The truth is not always right -真実がいつも正しいとは限らない-



──いいわね。人を取り締まる立場にある人は決して個人的な動機で権力を振るっちゃだめよ。個人的な動機に正義はない。そうじゃないと人の数だけ正義が存在してしまうことになるの。

 デスクの上の写真立て。中学校の卒業式、母と桜の木の下で撮った思い出の写真。そこに写る母がいつも言っていた言葉が、写真立ての中から聞こえているような気がした。

「だから私達の動機はいつも法の下にあるべき、か……」

 憂いのある表情で窓の外を見つめポツリと呟く。
 窓ガラス越しに写る母の顔を見てため息をこぼす。

「私もまだまだみたい……母さん」

 局長室の扉がガチャと開くと、部屋の前、通路の壁側に、数人の部下が一列になって並んでいる。その全員の手にはアサルトライフルが握られている。

「……バイバイ、母さん」

 デスクの写真立てを伏せ、部下の側を通り越して局長室に背を向けた。
 もうここに戻ることは無いかもしれない。






 サーズベルギー南西、三人目の被害者エドワード・サンソンの邸宅のある高級住宅街の一角から少し離れた場所にあるガソリンスタンド。
 ジェイクの愛車C2型コルベットの洗車が終わるのを、併設されたカフェの中でコーヒー片手にテレビを見ているルツ。今では貴重らしいその車にカラスが糞を落としていたことに腹を立てて、先程からガソリンスタンド内を右往左往と歩き回るジェイクの姿を横目に。

『本日惑星ナベリウスで発生した地震から3時間経った現在。特に大きな被害は出ていないものの惑星ナベリウスではダーカーの出現が多く見られており、森林エリアより先、凍土エリアの調査は一部アークスを除き制限されており、また惑星ナベリウスの中でもダーカーの出現数の多い遺跡エリアは現在、六芒均衡の5人が直々に巡回し、地震の原因の究明を進めているとのことです──』

 研修生時代に一度実地研修で訪れたきり、以後一度も訪れることがなくなった自然豊かな惑星は現在大変なことになってるらしい、と他人事のように頭の端っこに置いておきながら、視線を外に移すと洗車を終えたジェイクが眉間にシワを寄せたまま帰ってきた。

「……おい、さっさと準備しろ」

「いやいや、それ寧ろ俺の台詞じゃないかね?」

 文句を言いつつも、ジェイクの後ろについて行き、助手席に乗り込む。
 ラジオからは車のクラシカルな雰囲気にあったクールなジャズが流れている。ジャズ好きな俺カッコイイだろうと言わんばかりのドヤ顔が鼻につくが今だけは我慢してやろう。

「監察に確認させた所、さっき連絡が来た。お前の読みは的中、首からフォトンジェネレーターが綺麗に抜き取られていたとさ。何故こんな事まで分かった……こっちの調査じゃそんな記録は一切見つからなかったぞ」

「〈R.S.O.C〉の初期メンバーは写真で見たことがあった。カニンガムの写真を見た時と、安置所でサンソンの顔を見た時に引っかかったんだ。あと、最近のフォトンジェネレーターは虚空機関との契約と手術で手に入るし、販売自体もかなり安価で取引されてる。昔に比べれば技術が普及して扱い易くなっているからな。最初期のフォトンジェネレーターってのは最近のに比べ出力が高く設計されてる。特にカタギじゃない連中が好んで、裏取引じゃ高値で取引されている。ただの強盗が金欲しさに行った殺人となれば話はそれだけなんだが、まあ相手がカニンガムだからな金目当てじゃない別の理由があるんじゃないかと思ってる」

「ふんっ。自制心や理性のない犯罪者のすることに大層な理由などあるものか」

「さぁ、どうだかな。奴等の過去に何か因縁でもあったんじゃないか?」

 街道から高速道路に乗り暫く走っていると、高層ビルの多い中心街、セントラルシティに近付いてくる。高速を降り、セントラルシティの目的の広場が近くなるに連れ、道路が混み始め、渋滞にはまってしまう。
 中々進まぬ車列にジェイクは苛立ちを隠せず、その証拠に指先でハンドルを叩いている。
外を見ると市民が足早に、ルツ達と同じ広場を目指し走っている。他にも報道陣の車が路肩に停車しておりカメラなどの機材が降ろされている。
 数十分待ってようやく車列が動き、二人が広場についた頃には既にたくさんの人で溢れていた。何故ここまで多くの人が集まるのか、それは彼の功績によるものが大きい。
 ネイサン・ステイン。アークス上層部が認めた特殊部隊〈R.S.O.C〉の指揮官に任命された男。元々はフォトン適正を持たず一般の軍人として務めたが、フォトンジェネレーターによるフォトン適正の後付けと身体強化の実験の被験者に選ばれ、見事フォトン適正を取得した。ネイサンはフォトンジェネレーターの技術を普及させることで、フォトン適正を持たない者にも活躍の場を与えた。
そして、非フォトン適正者を集めた特殊な部隊、〈R.S.O.C〉が作られた。
 アークス創設以降、英雄達の栄光の蔭に隠れてしまった警察や自衛隊が再び活躍する場を作り出した男としてその名はメディアなどを通じて広まった。

「輝かしき過去の栄光に縋りついてるだけのエロ親父だってこと、民衆は知らないからな。英雄の凱旋だつって持てrb:囃すからつけ上がるんだ」

「確かに奴のお陰で俺たちは警官として、軍人としての立場を確立させられている。が今の今までアイツが英雄なんて讃えられてんのは〈d分遣隊〉の任務成果を自らの成果として記録を上書きされた状態で公表されているからだしな」

 先日の上層部の依頼で、資金の不正利用に関する調査で、判明したネイサンとアグニカ他数名の議員の密会。追跡中、アグニカが売春をrb:仄めかす内容の話をネイサンに持ち掛けていた。その後、公安がネイサンを追った結果、数人の女子学生が淫らな行為を強要されている現場を目撃した。その後、公安の迅速な判断と行動により女子学生達は保護されたが、ネイサンには逃げられた。そしてその翌日、公安局97番艦支部に公安局本部から捜査の中断と謝罪を指示されたという出来事があった。
 その他にも数々汚職の証拠は見つかっている。しかしそれらは上層部からの圧力で公表出来なくなっており、正当な裁きを与える事が出来ないというのが現状だった。

「不正も汚職もするのは良いけど、他人に迷惑かけちゃあなぁ?」

「どっちも良いわけないだろう」

 話している内に広場に到着した、1本の短い車列。黒のフルスモークのSUVを真ん中に前後を、同じく黒い車両で挟んで走行していた、真ん中のSUVから、件の次の予想被害者であり、ジェイクの今捕まえたい男ナンバーワンであり、ルツの殺したい男ナンバーワンであり、二人が守り抜かねばならない男の、ネイサン・ステインだった。
 たった2人のボディーガードに囲まれながら、誇らしげな顔で民衆に手を振る。
その光景に唾を吐き捨てる二人。視線を地面から民衆、その先のネイサンに向けると、ジェイクはネイサンに対して手を振る民衆の中で、ひとりの人物が気になった。ボロボロの布切れを体に巻き付けたようなコートを身に纏い、テンガロンハットを目深に被っているが、骨格から男性と推測される。頻りに周囲を見渡し警戒しながら広場のステージに向かうネイサンに歩幅を合わせて民衆を掻き分け並走する男。
 ジェイクの顔の動きを追って視線をずらしてみるとルツもその男に気がつく。二人はほぼ同時に足を踏み出し溢れかえる民衆の中、男に近付いていく。
 民衆側を歩いていたボディーガードが壇上に上がる為の階段を用意する為に、ネイサンの側を離れると、同時に男が走り出す。男の服の袖の内からダブルバレルショットガンが姿を現し、握ると、それに気付いた周りの市民が怯え、騒ぎ出し、演説会場の広場はパニック状態。男とネイサンの間を塞いでいた市民が全員逃げ出し、射線が空いた。ボディーガードの二人が、ネイサンの前に踏み出すよりも早く男は引き金を引く。
 鈍く重い銃声が二発響いた後で反対に甲高い金属音が鳴る。その間僅か数秒。
 引き金を引いた男とネイサンの間に全身真っ白のスーツの男、ジェイクが降ってきた。両脚で着地するや腰のククリを引きながら銃弾を切り上げ、続く二発目の弾をククリを逆手に持ち替えて上から下へと切り伏せ、二発の銃弾を正確に真っ二つに切り裂いた。ネイサンも部隊を指揮している軍人だけあって状況の整理は素早かった。
 弾を再装填しようとするが、背後から近付くもう一つの人の気配に、振り返ること無く、逃げ出した。
 ルツの勢いを乗せた正拳突きは空を切る。

「奴を追え!」

「るっせ!言われなくとも」

 ルツは逃げ惑い道路に広がる民衆に紛れて、姿を隠そうとする男を見逃さず、人ごみの中に消えていく。
 ルツが人ごみの中に姿を消してから数十分がたった頃、広場を密かに監視し、もしものために潜んでいた傭兵やボディーガードがネイサンの安全を確認しに、ネイサンの周囲に群がる。前に立つボディーガードを掻き分け、ジェイクの前に出るネイサン。ジェイクは目の前に仮想端末を展開し、自身の身元を証明する電子警察手帳を見せる。機密事項だ、とフォトンジェネレーター伝えると、ネイサンはボディーガードと傭兵を車に下げさせた。
 万が一のために用意したという脱出ルートに二人で入り、ルートの出口にボディーガードの車を回させた。下水道に降り、水道脇の足場を蹴り、コンクリートの洞窟にコツコツと足音を響かせながら先に進む

「俺は公安局97番艦支部のジェイク・グレイフォード。先日移送中に脱走した囚人ベルモント・カニンガムが引き起こしたとされる殺人事件の調査をしています。もう貴方の元に情報が伝わっているかは分かりませんが、ケルベロスに所属していたかつての同僚は既にカニンガムに殺されてしまいました」

「公安局には待機が命じられてる筈だが?」

「ええ、これは俺の独断です。ですが、貴方を狙うカニンガムが貴方の式典で騒ぎを起こせば、そこにあつまった市民に被害が出る。俺はそれを見過ごせないだけです。……何故カニンガムが同僚だったあなた方を狙う」

「英雄としての私の命を狙う者は数多にいる。だがほかの隊員が、戦場で肩を並べた戦友であるカニンガムに狙われる理由などあろうはずもない……だが、それも奴がフォトンジェネレーターの制御不能になり暴走する以前の奴なら、という話だがな」

「脱走をrb:幇助した奴の仲間もカニンガムと同じく貴方を狙っているかもしれない。」

 コツンコツンと響いていた足音が止まる。少し先を歩いていたネイサンの足が止まった。

「どうした」

「分からないかね、この地響きが」

 脇の下水道を見ると微かに水が揺らいでいた。地響きは次第に大きくなり、コンクリートの天井から塵がパラパラと降り注ぐ。
 ジェイクとネイサンの5メートル程度先の天井がひび割れ、上からルツとボロボロコートの男が降ってきた。目深に被っていたテンガロンハットは頭に乗っておらず、正確に顔が認識できる。カニンガムだ。だが、カニンガムはピクリとも動かず、着地の衝撃で脳が揺れたか、頭を抑えながら立ち上がるルツ。

「あ〜痛ってぇー。安心しろ気絶してるだけだ、多分」

 カニンガムの頭の下には白い機械部品がバラバラになり落ちていた。

「ジェネレーターは破壊した。これなら暴れたとて、お前でも制御出来んだろ」

 ピクリとも動かないカニンガムの身体を爪先で蹴り、仰向けになっていた身体をうつぶせにしてうなじを二人に確認させる。

「とりあえず、鎮静剤を撃ち込んでおく、俺はステインを護衛する。お前はカニンガムを担げ」

「あぁ、肥えた豚肉の運搬とか言われんで良かったよ。まだ河童の運搬のがよっぽどマシな仕事だ、ありがとう」

 テンガロンを脱いだカニンガムの頭部の頂点は綺麗な円状に禿げ上がっている。河童とはそういうことか。ジェイクは、カニンガムの脱走をrb:幇助した協力者もネイサンを追っている可能性も考え二人の少し先を進行し進路の安全を確認する。エロ豚というのが自分を指した言葉であることに気付き、額に青筋を浮かばせるネイサン。恨みがましい視線をルツに向けながらもジェイクの背を追い、ボロ雑巾のような服を纏ったカニンガムを肩に担いだルツがそれに続く。特殊な職業構成の三人パーティーは脱出地点を目指した。

 暫く、下水道の中を下って登ってを繰り返し、ネイサンの指示した場所にあった頭上へ伸びる梯子を登るが、そこはまだ地上ではない。市街地で出たゴミが運び込まれるはずのゴミ処理施設の中。現在は稼働していない様子で、焼却炉の中には燃え盛る火ではなく真っ黒な虚無が広がり、人の気配は一切ない。

「ここを上がった先に私の部下が待っているはずだ」

 重々しい鉄の車両運搬用のエレベーターを起動すると、画面が展開されエレベーターが現在どの階層から降ってきているかが分かる。その画面から見て分かるように、自分たちが今踏みしめている床は地上よりかなり下に位置していた。三人のいる地下10階層にエレベーターが降りるまでまだ数分はかかるようだ。
 ゴウンゴウンとエレベーターの起動音がコンクリート壁を反響して広々とした空間中に響き渡るだけの中、気絶していたカニンガムが甲高い奇声を発しながら起き上がる。

「鎮静剤が切れたことによるショック症状だ!スレイダー、カニンガムを抑えろ」

 ルツがカニンガムの身体を抑え込み、ジェイクが背に銃を突きつけ鎮静剤を投与する。
 ガクンと音がしそうな程の勢いで首が項垂れる。3秒程度の静寂のあと、カニンガムが掠れそうな声で呟く。

「……ここは……戦況は……いや俺の部隊は……あいつらが……俺……を……」

 鎮静剤が効き、項垂れたまま眠りにつく。

「戦況だと?……どういうこった今のは」

「お前がフォトンジェネレーターを破壊したことで侵食核からのエネルギー供給を絶たれ暴走が解けたとして、正気を取り戻しかけているかも知れん……意識が混濁しているんだろうがな。……何れにせよ一刻も早くメディカルセンターで処置をするべきだな」

 二人がカニンガムの近くで話している中、エレベーターが到着した。重苦しく錆び付いた扉が開き乗り込むと、ギシギシと危うい音を立てて上に登り始めた。エレベーターがここまで降りてくるまで時間が掛かったように上に戻るのも一苦労のようだ。これなら非常階段でも使って自分の足で歩いた方が早かった。

「残念なことだ、こんなことになるとは……」

 奥の壁にもたれ掛かるルツとジェイク。ドアに一番近いところに立つネイサンが、スーツの内側から銃を取り出し、弾倉を引き抜いて残弾数を確認する素振りを見せる。

「サーズベルギーの悪夢。あの事件の真相が暴かれ責任の所在が明るみに出れば、アークス、いやオラクル全体の技術的進歩は停滞し、今のこの状況が生まれることもなく、オラクルは滅んでいた可能性もある。ダークフォルス・アプレンティス襲撃のあと、疲弊しきったこの船団を支えた経済的発展も無かったかもしれない。全ては必要な犠牲だったのだ」

 スーツの内側からハンドガンを取り出すとマガジンを一旦外す。残弾数の確認を終えるとマガジンを再び装填し、rb:遊底を後ろに引く。首の骨を鳴らし、腕を捲り、振り返る。
 ルツがエロ親父と罵った男の視線は、獲物を狩る虎のように鋭かった。

「だからこそ、カニンガムに真相を語られる訳にはいかない。そしてお前達も……ここでカニンガムと共に果ててもらう」

[newpage]
[chapter:悪夢]

 アークスシップに暮らす人々に10年前に起きた出来事を何か一つあげてと問い掛けたら、ほとんどの人がダークファルス【若人】の襲撃と答えるだろう。その詳細は誰一人として覚えていないが、誰もが大事件と認知しているダークファルスの襲撃。その影に隠れてしまっているが、もうひとつ大きな事件が起こっていた。
 【若人】の襲撃の終戦後、大きな損害を被り疲弊しきっていたアークスに新しい風を起こした一人の男、ネイサン・ステイン。ネイサンは、何の変哲もない一人の軍人だった。若い頃は毎日、いざと言う時に備えて仲間たちと訓練を重ねていた。だが、ダーカーの攻撃が激化し始めたことでさらなる戦力を欲したアークスが、様々な機関と手を繋ぎ、軍も警察も医療機関もアークスという組織に組み込まれてからというもの、軍人は不必要な存在となった。フォトン適性を持たないものが所属する軍という組織もアークスからしてみたら守るべき市民、戦闘訓練を積んでいてもダーカーに対抗する術を持たない足でまといであり、戦場に立たせるわけにはいかないという考えから仕事を、誇りを奪われた。多くの仲間たちが退役し、市民として守られる側になる中で、ネイサンは守る側でありたいと願い続け諦めることをしなかった。
 そんな時、どんな運命のいたずらか、とある組織からネイサンに声が掛かった。

 rb:虚空機関。アークスの研究機関であるが、それがどんな研究を行っているか一般市民どころかアークスであっても知るものはほとんどいないという謎の組織。そんな虚空機関から「後天的フォトン適性付与の臨床実験」を持ち掛けられた。フォトンジェネレーターという装置を身体に埋め込む事で大気中のフォトンを吸収し様々な力に変換できるらしい。アークスのように武器の出力向上や、テクニックの行使、日常の生活面でも大いに活躍することが期待される世紀の発明だった。
 ネイサンにとっては願ってもないチャンス、その話を受け入れ実験に協力した。お陰で、ネイサンは念願のフォトン適性を獲得した。これでまた戦場に立てる、守られる側ではなく守る側になることができる、と大いに喜んだ。虚空機関はこの技術を正式に発表し、多くの軍人たちがフォトンジェネレーターを求めた。多くの軍人が最前線で、ダーカーを相手に戦える、仲間の家族の仇を討てると、そう考えた。
 しかし、アークスが彼等に与えた仕事は、アークスシップの治安維持。警察と何ら遜色ない仕事内容に、「ダーカー襲撃時の避難民の警護」が付け加えられただけだった。最初は多くの軍人が反発した。しかしネイサンはそれでよかった。フォトン適性を持たなかったというだけで自分の望んだ立場に立てなくなった多くの人々に、また活躍の場を作ることが出来たと、ネイサンは喜んだ。

 話は序盤に戻る。終戦後、ネイサンはアークス上層部に掛け合い、異例の民間軍事会社であり、アークスシップの治安維持部隊となる「R.S.O.C」を設立した。最初はアークス側から活躍を期待されていなかった部隊だったが、彼らの働きで格段にアークスが担う筈だった負担は大幅に減少し、多くのアークスの中で治安維持部隊に対する考え方が改められた。
 〈R.S.O.C〉の活躍はメディアなどで取り上げられアークスだけではなく市民にも伝わり、期待は大きくなっていった。そんな矢先起こってしまったのが〈サーズベルギーの悪夢〉。ダークファルス【若人】の襲撃の影に隠れてしまった事件。

 ダークファルス襲撃と同年。〈R.S.O.C〉の一人がダーカー因子による侵食で暴走し、アークスや警察官、市民を含め計8人を殺害した事件。暴走した軍人はベルモント・カニンガムという男、当時32歳。この事件は〈R.S.O.C〉と虚空機関2つの組織と警察の間で不正な取引が行われ隠蔽された。〈R.S.O.C〉を創設したネイサン的にも、フォトンジェネレーターの開発と生産を行っている虚空機関的にも、自らの利益が減るのは望ましく思っていない。
これらが報道され市民に知られれば〈R.S.O.C〉の信用もガタ落ち。折角苦労して築き上げた砂の城が、今まさに波にさらされ崩壊の危機を迎えていた。〈R.S.O.C〉の信用問題はアークスの信頼にも関わり、その事件の隠蔽工作にはアークスの上層部も協力し、事件はの真実は抹消された。そして世に公表された内容は、カニンガムが奇病に犯され、精神に異常をきたしてこの事件を引き起こした、ということだった。
 これがサーズベルギーの悪夢の真実。

「だからこそ、カニンガムに真実を語られる訳にはいかない。そしてお前達も……真実に近付こうとしている。なぜ今の今まで情報が公開されなかったのか。何故なら真実を語ろうとしてきた者を排除してきたからだ。そして今まさに目の前の若者が二人、興味本位で触れてはいけない社会の実態に触れた。過ちを犯した子供を正すのも大人の役目だ、あの世で反省するとい。……ここでカニンガムと共に果ててもらう」

 捲った袖からは薄暗い施設内でも輝きを放つ金色の義腕。最新のサイボーグ技術を施された強靭な鋼の肉体。それだけでも武器となりうる手に更に銃を握り、こちらに向けている。
 たった1人。銃を持っていようが、鋼の肉体を持っていようが、相手がたった1人ならネイサンが引き金を引くよりも早く、身を屈め奴の懐に潜り込み、腹部に重い一撃を与える。そんなことを考える余裕があった。この男は警戒に足る男ではないと余裕の態度を見せた。
 しかし、その余裕が唐突に終わりを迎える。
 人差し指、中指、薬指、小指、親指。
 そして全身に電撃が走る。
 唐突な衝撃で意識が飛びかける。両の手の指先が、足の指先が、瞳が、胃が、肺が、心臓が、信じられないような痛みを主張し始める。末梢のあらゆる場所が、一斉に発狂したかのようで、ルツはその信じられない苦痛に気を失いそうになる。

「おい、どうしたスレイダー。ルツ、なんだ、何があった!」

 身体が内側から燃え上がったらこんな感じなのだろうか。
 ジェイクのいつも眉にシワを寄せている怖い顔がさらに怖く、険しくなりながらルツの肩に触れる。気が付けば、ネイサンは横たわるルツの頭に銃を向けて、ゆっくりと歩いてくる。

「ジェネレーターの器官に刺激を与えただけだ。ジェネレーターを身体に埋め込んでいる者だけが聞くことの出来る特殊な音。この音に器官が反応すると本来身を守る盾となるフォトンは内側から身体を蝕む毒となる。全身内側から焼けるような強烈な痛みが生じる。現にそいつは気を失っているようだな」

 銃を握っていない方の手に薄いキーパッドを持っていた。キーパッドの画面に指が触れている時だけ、ルツが苦悶の声を上げている。なるほどアレ操作しているわけか、とジェイクは認識した。
 ジェイクに肩を借り、座り込む体勢になり、周囲を見渡すと、隣に転がっていたカニンガムが白目を剥いて倒れている。
 サーズベルギーの悪夢の失敗を元に、基本的な構造から見直しがなされ、現在一般的に運用されているフォトンジェネレーターは極めて安全性の高い作りとなっている。虚空機関がフォトンジェネレーターの設計を公表したことで、フォトンジェネレーター開発競争も始まった。今現在オラクルの軍人たちを支えるフォトンジェネレーターのほとんどは〈ゲンズブール・インダストリー〉というメーカーが生産の7割を占めている。しかし、どこの会社のフォトンジェネレーターも、原点となる設計は虚空機関が作り出した初期型であり、初期型から最新型のまでrb:変わらない機構が存在する。恐らくネイサンの言う〈器官〉とはその機構の事だろう。
 ジェイクが立ち上がり、座り込むルツと歩み寄るネイサンの間に立ち塞がる。腰にぶら下げた鞘からククリナイフを取り出すと切っ先をネイサンに向け構える。腰のポーチから小さな硝子のカプセルを取り出すと、ネイサンに向かって投げる。腕で払われカプセルの中の液体がネイサンの腕に滴る。

「感電でも狙ったつもりか? まさか公安局のサイボーグ技術への関心やジェネレーターについての知識が、ここまで乏しいものだったとは、残念だよ」

「流石にこの程度じゃ何ともならんか。サイボーグについてもっと勉強しておくべきだったよ」

「この狭い中で、銃と剣、どちらが有利か。この場合君はルツの回復を待つために私から何かしらの情報を聞き出していくのが、懸命な判断ではないのかな?」

 エレベーターが途中の階層で止まった。地下1階。地上まで後少しの所でドアが開いたで待っていたのは、地上の広場でネイサンの護衛をしていた二人のボディガード、屈強でまるで熊のように大きな体躯、スキンヘッドでサングラスを掛けた巨漢の二人組が現れた。
 ボディガードは当然銃を持っていた。
 ネイサンがエレベーターから先に降りると、ボディガードがエレベーター内に入ってきてルツとカニンガムを連れていった。もう片方がジェイクの背に銃を突きつけ、「歩け」と言った。その言葉に従ってネイサンの背を追った。

 地下駐車場の一角。白いバンが留まっている前に案内される。二人を背負っていたボディガードが雑に二人を落とすと、運転席に移動する。ネイサンは車体に寄り掛かり、もう1人のボディガードは銃とキーパッドを持ってネイサンの横に立つ。

「ここまで真実の近くまで辿り着いたのはお前達が初めてだよ。だけど私を甘く見ていたな。特に」

 足元に転がるルツの頭部を踏み付けるネイサン。

「貴様だけは楽に殺さん。今まで散々私を侮辱してきたその罪は重いぞ。思い付く限りの悲惨な目に合わせて殺してやる」

「はっ……甘く見ているのはお前も一緒だ豚足野郎」

「この状況でまだ私を!このっ……死ね!死ね死ね!死ね死ね死ね死ね!」

 ボディガードからキーパッドを取り上げ、親指で画面を連打する。ルツの耳にはノイズ音が響き、動機が早くなり、体中を巡る血が沸騰しているのではと思うくらい身体の内側が熱くなる。手足の先はビリビリと痺れ、身体は1ミリたりとも自分の意思で動かすことが出来ない。喉がはち切れそうになるほどの大声で叫ぶルツの声は反響して地下に響き渡る。

「やめろぉ!」

 腰のククリナイフに手を掛けると、ボディガードが額に銃口を突き当て引き金に指を掛ける。眉一つ動かさないその巨漢の圧に身体が動かない。

「ははっはははは!ジェイク・グレイフォード!友人が無残に殺される所をその目に焼き付けろぉ!」

 これで終わりだと言わんばかりに掲げた指は一直線にキーパッドの画面に振り翳される。

 その時、ルツとネイサンの間に1匹の蝶が飛んでいった。死を前にした危機的状況でそれは奇妙に幻想的な光景に思えた。羽をばたつかせながら、それはネイサンのキーパッドを持つ方の腕に停まった。
 液体を滴らせていた義腕に。
 ネイサンが蝶に気付いた。

rb:追跡蝶──貴様っ!」

 ジェイクはルツの横に伏せた。片腕でルツの耳を塞ぎ、もう片方の腕で自分の耳を塞いだ。もう片方の耳は地面に押し当てて何とか蓋をする。口を大きく開け、その瞬間に備える。
 轟音が響き、ルツとジェイクの後方であり、ネイサンの正面にある壁が吹き飛んだ。物凄い爆圧が頭上を通り過ぎていく。壁の破片と砂埃とが視界を奪った。視界を奪われたと同時にネイサンとその護衛は鼓膜をやられたに違いない。かろうじて耳を塞ぎ口を開けることが出来た自分たちでさえキーンという音が耳に貼り付いて離れない。

 rb:追跡蝶
 ルツたち〈R.S.O.C〉や公安局など治安維持部隊が使用するアイテムのひとつ。警察犬や軍用犬のように組織で飼い慣らしている蝶。
 ネイサンが銃を取り出した時に投げたガラスのカプセルに入っていた液体は、この追跡蝶が好む花の蜜。追跡蝶はこの蜜の匂いを探知して匂いを追い掛ける習性にあり、逃亡者をなどを追う時に使用される。
 今この場に追跡蝶が現れ、吹き飛んだ壁から聞こえる足音の数から味方だと判断できた。しかし伏せていた状態では隊員達がどう展開して、誰を撃ち殺して、誰を確保したのかまでは分からない。
 ネイサンと二人のボディガード以外にも仲間が居たのか想定よりも銃撃戦が長引いた。それでも爆発からわずか5分足らずで突入は完了した。
 飛び散った埃が床に落ち切るのとほぼ同時に。

「ルッツくーん?ダイジョブ?」

 小柄でまるで少女のような姿のアンナが頭のすぐ上でしゃがみ込んでルツの頭を覗き込む。伏していた身体が仰向けになると、アンナと目が合う。

「あー生きてるねぇ、よかったよかった」

「コンクリの欠片で真っ白だ。なんだか爺さんみたいな有様だぞ」

「そっちの人は元から真っ白いけどね、ふふ」

 特殊戦闘服を着こんだアンナ、ハイド、バーバラの姿が確認できた。視界の端では知らない女性がジェイクを起こしているのが見える。アンナが体から埃だけを落としてくれる。

「ウィリアムズは?」

 掠れた声で尋ねると、アンナが身体を起こしてくれた。起きて視線が前に向くと足を撃たれ這い蹲ってウィリアムズから逃れるネイサンの姿が見えた。

「あぅぁ……んぐっ……総長……」

 痛みを必死に耐えて這い蹲う姿は惨めなもので、こんな男の下についていた自分たちが恥ずかしくなってくる。ウィリアムズの手にはリボルバーが握られており、一発一発慎重に弾を込めていく。

「待て、ウィリアムズ」

 か細い声でウィリアムズを呼び止める。振り返ったウィリアムズの瞳からは光が消えたていた。恐怖すら感じる冷たく虚ろな目。視線は足元、いや手元のリボルバーを見つめていた。
 この目は、ウィリアムズが滅茶苦茶怒ってる時の目だ。

「俺が受けたのは、カニンガムを連れ帰ること。そいつはジェイクに任せろ」

 納得出来ていなさそうに逃げていくネイサンの姿を目で追うウィリアムズ。
ジェイクを介抱していた若い女性が走り出し、ネイサンの前に立ち塞がる。

「ネイサン・ステイン……貴方を、逮捕します」

 女性の告げる声が地下駐車場の静寂に響く。
ネイサンの手に錠がかけられるのを確認すると安心したのかルツはぐったりと気を失った。ジェイクはルツの状態をルツの仲間たちに伝えるとウィリアムズがルツを担ぎ上げすぐにメディカルセンターへと搬送させた。
残った〈d分遣隊〉の隊員と若い女性警官は公安局の応援が到着するのを待った。
緊張感が解れ、ほっと息を撫で下ろす。だがジェイクは最後にまだ引っ掛かることがあった。
ネイサンが最後に口にした〈総長〉という存在。

「どうしたんです?ジェイクさん」

「いや気になることが少しな。でもこいつを聴取すれば全て解決するはずだ。俺はこのままコイツらを移送するrb:青柳は報告を頼む」

 ジェイクは到着した護送車にネイサンとカニンガムを乗せ、走り出す。青柳と呼ばれた女性は敬礼でジェイクを見送った。





「黙秘した所でこちらには脳の記憶をデータ化する技術が存在する。アンタがありがたくベラベラと喋ってくれたことは全て証拠になる。カニンガムも操られていたとはいえ、今回の三件の罪を問われる。二人とも仲良く法廷に立つことになるだろう」

 地下駐車場から地上に出て市街地の中を通過する護送車。休日の親子が溢れる温かく賑やかな雰囲気の街とは対照的に殺伐とした車内。

「分かってない。貴様は何も分かってない。公安局如きにどうにか出来る話ではないのだよ、無論アークスも同じこと。貴様に理解出来るとは思っていない。あの方には誰も敵わない」

「あの方……さっきの総長とかいう奴のこ……」

 カンッと車体に何かがぶつかったのか金属音がした。
 カニンガムの頬がマシュマロのように膨れ上がる。膨れ上がったこめかみが熟したトマトのように割れて、真っ赤な血とrb:脳漿が、正面にいたジェイクとネイサンの顔や服に飛び散った。カニンガムの顔面にぽっかりと綺麗な空洞があいた。

「来たぞ、奴等が」

 ネイサンの言葉と共に大きな炸裂音に似た轟音。車輌の天井部分に何かが落下した。天井が押し潰され随分な車高短になった護送車。押し潰された護送車のガラスは粒状になって白けており、半開きになったボンネットの内部からはうっすらと蒸気が昇っていた。





「標的、命中、任務完了」

「相変わらず、容赦無いねぇメアちゃん、あれ中の人絶っ対死んだよ!ペースト状で発見されちゃうよ!」

「総長は殺してもいいって言ってた」

「まあ、そうだな。丁度いいしな」

「何が」

「ん、あいつ英雄とかって呼ばれてたんだろ?総長が前に言ってたんだよ、英雄は死ぬことで完成する、ってね」
最終更新:2024年05月22日 11:40