまだ繋がっており、腕を斬り飛ばした感触もない。

「こんなのはどうかな」

 便利屋の左腕と明日香のパルチザンの間には別の刀が挟まり、パルチザンの刃を受け止めていた。刀を投擲した後、瞬時にもう一方の手で操作したアイテムパックから別の刀を呼び出していた。瞬間に行動を起こす瞬発力や機転の良さから判断するにアークス以外の戦場も経験している猛者だというのは想像に難くない。パルチザンを切り払い少し距離をあける。

 これ以上長引かせるのは危険、場合によっては自分の命が危ういと感じた明日香は覚悟を決めた。ディムパルチザンをアイテムパックに戻し羽織っていたレザーコートを脱ぎ捨てる。苦悶の表情を浮かべ歯を食いしばる彼女の腕には赤黒い肉塊のようなものが浮き出、赤黒い粒子が周辺を舞う。瞑る眼には涙を浮かべ、蠢く肉塊が形を安定させ、腕に禍々しく歪な刃を形成した。頬に涙を伝わせ、見開いた彼女の眼は黒く、瞳は緋色の輝きを放っていた。

「本気で行かせて頂きます」

 禍々しく変化した明日香の姿に驚き息を呑む。便利屋は明日香に同類の気配を感じていた。便利屋は深く息を吸う。すると口端から黒い瘴気のようなものが漏れだしていく。便利屋の足元の影がより一層濃くなっていき、影の中からゆらゆらと黒い瘴気が周囲を漂い始める。首の骨を鳴らした。みるみるうちにより凶悪な見た目へと変化していく明日香の槍に視線を移しながら息を吐く。
 ジャケットの袖を捲り腰を落として納めた刀を強く握る。

「俺もこの仕事は早急にカタをつけたい、本気でいこうか」

 互いに常人とは比べ物にならない身体能力を発揮し目にも留まらぬ速さで戦いを繰り広げる。異形化した槍と刀が交わるたびに凄まじい衝撃波が生じ、周囲の砂を巻き上げる。傍目に見ても何が起きているのか分からない状況の中、チンピラたちの目には二人の武器が交わった火花しか映らなかった。



「バケモンだコイツ等……おい、とっとと逃げたほうがいいんじゃね?」

「は、はぁ? やられたまんまで帰れるか。いいか、俺に考えがある」

「なんだよ、無い頭捻ったって時間の無駄だぜ」

「うるせぇ。この前の訓練で習得した大技で……一矢報いてやる」

「なんだよそれ、いつの間にそんなの覚えたんだよ」

「へへっ……ただ俺の中のフォトンを使い切っちまう大技だ、こっちに集中しなきゃなんねえし、使った後は身体が動かなくなるから普段は使えないんだけどよ。今ならあの女も便利屋もまとめてぶっ殺せるだろうよ」

 ロッドを空に掲げ、収束させる。大気中のフォトンが先端に集まり青白い光を纏っていく。

「イル・フォイエ!」

 激闘を繰り広げる明日香と始末屋に、上空から隕石のようにも見える巨大な炎の塊が落ち、一瞬で辺りは業火に包まれた。サボテンや枯れ木は灰と化し、窪みに溜まった雨水は干上がった。火の手はチンピラをも襲いハンターが、フォースを庇ってガードするがその灼熱の炎にハンターは腕に軽い火傷は負った。
 全フォトンを使いきりその場に倒れ込むフォース。

「お前すんげーな!」

「へへっ……どうだ! まあ見ての通り、一回使うごとにこのザマだ。でも流石にこれであの二人も……」

 死んだ、と宣言しようとした時、煙の中に立つ二つの影を見る。真っ赤のインナーの右腕部分だけが破け火傷を負っているがそれ以外ほぼ無傷の状態の明日香と、グランコレットのジャケット部分が燃え、炭のように黒く焦げ果てた状態で肌を晒す状態となっても明日香同様にほぼの無傷で立つ便利屋の姿を見たチンピラたちは、自分たちとは違う次元の生物を見ているかのような感覚を覚え、盛り上がっていた闘争に横槍を入れたチンピラを睨む二人の視線に恐れ戦いた。

「今ので終わりですか?」

「全く効いてないじゃねぇか……化け物共め」

 巨大な火球を喰らったにも拘らず余裕の表情を見せる二人に声が漏れる。
 明日香を睨みつけていた便利屋の目はチンピラ達に向き、チンピラの瞬きの一瞬で目の前まで近づく。

「っ‼︎⁇」

「最初に言ったよな、俺が契約してるのはお前らじゃなく、お前のボスだって」

 刀をぐるりと弄ぶ。

「そんなことしてタダで済むと思ってんのか、叔父貴がお前を」

「お前らを殺した罪は、あのお姉さんに被ってもらう、だから安心して逝け」

 刀をぐるりと返し逆手に持つと脳天に刀を植える勢いで振り下ろす。目の前の光景に勝手に足が動いた明日香だったが、チンピラを脅した便利屋の男にもチンピラを殺す意図はなかった。刀は彼らの足元に深く突き刺さった。チンピラ二人は死を目前にした恐怖で意識を失っているようだった。

「横槍が入ってしまったな、さあ続けようか」

便利屋の切り替えの早さに追いつけていない明日香は、戦闘を継続しようとする便利屋の言葉を遮った。

「貴方はそのチンピラに雇われている訳じゃないんですか?」

「……さあ、まあ話の流れから察して欲しいもんだ」

「じゃあ、報復はその人たち個人の主張で、本来はケジメをつけに来た、ってことでしょうか」

「まあ想像に任せるよ。アンタくらいのハイカテゴリがこっちの業界について知らねぇなんてことはないと思うが、なんでブラックウッズで暴れたりなんかしたんだ。ウッズの噂くらい聞いたことあるだろう」

「裏の人間が仕切っているというのはただの噂じゃなかったんですね。私も出来ればこの人たちとは関わらず、平穏な生活をしたかった。けど、その人たちがしたことは決して許されることではないんですよ」

 拳を強く握りしめ怒りを露わにした視線を気絶したチンピラに向ける明日香のその姿に便利屋は構えていた刀を降ろす。

「何があった」

 その時、いままでとは雰囲気の違う便利屋の優しい声音の問いに不思議と、この人になら話しても大丈夫と安心感が湧いていた。明日香は自分が何故ブラックウッズで暴れたのか、自身の大切な友人が彼らに負わされた傷のことなど事の顛末を一から話した。



「そうか、そんなことがあったのか」

「ええ、でも確かに私がブラックウッズで暴れたのは紛れもない事実。損害とかその他諸々責任は取るべきですよね。あとでウッズさんには謝りに行きます」

「やめておけ、行ってどうする。俺が言うのもなんだが、殺し屋を差し向けるような奴だぞ。奴らなら、聞く耳を持たずあんたの額に穴が空くぞ」

「あら、敵の心配をしてくれるんですか。意外と優しい方ですね」

「俺だって、出来ることなら平和に暮らしたいんでね」

「そうも言ってられないのが世の常ですね」

「あぁ、まったくだ」

 再び武器を構え、じりじりとにじり寄る便利屋に対し明日香も腕をパルチザンの如く長い形状に変化させ再び構える。腕を強く振り払い便利屋の刀を振りかざす。弾かれど弾かれど便利屋はアイテムパックから無限に刀を取り出し猛攻撃を繰り出すが持ち変える度、その武器を払い、次々砂山に突き刺していく。次第に便利屋に疲れが見え始め、徐々に攻撃の精度が落ちていくのを感じた。
 弱り切った一撃を弾き返し勝負あったと思ったその時、便利屋は深く踏み込み、アイテムパックから巨大な鉄塊のような大剣『ブレイカー』を取り出し、重い一撃を放った。刀の軽い攻撃と思って脱力した明日香の槍を粉砕する勢いで振るわれたそれは腕ごと地面を強く叩き砂柱が立った。
 息を切らし完全に脱力する便利屋と、大剣による攻撃で腕を負傷しやや息が上がる明日香。明日香の腕は異形の姿から本来の形へと戻り、血を流している。
 ふらふらと歩き近付く便利屋に対して、再びアイテムパックからパルチザンを取り出し応戦しようと構える二人の間に周囲一帯の砂を巻き上げるほどの強い風が吹く。ノイズが走りシャットアウトされていた管理官との通信が回復し、管理官の呼びかけが聞こえる。

 砂塵が晴れるとそこには巨大な機甲種『ヴァーダーソーマ』が飛来しており、肩のミサイル砲の照準を明日香に合わせていた。間一髪で放たれたミサイルを回避したが、着弾と共に爆風によって再び砂が巻き上がり辺り一帯が見えなくなった。
 管理官の案内をもとに砂塵の中を進みそのエリアを離れると当然便利屋の姿はなかった。

「明日香さん大丈夫ですか? 回線が回復したと思ったら心拍数が跳ねあがったので何事かと」

「いえ、問題ありません。予想だにしない攻撃で少し負傷しただけです」

「それならよかったです……いやよくはありませんが。つい先ほどまでこの区域全体に電波異常が起きていたみたいで、リリーパに出動中の全アークスと連絡が付かなくなっていたんです」

「そうですか……」

「今からそちらに帰還ポッドを転送しますので直ちに帰還してください。早く手当てをしないと」

「はい、ありがとうございます」

 程なくして帰還用ポッドが到着し、中に乗り込むと医療ドローンが明日香の腕の傷の治療を開始した。ポッドが浮上しキャンプシップへと戻っていく中、小窓から外を覗いていると、帰還用ポッドを見上げる髑髏面の姿があった。電波異常にタイミングを合わせたかのような髑髏面の襲撃。まぐれだと思うが、あの男の底の知れなさに少々不気味な感覚を抱いた。



 クライアントオーダーにくわえて、クラブでの喧嘩騒動また任務中の襲撃、と戦い続きだった明日香にようやく訪れた休日。外は生憎の雨だったが気分は晴れやかなもんだった。コーヒーメーカーに豆をセットし洗面所で顔を洗う。就寝中に届いた荷物やメールを確認すると意識の戻った友人からのメールが一件届いていた。検査や治療をおえ退院となった友人は明日香にただ一言、ありがとう、とメッセージが送られていた。それ見ると自分自身の心も救われたような気がした。

 友人とは別にもう一つ届いていた差出人不明の大きな箱。中を見てみると先日デイリーミッション中の襲撃によって依頼人に納品できなかった希少鉱石の『翠玉』これでもかというほどにギュウギュウに詰められていた。翠玉の上には手紙が添えられており、今の時代に珍しい紙の手紙には『先日の詫びだ』と書かれており、スマイルマークのステッカーが同封されていた。
最終更新:2024年05月22日 11:36