The truth behind the lies -嘘の裏に隠れた真実-
97番艦は今日も平和だ。
先日、128番艦がダーカーの襲撃を受けたと報道された。ダーカーの襲撃に乗じて、とある刀匠の工房から特別な武器を持ち出す窃盗が起きたことや、1番艦では暴走車、青のフェアレディZとC7スティングレイが一般道でストリートレースを敢行。2つの車の運転手を現在捜索中など様々なニュースがラジオから聞こえるが、97番艦は至って平和だ。
アークスの復興庁がダーカー襲撃の被害の収拾で忙しなく働き、公安局の公安警察が暴走車のドライバー探しに走り回っている頃、ルツは公安局97番艦支部の局長室の扉をくぐった。
「来たわね、待ちくたびれて貴方の分のプチプチも潰してしまったわ」
「プチプチ……? 何やってんだデュナン」
郵送物を傷付けないように包装する時に使う気泡緩衝材を、雑巾を絞るようにして、気泡を潰すとプチプチプチと音が鳴る。潰し切れなかった気泡をスラリとした細い指で潰している。
「何って決まってるじゃない」
ふう、と一息つけると引き出しから新たなプチプチを取り出して端から丸めていく。
「日々上からの圧力と部下・市民からの期待に板挟みなストレスを解消してるのよ。……あぁたまらない感覚だわぁ」
話の途中で再びプチプチを絞り音を鳴らす。
ドカッ、と局長室の応接用ソファに浅く腰掛けタバコに火をつけると、灰皿と一緒に一組の紙束と写真が机の上を滑ってきた。紙束の1番上の紙には〈TOP SECRET〉と赤い判子が押されている。
「囚人番号047。ベルモント・カニンガム。元軍人。15年前にサーズベルギー市へ配属された一般の軍人。最初期のフォトンジェネレーターを使った身体強化実験を受けているアークスでもあるわ。でも10年前のアプレンティス襲撃のゴタゴタでそれ以外の記録はほぼ紛失。軍での役割も不明。調べられた範囲内で彼に最後の記録。〈サーズベルギーの悪夢〉だけ」
紙束をペラペラと捲ってカニンガムについての資料に目を通す。
サーズベルギーの悪夢。アプレンティス襲撃の終戦直前、カニンガムが原因不明の奇病を患い精神に異常を来たし自軍の兵士を殺害した事件。結局計8名の犠牲者を出した上で、公安局の軍警察に拘束され以降3年は監獄艦の名で知られる0番艦イルシールに拘留されていた。
「まだペーペーだった頃に噂で耳にしたくらいだな」
「結局……遺族達の願いも空しく、裁きの場に引き出されることもないまま……カニンガムは姿を消したわ」
七年前、裁判に向かう為、カニンガムを乗せた移送船がイルシールを離れた時、イルシールの周辺宙域で所属不明機の攻撃を受け移送船は撃墜された。
移送船の残骸からはパイロットと死体と警備ドローンの残骸のみが確認されカニンガムの姿は発見されなかった。
「その殺人犯が今になって現れたと……」
コツコツとヒールの音を立てルツの腰掛けるソファの裏に回り込み背後から資料を覗き込む。
「カニンガム自身彼らと何らかの因縁があったのか、〈協力者〉が、彼らを殺す事で、何らかの利益を得るのかもしれない。7年も潜伏してられたのも彼らとの協力関係が継続していたから」
短くなったタバコの火を灰皿に擦りつけ、新たなタバコに火をつけようとすると、そのタバコはデュナンに取り上げられた。
「〈協力者〉に関して調査は進めてるけど、今のところ進展はなし。私たちが〈協力者〉の調査を進めてる間、貴方にはカニンガムの犯行を防いで欲しい。貴方なら彼らの関係性の謎を紐解けるかもしれないと、そう思ったの。着いてきて」
スーツの襟元をグッと引っ張られ立ち上がると、先導するようにルツの前を歩きある部屋に誘導した。
連れられたのは遺体安置所。扉を開いた先には3台の安置台が置かれ、その上に3人の死体が寝かせられていた。
「逃亡から72時間でカニンガムが関与していると見られる殺人事件が三件。この三件への〈協力者〉の関与は不明。襲われた3人の社会的接点は見当たらず職種も様々。一人目はホームヘルパー、二人目は宅配業者、三人目はアークスの復興庁の高官よ」
「表面上、接点は見られなくとも何かしら繋がりはあるとみて、間違いないだろうな」
死体にかけられた白い布を3台全てめくってみるとある事に気が付く。が、口には出さずデュナンの方に向き直るとデュナンも話を続ける。
「私は知ってるの。奇病なんかじゃなく、フォトンジェネレーターに侵食核が寄生して暴走したんだって。昔同僚とフォトンジェネレーターの危険性について訴えたともあったけど、上からの圧力で全てなかったことにされてしまったわ」
当時フォトン適性を持たない一般人にもフォトンを扱うことが出来る様になる外部装置、フォトンジェネレーターの普及を目論んでいたアークス上層部の開発部門の推進派は暴走の原因はジェネレーターではなく、カニンガム自身にあると主張したのに対して、当時の公安局はジェネレーターの危険性を訴えた。まあ長い論争の末に出た結論はカニンガムの無期限幽閉。公正な裁判で裁かず、問題を先送りにした。前に別の事件を調べていた時に、偶然見つけたファイルにはそう書かれていた。真相について詳しい事は分からない。
「今はもう公安局は手出しが出来ないの。再び奴が現れた今こそ、カニンガムを公の公正な場で裁きたいの!! お願い、カニンガムを捕まえて。貴方にしか頼れないの」
「生け捕りか、俺の苦手分野だ。だが、いいだろう。俺とお前の仲だ。その仕事請け負った」
赤煉瓦と白大理石の豪勢な邸宅は、彼の持つ富を象徴していた。サーズベルギー市の南西にある高級住宅街の中でも一二を争う大きさの邸宅、それが今ルツが立つ場所。殺人事件が起きた事で周囲に住むセレブは事件が解決し、犯人が捕まるまでと自主的に避難したらしい。まあその方が少し派手に暴れた所で迷惑がかからないからルツとしては有難いことだ。
人の気配が一切ない高級住宅街の一角はゴーストタウン状態。最近まで人が住んでいた為に生活感が残っているのが不気味さを増していた。中でも1番大きいこの建物の屋根には十数羽のカラスが留まっており鋭い眼光でこちらを睨んでいた。
「三件目の事故現場。持ち主は、エドワード・サンソン。サンソンは10年前の襲撃中の功績により復興庁高官に就任。別荘でのバカンス中に被害にあった……と」
古めかしい木の扉を押して、ドアをくぐると目の前に広がるのは数々の調度品で彩られた、美術館のような内装。そこかしこに絵画が飾られ、彫像なども飾られている。中心から延びる大理石の階段から2階へ上がる。一歩一歩踏み出す度に、コツンコツンと足音が建物内を響き渡る。
窓から取り入れる光だけが部屋を照らす中で、灯したタバコの火だけが微かに足元を照らす。
「別荘ね。さすが復興庁高官ともなると羽振りのいいことで……探せばヘソクリくらい出てくんじゃねー?」
独り言を呟きながら階段を登り切り、二手に別れる岐路で右に身体を向けると目線の先の壁には夥しい量の血。床や壁を切り裂いた跡、壁に掛けらていたであろう額縁と窓ガラスが床に散らばっている。
額縁と窓ガラスを踏み、ジャリジャリと音を立てながら死体の位置を表す人型の白い紐に近付いていく。
「復興庁高官ともなる男がこうも易々と、一方的にやられるかねぇ。何らかの理由で力を出せない状況だったか。それか俺の記憶が正しければ……」
足元が滑り、ズシャと何かを引きずった音がした。足元を見ると、落ちた額縁の下に二枚の写真が隠れていた。割れたガラスを除けて写真を取り出す。本来表になって飾られていたのであろう上側の写真は家族写真。サンソンとその妻、子供の3人が写った写真があり、その下にはシワと汚れが目立つ写真が一枚。そこには若き日のサンソンの姿が。今の恰幅のある姿とは反対に細く、精悍な顔つきだが、サンソンの面影がある男が写る写真。サンソんを含む五人の男が軍服を着用し手を後ろで組んで整列している写真だった。
「やっぱりな、こいつら……っ!!!」
そのとき、背後に殺気を感じ、振り向き様に身体を仰け反らせると、体の前を銃弾が横切り、壁の額縁のガラスが割れた。目だけを横に動かすと下から切り上げるようにククリ刀が近付いていた。ククリ刀を握る腕は白く華奢で、片手で折れてしまいそうなほど。ククリ刀を握る手首を掴み、刃が頬を掠る寸前で止めて顔を見ると、それはカニンガムではなく見知った顔の男。
「カニンガムが戻って来たのかと思ったぜ、ジェイク」
「それはこちらの台詞だ、スレイダー」
互いに顔を見合わせると手首を握っていた手は脱力し、ジェイクもククリ刀を鞘に納める。
「なぜお前がここに居る……いや、局長の差し金だな」
ただでさえ白い肌なのに、身に纏う衣服は全て白い。色を主張するのはアーガイル柄のネクタイだけ。服のシワをきっちり正しながらルツを睨む。
「お前こそ何でここに居る。公安局はこの件に関われないんじゃなかったのか?」
眼鏡のブリッジを中指と人差し指で押しながらため息をつき。
「俺は俺のやらなきゃならないことの解決に務めているだけだ。何の捜査権限も持たないお前こそ関わるべきではない」
「そうしたいのは山々だが、受けた依頼はどんな形であれ全うするのが俺のポリシーだ。それに女からの依頼を放棄するなんざ俺の趣味じゃねえんでな」
「局長への罪滅ぼしのつもりか?」
「随分噛み付いてくるな、お前の想い人だからか?」
ガツンと額と額がぶつかり至近距離で睨み合う二人。ジェイクの腕が後方へ引かれ、勢いを乗せた拳がルツの腹を目掛けて放たれたが、またも拳を掌で握るように受け止められ、ジェイクの方が一歩後ろに下がり、身を翻した。
「らしくねぇ、もう俺と遊ぶのは飽きちまったか?」
「どんな形であれ、局長の仕事を邪魔するのは俺の趣味じゃない……だが、忘れるな。俺は常にお前を視ている。お前がまた罪なき者をその手に掛けた時、この命に代えてもお前を捕まえてみせる」
「おいおい随分物騒な愛の告白じゃないか。悪いが野郎は恋愛対象外だ。だが……丁度いい、どうせ帰るなら俺を次のカニンガムのターゲットのとこまで乗せてけ」
手首をグルグルと回し骨を鳴らし、ジェイクとの喧嘩で落としてしまったタバコを灰皿に入れて胸ポケットに仕舞い込む。
「次のターゲットだと?」
はぁ、と大きなため息をついて顎を突き出し、人を小馬鹿にしたような態度で、頭を傾けジェイクを見る。
「そんなに俺を関わらせたくないんだったら、俺を監視する名目で協力しろって言ってんだ。この間の三件の事件のガイシャ(被害者)の関係性に関しては確信が持てた、となると次のターゲットは恐らく……」
片手をポケットに入れ、階段の手すりに寄り掛かり眼鏡の位置をなおしながら、不機嫌そうに聞き返す。ルツと協力するのが心底嫌そうな顔をするが、大きな溜息をついて、身体をルツの方に向ける。
「こいつらは全員最初期のフォトンジェネレーターの運用実験の被験者。そして初の非フォトン適正者で構成された部隊の連中……俺の大先輩だな。今回のガイシャは3人とも元R.S.O.C所属。そして最初期の運用実験被験者は二人。一人目は今回の事件の犯人と目されるベルモント・カニンガム。そしてもう一人は現在R.S.O.Cの指揮官であるネイサン・ステインだ」
最終更新:2024年05月22日 11:41